蜜月
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その日から、中庭で待っていることにした。誰を?基次さまを。
日がくれると中庭に急ぐ私を女中さんは怪訝そうに見ていたけれど基次さまを待つためだとは言いづらくて、中庭から月を眺めたいのだと説明したら納得してくれた。
疎ましがられると思っていたのに、話しかければ基次さまも意外と反応を返してくれるのが嬉しかった。私を見る目も、カマドウマからカブトムシくらいには昇格したんじゃないかと思ったりもした。
少し話したら鬱陶しいと部屋に戻されてしまうし、基次さまが寝室に現れることもなかったけど、上手くすればこのままゆっくりと距離を縮められるかもしれないなんて思ったりして、いた。そんな矢先に。
「お帰りなさ、…い、」
「…ああ何だ居たんですか」
「あの、…その、血は」
中庭で待つようになって一週間。遅くに帰ってきた基次さまはまるで戦の帰りみたいに血まみれだった。甲冑姿でないだけに、血の色が嫌に目立つ。
その血、どうされたんですか。お怪我とか、されてないですか。
言おうとした言葉が喉に引っ掛かって続きが言えなくなってしまう。大きな怪我はしていない。だとしたらこの血は殆どが返り血だ。こんなに返り血が浴びるほど、一体どこで何をしてきたんだろう。心配するべきだったのに怖くなってしまって、声が震えたのが自分でも分かった。
「あ、あのっ…」
「……」
「……こ、こ、…こんばんは…」
「……はあ?」
「あっ、違った、…お帰りなさいませ…」
「………」
あ、これも違うな言うべき言葉を間違えたかな。冷静な頭のどこかでそう思って、またしても言葉の先が続かなくなる。呆れたようなため息をついて、基次さまがぼそりと呟いた。
「ただいま、帰りました。」
「あ、…お、おけっ、お怪我とかっ、…されて、ないですか」
「見りゃ分かると思いますけどねえ」
「あの、とりあえず手拭いお持ちしますから、」
この人は一体どこで何をしてきたんだろう。さっきの疑問はとりあえず、深く考えないことにした。ひとまずひどく飛び散った血をどうにかしようと手を伸ばした、ら、殺気だったような目付きで振り払われてしまった。すみません、反射的に謝るよりも早く、いつもとは違う調子の声が私に言う。
「いいから、…汚れたら、困ります」
「……へっ?…あの、……」
「…手拭い、さっさとしてくださいよ。持ってくるって言ったのどなたでしたっけ?」
「…あ、……」
「返事もできないんですかあ、ねえ。手拭いごときで俺様どんだけまてばいいんですかねえ」
「…すみませんただいま持って参りますので!」
いつもとは違うなんて、もしかしたら錯覚だったのかもしれない。そのあとはいつもみたいに嫌みったらしい基次さまだったので、さっきの言葉と辛そうな表情が、嫌でも頭のなかで引っ掛かった。気がついたら返り血よりもそちらの方が重要な気がして。お陰でそのあとは血まみれ状態の基次さまも冷静に見られるようになった。…まあ、それは結果的に良かったとは思うんだけれど。
「あの、水で申し訳ありませんが、…お湯だと血、固まっちゃいますから」
手拭いを水で絞って手渡す。すぐに湯浴みもできますので、といいかけて、呆気にとられたみたいな基次さまの目と目があう。
「あの…どうか、なさいましたか?」
「…随分と手慣れてらっしゃるんだなと。さっきまで泣き出すガキよりも酷い顔してたくせにねえ」
「うっ、…そ、それは確かに、ちょっと驚きはしたかもしれませんけども」
「悲鳴あげて倒れるんじゃないかと思ったんですけどねえ俺様も、まさか挨拶されるとは思いませんよあの状況で」
「…私だって、武家からきたんですよ…。兄だってたまには、返り血を浴びて帰ってきた事だってありましたから。挨拶はその、…ちょっと混乱しただけです」
そんなことをぼそぼそと話しているうちに女中さんが着替えを持ってきてくれて、「あらあらまあまあ大変よ大変だわ本当に大変ねえ全く又兵衛さまったら全くもう、血って固まると厄介なんですから無茶はお控えになってくださいあれほど」なんて調子で捲し立てられてしまった。結局、基次さまは女中さんによって風呂場に拉致されてしまったので、そのあと彼と話すこともできず。
その夜もいつもみたいに、一人で二人分の布団に寝ることになった。…この部屋、夫婦の部屋というより、私の部屋みたいになってるけど。いいのかなあこれで。