蜜月
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「すまんなあ本当に、あいつは誰に対してもああなんだよ」
「いえ、きっと慣れます、きっと、すぐに!」
「物騒に見えるかもしれないが無害なんだ本当は。悪いやつじゃないんだよ」
「はい、そうですよねそう思います私も」
「そう言って貰えて小生も安心したよ、本当に悪いやつじゃないんだ」
「そうですよね、きっと」
「…ほ、本当だぞ?」
「そ、そう、思います…」
基次さまの主君、黒田官兵衛さまはなんだかかわいそうなくらいに必死にいい募る。婚儀の間中、私がずっと涙目だったのが気にかかっていたらしい。「お前さんが逃げ帰っちまうじゃないかとしんぱいでなあ」、そう言われた時は図星を突かれたみたいで内心ぎくりとした。さっき官兵衛さまに呼ばれなかったらうっかり脱走するところだった。
基次さまを追い出して二人きりにしてくれたのも、もしかしたら私を安心させるためだったのかもしれない。そう思うと、厳つい顔とごつい体格をした目の前の官兵衛さまが、妙にいい人に思えてくる。
そんな私の心境を知ってか知らずか、官兵衛さまはこそこそと私に耳打ちする。
「これはここだけの話なんだがな」
「…はあ、」
「お前さん声が大きいよ、あいつに聞かれる」
「あ、すみません…で、ここだけの話、とは、」
「あれで可愛いところもあるんだ又兵衛には」
「…基次さまに?可愛い?」
「実を言うとな、お前さんとのこの縁談はあいつが」
…きっと、この人の言う通りなんだ。見た目は物騒だけど、基次さまは意外とまともで可愛いところもあるんだろう。必死で自分に言い聞かせようとした、瞬間。
「なああにを話してるんですかあ、ねえ」
地を這うみたいに不機嫌な声と共に、目の前を何か巨大な物体が横切った。それは動けなかった私の鼻先すれすれを掠めて、真っ直ぐ官兵衛さまに向かって飛んでいく。済んでのところでそれを避けた官兵衛さまを、なんのためらいもなく基次さまが追い詰める。基次さまの背中の向こう側から、ぎゃあ、とか何故じゃあ、とか、世にも哀れな悲鳴が聞こえた。
「官兵衛さあん、ねえ、いつまで俺様の家に居座ってるつもりなんですかあ」
「うっ、…ま、又兵衛、小生は仮にもお前さんの」
「質問に答えてくださいよお、ねえ。……余計な事吹き込んでんじゃねえよ阿呆官」
「うっ、ううう、…な、何故じゃああ」
理不尽に上司を苛める基次さまの姿が、在りし日のマリア姉様と重なる。…ああ、なんか、私もこうやって、無意味に苛められた事があったような。過去の忌まわしい記憶やら懐かしい思い出やら目の前の恐ろしい光景やらがごっちゃになってなんだか泣きたくなった。
…ああ、姉川に帰りたい。
そう思っても後の祭、官兵衛さま相手に大口を叩いてしまった今となってはもう逃げ出すことだって出来なさそうだ。基次さまの可愛いところを聞きそびれてしまったけど、今となっては彼に、案外可愛いところがあるなんて毛頭思えない。涙目で止めにはいった私を見る基次さまの視線はやっぱりコオロギを見てるみたいなそれで、今朝がたからずっと感じていた恐怖感もすっかり復活してしまった。
…やってける自信が、ない。