現パロ
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<中央区20代・ペンネームめんまさんの証言>
それは昼間なのに薄暗い、雨の日の午後でした。私はいつも通りに家を出て、駅へと向かう最中だったのです。いつも通りの一日の筈でした。…駅前通りで『彼女』を見かけるまでは、
*
…それは、冬だというのに何だか生暖かい夜だった。季節外れの暴風雨が交通機能を麻痺させて、帰れなくなった私は恋人の住むマンションの一室に転がり込んでいた。実は彼の部屋にお邪魔するのなんて始めてで、というかそもそもお泊まりなんて行動自体が人生で初めてで。間を持たせようと苦肉の策で発したか言葉が、この悪夢みたいな状況の始まりだった。「あの、このDVD、見ても良いですか?」
テレビの脇に、綺麗に積まれていたDVD。その一番上にあったタイトルは、『ぜったいにがさない』。…これ、知ってる。滅茶苦茶怖いって一時話題になったやつだ。何でも、ホラー好きの友人(後藤さんは馬鹿とか木偶とか言ってたけど、たぶんその人の事は嫌いじゃないんだと思う)から無理矢理押し付けられたそうで。
問答無用でプレイヤーにセットされてしまったら、今更こわいのでやっぱやめましょう、なんて言えない。というかこの人は、人が嫌がることを生きがいにしてるような性格だ。怖いなんて言おうものならねちねちと厭らしく怖がらせるにかかるに決まってる。…だから、一時間半のホラーくらいは耐えようと思ったんだけど。
『ねえ、ねえねえねえねえ、…ねえ、……何で私を見ないの、…ねえ』
画面の中では、体験談の主人公の男性(確か中央区在住、ペンネームめんまさん)が謎のストーカー女に追い詰められている。頼みの綱の後藤さんはと言えば、隣で安らかに寝息を立てていた。確かに、お仕事で寝てないとか仰ってたし疲れてるんだろうし、眠くなりますよね。しかもこの部屋暖かいし、寝ちゃうのわかります。だからって、…だからって。
………私に寄っ掛かって寝るのは、無しじゃないですか、流石に。
いつもは「気安く触らないでくれますかあ」とか言って鬱陶しがる癖に。何でよりによって今、私に寄っ掛かって寝ちゃうんですか。意外に可愛い寝顔を恨めしく見るけれど、だからといってどうすることもできない。疲れてるなら起こすのは悪いなんて、一瞬でも思ってしまったせいでリモコンに手を伸ばすこともできなくなってしまった。
『逃がさないわ逃がさないわ逃がさないわにがさないわにがさないわにがさないわにがさ』
カメラが、ストーカーの狂気じみた笑顔が大写しにする。真っ暗な目が怯える主人公を映す。正直私も、画面の中の彼みたいに泣き叫びたい気分だった。怖い。幽霊ではなくてストーカーってあたりがまた、リアルで怖い。悲鳴を噛み殺した瞬間、狙ったみたいに雷がなる。怖い。でも、画面から目をそらして左を見れば、後藤さんが安らかに眠っているわけで。それはそれで問題だ。恥ずかしくて直視できない。
そうこうするうちに映画もとうとう終盤に差し掛かっていて、逃げる主人公を追う彼女は手に包丁なんか握っていた。場面は主人公の自宅に切り替わって、何だかこの部屋と間取りがにているところがまた恐怖感をあおった。もういっそ怒られても罵られてもいいから、もう後藤さんを 起こしてしまおうか。そんな考えが頭をよぎった、瞬間。
『つかまえたつかまえたつかまえたつかまえた……つかまえ、』
どあっぷ。彼女がもがく主人公を抱き締めて、とっておきの殺し文句を囁いて、それから。なんの前触れもなく視界が真っ暗になった。…ちょっと嘘でしょ、停電とか。
「ご、後藤さん後藤さん、」
「………」
「…起きてくださいよお…」
もはや、恥ずかしいとか起こしたら悪いとか言ってられない。頭の中を恐怖心で一杯にしながらも、とりあえず手探りで後藤さんを揺さぶってみる。「後藤さん、後藤さん後藤さん、…なんでこの状況で寝てられるんですか、」瞼を閉じればさっきの恐怖影像が浮かんできそうで泣きたくなった。「…後藤さあん、」…出した声まで泣き声一歩手前だ。どうしても起きない後藤さんを、諦めずにさらに揺さぶること数回。
「…後藤さ、」
漸く暗闇になれてきた視界の中で、彼が薄く目を開く。思ったよりも顔が近くにあったことに気づいて体を引こうとした直後。後藤さんがさっきの映画のストーカーみたいに薄く笑ったのを見た、気が、する。
「…つかまえたあ」
「ひっ、」
怖い。余りにもホラーな台詞が耳元で聞こえて、情けない声をあげてしまった。なんの前触れもなく抱き締められて、それは今までにないくらいロマンチックな状況なはずだったのに、口からでたのは情けない悲鳴。何が楽しいのか彼はくつくつと笑うけど、その笑い声が狂気じみててまた怖い。
「ごごご、ごと、ごとうさ、…むぐっ」
正気ですか、なんて聞こうとした口を無理矢理キスで塞がれて、逃げようともがいたら無理矢理な力で押さえ込まれて。…あ、これほんとにさっきの映画みたいだ。
「君、さあ。ホント良い顔で怖がるよねえ」
「…え、」
「良いよねえその顔。いかにもカワイソウでさあ、俺様そういうの嫌いじゃないですよお」
うっとりと、まるで夢遊病みたいな声で。満足げに言葉を紡ぐ後藤さんとは真逆に、私はと言えば狐に化かされた気分で彼の言葉を聞いていた。…本当は目が覚めていたんだけど、寝たフリをして私が怖がる様子を楽しんでたそうで。…ちょっとそれあんまりじゃないですか。怒ろうとしたタイミングで、視界がいきなり明るくなる。
「…停電、直ったみたいですね」
「はあ、そうですね」
「…じゃあその…あの、とりあえず離して」
「は?何言ってるんですかあ、名前さん」
とりあえず映画を止めてしまおうとリモコンに伸ばした手は、捕まれて行き場を失った。不意に視界が反転してそのままソファーに押し付けられる。ひっ、とかぐえ、とか、色気のない声を出したら「あー、良い声」なんて嬉しいんだか嬉しくないんだか分からない感想を貰えた。
「停電の時にやることなんて一つしかないじゃないですかあ、」お約束でしょうがあ、なんて彼は笑うけど、もう、停電、回復してます。無駄だってわかってるけど一応押し返そうとした手は宙を掴んだ。
ふと画面を見やれば、私と同じような体制で押さえ込まれた主人公が、ストーカーに刃物を突き立てられている。「逃がさねえよぉ」、耳元で囁かれた言葉まで、何だか映画の中の台詞みたいだ。諦めて目を閉じればさっきよりは優しいやり方で口付けてもらえて、ものすごく不本意ながらときめいたりなんかしてしまう自分に気づいた。それから、いつのまにか鳴り響いていた映画のテーマソング(意外なことにラブソングだった)を聞きながら、うっかり考えてまったのだ。…このまま逃がさないでください、なんて。
こわくてかわいいきみがすき
『色々ありましたけど、今では自慢の妻です。少しばかり癇癪持ちですがね』
…よく分からないけど、この映画はホラーじゃなくてラブストーリーだったらしい。隣で後藤さんが、「ケナゲですよねえ、どこまでもついてくとかさあ…いいなあ実にいいなあ」なんて真顔で言うので力が抜ける。…あの、何かその感想、ずれてないですか。
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