長編設定の小話
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君の顔が好きだ/斎藤一義
愛してるとか好きだとかそんなのは態度で示しておけば充分だ。別にその手のことを口にするのが苦手だとか言う訳じゃない。むしろ君が望むんならいくらでも愛なんか囁いてやりますけど。
でも、愛なんか囁いてやった所でどうせ愚図で察しが悪くておまけに思い込みの激しい彼女には半分も伝わらないだろうから。頭のてっぺんから爪先まで、俺様がどんなに彼女の事を愛してやまないかなんて言ったところで理解できやしないしする必要もない。
君を守るためだったらそれこそ何でもしてやれるし実際色々とやらかしたけど、だからって俺がやらかした事を一々君が知ってる必要なんてないわけでつまり、君は何も知らないでのほほんとそこで笑って、たまにどうしようもない失敗でもしてくれれば良いんですよ。これ、結構本音です。泣かれてもうざいから言わねえだけで。
そんなわけで今みたいに「私の事お嫌いですか」とか泣かれたりすると、かなり弱い。君がどれだけ、俺様の頭を悩ませてくれてるか、なんてさあ。どうせ言ったって解りゃしないでしょうが。
例えば朝も昼も夜も頭ん中に君のことちらつかせて、目を閉じればまぶたの裏にまで浮かんできて。 たった数日離れただけで、君の手紙に口づけとかしちゃう始末です。で、そんな自分も悪くないとか思えちゃうんだから嫌になります。しかも今だって泣いてぐずって、本当にさあどれだけ俺様の事困らせれば満足するんですか、君は。
…とか何とか。頭のなかで押し問答も飽きてきたので、ぐずぐずと泣く彼女を抱き締めてやることにする。愛してるとか好きだとか、泣き顔が特にかわいいとか、たまにしか言ってやらないけど。かわりに目一杯甘やかしてやるから、それで満足してください。
*
遠くの君へ/GRAPEVINE
いかないでくださいとか、言ったところでどうしようもない。私が旦那さまだったら戦に出る度にいかないでくださいとか泣く妻なんて絶対嫌だと思う、から、いかないでくださいとか言う代わりにとりあえず笑っておくのがいい。いってらっしゃいませとか言いながら。
「お留守の間は任せてください必ず、お家を守って見せます」
「はあ、期待しないでおきます」
「お帰りになったら、また作りますね、おぜんざい」
「帰る頃にはもう、ぜんざいって季節じゃありませんがね」
「じ、じゃあみたらしとか。好きですよね?」
「……」
桜餅だっておぜんざいだって、この間は失敗した筑前似だって、きっと上手に作って見せます。だから、…だから。いってらっしゃいとか、なるべく早く帰ってきてくださいとか。頭のなかでは文章が組み立てられるのにどうしても言葉にできなくて、とりあえず笑顔を装ってみたはずなのに何だか視界が滲んでくる。いつもみたいにわざとらしいため息と、面倒そうな又兵衛さまの声が言う。
「あーあひっでえ顔」
いつもと同じ体温の低い手が涙をぬぐってくれて、それだけでまた泣きたくなる。「…お帰りになる頃には、きっと桜が綺麗です」泣き顔を見られないように抱きついたら宥めるみたいに頭を撫でられて、頭上から辛辣な言葉が降ってくる。
「バカじゃないんですか。俺様が、戦、そんなに長引かせるわけないじゃないですかあ」
「じゃあなるべくお早くお帰りに、」
「君なんかに言われなくてもそうします」
「お怪我なんかしないで下さいね、」
「この又兵衛さまが戦で怪我とかさあ。本気でいってるんじゃないよねえ?」
いかないでください、そばにいてください、できればずっと。そんな言葉の代わりに思いっきり彼の体を抱き締める。
「…帰ってきたら嫌ってほどそばにいてやりますから、」
私そんなこと言ってないです、まだ。言う前に唇が重なって、骨が軋むくらいに抱き締められて。結局、「いってらっしゃいませ」なんて言えなかった。それからは毎日不安で仕方なくて、せめて一番にお帰りなさいが言えるように毎日縁側で待ったりもしていたんだけど。
「…まさか、三日でお帰りになるとは思いませんでした」
あの涙を返してくださいとは言わないけど。無事にお帰りになったのが喜ばしい事にはかわりないけど。私の、そんな心情を知ってか知らずか又兵衛さまが笑う。してやったり、みたいに。「だから言ったじゃないですかあ、俺様がそんなに長引かせるわけないでしょ、って、さあ」
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