長編設定の小話
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間違った季節に咲いてしまった花みたいな。
初めて彼女を見たのは大きな戦が終わったあとの宴の最中で、機嫌をよくした黒田サンが引きずるみたいにして連れてきたのを覚えてる。
後藤さんはいかにも鬱陶しそうに「何しにきたんですかあ君」なんて舌打ちしていた。彼女の方は泣きそうな目で後藤さんに謝る。あの子、名前ちゃんが後藤さんの嫁さんだと知ったのはその宴のあとの話だった。まさかあの人が結婚してるなんて思わなかったから正直超驚いた。それから、あの子の事が心配にもなった。だって後藤さんってどう見ても優しくは無さそうだし。陰険そうだし更に言うと変態っぽいし面倒臭そうだし、
「あ、ここだけの話にしといてくださいね刑部さん」
「我に口止めをするくらいなら、最初から言わない方がよかろ」
「そんな意地悪いこと言わないでくださいよぉ刑部さあん」
「ヒヒッ…して暗の部下の、細君がどうかしたか」
「いや、なんかあの子が心配で。こないだ俺行ってきたんすよ、足軽に仕事代わってもらって」
そう、足軽に無理に頼んで、様子を伺いに行ってみた。「どこにって、後藤さんちに決まってるじゃないですか刑部さん。ハイハイ認めます、心配っつうか野次馬根性でしたよ、」でも心配だと言うのも本当だった。だってあの時の後藤又兵衛は今までで一番機嫌の悪い顔をしていた(殺気すら感じた)し、彼女は彼女で、殺される前のウサギよろしくびくついていたから。
「それでさあ、」
後藤さんちから真っ先に出てきて、俺を招き入れてくれたのは名前ちゃんだった。暖かい緑茶を淹れて、ひどく申し訳なさそうに「本当に申し訳ございません、主人がただいま留守にしておりまして。」なんて謝ってくれて。そのときも、先の宴と同じような表情をしていた。所在なさげで居心地の悪そうな、つまり、間違った季節に咲いてしまった花みたいな。
遅くなるって話だったのに後藤さんは、それから数分で帰ってきた。で、彼女を見て舌打ちして、「何て言ったと思います、刑部さん?」
「謎かけにしては随分とつまらない問いよな、分からないというよりは関心が持てぬわ」
「まあ聞いてくださいよお、あの人、『ご無事ですか』なんて言うんですよ名前ちゃんに。失礼だろって怒るよりも先に俺、なんか感動しちゃってさあ」
あの後藤又兵衛が真っ先に相手を気遣うみたいな言葉を吐くなんて、今でも意外だ。「俺への当て付けって感じもなかったし。つうかあのとき、後藤さん、まじで名前ちゃんしか見てない感じでさあ」まあ、ものの一秒程度だったけど。そのあとは嫌みと悪態満載の、いつもの後藤又兵衛だった。
いつもみたいなねちっこい口調で名前ちゃんに、『邪魔臭いから君は、さっさと引っ込んだらどうです?』なんて事も無げに吐き捨てて。それから、…ああそうだ。壊れ物でも触るみたいにして一瞬だけ、彼女の髪に触れたんだっけ。前言撤回、あのときの後藤さんは全然『いつもの後藤又兵衛』なんかじゃなかった。いや、俺への態度だけがとりわけひどいだけなのかもしれないけど。まあそれはどうだっていい。
とにかくそのあと、俺は名前ちゃんと一切会話させてもらえなかった。後藤さんはほとんど無理矢理彼女を奥に下がらせたし、書簡を渡した俺もものっそいそっけなく帰されてしまったから。
「でもさあ、デバガメでちょっと戻ってみたらさあ。今思うとほんっっとに、過保護なんすよねえあの人。多分、病的に」
「…左様か」
「庭先で鉢合わせたんすよ。名前ちゃんも居たんすけど、手なんか繋いじゃってさあ。俺と鉢合わせたら背中に隠したりなんかしちゃってさあ、」
「意外よの、想像もつかぬわ」
「絶対、嫁さんのこと城につれてこなかったでしょ。こないだの宴会、後藤さんすげえ切れてたじゃないですか」
「覚えがあらぬわ、我にはかわりなく見えたが」
「きっとあの子にだけ、飛びっきり過保護で甘いんすよ。からかったら楽しそうっすね」
誰の目にも触れないように。あの子はたしかに、そんな風に病的に守られるのがに似合うくらいに小さくて、頼りなくて、弱そうにも見えるひとだった。縋るみたいに、細い指先が後藤さんの手を握ってたのを覚えている。あんなに所在なさげだったのに、彼女は、後藤さんにだけ安心しきったみた顔で笑いかけていた。
「貴方だけが世界のすべて、みたいなさあ。いいっすよねえそういうの。後藤さんちの庭、意外と日当たりよくてさ。梅が綺麗で。」
「………」
「淹れてくれたお茶もフツーに旨かったしさあ、名前ちゃん、後藤さんのこと毎日縁側で待ってんすよ。一番におかえりなさいって言いたいんだって」
「…左様か」
「後藤さんの癖に、あーんな愛されちゃってさあ」
泣きそうな目で笑うんだ。ほっとしたみたいな、でも今にも泣きだきそうな目をして。俺だって、あんな子と結婚したら過保護にしてやりたくなるかもしれない。
「…ああ俺、しよっかな、結婚。」
「……左様か」
「日当たりの良い縁側でさ、」
「………」
「庭には蝋梅なんか植えちゃったりして、」
「………」
良いっすよねえそういうのも。と言いかけてふと横をみたら、刑部さんはどこにもいなくなっていた。どうやら俺を置いて、さっさと引っ込んでしまったらしい。たまには付き合ってくれたって良いじゃないですかあ。ぼやきながらぼんやり、刑部さんちの庭先を眺める。日当たりの良い縁側はあの日そっくりの小春日和で、俺は、あの子の笑顔をぼんやり思い出したりなんかしていた。
小春日和に似てるひと
「庭の蝋梅を、主人が切りたがるのでまいります」
やっぱり小春日和で、俺はやっぱり足軽に無理矢理仕事を代わってもらって。後藤さんは留守だけど、多分五分もしないで帰ってくる。
「桜とか梅とか、花が咲くのが嫌みたいで」
いやあそれは多分、言ってるだけなんじゃないかなあ。あの人、大抵何でも嫌いって言うから。縁側で困ったみたいに笑う名前ちゃんに教えてやりたかったけど、後藤さんが面倒臭そうだしやめておいた。帰ってきた後藤さんに「梅、綺麗っすね」とか言ってみたら馬鹿にしたみたいに鼻で笑われた。「花なんか鬱陶しいだけじゃねえか馬鹿じゃねえの」とか言ってたけど意外とあの人、花なんかよりも名前ちゃんの方が綺麗とか、本気で思っっちゃってたりして。