長編設定の小話
名前変換
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「ざびざび、ざびざびざびざび」
「…あのお、キミたち?なんですかぁ、これは」
「……いや…それが…」
戦から帰ってきたら、名前さんがザビー教とかいう怪しげな宗教に洗脳されていた。女中頭の話によると、昨日の昼に『バンビ』とか名乗る怪しげなガキが訪ねてきてからおかしくなったらしい。お偉いさんの尋ね人を探しているというから名前さんが対応して、それからずっとこの調子だと。
…たった三日の留守も守れねえとか、どこまで頼りねえんだよ俺の嫁さんはさぁ。
「名前さん」
「ざびざび、び、びざ、…ああもう間違えちゃった、ざびざびざび」
「名前さぁん?聞いてますかあ」
目の前で手をヒラヒラと振ってやれば漸くその目は俺様を捉える。名前さんの目に写った自分が酷く嬉しそうな顔をしていてなんとも言えない気持ちになる。…この際だから認めてやりますけどね、確かに君のそういう、頼りないところは嫌いじゃないんですよ俺様は。
「きいてません私忙しいので」
「愛しの旦那様が戦からお帰りになったってのに、出迎えもしてくれないんですねぇ。随分とご挨拶じゃないですかぁ」
「だって私ちょっとやらなきゃいけないことがあるもんですから」
「はあ、そうですか」
「今日中にザビー様のお名前を一万回唱えるとですね、なんと夢が正夢になるらしいんです」
「はあ、夢、ですかあ。それまた、どんな」
「又兵衛様が戦からお帰りになられてですね、私に『ただいまのちゅう』をしてくださるんです」
…この女は今自分が誰と話してるのかわかってんのか。阿呆臭くて膝から崩れ落ちたいような気分になった。ざびざび、ざびざびと脇目も降らずに唱える名前さんはまるで夢遊病みたいで、ものの数分でよくもここまで洗脳されたもんだと感心する。
「ふうん、『ただいまのちゅう』ですかあ」
「ただいまのちゅうです、もう三日も経つのにまだお帰りにならなくて」
「つまり、なんですかぁ?寂しかったわけですか」
「当たり前ですもう三日もお話ししていないんです、ザビー様によると寂しいと私は死ぬらしいのできっと明日には死んでしまいます
「ふうん」
「あのお私、まだ6984回しか唱えてないので忙しいんですけど」
ああこの女、本当に俺様がいなきゃそのうち野垂れ死ぬんじゃねえかなあ。ざびざびと再び唱え出す名前さんを見下ろしながらぼんやりと考える。
旦那と三日話せないだけで怪しげなカミサマにすがりたくなるほど寂しくて死にそうだとか、信じられないくらい頼りない。頼りなくてとろくて面倒臭くて、俺がいないと生きてけないくらいの馬鹿で役立たずでかわいいだけの生き物。でもまあ、悪くない。
「ざびざび、ざびざびざび」
「君、さあ。本当に俺様がいないと駄目だよねえ名前さん」
「ざびざ、……っ、」
肩をつかんで無理矢理こっちを向かせて、ざびざび煩い口をとりあえず塞いでやった。舌を捩じ込んで深く口付けてやれば息が苦しいのか、体を押し返されたけど知ったこっちゃない。
「ただいまのちゅう、してやりましたよぉ。これでご満足ですかあ?ねえ、」
「……」
「なあんとか言ったらどうですかあ?ねえったら」
「……ま、又兵衛さま?」
「はあ、なんですかぁ」
「私なんで、…あれ、だってザビーってまだ7000回位しか」
「まあだそんなこと言ってるんですか、本当にさあ馬鹿だよねえ君は、」
『ただいまのちゅう』なんかで簡単に解けるなんて、ザビー教の洗脳とやらも存外大したことないよなあ。それとも君が単純すぎるだけなんですかねえ名前さん。
我に帰った名前さんが何時もみたいにとろい調子で慌て出す。面白いからからかってやろうかと思ったけど、涙目で「お怪我とかされてないですか」なんて案外殊勝なことを言ってくれたので許してやることにした。俺様も甘いよねえ。
「そこらの木偶相手に怪我とかさあ、又兵衛様のことなめてんの?」
「…ほ、本物ですか?もしかして夢だったりして、」
「…ああもう面倒臭えなあ。いつまで言ってるんですか、」
「痛い痛いつねらないでほっぺたもげる」
「君が夢だとか言うから教えてやったんじゃないですか」
「…うう、ありがとうございます…」
「はあ、どういたしまして」
抱き締めてやろうと手を伸ばすよりも早く名前さんに抱き締められる。ああ悪くねえなこういうの、なんて思っていたら耳許で彼女が小さくささやいた。
「おかえりなさいませ、又兵衛さま」
おはようおかえり
「…ただいま、名前さん」返した自分の声がうんざりするほど甘ったるくて笑った。本当にさあ嫌になるよ名前さん。意外と俺も、三日やそこらで君が恋しくなってたみたいです。