長編設定の小話
名前変換
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風邪を引く
蔑むみたいな目が私を見下ろしている。起き上がろうとしたら無理矢理布団に押し戻された。綺麗な手が、額に触れて熱を確かめる。頭上から舌打ちが聞こえてきて申し訳なくていたたまれなくなった。
「…まっったく、さぁ。又兵衛様は忙しいんですよ病人の世話なんかしてる暇ねえんです、本当は。どこかの誰かさんの面倒なんか見きれねえんだよ。寒がりの癖に寝巻きのまんまで外出てりゃ風邪引くって、ちょおおっと考えれば分かりますよねえ、普通は。ねえ?」
「…すみません、仰る通りで」
「大体なんであんな夜中に中庭で寝てるんですかぁ、確かに俺様先に寝てろって言いましたけど?普通寝床で寝ますよねえ、中庭で眠りこけるなんてはしたない真似良くできますよ、ねえ?」
「ま、又兵衛様とお話したくてですね、」
「はあ?」
「いつもお帰りになったら中庭で月を眺めてらっしゃるじゃないですか、だから」
「……」
「待ってみたんですが…し、知らないうちに寝てしまって」
言葉にしてみたら、本当に自分が間抜けで嫌気がさす。まさかあんな中庭で本格的に寝入ってしまうなんて思わなかった。
「ばっかじゃないんですか、ねえ、名前さん」
「すみませ、」
「うるせぇな」
「…う、ご、ごめんなさ」
「だぁから黙れって言ってるじゃないですか」
からだがだるい。息がくるしい。おまけに頭もいたくて少しだけ涙がにじむ。厄介な物を見るみたいに私を眺めて、又兵衛様がため息をついた。それから、少しだけ柔らかい声色で言われる。「ばかじゃないんですか、本当」
目尻ににじんだ涙がひどく優しい手つきでぬぐわれて、そのまま視界を塞がれる。「仕方ねえから、医者が来るまでそばにいてやりますよ。だから、黙ってここで無様に這いつくばっててください」…妙に辛辣な台詞の割に、その声色は飛びっきり甘くて優しい。小さくうなずいたら、おでこに唇の感触がした。滅多に聞けない声で、彼が囁く。「おやすみ、名前さん。」
*
雪うさぎをつくる
「はあ、なにしてるんですかぁ、それ。雪団子?」
「…雪うさぎ、です…」
「俺様にはただの、きったねえ雪の塊にしか見えないんですけどお」
「…ううっ…た、確かに微妙にいびつですけれども…ちゃんと正面から見ればうさぎなんです」
「正面から見ても雪団子ですけど、ねえ」
「いやだから、…ここが耳で、ここが目で、…で、ここが鼻じゃないんですか、どう見ても」
「……名前さん、さあ。」
「はい」
「不器用ですよね基本的に。さっきからずっとかかって出来たのがこれですかぁ?下手の横好きって言葉、知ってます?」
「………うう、うううう」
「唸ってないで人間の言葉でしゃべってくださいよお、さすがの又兵衛様でも、獣の言葉は分かりませんよぉ、ねえ?」
珍しいこともあるもんだ。庭に立つ二人をみて、小生はこっそり笑いを噛み殺した。いつになく嬉しそうな名前の隣に、迷惑そうな顔を繕った又兵衛がいる。小生、知ってるんだぞ。お前さんがそういう顔をするのは大抵照れ隠しなんだって。
「あーあもう、さあ。手だってこんなに冷たいじゃないですかぁ、こないだみたいに風邪引いたらどうするんですか面倒臭ぇ」
必死で照れ隠ししながら 奴さんは名前の手を取って暖めようと擦り合わせる。小生は知ってるんだぞ、お前さん意外と過保護で世話焼きだからな。あと、嫁さんにたいしてだけ飛びっきり甘くて優しいことだって知ってるんだぞ実は。
「雪いじりとか、ガキじゃあるまいし。もう気がすみましたよねえいい加減。付き合わされるこっちの身にもなってくださいよぉ、ったくさあ。」
「………」
「なに笑ってるんですかぁ、気色悪い。雪うさぎなら俺様があとで完璧なの作ってやりますからさっさと家に……げ。」
ぶつくさと嫁さんに苦言を呈していた又兵衛がふとこっちを向いて、視線がかち合った。露骨に嫌そうな顔をしているが、照れ隠ししているだけなんだって、小生知ってるんだからな。にやついた顔のままで手をふれば、「何しに来やがったんですかぁ官兵衛さん」と刺々しい言葉。
「はははは、照れるなよ又兵衛、」お前さんもかわいいところあるじゃないか。と、からかってやろうと足を踏み出したらいきなり視界が揺れて、そのまま落下した。なんだこれは。落とし穴か。なぜだ。なんでこんなところに落とし穴があるんだ。
「かぁんべえさあん、」
狼狽えていたら頭上から又兵衛の嬉しそうな声がして、見上げると実に嬉しそうな表情を隠しもしないで、奴は小生を見下ろしていた。なんだまさか、この落とし穴はお前さんがやったのか又兵衛。
「念のため昨日のうちに掘っておいたんですけどお、……まさか本当に引っ掛かるなんて思わなかったよばぁーか。」
「う、うう、うううう…」
「人間の言葉で喋れないんですかぁ官兵衛さぁん?」
「又兵衛、し、小生は仮にもお前さんの上司なんだぞ、」
「うるっせえなあ、てめえに出す茶なんてねえんだよ阿呆官がぁ。そこで雪うさぎでも作っててくださいよぉ、上手にできたら出してやらなくもないですよお」
「うううう、な、なぜじゃぁ…」
*
おぜんざい(お餅と栗入り、塩昆布つき)
これだけ寒い日はおぜんざいに限る。軒先の雪が溶け出す音で目が覚めて、いつもより少しだけ早く寝床を抜け出した。
又兵衛さまは面白いくらいよく眠られているので起こさないでおいた。又兵衛さまは、一度眠ったら何をしても中々起きない。これは多分彼の、「かわいいところ」なんだと私は思う。意外とかわいいところがある、という官兵衛さまのお言葉は、今になって思えば本当だったらしい。寝顔に何か悪戯でもしてやろうかと思ったけれど、そんなことしたら地獄の報復が待っているからやめておく。
女中頭のオトミさんに台所を使わせください、と頼んだら、やけに不安そうな顔をされて軽く傷ついた。「私、得意なんですよ甘味とかは」そう弁解しながら、内心で付け足す。甘味以外はお察しの通りですけどね。
私が台所に立つことなんてほとんどないから(味が不安だとかで、又兵衛様が料理をさせてくれない。傷つく。)少し手間取りはしたけど、まともにおぜんざいが出来上がる頃にはオトミさんが私を見る目も変わっていた。でも、「一時はかまどが爆発でもしたらどうしようかと思いました」なんて、さすがに失礼だと思う。
出来上がったおぜんざいをお盆にのせる。ついでに塩昆布とほうじ茶ものせる。で、部屋の前まで来たらなんの前触れもなく襖が勢いよく開いたので、危うくお盆を取り落とすところだった。
「………」
「お、おはようございます…」
「………」
嫌に期限が悪そうな又兵衛様に、とりあえず挨拶をしてみる。案の定返事は返ってこないので、「おぜんざい、いかがですか」と続けてみた。又兵衛様の表情は変わらない。返事もない。
「あの、…早くしないとぜんざいが冷めますので」
「こんな朝っぱらから勝手にいなくなっといてさあ俺様もいつもより3分も早く起こされるしさあ、ああもう本当にさあ」
漸く口を聞いてくれたと思ったら、地を這うみたいな不機嫌な声で早口でお説教をされてしまった。謝るよりも先にお盆を取り上げられて、「どうせこけるんだからお盆なんて持たないでくださいよお、物騒な」と睨み付けられる。縁側に腰を下ろす彼のとなりに座って微妙に笑ってみたら大袈裟なため息が聞こえた。
「…もしかして探して下さったり、しましたか?すみません」
「はあ?俺様が君を?思い上がるのも大概にしてくれませんかねぇ、名前さん」
「あ、おぜんざい、いかがですか?寒いからいいかなーと、思って」
「………」
「一応、私が作ったんですけど」
又兵衛様は、胡散臭いものを見るみたいにおぜんざいと私を交互に見つめている。それからお椀に口をつけて、ぼそりと一言。
「…悪くないんじゃ、ないですか」
「ありがとうございます」
「誉めてませんけど」
「だって『悪くない』って、どっちかというと美味しいって意味じゃないんですか」
「………」
最近知ったんだけど、又兵衛様は怖そうな顔して意外と甘党だ。行儀よく箸を使いながらそれなりに美味しそうにおぜんざいを食べてくれる彼を、にやにやしながら眺めていたら、「見世物じゃないんですけどお」と、またにらまれる。
「また、作りますね、おぜんざい」
「台所が爆発でもしたら困りますんで、やめてください」
「じやあ今度はお団子にします」
「俺様の話聞いてましたか、ねえ。怪我でもされたら困るから刃物は持つなって言ってるじゃないですか」
「私が怪我すると困るんですか、どなたか?」
これはきっと壮大な照れ隠しなんですよね、知ってますよ私。このあいだ官兵衛さまがおしえてくれたんですから。内心で思いながら笑いを噛み殺した瞬間、前触れもなく頬をつねられた。結構容赦がなくて、痛い。さっきと同じ不機嫌な声が、なんだか恐ろしげな言葉をなげかけてくる。
「名前さぁん、君最近妙にナマイキだよねえ。あー俺様ナマイキな奴嫌いなんですよねえ、あんまり調子に乗らないでくださいよお、…ねえ」
…すみません、調子にのりすぎました。