蜜月
名前変換
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人生で初めて着る白無垢。この間読んだ草子だと、白無垢を着た主人公を登場人物皆がベタ誉めしていたんだけど(ちなみに兄様からは「ふん」としか反応がなかった)。
「…い、いかがですか」
「はあ、まあ、悪くないんじゃないんですか」
「ありがとうございま、」
「ていうかどうでもいいんですよねえ俺様嫁なんて面っっ胴臭いもん要らねえんですよ本当は」
「……」
「でも仕方ないですよねぇ色々と大人の事情ってものがありますし、ねえ?」
「ああ、はい、そうですよねすみません…」
「なああんで君が謝るんですか、ねえ?謝ったところで今更取り止めになんてできないんですよお仕方ないじゃないですか諦めてください」
「……はい、すみませ、」
「あぁ?何か言いました?」
「いえ何でもないです」
…気まずい。基次さま言う「大人の事情」がいったい何を指すのかはよくわからないけれど、とりあえずそんなのは婚儀の前に交わす会話じゃない気がする。
だからってこの険悪な空気の中で、趣味の話や好きな食べ物の話ができるほど、図太い精神も持ち合わせていない。…結局、それ以上言葉を交わすこともできないで、私はかなりの時間を無言で過ごすはめになった。
基次さまは、相変わらずしかめっ面でなにか呟きながら懐から取り出した本を見つめている。…しかめっ面で目付きも悪いけど、意外とこの人、綺麗な顔立ちをしてるような気がする。こっそりと基次さまを観察するうちにそんな事を思ったけど、多分それは無駄な発見だ。手にしたその本には一体何が書いてあるのか。聞いてみたい気もしたけど知ったら取り返しのつかないことになるような気もする。目が合わないように気を付けていたつもりだったから、基次さまがぼそりと呟いた言葉が嫌に不気味だった。
「見世物じゃないんですけど、ねえ」
…ぞわっ。
慌てて視線を前に戻して、さっきの言葉は聞かなかったことにしようか少しだけ迷ってから謝る。なるべく独り言を呟くみたいな感じで。
「…すみません」
「なあにがすみませんなんですかぁ、ねえ」
「………何でもないです」
一事が万事そんな調子。話しかけてもほとんど会話は続かなくて、様子を見ていたら舌打ちされて。婚儀が済んで後藤家の屋敷まで送り届けられて、もう一日が終わると言うのにまともな会話なんて全く交わさなかった。自己紹介どころか、恐怖心が増して会話すらままならない。
全く知らない土地で知らない人たちにかこまれて、宛がわれた部屋の縁側に座って私はぼんやりと考えていた。 …一日たたないうちに逃げ出して兄様に怒鳴り散らされるのと、このまま基次さまと地獄の結婚生活を送るのならどっちがましなんだろう。カマキリかカマドウマか、とにかく虫でも見るような目で私を見る殿方と、仲睦まじい夫婦なんてやっていけるわけがない。
「……(……無理だ。絶対無理だよあの人未だに私の名前覚えてくれないし)」
「あのお」
「………(私も未だに又兵衛様と基次さまのどっちで呼んだらいいかもわからないし)」
「聞こえてますかぁ?もしもしぃ?」
「…………(…そもそもあの目が怖いよ、私のこと虫けらに程度しか思ってない目だよあれは。ああほんとやってける自信が、)」
「お考えのところ悪いんですけどねえ、」
「ぎっ、ぎゃあああああ!」
自分が出した声で耳がわんわんする。いきなり目の前に現れた基次さまもそれは同じだったようで、思いきり顔をしかめられる。うるっせえなあ、とかなんとか呟かれたのは聞かなかったことにした。
「…随分と、慎みのないお声をあげられるんです、ねぇ?」
「す、すみません少し、その、いきなり出てくるもんだから」
「あぁ?」
「いえあの何でも、あの、どうかされました、か?」
「………俺様の主君が、一度挨拶したいとか抜かしやがるんですがどうします?」
「…あ、ああはい是非に」
「まあ別に挨拶なんてしてもしなくても同じなんですけどねえあいつ、ただの阿呆官なんで」
「…あ、あほかん…」
あいつだの阿呆だの、主君に対してあんまりな物言いに半ば呆気に取られながらも取り繕うように笑う。
「わざわざ、呼びに来てくださってありがとうございます」
相変わらず、セミの脱け殻でも見るみたいな目が私を見つめている。目を合わせないように当たり障りなくお礼を言ったら、舌打ちと共に身も蓋もない言葉が返ってきた。
「ああはいはい、そういうのいいんでえ、行くんならさっさとしてくれますかぁ?これ以上手間かけさせないでくださいよお」
「すみませ、」
「…何か言いましたぁ?」
「……いえなにも」
…意外だったのは彼が、私に向かって手を差し出して来たことだった。そのまま手首を捕まれて、少しだけ引っ張られる。辛辣な言葉を吐いてくる割に、手首に込められる力は遠慮がちで優しい。
…その程度の事でさっきまでの恐怖心が和らいでしまった私は、物凄く単純なんだと思う。こっそりと基次さまを見上げたら目があったので、少しだけ笑ってみたらウスバカゲロウでも見るみたいな目で言われた。
「…これだから木偶の相手するのは疲れるんですよねえ」
「……う、ううう」