長編設定の小話
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
御大・マリア様
「全く長政にも困ったものよねえ、様子を見に行くと言って聞かないのだもの」
「……」
「まあ妾も丁度、義輝の所に行く予定だったから丁度いいと思って。よろしくね、三日ほど。明日には長政たちも着くと思うわ」
「…おっかしいなあ幻聴かなあ、この女が何を言ってるんだか俺様にはさっぱり」
「あら、貴方の大事な大事な名前の客人なのよ、丁重に扱いなさいな」
「……」
「だあいすきなお姉さまとお兄様が近くまで来てるのに会えないなんて聞いたら、あの子きっと悲しむわねえ泣いちゃうかもしれないわねえ、…可愛そうに」
「……」
「強引にうちから奪い取った癖にねえ、家族にも会わせないなんてほんと、甲斐性のないオトコだこと。心配だわあ、無理にでも姉川に連れて帰ろうかしら」
「…………」
…ただの脅しじゃねえかこのクソアマ。何様のつもりだ。悪態をつく代わりにこれ見よがしに舌打ちを一つ。「あらあ怖い、大事な妹をこんな男に任せて大丈夫かしらあ」とかなんとか、わざとらしく返されて頭をかきむしりたいくらいに苛々する。この女にこれ以上余計な反応を返してやるのも癪なので、なにも聞こえなかった振りをして屋敷に引き返すことにした。そしたら女と、女の後ろについてた従者どもまでぞろぞろとついて来ようとするから、……ああもうこいつら、全員切り捨ててやりたい。
「泊めてやるなんて一言も言ってな、」
「助かるわあ、名前も喜ぶわねえきっと」
誰が許すか泊めてやるなんて一言も言ってねえ。帰れ木偶が。我が物顔で入ってくる女を睨み付けて、せめて嫌みの一つでもはいてやろうとした瞬間。庭先に出ていた名前さんがこっちを見て、目を見開いたあと見たこともないくらいに嬉しそうに笑う。
「……お久しぶりですおねえさま、」
彼女の声がこれまた、聞いたことないくらいの涙声で心底うんざりする。……兄離れどころかオネエサマともべったりだったのかこいつ。こんなこと微塵も気にしちゃいねえし実際とるに足らない事だけど、名前さんは俺様の事なんか全く眼中にない様子で走り出して姉に抱きついた。……全くもって気にしてないけど、いつも俺様が帰ってきたら喧しいくらいに纏わりついてくる癖にさあ。別に、どうでもいいけど俺様、あんな笑顔向けられたことないです。いや本当、どうでもいいけど。
「久しぶりねえ名前、その様子じゃあまだ体のどこも旦那さまに切り落とされてはいないみたいねえ、ねえさま安心したわあ」
「こ、…怖いこと言わないでくださいよお、、マリア姉様……」
姉は姉で、さっきまでの偉そうな雰囲気は少しも残ってない。くそが、てめえもいい加減妹離れしやがれ。口のなかで呟いたのが聞こえたのか、名前さんのオネエサマは俺をみて満足げに目を細める。優越感にまみれた視線がまた鼻につく。
うざいから帰ってくださいよもう。そう思うけど口に出せない理由は別に、さっき言われた言葉が引っ掛かってるからじゃない。
名前さんが泣こうがうざいだけで別にどうってことはない。でも、例えばここで口を挟んだら更に面倒臭い事になるわけで。面倒事は嫌いですからとりあえず今は黙ってやりますよと、強いていえばそれくらいしか考えてない。つまり、名前さんが見たことないくらいにうれしそうなことと今俺様がそれを黙って見てやってることには本当に全く何の関係もない。だから、クソアマもといオネエサマがすれ違い際に吐いた「あなたやっぱり、名前には随分と甘いのねえ」とか言う言葉の意味だって本当に全く、全然分からない。
三日ほどあいつらをここに泊めてやることにしたのは単なる思いつきの親切だ。名前さんが喜ぶとかそんなのは関係ない。俺様、寛大ですから今回だけは多目に見てやります。
……ところで。どうでもいいけどさあ、いつまで俺様のことほっとくつもりなんですか名前さん。
*
当主・浅井長政
姉川からはるばる訪ねてきくれたけれど、兄様はあいかわらずだった。
「貴様、一月に三回しか文を寄越さないとは一体どういうことだ!筆無精こそ真の悪だぞ、名前!」
…相変わらずの、何かずれてるお説教。うるさいなあ。と、反射的に思ったのが顔に出ていたのか、お兄様の暑苦しい説教は更に加速する。
「私がどれだけ心配したと思っているんだ!三日に一度は文を出せとあれほど」
三日に一度手紙を書いたところで、どっちにしろ姉川に届くのに七日はかかるから、あまり意味はないと思います。あと、くださったお返事の手紙、字が汚くて所々読めなかったんですけど。筆無精は悪でも悪筆は悪じゃないんですか、お兄様。
などなど。色々と揚げ足を取りたくなる内容ではあるけど、口を挟むのは兄いわく悪なのでひとまず聞き流すことにする。青筋をたてて喧しく暑苦しく何やら言っている兄は、小さい頃から本当にかわっていない。こうして怒られていると何だか、小さい頃に戻ったようで懐かしい。
「な、…何を笑っている!さてはまた、余計な事を考えていたな!」
「へっ?…あ、いや、兄様が余りにも、…なんと言うか」
「ええい、言いたいことははっきり言えといつも言ってるだろう」
「でも兄様、口を挟むのも悪とか言うじゃないですか」
「無駄口を叩くな!はっきり言え!」
「ええー…そんな、ご無体な…」
いつも通り、筋が通っているようで何だか矛盾しているような。お説教をされているのにへらへらと笑っている私が不気味になったのか兄は怪訝な表情で私をのぞきこむ。…で、よりによって言うことには。
「名前。様子がおかしいがお前、また知恵熱でも出しているんじゃないだろうな」
「ち、知恵熱って。最後に出したの五つの時ですよ」
「では悪いものでも食べたのか。つまみ食いは悪だといつも」
「……いや、もう子供じゃないんですから」
「何を言うか、いつまでも子供じみた事を言って私を困らせていたのは貴様だろう」
「……」
「木に上ったあげく降りられなくなったり、蜥蜴ごときを怖がって泣きわめいたり。いい加減いちいち私に頼るな、兄離れしろ」
「…いやだから、いつの話ですかそれ」
……どれもこれも随分昔の話なんだけれど。年が離れていたせいか、そういえば兄は小さい頃からいつも私の面倒を見てくれていた。浅井連者ごっことかしたなあ、よく。兄様が情熱の赤で、私が凡庸の緑だったっけ。今思うと、なんか納得のいかない配役だ。マリア姉様に意地悪されたときも、大抵お兄様だけは私を庇ってくれた。…まあ、お兄様と私で仲良く虐げられていたというほうが正しいけど。
…そういえば、小さい頃はよく言っていた。兄様のお嫁さんになる、とか。
ふと思い出した私の、感傷的な気持ちが移ったんだろうか。深刻な顔をしていた兄がいきなり涙ぐんで、「……お前は兄様のお嫁さんになるんじゃなかったのか、名前」とか口走ったので慌てた。…輿入れの日はあんなにあっさり見送った癖に。どうせ時間差で気分が盛り上がっちゃったんだろう。意外と気分屋な所まで変わってない。
「早すぎる成長はまぎれもない悪だというのに貴様は」
「…な、泣くことないでしょ兄様」
「こんなに早く嫁に行ってしまうとは」
「だって基次さまとの縁談は兄様が」
「三歳の時には兄様と結婚するって言ってただろう名前」
「…………いやあそれは」
「それなのにこんなに早く……兄様は悲しいぞ、名前」
いやいや、だからあなたじゃないですか私の縁談をまとめたのは。そう思いながらも目の前で泣かれると何だか、私まで悲しくなってくる。私も兄も、昔のままじゃいられないのだ。浅井連者ごっこで遊んでくれた兄様も、いまや立派な浅井備前守なわけで。…いつも通りに思えても、こうして兄様にお説教されることはもう、私の日常ではないのだ。そう思うと、鬱陶しいはずのお説教にも泣けてきてしまう。
「兄様にはお市さまがいるじゃないですか、」なんて兄を宥めながらこっそり決意した。…兄様が姉川に帰ったら、三日に一度、お手紙書こう。
*
奥方・お市
「長政さま、最近は名前さんのことばかり…」
「ああ、ほんと妹離れできてないですよねえあのひと」
「でも、市ね、寂しくないよ。…だって長政さま、ちゃんと市にもお話してくれるもの」
「はあ…ところで、さあ。なあんで俺様、アナタののろけ話聞かされてるんですかねえ」
妹がアレなら兄はもっとアレだった。…いい加減妹離れしろとか、言ったところで馬鹿には通じやしないだろう。三日に一度手紙とか馬鹿じゃねえの。つうかさ、一月に三回の手紙は筆無精じゃないでしょう。筆まめと言うか、俺様ならそんだけ手紙送られたら引きますけどね。斜め向かいでこれ見よがしに行われる名前さんと妹離れできていない義兄の会話をぼんやり聞きながら、目の前の女の言葉に生返事を返す。
「長政さまね、言ってくれたのよ。市、笑ってるほうがいいって」
「はあ。そりゃあ、結構なことですねえ」
「それから、いつもね。百合をくれるの。市に一番、似合う花だからって」
「随分とまあ、陳腐なことで」
…どうでもいいけどさあ、何で君、そんな嬉しそうなんですか名前さん。馬鹿な兄の馬鹿な説教を無理矢理聞かされてるってのにさあ。
斜め向かいの馬鹿な義兄、の、向こう側でへらへらとだらしないかおをしている彼女を見てふと思う。名前さん、そういえば君桜が好きとか言ってましたよねえ。まあ俺様、桜大嫌いなんですけど。考えてみると、春になると鬱陶しいくらいにあちこちで咲くあの花は、鬱陶しい性格の名前さんにはお似合いかもしれない。どうでもいいけど。
「そう、…陳腐。でもね、市、嬉しいよ。長政さまがくれるものならなあんでも」
「はあ、左様ですかあ」
本当に心底どうでもいいけど。例えば桜の季節に連れ出してやったら、彼女もこの女みたいな事を言うのかもしれない。絶対そんな面倒なことしないけど。
斜め向かいの義兄は何やら声を詰まらせながら「いい加減兄離れしろ」とかなんとか口走り始める。ばーか、てめえが言うな木偶が。目の前の女の事も忘れて舌打ちすれば、憐れむみたいな声色で女が言う。
「あなた、かわいそう。…名前さん、早く気づいてかまってくれるといいのにね」
「仰ってる意味がよくわかりませんけどお、アナタ、頭大丈夫ですかあ?」
なにがってわけでもないけどとんでもなく苛つくので、義兄が土産に持ってきた栗饅頭は全部平らげてやることにした。あとで、名前さんにこれ見よがしに空箱を見せびらかしてやろう。せいぜい、食い汚くて兄離れできない自分を反省すればいい。
…ところで。どうでもいいけどさあ、いつまで俺様のことほっとくつもりなんですか蘭世さん 。
1/7ページ