蜜月
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婚儀の日に会って以来だ。目の前で心底困った、とでも言いたげに肩を落とす黒田さまは、少しやつれたようにも見える。深い深いため息をついて私をまっすぐ見て、言うことには。
「お前さん、あいつを連れて帰ってくれ」
「…え?」
*
それは、基次さまがお帰りにならなくなってから3日目の事だった。行きなり現れた黒田さまが挨拶もそこそこに仰ったのだ。
「あいつを連れて帰ってくれ、ふんじばってでもいいから」
「え、あの」
「もう3日も寝てないんだ、あいつ、夢中になると寝食忘れて没頭する質でなあ」
「あの、あいつって」
「小生としては助かるんだが戦の前に倒れられたら事だろう、でも小生が言ったって聞きゃしないんだ又兵衛のやつ」
「………」
ああ見えて体弱いんだよ、と彼が二回目のため息をついた所で漸く、言われた事を理解した。
基次さま元気かなあ、なんて、暢気に考えている場合ではなかったらしい。ついでに言えば、手紙の返事を考えている場合でもなかったみたいだ。そういえば、あの人の目の下にはいつも隈があった。たまには布団で寝たら、なんて悠長なことを言ってないで、無理矢理にでも布団で寝てもらうべきだったのかもしれない。
「あいつが従いそうな奴なんて、お前さんくらいしか思い付かなくてなあ」
…いや、あの、それは多分買い被りです。一瞬考えたけれど、『お前しかいない』なんて言われてしまっては口に出せそうもない。何より、三日も寝てない、なんて聞いたら、怖いなんて言っている場合ではない。
私が黙っているのを肯定と受け取ったのか、黒田さまには「いやあ助かる、お前さんが来てくれて良かったよ本当に」なんて言葉をかけられて。おまけに、いつもの女中さんが励ますように付け加えてくれた。
「ええ、ええ。奥方様ならきっと、おできになります」
*
「気を付けろよ、あいつ、今最高に機嫌悪いからな」
「は、はい」
「何かあったら、このお盆で防いでくださいまし」
「…は、はい…」
本人たちは励ましているつもりかもしれないけど、逆に不安を煽られる。「必要以上に刺激するなよ」だとか「無理だと思ったらすぐにお逃げくださいね」だとか。まるで猛虎でも捕まえにいくような気分になってきた。
「奥方様、どうか、どうかご無事で」
「………」
寝起きの基次さまは、とりわけご機嫌が悪いらしい。私は経験したことがないのだけれど。
にこにこ顔の黒田さまと、戦地に赴く兵士を見るような目付きの女中さん。私はといえば、この間のことを思い出しながら、とんでもなく場違いなことを考えていた。……会ったら、何をお話ししよう。