うたたねの後で
「ん……」
目を覚ましたキノは、頬に革の硬い感触を感じました。ソファーの肘掛け部分を枕にして、体を寄りかからせていたようです。腰かけたまま、上半身だけが横になっていました。
「…………」
窓の外から聞こえる雨音を聞きつつ、その姿勢のまま、絨毯の敷かれた床とテーブルの足をぼんやり眺めていると、
「おや、起きたの? キノ」
すぐ近くから聞き慣れた声がして、キノは少し上半身を動かしました。
ソファーの脇にエルメスが立っています。そこで、キノは自分がエルメスとテレビを見て暇を潰していたことを思い出しました。寝ようと思った記憶はないので、いつの間にか寝てしまったようです。
「ああ……、寝ちゃってたのか」
「うん、寝ちゃってたよ」
キノは体を起こして、ソファーに座り直しました。革張りのソファーが少し軋んで音を立てます。
テーブルの上に目をやると、自分で淹れたお茶のカップが寝る前と同じ状態で放置されていました。中身はもうすっかり冷めてしまっているでしょう。
眠気覚ましに軽く頭を振った時、視界の端にベッドが見えて、キノは思わず苦い顔をしました。
「…………。ベッドで寝ればよかった……」
「起きてすぐそれなの?」
「せっかくのホテルの部屋で、ベッドを目の前にしてソファーで寝てしまうなんて……、なんてことだ……」
「いや、そこまで悔やまなくてよくない?」
呆れ声のエルメスに、キノはじとりとした視線を向けて、
「エルメスが気を利かせて、ボクをベッドまで運んでくれればよかったのに」
「無茶言わないでねー、キノ。モトラドに手足は生えてません」
「はあ……」
ため息をつきながら、キノはテーブルの上のカップを手に取りました。
冷めたお茶をずずずと啜り始めたキノでしたが、
「あれ?」
「どしたの?」
「……テレビ、いつの間に消したんだろう?」
気づいて、疑問を口に出しました。
薄型で大画面の立派なテレビは、今は黒い鏡と化して、ソファーに座るキノとその脇に立つエルメスを映しています。見ようと思って点けたのは確かですが、消した記憶はまるでありません。
首を傾げているキノに、
「あ、それなら消しといたよ、キノ」
エルメスがこともなげに言いました。
「エルメスが?」
「うん」
「……どうやって?」
まさか手足が? と変な想像をしそうになったところで、
「生えてないからね」
エルメスのその台詞に遮られました。読まれたようです。
そして、
「単に、音声認識機能のあるテレビだったってだけだよ。キノが寝ちゃったから、音がうるさいかなと思って消したの」
そう言ったエルメスを見て、キノは瞳を瞬かせました。
「それは……、お気遣いどうも。気が利くね、エルメス」
「どーいたしまして。ほうらキノ、もっと誉めてもいいんだよ?」
「エルメスは、いいモトラドだね」
「えっへん。えへへ」
キノは飲み終えたお茶のカップをテーブルに置き、ソファーの端まで寄ってから、エルメスのヘッドライトをぽんぽんと軽く叩きました。手のひらの下から嬉しそうな声がします。
「でも──」
さらなる疑問が生まれたので、キノはエルメスに訊ねます。
「点けていた方が、エルメスには退屈しのぎになったんじゃないかい?」
「んー、そうでもないよ。あんまり面白い番組じゃなかったし」
「それは確かに」
「キノの寝顔よりもね」
「……そんなに変な顔だった?」
「変とは言ってないじゃん。──でも、今は変だよ。今のキノ、ほっぺたにソファーで寝た跡がついてるから」
からかうような口調でエルメスに言われて、キノは自分の頬を触りました。
「…………。まあ、エルメスしかいないから、いいや」
「さいで」
目を覚ましたキノは、頬に革の硬い感触を感じました。ソファーの肘掛け部分を枕にして、体を寄りかからせていたようです。腰かけたまま、上半身だけが横になっていました。
「…………」
窓の外から聞こえる雨音を聞きつつ、その姿勢のまま、絨毯の敷かれた床とテーブルの足をぼんやり眺めていると、
「おや、起きたの? キノ」
すぐ近くから聞き慣れた声がして、キノは少し上半身を動かしました。
ソファーの脇にエルメスが立っています。そこで、キノは自分がエルメスとテレビを見て暇を潰していたことを思い出しました。寝ようと思った記憶はないので、いつの間にか寝てしまったようです。
「ああ……、寝ちゃってたのか」
「うん、寝ちゃってたよ」
キノは体を起こして、ソファーに座り直しました。革張りのソファーが少し軋んで音を立てます。
テーブルの上に目をやると、自分で淹れたお茶のカップが寝る前と同じ状態で放置されていました。中身はもうすっかり冷めてしまっているでしょう。
眠気覚ましに軽く頭を振った時、視界の端にベッドが見えて、キノは思わず苦い顔をしました。
「…………。ベッドで寝ればよかった……」
「起きてすぐそれなの?」
「せっかくのホテルの部屋で、ベッドを目の前にしてソファーで寝てしまうなんて……、なんてことだ……」
「いや、そこまで悔やまなくてよくない?」
呆れ声のエルメスに、キノはじとりとした視線を向けて、
「エルメスが気を利かせて、ボクをベッドまで運んでくれればよかったのに」
「無茶言わないでねー、キノ。モトラドに手足は生えてません」
「はあ……」
ため息をつきながら、キノはテーブルの上のカップを手に取りました。
冷めたお茶をずずずと啜り始めたキノでしたが、
「あれ?」
「どしたの?」
「……テレビ、いつの間に消したんだろう?」
気づいて、疑問を口に出しました。
薄型で大画面の立派なテレビは、今は黒い鏡と化して、ソファーに座るキノとその脇に立つエルメスを映しています。見ようと思って点けたのは確かですが、消した記憶はまるでありません。
首を傾げているキノに、
「あ、それなら消しといたよ、キノ」
エルメスがこともなげに言いました。
「エルメスが?」
「うん」
「……どうやって?」
まさか手足が? と変な想像をしそうになったところで、
「生えてないからね」
エルメスのその台詞に遮られました。読まれたようです。
そして、
「単に、音声認識機能のあるテレビだったってだけだよ。キノが寝ちゃったから、音がうるさいかなと思って消したの」
そう言ったエルメスを見て、キノは瞳を瞬かせました。
「それは……、お気遣いどうも。気が利くね、エルメス」
「どーいたしまして。ほうらキノ、もっと誉めてもいいんだよ?」
「エルメスは、いいモトラドだね」
「えっへん。えへへ」
キノは飲み終えたお茶のカップをテーブルに置き、ソファーの端まで寄ってから、エルメスのヘッドライトをぽんぽんと軽く叩きました。手のひらの下から嬉しそうな声がします。
「でも──」
さらなる疑問が生まれたので、キノはエルメスに訊ねます。
「点けていた方が、エルメスには退屈しのぎになったんじゃないかい?」
「んー、そうでもないよ。あんまり面白い番組じゃなかったし」
「それは確かに」
「キノの寝顔よりもね」
「……そんなに変な顔だった?」
「変とは言ってないじゃん。──でも、今は変だよ。今のキノ、ほっぺたにソファーで寝た跡がついてるから」
からかうような口調でエルメスに言われて、キノは自分の頬を触りました。
「…………。まあ、エルメスしかいないから、いいや」
「さいで」