銀の国

 キノとエルメスは、市場を歩いていました。
 一人と一台が歩く通りの両側には、多くの露店が並んでいます。買い物目当ての人達が行き交い、賑わっていました。
「この国は、銀が盛んなのかな?」
 歩きながら、店先に並べられた商品を物色していたキノが呟きました。
 露店で売られているのは、銀でできた食器や、銀細工のブローチやネックレスといったアクセサリーなど、銀色に光るものばかりです。
「みたいだね。ああいうのもあるよ、キノ」
 エルメスが別の露店を見るように促して、キノが視線をやると、そこには銀に染められた布を使った鞄や、衣類が売られていました。別の露店には、他の国では見ないような、銀色の花弁をした薔薇もあります。
「この国の人は、ずいぶん銀色が好きみたいだねえ」
 エルメスの言葉に、キノも、そうだね、と頷きました。

「この国は、銀色のものが多いですね」
 目についた露店でキノが聞いてみると、店主はにこやかに答えてくれました。
 この国では、記念日やお祝いに銀色のものを贈る風習があるのだと。
 もともと銀細工が盛んだったこの国で、ある時、銀職人たちが“お祝い事には銀のものを贈ると縁起がいい”と宣伝したのが始まりでした。最初はアクセサリーや食器などの銀製品を贈っていましたが、やがて国民に“贈り物といえば銀色”のイメージが浸透すると、銀色に染めたものや銀を模したものでも良しとされるようになっていったそうです。
「なるほど……。ありがとうございました」
 教えてくれた店主にキノが礼を言うと、旅人さんも記念にどうだい、と勧められました。
 キノはずらりと並んだ商品をじっくり眺めて、
「では、これをください」
 次の国で売れそうな、そして無理なく買える金額のブローチ──小さいながら、花をかたどった銀細工が施されています──を十個買うと、箱に入れてもらいました。

 市場の出口へと、キノとエルメスが歩いて行きます。キノに押されるエルメスの後輪脇の箱の中には、買ったばかりのブローチの箱が収まっていました。
「せっかく買ったんだし、あのブローチつけてみたら?」
「ボクが次の国で売るために買ったって、分かってるくせに」
 のんびりと歩く一人と一台の両側には、まだまだ露店が並び、買い物客が立ち止まっています。銀の指輪を楽しそうに選んでいる二人連れもいれば、銀色の薔薇の花束を抱えて緊張気味の人もいました。
 そんな様子を眺めながら、
「みんな、銀を贈りあってるねえ」
「だね」
「ねえキノ。キノだったら、銀色の何を貰ったら嬉しい?」
 エルメスが何気なく尋ねて、
「そうだなあ……」
 キノは少し考えて、そして答えます。
「ボクはもう貰っているから、いい」
「ふーん?」
 エルメスが不思議そうな声を出して、それからすぐに、
「ああ、お師匠さんに貰ったゴーグルのこと?」
 思いついたようにそう言いました。今はキノの帽子の上に載せられているゴーグルは、フレームが銀色をしています。長く使っているので、ところどころが剥げかけています。
 答えを聞いたキノは、小さく微笑んで、しかし首を横に振りました。
「確かに大事な贈り物だけど、今ははずれ」
「はずれかー。なら、お茶飲むときのカップ? 銀色だもんね」
「それも違う」
「あれ? となると、ナイフとか? 刃が銀色だし、貰い物もあったよね」
「残念」
「えー? じゃあ正解は?」
 キノが立ち止まって、エルメスのスタンドをかけました。
 柔らかく目を細めると、ハンドルから離した片手をエルメスへと伸ばして──、
 そして、その銀色のタンクを、優しく撫でました。