はやくねなさい
入国二日目の夜。
ホテルの部屋で、キノは寝る準備をしていた。お風呂を済ませ、髪を適当に乾かして、枕の下に『カノン』を敷く。
キノがいそいそとベッドに上がり、掛け布団とシーツの間に収まる。
「おやすみ、エルメス」
「おやすみ、キノ。──“電気消して”」
エルメスの声に命ぜられるままに、部屋の電気が消える。
キノは目を閉じずに、暗くなった天井をのんびりと見ていた。
「こういう国に来る度に思うけど……、声だけで操作できるのは、本当に凄いね」
「だねえ」
「まるで、手品や魔法みたいだ」
思わず呟くと、ベッドの脇からからかうような声が聞こえてくる。
「実は、モトラドには魔法が使えるんだよ、キノ。それで電気を消せるの。知らなかった?」
「うん。それが嘘なのは知ってる」
バレてたかー、と楽しそうな声が聞こえた。
「まあ、それはさておき、便利だよねえ。テレビつけたり、チャンネル変えたりもできるし。モトラドにも優しいシステムだよ。全部の機械がこうならいいのにね」
エルメスの声を聞きながら、キノは目を閉じた。それから、ぽつりと呟く。
「モトラドも、声で思い通りにできたらいいのに」
「おや、どんな風に? ちょっと試してみなよ、キノ。聞いてあげるから」
エルメスが言った。キノが、じゃあ、と前置きして、
「“エルメス、朝早く起きて”」
「“聞き取れませんでした”」
いつも話している声が、いつもと違って機械的な口調で返してきた。
目を閉じたままで、キノはムッとした表情を浮かべる。そして、
「……“朝早く起きて”」
「“聞き取れませんでした”」
「“朝”、“早く”、“起きて”」
「“聞き取れませんでした”」
キノが目を開けた。
「…………。“電気つけて”」
「お?」
キノの指示に反応して、部屋がじんわりと明るくなる。
キノは上半身を起こすと、ベッドの脇に止められたエルメス目がけて、人差し指と親指を伸ばした──、パースエイダーを模した形をした右手を向ける。そして、
「ばんっ」
エルメスを撃つ真似をした。存在しない反動で、右手が上がる。
撃たれたエルメスが、大げさに苦しそうな声を出す。
「うっ。キノに撃たれた!」
「ボクの言うことをちゃんと聞かないからだよ、エルメス」
「横暴だ! オニだ! お師匠さんに似てきた!」
「明日からゴム弾で起こそうか?」
「本当にやめて。――ほらキノ、明日は出国なんだから、早く寝ないと寝坊するよ?」
「エルメスが言う……?」
呆れながらもキノが枕に再び頭を沈めたのを見て、エルメスが言う。
「そんじゃ、消すよー?」
「うん」
「“電気消して”。──二回目だけど、おやすみー」
「おやすみ。……エルメス」
「ん?」
ほんの少しだけ間を置いて、キノが言った。
「“明日も、一緒に走って”」
「──もちろん。りょーかい」
聞き慣れた声による、いつもの口調での答えが、はっきりとキノの耳に届く。
キノは微笑みながら目を閉じた。
ホテルの部屋で、キノは寝る準備をしていた。お風呂を済ませ、髪を適当に乾かして、枕の下に『カノン』を敷く。
キノがいそいそとベッドに上がり、掛け布団とシーツの間に収まる。
「おやすみ、エルメス」
「おやすみ、キノ。──“電気消して”」
エルメスの声に命ぜられるままに、部屋の電気が消える。
キノは目を閉じずに、暗くなった天井をのんびりと見ていた。
「こういう国に来る度に思うけど……、声だけで操作できるのは、本当に凄いね」
「だねえ」
「まるで、手品や魔法みたいだ」
思わず呟くと、ベッドの脇からからかうような声が聞こえてくる。
「実は、モトラドには魔法が使えるんだよ、キノ。それで電気を消せるの。知らなかった?」
「うん。それが嘘なのは知ってる」
バレてたかー、と楽しそうな声が聞こえた。
「まあ、それはさておき、便利だよねえ。テレビつけたり、チャンネル変えたりもできるし。モトラドにも優しいシステムだよ。全部の機械がこうならいいのにね」
エルメスの声を聞きながら、キノは目を閉じた。それから、ぽつりと呟く。
「モトラドも、声で思い通りにできたらいいのに」
「おや、どんな風に? ちょっと試してみなよ、キノ。聞いてあげるから」
エルメスが言った。キノが、じゃあ、と前置きして、
「“エルメス、朝早く起きて”」
「“聞き取れませんでした”」
いつも話している声が、いつもと違って機械的な口調で返してきた。
目を閉じたままで、キノはムッとした表情を浮かべる。そして、
「……“朝早く起きて”」
「“聞き取れませんでした”」
「“朝”、“早く”、“起きて”」
「“聞き取れませんでした”」
キノが目を開けた。
「…………。“電気つけて”」
「お?」
キノの指示に反応して、部屋がじんわりと明るくなる。
キノは上半身を起こすと、ベッドの脇に止められたエルメス目がけて、人差し指と親指を伸ばした──、パースエイダーを模した形をした右手を向ける。そして、
「ばんっ」
エルメスを撃つ真似をした。存在しない反動で、右手が上がる。
撃たれたエルメスが、大げさに苦しそうな声を出す。
「うっ。キノに撃たれた!」
「ボクの言うことをちゃんと聞かないからだよ、エルメス」
「横暴だ! オニだ! お師匠さんに似てきた!」
「明日からゴム弾で起こそうか?」
「本当にやめて。――ほらキノ、明日は出国なんだから、早く寝ないと寝坊するよ?」
「エルメスが言う……?」
呆れながらもキノが枕に再び頭を沈めたのを見て、エルメスが言う。
「そんじゃ、消すよー?」
「うん」
「“電気消して”。──二回目だけど、おやすみー」
「おやすみ。……エルメス」
「ん?」
ほんの少しだけ間を置いて、キノが言った。
「“明日も、一緒に走って”」
「──もちろん。りょーかい」
聞き慣れた声による、いつもの口調での答えが、はっきりとキノの耳に届く。
キノは微笑みながら目を閉じた。
