Yours

 キノとエルメスが訪れた国では、移動手段としてモトラドが広く普及しており、たくさんの国民に用いられていました。
 四輪車とは別の専用道路があり、四輪車以上に多くのモトラドが走っているのが見えます。
 そして、そのモトラドというのが──、
「うわ、そっくりー!」
「…………」
 なんと偶然にも、どれもこれもエルメスそっくりな外見をしていました。
 道路を走っているのも、店先に止まっているのも、モトラド屋の看板に描かれているのも、道行く国民が着ているシャツにプリントされているのも、全部全部、エルメスと同型のモトラドなのです。
 その光景に目を丸くしていたキノが、自分が跨がるモトラドへと視線を下ろして、冗談なのか本気なのか分からないことをのたまいます。
「……エルメス、実は大家族だった?」
「違うよ」
「それとも……、隠し子? こんなにたくさん、ボクに内緒で……」
「違うよ!」

 そっくりさんの群れに紛れて国を走ったキノとエルメスは、今晩泊まるホテルに辿り着きました。
「あ、ここにも“エルメス”が」
「おや、ホントだ」
 案内された部屋のソファに積まれていたクッションにも、かわいらしくデフォルメされたモトラドがプリントされていました。モトラドの形に沿うように生地が縫われている、大きめのクッションです。
 キノはしばらくもふもふとクッションを揉みしだいて感触を堪能した後、
「エルメスも、こういうクッションになれればいいのに」
「クッションになったら、こうしてキノと一緒に話せないかもよ?」
「じゃあ、モトラドのままでいいや」
「さいで」
 それをベッドの枕の脇へと置きました。

 ホテルの部屋に旅荷物を置いて、身軽になったキノとエルメスは観光に繰り出します。
 ちょうどお昼時だったので、まずは食べ物屋を探すことにしました。
そうして見つけたのはレストランで、駐車場にはそこそこの車、そしてモトラドの姿が見えました。
 キノはモトラド用スペースの空いている場所を見つけて、
「エルメス、ここでいい?」
「いいよー」
 エルメスに確認。そして、
「ここ、失礼しますよ」
 止めたい場所の両サイドの区画にいたモトラド達に声を掛けました。モトラド達が返事をしてくれます。
「いいですよ」
「どぞどぞー」
 エルメスを止めると、キノの目の前には同じ型のモトラドが三台連なります。まるで複製したかのようです。今はまだ三台だけでも、お店が混み合ってきたらもっと増えることでしょう。
「本当にそっくりだな……」
 キノが並ぶ三台をまじまじと眺めながら言うと、
「そっくりだねえ」
「そっくりですね」
「そっくりだねー」
 見た目には寸分違わぬ三台がそれぞれ答えます。まるで、きょうだいみたいでした。
 キノがその様子に少し微笑んで、
「戻ってきた時、どれがエルメスなのか分からなくなっていそうだ」
「洒落にならないからやめてよね、キノ。間違えて乗ってったら、さすがに怒るよ? それこそ三行半だよ?」
「それは嫌だな。ボクも浮気はしたくない」
 それからキノは、
「これを被っていて、エルメス。ボクが間違えないで、エルメスを見つけられるように」
 自分の頭から帽子を取って、エルメスのヘッドライトに被せました。
 当然サイズが合わないので少しずり落ちてしまいますが、ひとまずこれで見失うことはなくなります。
「じゃあ、行ってくる」
「はいはい。存分に食べておいで、キノ」
 店へ入るキノの背中で、
「いい運転手さんですね」
「いい帽子だねー」
 モトラド達がエルメスに話しかける声と、
「いいでしょ。あげないよ?」
 それに答えるエルメスの声が聞こえました。
「取りませんよ」
「取れないよー」

 キノが食事を終えて無事にエルメスと再会し、一緒に国内を観光していた時でした。
「初めまして、旅人さんにモトラドさん。わたくし、こういう者です」
 キノとエルメスは、服飾メーカーの宣伝担当者だという男に話しかけられました。
 “今朝入国してきた旅人のモトラドが、この国で一般的なモトラドと同じ車種だった”というのはわりと話題になっていたようで、
「我が社では、我が国で流通しているモトラドをモチーフにした服やクッションなどを販売しておりまして」
「あ、見たことある」
「それならば話は早い。──つまりお二方にはモデルとなって、我が社の商品を宣伝していただきたいんですよ!」
 報酬として携帯食料と燃料、そして今晩の豪華な夕食を提案されれば、キノに断る理由はありませんでしたし、エルメスにも反対する理由はありませんでした。
 スタジオで写真撮影の最中、キノはいろいろな服を着ました。
 濃いめのグリーンの生地に、イエローのラインでモトラドがプリントされた半袖のシャツ。色のコントラストが素敵です。
 黒地で一見シンプルですが、背中にはモトラドがお洒落に施されたパーカー。生地が厚手で、寒い時期には暖かそうです。
 薄いグレーを背景色にして、黒一色でモトラドを描いたパーカー。こちらは薄手の素材なので、春や夏に活躍しそうです。
 さらには小物として、普通の秒針の代わりにモトラドが走るデザインとなっている腕時計や、モトラド柄のマグカップなどなど。ホテルの部屋にあったのと同じクッションも、当然のようにありした。
「たくさんあるなあ」
「たくさんあるねえ」
 それらの商品を代わる代わる身につけたり持ったりして、キノはエルメスと一緒にカメラのレンズに収まりました。

 翌日、服飾メーカーの男からホテルへと連絡があり、改めてお礼と、さらには追加の報酬として、昨日撮影された写真が届けられました。
 キノはベッドに座り、一枚一枚、エルメスとその写真を見ていきます。
「おー、よく撮れてるねえ、キノ」
「…………」
「ん? キノ、どしたの? 今さら恥ずかしくなっちゃった?」
「いや、そういうわけではないんだけど……」
「けど?」
 写真を見ていたキノが言葉を濁しました。視線の先にある写真にも、モトラドがデザインされた服を着た自分と、エルメスが写っています。キノが着た服にプリントされたモトラドと、その横にいるエルメスは、当然ですが本当にそっくりです。
 つまり──、キノにとっては、“エルメスの服を着ている自分が、エルメスと一緒に写っている”ようにしか見えないわけで、
「……なんか、自分のモトラドが大好きな人みたいになっている気がする」
 写真の束をサイドテーブルに置きながらキノが言うと、
「違うの?」
 エルメスが訊ねてきました。どこかいたずらっぽい、からかうような響きでした。
 キノは空いた両手で、ベッドの枕元にあるクッションを掴みます。それを自分の体の前へ持ってくると、昨夜寝る時もそうしたように、両腕でそっと抱き締めました。
 それから、本物をまっすぐ見つめて答えるのです。
「違わないよ」
 言われたエルメスが楽しそうに、
「じゃあ、いいじゃん」
「じゃあ、いいか」
 キノもまた楽しそうに言って、エルメスに笑顔を見せました。
 それが写真の中にはない表情だと知っているエルメスが、ぽつりと呟きます。
「もったいない。──撮られてる時、そういう顔すればいいのに」
「何か言った? エルメス」
「ううん、なんにもー」

 キノとエルメスが出国した後、一人と一台の写真を使った広告が大々的に貼り出され、関連商品の売り上げが増えたのですが、それはまた別のお話です。