廻る車輪と

 晴れた空の下に広がる草原を、キノとエルメスが走っていた。
 キノを乗せて、エルメスのタイヤが転がる。草原に道はない。前輪と後輪が地面を蹴飛ばし、草を蹴散らして、草原に轍が生まれていく。細く長く続く轍が、キノとエルメスの走った跡を示していた。
 エルメスが、キノに話しかける。
「ねえ、キノ」
「なんだい、エルメス」
「前に行った国の人達がさ、“死んだら生まれ変わる”っていうのを信じてたじゃん? ほら、リンネ憲章ってやつ」
「……“輪廻転生”?」
「そうそれ!」
 エルメスは少しだけ黙った。それから続けて言う。
「それでちょっと思ったんだけど、キノは日頃の行いがアレだから──」
「“アレ”?」
「もし生まれ変わったら、次は人間じゃないのになっちゃったりして!」
 キノが訊ねる。
「例えば、どんな?」
「うーんとね、鳥とか?」
 エルメスが言うと、キノは少し空を見上げて答える。
「鳥は、悪くないな」
「そう?」
「うん。もしそうなったら、エルメスのハンドルを止まり木にしよう」
 キノがハンドルを軽く握り直しながら、少し微笑んで言った。
「モトラドの間違った使い方だけど、しょうがないなあ。──それじゃ、鳥じゃなくて、猫だったら?」
「シートの上で昼寝をしたいな」
「爪は研がないでよね。そんじゃキノ、仮にだけど、モトラドになっちゃったら?」
「誰かに乗ってもらって、どっちが速く走れるか競走かな。一晩中寝ないで、ずっと喋ってるのもいいかもね」
「それも楽しそうだねえ。じゃあ、意外と行いが良くて、今度も人間になれたとしたら、どうする?」
 エルメスが訊ねると、キノはエルメスを見下ろした。
 ゴーグル越しの瞳が自分に向けられて、そして細められるのを、エルメスは見ていた。
 キノの左手が、軽くエルメスのタンクを叩く。
「決まってる。──また、一緒に旅をしよう」

 キノを乗せて、エルメスのタイヤが転がる。
 一人と一台は、一つの轍を作りながら、どこまでも走っていった。