しりとり

「暇だねえ、キノ」
 エルメスが言って、
「暇だね、エルメス」
 キノもそう返した。

 キノとエルメスは、出国の順番を待っていた。
 晴れた朝の、澄んだ空気の中。これから通り抜ける予定の城門の前に広場があって、キノとエルメスはそこに佇んでいる。キノはエルメスのシートに腰掛けていて、エルメスはキノの旅荷物を満載していた。キノの帽子とゴーグルが、エルメスのハンドルに引っかけられている。
 城門脇の詰め所では、キノ達と同じタイミングで出国する商人の一団が手続きをしていた。審査が面倒なのか、まだしばらく時間がかかりそうだった。
「暇だねえ、キノ」
「暇だね、エルメス」
 先ほどと同じ、こだまのようなやりとりを繰り返した後、
「暇だしさー、しりとりしない?」
 エルメスがそんな提案。
 エルメスに自分の知らない言葉を使われて負けがちなキノは、少し悩んでから、
「まあ……、するか。暇だから」
 最終的には頷いた。一人と一台が一緒にできる暇つぶしの遊びといえば、結局のところ、しりとりが鉄板だった。
「しようしよう。暇だもんね。──今朝だけで、“暇”って何回言ったかな?」
「そういえば、数えてなかったね」

 一人と一台は、しりとりを始める。
「まずはしりとりの、“り”からね。リヤカー。あ、伸ばし棒は無視するルールね」
 エルメスが先攻を取った。キノが少し考えて返す。
「カンガルー」
「“ル”だね。うんとね、ルスジェルトニウム鉱石」
「ルス……?」
 早々に耳慣れない言葉を出されて、キノが首を傾げる。
「なんだっけ、それ」
「鉱石の一つだよ。リフターの中心核に使われてて、ホヴィーが浮くのに必要なの。前も説明したじゃん」
「ああ……、そういえばそうだった」
 エルメスが説明して、キノもそれが自分が聞いたことのある言葉だったことを思い出した。さらにエルメスによるロッテルラセルバーム式精製についての追加説明があったが、よく分からないので聞き流した。
 しりとりは続く。
「えっと、ルス……、鉱石だから、“き”か。キツツキ」
「“き”だね」
 呟いたエルメスが一拍置いて、
「──キノ」
 そう言った。
 名前を呼ばれたキノが、エルメスに訊ねる。
「なんだい、エルメス」
「いや、今のはしりとり。次は“の”だよ、キノ」
「…………。のれそれ」
「なにそれ?」
「穴子の稚魚のことなんだって。おいしいらしい。どこかの国で読んだ本に書いてあった」
「ふーん。“れ”かー。レース」
「ステーキ」
「また、“き”だね。キノ」
「同じ言葉を二回使うのはルール違反だよ、エルメス」
「いや、今のは呼んだだけ」
「…………」
 キノが口を少しへの字にしたが、エルメスは構わずに続ける。
「き──、き──、機械人形!」
「馬」
「松葉杖! “え”だよ、キノ」
「“え”か。“え”──」
 考え始めたキノの思考を遮るように、
「“エ”だねえ。“エ”といえば?」
 エルメスの声が耳に飛び込んでくる。妙な圧があった。
「…………」
 キノは、エルメスを見下ろした。
 モトラドには表情も仕草もないというのに、何かを期待しているそわそわした気配は不思議と伝わってきて、
「──エルメス」
「はーい!」
 キノがその名前を呼ぶと、我が意を得たりと言わんばかりの元気のいい声が返ってきて、キノは小さく微笑んだ。
「ねえキノ、今のはしりとり? それとも、呼んだだけ?」
「両方かな。……さっき、ボクにエルメスって言わせようと誘導してなかった?」
「さあねー。そうかもねー」
 楽しそうなエルメスが、じゃあしりとりの続きね、と前置きして言う。
「“ス”だから、スーサンナス!」
「……またボクが知らない料理の名前を……」
 やっぱりまた負けるかもしれない、と思いながら、キノは次の言葉を考え始める。
 審査の順番が来る気配は、まだなかった。