ぬいぐるみの話


「あと、何か買うものはある? キノ」
「そうだな……」
 キノとエルメスは、雑貨屋を訪れていました。
 今回の買い物の目的は、キノの鞄です。主に国内を散策する時に使う、肩から提げられる丈夫なものを探していました。ちょうどいいものが見つかったのでそれを買うことにして、この後どうするか考えているところでした。
「あとは、別にないかな。支払いを済ませて出よう」
「りょーかい」
 レジカウンターへ向かうために、キノがエルメスの向きを変え、押し始めました。大きい店なので店内は広く、通路も広いので、他のお客の邪魔にはならずに済んでいます。
 鞄売り場へ来た時とは違う通路を通り、とある棚の前に差し掛かった時、
「…………」
 キノがふいに足を止めました。キノに押されているエルメスも、必然的に止まります。
「キノ?」
 キノが何かを見ていたので、エルメスはその視線の先にあるものを見ました。
 そこには、ぬいぐるみがずらりと並べられた棚がありました。
 それも、
「モトラドのぬいぐるみだって。こんなのがあるんだ。初めて見た」
 全てがモトラドの形をしたぬいぐるみだったのです。確かに、これまで訪れた国では見たことがなかったものでした。モデルとなったモトラドがいろいろあるのか、様々な色や形のぬいぐるみが並んでいました。
 そして、並べられたうちの一つは、
「しかも、あれなんてエルメスにそっくりだ。凄い」
 キノが言った通り、エルメスに似ていました。丸く縫われた一つ目のヘッドライトに、銀色の生地で作られたタンク。よく見れば風防までついています。
 キノはエルメスをスタンドで立たせると、空いた両手を棚に伸ばして、エルメスそっくりの一体を持ち上げました。
 手の中にあるぬいぐるみをじっくりと眺めていたキノが、ふっと頬を緩めました。そして言います。
「可愛い」
 キノの横顔を見ていたエルメスが、
「それ、買うの?」
 そう訊ねましたが、
「え? 買わないよ」
 当然のように否定されました。
「旅に必要がないものは買えないよ」
「じゃあキノ、この国に住んじゃえば?」
 エルメスが冗談を言うと、
「ぬいぐるみ一つのために?」
 キノが笑って、それから、そのぬいぐるみを丁寧に棚へと戻しました。
「買わなくていいの? キノ。気に入ったみたいなのに」
「うん。エルメスに似ているから、気になっただけだよ。それに──」
「それに?」
 エルメスのハンドルに、キノの両手が戻ってきました。スタンドが外されて、キノの歩みと共に、エルメスも進みます。
 少し進んでから、キノが言いました。
「ボクには、本物のエルメスがいるからね」