宇宙の百合
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#7 きらめくアプレ・ラ・プリュイ
マトイと恋人同士になって迎えた翌日。今日は日曜日。昨日はマトイと一緒にいたが、今日も彼女と一緒にいる。朝、というよりも昼目覚めたときには綺麗な青空だったが、いつのまにかどんよりとした雲に覆われ、昼下がりとは思えないほど暗くなってきた。マトイは顔を上げ、窓の外に目を向けた。
「あれ、すごく暗くなったね。曇ってるみたい」
「ほんとだね。雨が降るのかな」
ヒイラギはベッドの背もたれに背中を預けて座り、ヒイラギに背中をくっつけて座るマトイを抱きしめながら、すぐそばに置いていたスマートフォンを手に取った。天気アプリを起動させると、どの時間帯も曇りか雨のマークが表示されている。晴れていたのは、朝から昼間の早い時間だけだったようだ。
「今日はずっと曇りか雨みたいだね」
「え、そうなの?お出かけしなくて正解だったかもね」
「うん」
ヒイラギはマトイをぎゅっと強く抱きしめてスマートフォンを置いた。マトイと密着できる時間は貴重だ。スマートフォンを触っている場合ではない。マトイがヒイラギの腕をそっと触った。マトイの指の柔らかな感触がさらりと皮膚を撫でて心地よい。衣擦れさえも聞き逃さない静かな部屋に、雨の音が聞こえてきた。窓の外に太陽の光はなく、窓ガラスに雨の斑模様が出来上がる。1秒たりとも同じ模様はなく、新たな雨の雫が付着して流れていくたびに模様が不規則に変わっていく。
「あ、雨降ってきた。ねえヒイラギくん、雨、好き?」
「ん、雨?そうだな……」
ヒイラギは天井を見上げ、息を吐くとマトイの耳元で囁いた。
「マトイと一緒に過ごす口実になるなら、好きだよ」
「……雨じゃなくても、ヒイラギくんと一緒にいるよ?」
「うん、まあそうなんだけど。ほら、こうやって部屋でのんびりするきっかけになるでしょ?」
ヒイラギがマトイの肩に顎を乗せて力を抜くと、マトイがこつんと顔を傾けてきた。お互いに甘えて支え合う、恋人らしい所作。
「雨の日に部屋でのんびりするの、いいよね。今日はマトイもいてくれるし嬉しいよ」
「私も」
ヒイラギはマトイの首筋に唇を擦りつけて、ゆっくり意識して呼吸した。単に酸素を吸うことが目的ではない、香りを楽しむための呼吸。マトイの首筋とさらりと流れる髪から、マトイの匂いが溢れている。シャンプーの香りと、マトイ個人から香るいい匂い。彼女の体温を感じながら感じる穏やかな匂いに、全身が柔らかい羽毛のような何かに埋もれていく感覚を覚える。心地よくて一生ここから抜け出せなくなる。
「ヒイラギくん、あの……何か変な匂いとか、しない?」
「ん?何のこと?」
「首筋のあたり、匂い嗅いでない?変な匂い、しない?汗とか……」
「いい匂いしかしないよ。マトイの匂い、大好き」
「私の匂い……?」
マトイは怪訝な顔をして、自らの腕や手に鼻を近づけて何度か匂いを嗅いでいたが、よくわからないらしく、首を傾げた。
「全然わからないなぁ……」
「僕にはすごくいい匂いがするんだ。マトイはわからなくてもしょうがないよ」
「あ、でも……」
マトイは笑いながら、
「ヒイラギくんもとってもいい匂いがするから、そういう感じなのかな?」
とあっさり言うので、ヒイラギの方が驚いてしまった。
「え?僕も?」
「うん。ヒイラギくん、香水とか何もつけてないよね?」
「つけてないよ」
「じゃあ、ヒイラギくんの匂いなんだね。自分の体の匂いって自分じゃわからないから、ヒイラギくんもきっとわからないと思うけど」
マトイに言われても自分から匂いは感じられない。訝しんでいると、マトイの頬がヒイラギの頬にぴったりと密着した。マトイの頬の、張りのある瑞々しい感触に少し驚く。
「ね、ヒイラギくん。ちょっと甘えていい?」
マトイの口から漏れた言葉は甘く弾んでいて、可愛らしい響きを帯びている。きっとヒイラギにしか聞かせない声色だろうと思うと、優越感に浸りそうになる。
「いいよ」
「じゃあ、ヒイラギくんの膝、貸して?」
「うん。どうぞ」
ヒイラギは少し崩した正座をし、太ももを叩いてみせた。マトイはにっこり笑うと、太ももに頭を乗せて仰向けに寝転がった。
「ヒイラギくん、足痛くない?」
「大丈夫」
妙に楽しそうな顔をしているマトイを見ていると、単純に眺めているだけでは勿体なくなる。マトイの頭を撫でてみた。マトイは猫のように目を細めている。ごろごろと擦り寄ってくるマトイは本当に猫みたいで、猫の耳と尻尾が生えていないか疑いたくなる。しばらく膝枕をしてマトイの髪の感触を楽しんでいたが、窓の外がだんだん不穏な色に染まってきた。窓ガラスを叩きつける雨は激しく、風も強く吹いているようだった。座って窓を見ているヒイラギの視界に、一筋の稲光が見えた。灰色の空を切り裂く不穏な光。その数秒後、轟音が響いた。すぐそばに雷が落ちたようだ。膝でうとうとしていたマトイがびくっと飛び起きた。
「すごい音がしたね」
ヒイラギがマトイに視線を落とすと、マトイの瞳が恐怖に揺れていた。
「うん。びっくりした」
「大丈夫?雷、怖い?」
「建物の中だから大丈夫。でも……」
マトイはヒイラギの首を両腕で抱きしめて起き上がった。そしてそのままヒイラギの体に密着してくる。
「くっつかせて」
怖くないと言いたげな態度だが、マトイの手がほんの少し、震えていた。ヒイラギは笑みを漏らすと、繊細な彼女の背中を優しく叩いた。
「よしよし。僕がいるからね。心配しないで」
惜しみなく甘えてくる彼女の頬に唇を寄せて、ヒイラギは囁いた。彼女が少しでも安心できればそれでいい。明日学園に行かなければならないのが、いくらか惜しかった。もっと彼女と二人きりでいたかった。
昨日の雨は夜のうちに止み、ヒイラギがいつもどおり目を覚ました頃には、輝く朝日が世界を彩っていた。昨日はギリギリまでマトイの部屋にいたが、さすがに明日から学園に通う1週間が始まるとなれば、着替え等々のため別々に戻らざるを得なかった。告白した日からほぼ丸二日一緒に過ごしていたところから一人の部屋に戻ると、落差が激しい。自室に一人で戻るなんてこれまで幾度となくあったのに、昨晩眠るときには後ろ髪引かれる思いでなかなか寝つけなかった。
ヒイラギは黙々と朝の支度を済ませながら、ふふ、と笑った。今日はマトイと一緒に登校すると約束していた。たとえ寂しい夜を過ごしても、同じ学園、同じクラスにいるのだから、また会える。そう思うと笑いが漏れるのを止められなかった。
着慣れた学ランに袖を通し、学生鞄を肩にかけて歩き始めた。少し早い時間に待ち合わせているので、廊下を歩いている生徒は少ない。学生寮を出ると、昨日の雨に濡れた木々に朝日が差し込み、世界全体がきらめいて見えた。梢から落ちる雫に光が宿り、足元の水溜りは空を映して青く輝いている。希望に満ちた朝だ。雨上がりの朝はこんなに綺麗なのかとため息をついた頃、学生寮から少し離れた場所に立っているマトイを見つけて駆け寄った。
「おはよう、マトイ」
眩い朝日を浴びて佇む彼女は、輝く雫を纏う百合のようだった。学生服に咲く白百合が朝日に眩しい。
「おはよう、ヒイラギくん」
声を聞いてマトイが手を振って答えてくれた。体の動きに合わせて彼女の髪がさらさらとなびく。二人で並んで歩き出そうとしたとき、マトイがヒイラギの腕を掴んだ。
「ヒイラギくん」
予想もしなかった行動に立ち止まって振り返ると、マトイが一歩距離を詰めて隣に立ち、ヒイラギの手に手を添えてきた。ヒイラギの指にマトイの指が絡みついてくる。マトイは無言でヒイラギを見つめながら、滑らかな指先で恋人繋ぎをねだっているようだった。
少しばかり周囲を見た。早い時間なので周囲の人影はまばらで、仮に誰か通ってもヒイラギとマトイに目を向ける者はいなさそうだった。仮に誰かに見られたとしても何の支障もないのだけれど、気まずい思いがほんの少しだけあった。しかしすぐ近くで上目遣いでおねだりしてくる彼女を見ると、応えないなどという意地悪を選ぶ理由はなかった。ヒイラギはマトイに微笑むと、掌同士を密着させて手を握った。恋人同士の甘い繋がりが生まれ、マトイはぱっと明るい笑顔の花を咲かせた。
「行こっか」
ヒイラギが声をかけて数歩、二人で歩き始めた瞬間、
「あぁー!」
背後から声が聞こえた。明るい女生徒の声。二人して振り返ると、磯野上タオが立っていた。タオは黒い髪を揺らしながらマトイに近づき、にこにこと笑いかける。
「おはよう、夕凪さん、百合川くん!」
「おはよう、磯野上さん」
マトイは微妙に強張った笑顔を浮かべてタオに挨拶を返した。タオは何も気にしていない様子でマトイに身を乗り出して、
「よかったね、夕凪さん」
ヒイラギとマトイが手を繋いでいることをじっと見つめた後、意味深に笑ってウインクをした。そしてタオは大きく手を振りながら、小走りで学園に向かっていく。突然旋風が吹き抜けていったような、あまりにも唐突で瞬間的な邂逅だった。ヒイラギが呆然としていると、マトイが顔を赤らめていた。
「どうしたの、マトイ」
「ううん……違うの」
言いながら、マトイはぐいぐいとヒイラギの手を引いて歩き出そうとする。さっさと学園に行きたいのかと解釈し、ヒイラギも彼女に合わせて歩き始めた。マトイの横顔はうっすら赤く染まっていて、揺れる髪の動きが頬の赤さを縁取っている。
「知ってる人に見られると、何だか恥ずかしくなっちゃって」
「ああ、それは何となく……わかるかも」
ヒイラギはあまりタオと話したことはないが、マトイの方はタオとそれなりに交流があったようだ。もし今の状況をユヅルに見られたらと考えると、少し気まずいかもしれない。気持ちは理解できなくもなかった。
「じゃあ、手繋ぐのやめた方がいい?」
尋ねると、ぎゅっとマトイが強く手を握って、ふるふると首を振った。赤らめた頬はそのままに、ヒイラギにはっきりと告げる。
「……それは、やだ」
「そっか」
ゆっくり歩きながら、ヒイラギも手を離そうとはしなかった。多少の気まずさよりも、彼女の掌、指と触れ合っていることの方が重要だ。
「僕もやだな。学園までこのままで行こう」
学園までの道のりは大して長くない。だから手を繋いでいられる時間も大して長くはないのだが、だからこそこの時間を無駄にはしたくなかった。マトイも同じ気持ちなのだから、わざわざ離す必要はない。彼女と手を繋いで歩く通学路はいつもより楽しくて、心地よかった。今日という1日が何もかもうまくいくような、そんな万能感まで生まれていた。
マトイと恋人同士になって迎えた翌日。今日は日曜日。昨日はマトイと一緒にいたが、今日も彼女と一緒にいる。朝、というよりも昼目覚めたときには綺麗な青空だったが、いつのまにかどんよりとした雲に覆われ、昼下がりとは思えないほど暗くなってきた。マトイは顔を上げ、窓の外に目を向けた。
「あれ、すごく暗くなったね。曇ってるみたい」
「ほんとだね。雨が降るのかな」
ヒイラギはベッドの背もたれに背中を預けて座り、ヒイラギに背中をくっつけて座るマトイを抱きしめながら、すぐそばに置いていたスマートフォンを手に取った。天気アプリを起動させると、どの時間帯も曇りか雨のマークが表示されている。晴れていたのは、朝から昼間の早い時間だけだったようだ。
「今日はずっと曇りか雨みたいだね」
「え、そうなの?お出かけしなくて正解だったかもね」
「うん」
ヒイラギはマトイをぎゅっと強く抱きしめてスマートフォンを置いた。マトイと密着できる時間は貴重だ。スマートフォンを触っている場合ではない。マトイがヒイラギの腕をそっと触った。マトイの指の柔らかな感触がさらりと皮膚を撫でて心地よい。衣擦れさえも聞き逃さない静かな部屋に、雨の音が聞こえてきた。窓の外に太陽の光はなく、窓ガラスに雨の斑模様が出来上がる。1秒たりとも同じ模様はなく、新たな雨の雫が付着して流れていくたびに模様が不規則に変わっていく。
「あ、雨降ってきた。ねえヒイラギくん、雨、好き?」
「ん、雨?そうだな……」
ヒイラギは天井を見上げ、息を吐くとマトイの耳元で囁いた。
「マトイと一緒に過ごす口実になるなら、好きだよ」
「……雨じゃなくても、ヒイラギくんと一緒にいるよ?」
「うん、まあそうなんだけど。ほら、こうやって部屋でのんびりするきっかけになるでしょ?」
ヒイラギがマトイの肩に顎を乗せて力を抜くと、マトイがこつんと顔を傾けてきた。お互いに甘えて支え合う、恋人らしい所作。
「雨の日に部屋でのんびりするの、いいよね。今日はマトイもいてくれるし嬉しいよ」
「私も」
ヒイラギはマトイの首筋に唇を擦りつけて、ゆっくり意識して呼吸した。単に酸素を吸うことが目的ではない、香りを楽しむための呼吸。マトイの首筋とさらりと流れる髪から、マトイの匂いが溢れている。シャンプーの香りと、マトイ個人から香るいい匂い。彼女の体温を感じながら感じる穏やかな匂いに、全身が柔らかい羽毛のような何かに埋もれていく感覚を覚える。心地よくて一生ここから抜け出せなくなる。
「ヒイラギくん、あの……何か変な匂いとか、しない?」
「ん?何のこと?」
「首筋のあたり、匂い嗅いでない?変な匂い、しない?汗とか……」
「いい匂いしかしないよ。マトイの匂い、大好き」
「私の匂い……?」
マトイは怪訝な顔をして、自らの腕や手に鼻を近づけて何度か匂いを嗅いでいたが、よくわからないらしく、首を傾げた。
「全然わからないなぁ……」
「僕にはすごくいい匂いがするんだ。マトイはわからなくてもしょうがないよ」
「あ、でも……」
マトイは笑いながら、
「ヒイラギくんもとってもいい匂いがするから、そういう感じなのかな?」
とあっさり言うので、ヒイラギの方が驚いてしまった。
「え?僕も?」
「うん。ヒイラギくん、香水とか何もつけてないよね?」
「つけてないよ」
「じゃあ、ヒイラギくんの匂いなんだね。自分の体の匂いって自分じゃわからないから、ヒイラギくんもきっとわからないと思うけど」
マトイに言われても自分から匂いは感じられない。訝しんでいると、マトイの頬がヒイラギの頬にぴったりと密着した。マトイの頬の、張りのある瑞々しい感触に少し驚く。
「ね、ヒイラギくん。ちょっと甘えていい?」
マトイの口から漏れた言葉は甘く弾んでいて、可愛らしい響きを帯びている。きっとヒイラギにしか聞かせない声色だろうと思うと、優越感に浸りそうになる。
「いいよ」
「じゃあ、ヒイラギくんの膝、貸して?」
「うん。どうぞ」
ヒイラギは少し崩した正座をし、太ももを叩いてみせた。マトイはにっこり笑うと、太ももに頭を乗せて仰向けに寝転がった。
「ヒイラギくん、足痛くない?」
「大丈夫」
妙に楽しそうな顔をしているマトイを見ていると、単純に眺めているだけでは勿体なくなる。マトイの頭を撫でてみた。マトイは猫のように目を細めている。ごろごろと擦り寄ってくるマトイは本当に猫みたいで、猫の耳と尻尾が生えていないか疑いたくなる。しばらく膝枕をしてマトイの髪の感触を楽しんでいたが、窓の外がだんだん不穏な色に染まってきた。窓ガラスを叩きつける雨は激しく、風も強く吹いているようだった。座って窓を見ているヒイラギの視界に、一筋の稲光が見えた。灰色の空を切り裂く不穏な光。その数秒後、轟音が響いた。すぐそばに雷が落ちたようだ。膝でうとうとしていたマトイがびくっと飛び起きた。
「すごい音がしたね」
ヒイラギがマトイに視線を落とすと、マトイの瞳が恐怖に揺れていた。
「うん。びっくりした」
「大丈夫?雷、怖い?」
「建物の中だから大丈夫。でも……」
マトイはヒイラギの首を両腕で抱きしめて起き上がった。そしてそのままヒイラギの体に密着してくる。
「くっつかせて」
怖くないと言いたげな態度だが、マトイの手がほんの少し、震えていた。ヒイラギは笑みを漏らすと、繊細な彼女の背中を優しく叩いた。
「よしよし。僕がいるからね。心配しないで」
惜しみなく甘えてくる彼女の頬に唇を寄せて、ヒイラギは囁いた。彼女が少しでも安心できればそれでいい。明日学園に行かなければならないのが、いくらか惜しかった。もっと彼女と二人きりでいたかった。
昨日の雨は夜のうちに止み、ヒイラギがいつもどおり目を覚ました頃には、輝く朝日が世界を彩っていた。昨日はギリギリまでマトイの部屋にいたが、さすがに明日から学園に通う1週間が始まるとなれば、着替え等々のため別々に戻らざるを得なかった。告白した日からほぼ丸二日一緒に過ごしていたところから一人の部屋に戻ると、落差が激しい。自室に一人で戻るなんてこれまで幾度となくあったのに、昨晩眠るときには後ろ髪引かれる思いでなかなか寝つけなかった。
ヒイラギは黙々と朝の支度を済ませながら、ふふ、と笑った。今日はマトイと一緒に登校すると約束していた。たとえ寂しい夜を過ごしても、同じ学園、同じクラスにいるのだから、また会える。そう思うと笑いが漏れるのを止められなかった。
着慣れた学ランに袖を通し、学生鞄を肩にかけて歩き始めた。少し早い時間に待ち合わせているので、廊下を歩いている生徒は少ない。学生寮を出ると、昨日の雨に濡れた木々に朝日が差し込み、世界全体がきらめいて見えた。梢から落ちる雫に光が宿り、足元の水溜りは空を映して青く輝いている。希望に満ちた朝だ。雨上がりの朝はこんなに綺麗なのかとため息をついた頃、学生寮から少し離れた場所に立っているマトイを見つけて駆け寄った。
「おはよう、マトイ」
眩い朝日を浴びて佇む彼女は、輝く雫を纏う百合のようだった。学生服に咲く白百合が朝日に眩しい。
「おはよう、ヒイラギくん」
声を聞いてマトイが手を振って答えてくれた。体の動きに合わせて彼女の髪がさらさらとなびく。二人で並んで歩き出そうとしたとき、マトイがヒイラギの腕を掴んだ。
「ヒイラギくん」
予想もしなかった行動に立ち止まって振り返ると、マトイが一歩距離を詰めて隣に立ち、ヒイラギの手に手を添えてきた。ヒイラギの指にマトイの指が絡みついてくる。マトイは無言でヒイラギを見つめながら、滑らかな指先で恋人繋ぎをねだっているようだった。
少しばかり周囲を見た。早い時間なので周囲の人影はまばらで、仮に誰か通ってもヒイラギとマトイに目を向ける者はいなさそうだった。仮に誰かに見られたとしても何の支障もないのだけれど、気まずい思いがほんの少しだけあった。しかしすぐ近くで上目遣いでおねだりしてくる彼女を見ると、応えないなどという意地悪を選ぶ理由はなかった。ヒイラギはマトイに微笑むと、掌同士を密着させて手を握った。恋人同士の甘い繋がりが生まれ、マトイはぱっと明るい笑顔の花を咲かせた。
「行こっか」
ヒイラギが声をかけて数歩、二人で歩き始めた瞬間、
「あぁー!」
背後から声が聞こえた。明るい女生徒の声。二人して振り返ると、磯野上タオが立っていた。タオは黒い髪を揺らしながらマトイに近づき、にこにこと笑いかける。
「おはよう、夕凪さん、百合川くん!」
「おはよう、磯野上さん」
マトイは微妙に強張った笑顔を浮かべてタオに挨拶を返した。タオは何も気にしていない様子でマトイに身を乗り出して、
「よかったね、夕凪さん」
ヒイラギとマトイが手を繋いでいることをじっと見つめた後、意味深に笑ってウインクをした。そしてタオは大きく手を振りながら、小走りで学園に向かっていく。突然旋風が吹き抜けていったような、あまりにも唐突で瞬間的な邂逅だった。ヒイラギが呆然としていると、マトイが顔を赤らめていた。
「どうしたの、マトイ」
「ううん……違うの」
言いながら、マトイはぐいぐいとヒイラギの手を引いて歩き出そうとする。さっさと学園に行きたいのかと解釈し、ヒイラギも彼女に合わせて歩き始めた。マトイの横顔はうっすら赤く染まっていて、揺れる髪の動きが頬の赤さを縁取っている。
「知ってる人に見られると、何だか恥ずかしくなっちゃって」
「ああ、それは何となく……わかるかも」
ヒイラギはあまりタオと話したことはないが、マトイの方はタオとそれなりに交流があったようだ。もし今の状況をユヅルに見られたらと考えると、少し気まずいかもしれない。気持ちは理解できなくもなかった。
「じゃあ、手繋ぐのやめた方がいい?」
尋ねると、ぎゅっとマトイが強く手を握って、ふるふると首を振った。赤らめた頬はそのままに、ヒイラギにはっきりと告げる。
「……それは、やだ」
「そっか」
ゆっくり歩きながら、ヒイラギも手を離そうとはしなかった。多少の気まずさよりも、彼女の掌、指と触れ合っていることの方が重要だ。
「僕もやだな。学園までこのままで行こう」
学園までの道のりは大して長くない。だから手を繋いでいられる時間も大して長くはないのだが、だからこそこの時間を無駄にはしたくなかった。マトイも同じ気持ちなのだから、わざわざ離す必要はない。彼女と手を繋いで歩く通学路はいつもより楽しくて、心地よかった。今日という1日が何もかもうまくいくような、そんな万能感まで生まれていた。