宇宙の百合
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
#5 桃色心臓はかく語りき
「やあ、『百合川ヒイラギ』くん。待ってたよ。さあ、ちょっとばかりお話しようか」
自分と瓜二つの少年が自室にいる。どう考えても異常事態だ。ヒイラギは冷静に考えを巡らせながら、ベッドに座って足を組む彼を見つめた。金色の双眸がヒイラギを興味深そうに追っている。何がそんなに面白いのかよくわからないが、彼は楽しそうに笑んでいる。
「急にごめんね。何だかいてもたってもいられなくなってさ」
「……君は、一体何者?」
「ああ、そういえばそうか、そこから説明しないとね……そうだな」
少年はやや大袈裟な身振りで天井に視線を泳がせてから、再びヒイラギを見た。黄金の瞳が細くなる。
「僕は大宇宙の意思、あるいはこの大宇宙そのもの。まあ人間じゃないってことがわかってくれたら、それでいいかな」
「え?大宇宙……?」
様々な架空の物語を読み解いてきたヒイラギだが、いきなり宇宙を名乗る人型の何かが現れる物語などなかったように思う。事実は小説より奇なりなんていうが、そのとおりかもしれない。理解が追いつかないヒイラギを見て困ったように少年は首を傾げた。
「君が困惑するのもわかるけど、ひとまずそれで納得してくれないかな?僕は大宇宙なんだ。いいね?」
いいね?と言われてもこの文脈で納得できる者がどれだけいるだろうか。当然ながら納得はできないが、
「……よくないけど、そう思うことにするよ。それで、その大宇宙さんが一体僕に何の用なの?」
「ああ、やっと本題に入れるよ」
自分によく似た少年は表情豊かで、似ているのは外見だけのようだ。明るい声で少年は言った。
「せっかく観覧車なんておあつらえ向きの場所にいたのに、何で夕凪マトイに告白しなかったの?勿体無いね」
「え?」
「皆まで言わなくていいよ。確かにアクシデントはあった。でも、その前にいくらでも言えたよね、ねえ?」
「何で君がそんなことを知ってるの」
呆然としたヒイラギの言葉に、少年は立てた人差し指を唇に当て、悪戯っぽく笑った。
「言ったよね、僕は大宇宙そのものだって。この宇宙で起こったすべてのことは、僕の手の内なんだ。知ってて当然だよ」
その言葉を聞き、ヒイラギは目の前の少年に人ならざる何かを感じた。今日あの観覧車で起こったことはヒイラギとマトイだけのものなのに、目の前の少年は何故だか知っている。大宇宙―――単なるほら話ではないのかもしれない。
「おかしいな、君たち前の宇宙では出会って5分でセックスしてた仲だったはずなんだけど」
「!?」
真正面から強烈な言葉でぶん殴られる。ヒイラギはあまりに理解できない言葉に硬直した。
「夕凪マトイも前の宇宙だともっと積極的だったんだけどね。まあそれはいいか、君のことじゃないしね」
「前の宇宙、って何の話?君が何を言ってるのかさっぱりわからないんだけど」
少年は人差し指を立ててくるくると空間をかき混ぜるように動かしながら、淡々と答えた。
「今の君にはわからない話だと思うけど、今のこの宇宙は―――つまり僕は、前の宇宙の君が新しく創り出したものなんだ。僕はこの宇宙だけでなく、今までの宇宙の意思を受け継ぐ者。前の宇宙での君たちのことも、よーく知ってるよ」
「前の宇宙の僕が、君を?」
「そうだよ。だから僕、君の姿をちょっと借りてるんだ。生みの親の姿は落ち着くんだよね。人の形をとらないと、僕は人間に干渉できないみたいだし」
「それで、さっき言ってた前の宇宙の僕と夕凪さんは、その……」
「出会って5分でセックスしてたよ。まあその後も紆余曲折あって、いい感じの仲になってた」
「……そう……」
ヒイラギには刺激の強い話で少し頭を抱えたが、今のヒイラギに知覚できない『前の宇宙』とやらの話をされても困る。仮に『前の宇宙』とやらがあり、そこにヒイラギとマトイがいたとしても、今ここに暮らしているヒイラギとマトイとは別人のはずだ―――そう思って、はたと思い出す。ヒイラギがマトイに感じていた、どこか異なる世界で会ったような感覚。今とは違う場所で、マトイを大切に思っていたような記憶―――『前の宇宙』のヒイラギが感じていたことが、今のヒイラギにも引き継がれているのだろうか。そして『前の宇宙』の記憶に引きずられて、ヒイラギがマトイに興味を持つきっかけが生まれたのだろうか。これまで感じてきた違和感に何となく合点がいき、少年の突拍子もない話を少しは信じてみようかと思った。
「目つきが変わったね。少しは僕の話、聞いてみたくなった?」
「うん。色々と思い当たる節があって」
「そう、よかったよ」
安堵して息をつく少年は、昔からの友人のようにヒイラギに笑いかけてくる。何もかも知った上で笑っているような気がする。
「ところで、大宇宙さん。君が宇宙だというなら、これから先起こることも知っていたりするの?」
「僕は宇宙の歴史のすべてを知っていても、未来はわからないんだ。だからわざわざ君に会いに来たんだけどね?」
少年は足を組み直し、膝の上で優美に指を組んでヒイラギを見つめていた。天上で賽を振る神のような、神々しい姿。
「大宇宙の僕でさえ、未来がどうなるかはわからない。過去のことしかわからない。だから、君が夕凪マトイとどうなるかなんて、僕の与り知るところじゃない。でも、僕は前の宇宙での君たちを知ってるからね。君から生まれたこともあって、僕は君の気持ちにはどうも敏感でね。前の宇宙の君が、夕凪マトイと一緒にいたいって切実に思ってたこと、それを叶えるためにこの宇宙を創世したこと、僕はその感情ごと知ってる。だから、今の宇宙の君にも、夕凪マトイと結ばれてほしいんだ」
少年の組んだ指先が、落ち着きなく膝を叩いている。目を細めた少年は、懐かしい記憶を見つめる遠い眼差しをしていた。ここにはない過去の光景を思い出しているように見える。
「光栄に思いなよ。あんまりにも君が不甲斐ないから、わざわざ大宇宙の僕が君に発破をかけにきたんだ。さっさとくっついたらいいんだよ、君たちは」
「……そう」
唇を尖らせる少年は、大宇宙を名乗りながら随分と子供っぽい。金色の眼差しだけが、彼を人ならざる者に見せている。
「ありがとう。うん……頑張ってみようかな」
言われなくともいずれはこの思いを彼女に伝えるときが来ていただろう。お節介な大宇宙の意思により、それが少し早くなるだけ。ヒイラギは苦笑いをしながら、少年に笑いかけた。少年はヒイラギにひらひらと手を振り、
「頑張って」
柔らかな声で激励して消えた。あの椅子に座っていた少年は最初からいなかったように、幻覚だったかと思うくらい綺麗に消えていた。
「参ったな」
ヒイラギは頭を振り、それでもどこかで感じる少年の視線を振り解き、独りごちた。大宇宙と話す経験などもう二度とないだろう。彼の言っていたことが本当なら、ヒイラギが行動を起こした結果は言わずとも少年が知るところとなるはずだ。だが結果を何とかして彼に伝えたいと、強く感じていた。
どうやら早く着いてしまったようだ。待ち合わせ場所に来たが、マトイの姿はない。休日の品川駅の改札は人の流れがうねるようで、下手なところに立っていると波に飲まれてしまう。改札から少し離れた柱にもたれかかって、ヒイラギは満遍なく周囲を見回して息をついた。
マトイとのデートの日時は驚くほど円滑に決まり、今日を迎えた。彼女が行きたいと言っていたアフタヌーンティーを楽しめるカフェ。昨夜は色々と考えを巡らせすぎて頭が冴えてしまい、あまり眠れなかった。あくびを噛み殺しながら、ヒイラギは静かに騒ぐ心臓をなだめるように深呼吸をした。それでこの心のざわめきが完全になくなるわけではないのだが、幾分か落ち着く。それでも心臓は普段よりも跳ねたリズムを刻み続けている。
「百合川くん!」
雑踏の喧騒の中で一際際立つ声が聞こえた。大きく手を振りながら、マトイが駆け寄ってきた。彼女は申し訳なさそうに眉を落として、
「ごめんね、百合川くん。結構待った?」
「そんなことないよ。今来たところ」
ほっと胸を撫で下ろした。漫画やドラマで見た待ち合わせの定型句を、まさか自分が言う日が来るとは思わなかった。でも本当に待ってなんかいないから、自然とそういう言葉を返した。
「じゃ、行こうか。えっと……こっちだよ」
スマートフォン片手にやや不安そうな足どりで歩く彼女の隣を歩いていく。周りに人は多いが、ヒイラギにはマトイだけがはっきりと見えていた。電車に乗っても、違う駅に降りてもそれは変わらない。ヒイラギの世界で、マトイだけ周囲から切り取られたように特別に認識している。マトイにとってのヒイラギもそうだったらいいのにと、叶うかわからないことを考えてしまう。
辿り着いたカフェに入り、二人で席に座った。ヒイラギはマトイを視界に入れたまま、興味深く視線を動かした。落ち着いた渋い色合いと調度品のカフェだが、ところどころトランプの意匠やチェシャ猫を思わせる猫のシルエット、時計を持った兎のモチーフ、あのワンダーランドを歩いた少女の姿が点在している。
「可愛いね。不思議の国のアリスみたいだ」
ヒイラギが呟くと、マトイは嬉しそうに笑って、
「そうなの!アリスをモチーフにしてるんだって。百合川くん、こういう雰囲気も好き?」
「うん。好きだよ」
でも、もっと好きなのは君だよ。心の底からそう思ったが、それは頬杖をついた口の中で噛み砕いておく。まだ時機じゃない。
休日のカフェだけあって座席はほとんど埋まっており、そのほとんどは女性だ。時折男性もいるが、女性との組み合わせでしか見かけない。恋人同士か、まだそこまで至らない者たちなのか。
「こういうところ、僕は全然知らないから、夕凪さんが誘ってくれて嬉しいよ。可愛いけど落ち着くし、いい雰囲気だね」
「そう言ってくれて嬉しいな。女の人が多いって聞いたから、ちょっと百合川くんが気まずくないかなって心配にもなったんだけど……男の人も、いないわけじゃないね」
「カップルなんだろうね、きっと」
言いながら言葉を区切り、ヒイラギはじっと、マトイの双眸を見据える。そこに微かな期待をこめて。
「僕たちも恋人同士に見えちゃうかな」
問いかけると、マトイは一瞬きょとんとし、すぐに顔を赤らめた。あ、え、と意味のない声を漏らし、マトイは恥ずかしそうに俯きながら、
「私と恋人同士に思われて、百合川くんは迷惑じゃない……?」
消え入りそうな声で尋ねた。それは周囲の話し声に埋もれそうな声だったが、ヒイラギには明瞭に聞こえた。恥ずかしがりな彼女の控えめな自己主張を拾える者は、ヒイラギしかいない。
「全然迷惑じゃないよ。僕はね」
マトイの言葉に躊躇うことなく即答する。兎を追ってワンダーランドに魅せられたアリスのように、ヒイラギもマトイという名の不思議の国に魅了されている。彼女もヒイラギという御伽の国に取り込まれてくれればいい。
「そ、そっか……」
マトイの頬が林檎のように赤いのも、ふわふわと泳ぐ視線も、何もかもが可愛くてたまらない。いつでもいつまでも見ていて飽きがこない。ずっと見ていたい。
見つめ合う二人の間に、写真で見たものと同じ、3段のケーキスタンドが運ばれてきた。優美なフォルムのティーポットにティーカップも置かれ、お茶会の準備は整った。ケーキスタンドとその上できらきらと輝くお菓子に、マトイは一瞬で目を輝かせた。
「うわあ……美味しそう!」
一秒一瞬ごとに変わるマトイの表情にヒイラギは笑みを漏らしながら、ティーポットの紅茶をそれぞれのカップに注いだ。立ち上る湯気に柔らかな渋い香りが混ざっている。心を落ち着ける、穏やかな香り。その香りに少しだけ頭が冷える。マトイという可愛いお菓子にのぼせていた頭が、ほんの少しだけ。ヒイラギは彼女にカップを差し出して、ケーキスタンドを彩る食べ物をよくよく観察した。
丸く小さな色鮮やかなマカロン、甘い香り漂うスコーン、断面が美しい一口大のロールケーキ、自然な色が鮮烈なオレンジや苺。甘い味に痺れた舌を休ませる四角いサンドイッチ。それらを乗せた皿にはトランプの柄が散りばめられ、カラフルな中に冴えた赤や黒が差し色を添える。丁寧に作られた可愛らしい菓子類とこだわりが見える食器類、絵になる。マトイもすっかり見惚れているのかどれから手をつけようか迷っているのか、顔を近づけてまじまじと凝視している。
「全部美味しそうだね、百合川くん。ねえねえ、私もう食べちゃっていい?」
「いいよ」
マトイは子供のように笑いながら、桃色のマカロンを手に取った。彼女の白く儚い指先が、繊細なマカロンの色合いに映える。マトイはマカロンを口に含むと、幸せそうに破顔した。
「美味しい!」
「ほんと?よかったね」
ヒイラギは何も口に入れていないにも関わらず、もうすでに腹が膨れた感覚があった。マトイが楽しそうに笑う姿は、それだけでヒイラギのどこかを満たしてしまうらしい。初めて味わう感覚にヒイラギは笑うしかなかった。マトイはそんなヒイラギを見て何を思ったのか、もうひとつのマカロンを手に取って、ヒイラギに向けて差し出した。
「ほら、百合川くん。美味しいよ」
水色のマカロンを持ってにこにこと満面の笑みを浮かべている。自分が美味しいと感じたものをヒイラギにも食べてほしい、そんな純粋な気持ちが何も言わなくても伝わってくる。そんなに澄んだ感情をぶつけられてはヒイラギも無下にはできず、差し出されたマカロンに口を開けてかぶりついた。さくりと軽い音がしてマカロンが半分に割れる。口の中に上品な甘さが広がる。ヒイラギは残った半分をマトイから受け取って口に放り込んだ。しつこくない、さらりと流れていくような甘さ。確かに美味だ。マトイが熱心になるのも頷ける。
「美味しいね」
マカロンの欠片もすべて飲み下し、マトイに頷いてみせると、マトイはただ単純に喜んでいる。二人で美味なるものを共有する時間、思ったよりも甘く心弾む。ヒイラギは口に残る甘さを紅茶の渋味で流しながら、嬉々としてスコーンに手を伸ばす彼女を見つめていた。
「夕凪さん」
夕暮れの太陽が二人の影を長く伸ばす頃合い、ヒイラギは学生寮へと帰る足取りを止めた。マトイも自然と立ち止まる。カフェでのひとときは、口の中で溶けるマシュマロのように甘く儚く終わってしまった。ここからは、ヒイラギが覚悟を示す時間だ。大宇宙に押された背中はとうに決意を固めている。あとは少しのお膳立てと、少しの時間があればいい。
「帰る前に、ちょっとだけつきあってくれないかな。君に話したいことがあって」
歩きながらでもいいのだが、休日の東京は人が多すぎる。雑踏の中で伝えるのはあまりにも風情がない。人が少ない場所にはすでに目星をつけてあった。ヒイラギはマトイを連れて、小さな公園に辿り着く。子供が数人遊べる程度の、住宅地の隙間を利用した公園。小さなベンチ、ブランコ、滑り台。そんなもの寂しいが、今この瞬間には限りなく適切な場所。思ったとおり、誰もいない。斜陽に照らされて影が伸びるベンチに二人で座った。小指の先が触れ合いそうで触れ合わない、絶妙な距離感を保つ。
「百合川くん」
隣を見ると、マトイが不思議そうにこちらを見つめている。首を傾げる動きに合わせて、鮮烈な斜陽の光を返す前髪が揺れる。
「話したいことって、なに?」
カフェでの彼女との距離は、テーブルを挟んでいた分今よりも遠かった。今はすぐ隣に、それこそ身を乗り出せばキスができるほど近くに彼女がいる。マトイとの距離が近いことはこれまでもなかったわけではないが、今この瞬間では何よりも意識してしまう。マトイの夕陽を閉じ込めた輝く瞳に、喉元で囁く言葉が飲み込まれそうになるが、今日こそは伝えたい。
「夕凪さん。君のこと、僕は一人の女の子として好きだよ」
二人しかいない空間にヒイラギの声が澄み渡る。身を乗り出す。神妙な顔で聞いている彼女に、ヒイラギの決意を突きつけるように。
「僕の恋人になってほしい」
「…………」
黙冴ゆる。ヒイラギの決心を彼女はどう捉えているのか、マトイは視線を逸らして黙り込んでいる。待つつもりではある。ヒイラギにとってはそれなりに熟考し、時間をかけた上での言葉だが、マトイは今初めて突然聞かされた話だ。困惑し言葉を失うのもむべなるかな。だが身を乗り出して至近距離で凝視するのは、答えを急かしているも同然だ。冷静になり、ヒイラギは少し距離を離そうとした。すると、今度は彼女が真っ直ぐヒイラギを見据えて身を乗り出した。
「私、私も……私も、百合川くんが好き」
泣きそうになっているマトイの瞳に、目を見開くヒイラギが映り込んでいる。
「私の彼氏になってください!」
その言葉をずっと待っていた。聞いた瞬間、爆発的な衝動がヒイラギを突き動かしてマトイの腕を引いていた。そのままヒイラギはマトイを抱き寄せ、彼女はあっさりヒイラギの腕の中。縮こまったマトイが上目遣いで見つめてくるのに、ヒイラギは涙が零れそうになった。
「じゃあ、今日から僕は君の彼氏だよ」
「……うん!」
腕の中で笑う彼女の目元に涙の塵が散る。二人して何故か瞳が潤んでいる。顔を見合わせて声を上げて笑った後、数秒訪れた沈黙に、マトイがヒイラギの胸に顔を埋めてちらりと上目遣いを寄越した。
「あのね、百合川くん。今日、帰らないで」
「え?」
「私の部屋、泊まっていって。……明日、学園休みだから」
ヒイラギの脳内に突き刺さる提案が降ってきた。胸に顔を埋めるマトイに、うるさい心臓の音がきっと聞こえている。
「だめ?」
丸い瞳に涙が揺れてヒイラギに懇願する。さて、こんな眼差しに抵抗できる男がどこにいるだろうか。
「いいよ。今夜は君と一緒だね」
見下ろす彼女があまりにも嬉しそうに笑うものだから、ヒイラギもつられて笑った。心臓の音はもうどうしようもないから、諦めよう。いいや、むしろ彼女に聞いてほしい。マトイの言葉に、こんなに胸が高鳴っているのだから。
「やあ、『百合川ヒイラギ』くん。待ってたよ。さあ、ちょっとばかりお話しようか」
自分と瓜二つの少年が自室にいる。どう考えても異常事態だ。ヒイラギは冷静に考えを巡らせながら、ベッドに座って足を組む彼を見つめた。金色の双眸がヒイラギを興味深そうに追っている。何がそんなに面白いのかよくわからないが、彼は楽しそうに笑んでいる。
「急にごめんね。何だかいてもたってもいられなくなってさ」
「……君は、一体何者?」
「ああ、そういえばそうか、そこから説明しないとね……そうだな」
少年はやや大袈裟な身振りで天井に視線を泳がせてから、再びヒイラギを見た。黄金の瞳が細くなる。
「僕は大宇宙の意思、あるいはこの大宇宙そのもの。まあ人間じゃないってことがわかってくれたら、それでいいかな」
「え?大宇宙……?」
様々な架空の物語を読み解いてきたヒイラギだが、いきなり宇宙を名乗る人型の何かが現れる物語などなかったように思う。事実は小説より奇なりなんていうが、そのとおりかもしれない。理解が追いつかないヒイラギを見て困ったように少年は首を傾げた。
「君が困惑するのもわかるけど、ひとまずそれで納得してくれないかな?僕は大宇宙なんだ。いいね?」
いいね?と言われてもこの文脈で納得できる者がどれだけいるだろうか。当然ながら納得はできないが、
「……よくないけど、そう思うことにするよ。それで、その大宇宙さんが一体僕に何の用なの?」
「ああ、やっと本題に入れるよ」
自分によく似た少年は表情豊かで、似ているのは外見だけのようだ。明るい声で少年は言った。
「せっかく観覧車なんておあつらえ向きの場所にいたのに、何で夕凪マトイに告白しなかったの?勿体無いね」
「え?」
「皆まで言わなくていいよ。確かにアクシデントはあった。でも、その前にいくらでも言えたよね、ねえ?」
「何で君がそんなことを知ってるの」
呆然としたヒイラギの言葉に、少年は立てた人差し指を唇に当て、悪戯っぽく笑った。
「言ったよね、僕は大宇宙そのものだって。この宇宙で起こったすべてのことは、僕の手の内なんだ。知ってて当然だよ」
その言葉を聞き、ヒイラギは目の前の少年に人ならざる何かを感じた。今日あの観覧車で起こったことはヒイラギとマトイだけのものなのに、目の前の少年は何故だか知っている。大宇宙―――単なるほら話ではないのかもしれない。
「おかしいな、君たち前の宇宙では出会って5分でセックスしてた仲だったはずなんだけど」
「!?」
真正面から強烈な言葉でぶん殴られる。ヒイラギはあまりに理解できない言葉に硬直した。
「夕凪マトイも前の宇宙だともっと積極的だったんだけどね。まあそれはいいか、君のことじゃないしね」
「前の宇宙、って何の話?君が何を言ってるのかさっぱりわからないんだけど」
少年は人差し指を立ててくるくると空間をかき混ぜるように動かしながら、淡々と答えた。
「今の君にはわからない話だと思うけど、今のこの宇宙は―――つまり僕は、前の宇宙の君が新しく創り出したものなんだ。僕はこの宇宙だけでなく、今までの宇宙の意思を受け継ぐ者。前の宇宙での君たちのことも、よーく知ってるよ」
「前の宇宙の僕が、君を?」
「そうだよ。だから僕、君の姿をちょっと借りてるんだ。生みの親の姿は落ち着くんだよね。人の形をとらないと、僕は人間に干渉できないみたいだし」
「それで、さっき言ってた前の宇宙の僕と夕凪さんは、その……」
「出会って5分でセックスしてたよ。まあその後も紆余曲折あって、いい感じの仲になってた」
「……そう……」
ヒイラギには刺激の強い話で少し頭を抱えたが、今のヒイラギに知覚できない『前の宇宙』とやらの話をされても困る。仮に『前の宇宙』とやらがあり、そこにヒイラギとマトイがいたとしても、今ここに暮らしているヒイラギとマトイとは別人のはずだ―――そう思って、はたと思い出す。ヒイラギがマトイに感じていた、どこか異なる世界で会ったような感覚。今とは違う場所で、マトイを大切に思っていたような記憶―――『前の宇宙』のヒイラギが感じていたことが、今のヒイラギにも引き継がれているのだろうか。そして『前の宇宙』の記憶に引きずられて、ヒイラギがマトイに興味を持つきっかけが生まれたのだろうか。これまで感じてきた違和感に何となく合点がいき、少年の突拍子もない話を少しは信じてみようかと思った。
「目つきが変わったね。少しは僕の話、聞いてみたくなった?」
「うん。色々と思い当たる節があって」
「そう、よかったよ」
安堵して息をつく少年は、昔からの友人のようにヒイラギに笑いかけてくる。何もかも知った上で笑っているような気がする。
「ところで、大宇宙さん。君が宇宙だというなら、これから先起こることも知っていたりするの?」
「僕は宇宙の歴史のすべてを知っていても、未来はわからないんだ。だからわざわざ君に会いに来たんだけどね?」
少年は足を組み直し、膝の上で優美に指を組んでヒイラギを見つめていた。天上で賽を振る神のような、神々しい姿。
「大宇宙の僕でさえ、未来がどうなるかはわからない。過去のことしかわからない。だから、君が夕凪マトイとどうなるかなんて、僕の与り知るところじゃない。でも、僕は前の宇宙での君たちを知ってるからね。君から生まれたこともあって、僕は君の気持ちにはどうも敏感でね。前の宇宙の君が、夕凪マトイと一緒にいたいって切実に思ってたこと、それを叶えるためにこの宇宙を創世したこと、僕はその感情ごと知ってる。だから、今の宇宙の君にも、夕凪マトイと結ばれてほしいんだ」
少年の組んだ指先が、落ち着きなく膝を叩いている。目を細めた少年は、懐かしい記憶を見つめる遠い眼差しをしていた。ここにはない過去の光景を思い出しているように見える。
「光栄に思いなよ。あんまりにも君が不甲斐ないから、わざわざ大宇宙の僕が君に発破をかけにきたんだ。さっさとくっついたらいいんだよ、君たちは」
「……そう」
唇を尖らせる少年は、大宇宙を名乗りながら随分と子供っぽい。金色の眼差しだけが、彼を人ならざる者に見せている。
「ありがとう。うん……頑張ってみようかな」
言われなくともいずれはこの思いを彼女に伝えるときが来ていただろう。お節介な大宇宙の意思により、それが少し早くなるだけ。ヒイラギは苦笑いをしながら、少年に笑いかけた。少年はヒイラギにひらひらと手を振り、
「頑張って」
柔らかな声で激励して消えた。あの椅子に座っていた少年は最初からいなかったように、幻覚だったかと思うくらい綺麗に消えていた。
「参ったな」
ヒイラギは頭を振り、それでもどこかで感じる少年の視線を振り解き、独りごちた。大宇宙と話す経験などもう二度とないだろう。彼の言っていたことが本当なら、ヒイラギが行動を起こした結果は言わずとも少年が知るところとなるはずだ。だが結果を何とかして彼に伝えたいと、強く感じていた。
どうやら早く着いてしまったようだ。待ち合わせ場所に来たが、マトイの姿はない。休日の品川駅の改札は人の流れがうねるようで、下手なところに立っていると波に飲まれてしまう。改札から少し離れた柱にもたれかかって、ヒイラギは満遍なく周囲を見回して息をついた。
マトイとのデートの日時は驚くほど円滑に決まり、今日を迎えた。彼女が行きたいと言っていたアフタヌーンティーを楽しめるカフェ。昨夜は色々と考えを巡らせすぎて頭が冴えてしまい、あまり眠れなかった。あくびを噛み殺しながら、ヒイラギは静かに騒ぐ心臓をなだめるように深呼吸をした。それでこの心のざわめきが完全になくなるわけではないのだが、幾分か落ち着く。それでも心臓は普段よりも跳ねたリズムを刻み続けている。
「百合川くん!」
雑踏の喧騒の中で一際際立つ声が聞こえた。大きく手を振りながら、マトイが駆け寄ってきた。彼女は申し訳なさそうに眉を落として、
「ごめんね、百合川くん。結構待った?」
「そんなことないよ。今来たところ」
ほっと胸を撫で下ろした。漫画やドラマで見た待ち合わせの定型句を、まさか自分が言う日が来るとは思わなかった。でも本当に待ってなんかいないから、自然とそういう言葉を返した。
「じゃ、行こうか。えっと……こっちだよ」
スマートフォン片手にやや不安そうな足どりで歩く彼女の隣を歩いていく。周りに人は多いが、ヒイラギにはマトイだけがはっきりと見えていた。電車に乗っても、違う駅に降りてもそれは変わらない。ヒイラギの世界で、マトイだけ周囲から切り取られたように特別に認識している。マトイにとってのヒイラギもそうだったらいいのにと、叶うかわからないことを考えてしまう。
辿り着いたカフェに入り、二人で席に座った。ヒイラギはマトイを視界に入れたまま、興味深く視線を動かした。落ち着いた渋い色合いと調度品のカフェだが、ところどころトランプの意匠やチェシャ猫を思わせる猫のシルエット、時計を持った兎のモチーフ、あのワンダーランドを歩いた少女の姿が点在している。
「可愛いね。不思議の国のアリスみたいだ」
ヒイラギが呟くと、マトイは嬉しそうに笑って、
「そうなの!アリスをモチーフにしてるんだって。百合川くん、こういう雰囲気も好き?」
「うん。好きだよ」
でも、もっと好きなのは君だよ。心の底からそう思ったが、それは頬杖をついた口の中で噛み砕いておく。まだ時機じゃない。
休日のカフェだけあって座席はほとんど埋まっており、そのほとんどは女性だ。時折男性もいるが、女性との組み合わせでしか見かけない。恋人同士か、まだそこまで至らない者たちなのか。
「こういうところ、僕は全然知らないから、夕凪さんが誘ってくれて嬉しいよ。可愛いけど落ち着くし、いい雰囲気だね」
「そう言ってくれて嬉しいな。女の人が多いって聞いたから、ちょっと百合川くんが気まずくないかなって心配にもなったんだけど……男の人も、いないわけじゃないね」
「カップルなんだろうね、きっと」
言いながら言葉を区切り、ヒイラギはじっと、マトイの双眸を見据える。そこに微かな期待をこめて。
「僕たちも恋人同士に見えちゃうかな」
問いかけると、マトイは一瞬きょとんとし、すぐに顔を赤らめた。あ、え、と意味のない声を漏らし、マトイは恥ずかしそうに俯きながら、
「私と恋人同士に思われて、百合川くんは迷惑じゃない……?」
消え入りそうな声で尋ねた。それは周囲の話し声に埋もれそうな声だったが、ヒイラギには明瞭に聞こえた。恥ずかしがりな彼女の控えめな自己主張を拾える者は、ヒイラギしかいない。
「全然迷惑じゃないよ。僕はね」
マトイの言葉に躊躇うことなく即答する。兎を追ってワンダーランドに魅せられたアリスのように、ヒイラギもマトイという名の不思議の国に魅了されている。彼女もヒイラギという御伽の国に取り込まれてくれればいい。
「そ、そっか……」
マトイの頬が林檎のように赤いのも、ふわふわと泳ぐ視線も、何もかもが可愛くてたまらない。いつでもいつまでも見ていて飽きがこない。ずっと見ていたい。
見つめ合う二人の間に、写真で見たものと同じ、3段のケーキスタンドが運ばれてきた。優美なフォルムのティーポットにティーカップも置かれ、お茶会の準備は整った。ケーキスタンドとその上できらきらと輝くお菓子に、マトイは一瞬で目を輝かせた。
「うわあ……美味しそう!」
一秒一瞬ごとに変わるマトイの表情にヒイラギは笑みを漏らしながら、ティーポットの紅茶をそれぞれのカップに注いだ。立ち上る湯気に柔らかな渋い香りが混ざっている。心を落ち着ける、穏やかな香り。その香りに少しだけ頭が冷える。マトイという可愛いお菓子にのぼせていた頭が、ほんの少しだけ。ヒイラギは彼女にカップを差し出して、ケーキスタンドを彩る食べ物をよくよく観察した。
丸く小さな色鮮やかなマカロン、甘い香り漂うスコーン、断面が美しい一口大のロールケーキ、自然な色が鮮烈なオレンジや苺。甘い味に痺れた舌を休ませる四角いサンドイッチ。それらを乗せた皿にはトランプの柄が散りばめられ、カラフルな中に冴えた赤や黒が差し色を添える。丁寧に作られた可愛らしい菓子類とこだわりが見える食器類、絵になる。マトイもすっかり見惚れているのかどれから手をつけようか迷っているのか、顔を近づけてまじまじと凝視している。
「全部美味しそうだね、百合川くん。ねえねえ、私もう食べちゃっていい?」
「いいよ」
マトイは子供のように笑いながら、桃色のマカロンを手に取った。彼女の白く儚い指先が、繊細なマカロンの色合いに映える。マトイはマカロンを口に含むと、幸せそうに破顔した。
「美味しい!」
「ほんと?よかったね」
ヒイラギは何も口に入れていないにも関わらず、もうすでに腹が膨れた感覚があった。マトイが楽しそうに笑う姿は、それだけでヒイラギのどこかを満たしてしまうらしい。初めて味わう感覚にヒイラギは笑うしかなかった。マトイはそんなヒイラギを見て何を思ったのか、もうひとつのマカロンを手に取って、ヒイラギに向けて差し出した。
「ほら、百合川くん。美味しいよ」
水色のマカロンを持ってにこにこと満面の笑みを浮かべている。自分が美味しいと感じたものをヒイラギにも食べてほしい、そんな純粋な気持ちが何も言わなくても伝わってくる。そんなに澄んだ感情をぶつけられてはヒイラギも無下にはできず、差し出されたマカロンに口を開けてかぶりついた。さくりと軽い音がしてマカロンが半分に割れる。口の中に上品な甘さが広がる。ヒイラギは残った半分をマトイから受け取って口に放り込んだ。しつこくない、さらりと流れていくような甘さ。確かに美味だ。マトイが熱心になるのも頷ける。
「美味しいね」
マカロンの欠片もすべて飲み下し、マトイに頷いてみせると、マトイはただ単純に喜んでいる。二人で美味なるものを共有する時間、思ったよりも甘く心弾む。ヒイラギは口に残る甘さを紅茶の渋味で流しながら、嬉々としてスコーンに手を伸ばす彼女を見つめていた。
「夕凪さん」
夕暮れの太陽が二人の影を長く伸ばす頃合い、ヒイラギは学生寮へと帰る足取りを止めた。マトイも自然と立ち止まる。カフェでのひとときは、口の中で溶けるマシュマロのように甘く儚く終わってしまった。ここからは、ヒイラギが覚悟を示す時間だ。大宇宙に押された背中はとうに決意を固めている。あとは少しのお膳立てと、少しの時間があればいい。
「帰る前に、ちょっとだけつきあってくれないかな。君に話したいことがあって」
歩きながらでもいいのだが、休日の東京は人が多すぎる。雑踏の中で伝えるのはあまりにも風情がない。人が少ない場所にはすでに目星をつけてあった。ヒイラギはマトイを連れて、小さな公園に辿り着く。子供が数人遊べる程度の、住宅地の隙間を利用した公園。小さなベンチ、ブランコ、滑り台。そんなもの寂しいが、今この瞬間には限りなく適切な場所。思ったとおり、誰もいない。斜陽に照らされて影が伸びるベンチに二人で座った。小指の先が触れ合いそうで触れ合わない、絶妙な距離感を保つ。
「百合川くん」
隣を見ると、マトイが不思議そうにこちらを見つめている。首を傾げる動きに合わせて、鮮烈な斜陽の光を返す前髪が揺れる。
「話したいことって、なに?」
カフェでの彼女との距離は、テーブルを挟んでいた分今よりも遠かった。今はすぐ隣に、それこそ身を乗り出せばキスができるほど近くに彼女がいる。マトイとの距離が近いことはこれまでもなかったわけではないが、今この瞬間では何よりも意識してしまう。マトイの夕陽を閉じ込めた輝く瞳に、喉元で囁く言葉が飲み込まれそうになるが、今日こそは伝えたい。
「夕凪さん。君のこと、僕は一人の女の子として好きだよ」
二人しかいない空間にヒイラギの声が澄み渡る。身を乗り出す。神妙な顔で聞いている彼女に、ヒイラギの決意を突きつけるように。
「僕の恋人になってほしい」
「…………」
黙冴ゆる。ヒイラギの決心を彼女はどう捉えているのか、マトイは視線を逸らして黙り込んでいる。待つつもりではある。ヒイラギにとってはそれなりに熟考し、時間をかけた上での言葉だが、マトイは今初めて突然聞かされた話だ。困惑し言葉を失うのもむべなるかな。だが身を乗り出して至近距離で凝視するのは、答えを急かしているも同然だ。冷静になり、ヒイラギは少し距離を離そうとした。すると、今度は彼女が真っ直ぐヒイラギを見据えて身を乗り出した。
「私、私も……私も、百合川くんが好き」
泣きそうになっているマトイの瞳に、目を見開くヒイラギが映り込んでいる。
「私の彼氏になってください!」
その言葉をずっと待っていた。聞いた瞬間、爆発的な衝動がヒイラギを突き動かしてマトイの腕を引いていた。そのままヒイラギはマトイを抱き寄せ、彼女はあっさりヒイラギの腕の中。縮こまったマトイが上目遣いで見つめてくるのに、ヒイラギは涙が零れそうになった。
「じゃあ、今日から僕は君の彼氏だよ」
「……うん!」
腕の中で笑う彼女の目元に涙の塵が散る。二人して何故か瞳が潤んでいる。顔を見合わせて声を上げて笑った後、数秒訪れた沈黙に、マトイがヒイラギの胸に顔を埋めてちらりと上目遣いを寄越した。
「あのね、百合川くん。今日、帰らないで」
「え?」
「私の部屋、泊まっていって。……明日、学園休みだから」
ヒイラギの脳内に突き刺さる提案が降ってきた。胸に顔を埋めるマトイに、うるさい心臓の音がきっと聞こえている。
「だめ?」
丸い瞳に涙が揺れてヒイラギに懇願する。さて、こんな眼差しに抵抗できる男がどこにいるだろうか。
「いいよ。今夜は君と一緒だね」
見下ろす彼女があまりにも嬉しそうに笑うものだから、ヒイラギもつられて笑った。心臓の音はもうどうしようもないから、諦めよう。いいや、むしろ彼女に聞いてほしい。マトイの言葉に、こんなに胸が高鳴っているのだから。