月夜の夜想曲
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#4 雪と二人
越水はハルカと時折二人で出かけることにしていた。越水がベテルの運営や国会対応で疲れ果て頭を悩ませることすらできなくなった頃、自然と体がハルカとのお出かけを求めるようになった。彼女はいつもニコニコと笑って受け入れてくれ、二人でのんびりと食事をしたり散歩をしたりと、ハルカのいう「デート」をして過ごしていた。
今日も普段どおりデートを楽しみ都会の喧騒に紛れ帰路に着いていたところ、道端に雪だるまが倒れていた。ハルカがあ、と声を上げた。
「越水さん、あれ」
「ジャックフロストのようだな」
東京には魔界と繋がる浄増寺が近くにある、そこから時折悪魔が迷い込んでくることがある。青い帽子を被った雪だるまといえば妖精ジャックフロストしかいない。駆け寄ろうとするハルカの腕を掴んだ。
「待て。罠かもしれない。迂闊に近寄るのは危険だ。関わらない方がいい」
「え、でも……もし迷い込んで倒れてるのだとしたら、かわいそうですよ」
ハルカは越水をじっと見つめた後、ジャックフロストに目線を送った。その眼差しには慈悲と同情が入り混じっているといったところ、越水はため息をついた。
「……もしも私が君の手を引いてここから離れたら?」
「そのときは手を振り払ってあの子のところに行きます」
ハルカの躊躇いのない返答にますます深いため息が出た。実際、必要に応じてベテルでも迷い込んだ悪魔の保護を行っている。そうしてベテルに与するようになった者もおり、どちらかといえば友好的な悪魔の代表格であるジャックフロストなら危険性も少ないだろう。比較的低位の悪魔でもある、万が一があっても越水一人で対応も可能だ。彼女の思惑を無視する理由はどこにもなかった。
越水はそっとハルカの手を握った。驚いたハルカが顔を上げる。彼は極めて冷静に告げた。
「この手は離さない。万が一があってもすぐ君を庇える。このままジャックフロストの元へ向かうとしよう」
「わかりました」
前のめりなハルカに手を引かれ、越水は歩く。おもちゃ売り場で父親を急かす娘のような足取りでハルカはジャックフロストの元へ歩き、屈んで倒れている雪だるまを眺めた。仰向けに倒れたジャックフロストは目を回しているようで、ヒホヒホと小さな声が聞こえた。
「大丈夫ですか」
ハルカが声をかけると、ジャックフロストはばちりと目を開けた。楕円形の黒い瞳と目が合う。越水はハルカの手を強く握りしめた。可愛らしいように見えても彼は一端の悪魔、ハルカを瞬時に氷漬けにすることも可能だ。身構える越水とは裏腹に、ハルカとジャックフロストはぱちぱちと平和な瞬きをしていた。
「ヒホ?キミ、ニンゲンヒホ」
「そうですよ。悪魔が見える人間です」
「ヒホ〜……」
ジャックフロストは半身を起こしお行儀よく座ると、無邪気な顔でハルカと越水を見遣った。口元に手を当て、ヒホ?と首を傾げる。
「オイラ、ニンゲンに声かけられたの初めてヒホ」
「あら、そうなんですか?じゃあここに来てから結構時間経ってます?」
「そうかもヒホ。オイラ、なんかピカーっと光ってる門みたいなところを通ったらここにいたヒホ。今まで疲れてボケ〜っとしてたヒホ」
「お疲れなんですね」
「ヒホ」
二人のぽけぽけとした会話からジャックフロストが迷い込んできたことはわかった。それに伴い衰弱していることも。ハルカは越水に視線を移した。
「弱っちゃったみたいですね。この子、ベテルで保護できませんか」
「本人の意思確認が必要だろう」
「わかりました」
ジャックフロストに敵意がないだろうことはわかった。あともう一押しだ。ハルカは親しみやすい笑みを浮かべ、ジャックフロストに話しかけた。
「ねえジャックフロストさん、私たち、弱った悪魔の保護もしてるんです。あなたがよければ私たちと一緒に来ませんか」
「ヒホ〜?」
ジャックフロストは再度首を傾げた。そして尋ねる。
「おねーさんと一緒ヒホ?」
「一緒ですよ」
「じゃあ行くヒホ!」
途端に元気いっぱいに立ち上がり片手を上げるジャックフロストに、ハルカは嬉しそうに笑った。越水もふぅと一息つき、ハルカと笑みを交わした。万が一を考えていたが杞憂に終わり安堵が広がる。ハルカはジャックフロストとも手を繋ぎ、三人で歩き始めた。三人横一列に並び手を繋ぐ姿は、子供とともに散歩をする家族のように見えた。
ジャックフロストをベテルの研究室に預けた越水は、ハルカとともに自宅に戻りホットミルクを口にしていた。彼女も対面に座り、ほっとした顔を見せていた。
「まさかあんなところにジャックフロストが倒れているなんて思いませんでした。びっくりしましたね」
「ああ、行き倒れの悪魔を見たのは久しぶりだ。最近はそのようなことも減っていたのだが。人的被害もなく保護できたようで安心した」
ベテルに保護されたジャックフロストは研究員にひょいと抱かれ、ヒホヒホ言いながら研究室に連れていかれた。今頃は氷結の秘石でも与えられキンキンに冷やされ元気を取り戻していることだろう。想像しただけで背筋が寒くなり、越水はかすかに身震いした。
「あ、長官。ちょっとムッとしてますね」
ハルカが身を乗り出し、よく理解できないことをにこやかに言った。……ムッとしている?身震いしたことを指しているのだろうか?
「何のことだ」
「少し不機嫌そうに見えます。私とのデートタイムを邪魔されて、ちょっとムスッとしちゃってます?」
「……?そんなことはないはずだが」
言いながら口にしたホットミルクの表面には薄い膜が張っていた。口の中に膜の感触が残り舌触りが悪い。越水はスプーンでホットミルクの表面を撫で、再度口にした。滑らかでまろやかな口当たりに変貌する。
「あら、そうなんですか。ならいいんですけど」
ハルカは少しつまらなさそうな顔をし、ホットミルクに砂糖を追加しかき混ぜていた。カラカラとスプーンが器に触れる音が響く。
「ところで長官。あのジャックフロスト、何だか気になってしまって……たまに様子を見に行ってもいいですか?」
「ああ、無論構わぬ」
「ありがとうございます。可愛いですよね、ジャックフロスト。もちもちふわふわしてて。雪見大福みたい」
そう言って視線を斜め上に向ける彼女は、あの青い帽子を被った雪だるまを思い浮かべているようだった。親戚の子供を思慕するような目つきだったが、越水は唇をきゅっと固く結んだ。彼女が自分以外の誰かに思考を巡らせる様子を見るのは初めてだった。
「そうだな。……一般的には可愛らしいのだろうな」
越水はそう相槌を打つので精一杯だった。
それからというもの、ハルカは折を見てジャックフロストに会いたいと言うようになった。いくら友好的とはいえ悪魔は悪魔、無論彼女一人で会いになど行かせない。越水は必ず彼女についていった。今日もジャックフロストの様子を見たいとのことで、仕事が終わり夜も更けた頃研究室に向かった。
「ヒホ〜!おねーさんとおにーさん!」
越水とハルカを認めるなりジャックフロストは片手を上げ、ぴょこんと飛び跳ねた。もっちりとした体が揺れ、さらさらと冷たい空気が漂った。彼が雪の精であることを思い出させる。ジャックフロストは越水とハルカを「いつも様子を気にかけてくれるおにーさんとおねーさん」と認識しているらしく、明るく反応してくれる。ハルカもにっこりと笑い、
「こんばんは、ジャックフロスト。今日はどんな感じでしたか?」
彼と目線を合わせるように屈んで話しかける。悪魔と人間というよりは、近所の子供とお姉さんといった空気が流れている。
「ヒホホ、他のアクマのみんなとお話したヒホ!楽しかったヒホ〜!」
「そうですか、よかったですね」
二人仲良く話しているのを、越水は少し離れ腕を組んで眺めている。これもいつもの図式になりつつある。ハルカと手を繋ぐほどの危険性は感じなくなかったが、少し手持ち無沙汰な気がする。
楽しそうにジャックフロストと言葉を交わすハルカを眺めること数分。話が終わったようだ。「またね」とハルカが手を振り、越水の元へ戻ってくる。
「ありがとうございました、長官。帰りましょう」
「ああ、そうだな」
普段どおり車に乗りハルカを助手席に乗せ、自宅へと戻った。ハルカの作ったホットミルクを二人で楽しんでいると、彼女は不思議なことを口走った。
「そういえば、長官。さっきジャックフロストに、おねーさんはおにーさんとどんな関係なのって聞かれたんですよ」
上司と部下。越水の頭に真っ先に浮かんだ言葉だった。越水はホットミルクを一口啜った。心地よい甘味が舌を包んだ。
「君は何と答えたのだ?」
「上司と部下だと答えたんですよ。ジャックフロストはよくわからなかったみたいで、すごく不思議そうな顔で見られましたけど」
「そうか。ジャックフロストの世界にはそのような明確な上下関係がないのかもしれぬな」
「そうですね」
ハルカは一瞬俯くと、ゆったりと顔を上げた。その頬はほんのりと赤らみ、妙な色気があった。
「あの、長官」
「何だ?」
「ジャックフロストに言われたんですよ。おねーさんとおにーさんはすっごく仲のいい友達だと思ってた、って……」
「友達」
越水は思わず呟いた。ハルカとの関係を表すにおいて、最も遠い言葉だと言って差し支えないだろう。越水は小さく息をついた。ジャックフロストは悪魔の中では感性が幼い、故にそのような表現になったのだろうか。
「ええ、友達だって……長官……いえ、越水さん」
ハルカは両手でマグカップを撫でながら口を開いた。その目は真っ直ぐ越水を見つめている。
「私たち、どんな関係なんでしょう?」
「それはどのような意味だ?」
反射的に尋ねると、いえ、と言いながらハルカはもじもじと指を動かした。
「私は越水さんの秘書兼メイドです。それは間違いありません。だから上司と部下なのも間違いありません。ですが、こうしてたまに二人で私的なお出かけ……デートもしているわけで……友達ではないんでしょうけど……私たち、どんな関係なんでしょうか」
首を傾げるハルカは珍しく懇願するような目で越水を見つめていた。何らかの答えを期待している視線だった。越水はそっと言葉を紡いだ。
「……上司と部下だろう。それ以外に何かあるのか」
ハルカは数秒きょとんとしていたが、やがてくすくすと笑った。よほどおかしかったのか、目にはうっすらと涙を浮かべている。
「ふふ、そうですね。ごめんなさい、変なことを聞きました。長官、マグカップ洗っておきますね」
互いのマグカップが空になったのを見計らい、ハルカは席を立った。二つのマグカップを洗う水音が聞こえる。越水はその音を聞きながら、物思いに耽った。どうやら自分が返した答えは適切ではなかったかもしれない、と。
越水はハルカと時折二人で出かけることにしていた。越水がベテルの運営や国会対応で疲れ果て頭を悩ませることすらできなくなった頃、自然と体がハルカとのお出かけを求めるようになった。彼女はいつもニコニコと笑って受け入れてくれ、二人でのんびりと食事をしたり散歩をしたりと、ハルカのいう「デート」をして過ごしていた。
今日も普段どおりデートを楽しみ都会の喧騒に紛れ帰路に着いていたところ、道端に雪だるまが倒れていた。ハルカがあ、と声を上げた。
「越水さん、あれ」
「ジャックフロストのようだな」
東京には魔界と繋がる浄増寺が近くにある、そこから時折悪魔が迷い込んでくることがある。青い帽子を被った雪だるまといえば妖精ジャックフロストしかいない。駆け寄ろうとするハルカの腕を掴んだ。
「待て。罠かもしれない。迂闊に近寄るのは危険だ。関わらない方がいい」
「え、でも……もし迷い込んで倒れてるのだとしたら、かわいそうですよ」
ハルカは越水をじっと見つめた後、ジャックフロストに目線を送った。その眼差しには慈悲と同情が入り混じっているといったところ、越水はため息をついた。
「……もしも私が君の手を引いてここから離れたら?」
「そのときは手を振り払ってあの子のところに行きます」
ハルカの躊躇いのない返答にますます深いため息が出た。実際、必要に応じてベテルでも迷い込んだ悪魔の保護を行っている。そうしてベテルに与するようになった者もおり、どちらかといえば友好的な悪魔の代表格であるジャックフロストなら危険性も少ないだろう。比較的低位の悪魔でもある、万が一があっても越水一人で対応も可能だ。彼女の思惑を無視する理由はどこにもなかった。
越水はそっとハルカの手を握った。驚いたハルカが顔を上げる。彼は極めて冷静に告げた。
「この手は離さない。万が一があってもすぐ君を庇える。このままジャックフロストの元へ向かうとしよう」
「わかりました」
前のめりなハルカに手を引かれ、越水は歩く。おもちゃ売り場で父親を急かす娘のような足取りでハルカはジャックフロストの元へ歩き、屈んで倒れている雪だるまを眺めた。仰向けに倒れたジャックフロストは目を回しているようで、ヒホヒホと小さな声が聞こえた。
「大丈夫ですか」
ハルカが声をかけると、ジャックフロストはばちりと目を開けた。楕円形の黒い瞳と目が合う。越水はハルカの手を強く握りしめた。可愛らしいように見えても彼は一端の悪魔、ハルカを瞬時に氷漬けにすることも可能だ。身構える越水とは裏腹に、ハルカとジャックフロストはぱちぱちと平和な瞬きをしていた。
「ヒホ?キミ、ニンゲンヒホ」
「そうですよ。悪魔が見える人間です」
「ヒホ〜……」
ジャックフロストは半身を起こしお行儀よく座ると、無邪気な顔でハルカと越水を見遣った。口元に手を当て、ヒホ?と首を傾げる。
「オイラ、ニンゲンに声かけられたの初めてヒホ」
「あら、そうなんですか?じゃあここに来てから結構時間経ってます?」
「そうかもヒホ。オイラ、なんかピカーっと光ってる門みたいなところを通ったらここにいたヒホ。今まで疲れてボケ〜っとしてたヒホ」
「お疲れなんですね」
「ヒホ」
二人のぽけぽけとした会話からジャックフロストが迷い込んできたことはわかった。それに伴い衰弱していることも。ハルカは越水に視線を移した。
「弱っちゃったみたいですね。この子、ベテルで保護できませんか」
「本人の意思確認が必要だろう」
「わかりました」
ジャックフロストに敵意がないだろうことはわかった。あともう一押しだ。ハルカは親しみやすい笑みを浮かべ、ジャックフロストに話しかけた。
「ねえジャックフロストさん、私たち、弱った悪魔の保護もしてるんです。あなたがよければ私たちと一緒に来ませんか」
「ヒホ〜?」
ジャックフロストは再度首を傾げた。そして尋ねる。
「おねーさんと一緒ヒホ?」
「一緒ですよ」
「じゃあ行くヒホ!」
途端に元気いっぱいに立ち上がり片手を上げるジャックフロストに、ハルカは嬉しそうに笑った。越水もふぅと一息つき、ハルカと笑みを交わした。万が一を考えていたが杞憂に終わり安堵が広がる。ハルカはジャックフロストとも手を繋ぎ、三人で歩き始めた。三人横一列に並び手を繋ぐ姿は、子供とともに散歩をする家族のように見えた。
ジャックフロストをベテルの研究室に預けた越水は、ハルカとともに自宅に戻りホットミルクを口にしていた。彼女も対面に座り、ほっとした顔を見せていた。
「まさかあんなところにジャックフロストが倒れているなんて思いませんでした。びっくりしましたね」
「ああ、行き倒れの悪魔を見たのは久しぶりだ。最近はそのようなことも減っていたのだが。人的被害もなく保護できたようで安心した」
ベテルに保護されたジャックフロストは研究員にひょいと抱かれ、ヒホヒホ言いながら研究室に連れていかれた。今頃は氷結の秘石でも与えられキンキンに冷やされ元気を取り戻していることだろう。想像しただけで背筋が寒くなり、越水はかすかに身震いした。
「あ、長官。ちょっとムッとしてますね」
ハルカが身を乗り出し、よく理解できないことをにこやかに言った。……ムッとしている?身震いしたことを指しているのだろうか?
「何のことだ」
「少し不機嫌そうに見えます。私とのデートタイムを邪魔されて、ちょっとムスッとしちゃってます?」
「……?そんなことはないはずだが」
言いながら口にしたホットミルクの表面には薄い膜が張っていた。口の中に膜の感触が残り舌触りが悪い。越水はスプーンでホットミルクの表面を撫で、再度口にした。滑らかでまろやかな口当たりに変貌する。
「あら、そうなんですか。ならいいんですけど」
ハルカは少しつまらなさそうな顔をし、ホットミルクに砂糖を追加しかき混ぜていた。カラカラとスプーンが器に触れる音が響く。
「ところで長官。あのジャックフロスト、何だか気になってしまって……たまに様子を見に行ってもいいですか?」
「ああ、無論構わぬ」
「ありがとうございます。可愛いですよね、ジャックフロスト。もちもちふわふわしてて。雪見大福みたい」
そう言って視線を斜め上に向ける彼女は、あの青い帽子を被った雪だるまを思い浮かべているようだった。親戚の子供を思慕するような目つきだったが、越水は唇をきゅっと固く結んだ。彼女が自分以外の誰かに思考を巡らせる様子を見るのは初めてだった。
「そうだな。……一般的には可愛らしいのだろうな」
越水はそう相槌を打つので精一杯だった。
それからというもの、ハルカは折を見てジャックフロストに会いたいと言うようになった。いくら友好的とはいえ悪魔は悪魔、無論彼女一人で会いになど行かせない。越水は必ず彼女についていった。今日もジャックフロストの様子を見たいとのことで、仕事が終わり夜も更けた頃研究室に向かった。
「ヒホ〜!おねーさんとおにーさん!」
越水とハルカを認めるなりジャックフロストは片手を上げ、ぴょこんと飛び跳ねた。もっちりとした体が揺れ、さらさらと冷たい空気が漂った。彼が雪の精であることを思い出させる。ジャックフロストは越水とハルカを「いつも様子を気にかけてくれるおにーさんとおねーさん」と認識しているらしく、明るく反応してくれる。ハルカもにっこりと笑い、
「こんばんは、ジャックフロスト。今日はどんな感じでしたか?」
彼と目線を合わせるように屈んで話しかける。悪魔と人間というよりは、近所の子供とお姉さんといった空気が流れている。
「ヒホホ、他のアクマのみんなとお話したヒホ!楽しかったヒホ〜!」
「そうですか、よかったですね」
二人仲良く話しているのを、越水は少し離れ腕を組んで眺めている。これもいつもの図式になりつつある。ハルカと手を繋ぐほどの危険性は感じなくなかったが、少し手持ち無沙汰な気がする。
楽しそうにジャックフロストと言葉を交わすハルカを眺めること数分。話が終わったようだ。「またね」とハルカが手を振り、越水の元へ戻ってくる。
「ありがとうございました、長官。帰りましょう」
「ああ、そうだな」
普段どおり車に乗りハルカを助手席に乗せ、自宅へと戻った。ハルカの作ったホットミルクを二人で楽しんでいると、彼女は不思議なことを口走った。
「そういえば、長官。さっきジャックフロストに、おねーさんはおにーさんとどんな関係なのって聞かれたんですよ」
上司と部下。越水の頭に真っ先に浮かんだ言葉だった。越水はホットミルクを一口啜った。心地よい甘味が舌を包んだ。
「君は何と答えたのだ?」
「上司と部下だと答えたんですよ。ジャックフロストはよくわからなかったみたいで、すごく不思議そうな顔で見られましたけど」
「そうか。ジャックフロストの世界にはそのような明確な上下関係がないのかもしれぬな」
「そうですね」
ハルカは一瞬俯くと、ゆったりと顔を上げた。その頬はほんのりと赤らみ、妙な色気があった。
「あの、長官」
「何だ?」
「ジャックフロストに言われたんですよ。おねーさんとおにーさんはすっごく仲のいい友達だと思ってた、って……」
「友達」
越水は思わず呟いた。ハルカとの関係を表すにおいて、最も遠い言葉だと言って差し支えないだろう。越水は小さく息をついた。ジャックフロストは悪魔の中では感性が幼い、故にそのような表現になったのだろうか。
「ええ、友達だって……長官……いえ、越水さん」
ハルカは両手でマグカップを撫でながら口を開いた。その目は真っ直ぐ越水を見つめている。
「私たち、どんな関係なんでしょう?」
「それはどのような意味だ?」
反射的に尋ねると、いえ、と言いながらハルカはもじもじと指を動かした。
「私は越水さんの秘書兼メイドです。それは間違いありません。だから上司と部下なのも間違いありません。ですが、こうしてたまに二人で私的なお出かけ……デートもしているわけで……友達ではないんでしょうけど……私たち、どんな関係なんでしょうか」
首を傾げるハルカは珍しく懇願するような目で越水を見つめていた。何らかの答えを期待している視線だった。越水はそっと言葉を紡いだ。
「……上司と部下だろう。それ以外に何かあるのか」
ハルカは数秒きょとんとしていたが、やがてくすくすと笑った。よほどおかしかったのか、目にはうっすらと涙を浮かべている。
「ふふ、そうですね。ごめんなさい、変なことを聞きました。長官、マグカップ洗っておきますね」
互いのマグカップが空になったのを見計らい、ハルカは席を立った。二つのマグカップを洗う水音が聞こえる。越水はその音を聞きながら、物思いに耽った。どうやら自分が返した答えは適切ではなかったかもしれない、と。