白騎士物語
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#5 白騎士様を助けたい
アオガミ甲型は百合川ヒイラギとの訓練を繰り返し行うことで、未だかつて経験のなかった「合一」という現象に馴染むようになってきた。そして彼は思い知る。「合一」とは、知恵たる人間の持つ知識や思考すら共有するものなのだと。
アオガミ甲型はかの大戦で戦う戦闘兵器として生まれたが故、この世界の理を深く知らなかった。しかし百合川ヒイラギとの合一を経て、知恵たる彼の持つ知識が肉体に過ぎなかったアオガミ甲型にも流れ込んできた。
合一。かりそめの東京。創世。王座。
知らなかったこの世の理を深く知るにつれ、アオガミ甲型は月森ミコトと合一できないことをより憂うようになった。彼女と合一できたなら、創世の王座に二人で一人として立ち、二人が望む世界を創り出すことができるのに。
どうにもならぬ理不尽に歯噛みしながらも、アオガミ甲型はそのような考えをおくびにも外には出さなかった。アオガミ甲型が百合川ヒイラギから知識を得たように合一した百合川ヒイラギには筒抜けかもしれないが、少なくともアオガミ甲型が積極的に口外することはなかった。
そうして何度目かの戦闘訓練を終えた日、アオガミ甲型と百合川ヒイラギは完全な合一を果たしたと本能的に理解した。それは百合川ヒイラギも同じだったようで、合一を解いた二人は自然と顔を見合わせこくりと頷いた。ついに平和を乱す元凶、ティアマトの討伐に動き出すときが来たようだ。
「アオガミさん!百合川くん!」
無機質なベテル日本支部訓練室に明るい少女の声が響いた。月森ミコトが手を振り、二人のもとへ駆け寄った。
「月森さん」
ヒイラギが彼女を呼ぶのを見ながら、そういえば自分は彼女のことをなんと呼んでいただろう、とアオガミ甲型は他人事のように考えていた。呼び名などどうでもいいはずなのに、何故か気になってしまった。
「越水さんから聞いたよ。そろそろ二人が魔界に行っちゃうって……すごく心配なの」
ミコトは目を伏せ、眉根を寄せた。その表情は見ている者にも不安を伝播させるもので、ヒイラギは厳しい表情で拳を握り締めていた。
「僕たちは明日にでも……ううん、今からでも魔界に行かなきゃいけないんだ」
ヒイラギの言葉にミコトは俯いた。アオガミ甲型はそっと彼女のもとに立つと、人目も気にせずミコトを抱きしめた。百合川ヒイラギがいるなどということは些事に過ぎなかった。ミコトが腕の中で慌てる気配を感じたが、力を緩める気にはなれなかった。
「あ、アオガミさん!」
厚い胸板に顔を埋めつつも上目で見つめてくるミコトは顔が真っ赤だった。アオガミはそれを「病」だとは捉えなかった。いや、ある意味では「病」なのだが、異常なことだとは判断しなかった。背中に刺さるヒイラギの視線をものともせず、アオガミは強くミコトを抱きしめる。
「私は必ず帰還する」
アオガミの言葉は無機質な訓練室に響き渡り、ミコトとヒイラギの鼓膜を揺らした。
アオガミと百合川ヒイラギが魔界に旅立つのを見届けた月森ミコトは、ベテル日本支部に保護され二人の帰還を待つ身となった。その間、越水ハヤオより東京の成り立ちや創世の王座等、一般人は知り得ぬ世界の理について説明を受けた。魔界で悪魔を見たことがあるに過ぎない女子高生のミコトにとっては、雲の上の話に聞こえた。しかしこの東京とは別に魔界があり、悪魔を実際に見てきたミコトはどことなく納得もしていた。日々を暮らしていた東京が悪魔と隣り合わせの危険な場所だった、そう聞かされ背筋が凍る思いだった。
縄印学園は悪魔の襲撃により休校中、学生寮も危険ということで、ミコトはベテル日本支部の医務室で日々を過ごしていた。本を読んだり研究員と話をしたりしながらアオガミの帰還を待つ。こうしてただ待つことしかできないのが歯痒かった。自分も戦う力があればと思い悪魔召喚プログラムを使わせてほしいと名乗り出たが、
「アオガミ甲型と百合川ヒイラギは君の無事を何よりも願っている。君が戦うことは二人の本意ではない」
と越水に言われ、触れさせてももらえなかった。研究員にかけあってもみたが皆同様に断るばかりだった。
「磯野上さんや尋峯さんみたいに、私も戦えたらな……」
医務室のベッドに寝転がり、ミコトは独りごちた。敦田ユヅルと太宰イチロウは悪魔召喚プログラムを用い、磯野上タオと尋峯ヨーコは自ら霊力を操り戦っている。どうして自分一人だけ「一般人」の枠をはみ出ることができないのだろう。枕を涙で濡らしても現実が変わらず、ミコトはただ歯噛みしていた。
夢を見ている。月森ミコトはそう認識した。
白いふわふわとした空間にミコトは立っていた。どことも知れぬ場所、周囲を見回しても誰もいない。何だろう、不思議な夢だ。そう思っていると、
「月森ミコトですね」
穏やかな女性の声が降り注いだ。頭上というよりは天上から話しかけられたような声の響き方に、ミコトは思わず天を仰いだ。頭上にもやのかかった人影が見え、ミコトはぎょっとしてしまった。いくら夢とはいえ、通常いないだろうところに人影が見えると驚いてしまう。
「私が見えますか?月森ミコトよ」
「誰……ですか?」
何だか宗教画を見ているようだな、とミコトは思った。天使が空から啓示を伝えるような、そんな状況だ。声は明瞭に聞こえるが姿がよく見えないあたりにも神聖なものの気配を感じる。
「あなたに伝えたい……のです……」
何者かの声にノイズが走った。不明瞭ながら輪郭が見えていた人影も、モザイクがかかったように荒く不鮮明なものになる。夢から覚めようとしているのだろうか。
「夢の中で……伝えられない……月森ミコト……」
ろくに聞き取れない声を最後に人影は消え、ミコトは目を覚ました。目を開くと白い医務室の天井が視界に飛び込んでくる。身を起こすと、清潔な白で塗りつぶされた医務室が出迎える。先ほどの夢も白かったな、と他人事のように思い出した。
「何だったんだろう……?」
ミコトは頭を押さえた。夢の中で聞いた声が妙にこびり付いて離れない。人ならざるものが何かを伝えようとしていると本能的に理解した。
「……もしかしたら悪魔かも」
悪魔の存在を知ってしまったミコトには、真っ先に思い浮かぶ選択肢だった。ミコトはベテル日本支部内の資料室に向かった。
資料室にはベテル日本支部の叡智が詰まった端末が置かれている。研究員ではないミコトは一般的な部分しか見ることができないが、悪魔の検索等はできる。ミコトは端末の置いてあるデスクに座り、悪魔一覧を眺めていた。
悪魔には様々な者がいる。いわゆる「悪魔」としてイメージしやすいダイモーンといったものから、一般的には「神」に分類されるゼウスといったものまで本当に様々だ。夢の中で見たのは人影――つまり人型の悪魔。検索条件を絞り見てみるが、人型の悪魔だけでも大量にいた。さすがに「人影」でどの悪魔か判別することは難しそうだ。
「……ふう」
端末をじっと見ていると目が疲れる。ミコトは大きく伸びをし深く息を吐いた。医務室に戻るかと立ち上がると、
「あなたが月森ミコトですね?」
背後から声が聞こえた。夢の中で聞いた穏やかな女性の声。警戒しながらもミコトは振り返った。
真っ白な女性がいた。顔も手も衣服も白く、背後には鳥や獣の彫像があり彼女自身と同一化している。広げた両腕は何かを抱きしめるような優しい雰囲気を醸し出し、瞳を閉じているもののミコトを見据えていることがはっきりとわかった。
「悪魔……!」
ミコトは無意識に口にしていた。神々しい外見の女性ながら、纏っている空気は明らかに人間のものではない。戦う力を持たないミコトには警戒することしかできない。ミコトは身構えつつ女性を睨んだ。
「そのように身構える必要はありません、月森ミコト。私の知恵を持つ人間よ」
「知恵……?」
その単語には聞き覚えがあった。特定の人間が持つ悪魔の「知恵」。ミコト自身も何かしらの知恵を持つようだと越水には言われていた。まさかその片割れが現れたということか。
「私は女神マリア。あなたに接触するため至高天より参りました」
「女神……マリア?マリアってあの、キリストの生みの親の……」
「ええ、そうです」
女性――マリアの声が薄暗い資料室に響いた。先ほど見た悪魔たちの中で名前だけ確認した。自分がこの荘厳な悪魔の知恵を持つ?半信半疑ではあったが、ミコト自身目の前の悪魔にどこか惹かれるものを感じていた。初対面のはずなのに、懐かしいような感覚を覚えている。
「あなたの夢の中にも行かせてもらいましたが、やはり直接お話する方が早いようですね。ようやくあなたに会えました、月森ミコト」
「どうして私に会いに来たの?」
「あなたと合一するためです」
やはりそうか。ミコトは拳を握った。
ナホビノ――知恵と肉体が合一した存在。ナホビノになることは原始の姿を取り戻すことであり、強大な力を得る。ひいては創世の王座にて新たな理を創り出す権利までも得る。ラフムをはじめナホビノになりたがる悪魔は多数いる、用心することだ、と越水から聞かされている。マリアからは強い欲望や野心を感じないがやはり悪魔、合一し創世の争いに参加したいということか。ミコトは鋭くマリアを睨みつけた。
「私と合一してどうするの?」
「あなたの望みを叶えたいのです」
「私の望み?」
マリアの答えは完全に予想外のもので拍子抜けした。マリアは穏やかな口調で続ける。
「あなたは思い人の役に立ちたいと考えています。私と合一しナホビノになればあなたの望む力が得られる。創世の王座に就くこともできるのですよ」
「ナホビノになれば力を得る、じゃああなたと合一すれば私も戦えるの?」
「ええ、もちろん」
蠱惑的な提案だった。ベテル日本支部でただ守られ、彼の帰りを待つことしかできない身の上が歯痒かった。戦えるようになれば彼の隣に立てる。ミコトは胸元でぎゅっと拳を握った。
「マリア」
「なんでしょう?」
「合一して。今すぐ」
ミコトの瞳に迷いはなかった。
アオガミ甲型は百合川ヒイラギと合一し、消えつつある東京を救うべく至高天への道を開く鍵を求めていた。東京とそこにある人々はアオガミ甲型が足踏みをしている間にも消えていく、守るべき月森ミコトもまごついている間に失われてしまうかもしれない。それだけは何としても避けねば――百合川ヒイラギとも合致した尊い願いだった。
至高天に続く神殿の鍵は、ベテル各支部の長が持つという。無論、彼らを倒さねば手に入らぬもの。ヒイラギは青い髪を揺らしながら魔界を駆けた。一刻も早く創世に向かわねば。その身に宿る義務感が二人を目的へと走らせる。
「……百合川ヒイラギ。異質な座標を確認した」
ダアト、ウエノ。その中に唐突に現れたエネルギー源に、アオガミ甲型は思わず呟いた。ヒイラギが足を止める。
「異質な座標?鍵を持ってる奴らじゃなくて?」
「そうではない。だが、合一した私達と同程度の力を持っているようだ。油断はできないと判断」
「わかった。そっちに行ってみよう。何かあるかもしれない」
青い髪を靡かせ、ヒイラギはアオガミ甲型が指定した座標へ急ぐ。アオガミ甲型はこの座標からどこか懐かしい匂いを感じていた。ヒイラギには言わないが、こう判断していた。月森ミコトではないだろうか、と。
マリアを伴いミコトはこっそりとベテル日本支部内を移動していた。魔界に行くにはターミナルから移動しなくてはならない。合一して移動してもよいのだが、
「私の気配はきっと異質です。合一せずに移動した方がよいかと」
というマリアの意見を採用し、研究員や越水の目をかいくぐっている。こそこそと静かに歩くこと数分、ターミナルのある小部屋に辿り着いた。青白く輝くターミナルは不気味だが神秘的で、アオガミと魔界から戻ってきたときのことを思い出した。あのときから大して時間は経っていないはずなのだが、大きく事態が動いている。ミコトがターミナルに手を伸ばしたとき、
「どこへ行く。月森ミコト」
越水の鋭い声が響き、ミコトはびくりと身を竦めた。カツカツと冷徹な足音が響き、越水の刺すような視線が纏わりつく。
「こ、越水さん……あ、えと、お散歩に」
「散歩?魔界に?……ベテルを出るなと言ったはずだ。君は戦う力を持たない、悪魔に屠られたいのか」
目を細めた越水の視線は射抜くような容赦のないもので、ミコトは目を逸らしたくなった。しかし彼の目をまっすぐ見つめ、ミコトは告げた。
「越水さん、私、ナホビノになったんです」
そしてマリアを召喚し、速やかに合一する。マリアの有していた神聖な女神の力がミコトの身に宿り、瞳が金色に輝いた。セーラー服のスカートがふわりとなびく。合一したミコトの姿に越水は唖然としていた。
「ナホビノ……!馬鹿な、君も知恵を有しているとは思っていたが、いつの間に悪魔と……!?」
「越水さん、私はあなたと戦いたくありません。アオガミさんを助けたいんです」
「……」
越水は眉間に皺を寄せ、ミコトを静かに睨んでいた。ミコトはしばし睨み合っていたが、隙をつきターミナルに触れた。越水が手を伸ばした頃にはミコトの体は魔界に転送され、後には歯噛みする越水のみが残された。
アオガミ甲型は百合川ヒイラギとの訓練を繰り返し行うことで、未だかつて経験のなかった「合一」という現象に馴染むようになってきた。そして彼は思い知る。「合一」とは、知恵たる人間の持つ知識や思考すら共有するものなのだと。
アオガミ甲型はかの大戦で戦う戦闘兵器として生まれたが故、この世界の理を深く知らなかった。しかし百合川ヒイラギとの合一を経て、知恵たる彼の持つ知識が肉体に過ぎなかったアオガミ甲型にも流れ込んできた。
合一。かりそめの東京。創世。王座。
知らなかったこの世の理を深く知るにつれ、アオガミ甲型は月森ミコトと合一できないことをより憂うようになった。彼女と合一できたなら、創世の王座に二人で一人として立ち、二人が望む世界を創り出すことができるのに。
どうにもならぬ理不尽に歯噛みしながらも、アオガミ甲型はそのような考えをおくびにも外には出さなかった。アオガミ甲型が百合川ヒイラギから知識を得たように合一した百合川ヒイラギには筒抜けかもしれないが、少なくともアオガミ甲型が積極的に口外することはなかった。
そうして何度目かの戦闘訓練を終えた日、アオガミ甲型と百合川ヒイラギは完全な合一を果たしたと本能的に理解した。それは百合川ヒイラギも同じだったようで、合一を解いた二人は自然と顔を見合わせこくりと頷いた。ついに平和を乱す元凶、ティアマトの討伐に動き出すときが来たようだ。
「アオガミさん!百合川くん!」
無機質なベテル日本支部訓練室に明るい少女の声が響いた。月森ミコトが手を振り、二人のもとへ駆け寄った。
「月森さん」
ヒイラギが彼女を呼ぶのを見ながら、そういえば自分は彼女のことをなんと呼んでいただろう、とアオガミ甲型は他人事のように考えていた。呼び名などどうでもいいはずなのに、何故か気になってしまった。
「越水さんから聞いたよ。そろそろ二人が魔界に行っちゃうって……すごく心配なの」
ミコトは目を伏せ、眉根を寄せた。その表情は見ている者にも不安を伝播させるもので、ヒイラギは厳しい表情で拳を握り締めていた。
「僕たちは明日にでも……ううん、今からでも魔界に行かなきゃいけないんだ」
ヒイラギの言葉にミコトは俯いた。アオガミ甲型はそっと彼女のもとに立つと、人目も気にせずミコトを抱きしめた。百合川ヒイラギがいるなどということは些事に過ぎなかった。ミコトが腕の中で慌てる気配を感じたが、力を緩める気にはなれなかった。
「あ、アオガミさん!」
厚い胸板に顔を埋めつつも上目で見つめてくるミコトは顔が真っ赤だった。アオガミはそれを「病」だとは捉えなかった。いや、ある意味では「病」なのだが、異常なことだとは判断しなかった。背中に刺さるヒイラギの視線をものともせず、アオガミは強くミコトを抱きしめる。
「私は必ず帰還する」
アオガミの言葉は無機質な訓練室に響き渡り、ミコトとヒイラギの鼓膜を揺らした。
アオガミと百合川ヒイラギが魔界に旅立つのを見届けた月森ミコトは、ベテル日本支部に保護され二人の帰還を待つ身となった。その間、越水ハヤオより東京の成り立ちや創世の王座等、一般人は知り得ぬ世界の理について説明を受けた。魔界で悪魔を見たことがあるに過ぎない女子高生のミコトにとっては、雲の上の話に聞こえた。しかしこの東京とは別に魔界があり、悪魔を実際に見てきたミコトはどことなく納得もしていた。日々を暮らしていた東京が悪魔と隣り合わせの危険な場所だった、そう聞かされ背筋が凍る思いだった。
縄印学園は悪魔の襲撃により休校中、学生寮も危険ということで、ミコトはベテル日本支部の医務室で日々を過ごしていた。本を読んだり研究員と話をしたりしながらアオガミの帰還を待つ。こうしてただ待つことしかできないのが歯痒かった。自分も戦う力があればと思い悪魔召喚プログラムを使わせてほしいと名乗り出たが、
「アオガミ甲型と百合川ヒイラギは君の無事を何よりも願っている。君が戦うことは二人の本意ではない」
と越水に言われ、触れさせてももらえなかった。研究員にかけあってもみたが皆同様に断るばかりだった。
「磯野上さんや尋峯さんみたいに、私も戦えたらな……」
医務室のベッドに寝転がり、ミコトは独りごちた。敦田ユヅルと太宰イチロウは悪魔召喚プログラムを用い、磯野上タオと尋峯ヨーコは自ら霊力を操り戦っている。どうして自分一人だけ「一般人」の枠をはみ出ることができないのだろう。枕を涙で濡らしても現実が変わらず、ミコトはただ歯噛みしていた。
夢を見ている。月森ミコトはそう認識した。
白いふわふわとした空間にミコトは立っていた。どことも知れぬ場所、周囲を見回しても誰もいない。何だろう、不思議な夢だ。そう思っていると、
「月森ミコトですね」
穏やかな女性の声が降り注いだ。頭上というよりは天上から話しかけられたような声の響き方に、ミコトは思わず天を仰いだ。頭上にもやのかかった人影が見え、ミコトはぎょっとしてしまった。いくら夢とはいえ、通常いないだろうところに人影が見えると驚いてしまう。
「私が見えますか?月森ミコトよ」
「誰……ですか?」
何だか宗教画を見ているようだな、とミコトは思った。天使が空から啓示を伝えるような、そんな状況だ。声は明瞭に聞こえるが姿がよく見えないあたりにも神聖なものの気配を感じる。
「あなたに伝えたい……のです……」
何者かの声にノイズが走った。不明瞭ながら輪郭が見えていた人影も、モザイクがかかったように荒く不鮮明なものになる。夢から覚めようとしているのだろうか。
「夢の中で……伝えられない……月森ミコト……」
ろくに聞き取れない声を最後に人影は消え、ミコトは目を覚ました。目を開くと白い医務室の天井が視界に飛び込んでくる。身を起こすと、清潔な白で塗りつぶされた医務室が出迎える。先ほどの夢も白かったな、と他人事のように思い出した。
「何だったんだろう……?」
ミコトは頭を押さえた。夢の中で聞いた声が妙にこびり付いて離れない。人ならざるものが何かを伝えようとしていると本能的に理解した。
「……もしかしたら悪魔かも」
悪魔の存在を知ってしまったミコトには、真っ先に思い浮かぶ選択肢だった。ミコトはベテル日本支部内の資料室に向かった。
資料室にはベテル日本支部の叡智が詰まった端末が置かれている。研究員ではないミコトは一般的な部分しか見ることができないが、悪魔の検索等はできる。ミコトは端末の置いてあるデスクに座り、悪魔一覧を眺めていた。
悪魔には様々な者がいる。いわゆる「悪魔」としてイメージしやすいダイモーンといったものから、一般的には「神」に分類されるゼウスといったものまで本当に様々だ。夢の中で見たのは人影――つまり人型の悪魔。検索条件を絞り見てみるが、人型の悪魔だけでも大量にいた。さすがに「人影」でどの悪魔か判別することは難しそうだ。
「……ふう」
端末をじっと見ていると目が疲れる。ミコトは大きく伸びをし深く息を吐いた。医務室に戻るかと立ち上がると、
「あなたが月森ミコトですね?」
背後から声が聞こえた。夢の中で聞いた穏やかな女性の声。警戒しながらもミコトは振り返った。
真っ白な女性がいた。顔も手も衣服も白く、背後には鳥や獣の彫像があり彼女自身と同一化している。広げた両腕は何かを抱きしめるような優しい雰囲気を醸し出し、瞳を閉じているもののミコトを見据えていることがはっきりとわかった。
「悪魔……!」
ミコトは無意識に口にしていた。神々しい外見の女性ながら、纏っている空気は明らかに人間のものではない。戦う力を持たないミコトには警戒することしかできない。ミコトは身構えつつ女性を睨んだ。
「そのように身構える必要はありません、月森ミコト。私の知恵を持つ人間よ」
「知恵……?」
その単語には聞き覚えがあった。特定の人間が持つ悪魔の「知恵」。ミコト自身も何かしらの知恵を持つようだと越水には言われていた。まさかその片割れが現れたということか。
「私は女神マリア。あなたに接触するため至高天より参りました」
「女神……マリア?マリアってあの、キリストの生みの親の……」
「ええ、そうです」
女性――マリアの声が薄暗い資料室に響いた。先ほど見た悪魔たちの中で名前だけ確認した。自分がこの荘厳な悪魔の知恵を持つ?半信半疑ではあったが、ミコト自身目の前の悪魔にどこか惹かれるものを感じていた。初対面のはずなのに、懐かしいような感覚を覚えている。
「あなたの夢の中にも行かせてもらいましたが、やはり直接お話する方が早いようですね。ようやくあなたに会えました、月森ミコト」
「どうして私に会いに来たの?」
「あなたと合一するためです」
やはりそうか。ミコトは拳を握った。
ナホビノ――知恵と肉体が合一した存在。ナホビノになることは原始の姿を取り戻すことであり、強大な力を得る。ひいては創世の王座にて新たな理を創り出す権利までも得る。ラフムをはじめナホビノになりたがる悪魔は多数いる、用心することだ、と越水から聞かされている。マリアからは強い欲望や野心を感じないがやはり悪魔、合一し創世の争いに参加したいということか。ミコトは鋭くマリアを睨みつけた。
「私と合一してどうするの?」
「あなたの望みを叶えたいのです」
「私の望み?」
マリアの答えは完全に予想外のもので拍子抜けした。マリアは穏やかな口調で続ける。
「あなたは思い人の役に立ちたいと考えています。私と合一しナホビノになればあなたの望む力が得られる。創世の王座に就くこともできるのですよ」
「ナホビノになれば力を得る、じゃああなたと合一すれば私も戦えるの?」
「ええ、もちろん」
蠱惑的な提案だった。ベテル日本支部でただ守られ、彼の帰りを待つことしかできない身の上が歯痒かった。戦えるようになれば彼の隣に立てる。ミコトは胸元でぎゅっと拳を握った。
「マリア」
「なんでしょう?」
「合一して。今すぐ」
ミコトの瞳に迷いはなかった。
アオガミ甲型は百合川ヒイラギと合一し、消えつつある東京を救うべく至高天への道を開く鍵を求めていた。東京とそこにある人々はアオガミ甲型が足踏みをしている間にも消えていく、守るべき月森ミコトもまごついている間に失われてしまうかもしれない。それだけは何としても避けねば――百合川ヒイラギとも合致した尊い願いだった。
至高天に続く神殿の鍵は、ベテル各支部の長が持つという。無論、彼らを倒さねば手に入らぬもの。ヒイラギは青い髪を揺らしながら魔界を駆けた。一刻も早く創世に向かわねば。その身に宿る義務感が二人を目的へと走らせる。
「……百合川ヒイラギ。異質な座標を確認した」
ダアト、ウエノ。その中に唐突に現れたエネルギー源に、アオガミ甲型は思わず呟いた。ヒイラギが足を止める。
「異質な座標?鍵を持ってる奴らじゃなくて?」
「そうではない。だが、合一した私達と同程度の力を持っているようだ。油断はできないと判断」
「わかった。そっちに行ってみよう。何かあるかもしれない」
青い髪を靡かせ、ヒイラギはアオガミ甲型が指定した座標へ急ぐ。アオガミ甲型はこの座標からどこか懐かしい匂いを感じていた。ヒイラギには言わないが、こう判断していた。月森ミコトではないだろうか、と。
マリアを伴いミコトはこっそりとベテル日本支部内を移動していた。魔界に行くにはターミナルから移動しなくてはならない。合一して移動してもよいのだが、
「私の気配はきっと異質です。合一せずに移動した方がよいかと」
というマリアの意見を採用し、研究員や越水の目をかいくぐっている。こそこそと静かに歩くこと数分、ターミナルのある小部屋に辿り着いた。青白く輝くターミナルは不気味だが神秘的で、アオガミと魔界から戻ってきたときのことを思い出した。あのときから大して時間は経っていないはずなのだが、大きく事態が動いている。ミコトがターミナルに手を伸ばしたとき、
「どこへ行く。月森ミコト」
越水の鋭い声が響き、ミコトはびくりと身を竦めた。カツカツと冷徹な足音が響き、越水の刺すような視線が纏わりつく。
「こ、越水さん……あ、えと、お散歩に」
「散歩?魔界に?……ベテルを出るなと言ったはずだ。君は戦う力を持たない、悪魔に屠られたいのか」
目を細めた越水の視線は射抜くような容赦のないもので、ミコトは目を逸らしたくなった。しかし彼の目をまっすぐ見つめ、ミコトは告げた。
「越水さん、私、ナホビノになったんです」
そしてマリアを召喚し、速やかに合一する。マリアの有していた神聖な女神の力がミコトの身に宿り、瞳が金色に輝いた。セーラー服のスカートがふわりとなびく。合一したミコトの姿に越水は唖然としていた。
「ナホビノ……!馬鹿な、君も知恵を有しているとは思っていたが、いつの間に悪魔と……!?」
「越水さん、私はあなたと戦いたくありません。アオガミさんを助けたいんです」
「……」
越水は眉間に皺を寄せ、ミコトを静かに睨んでいた。ミコトはしばし睨み合っていたが、隙をつきターミナルに触れた。越水が手を伸ばした頃にはミコトの体は魔界に転送され、後には歯噛みする越水のみが残された。
