白騎士物語
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#4 白騎士様は伝えたい
カディシュトゥが縄印学園を襲撃してからというもの、百合川ヒイラギは寝ても覚めても月森ミコトのことが離れなかった。魔界に引きずり込まれた彼女を救出し、ベテル日本支部に預けた。救出の際彼女の体に意図せず触れ感じたぬくもりが、今でもヒイラギの掌にこびりついている。そして脳裏に蘇るのは、アオガミ甲型と一緒に東京を歩いていたミコトの姿。ベテル日本支部で見かけるならまだしもそれ以外の場所で、それも楽しそうにしていた彼女のことを考えると胸が痛む。たった一つ、脳内に浮かび上がる嫌な結論――それを振り払うためにヒイラギは魔界で戦っているといっても過言ではなかった。
「少年、剣に乱れが見える。何か異常があるのではないか」
心の乱れは半身であるアオガミには筒抜けのようで、悪魔の裏庭のベンチで腕を組んだアオガミに心配されてしまった。アオガミ――青い髪に金色の瞳、白い出立ちの彼を見ていると胸を掻きむしりたくなる。ヒイラギは唇を噛み締めつつも口を開いた。
「君もわかっちゃうんだ。……僕、悩んでることがあって」
アオガミは人間の姿をしているがあくまでも対悪魔用の兵器である。とても悩み相談などできる類の存在ではないと理解していても、ヒイラギは零さざるを得なかった。アオガミは無機質な瞳でヒイラギを見下ろしている。
「好きな人が僕をどう思っているのか、何を考えているのかはっきりさせたいんだ。でも、怖い。大体予想はついてるし、彼女の口から改めて言われたら壊れてしまいそうで」
正直な迷いを吐露する。仲魔たちがきゃいきゃいとはしゃぐ声が聞こえる片隅で、かさついた地面を見つめながら情けない本音を晒す時間はこの上なく不恰好だった。それでも、たった一人で複雑な感情を抱え続けることができなかった。たとえ話を聞いてくれる彼が恋敵に瓜二つの存在だったとしても。アオガミは無機質な声で答えた。
「少年、君の望みが『はっきりさせたい』のであれば、迷うことはないだろう。精神的な問題は早々に解決することを推奨」
「……アオガミだったらそう言うと思ってたよ」
予想どおりの答えに苦笑いが漏れた。しかしはっきりと口に出され決心がついた。彼女に聞いてみよう。そしてこの胸の内を伝えるのだ。
月森ミコトは魔界に攫われてからというもの、ベテル日本支部に保護されアオガミ甲型と時間をともにしていた。ミコトの希望とアオガミ甲型の懸念が一致した結果であり、ミコトは純粋に嬉しかった。彼のそばにいられること、それは喜びそのものである。
「月森さん」
ベテル日本支部訓練室に、聞き慣れない声が響いた。ミコトとアオガミ甲型が入り口に目を向けると、百合川ヒイラギが立っていた。百合の花が咲く学ランを着た彼は、すらりとした長身が目を引く優美な佇まいだった。
「あ、百合川くん!どうしたの、珍しいね。ここに来るなんて」
「ああ、うん。月森さんに話があって」
「私に?」
思わずヒイラギをじっと見つめた。彼は翡翠の瞳を細め、アオガミ甲型に視線を向けた。その眼差しは針の先のような鋭いものだった。アオガミ甲型は冷静にその視線を受け止め佇んでいる。ミコトは二人の間にわずかに漂う剣呑な気配に困惑した。ふう、とヒイラギが息をつき言葉を続けた。
「月森さんと二人きりで話したいんだ。どこか別の場所に行きたい」
「あ、そうなんだ。いいよ、どこがいいかな?」
アオガミ甲型と離れるのは気がかりだったが、ヒイラギの顔が真剣そのものだったため受け入れることにした。
そうして二人が訪れたのは学生寮の屋上。縄印学園はカディシュトゥ襲撃後授業等がなくなり、賑やかだった学生寮からも人気がなくなった。二人が屋上の扉を開けると、そこには誰もいなかった。無人の屋上は静かで、こんなときでも青い空が二人を出迎える。
「百合川くん、話って何?」
ミコトが尋ねると、ヒイラギは一瞬目を伏せた。物憂げな表情は美しい彼によく似合う。彼は伏せた目に意思を宿らせミコトを見つめた。どこまでも真っ直ぐで美しい瞳に、ミコトこそ言葉を失った。
「月森さん。僕は君が好きだ」
「……え」
ヒイラギが発した言葉は端的で、無防備だったミコトの心に突き刺さった。彼は屋上に広がる青空を背に語った。
「君が好きだ。だから、君の気持ちを聞かせてほしい」
「私の、気持ち……」
「そう。僕をどう思ってるか、他に好きな人がいるか……色々あると思うけど、全部聞かせてほしいんだ」
他に好きな人と聞かれミコトの脳裏に浮かんだのは、アオガミ甲型の姿。青い髪に金色の瞳、白い姿の彼はどんなときもミコトを守ろうとしてくれた。目の前の華奢で美麗な少年も助けに来てくれたが、やはり精悍な「彼」に惹かれてしまう。
「私……私は、アオガミさんが好きなの。だから百合川くんの気持ちには応えられない」
意を決して伝えたミコトの言葉も端的だった。胸の内を明かしてくれた彼には、率直な言葉で返さねば無作法というもの。ミコトはヒイラギの瞳を真正面から見つめて言葉を紡いだ。
屋上に静寂が満ちる。吹き抜ける風の音が聞こえるしじま、口を開いたのはヒイラギだった。
「……そっか。やっぱりそうだよね」
彼は頭を抱え、ふうと息をついた。彼の吐息は屋上を吹く風に紛れ消えていく。ヒイラギは笑いながらもそのまなじりには涙が浮かんでいるように見えた。
「ありがとう、月森さん。はっきり言ってくれて嬉しかった。薄々感じてはいたんだ。きっとアオガミに心惹かれてるんだろうなって」
「……ごめんね、百合川くん」
「ううん」
ヒイラギは首を振り、ミコトにそっと近付いた。穏やかな凪いだ笑みを浮かべている。
「謝らないで。正直に答えてくれて嬉しかった。これで僕も区切りをつけられるから嬉しいよ。ありがとう、月森さん」
微笑むヒイラギにつられ、ミコトは笑った。笑い合う二人は、皮肉にも愛を紡ぐ恋人同士に見えた。
想いを伝えた百合川ヒイラギは、魔界での闘争に身を投じた。カディシュトゥと呼ばれる女魔たちを放っておけない。彼女たちを追い悪魔を倒すことは、間接的に月森ミコトを守ることに繋がる。そう信じてがむしゃらに戦い続けた。事実、彼女の暮らす東京はアグラトの襲撃こそあったものの比較的平和だったようだ。このまま戦い続ければ彼女を守れる――そう信じていた。
「アオガミがティアマトに取り込まれてしまいました」
ある日のベテル日本支部。ヒイラギは越水にそう報告した。
ティアマトを復活させるべく暗躍していたカディシュトゥの謀略により、ヒイラギは半身たるアオガミを失ってしまった。アオガミがいなければヒイラギは一介の高校生、悪魔に抗う術を持たない。ヒイラギは歯噛みした。カディシュトゥが信奉してやまないティアマトは強力な力を持つ悪魔、もしもあんなものがこちらの東京に現れればどうなるか……。ヒイラギはただ恐れていた。
「私も敦田君を失ってしまった」
越水の声が静かに響く。彼も半身たる敦田ユヅルを動乱の最中殺されてしまった。魂の片割れを失った者同士、利害が一致するのか。そう思っていたところ、越水が口を開いた。
「百合川君、君に提案がある。君もアオガミ甲型のことは知っているな」
アオガミ甲型。ヒイラギの心臓が唸るような音を立てた。ベテル日本支部で保護されているもう一体のアオガミ、月森ミコトの想い人――知らないはずがなかった。ヒイラギは苦々しく頷く。
「ティアマトに取り込まれたアオガミの帰還は絶望的だ。事態は一刻を争う。百合川君、君はアオガミ甲型と合一し、カディシュトゥを追うのだ」
「……!」
ヒイラギは顔を上げた。越水と目が合う。越水は切れ長の灰色の瞳を細め、鋭くヒイラギを見据えていた。
「アオガミ甲型と、僕が……?」
「そうだ。私が君と合一することも考えたが、ベテルを空白にしておくのは好ましくない。また、同じスサノオの肉体を持つアオガミ甲型の方が君にはよく馴染むだろう」
「…………」
越水の言葉は正当性ばかりを纏っている。どこにも反論の余地はない――ヒイラギは唇を噛み締めた。
「アオガミ甲型。いるな」
ベテル日本支部訓練室に越水の鋭い声が響いた。普段どおり訓練していたアオガミ甲型と、それを見守っていた月森ミコトが振り返る。
「月森君、君もいたのか。ちょうどいい」
「え?私ですか?」
「そうだ。君にも関わることだ、話しておこう」
ミコトはアオガミと顔を見合わせた。彼も思い当たる節はないようで、無表情の中に少しの険を込めて越水を見据えていた。二人に怪訝な顔をされても越水は冷静な表情を崩さなかった。
「百合川ヒイラギと行動を共にしていたアオガミがカディシュトゥに攫われ、帰還の目処が立っていない。そこでアオガミ甲型、君に百合川ヒイラギと合一してほしい」
「私が百合川ヒイラギと?」
アオガミの声がわずかに上擦ったのをミコトは聞き逃さなかった。百合川ヒイラギがもう一人のアオガミと魔界で戦っていることは知っていた。アオガミ甲型は不測の事態に備えてベテル日本支部に待機していたということも。……ついにその「不測の事態」が訪れてしまったということか。ミコトは息を呑んだ。
「私が百合川ヒイラギと合一することも考えたが、百合川ヒイラギはこれまでアオガミと合一していたことを考えれば、君と合一した方が都合がいいだろう」
「…………」
珍しくアオガミが黙り込んだ。ただただ鋭い眼差しで越水を睨んでいる。この場に漂う緊張感に、ミコトは一言も発せずにいた。越水は不安げなミコトに目を向けた。
「月森君、君は変わらずここにいてくれ。君の安全はベテル日本支部と私の名にかけて保証する。約束しよう」
「は、はい……」
「アオガミ甲型、ひとまずは君に話を伝えておきたかった。私はこれから諸々の調整に入る。百合川ヒイラギと魔界に行く覚悟を決めてくれ」
そう言い残し、越水は訓練室を後にした。残されたミコトは、アオガミと再び顔を見合わせた。彼は相変わらず無表情だったが、ほんの少しの優しさを醸し出す眼差しでミコトを見つめていた。
「アオガミさん……魔界に行っちゃうんですね」
「そのような指令が下ったものと理解している」
「アオガミさん」
ミコトは思わずアオガミに抱きついていた。彼の胸板は厚く、ミコトの体など難なく受け止める。アオガミは一瞬硬直したが、彼女の背中に手を添えた。
「私……ずっとアオガミさんと一緒にいられるって思ってました。そんなことないんですね」
「私も君のそばにいられるものだと思っていた」
「アオガミさん、私」
ミコトは抱きついたままアオガミを見上げた。彼はミコトにしか見せない、優しさを滲ませた眼差しを向けている。彼の大きな掌が背中や頭を撫でており、ミコトは少しくすぐったくなった。
「私、アオガミさんのことが好きです。だから……魔界に行くことになっても、無事に帰ってきてください」
「君の恋の病は治ったのだろうか」
アオガミの言葉にミコトは苦笑いを見せた。赤らんだ頬で笑う彼女は可憐な少女だった。
「まさか。治ってませんよ。アオガミさんがそばにいて、治るわけないじゃないですか」
「それならば、私がいない方が君にとっては都合がよいのではないか」
アオガミが問うと、ミコトはぎゅっとアオガミに抱きついた。
「アオガミさんのいじわる」
彼女の言葉は二人の間でだけ聞こえる特別なものだった。
百合川ヒイラギは重苦しい想いを抱えながら今日を迎えた。越水からアオガミ甲型と合一する訓練をしてはどうかと持ちかけられ、訓練を行う日だった。
ベテル日本支部訓練室にはヒイラギ、アオガミ甲型がいた。アオガミ甲型はヒイラギの知るアオガミとほぼ同一の見た目をしているが、これまで合一してきたアオガミとはどこか異なる雰囲気を纏っていた。アオガミ甲型が別個体であることを悟ると同時、嫌なことを思い出してしまう。
――月森ミコトの想い人。
ヒイラギは唇を噛み締めた。少し前、学生寮の屋上で噛み締めた苦い失恋を思い出す。まさか失恋の原因である彼と合一することになるとは……複雑、の一言では片付かない感情の霧にヒイラギは戸惑う。
「君がアオガミ甲型だね」
「そうだ」
声をかけると聞き慣れた、しかし少し響きの違う声が返ってくる。ヒイラギは手を差し出した。アオガミ甲型は数秒その手を見つめ、そっと握り返した。その瞬間二人の体に青い光が満ち、合一が完了する。ヒイラギは長くなびく青い髪を感じながら右手を振った。幾度となく見た天色の刃が指先に宿った。
「合一できたね。何だか変な感じがするな」
魂の内側にいるアオガミ甲型に声をかけると、脳内に彼の声が響く。
「君との合一は初めてだ。馴染むまでに時間がかかるものと推察」
「だろうね。少し動いてみようか」
ヒイラギはベテル日本支部の訓練プログラムを起動し、仮想敵との訓練を開始した。違う個体のアオガミと合一したばかりで体が軋むような違和感があったが徐々に慣れ、訓練が終わる頃にはそれなりに動けるようになっていた。
仮想敵との戦闘をこなすヒイラギの脳内には、アオガミ甲型の記憶データが流れ込んできた。ベテル日本支部の訓練室で月森ミコトと過ごした日々。彼女と東京に遊びに行き、ベテル外の鮮烈な刺激を受けた日。彼女に「恋の病」を告げられた言葉。断片的な記憶がヒイラギの脳を支配する。ヒイラギは纏わりつく記憶を振り払うため懸命に駆け、右手に宿る刃を振るった。それでも、アオガミ甲型の記憶の切れ端がこびりついているような感覚があった。
カディシュトゥが縄印学園を襲撃してからというもの、百合川ヒイラギは寝ても覚めても月森ミコトのことが離れなかった。魔界に引きずり込まれた彼女を救出し、ベテル日本支部に預けた。救出の際彼女の体に意図せず触れ感じたぬくもりが、今でもヒイラギの掌にこびりついている。そして脳裏に蘇るのは、アオガミ甲型と一緒に東京を歩いていたミコトの姿。ベテル日本支部で見かけるならまだしもそれ以外の場所で、それも楽しそうにしていた彼女のことを考えると胸が痛む。たった一つ、脳内に浮かび上がる嫌な結論――それを振り払うためにヒイラギは魔界で戦っているといっても過言ではなかった。
「少年、剣に乱れが見える。何か異常があるのではないか」
心の乱れは半身であるアオガミには筒抜けのようで、悪魔の裏庭のベンチで腕を組んだアオガミに心配されてしまった。アオガミ――青い髪に金色の瞳、白い出立ちの彼を見ていると胸を掻きむしりたくなる。ヒイラギは唇を噛み締めつつも口を開いた。
「君もわかっちゃうんだ。……僕、悩んでることがあって」
アオガミは人間の姿をしているがあくまでも対悪魔用の兵器である。とても悩み相談などできる類の存在ではないと理解していても、ヒイラギは零さざるを得なかった。アオガミは無機質な瞳でヒイラギを見下ろしている。
「好きな人が僕をどう思っているのか、何を考えているのかはっきりさせたいんだ。でも、怖い。大体予想はついてるし、彼女の口から改めて言われたら壊れてしまいそうで」
正直な迷いを吐露する。仲魔たちがきゃいきゃいとはしゃぐ声が聞こえる片隅で、かさついた地面を見つめながら情けない本音を晒す時間はこの上なく不恰好だった。それでも、たった一人で複雑な感情を抱え続けることができなかった。たとえ話を聞いてくれる彼が恋敵に瓜二つの存在だったとしても。アオガミは無機質な声で答えた。
「少年、君の望みが『はっきりさせたい』のであれば、迷うことはないだろう。精神的な問題は早々に解決することを推奨」
「……アオガミだったらそう言うと思ってたよ」
予想どおりの答えに苦笑いが漏れた。しかしはっきりと口に出され決心がついた。彼女に聞いてみよう。そしてこの胸の内を伝えるのだ。
月森ミコトは魔界に攫われてからというもの、ベテル日本支部に保護されアオガミ甲型と時間をともにしていた。ミコトの希望とアオガミ甲型の懸念が一致した結果であり、ミコトは純粋に嬉しかった。彼のそばにいられること、それは喜びそのものである。
「月森さん」
ベテル日本支部訓練室に、聞き慣れない声が響いた。ミコトとアオガミ甲型が入り口に目を向けると、百合川ヒイラギが立っていた。百合の花が咲く学ランを着た彼は、すらりとした長身が目を引く優美な佇まいだった。
「あ、百合川くん!どうしたの、珍しいね。ここに来るなんて」
「ああ、うん。月森さんに話があって」
「私に?」
思わずヒイラギをじっと見つめた。彼は翡翠の瞳を細め、アオガミ甲型に視線を向けた。その眼差しは針の先のような鋭いものだった。アオガミ甲型は冷静にその視線を受け止め佇んでいる。ミコトは二人の間にわずかに漂う剣呑な気配に困惑した。ふう、とヒイラギが息をつき言葉を続けた。
「月森さんと二人きりで話したいんだ。どこか別の場所に行きたい」
「あ、そうなんだ。いいよ、どこがいいかな?」
アオガミ甲型と離れるのは気がかりだったが、ヒイラギの顔が真剣そのものだったため受け入れることにした。
そうして二人が訪れたのは学生寮の屋上。縄印学園はカディシュトゥ襲撃後授業等がなくなり、賑やかだった学生寮からも人気がなくなった。二人が屋上の扉を開けると、そこには誰もいなかった。無人の屋上は静かで、こんなときでも青い空が二人を出迎える。
「百合川くん、話って何?」
ミコトが尋ねると、ヒイラギは一瞬目を伏せた。物憂げな表情は美しい彼によく似合う。彼は伏せた目に意思を宿らせミコトを見つめた。どこまでも真っ直ぐで美しい瞳に、ミコトこそ言葉を失った。
「月森さん。僕は君が好きだ」
「……え」
ヒイラギが発した言葉は端的で、無防備だったミコトの心に突き刺さった。彼は屋上に広がる青空を背に語った。
「君が好きだ。だから、君の気持ちを聞かせてほしい」
「私の、気持ち……」
「そう。僕をどう思ってるか、他に好きな人がいるか……色々あると思うけど、全部聞かせてほしいんだ」
他に好きな人と聞かれミコトの脳裏に浮かんだのは、アオガミ甲型の姿。青い髪に金色の瞳、白い姿の彼はどんなときもミコトを守ろうとしてくれた。目の前の華奢で美麗な少年も助けに来てくれたが、やはり精悍な「彼」に惹かれてしまう。
「私……私は、アオガミさんが好きなの。だから百合川くんの気持ちには応えられない」
意を決して伝えたミコトの言葉も端的だった。胸の内を明かしてくれた彼には、率直な言葉で返さねば無作法というもの。ミコトはヒイラギの瞳を真正面から見つめて言葉を紡いだ。
屋上に静寂が満ちる。吹き抜ける風の音が聞こえるしじま、口を開いたのはヒイラギだった。
「……そっか。やっぱりそうだよね」
彼は頭を抱え、ふうと息をついた。彼の吐息は屋上を吹く風に紛れ消えていく。ヒイラギは笑いながらもそのまなじりには涙が浮かんでいるように見えた。
「ありがとう、月森さん。はっきり言ってくれて嬉しかった。薄々感じてはいたんだ。きっとアオガミに心惹かれてるんだろうなって」
「……ごめんね、百合川くん」
「ううん」
ヒイラギは首を振り、ミコトにそっと近付いた。穏やかな凪いだ笑みを浮かべている。
「謝らないで。正直に答えてくれて嬉しかった。これで僕も区切りをつけられるから嬉しいよ。ありがとう、月森さん」
微笑むヒイラギにつられ、ミコトは笑った。笑い合う二人は、皮肉にも愛を紡ぐ恋人同士に見えた。
想いを伝えた百合川ヒイラギは、魔界での闘争に身を投じた。カディシュトゥと呼ばれる女魔たちを放っておけない。彼女たちを追い悪魔を倒すことは、間接的に月森ミコトを守ることに繋がる。そう信じてがむしゃらに戦い続けた。事実、彼女の暮らす東京はアグラトの襲撃こそあったものの比較的平和だったようだ。このまま戦い続ければ彼女を守れる――そう信じていた。
「アオガミがティアマトに取り込まれてしまいました」
ある日のベテル日本支部。ヒイラギは越水にそう報告した。
ティアマトを復活させるべく暗躍していたカディシュトゥの謀略により、ヒイラギは半身たるアオガミを失ってしまった。アオガミがいなければヒイラギは一介の高校生、悪魔に抗う術を持たない。ヒイラギは歯噛みした。カディシュトゥが信奉してやまないティアマトは強力な力を持つ悪魔、もしもあんなものがこちらの東京に現れればどうなるか……。ヒイラギはただ恐れていた。
「私も敦田君を失ってしまった」
越水の声が静かに響く。彼も半身たる敦田ユヅルを動乱の最中殺されてしまった。魂の片割れを失った者同士、利害が一致するのか。そう思っていたところ、越水が口を開いた。
「百合川君、君に提案がある。君もアオガミ甲型のことは知っているな」
アオガミ甲型。ヒイラギの心臓が唸るような音を立てた。ベテル日本支部で保護されているもう一体のアオガミ、月森ミコトの想い人――知らないはずがなかった。ヒイラギは苦々しく頷く。
「ティアマトに取り込まれたアオガミの帰還は絶望的だ。事態は一刻を争う。百合川君、君はアオガミ甲型と合一し、カディシュトゥを追うのだ」
「……!」
ヒイラギは顔を上げた。越水と目が合う。越水は切れ長の灰色の瞳を細め、鋭くヒイラギを見据えていた。
「アオガミ甲型と、僕が……?」
「そうだ。私が君と合一することも考えたが、ベテルを空白にしておくのは好ましくない。また、同じスサノオの肉体を持つアオガミ甲型の方が君にはよく馴染むだろう」
「…………」
越水の言葉は正当性ばかりを纏っている。どこにも反論の余地はない――ヒイラギは唇を噛み締めた。
「アオガミ甲型。いるな」
ベテル日本支部訓練室に越水の鋭い声が響いた。普段どおり訓練していたアオガミ甲型と、それを見守っていた月森ミコトが振り返る。
「月森君、君もいたのか。ちょうどいい」
「え?私ですか?」
「そうだ。君にも関わることだ、話しておこう」
ミコトはアオガミと顔を見合わせた。彼も思い当たる節はないようで、無表情の中に少しの険を込めて越水を見据えていた。二人に怪訝な顔をされても越水は冷静な表情を崩さなかった。
「百合川ヒイラギと行動を共にしていたアオガミがカディシュトゥに攫われ、帰還の目処が立っていない。そこでアオガミ甲型、君に百合川ヒイラギと合一してほしい」
「私が百合川ヒイラギと?」
アオガミの声がわずかに上擦ったのをミコトは聞き逃さなかった。百合川ヒイラギがもう一人のアオガミと魔界で戦っていることは知っていた。アオガミ甲型は不測の事態に備えてベテル日本支部に待機していたということも。……ついにその「不測の事態」が訪れてしまったということか。ミコトは息を呑んだ。
「私が百合川ヒイラギと合一することも考えたが、百合川ヒイラギはこれまでアオガミと合一していたことを考えれば、君と合一した方が都合がいいだろう」
「…………」
珍しくアオガミが黙り込んだ。ただただ鋭い眼差しで越水を睨んでいる。この場に漂う緊張感に、ミコトは一言も発せずにいた。越水は不安げなミコトに目を向けた。
「月森君、君は変わらずここにいてくれ。君の安全はベテル日本支部と私の名にかけて保証する。約束しよう」
「は、はい……」
「アオガミ甲型、ひとまずは君に話を伝えておきたかった。私はこれから諸々の調整に入る。百合川ヒイラギと魔界に行く覚悟を決めてくれ」
そう言い残し、越水は訓練室を後にした。残されたミコトは、アオガミと再び顔を見合わせた。彼は相変わらず無表情だったが、ほんの少しの優しさを醸し出す眼差しでミコトを見つめていた。
「アオガミさん……魔界に行っちゃうんですね」
「そのような指令が下ったものと理解している」
「アオガミさん」
ミコトは思わずアオガミに抱きついていた。彼の胸板は厚く、ミコトの体など難なく受け止める。アオガミは一瞬硬直したが、彼女の背中に手を添えた。
「私……ずっとアオガミさんと一緒にいられるって思ってました。そんなことないんですね」
「私も君のそばにいられるものだと思っていた」
「アオガミさん、私」
ミコトは抱きついたままアオガミを見上げた。彼はミコトにしか見せない、優しさを滲ませた眼差しを向けている。彼の大きな掌が背中や頭を撫でており、ミコトは少しくすぐったくなった。
「私、アオガミさんのことが好きです。だから……魔界に行くことになっても、無事に帰ってきてください」
「君の恋の病は治ったのだろうか」
アオガミの言葉にミコトは苦笑いを見せた。赤らんだ頬で笑う彼女は可憐な少女だった。
「まさか。治ってませんよ。アオガミさんがそばにいて、治るわけないじゃないですか」
「それならば、私がいない方が君にとっては都合がよいのではないか」
アオガミが問うと、ミコトはぎゅっとアオガミに抱きついた。
「アオガミさんのいじわる」
彼女の言葉は二人の間でだけ聞こえる特別なものだった。
百合川ヒイラギは重苦しい想いを抱えながら今日を迎えた。越水からアオガミ甲型と合一する訓練をしてはどうかと持ちかけられ、訓練を行う日だった。
ベテル日本支部訓練室にはヒイラギ、アオガミ甲型がいた。アオガミ甲型はヒイラギの知るアオガミとほぼ同一の見た目をしているが、これまで合一してきたアオガミとはどこか異なる雰囲気を纏っていた。アオガミ甲型が別個体であることを悟ると同時、嫌なことを思い出してしまう。
――月森ミコトの想い人。
ヒイラギは唇を噛み締めた。少し前、学生寮の屋上で噛み締めた苦い失恋を思い出す。まさか失恋の原因である彼と合一することになるとは……複雑、の一言では片付かない感情の霧にヒイラギは戸惑う。
「君がアオガミ甲型だね」
「そうだ」
声をかけると聞き慣れた、しかし少し響きの違う声が返ってくる。ヒイラギは手を差し出した。アオガミ甲型は数秒その手を見つめ、そっと握り返した。その瞬間二人の体に青い光が満ち、合一が完了する。ヒイラギは長くなびく青い髪を感じながら右手を振った。幾度となく見た天色の刃が指先に宿った。
「合一できたね。何だか変な感じがするな」
魂の内側にいるアオガミ甲型に声をかけると、脳内に彼の声が響く。
「君との合一は初めてだ。馴染むまでに時間がかかるものと推察」
「だろうね。少し動いてみようか」
ヒイラギはベテル日本支部の訓練プログラムを起動し、仮想敵との訓練を開始した。違う個体のアオガミと合一したばかりで体が軋むような違和感があったが徐々に慣れ、訓練が終わる頃にはそれなりに動けるようになっていた。
仮想敵との戦闘をこなすヒイラギの脳内には、アオガミ甲型の記憶データが流れ込んできた。ベテル日本支部の訓練室で月森ミコトと過ごした日々。彼女と東京に遊びに行き、ベテル外の鮮烈な刺激を受けた日。彼女に「恋の病」を告げられた言葉。断片的な記憶がヒイラギの脳を支配する。ヒイラギは纏わりつく記憶を振り払うため懸命に駆け、右手に宿る刃を振るった。それでも、アオガミ甲型の記憶の切れ端がこびりついているような感覚があった。
