白騎士物語
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#3 白騎士様は駆けつけたい
「アオガミさん!こんにちは!」
月森ミコトは飽きもせずベテル日本支部に足を運び、アオガミ甲型と逢瀬を重ねていた。「月森ミコトと接することも任務の一つである」と研究員に言われた以上、アオガミは拒否することなく彼女と顔を合わせていた。
戦闘訓練もちょうど一区切りついた頃合い、二人は簡素なベンチに腰掛けていた。かの大戦に向かう前も大戦中も、アオガミは孤独だった。天使と同行し任務をこなすことはあっても、戦闘とは突き詰めれば一対一であり誰かと言葉を交わすことはほとんどなかった。ゆえに、この「雑談」という行為には慣れない。彼女の方から話を振ってくれなければアオガミは口火を切ることがなかった。
「今日はちょっと学園で用事があって、来るのが遅れちゃいました」
学園。ミコトの所属する縄印学園高等科のことだろう。知識として知ってはいるが、学園に立ち入ったり生徒と話したりすることのないアオガミにとって、あくまで想像の世界でしかなかった。彼女が学園でどのように過ごしているのか、アオガミには想像もできない。
「アオガミさんが学園に来てくれたら、もっと一緒にいられるんですけどね」
「それは不可能だ。私には有事に備えベテル日本支部に待機する任務がある」
「ですよね」
アオガミのにべもない回答にもミコトはあっさりと納得する。しかし心の底からとはいかないらしく、両足を所在なさげにぶらぶらと揺り動かしていた。ミコトは無垢な瞳でアオガミを見つめ、輝く声で言った。
「もしアオガミさんが学園にいるとしたら、やっぱり先生ですよね!生徒っていうには年上すぎますし」
「私が学園に?」
「ええ!アオガミさんは何の教科の先生かな〜。戦ってる姿がかっこいいですし、体育の先生とか?」
楽しそうに話すミコトの言葉を聞きながら、アオガミは演算回路をフル活用し「想像」していた。「学園」は教育を施す場で、教育を行う「先生」と教育を受ける「生徒」がいる。ミコトは「生徒」の一人だ。アオガミが「先生」として縄印学園高等科に赴任する。文字列に書き起こすことは簡単だが、具体的な映像を想起することは困難だった。押し黙るアオガミとは裏腹に、ミコトは一人きゃっきゃと楽しそうに話している。
「保健室の先生とかも似合いそうですね!白衣着たアオガミさん、見てみたいです!」
「それは実現不可能と判断」
ミコトと接することが任務とは言われているものの、学園にまでついていくようには言われていない。アオガミ甲型、任務をこなすため自律思考をもって行動するものの、さすがに指示のないことを勝手にするわけにはいかない。至極現実的なアオガミの回答に、ミコトはあっさりと頷いた。
「わかってますよ。でも、いいじゃないですか。色々想像したって」
「君の言う『想像』の先には何があるのだ?」
「ん?えーっと、そうですね……」
純粋な疑問をぶつけたところ、ミコトは少し考え込んだ。真剣な顔をしていたものの、すぐに明るく笑ってみせる。
「特に何もありません!でも、色々想像している間は楽しいからいいんです!ねえ、アオガミさん。私と約束してください」
ミコトは右手の小指を立て、意思の強さを感じさせる声で言った。
「いつか私と学園に行きましょう」
「実現する蓋然性が著しく低い約束を交わすことに意味はないと判断される」
「そんなこと言わないでください」
ふるふるとミコトは首を横に振った。小指はぴんと立ったままだった。
「いつか叶うかもしれない、叶えたいって思って約束するんです。もしかしたら、アオガミさんも学園に任務で来るかもしれませんよ?」
彼女の言葉の半分は理解しかねるが、後半部分はあり得る話だった。東京は悪魔の危険に晒された場所、いつ縄印学園も悪魔に狙われるかわかったものではない。蓋然性が低いと切り捨てるのは早計かもしれない。……彼女の望むような形で「学園に行く」かどうかは不明だが。
「アオガミさんも小指、出してください」
彼女に言われるままに小指を立てると、彼女が小指を絡めてきた。ミコトの小指は細く小さく、アオガミが力を込めれば折れてしまいそうだった。
「指きりげんまん、です。これで約束しました。私といつか、学園に行きましょうね」
笑顔のミコトに言われると、不思議といつか叶いそうな気がする。アオガミ甲型としては非常に珍しい、希望的観測だった。
ある日、ベテル日本支部は殺気立ち慌ただしい緊迫感に包まれていた。普段どおり戦闘訓練に明け暮れていたアオガミ甲型のもとに越水がやって来た。足音が荒々しい。冷徹な越水にしては珍しい感情の発露を感じる所作だった。
「アオガミ甲型、縄印学園に悪魔が現れ襲撃を受けている」
越水の言葉に真っ先に思い浮かんだのは月森ミコトだった。彼女が通っている「学園」。今日は平日、彼女は学園にいるはずだ。
「学園に向かえという任務だろうか」
「いや、違う。アオガミ甲型には待機を命じる」
「何故だ」
待機の二文字が聞こえた瞬間、咄嗟にアオガミは口にした。ミコトに危機が迫っている、彼女と接することは任務であったはず。であれば、彼女を守ることも任務に他ならない。アオガミ甲型がベテル日本支部に残留する理由はどこにもないように思われた。
「学園に現れた悪魔の対処は百合川ヒイラギ達に任せている。悪魔がベテル日本支部を襲う可能性もある、その対応のため甲型には待機してもらう。迎撃命令を待て」
「……私は縄印学園に向かう」
ベテル日本支部長官、越水ハヤオ。彼の命令にどれほどの力があるかわからぬアオガミ甲型ではない。だが、彼女のもとに駆けつけねばという使命感があった。魔界から東京までの道のりを共にしたように、彼女を再度守るときが来た。奇しくも「学園に行く」という約束を果たせる機会でもある。おそらくは、ミコトが望む形ではないにしろ。
「行かせぬ」
歩き出そうとしたアオガミを、越水は手で制した。大の男性二人、静かに睨み合った。越水が厳格な口調で告げる。
「どうした、アオガミ甲型。ベテルの命には背かぬよう造られているはずだ。迎撃命令が下るまでここで待機だ。ここでくだらぬ兄弟喧嘩をしたくもあるまい」
越水は実力者だ。最悪彼を倒してでも縄印学園に急ぐ選択もあり得るが、さすがに選ぶべきではない。同じ危機意識を持つ者同士、内輪で争っている場合ではない。彼がここまで強く命ずるのだ、神造魔人アオガミ甲型、命に従わざるを得ない。
「了解した。ここで迎撃命令まで待機する」
「よろしく頼む」
頷いた越水が足早に去っていく。その後ろ姿を見つめ、アオガミは密かに拳を握りしめた。
「学園が……!」
品川駅でカディシュトゥの一翼を倒したヒイラギは縄印学園に到着したが、暗澹たる有様だった。生徒達の明るい声に満ちていた学園は濃く禍々しい気配に満ち、悪魔の跋扈する甲高い声が聞こえる。青い髪をなびかせたヒイラギは耳のパーツに手を沿わせた。
「越水長官、聞こえますか。縄印学園が魔界のようになっています」
「浄増寺の結界が破れ、魔界より悪魔がやって来た。敦田君や太宰君もそちらに向かっている、彼らとともに事態の収束を図ってくれ」
「わかりました」
通信を切り、ヒイラギは天色の刃を右手に宿し学園内に向かった。
――月森さんはどこにいる?
校内は殺伐とした空気に満ち、力尽きた天使や悪魔の骸、襲われ怪我をした生徒が目に入る。目を覆いたくなる惨状の中、ヒイラギは金色の瞳を見開いた。彼女を見つけ、守り抜かねば。全身に満ちる使命感を燃やしながら、ヒイラギは駆けた。立ちはだかる悪魔達を切り捨て、怪しい気配の濃くなる校舎の奥へ奥へと進んでいく。
濁った空気の廊下を曲がった瞬間、前方に不気味な人影が見えた。白い女の悪魔に首を掴まれもがいている女子生徒。一目見てすぐにわかった。
「月森さん!」
ヒイラギは叫ぶとともに駆け出した。声に気付いた悪魔がヒイラギを見、にいぃ、と不気味な笑みを向け舌なめずりをした。ミコトに危害を加える意図は明白、ヒイラギの体は稲妻のように駆け、天色の剣を振るった。しかし悪魔は寸前で消え去ってしまい、刃は空を斬るに留まった。
「くそっ、逃した!」
辺りを見回したが白い女の姿はなく、有象無象の悪魔の気配が漂うばかりだった。脳内にアオガミの冷静な声が響く。
「少年、ラフムの気配がある。追跡を推奨」
「……わかった」
今ここでヒイラギが学園を離れるとミコトを守れるかもしれないが、その他大勢を犠牲にする。ぎり、と唇を噛みながらヒイラギは悪意の渦巻く校内を駆け抜けていった。
アオガミ甲型は越水の命に従い、ベテル日本支部で待機していた。越水が憂いていたベテルへの襲撃はなく、ひとまず縄印学園への襲撃は落ち着いたらしかった。しかし漏れ聞こえる会話から察するに、魔界に生徒達が引きずり込まれる事態が発生しているようで、月森ミコトも悪魔に攫われてしまったようだった。
兵器であるはずのアオガミ甲型の心に波紋が広がった。自らを慕っていた様子の、かつ積極的に交流するよう言われていた存在の喪失は、アオガミ甲型に大きな変化をもたらした。アオガミはベテル日本支部のターミナルの前にいた。まだ越水から命を受けていない。
――彼女を救い出す必要がある。
誰に言われることもない、アオガミ単独の判断だった。ベテル日本支部は慢性的な人手不足、百合川ヒイラギといった目立った戦力に特定の生徒を救出する余力などないだろう。ならばアオガミ甲型は、自身の任務に関わる特定個人、月森ミコトを救出するべきだ。
攫われた生徒達は魔界のシナガワに連れていかれたようだ。アオガミはターミナルの青い光に触れ、目を閉じた。刹那、彼の肉体は目的地付近に到着する。
久しぶりの魔界だった。空は暗く、かつて人間の営みがあったと思われる瓦礫や廃墟で埋め尽くされている。人類を守る根源的な使命を果たすため、アオガミには人間の気配を感じ取る機能が搭載されている。特に交流があった月森ミコトの気配はすぐに感じ取ることができる。彼女の近くには強大な悪魔もいるようだ。そうでなくともここは悪魔の巣窟、気は抜けない。アオガミ甲型、初めて明確な命令なく一個人のために行動を始めた。
「きゃ!」
月森ミコトは思いきり尻餅をつき、痛みに思わず悲鳴を上げた。
普段どおり登校したところ、突然空が暗くなり悪魔達が学園を襲った。ミコトは混乱のさなか何とか逃げ出し悪魔の襲撃を逃れ、廊下で一息ついていると突然首を掴まれ、
「オマエは自分のどこが嫌いだ?」
と白い女の悪魔に尋ねられた。答えようにも苦しく呻いていたところ、突然見知らぬ場所に女とともに移動した。尻餅をついたまま辺りを見回すと、小さな倉庫のような場所だった。床には砂が混じり、悪魔が蠢く混沌とした気配が漂っている。誰に言われずとも、魔界に来てしまったとミコトは理解した。
「小娘、改めて問おう」
座り込んだままのミコトに、あの白い女の悪魔が現れた。長い鋭利な爪を舐めながら、女はミコトをいやらしい目で眺めた。
「オマエは自分のどこが嫌いだ?」
「……っ」
ミコトの首筋にひりつくような緊迫感が走った。女の爪は鋭く、ミコトの血肉を抉り取る武器でしかない。どのように答えてもろくでもないことになる、そう思い黙るミコトは、制服のポケットに手を入れた。ギュスターヴの店で購入した秘石がまだいくつか残っていた。これを投げて怯んだ隙に逃げ出すか?しかしどこへ?逡巡するさなか、女は距離を詰め、
「答えろ。オマエは自分のどこが嫌いだ?」
ミコトの顔を覗き込んだ。女の顔に眼球はなく、奥底が見えない目の窪みを睨み返した。ミコトは咄嗟に秘石を掴み、女に向かって投げた。女の体に当たった瞬間、激しい吹雪が女を襲う。
「くっ!?」
女は呻き、身を縮こめた。今だ。ミコトは背を向け駆け出した。倉庫と思しき場所の出口へ一目散に駆けていく。どこに続くかわからない出口に近付いた刹那、
「私から逃げられると思うな」
女の声が背後から響き、女の右手がミコトの顔を覆った。黒く長い爪が突き刺さりそうになり、反射的に立ち止まった。まずい。逃げられない!
「月森さんから離れろ!」
恐怖にミコトが硬直したとき鋭い声が聞こえ、こちらに駆け寄る足音が響いた。女の体が吹き飛び、代わりに青く美しい髪の青年がミコトの前に現れた。その金色の瞳は優しくミコトを包んでいる。
「月森さん!大丈夫?」
「あ……」
安堵からか力が抜け、ミコトはその場にへたり込んでしまった。足に力が入らない。震えるミコトを、青年はひょいと姫の如く抱えた。
「あ、あの!?」
「大丈夫だよ、月森さん。僕がいるから、もう大丈夫」
青年はちらりと後ろに目をやっていた。つられてミコトも目を動かすと、アオガミ甲型が倉庫入り口に立っているのが見えた。
月森ミコトはカディシュトゥに攫われていたが百合川ヒイラギの手によって救出され、ベテル日本支部に保護された。
「あ、あの、下ろしてくださいっ」
合一したヒイラギに抱えられたミコトは恥ずかしそうだったが、強情な合一神はベテルの医務室に着くまで姫を抱き上げたままだった。
アオガミ甲型も彼女の痕跡を追いシナガワのコンテナヤードに到着したものの、彼女は百合川ヒイラギに助けられた後だった。彼女を救う目的は果たされアオガミが魔界に残る理由もなくなってしまい、アオガミは百合川ヒイラギとともに魔界から帰還した。
ベテル日本支部、医務室のベッドに腰掛けたミコトは、幸いにも無傷だったが体が震えていた。ヒイラギが彼女の手を取り、
「震えてる。月森さん、怖かったね。もう大丈夫だから」
そのまま抱きしめるのを目の前で見た。アオガミ甲型は困惑するミコトを見つめることしかできなかった。
ヒイラギは越水に呼ばれ、名残惜しそうに医務室を後にした。恐らくアオガミも呼ばれるだろうが、命があるまで移動する必要はないだろう。それよりも、月森ミコトの状態を確認せねば。
「アオガミさん」
「状態を確認する」
アオガミは跪き、彼女の手を取った。脈拍及び呼吸の乱れが見られるものの、おそらくは軽微なものだろう。アオガミは不安そうなミコトと目を合わせた。
「一時的な混乱に伴う脈拍及び呼吸の乱れ、体温の上昇。時間経過により落ち着くものと判断。負傷部位もない」
「アオガミさん……!」
ミコトが飛びつく勢いで抱きついてきた。アオガミの厚い胸板に彼女の頬が擦り寄せられる。
「怖かったです……!」
震える声の彼女に、どのように対応すべきなのか図りかねていた。先ほど百合川ヒイラギは抱擁を交わしていた、また彼女も抱きついている。では、不安を軽減するためには抱きしめるという行為が有用なのか。アオガミはゆっくり立ち上がり、彼女の背中に腕を回した。優しく、壊れぬように抱きしめる。
「アオガミさん、ありがとうございます……」
消え入る声と胸板に濡れた感触。泣いているようだ。俯く彼女の肩が震えている。アオガミは彼女を抱きしめたまま、思案していた。
百合川ヒイラギ。縄印学園高等科三年生、月森ミコトと同じく魔界に迷い込んだ者。彼女との違いは、アオガミと合一する知恵を持つこと。ゆえに彼女の危機に駆けつけ、救出することができた。
もしも自分が彼女と合一することができれば、アオガミ甲型自ら彼女の力になれるというのに。彼女も何らかの知恵を持つようだが、残念ながらアオガミ甲型とは合致しないようだ。あるいはもっと早くベテルを出発していれば、彼女を助けるのは自分だっただろうに。
「君の無事を確認できたことは僥倖だった」
アオガミは口を開き、彼女を見下ろした。ミコトは泣き濡れた顔でアオガミを見上げ、か弱い笑みを浮かべた。
「アオガミさんも助けに来てくれて、ありがとうございました。私、ちゃんと見てましたよ。あのとき、駆けつけてくれましたよね」
「ああ。だが百合川ヒイラギに先を越されたようだ」
紛れもない事実を述べたところ、ミコトは首を横に振った。
「確かにそうなんですけど、でも、アオガミさんは来てくれました。私、嬉しかった。本当に……本当に、ありがとうございました」
彼女はまた涙を流した。涙の流れないアオガミ甲型でも、現在の涙は当初のものと意味合いが異なることを理解していた。
「アオガミさん!こんにちは!」
月森ミコトは飽きもせずベテル日本支部に足を運び、アオガミ甲型と逢瀬を重ねていた。「月森ミコトと接することも任務の一つである」と研究員に言われた以上、アオガミは拒否することなく彼女と顔を合わせていた。
戦闘訓練もちょうど一区切りついた頃合い、二人は簡素なベンチに腰掛けていた。かの大戦に向かう前も大戦中も、アオガミは孤独だった。天使と同行し任務をこなすことはあっても、戦闘とは突き詰めれば一対一であり誰かと言葉を交わすことはほとんどなかった。ゆえに、この「雑談」という行為には慣れない。彼女の方から話を振ってくれなければアオガミは口火を切ることがなかった。
「今日はちょっと学園で用事があって、来るのが遅れちゃいました」
学園。ミコトの所属する縄印学園高等科のことだろう。知識として知ってはいるが、学園に立ち入ったり生徒と話したりすることのないアオガミにとって、あくまで想像の世界でしかなかった。彼女が学園でどのように過ごしているのか、アオガミには想像もできない。
「アオガミさんが学園に来てくれたら、もっと一緒にいられるんですけどね」
「それは不可能だ。私には有事に備えベテル日本支部に待機する任務がある」
「ですよね」
アオガミのにべもない回答にもミコトはあっさりと納得する。しかし心の底からとはいかないらしく、両足を所在なさげにぶらぶらと揺り動かしていた。ミコトは無垢な瞳でアオガミを見つめ、輝く声で言った。
「もしアオガミさんが学園にいるとしたら、やっぱり先生ですよね!生徒っていうには年上すぎますし」
「私が学園に?」
「ええ!アオガミさんは何の教科の先生かな〜。戦ってる姿がかっこいいですし、体育の先生とか?」
楽しそうに話すミコトの言葉を聞きながら、アオガミは演算回路をフル活用し「想像」していた。「学園」は教育を施す場で、教育を行う「先生」と教育を受ける「生徒」がいる。ミコトは「生徒」の一人だ。アオガミが「先生」として縄印学園高等科に赴任する。文字列に書き起こすことは簡単だが、具体的な映像を想起することは困難だった。押し黙るアオガミとは裏腹に、ミコトは一人きゃっきゃと楽しそうに話している。
「保健室の先生とかも似合いそうですね!白衣着たアオガミさん、見てみたいです!」
「それは実現不可能と判断」
ミコトと接することが任務とは言われているものの、学園にまでついていくようには言われていない。アオガミ甲型、任務をこなすため自律思考をもって行動するものの、さすがに指示のないことを勝手にするわけにはいかない。至極現実的なアオガミの回答に、ミコトはあっさりと頷いた。
「わかってますよ。でも、いいじゃないですか。色々想像したって」
「君の言う『想像』の先には何があるのだ?」
「ん?えーっと、そうですね……」
純粋な疑問をぶつけたところ、ミコトは少し考え込んだ。真剣な顔をしていたものの、すぐに明るく笑ってみせる。
「特に何もありません!でも、色々想像している間は楽しいからいいんです!ねえ、アオガミさん。私と約束してください」
ミコトは右手の小指を立て、意思の強さを感じさせる声で言った。
「いつか私と学園に行きましょう」
「実現する蓋然性が著しく低い約束を交わすことに意味はないと判断される」
「そんなこと言わないでください」
ふるふるとミコトは首を横に振った。小指はぴんと立ったままだった。
「いつか叶うかもしれない、叶えたいって思って約束するんです。もしかしたら、アオガミさんも学園に任務で来るかもしれませんよ?」
彼女の言葉の半分は理解しかねるが、後半部分はあり得る話だった。東京は悪魔の危険に晒された場所、いつ縄印学園も悪魔に狙われるかわかったものではない。蓋然性が低いと切り捨てるのは早計かもしれない。……彼女の望むような形で「学園に行く」かどうかは不明だが。
「アオガミさんも小指、出してください」
彼女に言われるままに小指を立てると、彼女が小指を絡めてきた。ミコトの小指は細く小さく、アオガミが力を込めれば折れてしまいそうだった。
「指きりげんまん、です。これで約束しました。私といつか、学園に行きましょうね」
笑顔のミコトに言われると、不思議といつか叶いそうな気がする。アオガミ甲型としては非常に珍しい、希望的観測だった。
ある日、ベテル日本支部は殺気立ち慌ただしい緊迫感に包まれていた。普段どおり戦闘訓練に明け暮れていたアオガミ甲型のもとに越水がやって来た。足音が荒々しい。冷徹な越水にしては珍しい感情の発露を感じる所作だった。
「アオガミ甲型、縄印学園に悪魔が現れ襲撃を受けている」
越水の言葉に真っ先に思い浮かんだのは月森ミコトだった。彼女が通っている「学園」。今日は平日、彼女は学園にいるはずだ。
「学園に向かえという任務だろうか」
「いや、違う。アオガミ甲型には待機を命じる」
「何故だ」
待機の二文字が聞こえた瞬間、咄嗟にアオガミは口にした。ミコトに危機が迫っている、彼女と接することは任務であったはず。であれば、彼女を守ることも任務に他ならない。アオガミ甲型がベテル日本支部に残留する理由はどこにもないように思われた。
「学園に現れた悪魔の対処は百合川ヒイラギ達に任せている。悪魔がベテル日本支部を襲う可能性もある、その対応のため甲型には待機してもらう。迎撃命令を待て」
「……私は縄印学園に向かう」
ベテル日本支部長官、越水ハヤオ。彼の命令にどれほどの力があるかわからぬアオガミ甲型ではない。だが、彼女のもとに駆けつけねばという使命感があった。魔界から東京までの道のりを共にしたように、彼女を再度守るときが来た。奇しくも「学園に行く」という約束を果たせる機会でもある。おそらくは、ミコトが望む形ではないにしろ。
「行かせぬ」
歩き出そうとしたアオガミを、越水は手で制した。大の男性二人、静かに睨み合った。越水が厳格な口調で告げる。
「どうした、アオガミ甲型。ベテルの命には背かぬよう造られているはずだ。迎撃命令が下るまでここで待機だ。ここでくだらぬ兄弟喧嘩をしたくもあるまい」
越水は実力者だ。最悪彼を倒してでも縄印学園に急ぐ選択もあり得るが、さすがに選ぶべきではない。同じ危機意識を持つ者同士、内輪で争っている場合ではない。彼がここまで強く命ずるのだ、神造魔人アオガミ甲型、命に従わざるを得ない。
「了解した。ここで迎撃命令まで待機する」
「よろしく頼む」
頷いた越水が足早に去っていく。その後ろ姿を見つめ、アオガミは密かに拳を握りしめた。
「学園が……!」
品川駅でカディシュトゥの一翼を倒したヒイラギは縄印学園に到着したが、暗澹たる有様だった。生徒達の明るい声に満ちていた学園は濃く禍々しい気配に満ち、悪魔の跋扈する甲高い声が聞こえる。青い髪をなびかせたヒイラギは耳のパーツに手を沿わせた。
「越水長官、聞こえますか。縄印学園が魔界のようになっています」
「浄増寺の結界が破れ、魔界より悪魔がやって来た。敦田君や太宰君もそちらに向かっている、彼らとともに事態の収束を図ってくれ」
「わかりました」
通信を切り、ヒイラギは天色の刃を右手に宿し学園内に向かった。
――月森さんはどこにいる?
校内は殺伐とした空気に満ち、力尽きた天使や悪魔の骸、襲われ怪我をした生徒が目に入る。目を覆いたくなる惨状の中、ヒイラギは金色の瞳を見開いた。彼女を見つけ、守り抜かねば。全身に満ちる使命感を燃やしながら、ヒイラギは駆けた。立ちはだかる悪魔達を切り捨て、怪しい気配の濃くなる校舎の奥へ奥へと進んでいく。
濁った空気の廊下を曲がった瞬間、前方に不気味な人影が見えた。白い女の悪魔に首を掴まれもがいている女子生徒。一目見てすぐにわかった。
「月森さん!」
ヒイラギは叫ぶとともに駆け出した。声に気付いた悪魔がヒイラギを見、にいぃ、と不気味な笑みを向け舌なめずりをした。ミコトに危害を加える意図は明白、ヒイラギの体は稲妻のように駆け、天色の剣を振るった。しかし悪魔は寸前で消え去ってしまい、刃は空を斬るに留まった。
「くそっ、逃した!」
辺りを見回したが白い女の姿はなく、有象無象の悪魔の気配が漂うばかりだった。脳内にアオガミの冷静な声が響く。
「少年、ラフムの気配がある。追跡を推奨」
「……わかった」
今ここでヒイラギが学園を離れるとミコトを守れるかもしれないが、その他大勢を犠牲にする。ぎり、と唇を噛みながらヒイラギは悪意の渦巻く校内を駆け抜けていった。
アオガミ甲型は越水の命に従い、ベテル日本支部で待機していた。越水が憂いていたベテルへの襲撃はなく、ひとまず縄印学園への襲撃は落ち着いたらしかった。しかし漏れ聞こえる会話から察するに、魔界に生徒達が引きずり込まれる事態が発生しているようで、月森ミコトも悪魔に攫われてしまったようだった。
兵器であるはずのアオガミ甲型の心に波紋が広がった。自らを慕っていた様子の、かつ積極的に交流するよう言われていた存在の喪失は、アオガミ甲型に大きな変化をもたらした。アオガミはベテル日本支部のターミナルの前にいた。まだ越水から命を受けていない。
――彼女を救い出す必要がある。
誰に言われることもない、アオガミ単独の判断だった。ベテル日本支部は慢性的な人手不足、百合川ヒイラギといった目立った戦力に特定の生徒を救出する余力などないだろう。ならばアオガミ甲型は、自身の任務に関わる特定個人、月森ミコトを救出するべきだ。
攫われた生徒達は魔界のシナガワに連れていかれたようだ。アオガミはターミナルの青い光に触れ、目を閉じた。刹那、彼の肉体は目的地付近に到着する。
久しぶりの魔界だった。空は暗く、かつて人間の営みがあったと思われる瓦礫や廃墟で埋め尽くされている。人類を守る根源的な使命を果たすため、アオガミには人間の気配を感じ取る機能が搭載されている。特に交流があった月森ミコトの気配はすぐに感じ取ることができる。彼女の近くには強大な悪魔もいるようだ。そうでなくともここは悪魔の巣窟、気は抜けない。アオガミ甲型、初めて明確な命令なく一個人のために行動を始めた。
「きゃ!」
月森ミコトは思いきり尻餅をつき、痛みに思わず悲鳴を上げた。
普段どおり登校したところ、突然空が暗くなり悪魔達が学園を襲った。ミコトは混乱のさなか何とか逃げ出し悪魔の襲撃を逃れ、廊下で一息ついていると突然首を掴まれ、
「オマエは自分のどこが嫌いだ?」
と白い女の悪魔に尋ねられた。答えようにも苦しく呻いていたところ、突然見知らぬ場所に女とともに移動した。尻餅をついたまま辺りを見回すと、小さな倉庫のような場所だった。床には砂が混じり、悪魔が蠢く混沌とした気配が漂っている。誰に言われずとも、魔界に来てしまったとミコトは理解した。
「小娘、改めて問おう」
座り込んだままのミコトに、あの白い女の悪魔が現れた。長い鋭利な爪を舐めながら、女はミコトをいやらしい目で眺めた。
「オマエは自分のどこが嫌いだ?」
「……っ」
ミコトの首筋にひりつくような緊迫感が走った。女の爪は鋭く、ミコトの血肉を抉り取る武器でしかない。どのように答えてもろくでもないことになる、そう思い黙るミコトは、制服のポケットに手を入れた。ギュスターヴの店で購入した秘石がまだいくつか残っていた。これを投げて怯んだ隙に逃げ出すか?しかしどこへ?逡巡するさなか、女は距離を詰め、
「答えろ。オマエは自分のどこが嫌いだ?」
ミコトの顔を覗き込んだ。女の顔に眼球はなく、奥底が見えない目の窪みを睨み返した。ミコトは咄嗟に秘石を掴み、女に向かって投げた。女の体に当たった瞬間、激しい吹雪が女を襲う。
「くっ!?」
女は呻き、身を縮こめた。今だ。ミコトは背を向け駆け出した。倉庫と思しき場所の出口へ一目散に駆けていく。どこに続くかわからない出口に近付いた刹那、
「私から逃げられると思うな」
女の声が背後から響き、女の右手がミコトの顔を覆った。黒く長い爪が突き刺さりそうになり、反射的に立ち止まった。まずい。逃げられない!
「月森さんから離れろ!」
恐怖にミコトが硬直したとき鋭い声が聞こえ、こちらに駆け寄る足音が響いた。女の体が吹き飛び、代わりに青く美しい髪の青年がミコトの前に現れた。その金色の瞳は優しくミコトを包んでいる。
「月森さん!大丈夫?」
「あ……」
安堵からか力が抜け、ミコトはその場にへたり込んでしまった。足に力が入らない。震えるミコトを、青年はひょいと姫の如く抱えた。
「あ、あの!?」
「大丈夫だよ、月森さん。僕がいるから、もう大丈夫」
青年はちらりと後ろに目をやっていた。つられてミコトも目を動かすと、アオガミ甲型が倉庫入り口に立っているのが見えた。
月森ミコトはカディシュトゥに攫われていたが百合川ヒイラギの手によって救出され、ベテル日本支部に保護された。
「あ、あの、下ろしてくださいっ」
合一したヒイラギに抱えられたミコトは恥ずかしそうだったが、強情な合一神はベテルの医務室に着くまで姫を抱き上げたままだった。
アオガミ甲型も彼女の痕跡を追いシナガワのコンテナヤードに到着したものの、彼女は百合川ヒイラギに助けられた後だった。彼女を救う目的は果たされアオガミが魔界に残る理由もなくなってしまい、アオガミは百合川ヒイラギとともに魔界から帰還した。
ベテル日本支部、医務室のベッドに腰掛けたミコトは、幸いにも無傷だったが体が震えていた。ヒイラギが彼女の手を取り、
「震えてる。月森さん、怖かったね。もう大丈夫だから」
そのまま抱きしめるのを目の前で見た。アオガミ甲型は困惑するミコトを見つめることしかできなかった。
ヒイラギは越水に呼ばれ、名残惜しそうに医務室を後にした。恐らくアオガミも呼ばれるだろうが、命があるまで移動する必要はないだろう。それよりも、月森ミコトの状態を確認せねば。
「アオガミさん」
「状態を確認する」
アオガミは跪き、彼女の手を取った。脈拍及び呼吸の乱れが見られるものの、おそらくは軽微なものだろう。アオガミは不安そうなミコトと目を合わせた。
「一時的な混乱に伴う脈拍及び呼吸の乱れ、体温の上昇。時間経過により落ち着くものと判断。負傷部位もない」
「アオガミさん……!」
ミコトが飛びつく勢いで抱きついてきた。アオガミの厚い胸板に彼女の頬が擦り寄せられる。
「怖かったです……!」
震える声の彼女に、どのように対応すべきなのか図りかねていた。先ほど百合川ヒイラギは抱擁を交わしていた、また彼女も抱きついている。では、不安を軽減するためには抱きしめるという行為が有用なのか。アオガミはゆっくり立ち上がり、彼女の背中に腕を回した。優しく、壊れぬように抱きしめる。
「アオガミさん、ありがとうございます……」
消え入る声と胸板に濡れた感触。泣いているようだ。俯く彼女の肩が震えている。アオガミは彼女を抱きしめたまま、思案していた。
百合川ヒイラギ。縄印学園高等科三年生、月森ミコトと同じく魔界に迷い込んだ者。彼女との違いは、アオガミと合一する知恵を持つこと。ゆえに彼女の危機に駆けつけ、救出することができた。
もしも自分が彼女と合一することができれば、アオガミ甲型自ら彼女の力になれるというのに。彼女も何らかの知恵を持つようだが、残念ながらアオガミ甲型とは合致しないようだ。あるいはもっと早くベテルを出発していれば、彼女を助けるのは自分だっただろうに。
「君の無事を確認できたことは僥倖だった」
アオガミは口を開き、彼女を見下ろした。ミコトは泣き濡れた顔でアオガミを見上げ、か弱い笑みを浮かべた。
「アオガミさんも助けに来てくれて、ありがとうございました。私、ちゃんと見てましたよ。あのとき、駆けつけてくれましたよね」
「ああ。だが百合川ヒイラギに先を越されたようだ」
紛れもない事実を述べたところ、ミコトは首を横に振った。
「確かにそうなんですけど、でも、アオガミさんは来てくれました。私、嬉しかった。本当に……本当に、ありがとうございました」
彼女はまた涙を流した。涙の流れないアオガミ甲型でも、現在の涙は当初のものと意味合いが異なることを理解していた。
