白騎士物語
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#2 白騎士様は戸惑い中
トウキョウ議事堂のターミナルは、アオガミ甲型及び月森ミコトを無事ベテル日本支部に導いた。薄暗い研究室はアオガミには見慣れたものだったが、ミコトは怯えていた。
「アオガミさん、ここは……」
「心配する必要はない。ベテル日本支部だ。私達は東京に帰還した」
二人で言葉を交わしていると、奥の扉から男性が現れた。アオガミに負けず劣らず背が高く、美しい黒髪と全身黒のスーツが印象的な男性だった。彼は眉を片方、ぴくりと動かした。
「物音がするので来てみれば、アオガミ甲型ではないか。かの大戦の生き残りが他にもいたとはな」
「私の他にも生き残りがいるのか」
「ああ」
アオガミと男性の会話をミコトは固唾を飲んで見守っている。その視線に気付いたのか、男性はミコトに向き直った。
「君は縄印学園の生徒だな。私はベテル日本支部長官、越水ハヤオだ」
「あ、えと、私は月森ミコトです。越水さん、ですね。初めまして」
慌てて頭を下げたミコトを一瞥し、男性――越水ハヤオは興味深そうにアオガミを見遣った。
「アオガミ甲型の帰還、それも人間の少女を伴って、とは……どうやら彼女は君の知恵ではないようだな。ナホビノではないのか、残念だ」
「……教えてほしい」
感慨深げな越水の話を遮り、アオガミは胸に燻る懸念を口にした。
「私は廃棄されるのだろうか?」
この一言に、狭い研究室が緊張感に満ちた。ミコトですら不安そうに顔を歪める。
「まさか、貴重な『アオガミ』を廃棄などするわけがなかろう。メンテナンスを受けた後は、ベテル日本支部のために働いてもらう」
越水の言葉に誰よりもアオガミが安心していた。安心、安堵。そのような感情はデータで知るのみで、アオガミ自身とは縁のないものだと思っていた。
縄印学園高等科三年生、百合川ヒイラギ。彼は読書が好きなごく普通の高校生だったが魔界に落ちアオガミと出会い、一つの体に二つの魂を宿す合一神となった。トウキョウ議事堂のターミナルから現世に戻り学園生活に復帰してからも、どこか落ち着かないふわふわした心地だった。
「百合川くん、どうしたの?」
放課後の図書室で、ヒイラギはクラスメイトの月森ミコトに声をかけられた。二人は図書委員、放課後の図書室の管理は二人に任されている。ヒイラギは我に返り、不思議そうにしている彼女に微笑んだ。
「ちょっとぼーっとしてたんだ。ごめんね」
「ううん、いいけど……最近ぼーっとしてるね。何かあったの?進路が心配とか?」
進路をどうするか。高校三年生にとっては一大事のはずだが、ヒイラギにはもはや瑣末な問題だった。ベテル日本支部、跋扈する悪魔、対抗する秩序の天使、現状唯一ナホビノになれる自分、かりそめの東京――一介の高校生が立ち入るには壮大すぎる裏事情を知ってしまった今、学園生活にどうにも集中できなかった。せっかく月森ミコトと二人きりの時間を過ごしているというのに。ヒイラギは苦笑した。
「進路、ね……まぁ心配といえば心配かな。それはそうと、月森さんだって変にそわそわしてない?」
「え……私?」
彼女をよく観察しているヒイラギとしては、彼女の変化のほうこそ気がかりだった。スマートフォンを落ち着きなく眺めてはため息をつく様子は、どこからどう見ても「変」だった。ミコトはあはは、と笑ってみせた。
「そうかもね。私、ずっと気にしてることがあって……連絡を待ってるの」
「気にしてることって?」
彼女の心の一部を持っていくほどの事項とは、果たして何だろうか。ヒイラギには想像もつかなかった。そして同時に歯痒く思える。彼女とはそれなりに会話をしてきたはずだが、まだ懸念事項を共有するほどの仲ではないようだ。
「大したことじゃないの」
ミコトがそう言った途端、二人きりの図書室にバイブレーションが響いた。無機質な振動、ヒイラギのスマートフォンではない。ミコトは弾かれたようにスマートフォンを取り出した。そしてぱっと顔を輝かせる。
「あ……!」
画面を確認した彼女はせかせかと学生カバンを肩にかけた。そしてヒイラギに深々と頭を下げる。
「ごめんね百合川くん、どうしても外せない用事が入っちゃった。この穴埋めは絶対にするから、今日は」
「いいよ、行っておいでよ。今日は僕が最後までいるから」
慌てふためく彼女に笑顔で告げると、彼女は申し訳なさそうに、だが明るい笑顔を見せた。
「ありがとう、百合川くん!じゃあまた明日ね!」
身を翻して駆けていく彼女の背中をヒイラギは呆然と見送っていた。外せない用事とは何なのかさっぱりわからないが、「ずっと気にしてること」と連動しているのだろうなと何となく察した。
「ふう……」
ヒイラギはカウンター内の椅子に座り、頬杖をついた。お行儀が悪いが誰も見ていないしいいだろう。彼女がいないのならば、取り繕う必要もないのだから。
アオガミ甲型はベテル日本支部に帰還後、早々にメンテナンスに回されることとなった。長く修繕を怠っていたことから数日かかる、と研究員に言われアオガミはあっさり納得したものの、
「えっ……数日、ですか?じゃあその間はアオガミさんには会えないんですか?」
月森ミコトは合点がいかない様子だった。できたらアオガミと話したいと言っていた彼女だったが研究員に諭され、メンテナンスが終わり次第連絡するのでその後なら、と言われ渋々納得したのだった。
アオガミ甲型帰還から数日経過し、ようやくメンテナンスが完了した。著しく低下していた運動機能や体力も従前に戻り、今すぐ悪魔と戦うことになっても何の憂いもない状態になった。その瞬間、
「アオガミさん!」
ベテル日本支部に月森ミコトが現れ、アオガミのもとに駆け寄った。アオガミは戦闘訓練を行っているところだった。仮想敵を召喚する無機質な訓練室に、セーラー服のミコトがやってくる。どう見てもしっくりこない光景だったが、ミコトは満面の笑みを浮かべていた。
「研究員さんから連絡をいただきました!メンテナンス終わったみたいですね、アオガミさん!」
「……ああ」
アオガミは拳の開閉を繰り返しながら答えた。運動機能、正常。体のどこにも軋む違和感や体力の低下を感じさせる部分はない。現在の状態なら仮に彼女を連れて魔界を歩くことになっても、自分一人で守りきれるだろう。
「体調は大丈夫ですか?」
「ああ、万全の状態だ」
「よかったです!魔界にいたときは体調悪そうでしたもんね。ほっとしました」
ミコトはほっと胸を撫で下ろしていた。アオガミは不思議でならなかった。ミコトにとってアオガミは何ら無関係な他人のはずだが、わざわざベテルまでやって来るとは思わなかった。彼女といると記憶データにない新たな感情が湧き出ずる。
「アオガミさんはベテルで何をしてるんですか?」
「待機するよう命じられている。新たな任務が課せられるまで、訓練をすることとなっている」
「訓練……ですか。大変ですね、アオガミさん」
大変、という言葉の意味が理解できなかった。悪魔と戦い人類を守る使命を課せられたアオガミ甲型にとって、待機も訓練も当然のことだ。今後かの大戦のような大掛かりな作戦に従事する可能性もある。然るべきときに備えるのは当然であって、何ら特別なことではない。
「そうだ、アオガミさん。私はアオガミさんと好きなときに会っていいって、研究員さんから言われたんですよ」
彼女は俯き加減でもじもじと落ち着かない様子だった。よく観察するとわずかながら顔が赤らんでいるように見える。もしや体調不良だろうか。メンテナンスと休息で任意に状態を整えられるアオガミと違い、彼女は不確定要素が多い人間だ。注意深く観察する必要があろう、とアオガミは結論付けた。
「だから……アオガミさんに会いに来てもいいですか?」
「ベテルからの命令であれば、私に拒否する権限はない。君の好きなようにすることを推奨」
そう答えた瞬間、ミコトは飛び上がらんばかりに喜び、アオガミの手を握った。その手は一般的な人間の体温より高かった。反射的にアオガミは彼女の手を握り、じっくりと観察した。
「あ、あの、アオガミさん?」
「脈拍、血圧、正常よりやや高い数値。体温も微熱とまではいかないがやや高い。何か体に不調はないか」
「ふ、不調なんてないです!」
ミコトは大袈裟なまでにぶんぶんと頭を横に振った。そう主張する彼女の頬は赤く、興奮状態にあるのが読み取れる。
「前にも言ったじゃないですか、恋の病だって」
「……恋の病……」
記憶データに刻まれた特殊な単語を思い出した。アオガミ甲型は未だにその概念を理解できていなかった。アオガミはミコトの手を取ったまま告げる。
「私といると不調に陥るのであれば、やはり私とは距離を取るべきではないのか」
「そんなことないです!私はアオガミさんといたいです!それに、研究員の方もアオガミさんと会っていいって言ってるんですから、アオガミさんが嫌じゃなければ会いに来ます!」
ミコトの説明を聞いても、アオガミの疑問は解消するどころか増えるばかりだった。彼女を東京に送り届ける使命は無事達成した。現在彼女を守る命令や任務等はなく、彼女とともにいる理由は皆無。その上彼女はアオガミといると「不自然な体調不良」に陥る病にかかっているというのに、自らベテル日本支部へやって来る。不可解だ。アオガミの記憶データを全て動員して考えても論理的な結論を導き出せなかった。
結局、月森ミコトはほぼ毎日アオガミ甲型のいる訓練室へやって来た。時には訓練の様子をじっと眺めていることもある。疑問が残るもののアオガミが拒否する理由はないため、彼女と会うのが半ば日課になっていた。
「……対象の殲滅を確認」
仮想敵との戦闘を終え、アオガミは淡々と呟いた。戦うべき敵がいなくなった空間に、ミコトの拍手が響き渡る。
「わあ、アオガミさんってすごいですね!強くてかっこよくて、見惚れちゃいます」
言いながらミコトはアオガミに歩み寄り、穏やかに笑った。研究員でもない人間が見て面白い光景なのだろうか。アオガミには不思議でならなかった。
「アオガミさん、お外に興味はありませんか?」
「外?魔界のことか?」
そう尋ねると、ミコトは快活に笑って手を振った。
「魔界じゃないですよ、東京ですよ、東京!」
「……東京?」
任務で専ら魔界に遠征していたアオガミ甲型にとって「外」とは魔界のことで、ベテル日本支部以外の東京を知らなかった。任務がなければベテルの外に出る必要などない。……ということは、これは任務だろうか?アオガミは耳を覆うパーツに手を当てた。アオガミ甲型の担当研究員と通信が繋がる。
「月森ミコトが東京に興味はないか聞いてくるが、彼女と東京へ向かう任務があるのだろうか」
「今の君は月森ミコトの相手をするのが任務の一つだよ〜。そうだね、月森ミコトと東京ぶらり旅をしてきてもいいと思うよ〜、それも任務だよ」
「……」
研究員の言葉は異様なほど軽いが、「任務」という言葉は聞き流せなかった。アオガミ甲型の行動理念の根幹を成すもの。アオガミは通信を切り、ミコトと向き直った。
「研究員さん、何て言ってました?」
「君とともに過ごし、『東京ぶらり旅』をすることも任務だそうだ」
「東京ぶらり旅!いいですね!アオガミさん、私と色々行ってみましょうね!」
アオガミの言葉に喜ぶ彼女を、どう解釈していいものかわからなかった。
アオガミ甲型が初めて見た東京の空は、雲一つなく晴れ渡っていた。心地よい風が吹き抜ける東京は過ごしやすい陽気で、隣にいるミコトもセーラー服ではなく私服だ。ミコトは何故か浮かれきった様子だが、アオガミは警戒心をほどくことなく辺りを見回していた。何しろ東京にも悪魔がいないわけではない、「東京ぶらり旅」には当然ながら彼女の身の安全の確保も含まれている。
アオガミ甲型、運動機能、戦闘能力、認知能力、各種機能問題なし。アオガミははしゃぐミコトのそばを離れぬように歩いた。
「そういえばアオガミさんってご飯とか食べたりするんですか?」
「食事は極めて効率が悪い栄養摂取手段のため、基本的に行う必要はない」
「えっ」
スマートフォンであれこれと調べていたミコトは露骨にがっかりとした顔を見せた。アオガミは淡々と言葉を続けた。
「しかし万一の際に備え、食事が可能な機構になっている。食事をしても差し支えない」
「本当ですか!じゃあ美味しいもの食べに行きましょう!ふふ、アオガミさんとデートですね!」
「デート?」
記憶データにない言葉が登場した。悪魔との戦闘に特化した神造魔人には不要な概念であり、インプットすらされていない。黙りこむアオガミに、
「あれ、アオガミさん、デートって知らないんですか?」
「ああ」
「やっぱりこういうことがあると、アオガミさんって人間じゃないんだなあって思いますよね」
ミコトはしみじみと答えた。アオガミの手を取ると、彼女は照れくさそうに笑い説明してくれた。
「デートっていうのは、好きな人と二人きりで出かけたりすることですよ」
「好きな人と……」
そこでようやくアオガミは彼女の言葉を思い出した。彼女によれば、「アオガミを好きだという恋の病」にかかっているらしい。恐らくアオガミは彼女と同じ感情を有していないのだが、それでもデートになるのだろうかと思ったが、アオガミはこの疑問は言わない方が適切と判断した。彼女の精神状態に悪影響を及ぼすと予測された。
「じゃあアオガミさん、行きましょう!」
神造魔人アオガミ甲型は、人間の少女月森ミコトに手を引かれ歩き始めた。彼女の掌の体温からわかる体調は、いつもどおり「一般的な人間よりやや高めの体温、脈拍、血圧等」だった。
百合川ヒイラギは読書が好きだが、休日には時折外出する。たまには学生寮を離れ、カフェでコーヒーでも飲みながら読書するのも楽しいからだ。
さて、今日はどこのカフェにしようか。雑踏に紛れるように歩きながら考えていると、
「アオガミ……!?」
通り過ぎていく人々の中で文字どおり頭一つ抜けた長身が見えた。青い髪に白いボディスーツ、どこからどう見てもアオガミだった。もしも東京で悪魔と会敵しては困るとの理由で少し離れた場所にアオガミがついてきてはいるものの、あのアオガミはヒイラギと反対方向に歩いている。それも手を引っ張られているような、少し不自然な歩き方。誰かと一緒にいるようだ。
ヒイラギは思わず後ろを振り返った。今日も万一に備え、ヒイラギのやや後ろにアオガミがいる。視線を正面に戻すと、遠ざかっていくアオガミが見える。アオガミが二人いる?ヒイラギの頭は混乱していた。とりあえず不思議なものを見たからにはついていかねばならないだろう。ヒイラギは遠ざかっていくアオガミを早歩きで追いかけた。
人混みをかき分け横断歩道を渡り、ひたすらにアオガミについていくと店が立ち並ぶ通りに辿り着いた。人通りがまばらになった瞬間、件のアオガミの隣には少女がいるのが見えた。明るく笑ってアオガミの手を取る少女に見覚えがあった。
「月森さん!」
ヒイラギは思わず二人に駆け寄り呼び止めた。二人の足取りが止まり、振り返る。アオガミはヒイラギの知る無機質な眼差しを、ミコトは意外そうな顔を向けていた。
「あ、百合川くん!学園の外で会うのは初めてだね」
彼女は珍しい私服姿だった。可愛い。と思ったのも束の間、ヒイラギは思わずアオガミに目を向けた。青い髪に複雑な模様が入った白のボディスーツ、金色の瞳。やはりどこからどう見てもアオガミだった。
「どうして月森さんがアオガミと一緒にいるの」
「あれ?百合川くん、アオガミさんを知ってるの?」
「知ってるも何も……」
ヒイラギの視線を受け、アオガミは怪訝そうに眉を動かした。それは些細な変化だったが、魔界でアオガミを見慣れたヒイラギにはわかる確実な違いだった。
「私はアオガミ甲型。私の他にアオガミの生き残りがいると聞いている。君が他のアオガミの生き残りと出会った少年か」
「ああ、やっぱり僕と合一したアオガミとは別人なんだ」
ヒイラギはアオガミ甲型の言葉を適切に理解した。魔界にはかの大戦で敗れた「アオガミの骸」が転がっていたが、生き延びていた個体が他にもいたということか。ヒイラギとアオガミ甲型は納得がいったものの、ミコトは完全に置いてけぼりらしく、顔に疑問符を浮かべている。
「えっと……百合川くんとアオガミさんは知り合いなの?」
「説明が難しいな……僕が知ってるのは、今目の前にいるアオガミとは別のアオガミだよ」
「……?そうなんだ」
どう考えてもよくわかっていなさそうな顔のミコトは、隣に佇むアオガミの手をぎゅっと握りしめた。ヒイラギはその些細な仕草を見逃さなかった。彼女の柔らかそうな手、いつかは触ってみたいと思っていたのに。ヒイラギは髪の一本一本が逆立つような感情を覚えていた。
「ごめんね百合川くん、私たちもう行くね。また学園で!」
「あ、ああ……うん」
申し訳なさそうにするミコトに手を引かれ、アオガミ甲型は再び雑踏に消えていった。後にはただ呆然とするヒイラギが残される。ヒイラギは小さくなる二人の背中を見送り、歯噛みした。自らの命の恩人にそっくりな別人と月森ミコトが親交を深めている。自分はこれからアオガミと冷静に話すことができるだろうか。ヒイラギは深いため息をついた。
トウキョウ議事堂のターミナルは、アオガミ甲型及び月森ミコトを無事ベテル日本支部に導いた。薄暗い研究室はアオガミには見慣れたものだったが、ミコトは怯えていた。
「アオガミさん、ここは……」
「心配する必要はない。ベテル日本支部だ。私達は東京に帰還した」
二人で言葉を交わしていると、奥の扉から男性が現れた。アオガミに負けず劣らず背が高く、美しい黒髪と全身黒のスーツが印象的な男性だった。彼は眉を片方、ぴくりと動かした。
「物音がするので来てみれば、アオガミ甲型ではないか。かの大戦の生き残りが他にもいたとはな」
「私の他にも生き残りがいるのか」
「ああ」
アオガミと男性の会話をミコトは固唾を飲んで見守っている。その視線に気付いたのか、男性はミコトに向き直った。
「君は縄印学園の生徒だな。私はベテル日本支部長官、越水ハヤオだ」
「あ、えと、私は月森ミコトです。越水さん、ですね。初めまして」
慌てて頭を下げたミコトを一瞥し、男性――越水ハヤオは興味深そうにアオガミを見遣った。
「アオガミ甲型の帰還、それも人間の少女を伴って、とは……どうやら彼女は君の知恵ではないようだな。ナホビノではないのか、残念だ」
「……教えてほしい」
感慨深げな越水の話を遮り、アオガミは胸に燻る懸念を口にした。
「私は廃棄されるのだろうか?」
この一言に、狭い研究室が緊張感に満ちた。ミコトですら不安そうに顔を歪める。
「まさか、貴重な『アオガミ』を廃棄などするわけがなかろう。メンテナンスを受けた後は、ベテル日本支部のために働いてもらう」
越水の言葉に誰よりもアオガミが安心していた。安心、安堵。そのような感情はデータで知るのみで、アオガミ自身とは縁のないものだと思っていた。
縄印学園高等科三年生、百合川ヒイラギ。彼は読書が好きなごく普通の高校生だったが魔界に落ちアオガミと出会い、一つの体に二つの魂を宿す合一神となった。トウキョウ議事堂のターミナルから現世に戻り学園生活に復帰してからも、どこか落ち着かないふわふわした心地だった。
「百合川くん、どうしたの?」
放課後の図書室で、ヒイラギはクラスメイトの月森ミコトに声をかけられた。二人は図書委員、放課後の図書室の管理は二人に任されている。ヒイラギは我に返り、不思議そうにしている彼女に微笑んだ。
「ちょっとぼーっとしてたんだ。ごめんね」
「ううん、いいけど……最近ぼーっとしてるね。何かあったの?進路が心配とか?」
進路をどうするか。高校三年生にとっては一大事のはずだが、ヒイラギにはもはや瑣末な問題だった。ベテル日本支部、跋扈する悪魔、対抗する秩序の天使、現状唯一ナホビノになれる自分、かりそめの東京――一介の高校生が立ち入るには壮大すぎる裏事情を知ってしまった今、学園生活にどうにも集中できなかった。せっかく月森ミコトと二人きりの時間を過ごしているというのに。ヒイラギは苦笑した。
「進路、ね……まぁ心配といえば心配かな。それはそうと、月森さんだって変にそわそわしてない?」
「え……私?」
彼女をよく観察しているヒイラギとしては、彼女の変化のほうこそ気がかりだった。スマートフォンを落ち着きなく眺めてはため息をつく様子は、どこからどう見ても「変」だった。ミコトはあはは、と笑ってみせた。
「そうかもね。私、ずっと気にしてることがあって……連絡を待ってるの」
「気にしてることって?」
彼女の心の一部を持っていくほどの事項とは、果たして何だろうか。ヒイラギには想像もつかなかった。そして同時に歯痒く思える。彼女とはそれなりに会話をしてきたはずだが、まだ懸念事項を共有するほどの仲ではないようだ。
「大したことじゃないの」
ミコトがそう言った途端、二人きりの図書室にバイブレーションが響いた。無機質な振動、ヒイラギのスマートフォンではない。ミコトは弾かれたようにスマートフォンを取り出した。そしてぱっと顔を輝かせる。
「あ……!」
画面を確認した彼女はせかせかと学生カバンを肩にかけた。そしてヒイラギに深々と頭を下げる。
「ごめんね百合川くん、どうしても外せない用事が入っちゃった。この穴埋めは絶対にするから、今日は」
「いいよ、行っておいでよ。今日は僕が最後までいるから」
慌てふためく彼女に笑顔で告げると、彼女は申し訳なさそうに、だが明るい笑顔を見せた。
「ありがとう、百合川くん!じゃあまた明日ね!」
身を翻して駆けていく彼女の背中をヒイラギは呆然と見送っていた。外せない用事とは何なのかさっぱりわからないが、「ずっと気にしてること」と連動しているのだろうなと何となく察した。
「ふう……」
ヒイラギはカウンター内の椅子に座り、頬杖をついた。お行儀が悪いが誰も見ていないしいいだろう。彼女がいないのならば、取り繕う必要もないのだから。
アオガミ甲型はベテル日本支部に帰還後、早々にメンテナンスに回されることとなった。長く修繕を怠っていたことから数日かかる、と研究員に言われアオガミはあっさり納得したものの、
「えっ……数日、ですか?じゃあその間はアオガミさんには会えないんですか?」
月森ミコトは合点がいかない様子だった。できたらアオガミと話したいと言っていた彼女だったが研究員に諭され、メンテナンスが終わり次第連絡するのでその後なら、と言われ渋々納得したのだった。
アオガミ甲型帰還から数日経過し、ようやくメンテナンスが完了した。著しく低下していた運動機能や体力も従前に戻り、今すぐ悪魔と戦うことになっても何の憂いもない状態になった。その瞬間、
「アオガミさん!」
ベテル日本支部に月森ミコトが現れ、アオガミのもとに駆け寄った。アオガミは戦闘訓練を行っているところだった。仮想敵を召喚する無機質な訓練室に、セーラー服のミコトがやってくる。どう見てもしっくりこない光景だったが、ミコトは満面の笑みを浮かべていた。
「研究員さんから連絡をいただきました!メンテナンス終わったみたいですね、アオガミさん!」
「……ああ」
アオガミは拳の開閉を繰り返しながら答えた。運動機能、正常。体のどこにも軋む違和感や体力の低下を感じさせる部分はない。現在の状態なら仮に彼女を連れて魔界を歩くことになっても、自分一人で守りきれるだろう。
「体調は大丈夫ですか?」
「ああ、万全の状態だ」
「よかったです!魔界にいたときは体調悪そうでしたもんね。ほっとしました」
ミコトはほっと胸を撫で下ろしていた。アオガミは不思議でならなかった。ミコトにとってアオガミは何ら無関係な他人のはずだが、わざわざベテルまでやって来るとは思わなかった。彼女といると記憶データにない新たな感情が湧き出ずる。
「アオガミさんはベテルで何をしてるんですか?」
「待機するよう命じられている。新たな任務が課せられるまで、訓練をすることとなっている」
「訓練……ですか。大変ですね、アオガミさん」
大変、という言葉の意味が理解できなかった。悪魔と戦い人類を守る使命を課せられたアオガミ甲型にとって、待機も訓練も当然のことだ。今後かの大戦のような大掛かりな作戦に従事する可能性もある。然るべきときに備えるのは当然であって、何ら特別なことではない。
「そうだ、アオガミさん。私はアオガミさんと好きなときに会っていいって、研究員さんから言われたんですよ」
彼女は俯き加減でもじもじと落ち着かない様子だった。よく観察するとわずかながら顔が赤らんでいるように見える。もしや体調不良だろうか。メンテナンスと休息で任意に状態を整えられるアオガミと違い、彼女は不確定要素が多い人間だ。注意深く観察する必要があろう、とアオガミは結論付けた。
「だから……アオガミさんに会いに来てもいいですか?」
「ベテルからの命令であれば、私に拒否する権限はない。君の好きなようにすることを推奨」
そう答えた瞬間、ミコトは飛び上がらんばかりに喜び、アオガミの手を握った。その手は一般的な人間の体温より高かった。反射的にアオガミは彼女の手を握り、じっくりと観察した。
「あ、あの、アオガミさん?」
「脈拍、血圧、正常よりやや高い数値。体温も微熱とまではいかないがやや高い。何か体に不調はないか」
「ふ、不調なんてないです!」
ミコトは大袈裟なまでにぶんぶんと頭を横に振った。そう主張する彼女の頬は赤く、興奮状態にあるのが読み取れる。
「前にも言ったじゃないですか、恋の病だって」
「……恋の病……」
記憶データに刻まれた特殊な単語を思い出した。アオガミ甲型は未だにその概念を理解できていなかった。アオガミはミコトの手を取ったまま告げる。
「私といると不調に陥るのであれば、やはり私とは距離を取るべきではないのか」
「そんなことないです!私はアオガミさんといたいです!それに、研究員の方もアオガミさんと会っていいって言ってるんですから、アオガミさんが嫌じゃなければ会いに来ます!」
ミコトの説明を聞いても、アオガミの疑問は解消するどころか増えるばかりだった。彼女を東京に送り届ける使命は無事達成した。現在彼女を守る命令や任務等はなく、彼女とともにいる理由は皆無。その上彼女はアオガミといると「不自然な体調不良」に陥る病にかかっているというのに、自らベテル日本支部へやって来る。不可解だ。アオガミの記憶データを全て動員して考えても論理的な結論を導き出せなかった。
結局、月森ミコトはほぼ毎日アオガミ甲型のいる訓練室へやって来た。時には訓練の様子をじっと眺めていることもある。疑問が残るもののアオガミが拒否する理由はないため、彼女と会うのが半ば日課になっていた。
「……対象の殲滅を確認」
仮想敵との戦闘を終え、アオガミは淡々と呟いた。戦うべき敵がいなくなった空間に、ミコトの拍手が響き渡る。
「わあ、アオガミさんってすごいですね!強くてかっこよくて、見惚れちゃいます」
言いながらミコトはアオガミに歩み寄り、穏やかに笑った。研究員でもない人間が見て面白い光景なのだろうか。アオガミには不思議でならなかった。
「アオガミさん、お外に興味はありませんか?」
「外?魔界のことか?」
そう尋ねると、ミコトは快活に笑って手を振った。
「魔界じゃないですよ、東京ですよ、東京!」
「……東京?」
任務で専ら魔界に遠征していたアオガミ甲型にとって「外」とは魔界のことで、ベテル日本支部以外の東京を知らなかった。任務がなければベテルの外に出る必要などない。……ということは、これは任務だろうか?アオガミは耳を覆うパーツに手を当てた。アオガミ甲型の担当研究員と通信が繋がる。
「月森ミコトが東京に興味はないか聞いてくるが、彼女と東京へ向かう任務があるのだろうか」
「今の君は月森ミコトの相手をするのが任務の一つだよ〜。そうだね、月森ミコトと東京ぶらり旅をしてきてもいいと思うよ〜、それも任務だよ」
「……」
研究員の言葉は異様なほど軽いが、「任務」という言葉は聞き流せなかった。アオガミ甲型の行動理念の根幹を成すもの。アオガミは通信を切り、ミコトと向き直った。
「研究員さん、何て言ってました?」
「君とともに過ごし、『東京ぶらり旅』をすることも任務だそうだ」
「東京ぶらり旅!いいですね!アオガミさん、私と色々行ってみましょうね!」
アオガミの言葉に喜ぶ彼女を、どう解釈していいものかわからなかった。
アオガミ甲型が初めて見た東京の空は、雲一つなく晴れ渡っていた。心地よい風が吹き抜ける東京は過ごしやすい陽気で、隣にいるミコトもセーラー服ではなく私服だ。ミコトは何故か浮かれきった様子だが、アオガミは警戒心をほどくことなく辺りを見回していた。何しろ東京にも悪魔がいないわけではない、「東京ぶらり旅」には当然ながら彼女の身の安全の確保も含まれている。
アオガミ甲型、運動機能、戦闘能力、認知能力、各種機能問題なし。アオガミははしゃぐミコトのそばを離れぬように歩いた。
「そういえばアオガミさんってご飯とか食べたりするんですか?」
「食事は極めて効率が悪い栄養摂取手段のため、基本的に行う必要はない」
「えっ」
スマートフォンであれこれと調べていたミコトは露骨にがっかりとした顔を見せた。アオガミは淡々と言葉を続けた。
「しかし万一の際に備え、食事が可能な機構になっている。食事をしても差し支えない」
「本当ですか!じゃあ美味しいもの食べに行きましょう!ふふ、アオガミさんとデートですね!」
「デート?」
記憶データにない言葉が登場した。悪魔との戦闘に特化した神造魔人には不要な概念であり、インプットすらされていない。黙りこむアオガミに、
「あれ、アオガミさん、デートって知らないんですか?」
「ああ」
「やっぱりこういうことがあると、アオガミさんって人間じゃないんだなあって思いますよね」
ミコトはしみじみと答えた。アオガミの手を取ると、彼女は照れくさそうに笑い説明してくれた。
「デートっていうのは、好きな人と二人きりで出かけたりすることですよ」
「好きな人と……」
そこでようやくアオガミは彼女の言葉を思い出した。彼女によれば、「アオガミを好きだという恋の病」にかかっているらしい。恐らくアオガミは彼女と同じ感情を有していないのだが、それでもデートになるのだろうかと思ったが、アオガミはこの疑問は言わない方が適切と判断した。彼女の精神状態に悪影響を及ぼすと予測された。
「じゃあアオガミさん、行きましょう!」
神造魔人アオガミ甲型は、人間の少女月森ミコトに手を引かれ歩き始めた。彼女の掌の体温からわかる体調は、いつもどおり「一般的な人間よりやや高めの体温、脈拍、血圧等」だった。
百合川ヒイラギは読書が好きだが、休日には時折外出する。たまには学生寮を離れ、カフェでコーヒーでも飲みながら読書するのも楽しいからだ。
さて、今日はどこのカフェにしようか。雑踏に紛れるように歩きながら考えていると、
「アオガミ……!?」
通り過ぎていく人々の中で文字どおり頭一つ抜けた長身が見えた。青い髪に白いボディスーツ、どこからどう見てもアオガミだった。もしも東京で悪魔と会敵しては困るとの理由で少し離れた場所にアオガミがついてきてはいるものの、あのアオガミはヒイラギと反対方向に歩いている。それも手を引っ張られているような、少し不自然な歩き方。誰かと一緒にいるようだ。
ヒイラギは思わず後ろを振り返った。今日も万一に備え、ヒイラギのやや後ろにアオガミがいる。視線を正面に戻すと、遠ざかっていくアオガミが見える。アオガミが二人いる?ヒイラギの頭は混乱していた。とりあえず不思議なものを見たからにはついていかねばならないだろう。ヒイラギは遠ざかっていくアオガミを早歩きで追いかけた。
人混みをかき分け横断歩道を渡り、ひたすらにアオガミについていくと店が立ち並ぶ通りに辿り着いた。人通りがまばらになった瞬間、件のアオガミの隣には少女がいるのが見えた。明るく笑ってアオガミの手を取る少女に見覚えがあった。
「月森さん!」
ヒイラギは思わず二人に駆け寄り呼び止めた。二人の足取りが止まり、振り返る。アオガミはヒイラギの知る無機質な眼差しを、ミコトは意外そうな顔を向けていた。
「あ、百合川くん!学園の外で会うのは初めてだね」
彼女は珍しい私服姿だった。可愛い。と思ったのも束の間、ヒイラギは思わずアオガミに目を向けた。青い髪に複雑な模様が入った白のボディスーツ、金色の瞳。やはりどこからどう見てもアオガミだった。
「どうして月森さんがアオガミと一緒にいるの」
「あれ?百合川くん、アオガミさんを知ってるの?」
「知ってるも何も……」
ヒイラギの視線を受け、アオガミは怪訝そうに眉を動かした。それは些細な変化だったが、魔界でアオガミを見慣れたヒイラギにはわかる確実な違いだった。
「私はアオガミ甲型。私の他にアオガミの生き残りがいると聞いている。君が他のアオガミの生き残りと出会った少年か」
「ああ、やっぱり僕と合一したアオガミとは別人なんだ」
ヒイラギはアオガミ甲型の言葉を適切に理解した。魔界にはかの大戦で敗れた「アオガミの骸」が転がっていたが、生き延びていた個体が他にもいたということか。ヒイラギとアオガミ甲型は納得がいったものの、ミコトは完全に置いてけぼりらしく、顔に疑問符を浮かべている。
「えっと……百合川くんとアオガミさんは知り合いなの?」
「説明が難しいな……僕が知ってるのは、今目の前にいるアオガミとは別のアオガミだよ」
「……?そうなんだ」
どう考えてもよくわかっていなさそうな顔のミコトは、隣に佇むアオガミの手をぎゅっと握りしめた。ヒイラギはその些細な仕草を見逃さなかった。彼女の柔らかそうな手、いつかは触ってみたいと思っていたのに。ヒイラギは髪の一本一本が逆立つような感情を覚えていた。
「ごめんね百合川くん、私たちもう行くね。また学園で!」
「あ、ああ……うん」
申し訳なさそうにするミコトに手を引かれ、アオガミ甲型は再び雑踏に消えていった。後にはただ呆然とするヒイラギが残される。ヒイラギは小さくなる二人の背中を見送り、歯噛みした。自らの命の恩人にそっくりな別人と月森ミコトが親交を深めている。自分はこれからアオガミと冷静に話すことができるだろうか。ヒイラギは深いため息をついた。
