月と花のはざま
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#10 花とともに咲く
記憶を取り戻したミズキが目を閉じ心の声に耳を傾けたとき、真っ先に脳裏に浮かんだのは百合川ヒイラギだった。彼は一貫してミズキを慕い、真っ直ぐな気持ちを向けてくれた。記憶を失くしたミズキに対しても真摯に振る舞い、悪魔から守ってくれた。彼は年下、高校生。ミズキとはそれなりの年齢差があるが、そんなことは関係ない。ミズキはメッセージアプリを起動させ、彼にメッセージを送った。今夜はもう遅い、明日じっくり彼に伝えよう。
「ミズキさん、こんばんは。またお邪魔するとは思ってなかったです」
翌日、自宅のインターフォンが鳴った。玄関の扉を開けると、百合の花が印象的な学ラン姿のヒイラギがいた。照れ臭そうな上目遣いを寄越してくる、可愛らしい。
「突然だったのに来てくれてありがとうございます。さ、どうぞ」
今度は彼にクッションに座ってもらい、ミズキはフローリングに座った。隣り合い、少し手を伸ばせば触れ合える距離間。
「それで、話って何ですか?」
「そうですね、気になりますよね。でも、話の前にご報告です。私、全部思い出したんですよ」
言葉を飲み込んだヒイラギの瞳が、少しだけ見開かれる。
「思い出した、って……」
「全部です。越水さん……長官に振られてから、あなたに告白されたことも。全部」
「……!そう、ですか」
一瞬俯いたヒイラギが、再び顔を上げる。些細な動きに合わせ、黒い前髪が繊細な波を描いて揺れた。彼の意思強い翡翠の瞳を際立たせる。
「よかったです。ミズキさん、色々考え込んだり思い出そうとしたり、辛そうでしたから」
「ええ、そうですね……ヒイラギ君。あなたに伝えたいことがあります」
ミズキは身を乗り出し、彼の膝に置かれた手に手を重ねた。ヒイラギの体が微細に震えた。困惑に揺れる翡翠の双眸がミズキを見つめている。
「ヒイラギ君。今より少し、特別な関係になりましょう」
「……特別な関係?」
「恋人同士に、です」
ヒイラギの呼吸が止まった。頬に紅がさしていく。白磁の肌に血が通っていく様は、神の落とした芸術品のような彼もごく普通の少年であることを思い出させる。初々しい反応にミズキは微笑む。
「僕を選んでください、って言ってくれましたよね。そのお返事です。記憶喪失になったりして間が空いてしまいましたけど」
「あ……で、でも、越水さんのこと、まだ……」
躊躇いがちのヒイラギの声に、精悍な黒いスーツの彼が思い浮かぶ。越水ハヤオ。かつて恋い慕った相手。それは間違いないが、ミズキは首を横に振った。
「全部思い出したとき、真っ先にあなたが思い浮かびました。ずっと私の味方でいてくれたじゃないですか、記憶を失う前から。だから、あなたを選びたいんです」
今にも泣き出しそうな彼がミズキの手を振りほどき、腕を引いた。そのまま抱きしめられる。ぽつぽつとミズキの頬にあたたかい小雨が降った。
「嬉しい……!ミズキさん、僕が一生大切にします!」
後頭部を覆う彼の手が、ミズキの髪をくしゃりと乱した。彼の息遣いを感じられる抱擁、ミズキは安堵の息をついた。至近距離で見つめる翡翠の瞳は、天気雨を受けてこれ以上ないほど美しく輝いていた。
越水ハヤオの執務室に一人の女性が訪れる。天宮ミズキ、かつては秘書として務めた女性だ。
「こんにちは、長官。最後のご挨拶に参りました」
「そうか」
執務室の机には、彼女が書いた退職届。今日が退職日だった。後任に引き継ぎを終えた後は余った有給休暇を消化することとなっていた。今日はベテル日本支部に来る必要はないのだが、律儀なことだ。
彼女は記憶を取り戻したと告げ、すぐに退職の意を述べた。私はヒイラギ君の気持ちに応えます、長官のおそばにはいられません、とも。説得を試みたが彼女の意思は固く、この日を迎えた。引き継ぎが終わればもう会うこともないと覚悟していたが、まさか再び彼女が現れるとは思わなかった。
「天宮君、君はよくやってくれた。アオガミのメンテナンスも、私の秘書も。特に合一後のアオガミの変化については、君がいなければ解き明かすことはできなかっただろう」
「ありがとうございます。でも、私はなすべきことをしただけです」
謙遜する彼女は控えめに笑っていて、今すぐ手中に収めたい欲望が渦巻く。越水も神の端くれ、その気になればただの人間に過ぎないミズキなど、強制的に手元に置いておけるだけの力はある。が、それはあまりにも無粋だ。神らしからぬ行い――そんなもの、たった一人の人間に思いが傾いただけで十分だ。
「長官、今までありがとうございました。大変お世話になりました。長官に優しくしていただいたこと、本当に嬉しかったです」
「感謝は受け取っておく。君のこれからに幸あらんことを願っている」
「はい。長官こそ、お元気で」
ミズキの九十度近い深い礼を見守る。顔を上げた彼女の周りに、小さな飛沫が散った。瞳は潤んでいる。
「天宮君、ひとつだけ、いいか」
「はい。何でしょう?」
「たとえ君が秘書を辞したとしても、君は私が守るべき東京都民のひとりだ。ベテル日本支部は……いや、私はいつでも君を受け入れる。もし君や百合川ヒイラギの手に負えぬことがあれば、相談してくれ」
越水は手を差し出した。円満な決別には握手を。ミズキは頷き、手を握り合った。
「わかりました。最後までお気遣いいただいて、ありがとうございます。長官、どうかお元気で」
手が離れ、再度礼をしたミズキが踵を返す。迷いのない足取りで執務室を出て行った。彼女が完全に去った孤独な執務室で越水は息をついた。
ミズキが退職した後のことは一切聞かなかった。どのように彼女が生きていくかなど、すぐに想像がついてしまうから。
越水は胸ポケットから煙草を一本取り出した。喫煙室に行こうかと思ったが、その場ですぐに火をつける。煙草が嫌いかもしれない相手がいない今、気にする必要はない。いくらでも紫煙に浸れば良い。越水はぎり、と煙草に歯を食い込ませた。これからしばらくは煙草を咥える日々になりそうだ。
「ミズキさん!こっちです、こっち!」
いつかもヒイラギと待ち合わせた駅。ミズキと目が合うと、彼は大きく手を振る。私服姿も相まって本当に普通の年頃の少年にしか見えず、ミズキは愛おしく思いながら駆け寄った。
「ごめんなさい、ヒイラギ君。お待たせしましたね」
「いえ、全然そんなことないです!」
普段より元気な彼の声に和むミズキの手が、そっと彼に握られた。二人きりのときは、いつも彼の方から手を繋いでくる。
「じゃあ、行きましょう。あの神社、久しぶりに行けて嬉しいですよ」
「私も嬉しいです。やっと約束が果たせましたね」
二人で顔を見合わせて笑った。どちらも指切りをしたことを忘れていなかった。実現までずいぶん時間がかかったが、二人は満足だった。
「ミズキさん、転職したんですよね。新しい仕事はどうですか?」
「あぁ……ぼちぼち、ですね。まだ一ヶ月しか経ってませんから、慣れるので手一杯です」
ベテル日本支部を退職後転職活動をし、新たな職場に慣れるまで何かと忙しく、ヒイラギとまともに過ごす時間が取れていなかった。今日が丸一日二人で出かける初めての日だ。メッセージアプリで通話やメッセージのやり取りをしていたが、やはり直接会うに限る。……正直昨日はあまり眠れなかった。こんな子供っぽい体験は久しぶりで、ミズキ自身少し戸惑っていた。
「そうですか……僕はまだ学生ですから想像しかできないですけど、大変そうですね。僕にできることがあったら、何でも言ってくださいね?」
ぎゅっと手を握ってそう語る彼の声は力強く、とても学生には見えない。彼は頼れる立派な男性だった。
「ありがとうございます。もう色々してもらってますよ」
他愛もない話をするうちに、あの神社に辿り着いた。外界と隔てられた神秘の入り口である小さな鳥居。相変わらず誰もいない。鳥居をくぐった二人は自然と押し黙った。この空間に言葉は不要。淡々と鈴を鳴らし手を合わせ、心に願いを灯す。
――ヒイラギ君と二人で楽しく過ごせますように。あ、仕事もうまくいきますように。
ミズキは目を閉じ手を合わせた沈黙の中、そう願った。ふたつも願うことは贅沢かもしれないが、切なるものだった。隣にいるヒイラギも目を開き、再び手を繋いだ。繋いでいるのが当然という仕草、ミズキもそう思っている。
「さあ、今日どうしましょう?時間はたくさんありますね」
鳥居を背にヒイラギは快活に笑う。朱塗りと黒い髪が美しく、数秒見惚れてしまった。疑問符を浮かべたヒイラギに見つめられ、ミズキは頷いた。
「じゃあ、とりあえず街に出ましょう。移動中にどうするかゆっくり考えましょうか」
そう言って歩き出そうとしたが、ヒイラギは立ち止まったままだった。きょろきょろと周囲を見回す彼を何だろうと見守っていると、
「ヒイラギくん……!」
手を繋いだままのヒイラギが距離を詰め、ミズキの唇を奪っていった。ほんの一瞬、もしかして幻覚だったかと疑ってしまったが、思わず触れた自らの唇はほんのりとあたたかかった。ヒイラギは純朴な笑みを浮かべ、
「外ですしこれが限界ですね。ミズキさん、今日は一日一緒です。行きましょう」
ぐいとミズキの手を引いて歩き出す。そんな急展開、心が追いつかない。ミズキは熱い頬を手で扇ぎながらヒイラギと歩いた。やっぱり彼は子供なんかじゃない。ミズキを掌の上でも転がせてしまう一人の男性だった。
記憶を取り戻したミズキが目を閉じ心の声に耳を傾けたとき、真っ先に脳裏に浮かんだのは百合川ヒイラギだった。彼は一貫してミズキを慕い、真っ直ぐな気持ちを向けてくれた。記憶を失くしたミズキに対しても真摯に振る舞い、悪魔から守ってくれた。彼は年下、高校生。ミズキとはそれなりの年齢差があるが、そんなことは関係ない。ミズキはメッセージアプリを起動させ、彼にメッセージを送った。今夜はもう遅い、明日じっくり彼に伝えよう。
「ミズキさん、こんばんは。またお邪魔するとは思ってなかったです」
翌日、自宅のインターフォンが鳴った。玄関の扉を開けると、百合の花が印象的な学ラン姿のヒイラギがいた。照れ臭そうな上目遣いを寄越してくる、可愛らしい。
「突然だったのに来てくれてありがとうございます。さ、どうぞ」
今度は彼にクッションに座ってもらい、ミズキはフローリングに座った。隣り合い、少し手を伸ばせば触れ合える距離間。
「それで、話って何ですか?」
「そうですね、気になりますよね。でも、話の前にご報告です。私、全部思い出したんですよ」
言葉を飲み込んだヒイラギの瞳が、少しだけ見開かれる。
「思い出した、って……」
「全部です。越水さん……長官に振られてから、あなたに告白されたことも。全部」
「……!そう、ですか」
一瞬俯いたヒイラギが、再び顔を上げる。些細な動きに合わせ、黒い前髪が繊細な波を描いて揺れた。彼の意思強い翡翠の瞳を際立たせる。
「よかったです。ミズキさん、色々考え込んだり思い出そうとしたり、辛そうでしたから」
「ええ、そうですね……ヒイラギ君。あなたに伝えたいことがあります」
ミズキは身を乗り出し、彼の膝に置かれた手に手を重ねた。ヒイラギの体が微細に震えた。困惑に揺れる翡翠の双眸がミズキを見つめている。
「ヒイラギ君。今より少し、特別な関係になりましょう」
「……特別な関係?」
「恋人同士に、です」
ヒイラギの呼吸が止まった。頬に紅がさしていく。白磁の肌に血が通っていく様は、神の落とした芸術品のような彼もごく普通の少年であることを思い出させる。初々しい反応にミズキは微笑む。
「僕を選んでください、って言ってくれましたよね。そのお返事です。記憶喪失になったりして間が空いてしまいましたけど」
「あ……で、でも、越水さんのこと、まだ……」
躊躇いがちのヒイラギの声に、精悍な黒いスーツの彼が思い浮かぶ。越水ハヤオ。かつて恋い慕った相手。それは間違いないが、ミズキは首を横に振った。
「全部思い出したとき、真っ先にあなたが思い浮かびました。ずっと私の味方でいてくれたじゃないですか、記憶を失う前から。だから、あなたを選びたいんです」
今にも泣き出しそうな彼がミズキの手を振りほどき、腕を引いた。そのまま抱きしめられる。ぽつぽつとミズキの頬にあたたかい小雨が降った。
「嬉しい……!ミズキさん、僕が一生大切にします!」
後頭部を覆う彼の手が、ミズキの髪をくしゃりと乱した。彼の息遣いを感じられる抱擁、ミズキは安堵の息をついた。至近距離で見つめる翡翠の瞳は、天気雨を受けてこれ以上ないほど美しく輝いていた。
越水ハヤオの執務室に一人の女性が訪れる。天宮ミズキ、かつては秘書として務めた女性だ。
「こんにちは、長官。最後のご挨拶に参りました」
「そうか」
執務室の机には、彼女が書いた退職届。今日が退職日だった。後任に引き継ぎを終えた後は余った有給休暇を消化することとなっていた。今日はベテル日本支部に来る必要はないのだが、律儀なことだ。
彼女は記憶を取り戻したと告げ、すぐに退職の意を述べた。私はヒイラギ君の気持ちに応えます、長官のおそばにはいられません、とも。説得を試みたが彼女の意思は固く、この日を迎えた。引き継ぎが終わればもう会うこともないと覚悟していたが、まさか再び彼女が現れるとは思わなかった。
「天宮君、君はよくやってくれた。アオガミのメンテナンスも、私の秘書も。特に合一後のアオガミの変化については、君がいなければ解き明かすことはできなかっただろう」
「ありがとうございます。でも、私はなすべきことをしただけです」
謙遜する彼女は控えめに笑っていて、今すぐ手中に収めたい欲望が渦巻く。越水も神の端くれ、その気になればただの人間に過ぎないミズキなど、強制的に手元に置いておけるだけの力はある。が、それはあまりにも無粋だ。神らしからぬ行い――そんなもの、たった一人の人間に思いが傾いただけで十分だ。
「長官、今までありがとうございました。大変お世話になりました。長官に優しくしていただいたこと、本当に嬉しかったです」
「感謝は受け取っておく。君のこれからに幸あらんことを願っている」
「はい。長官こそ、お元気で」
ミズキの九十度近い深い礼を見守る。顔を上げた彼女の周りに、小さな飛沫が散った。瞳は潤んでいる。
「天宮君、ひとつだけ、いいか」
「はい。何でしょう?」
「たとえ君が秘書を辞したとしても、君は私が守るべき東京都民のひとりだ。ベテル日本支部は……いや、私はいつでも君を受け入れる。もし君や百合川ヒイラギの手に負えぬことがあれば、相談してくれ」
越水は手を差し出した。円満な決別には握手を。ミズキは頷き、手を握り合った。
「わかりました。最後までお気遣いいただいて、ありがとうございます。長官、どうかお元気で」
手が離れ、再度礼をしたミズキが踵を返す。迷いのない足取りで執務室を出て行った。彼女が完全に去った孤独な執務室で越水は息をついた。
ミズキが退職した後のことは一切聞かなかった。どのように彼女が生きていくかなど、すぐに想像がついてしまうから。
越水は胸ポケットから煙草を一本取り出した。喫煙室に行こうかと思ったが、その場ですぐに火をつける。煙草が嫌いかもしれない相手がいない今、気にする必要はない。いくらでも紫煙に浸れば良い。越水はぎり、と煙草に歯を食い込ませた。これからしばらくは煙草を咥える日々になりそうだ。
「ミズキさん!こっちです、こっち!」
いつかもヒイラギと待ち合わせた駅。ミズキと目が合うと、彼は大きく手を振る。私服姿も相まって本当に普通の年頃の少年にしか見えず、ミズキは愛おしく思いながら駆け寄った。
「ごめんなさい、ヒイラギ君。お待たせしましたね」
「いえ、全然そんなことないです!」
普段より元気な彼の声に和むミズキの手が、そっと彼に握られた。二人きりのときは、いつも彼の方から手を繋いでくる。
「じゃあ、行きましょう。あの神社、久しぶりに行けて嬉しいですよ」
「私も嬉しいです。やっと約束が果たせましたね」
二人で顔を見合わせて笑った。どちらも指切りをしたことを忘れていなかった。実現までずいぶん時間がかかったが、二人は満足だった。
「ミズキさん、転職したんですよね。新しい仕事はどうですか?」
「あぁ……ぼちぼち、ですね。まだ一ヶ月しか経ってませんから、慣れるので手一杯です」
ベテル日本支部を退職後転職活動をし、新たな職場に慣れるまで何かと忙しく、ヒイラギとまともに過ごす時間が取れていなかった。今日が丸一日二人で出かける初めての日だ。メッセージアプリで通話やメッセージのやり取りをしていたが、やはり直接会うに限る。……正直昨日はあまり眠れなかった。こんな子供っぽい体験は久しぶりで、ミズキ自身少し戸惑っていた。
「そうですか……僕はまだ学生ですから想像しかできないですけど、大変そうですね。僕にできることがあったら、何でも言ってくださいね?」
ぎゅっと手を握ってそう語る彼の声は力強く、とても学生には見えない。彼は頼れる立派な男性だった。
「ありがとうございます。もう色々してもらってますよ」
他愛もない話をするうちに、あの神社に辿り着いた。外界と隔てられた神秘の入り口である小さな鳥居。相変わらず誰もいない。鳥居をくぐった二人は自然と押し黙った。この空間に言葉は不要。淡々と鈴を鳴らし手を合わせ、心に願いを灯す。
――ヒイラギ君と二人で楽しく過ごせますように。あ、仕事もうまくいきますように。
ミズキは目を閉じ手を合わせた沈黙の中、そう願った。ふたつも願うことは贅沢かもしれないが、切なるものだった。隣にいるヒイラギも目を開き、再び手を繋いだ。繋いでいるのが当然という仕草、ミズキもそう思っている。
「さあ、今日どうしましょう?時間はたくさんありますね」
鳥居を背にヒイラギは快活に笑う。朱塗りと黒い髪が美しく、数秒見惚れてしまった。疑問符を浮かべたヒイラギに見つめられ、ミズキは頷いた。
「じゃあ、とりあえず街に出ましょう。移動中にどうするかゆっくり考えましょうか」
そう言って歩き出そうとしたが、ヒイラギは立ち止まったままだった。きょろきょろと周囲を見回す彼を何だろうと見守っていると、
「ヒイラギくん……!」
手を繋いだままのヒイラギが距離を詰め、ミズキの唇を奪っていった。ほんの一瞬、もしかして幻覚だったかと疑ってしまったが、思わず触れた自らの唇はほんのりとあたたかかった。ヒイラギは純朴な笑みを浮かべ、
「外ですしこれが限界ですね。ミズキさん、今日は一日一緒です。行きましょう」
ぐいとミズキの手を引いて歩き出す。そんな急展開、心が追いつかない。ミズキは熱い頬を手で扇ぎながらヒイラギと歩いた。やっぱり彼は子供なんかじゃない。ミズキを掌の上でも転がせてしまう一人の男性だった。