全年齢向け
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
はらぺこさんと薬師のまほう(1/2)
いい匂いがする。食欲をくすぐる、刺激的な匂い……シチューだろうか。ヒイラギは眠りの中から急激に目を覚ました。目を開けて真っ先に飛び込んできたのは、見知らぬ天井。視線を動かすと、あまり広くない部屋に鏡台とクローゼットがあるのが見える。今寝ているベッドも一人用の小さなもので、見知らぬ他人の寝室にいるといったところだろうか。
腹が減った。気怠い体を起こした脳内での第一声。そうだ、徐々に思い出してきた。僕は迷宮で……。
ひとまず自分の状況を正確に把握する必要がある。あとはシチューと思しき匂いの食べ物を摂取できればなおよい。ヒイラギが扉を開けた瞬間、食欲を刺激してやまない匂いがますます強くなった。階段を下りる。
「〜♪」
鼻歌が聞こえた。キッチンに立つ華奢な背中が見える。背格好からして少女だろう。おそらくは彼女?が家主であると判断し、
「あの、すみません」
声をかけた。振り返ったのはごく普通の少女だった。彼女はヒイラギを見るなり心配そうな顔をする。
「あ、起きたんですね!大丈夫ですか?とりあえず座ってください」
「え、あ、うん……」
促されるままテーブルに座った瞬間、腹の虫が豪快な音を立てた。彼女は笑い、
「お腹空いてます?」
「うん……」
「ちょうどご飯どきなんでシチュー作ってたんですよ。一緒に食べますか?」
「いいの?」
「いいですよ」
てきぱきと皿を取り出して準備してくれる。あわよくばと思っていたけれど、まさか食べ物にありつけるとは。どうぞ、と差し出されたのは湯気が立つシチューとパン。ありきたりな、でも間違いなく美味しいだろう食事。ヒイラギはスプーンを受け取った瞬間、かきこんだ。それはもう、飢えた獣のように。さすがにこぼしたり汚したりしないように気をつけたものの、久しぶりのまともな食事に手が止まらない。その猛烈な食べっぷりに少女は半分呆れた顔をしているが、ヒイラギはそれに気付かなかった。
「すごい食べっぷりですね」
「お腹空いてて」
「もしかして迷宮で倒れてたのって、どこか怪我したとかじゃなくて、お腹空いてたからですか?」
「……うん」
ヒイラギは空になったシチューの皿を寂しげに見つめた。味わう間もなく食べてしまった。空腹が満たされて理性が戻り、悪いことをした気がして猛省した。
「……お金、なくなっちゃって……迷宮で果物とか、最悪草でも食べようかと思って……」
あまり実入りのいいクエストがなくじりじりとエンが減っていき、とうとう宿にすら泊まれなくなった日、気がついたら迷宮で食べ物を探していた。空腹でも迷宮に惹かれるのは冒険者の性なのかもしれない。
「食べ物を探しに迷宮に行く人なんて初めて聞きましたよ、面白い人ですね。宿の子に事情を話せばお金くらい貸してくれたと思いますよ」
「君はどうして迷宮にいたの?冒険者には見えないけど……」
「私は薬師です。迷宮には薬の材料がたくさんありますからね、それで。迷宮には何度も行きましたけど、行き倒れている人を助けたのは初めてです」
「そっか……」
ヒイラギの頭に金欠の二文字がよぎる。今日はたまたま彼女が食事を恵んでくれたが、お金がないことには変わりない。宿に泊まることもできない、どうしようか……そう思っていると、
「ひとつ提案があるんですけど」
「提案?」
少女が人差し指をぴんと立て、明るく笑った。
「お金がないなら、貯まるまで私を護衛してくれませんか。迷宮に材料を取りに行くんですけど、私はあまり戦えないのでそんなに深いところまで行けないんです。でも深いところほど貴重な材料があるみたいで……寝床とご飯は提供します、その代わり私の仕事を手伝ってください」
「え?でも……」
「薬師の作業って意外と力仕事も多くてですね……お手伝いさんを雇う余裕もありませんでしたし、ちょうどいいです」
「見ず知らずの他人だよ?本当にいいの?」
「ええ。逆にあなたこそいいんですか?断るなら叩き出しますよ」
にこにこと笑いながら言う彼女は本当に叩き出しそうで、選択肢はひとつしかなかった。
「……わかった。しばらくお世話になるよ。よろしく。僕はヒイラギ。君は……」
「ミコトです。よろしくお願いしますね」
自己紹介を済ませた瞬間、ヒイラギの腹がまだ足りないと大きな音で主張した。一人前のシチューとパンを食べたのに。縮こまるヒイラギにミコトは笑い、
「おかわり、いります?」
そう聞いてくれるから、大人しく頷いた。
「うーん……」
迷宮第一層、地下二階。その片隅でミコトはある樹木のそばに立ち止まり、たくさん実った実を前に考え込んでいた。ミコトがじっと観察しているのはアンラの実。鮮烈な黄緑や黄色をした実で、ややハードな歯ごたえと酸味が楽しい果実だ。これをすり潰して煮詰めるとテリアカβの薬液になるらしい。テリアカβには何度も世話になったが、材料がこんな身近な場所にあるとは思わなかっただけに興味深い。
「どうしたの、ミコトさん」
「いい実を探してるんです」
「いい実?」
「ええ。たとえば……」
鈴なりになった実のひとつをミコトが指差す。黄緑色を通り越して星のような黄色に染まっている。
「これもアンラの実ですけど、熟しすぎなんです。で、こっちはまだ熟してないのでだめですね」
もうひとつ指差した実は黄緑と青の中間くらいの色で、見るからに硬そうだった。
「綺麗な黄緑の実が一番薬効成分が多いんです。食べるなら、黄色の熟したものが美味しいですけどね。私はちょうどいいのを採りますから、それ以外はヒイラギさんの取り分にして構いませんよ」
ミコトは言いながら、ぷちぷちと木になった実をもいでいく。薬の材料を探すミコトを守る代わりに、薬にならない素材はヒイラギが好きにしていいことになっていた。そうして集まった素材を売りお金を貯める算段だ。熟したアンラの実もいくらか足しになるだろう。ヒイラギは数個もいで懐に忍ばせた。
迷宮に斜陽が射し込む夕暮れ時。夜になると魔物が凶暴化する、そろそろ潮時だ。互いに収穫が多く顔を綻ばせながらアーモロードに帰った。ネイピア商会で素材を売ってエンを手にしたヒイラギは、久しぶりに見たお金に安堵の息を漏らした。ミコトの家に戻ると、
「ヒイラギさん!薬を作ります!手伝ってください!」
と大量の材料を前に宣言された。ミコトの家の一階には彼女の仕事部屋がある。薬に関する書籍や植物図鑑といった本がびっちりと本棚を埋め、簡素な木の机にすり鉢や加熱用のアルコールランプが置かれている。魔女の隠れ家といった様相で、迷宮の探索ばかり行なっているヒイラギには新鮮な光景だった。
「アンラの実をすり潰してもらえます?あとの工程は私がやりますから」
と言われ巨大なすり鉢にアンラの実。にっこりと笑って手渡されたのはすりこぎ棒。家庭で使う一般的なものとはずいぶんサイズ感が違う。冒険の後の高揚した気分が下降していきげんなりするが、彼女に寝床と食事を用意してもらっている以上放棄できない。ごりごりと無心ですり潰し続けた。単調な作業ではあるが力が必要で、冒険や戦闘で用いるのとは違う筋肉を痛めつけているような気がする。これを女性のミコトがやるのは確かに骨が折れそうだ、男手が欲しくなるのも頷ける。
「ミコトさんはずっと一人でこういう作業をしてるの?」
「ええ、そうです。あまり力がないので本当に助かります。終わったら、これを練ってほしいんですよね」
言いながらミコトが差し出してきたのは、もっちりとした半透明のスライム状のもので満たされたボウル。これもなかなか大変そうだな……と思いながらすり潰していくと、黄緑色のアンラの実が液状になった。ミコトが手際よく黄緑の液体をろ過していく。ボウルにへらを突っ込みかき混ぜながら、ヒイラギはろ過の様子を観察していた。漏斗から滴る液体はろ過前より鮮烈な黄緑色で、不純物が取り除かれただろう感じがする。薬の製造工程を初めて目にするヒイラギだが、なかなか面白い。
「薬師の人たちがいるのは知ってたけど、薬を作るのって大変なんだね。ろ過した後煮詰めてまたこしたりするんでしょ?」
「そうです。薬師の仕事をわかってくれて嬉しいです」
素朴な感想を述べると、ミコトは得意げに笑っていた。素直な反応が可愛らしい。
「僕が今練ってるのは何になるの?」
「ブレイバントです」
ブレイバント、ヒイラギは名前しか聞いたことのない代物だ。何でも甘くない飴で、舐めると力が湧き出るんだとか。効能は冒険者にとってありがたいが、とにかく不味いと聞いていた。今かき混ぜているこれがそうなのか。ヒイラギが練っているものは半透明の水飴に似ているが、粘度が水飴より高く、かき混ぜるのも一苦労だ。
「これを固めたら飴になるの?」
「ええ、そうです。砂糖を入れたら味がよくなるんですけど、薬効成分が減っちゃうんですよね。このへんを改良できないかなって思ってるんですけど、なかなか難しいです」
「そっか……薬師の仕事は大変だね。迷宮に行くだけの僕らとは全然違うよ」
「冒険者さんたちがいてくれるから薬も需要がありますし、そもそも薬師は戦えない人がほとんどですから、冒険者さん様様ですよ。それはお互い様ですからね」
ミコトがヒイラギの練っているボウルを覗き込んだ。ヒイラギが丹精込めて練ったおかげで、なめらかで綺麗な見た目になっている。へらを持っている右手は疲れ切っているが。
「うん、いい感じになりましたね。じゃあバットに広げたらきりがいいですから、ご飯にしましょうか。今日は奮発してちょっといいパンを買ったんですよ」
「ほんと?楽しみだな」
機嫌がよさそうなミコトは明るく笑っていて、鼻歌を歌い始めている。ヒイラギはほどよい空腹を感じつつ、またシチューを作ってくれないかなあなんて思ったりした。
いい匂いがする。食欲をくすぐる、刺激的な匂い……シチューだろうか。ヒイラギは眠りの中から急激に目を覚ました。目を開けて真っ先に飛び込んできたのは、見知らぬ天井。視線を動かすと、あまり広くない部屋に鏡台とクローゼットがあるのが見える。今寝ているベッドも一人用の小さなもので、見知らぬ他人の寝室にいるといったところだろうか。
腹が減った。気怠い体を起こした脳内での第一声。そうだ、徐々に思い出してきた。僕は迷宮で……。
ひとまず自分の状況を正確に把握する必要がある。あとはシチューと思しき匂いの食べ物を摂取できればなおよい。ヒイラギが扉を開けた瞬間、食欲を刺激してやまない匂いがますます強くなった。階段を下りる。
「〜♪」
鼻歌が聞こえた。キッチンに立つ華奢な背中が見える。背格好からして少女だろう。おそらくは彼女?が家主であると判断し、
「あの、すみません」
声をかけた。振り返ったのはごく普通の少女だった。彼女はヒイラギを見るなり心配そうな顔をする。
「あ、起きたんですね!大丈夫ですか?とりあえず座ってください」
「え、あ、うん……」
促されるままテーブルに座った瞬間、腹の虫が豪快な音を立てた。彼女は笑い、
「お腹空いてます?」
「うん……」
「ちょうどご飯どきなんでシチュー作ってたんですよ。一緒に食べますか?」
「いいの?」
「いいですよ」
てきぱきと皿を取り出して準備してくれる。あわよくばと思っていたけれど、まさか食べ物にありつけるとは。どうぞ、と差し出されたのは湯気が立つシチューとパン。ありきたりな、でも間違いなく美味しいだろう食事。ヒイラギはスプーンを受け取った瞬間、かきこんだ。それはもう、飢えた獣のように。さすがにこぼしたり汚したりしないように気をつけたものの、久しぶりのまともな食事に手が止まらない。その猛烈な食べっぷりに少女は半分呆れた顔をしているが、ヒイラギはそれに気付かなかった。
「すごい食べっぷりですね」
「お腹空いてて」
「もしかして迷宮で倒れてたのって、どこか怪我したとかじゃなくて、お腹空いてたからですか?」
「……うん」
ヒイラギは空になったシチューの皿を寂しげに見つめた。味わう間もなく食べてしまった。空腹が満たされて理性が戻り、悪いことをした気がして猛省した。
「……お金、なくなっちゃって……迷宮で果物とか、最悪草でも食べようかと思って……」
あまり実入りのいいクエストがなくじりじりとエンが減っていき、とうとう宿にすら泊まれなくなった日、気がついたら迷宮で食べ物を探していた。空腹でも迷宮に惹かれるのは冒険者の性なのかもしれない。
「食べ物を探しに迷宮に行く人なんて初めて聞きましたよ、面白い人ですね。宿の子に事情を話せばお金くらい貸してくれたと思いますよ」
「君はどうして迷宮にいたの?冒険者には見えないけど……」
「私は薬師です。迷宮には薬の材料がたくさんありますからね、それで。迷宮には何度も行きましたけど、行き倒れている人を助けたのは初めてです」
「そっか……」
ヒイラギの頭に金欠の二文字がよぎる。今日はたまたま彼女が食事を恵んでくれたが、お金がないことには変わりない。宿に泊まることもできない、どうしようか……そう思っていると、
「ひとつ提案があるんですけど」
「提案?」
少女が人差し指をぴんと立て、明るく笑った。
「お金がないなら、貯まるまで私を護衛してくれませんか。迷宮に材料を取りに行くんですけど、私はあまり戦えないのでそんなに深いところまで行けないんです。でも深いところほど貴重な材料があるみたいで……寝床とご飯は提供します、その代わり私の仕事を手伝ってください」
「え?でも……」
「薬師の作業って意外と力仕事も多くてですね……お手伝いさんを雇う余裕もありませんでしたし、ちょうどいいです」
「見ず知らずの他人だよ?本当にいいの?」
「ええ。逆にあなたこそいいんですか?断るなら叩き出しますよ」
にこにこと笑いながら言う彼女は本当に叩き出しそうで、選択肢はひとつしかなかった。
「……わかった。しばらくお世話になるよ。よろしく。僕はヒイラギ。君は……」
「ミコトです。よろしくお願いしますね」
自己紹介を済ませた瞬間、ヒイラギの腹がまだ足りないと大きな音で主張した。一人前のシチューとパンを食べたのに。縮こまるヒイラギにミコトは笑い、
「おかわり、いります?」
そう聞いてくれるから、大人しく頷いた。
「うーん……」
迷宮第一層、地下二階。その片隅でミコトはある樹木のそばに立ち止まり、たくさん実った実を前に考え込んでいた。ミコトがじっと観察しているのはアンラの実。鮮烈な黄緑や黄色をした実で、ややハードな歯ごたえと酸味が楽しい果実だ。これをすり潰して煮詰めるとテリアカβの薬液になるらしい。テリアカβには何度も世話になったが、材料がこんな身近な場所にあるとは思わなかっただけに興味深い。
「どうしたの、ミコトさん」
「いい実を探してるんです」
「いい実?」
「ええ。たとえば……」
鈴なりになった実のひとつをミコトが指差す。黄緑色を通り越して星のような黄色に染まっている。
「これもアンラの実ですけど、熟しすぎなんです。で、こっちはまだ熟してないのでだめですね」
もうひとつ指差した実は黄緑と青の中間くらいの色で、見るからに硬そうだった。
「綺麗な黄緑の実が一番薬効成分が多いんです。食べるなら、黄色の熟したものが美味しいですけどね。私はちょうどいいのを採りますから、それ以外はヒイラギさんの取り分にして構いませんよ」
ミコトは言いながら、ぷちぷちと木になった実をもいでいく。薬の材料を探すミコトを守る代わりに、薬にならない素材はヒイラギが好きにしていいことになっていた。そうして集まった素材を売りお金を貯める算段だ。熟したアンラの実もいくらか足しになるだろう。ヒイラギは数個もいで懐に忍ばせた。
迷宮に斜陽が射し込む夕暮れ時。夜になると魔物が凶暴化する、そろそろ潮時だ。互いに収穫が多く顔を綻ばせながらアーモロードに帰った。ネイピア商会で素材を売ってエンを手にしたヒイラギは、久しぶりに見たお金に安堵の息を漏らした。ミコトの家に戻ると、
「ヒイラギさん!薬を作ります!手伝ってください!」
と大量の材料を前に宣言された。ミコトの家の一階には彼女の仕事部屋がある。薬に関する書籍や植物図鑑といった本がびっちりと本棚を埋め、簡素な木の机にすり鉢や加熱用のアルコールランプが置かれている。魔女の隠れ家といった様相で、迷宮の探索ばかり行なっているヒイラギには新鮮な光景だった。
「アンラの実をすり潰してもらえます?あとの工程は私がやりますから」
と言われ巨大なすり鉢にアンラの実。にっこりと笑って手渡されたのはすりこぎ棒。家庭で使う一般的なものとはずいぶんサイズ感が違う。冒険の後の高揚した気分が下降していきげんなりするが、彼女に寝床と食事を用意してもらっている以上放棄できない。ごりごりと無心ですり潰し続けた。単調な作業ではあるが力が必要で、冒険や戦闘で用いるのとは違う筋肉を痛めつけているような気がする。これを女性のミコトがやるのは確かに骨が折れそうだ、男手が欲しくなるのも頷ける。
「ミコトさんはずっと一人でこういう作業をしてるの?」
「ええ、そうです。あまり力がないので本当に助かります。終わったら、これを練ってほしいんですよね」
言いながらミコトが差し出してきたのは、もっちりとした半透明のスライム状のもので満たされたボウル。これもなかなか大変そうだな……と思いながらすり潰していくと、黄緑色のアンラの実が液状になった。ミコトが手際よく黄緑の液体をろ過していく。ボウルにへらを突っ込みかき混ぜながら、ヒイラギはろ過の様子を観察していた。漏斗から滴る液体はろ過前より鮮烈な黄緑色で、不純物が取り除かれただろう感じがする。薬の製造工程を初めて目にするヒイラギだが、なかなか面白い。
「薬師の人たちがいるのは知ってたけど、薬を作るのって大変なんだね。ろ過した後煮詰めてまたこしたりするんでしょ?」
「そうです。薬師の仕事をわかってくれて嬉しいです」
素朴な感想を述べると、ミコトは得意げに笑っていた。素直な反応が可愛らしい。
「僕が今練ってるのは何になるの?」
「ブレイバントです」
ブレイバント、ヒイラギは名前しか聞いたことのない代物だ。何でも甘くない飴で、舐めると力が湧き出るんだとか。効能は冒険者にとってありがたいが、とにかく不味いと聞いていた。今かき混ぜているこれがそうなのか。ヒイラギが練っているものは半透明の水飴に似ているが、粘度が水飴より高く、かき混ぜるのも一苦労だ。
「これを固めたら飴になるの?」
「ええ、そうです。砂糖を入れたら味がよくなるんですけど、薬効成分が減っちゃうんですよね。このへんを改良できないかなって思ってるんですけど、なかなか難しいです」
「そっか……薬師の仕事は大変だね。迷宮に行くだけの僕らとは全然違うよ」
「冒険者さんたちがいてくれるから薬も需要がありますし、そもそも薬師は戦えない人がほとんどですから、冒険者さん様様ですよ。それはお互い様ですからね」
ミコトがヒイラギの練っているボウルを覗き込んだ。ヒイラギが丹精込めて練ったおかげで、なめらかで綺麗な見た目になっている。へらを持っている右手は疲れ切っているが。
「うん、いい感じになりましたね。じゃあバットに広げたらきりがいいですから、ご飯にしましょうか。今日は奮発してちょっといいパンを買ったんですよ」
「ほんと?楽しみだな」
機嫌がよさそうなミコトは明るく笑っていて、鼻歌を歌い始めている。ヒイラギはほどよい空腹を感じつつ、またシチューを作ってくれないかなあなんて思ったりした。
1/4ページ