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タナバタスターゲイザー(2/2)
心ばかりが逸る日常を過ごし、白蛇ノ月の二十日を迎える。空は澄み渡る快晴、夏の日差しが眩い。今日一日この晴れが続くなら、それはそれは美しい星を見られるだろう。
「これ、効いたかな」
ヒイラギはいつものように宿屋のベッドで身を起こした。窓に白いテルテルボウズが吊るされている。顔のない彼は少し誇らしげに胸を張っているように見えた。まじないも役に立つことがあるんだな、とヒイラギは微笑みテルテルボウズを手に取り、道具袋にそっと彼を仕舞った。
今日は昼間の冒険は休み、夕方の航海まで自由時間だ。ヒイラギは細長く薄い紙を取り出した。願いごとをまだ書いていなかった。そろそろ書こう。ヒイラギはペンを取り、大きく息をついた。彼女に見せるのだから、丁寧に、綺麗な字で。人生で最も緊張しながら文字を綴り、ヒイラギはペンを置いた。約束の時間まで数時間。その数時間が、長くなった首が折れるほど待ち遠しかった。
そうして迎えた待ち合わせの時。インバーの港に停泊している船は、遠く沈んでいく夕陽に照らされくっきりと濃い影を海に刻む。今の時間帯は航海から戻る船が多く、航海の感想や成果を喜ぶ賑わいで活気がある。今から船を出そうなどと思うのはヒイラギたちくらいのものだろう。ヒイラギは誰もいない船に乗り込み、甲板から海を眺めた。水平線の彼方に丸く輝く赤い太陽が沈んでいく。朝と同じく雲のない晴天、水面は雀色の輝きを放ち、空に近付くにつれて紺色の色彩に落ち着いていく。凪いだ大人しい波の音と緩やかに吹く風、心を鎮める穏やかな風景だ。ミコトを待ち心臓が早鐘を打つヒイラギにはちょうどいい。
「ヒイラギ、もう来てたんだ」
待ち侘びていた声が聞こえ、振り返った視線の先にミコトがいた。冒険のときと同じ、濃い紫色のローブに同色の帽子を被っている。暗くなりつつあるこの時間帯で、ローブから露出した手と顔、胸元に大きく描かれた星のマークが目を引いた。見慣れた姿ではあるのだが、夕暮れの待ち合わせで見るのは初めてで新鮮味があった。
「ごめんね、結構待った?」
「いや、全然。さっき来たばっかり」
「そう。よかった」
ヒイラギは笑みを零した。小説か何かで見た覚えがあるやり取り、まさか自分がこんな言葉を言う側になろうとは。
「じゃあ、早速行きましょう。今から行けばちょうど夜になるくらいね」
「うん。行こう」
夕陽がきらめく海に向かい、出航する。どこか気怠げな海も、ミコトと二人で眺めるとまた印象が変わる。彼女は海図を広げ、目的地を確認していた。全身から期待が溢れ出ている。よほど楽しみにしていたんだなあ、と実感し微笑ましくなった。
二人を乗せた船は想定どおりの航路を進み、予定どおりの時間に目的地に辿り着いた。あれほど存在感のあった夕陽は水平線に隠れ、空は夜の闇に染まっている。すっかり暗くなってしまいミコトの服は夜に溶け込んでいるが、その分白い手と顔がよく見えた。……綺麗だ。
「ヒイラギ、ほら、早く!」
ミコトは軽やかに一歩踏み出し、動き出しが遅いヒイラギに振り返る。髪とローブの裾が美しく波打ち、振り返った彼女は暗い中でも輝く笑顔を浮かべていた。彼女こそがこの島の一等星だった。
「あ、う、うん」
見惚れていた。……なんて歯の浮くセリフは言えず、さっさと島に向かう彼女の後ろをついていく。少し出鼻を挫かれたが夜はまだまだこれからだ。
二人が降り立ったのはごく普通の無人島だった。潮風に木々が揺れ、ざわざわと葉の輪郭がゆらめく。穏やかな波が寄せては返す周期的な音が聞こえる。ミコトとともに波打ち際に立ち、空を見上げた。濃紺の夜空に星屑の水脈が輝いている。星が密集する箇所は明るい煌めきを放ち、そこから離れるにつれ明るい紫色、紺色、濃紺とグラデーションが広がる。水脈の周りにも小さな点描に似た星が存在感を放ち、ひとつくらい星が落ちてくるのではないかと錯覚しそうな、満天の星空。ヒイラギはその美しさにため息を漏らしながら、隣にいるミコトに目をやった。彼女はじっと空を仰ぎ硬直しているが、その顔は深い充足感を感じさせる穏やかなもので、横顔が星明かりに縁取られ綺麗だ。確かにこの夜空は素晴らしいが、ヒイラギはもう空を見上げるつもりはなかった。
「……ヒイラギ?」
数十秒じっくり彼女の横顔を眺めていたが、さすがに彼女も気付いたようだ。不思議そうな顔でヒイラギを見つめている。
「ミコトが綺麗だったからね、つい」
「え?私?……私?」
「うん。せっかく来たんだ、ちょっと座ろうよ」
立ち尽くすミコトを尻目にヒイラギは砂浜に座った。柔らかな砂の感触は心地よい。彼女もヒイラギの隣に座り込んだ。
「ね、ミコト。願いごと書いた?」
「え、あ、書いたけど」
「じゃあ、見せてよ。僕のも見せるから」
ワンテンポ反応が遅れ気味のミコトを導くように、ヒイラギは紙を取り出した。ヒイラギにとってはこれからが本番だ。少し彼女を翻弄するくらいがちょうどいい。
「あ、ちょっと待って……よく見えないから」
ミコトが人差し指を立てると、ふわりと二人の間に光の球が浮かび上がる。それはさながら小さな月、二人の手元付近を柔らかく照らす。紙に書いた文字のみならず、ミコトの表情もよく見える。おあつらえ向きだ。
二人はそれぞれ紙を相手に差し出した。ヒイラギが受け取った紙には、「もっと星を知りたい」と書いてあった。淡白ながら几帳面な文字を見た瞬間、ヒイラギの口元は自然と緩んでいた。簡潔で彼女らしい言葉だ。タナバタの紙には願いが叶いますように、といった体裁で書くのが一般的らしいが、そういう書き方でもないあたりが愛おしい。
「…………」
対するミコトは、ヒイラギから渡された紙を凝視して固まっていた。みるみるうちに顔が赤くなっていく。彼女の占星術によりその様子は克明に照らされ、見ているだけでも飽きない。
「あの、ヒイラギ?」
「なに?」
「これ、なに?」
至って真顔のミコトが言った言葉はよく意味がわからない。ヒイラギは苦笑した。
「どういう意味かな」
「え……だ、だってこれ、告白みたい……」
「告白だよ」
みたい、じゃない。ヒイラギは隣のミコトに身を乗り出した。ごく自然な距離感がぐっと詰まり、ミコトの唇を捉えられる距離になる。ミコトが息を呑みまた硬直した。
「こんな機会、逃したくなかった。同じギルドの冒険者ってだけじゃ満足できないから」
ミコトの瞳には、夜空を彩る星が閉じ込められている。その澄んだ瞳、ヒイラギだけが独占したい。ミコトは紙で口元を隠し、目を逸らした。
「……まさかそんな風に見られてると思わなかった」
「ほんと?今日星を見に行こうなんて言われたから、僕ちょっと期待してたんだけど」
「いやいやいや、全然そんなんじゃないから!」
思いきり首を振って否定するミコトには笑うしかないが、彼女の気持ちは一部理解した。だが、最も重要なことがわかっていない。
「ねえミコト。告白ってどういう意味かわかってるよね?……僕のことどう思ってる?」
「同じギルドの冒険者としか……思ってなかった」
肩を落としそうになる文章の中に、聞き逃せない言葉があった。
「思ってなかった?じゃあ、今はどう?告白されて、どうなった?」
ヒイラギと目を合わさないまま答えるミコトに微笑みかけた。綺麗なミコトの瞳を真正面から見られないのは寂しいが、狼狽する彼女の様子も奥ゆかしくていつまでも愛でていたくなる。
「わかん、ない……そんな、急に言われても……」
「そっか」
ヒイラギは詰めていた距離を元に戻し、両膝を抱えてミコトを見つめた。吐息が交錯しそうな距離が、ごく普通の冒険者の距離に戻る。
「ヒイラギ、その……返事とか、すぐにはできないけど……ありがとう」
ミコトは口元を隠していた紙をヒイラギに返すと、穏やかに笑んだ。
「ありがとう?なにが?」
「告白なんて初めてされたから」
「そっか。僕以外はミコトの良さに気付かなかったんだね。他の奴らの目が節穴で助かったよ」
「……なんか、意外。ヒイラギってそういうこと言うんだ」
「言うよ。好きな人にはさ」
実際の星空よりもミコトの瞳の星空を眺めていたいが、また目を逸らされてしまった。これはなかなか強敵だなあ。満点の星空のもとでの告白、なんてロマンチックなシチュエーションでも陥落してくれないらしい。それがまた「らしい」からいいんだけど。
「ヒイラギ、しばらく星を見ていてもいい?」
「いいよ。その間にテント立ててくるよ」
砂浜に座り夜空を見上げる華奢な後ろ姿を微笑ましく見守りながら、ヒイラギはテントを組み立てた。迷宮の野営地で幾度となくしてきたこと、数分で終わってしまう。ヒイラギはもう一度ミコトの隣に座り、愛おしい横顔をゆったりと眺めていた。
夜は深まり、就寝の時間が訪れる。二人は自然とテントに収まった。のだが、
「……あの……近くない?」
気まずそうなミコトの声が響いた。
「そう?野営地で休むときと同じだよ」
持ち込んでいるのは迷宮でも簡単に組み立てられる簡易なテント、二人でギリギリ横になれるような広さだ。体が触れ合うようで触れ合わない距離感はいつもどおりだが、寝転んで向かい合った彼女は少し顔色が違った。
「そう、だけど」
「なに?もしかして意識してくれてる?」
「そ、そりゃそうでしょ!」
「可愛い」
「〜〜!!」
暗くて正確な顔色を把握できないのが勿体ないが、もう声からして焦っているミコトが物珍しくてヒイラギは笑った。
「眠れないかも……」
「梟を呼ぼうか?子守唄の方がいい?」
「いや、あの、結構です。うう……」
視線がめまぐるしく泳ぐミコトに笑いかけ、ヒイラギは優しく囁いた。
「ミコト、腕枕していい?」
「う、うでまくら?なんで?」
「なんでって……僕がしたいから。嫌なら無理にとは言わないよ」
――ね。ヒイラギはミコトの瞳を優しく、しかし明瞭に見つめて呟く。少し錯乱した彼女はうっかり受け入れてくれないだろうか。
「……」
言葉の代わりに、黙ってミコトが頷く。ヒイラギが腕を伸ばすと、上腕におずおずとミコトが頭を乗せてくる。そしてあろうことかヒイラギに擦り寄ってきた。顔をヒイラギの胸に埋めている。密着したミコトの体は熱い。
「……え?どうしたの」
「変に離れると意識しちゃうから、むしろくっついた方が眠れるかもって思って」
ミコトは俯いたまま、そんな可愛いことを言ってくる。面白い発想のうえ、ヒイラギにとっては好都合だ。枕にしていない腕をミコトの背中に回し、ぽんぽんと背を叩いた。
「よしよし。よく眠れるといいね」
「……うん。おやすみ」
「おやすみ、ミコト」
顔を上げてくれないのは寂しいが、ミコトの体温を柔く感じる。まさかの結果だった。「想い合う男女」にはまだ至っていないが、その真似事をしているだけでも、一人寝ではないだけでも幸せだ。ヒイラギは感謝した。天を覆う星と、タナバタという言い伝えに。
心ばかりが逸る日常を過ごし、白蛇ノ月の二十日を迎える。空は澄み渡る快晴、夏の日差しが眩い。今日一日この晴れが続くなら、それはそれは美しい星を見られるだろう。
「これ、効いたかな」
ヒイラギはいつものように宿屋のベッドで身を起こした。窓に白いテルテルボウズが吊るされている。顔のない彼は少し誇らしげに胸を張っているように見えた。まじないも役に立つことがあるんだな、とヒイラギは微笑みテルテルボウズを手に取り、道具袋にそっと彼を仕舞った。
今日は昼間の冒険は休み、夕方の航海まで自由時間だ。ヒイラギは細長く薄い紙を取り出した。願いごとをまだ書いていなかった。そろそろ書こう。ヒイラギはペンを取り、大きく息をついた。彼女に見せるのだから、丁寧に、綺麗な字で。人生で最も緊張しながら文字を綴り、ヒイラギはペンを置いた。約束の時間まで数時間。その数時間が、長くなった首が折れるほど待ち遠しかった。
そうして迎えた待ち合わせの時。インバーの港に停泊している船は、遠く沈んでいく夕陽に照らされくっきりと濃い影を海に刻む。今の時間帯は航海から戻る船が多く、航海の感想や成果を喜ぶ賑わいで活気がある。今から船を出そうなどと思うのはヒイラギたちくらいのものだろう。ヒイラギは誰もいない船に乗り込み、甲板から海を眺めた。水平線の彼方に丸く輝く赤い太陽が沈んでいく。朝と同じく雲のない晴天、水面は雀色の輝きを放ち、空に近付くにつれて紺色の色彩に落ち着いていく。凪いだ大人しい波の音と緩やかに吹く風、心を鎮める穏やかな風景だ。ミコトを待ち心臓が早鐘を打つヒイラギにはちょうどいい。
「ヒイラギ、もう来てたんだ」
待ち侘びていた声が聞こえ、振り返った視線の先にミコトがいた。冒険のときと同じ、濃い紫色のローブに同色の帽子を被っている。暗くなりつつあるこの時間帯で、ローブから露出した手と顔、胸元に大きく描かれた星のマークが目を引いた。見慣れた姿ではあるのだが、夕暮れの待ち合わせで見るのは初めてで新鮮味があった。
「ごめんね、結構待った?」
「いや、全然。さっき来たばっかり」
「そう。よかった」
ヒイラギは笑みを零した。小説か何かで見た覚えがあるやり取り、まさか自分がこんな言葉を言う側になろうとは。
「じゃあ、早速行きましょう。今から行けばちょうど夜になるくらいね」
「うん。行こう」
夕陽がきらめく海に向かい、出航する。どこか気怠げな海も、ミコトと二人で眺めるとまた印象が変わる。彼女は海図を広げ、目的地を確認していた。全身から期待が溢れ出ている。よほど楽しみにしていたんだなあ、と実感し微笑ましくなった。
二人を乗せた船は想定どおりの航路を進み、予定どおりの時間に目的地に辿り着いた。あれほど存在感のあった夕陽は水平線に隠れ、空は夜の闇に染まっている。すっかり暗くなってしまいミコトの服は夜に溶け込んでいるが、その分白い手と顔がよく見えた。……綺麗だ。
「ヒイラギ、ほら、早く!」
ミコトは軽やかに一歩踏み出し、動き出しが遅いヒイラギに振り返る。髪とローブの裾が美しく波打ち、振り返った彼女は暗い中でも輝く笑顔を浮かべていた。彼女こそがこの島の一等星だった。
「あ、う、うん」
見惚れていた。……なんて歯の浮くセリフは言えず、さっさと島に向かう彼女の後ろをついていく。少し出鼻を挫かれたが夜はまだまだこれからだ。
二人が降り立ったのはごく普通の無人島だった。潮風に木々が揺れ、ざわざわと葉の輪郭がゆらめく。穏やかな波が寄せては返す周期的な音が聞こえる。ミコトとともに波打ち際に立ち、空を見上げた。濃紺の夜空に星屑の水脈が輝いている。星が密集する箇所は明るい煌めきを放ち、そこから離れるにつれ明るい紫色、紺色、濃紺とグラデーションが広がる。水脈の周りにも小さな点描に似た星が存在感を放ち、ひとつくらい星が落ちてくるのではないかと錯覚しそうな、満天の星空。ヒイラギはその美しさにため息を漏らしながら、隣にいるミコトに目をやった。彼女はじっと空を仰ぎ硬直しているが、その顔は深い充足感を感じさせる穏やかなもので、横顔が星明かりに縁取られ綺麗だ。確かにこの夜空は素晴らしいが、ヒイラギはもう空を見上げるつもりはなかった。
「……ヒイラギ?」
数十秒じっくり彼女の横顔を眺めていたが、さすがに彼女も気付いたようだ。不思議そうな顔でヒイラギを見つめている。
「ミコトが綺麗だったからね、つい」
「え?私?……私?」
「うん。せっかく来たんだ、ちょっと座ろうよ」
立ち尽くすミコトを尻目にヒイラギは砂浜に座った。柔らかな砂の感触は心地よい。彼女もヒイラギの隣に座り込んだ。
「ね、ミコト。願いごと書いた?」
「え、あ、書いたけど」
「じゃあ、見せてよ。僕のも見せるから」
ワンテンポ反応が遅れ気味のミコトを導くように、ヒイラギは紙を取り出した。ヒイラギにとってはこれからが本番だ。少し彼女を翻弄するくらいがちょうどいい。
「あ、ちょっと待って……よく見えないから」
ミコトが人差し指を立てると、ふわりと二人の間に光の球が浮かび上がる。それはさながら小さな月、二人の手元付近を柔らかく照らす。紙に書いた文字のみならず、ミコトの表情もよく見える。おあつらえ向きだ。
二人はそれぞれ紙を相手に差し出した。ヒイラギが受け取った紙には、「もっと星を知りたい」と書いてあった。淡白ながら几帳面な文字を見た瞬間、ヒイラギの口元は自然と緩んでいた。簡潔で彼女らしい言葉だ。タナバタの紙には願いが叶いますように、といった体裁で書くのが一般的らしいが、そういう書き方でもないあたりが愛おしい。
「…………」
対するミコトは、ヒイラギから渡された紙を凝視して固まっていた。みるみるうちに顔が赤くなっていく。彼女の占星術によりその様子は克明に照らされ、見ているだけでも飽きない。
「あの、ヒイラギ?」
「なに?」
「これ、なに?」
至って真顔のミコトが言った言葉はよく意味がわからない。ヒイラギは苦笑した。
「どういう意味かな」
「え……だ、だってこれ、告白みたい……」
「告白だよ」
みたい、じゃない。ヒイラギは隣のミコトに身を乗り出した。ごく自然な距離感がぐっと詰まり、ミコトの唇を捉えられる距離になる。ミコトが息を呑みまた硬直した。
「こんな機会、逃したくなかった。同じギルドの冒険者ってだけじゃ満足できないから」
ミコトの瞳には、夜空を彩る星が閉じ込められている。その澄んだ瞳、ヒイラギだけが独占したい。ミコトは紙で口元を隠し、目を逸らした。
「……まさかそんな風に見られてると思わなかった」
「ほんと?今日星を見に行こうなんて言われたから、僕ちょっと期待してたんだけど」
「いやいやいや、全然そんなんじゃないから!」
思いきり首を振って否定するミコトには笑うしかないが、彼女の気持ちは一部理解した。だが、最も重要なことがわかっていない。
「ねえミコト。告白ってどういう意味かわかってるよね?……僕のことどう思ってる?」
「同じギルドの冒険者としか……思ってなかった」
肩を落としそうになる文章の中に、聞き逃せない言葉があった。
「思ってなかった?じゃあ、今はどう?告白されて、どうなった?」
ヒイラギと目を合わさないまま答えるミコトに微笑みかけた。綺麗なミコトの瞳を真正面から見られないのは寂しいが、狼狽する彼女の様子も奥ゆかしくていつまでも愛でていたくなる。
「わかん、ない……そんな、急に言われても……」
「そっか」
ヒイラギは詰めていた距離を元に戻し、両膝を抱えてミコトを見つめた。吐息が交錯しそうな距離が、ごく普通の冒険者の距離に戻る。
「ヒイラギ、その……返事とか、すぐにはできないけど……ありがとう」
ミコトは口元を隠していた紙をヒイラギに返すと、穏やかに笑んだ。
「ありがとう?なにが?」
「告白なんて初めてされたから」
「そっか。僕以外はミコトの良さに気付かなかったんだね。他の奴らの目が節穴で助かったよ」
「……なんか、意外。ヒイラギってそういうこと言うんだ」
「言うよ。好きな人にはさ」
実際の星空よりもミコトの瞳の星空を眺めていたいが、また目を逸らされてしまった。これはなかなか強敵だなあ。満点の星空のもとでの告白、なんてロマンチックなシチュエーションでも陥落してくれないらしい。それがまた「らしい」からいいんだけど。
「ヒイラギ、しばらく星を見ていてもいい?」
「いいよ。その間にテント立ててくるよ」
砂浜に座り夜空を見上げる華奢な後ろ姿を微笑ましく見守りながら、ヒイラギはテントを組み立てた。迷宮の野営地で幾度となくしてきたこと、数分で終わってしまう。ヒイラギはもう一度ミコトの隣に座り、愛おしい横顔をゆったりと眺めていた。
夜は深まり、就寝の時間が訪れる。二人は自然とテントに収まった。のだが、
「……あの……近くない?」
気まずそうなミコトの声が響いた。
「そう?野営地で休むときと同じだよ」
持ち込んでいるのは迷宮でも簡単に組み立てられる簡易なテント、二人でギリギリ横になれるような広さだ。体が触れ合うようで触れ合わない距離感はいつもどおりだが、寝転んで向かい合った彼女は少し顔色が違った。
「そう、だけど」
「なに?もしかして意識してくれてる?」
「そ、そりゃそうでしょ!」
「可愛い」
「〜〜!!」
暗くて正確な顔色を把握できないのが勿体ないが、もう声からして焦っているミコトが物珍しくてヒイラギは笑った。
「眠れないかも……」
「梟を呼ぼうか?子守唄の方がいい?」
「いや、あの、結構です。うう……」
視線がめまぐるしく泳ぐミコトに笑いかけ、ヒイラギは優しく囁いた。
「ミコト、腕枕していい?」
「う、うでまくら?なんで?」
「なんでって……僕がしたいから。嫌なら無理にとは言わないよ」
――ね。ヒイラギはミコトの瞳を優しく、しかし明瞭に見つめて呟く。少し錯乱した彼女はうっかり受け入れてくれないだろうか。
「……」
言葉の代わりに、黙ってミコトが頷く。ヒイラギが腕を伸ばすと、上腕におずおずとミコトが頭を乗せてくる。そしてあろうことかヒイラギに擦り寄ってきた。顔をヒイラギの胸に埋めている。密着したミコトの体は熱い。
「……え?どうしたの」
「変に離れると意識しちゃうから、むしろくっついた方が眠れるかもって思って」
ミコトは俯いたまま、そんな可愛いことを言ってくる。面白い発想のうえ、ヒイラギにとっては好都合だ。枕にしていない腕をミコトの背中に回し、ぽんぽんと背を叩いた。
「よしよし。よく眠れるといいね」
「……うん。おやすみ」
「おやすみ、ミコト」
顔を上げてくれないのは寂しいが、ミコトの体温を柔く感じる。まさかの結果だった。「想い合う男女」にはまだ至っていないが、その真似事をしているだけでも、一人寝ではないだけでも幸せだ。ヒイラギは感謝した。天を覆う星と、タナバタという言い伝えに。