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タナバタスターゲイザー(1/2)
「タナバタ?」
「うん、そう。タナバタ」
宵の口の羽ばたく蝶亭、迷宮帰りの冒険者たちで賑わう中、ミコトの声は明瞭に聞こえた。二人掛けの小さなテーブルでヒイラギは頬杖をつき、彼女の口から出た耳慣れない単語をおうむ返しした。
「極東の国の言い伝えらしいの。想い合った男女が引き裂かれて、毎年白蛇ノ月の二十日にだけ会えるってお話」
「一年に一回しか会えないってこと?悲しいお話だね」
「そうそう」
ミコトは料理を口に含み、飲み込むと続ける。
「その日は星がとても綺麗に見えるらしくて、すごく気になるの。見てみない?」
ミコトは目を輝かせ、身を乗り出して言った。先ほどまでは淡々と話していたのにずいぶんな変わりようだ。彼女はゾディアック、星に対する興味は尽きないらしい。
「いいね、僕も気になってきたな。どこならよく見えるだろうね。アーモロードは世界樹があるから見づらいかな」
「東の海に星がよく見える小さな島があるらしいの。ここ」
ミコトが広げた海図に赤い点が書いてあった。海図ではほぼ点で描かれてしまうような小さな島のようだ。おそらく無人島だろう。ヒイラギの脳内には鮮明に光景が浮かび上がっていた。人気のない静かな島、視界を遮るものがない雄大な自然のもとでミコトと二人で星を見つめる。なんと甘いひとときだろう。それこそ極東の言い伝えのような、「想い合った男女」がすることではないか。ミコトは何ら意識していなさそうで、そこだけが悲しいが。
「ね、ヒイラギ。冒険じゃないけど、付き合ってくれる?」
「もちろんだよ」
期待を込めた眼差し、しかも至近距離で見つめられて、断る無粋な男がいるだろうか。ヒイラギは迷いなく即答した。言い伝え自体はどうでもいいが、彼女と冒険とは違うひとときを過ごせるなんて、願ってもみないことだ。
ミコトにタナバタの話をされてから、ヒイラギはどこか落ち着かなかった。あまりにも気がそぞろで、タナバタについて調べてしまうほどだった。ミコトが言っていた言い伝えの他に、願いを書いた紙を植物に結びつける慣習もあるんだとか。ササと呼ばれる草らしいが、生憎アーモロードでも迷宮でも聞いたことのない名前だ。言い伝えどおりにはできそうにない。でも、せっかくなら。いつもの迷宮探索を終え、蝶亭でミコトに願いごとについて説明すると、彼女は驚いた顔をしていた。
「え、そんな慣習があるの?私、星のことしか知らなかった」
何となくそんな気がしていたヒイラギは苦笑した。彼女は星と占星術に関わること以外は割とどうでもよさそうだ。……ヒイラギは星よりも上か下か、気にはなった。口にはしないが。
「せっかくだから、お互い書いてみない?タナバタって一年に一回しかないんでしょ?色々やってみようよ」
「いいかもね。他の国の風習なんてやってみる機会はないもの」
「じゃあ、タナバタまでにこれに書いて見せ合おうよ」
ミコトに細長い紙を手渡した。ミコトの字は見たことがなかった。どんな字を書くのか興味がある。
「え……それはちょっと恥ずかしいかも」
「だめ?他の人に言ったりしないよ」
珍しくうろたえた様子の彼女に少し切り込むと、ミコトはため息をつきつつも笑った。
「ヒイラギだけになら……まあ、いいかな」
特別感を煽る言葉に、ヒイラギの心は躍った。二人だけの秘密を共有する――そんな大仰なものではないかもしれないが――なんと甘美な響き。誰が言い始めた風習なのか知らないが、遠い極東の風習にヒイラギは感謝した。
「それじゃあ、また明日。おやすみ、ヒイラギ」
「おやすみ」
食事を済ませると、羽ばたく蝶亭でミコトと別れる。いつものことだ、いつものことだが寂しかった。ヒイラギとミコトはギルドを組む冒険者、迷宮探索や航海はともに行うが、夜は完全に別行動だ。難しい依頼を受ける等イレギュラーなことがあれば蝶亭で話し込むこともあるが、あくまでも冒険者同士の域を出ない話で、こうやって夜のアーモロードに消えていくミコトを見送ると、引き止める言葉が喉のあたりで蠢き息ごと飲み込む羽目になる。
「……はぁ」
ヒイラギはミコトの背中に伸ばしかけた手をだらんと垂らし、空を仰ぎ息をついた。今宵は曇り空、彼女が望む星は見えない。空模様まですっきりしないとなると意気消沈する。ヒイラギは頭をかきながら宿屋に帰り、孤独な部屋に入った。ベッドに仰向けに寝転び、ミコトに渡したものと同じ紙をひらひらと揺らした。何も書いていない紙、ここに書く願いごとなどもう決まっている。今夜は書く気が起こらないが。
ミコトと二人で夜の海に漕ぎ出して天体観測。普段冒険しかしていない二人の、デートのようなお出かけだ。想像するだけで眠気が吹き飛び頭が冴える。色々と考えは尽きないが、とにかく当日晴れてくれないとお出かけ自体儚い流れ星になってしまう可能性がある。テルテルボウズとかいう、吊るしておくと晴れになるまじないがあるとどこかで聞いたことがある、作ってみようか。スピリチュアルなことに傾倒した試しがないヒイラギが珍しくまじないに頼りたいと思ってしまう、そんな夜だった。
翌日、ヒイラギは蝶亭でミコトと別れてからネイピア商会に向かった。回復薬から武器、見たことのない交易品まで取り揃えている、もしかしたらテルテルボウズの作り方を書いてある本が手に入るかもしれない。ヒイラギは商会に入り、本棚をじっと見つめた。背表紙を指でなぞりながら端から端までじっくり探すと、「極東史記」と書かれたものを見つけた。手に取りぱらぱらと眺めてみる。重く分厚い本で、とある極東の国の歴史、文化、伝承等様々な事項をまとめたものだ。その中に気象に関わる記載と、テルテルボウズの作り方があった。これだ。ヒイラギは本を閉じ、店主に差し出す。
「おや、ヒイラギが本を買うなど珍しいの。ゾディアックに転向でもするか?」
「僕だって、色々知りたいことくらいありますよ」
「結構結構。知は身を助けるからの。殊勝なことじゃ」
店主はにんまりと笑いながらエンを受け取っていた。何だか怪しい口ぶりだがこの人はいつもこうか、とあっさり納得しヒイラギは商会を後にした。
「さて、やってみるか……」
ヒイラギは一人宿屋の部屋で呟き、ベッドに座った。買ったばかりの本を広げ、ハンカチを取り出す。本に書かれているとおりの作業を黙々と続ける最中、ぼんやりと思い浮かぶのはミコトのこと。彼女もタナバタの日を楽しみにしているようで、普段より機嫌がいいような気がした。まだその日まで十日ほどあるが、ずいぶんと気が早い……晴れを祈るまじないの道具を今作っているヒイラギも、人のことを言えないが。
「はぁ……」
作業自体は滞りなく進むが二人の関係はそのようにいかない。ヒイラギはため息をついた。彼女がタナバタを楽しみにしている理由とヒイラギが待ち遠しく思っている理由は、おそらく決定的に違う。まあそれでもいいじゃないか。彼女と冒険以外で会うことができるのだから。そう心の中で慰めても、やはり悲しいものは悲しい。
「できた」
不格好なテルテルボウズの完成だ。本によると顔を書くことが多いらしいが、残念ながらヒイラギに絵心はなくのっぺらぼうだ。白い無地のハンカチで作られた人の形、顔がなく真白でどちらかといえば不気味だが、とりあえず本の言うとおりの造形ではある。あとはこれに願いを込め、晴れてほしい日の前日に吊るしておくと効果を発揮するらしい。早く作りすぎた。ヒイラギはベッドの端に白い人形を置き、ばふりとベッドに倒れ込んだ。
「……一緒にいたいなあ」
気楽な一人寝もいいけれど、そばにいてほしい人がいる。ヒイラギは目を閉じた。やるべきことを終えた眠気に逆らえなかった。
「タナバタ?」
「うん、そう。タナバタ」
宵の口の羽ばたく蝶亭、迷宮帰りの冒険者たちで賑わう中、ミコトの声は明瞭に聞こえた。二人掛けの小さなテーブルでヒイラギは頬杖をつき、彼女の口から出た耳慣れない単語をおうむ返しした。
「極東の国の言い伝えらしいの。想い合った男女が引き裂かれて、毎年白蛇ノ月の二十日にだけ会えるってお話」
「一年に一回しか会えないってこと?悲しいお話だね」
「そうそう」
ミコトは料理を口に含み、飲み込むと続ける。
「その日は星がとても綺麗に見えるらしくて、すごく気になるの。見てみない?」
ミコトは目を輝かせ、身を乗り出して言った。先ほどまでは淡々と話していたのにずいぶんな変わりようだ。彼女はゾディアック、星に対する興味は尽きないらしい。
「いいね、僕も気になってきたな。どこならよく見えるだろうね。アーモロードは世界樹があるから見づらいかな」
「東の海に星がよく見える小さな島があるらしいの。ここ」
ミコトが広げた海図に赤い点が書いてあった。海図ではほぼ点で描かれてしまうような小さな島のようだ。おそらく無人島だろう。ヒイラギの脳内には鮮明に光景が浮かび上がっていた。人気のない静かな島、視界を遮るものがない雄大な自然のもとでミコトと二人で星を見つめる。なんと甘いひとときだろう。それこそ極東の言い伝えのような、「想い合った男女」がすることではないか。ミコトは何ら意識していなさそうで、そこだけが悲しいが。
「ね、ヒイラギ。冒険じゃないけど、付き合ってくれる?」
「もちろんだよ」
期待を込めた眼差し、しかも至近距離で見つめられて、断る無粋な男がいるだろうか。ヒイラギは迷いなく即答した。言い伝え自体はどうでもいいが、彼女と冒険とは違うひとときを過ごせるなんて、願ってもみないことだ。
ミコトにタナバタの話をされてから、ヒイラギはどこか落ち着かなかった。あまりにも気がそぞろで、タナバタについて調べてしまうほどだった。ミコトが言っていた言い伝えの他に、願いを書いた紙を植物に結びつける慣習もあるんだとか。ササと呼ばれる草らしいが、生憎アーモロードでも迷宮でも聞いたことのない名前だ。言い伝えどおりにはできそうにない。でも、せっかくなら。いつもの迷宮探索を終え、蝶亭でミコトに願いごとについて説明すると、彼女は驚いた顔をしていた。
「え、そんな慣習があるの?私、星のことしか知らなかった」
何となくそんな気がしていたヒイラギは苦笑した。彼女は星と占星術に関わること以外は割とどうでもよさそうだ。……ヒイラギは星よりも上か下か、気にはなった。口にはしないが。
「せっかくだから、お互い書いてみない?タナバタって一年に一回しかないんでしょ?色々やってみようよ」
「いいかもね。他の国の風習なんてやってみる機会はないもの」
「じゃあ、タナバタまでにこれに書いて見せ合おうよ」
ミコトに細長い紙を手渡した。ミコトの字は見たことがなかった。どんな字を書くのか興味がある。
「え……それはちょっと恥ずかしいかも」
「だめ?他の人に言ったりしないよ」
珍しくうろたえた様子の彼女に少し切り込むと、ミコトはため息をつきつつも笑った。
「ヒイラギだけになら……まあ、いいかな」
特別感を煽る言葉に、ヒイラギの心は躍った。二人だけの秘密を共有する――そんな大仰なものではないかもしれないが――なんと甘美な響き。誰が言い始めた風習なのか知らないが、遠い極東の風習にヒイラギは感謝した。
「それじゃあ、また明日。おやすみ、ヒイラギ」
「おやすみ」
食事を済ませると、羽ばたく蝶亭でミコトと別れる。いつものことだ、いつものことだが寂しかった。ヒイラギとミコトはギルドを組む冒険者、迷宮探索や航海はともに行うが、夜は完全に別行動だ。難しい依頼を受ける等イレギュラーなことがあれば蝶亭で話し込むこともあるが、あくまでも冒険者同士の域を出ない話で、こうやって夜のアーモロードに消えていくミコトを見送ると、引き止める言葉が喉のあたりで蠢き息ごと飲み込む羽目になる。
「……はぁ」
ヒイラギはミコトの背中に伸ばしかけた手をだらんと垂らし、空を仰ぎ息をついた。今宵は曇り空、彼女が望む星は見えない。空模様まですっきりしないとなると意気消沈する。ヒイラギは頭をかきながら宿屋に帰り、孤独な部屋に入った。ベッドに仰向けに寝転び、ミコトに渡したものと同じ紙をひらひらと揺らした。何も書いていない紙、ここに書く願いごとなどもう決まっている。今夜は書く気が起こらないが。
ミコトと二人で夜の海に漕ぎ出して天体観測。普段冒険しかしていない二人の、デートのようなお出かけだ。想像するだけで眠気が吹き飛び頭が冴える。色々と考えは尽きないが、とにかく当日晴れてくれないとお出かけ自体儚い流れ星になってしまう可能性がある。テルテルボウズとかいう、吊るしておくと晴れになるまじないがあるとどこかで聞いたことがある、作ってみようか。スピリチュアルなことに傾倒した試しがないヒイラギが珍しくまじないに頼りたいと思ってしまう、そんな夜だった。
翌日、ヒイラギは蝶亭でミコトと別れてからネイピア商会に向かった。回復薬から武器、見たことのない交易品まで取り揃えている、もしかしたらテルテルボウズの作り方を書いてある本が手に入るかもしれない。ヒイラギは商会に入り、本棚をじっと見つめた。背表紙を指でなぞりながら端から端までじっくり探すと、「極東史記」と書かれたものを見つけた。手に取りぱらぱらと眺めてみる。重く分厚い本で、とある極東の国の歴史、文化、伝承等様々な事項をまとめたものだ。その中に気象に関わる記載と、テルテルボウズの作り方があった。これだ。ヒイラギは本を閉じ、店主に差し出す。
「おや、ヒイラギが本を買うなど珍しいの。ゾディアックに転向でもするか?」
「僕だって、色々知りたいことくらいありますよ」
「結構結構。知は身を助けるからの。殊勝なことじゃ」
店主はにんまりと笑いながらエンを受け取っていた。何だか怪しい口ぶりだがこの人はいつもこうか、とあっさり納得しヒイラギは商会を後にした。
「さて、やってみるか……」
ヒイラギは一人宿屋の部屋で呟き、ベッドに座った。買ったばかりの本を広げ、ハンカチを取り出す。本に書かれているとおりの作業を黙々と続ける最中、ぼんやりと思い浮かぶのはミコトのこと。彼女もタナバタの日を楽しみにしているようで、普段より機嫌がいいような気がした。まだその日まで十日ほどあるが、ずいぶんと気が早い……晴れを祈るまじないの道具を今作っているヒイラギも、人のことを言えないが。
「はぁ……」
作業自体は滞りなく進むが二人の関係はそのようにいかない。ヒイラギはため息をついた。彼女がタナバタを楽しみにしている理由とヒイラギが待ち遠しく思っている理由は、おそらく決定的に違う。まあそれでもいいじゃないか。彼女と冒険以外で会うことができるのだから。そう心の中で慰めても、やはり悲しいものは悲しい。
「できた」
不格好なテルテルボウズの完成だ。本によると顔を書くことが多いらしいが、残念ながらヒイラギに絵心はなくのっぺらぼうだ。白い無地のハンカチで作られた人の形、顔がなく真白でどちらかといえば不気味だが、とりあえず本の言うとおりの造形ではある。あとはこれに願いを込め、晴れてほしい日の前日に吊るしておくと効果を発揮するらしい。早く作りすぎた。ヒイラギはベッドの端に白い人形を置き、ばふりとベッドに倒れ込んだ。
「……一緒にいたいなあ」
気楽な一人寝もいいけれど、そばにいてほしい人がいる。ヒイラギは目を閉じた。やるべきことを終えた眠気に逆らえなかった。