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魔界のイースターバニー
「ミコト、イースターってイベントがあるらしいホね!オイラに教えてほしいホ!」
「イースター……?」
ある春が近い日、ジャアクフロストがミコトに顔を近付けて尋ねた。とんでもなく近い。ミコトの視界が黒い顔と赤い瞳でいっぱいになり、思わずミコトはのけ反った。
イースター、名前だけは知っている。ミコトはうーんと記憶を辿るが、卵と兎とパステルカラーのイメージしか浮かばない。正直にそう告げると、ジャアクフロストはむー、とつまらなさそうな声を上げた。
「ミコトはニンゲンなのにニンゲンのイベントを知らないホ!全く困ったヒホ!」
やれやれとため息をつかれミコトは少しばかり腹が立った。が、詳細を知らないのも事実、何も言い返せなかった。仕方ないホね!と言いながらジャアクフロストが離れていき、クラブにはキャスト三人が残される。サキュバスとアリスはきょとんとしていた。
「イースター?聞いたことがないわね。人間の世界はイベントが多いのね」
「なんかかわいい感じだね。わたし、気になるなぁ」
サキュバスは首を傾げ、アリスは大きな瞳でミコトを見上げていた。
魔界では卵も兎もパステルカラーも縁遠いものだ。卵といえば客のアイトワラスから聞いたジャターユの卵で作ったオムレツは美味しいという情報と、兎といえば白い兎の悪魔がいるくらいしか思いつかない。クラブがあるギンザ近辺は暗く沈んだ雰囲気、パステルカラーのパの字もない。しかしそれでも、
「店長なら何とかしちゃいそうだなぁ……」
ジャアクフロストはクリスマス、バレンタインのイベントを成功させた実績がある。どこからか情報やそれらしい飾りを仕入れてくるに違いない。ミコトは半信半疑で頷きつつ、いつかパステルカラーに染まった可愛らしいクラブが見られるかもしれないと楽しみだった。
「ヒホホ!これだけ卵があれば十分ホ!」
イースターについて尋ねられてから数日、クラブには大量の卵が置かれていた。ジャアクフロスト、サキュバス、アリスは誇らしげに胸を張っている。
「え……でか……これ、なんの卵ですか」
「ジャターユの卵よ。私たちでこっそり取ってきたの」
ミコトの問いにサキュバスがにっこりと笑って答える。アリスは遠い目をしながら「大変だったねー」と体を揺らしていた。
初めて見るジャターユの卵は一つ一つがミコトの顔ほどの大きさで、それが数十個テーブルに置かれれば妙な威圧感があった。試しにミコトが一つ持ってみると、たっぷり中身が詰まっているようで重い。赤子を抱えるような体勢になってしまう。
「イースターにちなんで、ジャターユの卵で作ったオムレツを振る舞うヒホ!」
ジャアクフロストはきっぱり言い放つと、ポンとミコトの肩に手を置いた。そしてずいっと顔を近付けてくる。圧が強い。
「オムレツを作るのはミコト、オマエに任せるホ!」
「え!?なんで私!?」
ミコトは素っ頓狂な声を上げるが、サキュバスもアリスも疑問に思うところはなかったらしく、うんうんと頷いている。
「店長のブランディングってやつよ。ジャターユの卵のオムレツって定番料理なんだけど、それを人間が作るっていうのが面白いのよね」
「そうそう、アイトワラスが作るオムレツはいつでも食べれるもんね。ミコトおねえちゃんの作ったオムレツ食べたいよ」
「ということヒホ!」
サキュバス、アリス、ジャアクフロストの視線がミコトに注がれる。当のミコトは先ほどのやり取りでは到底納得できず、
「いやいやいや!今のでわかったでしょ?みたいな顔されてもわからないから!」
叫んだものの、三人は親指を立てて楽しそうに笑うばかりだった。
イースターとは、イエス・キリストが死から蘇った日を祝う行事である。……が、このギンザにあるクラブには誰一人としてそれを知る者はいない。ただし正確なイースターの日付だけは何故か伝わったらしく、イースター当日、クラブの中は色とりどりの卵と兎のモチーフで飾り付けられていた。高級感溢れるソファーに大きな卵型のクッションがいくつも置かれ、少し優しい雰囲気を醸し出している。わざわざ壁紙をパステルカラーのものに変えており、ジャアクフロストの徹底したこだわりが見える。そして何よりも目立つのが、バニーガールと化した三人のキャストたちだった。胸から鼠蹊部までしか覆っていないバニースーツ、蝶ネクタイの付け襟、カフス、ストッキング、最大の特徴である兎耳のカチューシャ。サキュバスは妖艶な紫、アリスは涼やかな水色、ミコトは情熱的な赤いバニーガールに仕上がっており、それぞれの魅力を最大限引き出す兎が三羽といったところか。
「こ、これ、露出が多すぎない……?」
肩や両腕、両足、胸元が大胆に露出した衣装は刺激が強い。ミコトは普段と異なる趣の服装に慌てているが、サキュバスとアリスは楽しそうだった。
「あら、そうかしら?私の普段着と大して変わらないわよ」
「スカートじゃないのは初めてだから楽しいよ〜」
涼しく流すサキュバスと無邪気なアリス、恥じらっているのはミコトだけらしい。制服だと膝下くらいしか見えないし、こんな私服は着たことがない。体を手で隠すミコトは、サキュバスに背中をぽんと叩かれた。
「恥ずかしそうにしているとみっともなく見えるわ。せっかく着たのよ、恥ずかしがらないで」
「そうだよおねえちゃん。似合ってるよ、これなら青いおにいちゃんもイチコロだよ?」
「……!」
青いおにいちゃん。ヒイラギが一瞬で浮かび、ミコトは顔を赤らめた。店長の業務命令だから逆らえないとはいえ、できれば見られたくないと思ってしまった。気落ちするミコトとは裏腹に、クラブの扉が開いた。
「やあ、こんばんは」
――ヒイラギだった。青く長い髪が揺れ、ミコトを見つめにこりと笑いかけてくる。彼は固まってしまったミコトに真っ直ぐ近付き、二階を指差す。
「今夜もVIPルームに連れていって、ミコトさん」
「は、はい……」
顔から火が出る勢いだが、ご指名を受けては仕方ない。ミコトはヒイラギを伴い、いつもどおりVIPルームに向かった。VIPルームもイースターにふさわしいパステルカラーの卵と兎の飾り付けがされており、肌触りのいい卵型のクッションが置いてある。ミコトは彼とともにソファーに座ると、無意識にクッションを引き寄せぎゅっと抱きしめた。
「どうしたの、ミコトさん。恥ずかしそうにしちゃって」
「こ、こんな肌が出てる服が初めてで……恥ずかしいんです」
「ふーん……」
ヒイラギはそっと身を乗り出し、ミコトの抱えるクッションを脇に置いた。顎を人差し指で持たれ、彼と目が合う。彼の金色の瞳は鮮やかで、その中にミコトが映り込んでいるのが見えた。
「そんな風に言われたらかえって見たくなるのが男ってもんだよ。バニーガールも似合うんだね、ミコトさんって」
「あ、ううぅ……」
身を引いても背中がソファーに当たりこれ以上逃げられない。ミコトは剥がせない視線に顔を赤らめつつも、なんとか気を逸らそうと会話を始めた。
「ヒイラギさん、今日はイースターなんですよ」
「イースター?ああ、なんか卵と兎ばっかりだなって思ったけど、それで?」
「そうです。バニーガールなのも店長の提案で」
「ふーん、やっぱりジャアクフロストはセンスがいいね。こんな可愛いミコトさんが見られるなんて思わなかったな」
ふふ、と笑ったヒイラギはようやく少し身を引いてくれた。それでもじっと全身を眺められているのは変わらず、むしろ引いたことで露出している肩周りやストッキングに包まれただけの脚をまじまじと見られてしまい、余計に恥ずかしいかもしれない。ミコトはきゅっと縮こまりつつ、根付いたプロ根性で今日の特別なメニューを思い出した。
「そうだヒイラギさん、今日はイースターにちなんでジャターユの卵を使ったオムレツがあるんですよ。食べますか?」
「もしかして、ミコトさんが作ってくれたの?」
「はい、そうです」
「じゃあ全部持ってきて」
彼なら言いかねないなと思っていた言葉が聞こえ、ミコトは苦笑いした。大量に作ったオムレツ、そのうちの一皿にケチャップをかけて彼に差し出した。
「どうぞ。オムレツです」
「えっ、これだけなの?ミコトさんが作ったやつ全部欲しいんだけど」
「あー……ええと、それなんですけど」
ミコトはジャアクフロストの言いつけを思い出しつつ答えた。
「今回は皆様に提供したいからマッカを積まれても全部渡すとかはダメですって。少しお持ち帰りするくらいならいいらしいですけど」
「じゃあ後でお持ち帰りさせて」
迷いのない即答だった。素人の作ったオムレツにいかほどの価値があるのだろうか。ジャアクフロストによると、
「ちょっとヘタウマなくらいがちょうどいいホ!キレイなオムレツなんてアイトワラスに頼んだら食べられるからいらないホ!」
ということで、ミコトの作ったオムレツは正直なところ形はよくない。卵の火加減も難しく、一個一個均一には仕上がらなかった。ミコト自身味見をしたが特筆するような味でもなく、ちょっと見目麗しくない普通のオムレツといった印象である。ヒイラギが目を輝かせる意味がわからない。
「じゃあミコトさん、一口目は君に食べさせてもらいたいな」
「へ!?あ、はい……」
そういえばクリスマスにもそんなことがあったなあと懐かしく思い出しつつ、ミコトはオムレツをスプーンですくった。スプーンの上で揺れるオムレツはやはり見た目がいいとはいえず、芸術品のように美しいヒイラギの口に運ぶのを躊躇ってしまう。
「口開けてください」
「うん」
子供のように口を開けるヒイラギにスプーンを差し込む。ヒイラギは満面の笑みでオムレツを咀嚼した。彼はうんうんと頷き、嬉しそうに笑う。
「とっても美味しいよ。とろっとしてるね」
「そ、そうですか?ならいいんですけど……」
妙に気恥ずかしくなってしまい、ミコトは皿をヒイラギに押し付けた。彼は二口目、三口目とどんどん食べ進めていく。よっぽどお腹が空いてたのかな、空腹は最大の調味料っていうもんね。ミコトは自身を納得させ、少しばかり安堵した。
「それにしても、なんでミコトさんがオムレツを作ることになったの?」
当然の疑問にミコトはため息をついた。
「店長の方針なんです。悪魔の定番料理を人間が作るのがいいとかなんとか」
「あー、なるほどね」
ヒイラギは説明にしっかり納得したらしく、オムレツを頬張りつつ意味ありげに頷いていた。ヒイラギは元人間ということもあり親近感を抱いていたのだが、やはり純粋な人間のミコトとは少し感覚が違うのかもしれない。
「とても美味しいよ。アイトワラスが作ったオムレツよりずっと美味しい」
「……そう、ですか?」
「そうだよ。……ああでも、嫌だな……このオムレツ、僕以外も食べるのか……」
綺麗に完食しぼそぼそと何事かを呟くヒイラギの口元にケチャップが付着している。ミコトは呆れ気味に笑いつつハンカチを取り出した。彼の口元を拭ってやる。
「ケチャップついてました。もう綺麗になりましたよ」
「あ、ありがとう」
ケチャップがついていた彼は子供っぽかったのに、唇を舐める彼は艶やかな色気を纏っている。一瞬ごとに表情が変わる彼に心臓が高鳴り、ミコトは息をついた。彼と一緒にいると寿命が激しく伸び縮みする。
「ミコトさん」
「はい、なんですか?」
「膝枕してほしいなぁ」
「……えっ」
甘えてくるヒイラギに硬直してしまった。普段なら膝丈のドレスを着ており躊躇うこともないのだが、今夜はストッキングに包まれただけの脚、もはや素足といっても差し支えない。そこにヒイラギが寝転ぶ?ミコトの顔は着火したように赤くなった。
「えーと……何かハンカチを敷いたりとかは……」
「どうして?そんなのいらないよ。ね」
身を乗り出した彼に可愛くおねだりされれば、ミコトに断る選択肢はなかった。
「わ、わかりました……お、お手柔らかに」
承諾した瞬間ヒイラギはわかりやすく破顔し、そっとミコトの太ももに頭を預けた。仰向けで寝転ぶ彼の長い髪がソファーを青く染める。黄金の双眸は甘ったるくミコトを見つめていた。
「バニーガールのミコトさんの膝枕は格別だね。ふわふわで柔らかくて」
「そ、そうですか……?ほぼ素足なのでちょっと……その……恥ずかしいんですけど」
「ミコトさん、頭撫でてくれる?」
寝転ぶ彼は人魚のように美しいが、ねだる眼差しは甘くとろけている。ミコトはため息をつきつつも、彼の頭にそっと手を添えた。優しく撫でてやると青い髪が親しげに絡みついてくる。ヒイラギは猫のように目を細めた。
「ふふ、気持ちいいね。ミコトさん、ありがとう」
「喜んでいただけて幸いですよ」
ヒイラギの手がミコトの頬に触れた。さらりと撫でられ、ミコトはくすぐったくなってしまった。甘く微笑んだ彼は一度身を起こし、ミコトの唇を奪ってくる。口の中に甘酸っぱいケチャップの後味が広がり、ミコトまでオムレツを食べた気分になった。
「ああ、すごく気持ちいいなあ。寝ちゃいそう……」
あくびをしたヒイラギはむにゃむにゃと眠そうな目でミコトを見、頬に触れてきた。なんだか彼の頭に猫耳が見えた気がしてミコトは笑った。
「少しくらい寝ちゃっても大丈夫ですよ」
「でもそれだとミコトさんとお話できないから」
ヒイラギはかっと目を見開き、仰向けに寝転んだまま大きく背伸びをした。思いきり伸びた後脱力した彼は、魔界には似合わないふにゃふにゃの笑みを浮かべていた。
「ね、ミコトさん。色々あったんだ。お話聞いてくれるかな」
「いいですよ。何があったんですか?聞かせてください」
パステルカラーのふわふわ空間の中、疲れた彼を膝枕でのんびり癒してやる。それがバニーガールの責務かな、と苦笑しつつミコトは彼の頭を撫でた。
「ヒホー!ヒイラギ、おかえりホー!」
ミコトとの触れ合いを終え戻った悪魔の裏庭。巨大な卵を乗せた木のスプーンを持ったジャックフロストがよたよたと歩いてきた。スプーンの上で卵が不安定に揺れる。
「何やってるの、ジャックフロスト」
「今日がイースター?だってマナナンガルから聞いたホ!イースターではこうやってタマゴをスプーンに乗っけてキョーソーするって聞いたから、やってみてるホ!それにしてもヒイラギ、マナナンガルはずるいホ!」
とジャックフロストが指差す先を見ると、卵を乗せたスプーンを持つマナナンガルがいた。細く長い舌で卵の天辺を押さえているためか、卵はほとんど揺れることなく安定している。
「舌でタマゴを押さえるなんてハンソクホ!」
「あら、手を使ってないのだから反則でもなんでもないわ」
「ホー!」
じたばたするジャックフロストを眺めつつ、ヒイラギはポケットから小さな卵を取り出した。水色に塗られた殻に黄色のハートが描かれた可愛らしいものだ。ジャックフロストの興味を引いたらしく、彼はじーっと穴が開くほど眺めている。
「そのタマゴなんかキレイヒホ!」
「ああ、これはクラブでもらったやつなんだ。本物の卵じゃなくてチョコなんだって」
「ヒホー!美味しそうヒホ!」
「あ、そうそう。ジャックフロストにまたお願いがあるんだけど」
「ヒホ?」
彼にタッパーを差し出した。中にはミコトの作ったオムレツ。鮮烈な黄色のオムレツにジャックフロストは目を輝かせた。
「ヒホー!オムレツだホー!」
「そ、オムレツ。ミコトさんが作ってくれたんだ。さすがに今日はお腹いっぱいだから、後日食べようと思って。冷やしてくれるかな」
「お安いゴヨウだホー!」
ジャックフロストはスプーンを置くと、タッパーと水色の卵をぎゅっと抱えた。雪の精の目一杯の抱擁、一瞬でオムレツと卵が冷えたはずだ。
「……そういえば、あっためるのどうしよう。ジャックランタンってそういう火力調整できるタイプ?」
「多分大丈夫だホ!オイラが話しておくホ!」
仲魔の気遣いに感謝しつつ、ヒイラギはベンチに腰掛けた。ミコトの太もものぬくもりを思い出してしまい、心地よいベンチのはずが物足りなさを覚えてしまった。
――バニーガールのミコトさん、お持ち帰りしたらよかったなあ。
などと邪な考えを浮かべつつ、ヒイラギはヒホヒホと会話を交わすジャックフロストとジャックランタンを眺めていた。
「ミコト、イースターってイベントがあるらしいホね!オイラに教えてほしいホ!」
「イースター……?」
ある春が近い日、ジャアクフロストがミコトに顔を近付けて尋ねた。とんでもなく近い。ミコトの視界が黒い顔と赤い瞳でいっぱいになり、思わずミコトはのけ反った。
イースター、名前だけは知っている。ミコトはうーんと記憶を辿るが、卵と兎とパステルカラーのイメージしか浮かばない。正直にそう告げると、ジャアクフロストはむー、とつまらなさそうな声を上げた。
「ミコトはニンゲンなのにニンゲンのイベントを知らないホ!全く困ったヒホ!」
やれやれとため息をつかれミコトは少しばかり腹が立った。が、詳細を知らないのも事実、何も言い返せなかった。仕方ないホね!と言いながらジャアクフロストが離れていき、クラブにはキャスト三人が残される。サキュバスとアリスはきょとんとしていた。
「イースター?聞いたことがないわね。人間の世界はイベントが多いのね」
「なんかかわいい感じだね。わたし、気になるなぁ」
サキュバスは首を傾げ、アリスは大きな瞳でミコトを見上げていた。
魔界では卵も兎もパステルカラーも縁遠いものだ。卵といえば客のアイトワラスから聞いたジャターユの卵で作ったオムレツは美味しいという情報と、兎といえば白い兎の悪魔がいるくらいしか思いつかない。クラブがあるギンザ近辺は暗く沈んだ雰囲気、パステルカラーのパの字もない。しかしそれでも、
「店長なら何とかしちゃいそうだなぁ……」
ジャアクフロストはクリスマス、バレンタインのイベントを成功させた実績がある。どこからか情報やそれらしい飾りを仕入れてくるに違いない。ミコトは半信半疑で頷きつつ、いつかパステルカラーに染まった可愛らしいクラブが見られるかもしれないと楽しみだった。
「ヒホホ!これだけ卵があれば十分ホ!」
イースターについて尋ねられてから数日、クラブには大量の卵が置かれていた。ジャアクフロスト、サキュバス、アリスは誇らしげに胸を張っている。
「え……でか……これ、なんの卵ですか」
「ジャターユの卵よ。私たちでこっそり取ってきたの」
ミコトの問いにサキュバスがにっこりと笑って答える。アリスは遠い目をしながら「大変だったねー」と体を揺らしていた。
初めて見るジャターユの卵は一つ一つがミコトの顔ほどの大きさで、それが数十個テーブルに置かれれば妙な威圧感があった。試しにミコトが一つ持ってみると、たっぷり中身が詰まっているようで重い。赤子を抱えるような体勢になってしまう。
「イースターにちなんで、ジャターユの卵で作ったオムレツを振る舞うヒホ!」
ジャアクフロストはきっぱり言い放つと、ポンとミコトの肩に手を置いた。そしてずいっと顔を近付けてくる。圧が強い。
「オムレツを作るのはミコト、オマエに任せるホ!」
「え!?なんで私!?」
ミコトは素っ頓狂な声を上げるが、サキュバスもアリスも疑問に思うところはなかったらしく、うんうんと頷いている。
「店長のブランディングってやつよ。ジャターユの卵のオムレツって定番料理なんだけど、それを人間が作るっていうのが面白いのよね」
「そうそう、アイトワラスが作るオムレツはいつでも食べれるもんね。ミコトおねえちゃんの作ったオムレツ食べたいよ」
「ということヒホ!」
サキュバス、アリス、ジャアクフロストの視線がミコトに注がれる。当のミコトは先ほどのやり取りでは到底納得できず、
「いやいやいや!今のでわかったでしょ?みたいな顔されてもわからないから!」
叫んだものの、三人は親指を立てて楽しそうに笑うばかりだった。
イースターとは、イエス・キリストが死から蘇った日を祝う行事である。……が、このギンザにあるクラブには誰一人としてそれを知る者はいない。ただし正確なイースターの日付だけは何故か伝わったらしく、イースター当日、クラブの中は色とりどりの卵と兎のモチーフで飾り付けられていた。高級感溢れるソファーに大きな卵型のクッションがいくつも置かれ、少し優しい雰囲気を醸し出している。わざわざ壁紙をパステルカラーのものに変えており、ジャアクフロストの徹底したこだわりが見える。そして何よりも目立つのが、バニーガールと化した三人のキャストたちだった。胸から鼠蹊部までしか覆っていないバニースーツ、蝶ネクタイの付け襟、カフス、ストッキング、最大の特徴である兎耳のカチューシャ。サキュバスは妖艶な紫、アリスは涼やかな水色、ミコトは情熱的な赤いバニーガールに仕上がっており、それぞれの魅力を最大限引き出す兎が三羽といったところか。
「こ、これ、露出が多すぎない……?」
肩や両腕、両足、胸元が大胆に露出した衣装は刺激が強い。ミコトは普段と異なる趣の服装に慌てているが、サキュバスとアリスは楽しそうだった。
「あら、そうかしら?私の普段着と大して変わらないわよ」
「スカートじゃないのは初めてだから楽しいよ〜」
涼しく流すサキュバスと無邪気なアリス、恥じらっているのはミコトだけらしい。制服だと膝下くらいしか見えないし、こんな私服は着たことがない。体を手で隠すミコトは、サキュバスに背中をぽんと叩かれた。
「恥ずかしそうにしているとみっともなく見えるわ。せっかく着たのよ、恥ずかしがらないで」
「そうだよおねえちゃん。似合ってるよ、これなら青いおにいちゃんもイチコロだよ?」
「……!」
青いおにいちゃん。ヒイラギが一瞬で浮かび、ミコトは顔を赤らめた。店長の業務命令だから逆らえないとはいえ、できれば見られたくないと思ってしまった。気落ちするミコトとは裏腹に、クラブの扉が開いた。
「やあ、こんばんは」
――ヒイラギだった。青く長い髪が揺れ、ミコトを見つめにこりと笑いかけてくる。彼は固まってしまったミコトに真っ直ぐ近付き、二階を指差す。
「今夜もVIPルームに連れていって、ミコトさん」
「は、はい……」
顔から火が出る勢いだが、ご指名を受けては仕方ない。ミコトはヒイラギを伴い、いつもどおりVIPルームに向かった。VIPルームもイースターにふさわしいパステルカラーの卵と兎の飾り付けがされており、肌触りのいい卵型のクッションが置いてある。ミコトは彼とともにソファーに座ると、無意識にクッションを引き寄せぎゅっと抱きしめた。
「どうしたの、ミコトさん。恥ずかしそうにしちゃって」
「こ、こんな肌が出てる服が初めてで……恥ずかしいんです」
「ふーん……」
ヒイラギはそっと身を乗り出し、ミコトの抱えるクッションを脇に置いた。顎を人差し指で持たれ、彼と目が合う。彼の金色の瞳は鮮やかで、その中にミコトが映り込んでいるのが見えた。
「そんな風に言われたらかえって見たくなるのが男ってもんだよ。バニーガールも似合うんだね、ミコトさんって」
「あ、ううぅ……」
身を引いても背中がソファーに当たりこれ以上逃げられない。ミコトは剥がせない視線に顔を赤らめつつも、なんとか気を逸らそうと会話を始めた。
「ヒイラギさん、今日はイースターなんですよ」
「イースター?ああ、なんか卵と兎ばっかりだなって思ったけど、それで?」
「そうです。バニーガールなのも店長の提案で」
「ふーん、やっぱりジャアクフロストはセンスがいいね。こんな可愛いミコトさんが見られるなんて思わなかったな」
ふふ、と笑ったヒイラギはようやく少し身を引いてくれた。それでもじっと全身を眺められているのは変わらず、むしろ引いたことで露出している肩周りやストッキングに包まれただけの脚をまじまじと見られてしまい、余計に恥ずかしいかもしれない。ミコトはきゅっと縮こまりつつ、根付いたプロ根性で今日の特別なメニューを思い出した。
「そうだヒイラギさん、今日はイースターにちなんでジャターユの卵を使ったオムレツがあるんですよ。食べますか?」
「もしかして、ミコトさんが作ってくれたの?」
「はい、そうです」
「じゃあ全部持ってきて」
彼なら言いかねないなと思っていた言葉が聞こえ、ミコトは苦笑いした。大量に作ったオムレツ、そのうちの一皿にケチャップをかけて彼に差し出した。
「どうぞ。オムレツです」
「えっ、これだけなの?ミコトさんが作ったやつ全部欲しいんだけど」
「あー……ええと、それなんですけど」
ミコトはジャアクフロストの言いつけを思い出しつつ答えた。
「今回は皆様に提供したいからマッカを積まれても全部渡すとかはダメですって。少しお持ち帰りするくらいならいいらしいですけど」
「じゃあ後でお持ち帰りさせて」
迷いのない即答だった。素人の作ったオムレツにいかほどの価値があるのだろうか。ジャアクフロストによると、
「ちょっとヘタウマなくらいがちょうどいいホ!キレイなオムレツなんてアイトワラスに頼んだら食べられるからいらないホ!」
ということで、ミコトの作ったオムレツは正直なところ形はよくない。卵の火加減も難しく、一個一個均一には仕上がらなかった。ミコト自身味見をしたが特筆するような味でもなく、ちょっと見目麗しくない普通のオムレツといった印象である。ヒイラギが目を輝かせる意味がわからない。
「じゃあミコトさん、一口目は君に食べさせてもらいたいな」
「へ!?あ、はい……」
そういえばクリスマスにもそんなことがあったなあと懐かしく思い出しつつ、ミコトはオムレツをスプーンですくった。スプーンの上で揺れるオムレツはやはり見た目がいいとはいえず、芸術品のように美しいヒイラギの口に運ぶのを躊躇ってしまう。
「口開けてください」
「うん」
子供のように口を開けるヒイラギにスプーンを差し込む。ヒイラギは満面の笑みでオムレツを咀嚼した。彼はうんうんと頷き、嬉しそうに笑う。
「とっても美味しいよ。とろっとしてるね」
「そ、そうですか?ならいいんですけど……」
妙に気恥ずかしくなってしまい、ミコトは皿をヒイラギに押し付けた。彼は二口目、三口目とどんどん食べ進めていく。よっぽどお腹が空いてたのかな、空腹は最大の調味料っていうもんね。ミコトは自身を納得させ、少しばかり安堵した。
「それにしても、なんでミコトさんがオムレツを作ることになったの?」
当然の疑問にミコトはため息をついた。
「店長の方針なんです。悪魔の定番料理を人間が作るのがいいとかなんとか」
「あー、なるほどね」
ヒイラギは説明にしっかり納得したらしく、オムレツを頬張りつつ意味ありげに頷いていた。ヒイラギは元人間ということもあり親近感を抱いていたのだが、やはり純粋な人間のミコトとは少し感覚が違うのかもしれない。
「とても美味しいよ。アイトワラスが作ったオムレツよりずっと美味しい」
「……そう、ですか?」
「そうだよ。……ああでも、嫌だな……このオムレツ、僕以外も食べるのか……」
綺麗に完食しぼそぼそと何事かを呟くヒイラギの口元にケチャップが付着している。ミコトは呆れ気味に笑いつつハンカチを取り出した。彼の口元を拭ってやる。
「ケチャップついてました。もう綺麗になりましたよ」
「あ、ありがとう」
ケチャップがついていた彼は子供っぽかったのに、唇を舐める彼は艶やかな色気を纏っている。一瞬ごとに表情が変わる彼に心臓が高鳴り、ミコトは息をついた。彼と一緒にいると寿命が激しく伸び縮みする。
「ミコトさん」
「はい、なんですか?」
「膝枕してほしいなぁ」
「……えっ」
甘えてくるヒイラギに硬直してしまった。普段なら膝丈のドレスを着ており躊躇うこともないのだが、今夜はストッキングに包まれただけの脚、もはや素足といっても差し支えない。そこにヒイラギが寝転ぶ?ミコトの顔は着火したように赤くなった。
「えーと……何かハンカチを敷いたりとかは……」
「どうして?そんなのいらないよ。ね」
身を乗り出した彼に可愛くおねだりされれば、ミコトに断る選択肢はなかった。
「わ、わかりました……お、お手柔らかに」
承諾した瞬間ヒイラギはわかりやすく破顔し、そっとミコトの太ももに頭を預けた。仰向けで寝転ぶ彼の長い髪がソファーを青く染める。黄金の双眸は甘ったるくミコトを見つめていた。
「バニーガールのミコトさんの膝枕は格別だね。ふわふわで柔らかくて」
「そ、そうですか……?ほぼ素足なのでちょっと……その……恥ずかしいんですけど」
「ミコトさん、頭撫でてくれる?」
寝転ぶ彼は人魚のように美しいが、ねだる眼差しは甘くとろけている。ミコトはため息をつきつつも、彼の頭にそっと手を添えた。優しく撫でてやると青い髪が親しげに絡みついてくる。ヒイラギは猫のように目を細めた。
「ふふ、気持ちいいね。ミコトさん、ありがとう」
「喜んでいただけて幸いですよ」
ヒイラギの手がミコトの頬に触れた。さらりと撫でられ、ミコトはくすぐったくなってしまった。甘く微笑んだ彼は一度身を起こし、ミコトの唇を奪ってくる。口の中に甘酸っぱいケチャップの後味が広がり、ミコトまでオムレツを食べた気分になった。
「ああ、すごく気持ちいいなあ。寝ちゃいそう……」
あくびをしたヒイラギはむにゃむにゃと眠そうな目でミコトを見、頬に触れてきた。なんだか彼の頭に猫耳が見えた気がしてミコトは笑った。
「少しくらい寝ちゃっても大丈夫ですよ」
「でもそれだとミコトさんとお話できないから」
ヒイラギはかっと目を見開き、仰向けに寝転んだまま大きく背伸びをした。思いきり伸びた後脱力した彼は、魔界には似合わないふにゃふにゃの笑みを浮かべていた。
「ね、ミコトさん。色々あったんだ。お話聞いてくれるかな」
「いいですよ。何があったんですか?聞かせてください」
パステルカラーのふわふわ空間の中、疲れた彼を膝枕でのんびり癒してやる。それがバニーガールの責務かな、と苦笑しつつミコトは彼の頭を撫でた。
「ヒホー!ヒイラギ、おかえりホー!」
ミコトとの触れ合いを終え戻った悪魔の裏庭。巨大な卵を乗せた木のスプーンを持ったジャックフロストがよたよたと歩いてきた。スプーンの上で卵が不安定に揺れる。
「何やってるの、ジャックフロスト」
「今日がイースター?だってマナナンガルから聞いたホ!イースターではこうやってタマゴをスプーンに乗っけてキョーソーするって聞いたから、やってみてるホ!それにしてもヒイラギ、マナナンガルはずるいホ!」
とジャックフロストが指差す先を見ると、卵を乗せたスプーンを持つマナナンガルがいた。細く長い舌で卵の天辺を押さえているためか、卵はほとんど揺れることなく安定している。
「舌でタマゴを押さえるなんてハンソクホ!」
「あら、手を使ってないのだから反則でもなんでもないわ」
「ホー!」
じたばたするジャックフロストを眺めつつ、ヒイラギはポケットから小さな卵を取り出した。水色に塗られた殻に黄色のハートが描かれた可愛らしいものだ。ジャックフロストの興味を引いたらしく、彼はじーっと穴が開くほど眺めている。
「そのタマゴなんかキレイヒホ!」
「ああ、これはクラブでもらったやつなんだ。本物の卵じゃなくてチョコなんだって」
「ヒホー!美味しそうヒホ!」
「あ、そうそう。ジャックフロストにまたお願いがあるんだけど」
「ヒホ?」
彼にタッパーを差し出した。中にはミコトの作ったオムレツ。鮮烈な黄色のオムレツにジャックフロストは目を輝かせた。
「ヒホー!オムレツだホー!」
「そ、オムレツ。ミコトさんが作ってくれたんだ。さすがに今日はお腹いっぱいだから、後日食べようと思って。冷やしてくれるかな」
「お安いゴヨウだホー!」
ジャックフロストはスプーンを置くと、タッパーと水色の卵をぎゅっと抱えた。雪の精の目一杯の抱擁、一瞬でオムレツと卵が冷えたはずだ。
「……そういえば、あっためるのどうしよう。ジャックランタンってそういう火力調整できるタイプ?」
「多分大丈夫だホ!オイラが話しておくホ!」
仲魔の気遣いに感謝しつつ、ヒイラギはベンチに腰掛けた。ミコトの太もものぬくもりを思い出してしまい、心地よいベンチのはずが物足りなさを覚えてしまった。
――バニーガールのミコトさん、お持ち帰りしたらよかったなあ。
などと邪な考えを浮かべつつ、ヒイラギはヒホヒホと会話を交わすジャックフロストとジャックランタンを眺めていた。
