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魔界のアイドル大作戦!
「もし、おぬしが『ミコト』とやらかえ?」
「へっ?」
サキュバスと妖精の集落に買い物に出かけたミコトは、突如背後から声をかけられた。振り返るともっちりと白い顔に鳥のようなくちばし、緑の髪をなびかせ魚に似た体を持つ不思議な見た目の悪魔がいた。ふよふよと宙に浮き、つぶらな瞳でミコトを見つめている。ミコトはこんな悪魔知らないけどなあ、と思いながらも返事をした。
「あ、はい。私がミコトですけど」
「おお〜!やはりワラワ、日頃の行いがよいから『ミコト』に出会えたのう〜!」
「?」
何やら嬉しそうにふわふわと漂う悪魔に、ミコトはサキュバスと顔を見合わせた。サキュバスも悪魔の反応が理解できない様子だった。
「ねえサキュバス、この悪魔は?」
「アマビエね。でもミコトちゃん、知り合いじゃないの?」
「知らないよ。ねえ、私に何か用?」
ミコトが改めて悪魔――アマビエに声をかけると、アマビエはくちばしをパクパクと動かした。
「おぬし、『くらぶ』の『あいどる』だと聞いておる!ワラワとともに『あいどる』をやるのじゃ〜!」
「……え?」
悪魔の考えは理解できないものと理解していたが、今まさに想像の埒外の言葉が出てきた。ミコトは再度サキュバスと顔を見合わせた。サキュバスはにやりと何やら怪しい笑みを浮かべていた。
「ふ〜ん……ミコトちゃんがアイドルねぇ……まぁ彼にとってはそうでしょうね」
「え?どういうこと?」
「あの白い彼よ」
「…………えぇ?」
先ほどからミコトはまともな言葉を発せていないが、それも無理のないことだった。ミコトはクラブのキャスト、「アイドル」になった覚えはない。それがどうして「クラブのアイドル」になったのか、アマビエに一から十まで問い詰めたいくらいだった。サキュバスのいう「白い彼」はヒイラギのことだろうが、ミコトがアイドルをやったとしても喜ぶような人に見えず、もはや何が何だか。ミコトは混乱するばかりだった。
「ワラワは『あいどる』になりたいのじゃが、どうしたらよいものかと思っていての〜。そうしたらすでに『くらぶ』に『あいどる』がいるではないか!ミコト、ワラワとともにテカテカのピカピカの『あいどる』をやるのじゃ!」
アマビエは首をぐにぐにと左右に傾げながら楽しそうに話している。その様子にミコトは困り果て、思わずサキュバスに助けを求めた。
「……サキュバス、これどうしたらいいの?」
「とりあえず店長に相談してみたらいいんじゃないかしら?」
うーん、と悩みながらも他にいい案が思いつかない。ミコトはアマビエを伴いクラブに戻ることに決めた。
「アイドルぅ〜?」
開店時間前のクラブは閑散としている。ジャアクフロストは顎に手を当てると首を思いきり傾げてアマビエとミコトを交互に見やった。ミコトが気まずいながらも沈黙を受け入れていると、とてとてとやってきたアリスが不思議そうにしていた。
「おねえちゃん、どうしたの?知らない悪魔もいるね」
「ああ、アリス……えっとね……」
ミコトはこれまでの経緯――といっても数行で片付いてしまうが――を説明した。アリスはよく理解できなかったのか、にやにやと笑っているサキュバスに目を向けた。
「あいどるってなに?おねえちゃん、あいどるなの?」
「アイドルは……そうね、可愛かったりかっこよかったりして、人気がある悪魔や人のことをいうの。ミコトちゃんは確かにあの白い彼にとっては『アイドル』でしょうね」
「ふーん、そうなんだ。アマビエもあいどるになりたいって?」
「そうらしいわ」
サキュバスの説明にとりあえず納得したらしく、アリスはじっとミコトを見つめていた。……なんだろう、妙に意味深な視線だ。よくわからない空気の中、アマビエはひょこひょこふわふわと楽しそうに浮いている。アイドルになれると確信しているようだった。
「忘れてるかもだけど、ここは高級クラブだホ!アイドルとかそういうのはちょっと合わないホ!」
ジャアクフロストの至極真っ当な指摘にアマビエは露骨に衝撃を受け、
「が〜ん!ワラワ、あいどるになれないかの〜?こんなにかわいいのじゃよ〜?」
ともげそうなほど首を傾げていた。可愛らしい外見とは裏腹に意外と諦めが悪いらしい。悪魔らしい……のかもしれない、とミコトは妙に的外れな感想を抱いた。
「でもミコトがアイドルとか言われてるなら、利用しないテはないホ!高級クラブの可愛いアイドル路線、アリかもしれないホ!」
「え?え?店長?」
ミコトが呆気に取られていると、サキュバスとアリスにぽんと背中を押された。
「いい案だわ、店長。ミコトちゃんを可愛いアイドルにしてライブでもしましょうよ」
「おねえちゃんとアマビエがあいどるやってるところ、わたしも見てみたい」
「かわいいワラワとあいどるやるぞよ〜!」
「え?へ?本当にやるんですか?」
ミコトの質問にジャックフロストは拳を振り上げた。
「高級クラブのアイドルユニット、結成だホ〜!」
ヒイラギは普段どおりミコトのいるクラブに足を運んだ。通い慣れた高級クラブは今夜も変わらずシックかつ落ち着いた雰囲気で佇んでいる。扉を開けると、
「あ、白いおにいちゃん」
入り口に立っていたアリスと目が合った。店内を見渡すが、ミコトが見当たらない。一階にいないということはもうすでに接客中で、それもVIPルームにいるのだろうか。唇を噛んだ。
最近クラブに行ってもミコトがいないことが多かった。彼女の魅力が知れ渡ってしまい、VIPルームで彼女を独占する不埒な客が増えてきたのだろうかと疑念渦巻くヒイラギにアリスは淡々と告げた。
「ごめんね、おねえちゃんはちょっと色々れんしゅう中なの」
「練習?」
「うん」
クラブのキャストに何の「練習」が必要なのだろうか。ヒイラギが首を傾げていると、アリスはしまったとでも言いたげな顔になった。
「あ。言っちゃった。ごめん、おにいちゃん。さっきのは忘れて」
「……VIPルームにお客さんが来てる、とかじゃないんだ?」
「ちがうよ」
キャストのアリスがそう言うのだから事実だろう。……たぶん。アリスを信用していいかは微妙なところだが、ヒイラギはひとまず安心した。が、ミコトがいないのならクラブに用はない。踵を返しつつどこかでミコトに会えないだろうかとヒイラギは恋慕していた。
「ビホー!ミコトー!」
ミコトが妖精の集落でアマビエとひっそりライブの練習をしていたところ、衣装を持ったナホビホが駆け寄ってきた。アマビエはぐりんと不思議そうに首を傾げている。
「あ、ナホビホ!衣装、できたの?」
「ビホ!注文どおりのフッリフリのフッワフワビホ!」
そう言ってナホビホがばさりと広げたのは、ピンクを基調とした可愛らしい衣装だった。ふわりと広がる可愛らしいスカートはフリルでボリュームたっぷり、ところどころにリボンやレースがあしらわれ可愛らしい雰囲気だった。アマビエの体にもフィットした似たような衣装を作っているあたり、ナホビホの裁縫の腕は確かである。
「かわいらしい服ぞえ〜!これでワラワとミコトはあいどるじゃな〜!」
「ほんと!アマビエ、着替えよっか!」
これまで二人はジャアクフロストのプロデュースのもとで歌と踊りを練習していたが、やはりそれらしい衣装がないとアイドルらしくないということで、ジャアクフロストがナホビホに衣装作成を依頼していた。二人が早速着替えてみるとそれはそれは可愛らしい出立ちで、ミコトはスカートのふわふわ感を味わうためやたらと体を動かしていた。
「わ、すごい!めちゃくちゃ可愛い!アマビエもリボン似合ってて可愛い〜!」
「ミコトも似合っておるぞよ〜!」
アマビエは白い顔の両脇にピンクのリボンを結び、ピンク色の衣装を纏っている。普段緑っぽい色合いだからこそギャップがあり可愛らしい。ミコトもクラブではオフホワイトの落ち着いたドレスを着ており、ピンクのふわふわとしたアイドル衣装を纏うと雰囲気が変わる。それらしい衣装を身につけるだけでこうも気分が変わるのかとミコトはそわそわしていた。
「よーし!本番だと思って練習しよう!」
そう言ってミコトが拳を振り上げた瞬間、
「ミコトさん、楽しそうだね」
にこやかな声が聞こえた。聞き覚えのある涼やかな声、ミコトは完全に硬直してしまった。振り返ると予想どおりヒイラギがいた。短い白銀の髪を揺らし、小首を傾げてミコトを見つめている。マスクで顔の下半分が覆われていても、柔和に細められた瞳で笑っていることがわかる。
「あ、ヒイラギさんっ!?」
慌てるミコトにアマビエは不思議そうにしていた。アマビエはヒイラギと初対面、その反応はなんら不思議ではないのだがミコトは焦った。ライブ前に練習しているところを見られるなど恥ずかしさの極み。それと同時アマビエを邪魔だと思ってしまう自分もおり、ミコトは入り乱れる感情を処理するのに手一杯だった。
「アマビエ、私はヒイラギさんとちょっと話したいことがあるから!休憩してて!」
「わかったぞよ〜」
ミコトの言葉にあっさり納得してくれたアマビエに感謝しつつミコトはヒイラギの手を引き、妖精の集落の隅へ移動した。穏やかな流れの川辺に二人で座る。
「ミコトさん、珍しい服着てるね。すごく可愛いよ」
腰掛けたヒイラギの第一声は褒め言葉で、ミコトはこそばゆくなった。彼の穏やかな声で褒められるとほわりと心があたたかくなる。
「あ、ありがとうございます……じゃなくって!ヒイラギさんって妖精の集落にもいらっしゃるんですね?」
「ん?まあ滅多に立ち寄らないけど、今日はたまたまね。そうしたらミコトさんがいてびっくりしたんだよ」
「そ、そうですか……」
もしも彼が頻繁に来るようなら練習場所を変えなければと思っていたが、そこまではしなくてよさそうだ。ミコトはほっと胸を撫で下ろしつつ、己の不運を呪った。よりによって一番途中経過を見られたくない人物に見られてしまった。褒められるのは嬉しいが。
「ふふ、ミコトさんと完全なプライベートで会えるなんて嬉しいよ」
そう言うとヒイラギはミコトの顎に優しく指を這わせ、ついとヒイラギの方を向かせた。隣り合って座る距離、互いの顔は近い。金色の瞳と麗しい相貌があまりにも近く、ミコトの頬に熱が灯った。
「クラブの外でミコトさんと二人きり。ふふ……ミコトさん」
「ヒイラギさん……?きゃっ」
とす、と軽い音とともにミコトは押し倒されていた。微笑む彼が覆い被さってくる。地面に背中がついてしまいせっかくの衣装が汚れるとか川のせせらぎが遠く聞こえるとか、そういった客観的な事実が全部吹き飛んでしまい、ミコトはたった今ヒイラギしか感じられなくなった。彼はマスクを顎まで下げた。隠れていた口元が露わになり、神秘的な赤い唇がミコトにだけ晒されている。
「クラブだとできないこともたくさんあるけど、今ここでならたくさんできちゃうよね」
ヒイラギは穏やかな声で呟くと、ミコトの首筋に顔を埋めた。べろりと舌で首を舐められ、ミコトの体は反射的に強張った。
「ひゃっ!?」
初めての感触に悲鳴を上げると、ヒイラギがくすくすと笑う声が聞こえた。彼はかぷ、とミコトの耳たぶに噛みついた。甘く舐めるような柔い感触にミコトの背筋が震えた。クラブのVIPルームでは到底できない艶やかな触れ合いにミコトの心臓はどくどくとうるさかった。彼の赤い唇、美しい容貌がミコトの脳を甘くとろけさせる。ミコトはヒイラギの腕を弱く握った。抵抗しているとも懇願しているともとれる絶妙な力加減だった。
「ミコトさんがいけないんだよ?最近クラブに行ってもいないからさ。こんなところで会えたら嬉しくなっちゃうじゃない」
見下ろす彼の瞳は甘い蜂蜜のように揺れていた。とろける言葉はミコトの脳髄を痺れさせ、体を徐々に火照らせる。ミコトは顔を赤くし目を逸らした。
「ごめんなさい、ヒイラギさん。今度クラブでイベントをやるので色々時間を取られてて……」
「へえ、イベントがあるんだ。そっか、楽しみだな」
ヒイラギは無邪気に笑うとミコトの耳元で囁いた。
「僕が嫌いになったから避けてたとか、そういうことじゃないよね?」
「ち、違います!」
首筋に走る甘い痺れを堪えながら何とか返答した。ヒイラギは答えに満足したのか、にこりと人懐っこく笑った。
「そう、よかったよ。しばらくクラブにはいないのかな?」
「ええ、まあ……」
「そっか、わかった。じゃあ、たまにここに来てこっそりミコトさんに会っちゃおうか」
彼があまりにも自然に言うものだから、ミコトは焦った。あわあわと両手を振りながら、
「ダメです!イベントで何をするかわかっちゃうじゃないですか!」
精一杯否定した。
月日は流れ、クラブでのライブ開催当日。ミコトは緊張した面持ちで衣装に着替えた。
「ほよほよ〜、たのしみじゃの〜」
対するアマビエはいつもどおり気楽な態度で緑色の髪を揺らしている。これまで練習をしてきた自信すら感じさせる余裕にミコトは苦笑いした。
「アマビエはいつもどおりだね……羨ましいな」
「『あいどる』は笑顔が大切ときいたからの〜、ミコトもすまいるっ!じゃぞ〜」
「あはは……そうだね」
体をくねらせながらのんびりと話すアマビエはピンクのリボンと衣装が揺れ、可愛らしかった。少し肩の力が抜けたミコトは大きく息を吐いた。アマビエのおかげで練習の成果を発揮できる気がする。相方に恵まれたなあ、とミコトは笑みを零した。
「クラブにお越しのミナサマ〜!注目だホ〜!」
クラブの一階でジャアクフロストが声を張り上げた。接客中だったサキュバスやアリス、ソファーに座っていた客たちが一斉にジャアクフロストに目を向けた。
「今日はミナサマに以前よりお伝えしていた、ライブを開催するホ!ライブ後の感想、また聞かせてくれホ〜!」
ジャアクフロストの声が響き渡った瞬間、店内の奥にあるスペースにスポットライトが当たった。明るいアイドルソングのイントロが流れ始める。
軽やかな足取りでミコトとアマビエは簡易のステージに踊り出た。ライトの明るさ、伴奏の大きさに負けない存在感と歌声でライブを決行する。ミコトもアマビエも歌と踊りは素人だったが、ここまで練習してきた成果を遺憾無く発揮し、明るくも可愛らしいライブに仕上がっていた。酒を注ぐ音と歓談に満ちる高級クラブが、明るく元気なアイドルが歌い踊る非日常の空間に塗り替えられる。こんな経験は初めてで、ミコトの気分は高揚していた。サキュバスとアリスはニコニコと笑って手拍子をしながらこちらを見てくれる。こっそりキスを投げるファンサービスまでしてしまった。
そうして約十分の短い、しかし濃密なライブが終了した。最初は戸惑った様子の客も大きな拍手で応えてくれた。ミコトはアマビエの頭を撫で一礼をし、舞台を後にした。
初めての大舞台を無事に終えることに必死で、ミコトは気が付かなかった。眩い白銀の髪を揺らしながら、ヒイラギがハート型のうちわを振っていたことに。
「ミコト!昨日のライブ、大好評だったヒホ!」
初めての試みを終えた翌日。クラブには、何やら大量のグッズを抱えたジャアクフロストがいた。テーブルに置かれたそれは、ジャアクフロストの顔が描かれたペンライトやミコト、アマビエの名前や顔が描かれた派手なうちわ等々、これまでの高級クラブ路線からは考えられない品々だった。サキュバスとアリスも興味津々といった様子で眺めている。
「店長、これはなんですか」
じっとりとジャアクフロストを見つめミコトが尋ねると、
「何って、ライブグッズヒホ!またライブを観たいってヨーボーが結構入ってきたから、これはチャンスホ!」
「こんなのいつの間に……」
商魂逞しい店長に呆れていると、ディオニュソスが自慢げにふふ、と笑っていた。てっきり彼は酒の仕入れが専門だと思っていたが、彼も彼でよくわからない仕入れルートを持っているようだ。ミコトはげんなりした。
「これは新しい曲も作らないといけないホ。オイラの才能が怖いホね」
「そうですね……」
シャンデリアのもと自分に酔いつつヒホヒホ笑うジャアクフロストにミコトはため息をついた。昨日限りのライブかと思っていたが、これからも継続になりそうだ。またアマビエに声をかけないとなあ……と考えていると、クラブの扉が開いた。開店時間だ。
「ミコトさん」
開店後の来客第一号は、白い髪が眩しいヒイラギだった。ミコトは気を取り直し、オフホワイトのドレスの裾を靡かせながら彼に話しかけた。
「こんばんは、ヒイラギさん」
「またVIPルームによろしくね」
「はい、わかりました」
いつもどおり二階のVIPルームに向かう。ソファーに腰掛けた瞬間、彼は愉快そうに笑った。
「ミコトさん、アマビエとのライブ見たよ」
「あ、本当ですか!?ごめんなさい、私全然気付かなくて」
そう言うと、彼はハート型のうちわを取り出した。キラキラとした蛍光色の飾り付けがされており、うちわにはミコトの顔が描かれている。一瞬ジャアクフロストが用意したライブグッズかと思ったが、どうやら違うようだった。手作りらしいちょっとした歪みや綻びが伺える。
「これ、せっかく持っていったんだけどなぁ。ファンサとかあるかなって期待してたんだけど」
「それ、どうしたんですか!?」
「仲魔と一緒に作ったんだよ。アイドルのライブにはこういうグッズが必須なんでしょ?」
「はぇ……」
麗しい彼がこっそりこんなうちわを仕込むところなど、想像しようとしても思い浮かばない。ミコトは思わず変な声を漏らしてしまった。呆然とするミコトにヒイラギは微笑む。
「やっぱりペンライトとかの方が目立ったかな……次回からはもっと目立つグッズにするよ」
「は、はぁ……」
「そういえば、一階のテーブルにライブグッズ置いてたね。後で買っていくから寄らせてね」
「へ、あ、はい」
さすがはヒイラギ、抜け目がない。そしてさすがは店長である。商売の芽を逃さない慧眼、感服するより他ない。ミコトは今夜、様々な意味でため息をついていた。ヒイラギは常連客と言って差し支えない回数来店しているが、今日また新たな一面を見た気がする。
「それにしてもライブかぁ……まさか魔界でそんなものが見られるとは思わなかったな。ミコトさん、歌も踊りも上手だったよ。妖精の集落で練習してたのはライブの関係だったんだね」
「あ、そうです。大変だったんですよ。歌はともかく踊りなんて初めてでしたから」
「そっか、大変だったね。お疲れ様」
彼に労われるとこれまでの苦労が吹き飛ぶ気がする。ミコトはようやく微笑んだ。ヒイラギと平和に笑い合っていたと思った瞬間、彼はにっこりと怪しい笑みを浮かべ、身を乗り出した。
「ねえ、ミコトさん。これは提案なんだけど」
「なんですか?」
ヒイラギはマッカの入った袋を取り出した。ずっしりと重く、結構な金額を感じさせる。
「追加で料金を払ったらアイドルの衣装に着替えてくれるとかそんなサービス、あったりしない?」
「えぇっ!?」
完全に予想外のことを言われ、ミコトの声がひっくり返った。そんなミコトを彼は穏やかに見守っている。
「ね、ジャアクフロストと交渉してみていいかな?」
「あ、はぁ……わかりました」
怪しい上目遣いで見つめられれば、ミコトに拒否権はない。ジャアクフロストを連れ事情を説明すると、
「常連さんだしマッカも払ってくれるならトクベツ待遇だホ!ほらミコト、さっさと着替えるホ!」
「えぇえ……わかりました……」
即承諾からの即説得であった。ジャアクフロストに手を引かれ、ヒホ!とアイドル衣装を手渡される。更衣室で着替えVIPルームに戻ると、ヒイラギの期待の視線がふんわりと刺さった。ソファーに座った瞬間、そっと彼が寄り添うように近付いてきた。
「ピンクが可愛くてふわふわで、ミコトさんによく似合ってるよ。ライブのときは遠目でよく見えなかったから、間近で見られて嬉しいよ」
「あ、あまり見ないでください……その、恥ずかしい」
ライブ直前やライブ中は「そういうもの」と認識しているからともかく、素の状態で場にそぐわない衣装を着ていると恥ずかしい。ヒイラギの視線は柔らかいが一瞬も逸れてくれず、ミコトの姿を刻み込むようにじっと眺めている。
「可愛い。ミコトさん、可愛いよ」
耳元に近寄った彼はマスクをずらし、甘い吐息とともに囁いた。背筋にぞくりと淡い電流が走り、ミコトは体を震わせた。膝の上に置いた手が反射的にスカートを握りしめる。
「ふふ、今夜は時間いっぱいアイドルの君を堪能させてもらおうか。ふわふわで可愛い、僕のアイドルをね」
嬉しそうな彼の声が二人きりのVIPルームで歌うように響いた。
「もし、おぬしが『ミコト』とやらかえ?」
「へっ?」
サキュバスと妖精の集落に買い物に出かけたミコトは、突如背後から声をかけられた。振り返るともっちりと白い顔に鳥のようなくちばし、緑の髪をなびかせ魚に似た体を持つ不思議な見た目の悪魔がいた。ふよふよと宙に浮き、つぶらな瞳でミコトを見つめている。ミコトはこんな悪魔知らないけどなあ、と思いながらも返事をした。
「あ、はい。私がミコトですけど」
「おお〜!やはりワラワ、日頃の行いがよいから『ミコト』に出会えたのう〜!」
「?」
何やら嬉しそうにふわふわと漂う悪魔に、ミコトはサキュバスと顔を見合わせた。サキュバスも悪魔の反応が理解できない様子だった。
「ねえサキュバス、この悪魔は?」
「アマビエね。でもミコトちゃん、知り合いじゃないの?」
「知らないよ。ねえ、私に何か用?」
ミコトが改めて悪魔――アマビエに声をかけると、アマビエはくちばしをパクパクと動かした。
「おぬし、『くらぶ』の『あいどる』だと聞いておる!ワラワとともに『あいどる』をやるのじゃ〜!」
「……え?」
悪魔の考えは理解できないものと理解していたが、今まさに想像の埒外の言葉が出てきた。ミコトは再度サキュバスと顔を見合わせた。サキュバスはにやりと何やら怪しい笑みを浮かべていた。
「ふ〜ん……ミコトちゃんがアイドルねぇ……まぁ彼にとってはそうでしょうね」
「え?どういうこと?」
「あの白い彼よ」
「…………えぇ?」
先ほどからミコトはまともな言葉を発せていないが、それも無理のないことだった。ミコトはクラブのキャスト、「アイドル」になった覚えはない。それがどうして「クラブのアイドル」になったのか、アマビエに一から十まで問い詰めたいくらいだった。サキュバスのいう「白い彼」はヒイラギのことだろうが、ミコトがアイドルをやったとしても喜ぶような人に見えず、もはや何が何だか。ミコトは混乱するばかりだった。
「ワラワは『あいどる』になりたいのじゃが、どうしたらよいものかと思っていての〜。そうしたらすでに『くらぶ』に『あいどる』がいるではないか!ミコト、ワラワとともにテカテカのピカピカの『あいどる』をやるのじゃ!」
アマビエは首をぐにぐにと左右に傾げながら楽しそうに話している。その様子にミコトは困り果て、思わずサキュバスに助けを求めた。
「……サキュバス、これどうしたらいいの?」
「とりあえず店長に相談してみたらいいんじゃないかしら?」
うーん、と悩みながらも他にいい案が思いつかない。ミコトはアマビエを伴いクラブに戻ることに決めた。
「アイドルぅ〜?」
開店時間前のクラブは閑散としている。ジャアクフロストは顎に手を当てると首を思いきり傾げてアマビエとミコトを交互に見やった。ミコトが気まずいながらも沈黙を受け入れていると、とてとてとやってきたアリスが不思議そうにしていた。
「おねえちゃん、どうしたの?知らない悪魔もいるね」
「ああ、アリス……えっとね……」
ミコトはこれまでの経緯――といっても数行で片付いてしまうが――を説明した。アリスはよく理解できなかったのか、にやにやと笑っているサキュバスに目を向けた。
「あいどるってなに?おねえちゃん、あいどるなの?」
「アイドルは……そうね、可愛かったりかっこよかったりして、人気がある悪魔や人のことをいうの。ミコトちゃんは確かにあの白い彼にとっては『アイドル』でしょうね」
「ふーん、そうなんだ。アマビエもあいどるになりたいって?」
「そうらしいわ」
サキュバスの説明にとりあえず納得したらしく、アリスはじっとミコトを見つめていた。……なんだろう、妙に意味深な視線だ。よくわからない空気の中、アマビエはひょこひょこふわふわと楽しそうに浮いている。アイドルになれると確信しているようだった。
「忘れてるかもだけど、ここは高級クラブだホ!アイドルとかそういうのはちょっと合わないホ!」
ジャアクフロストの至極真っ当な指摘にアマビエは露骨に衝撃を受け、
「が〜ん!ワラワ、あいどるになれないかの〜?こんなにかわいいのじゃよ〜?」
ともげそうなほど首を傾げていた。可愛らしい外見とは裏腹に意外と諦めが悪いらしい。悪魔らしい……のかもしれない、とミコトは妙に的外れな感想を抱いた。
「でもミコトがアイドルとか言われてるなら、利用しないテはないホ!高級クラブの可愛いアイドル路線、アリかもしれないホ!」
「え?え?店長?」
ミコトが呆気に取られていると、サキュバスとアリスにぽんと背中を押された。
「いい案だわ、店長。ミコトちゃんを可愛いアイドルにしてライブでもしましょうよ」
「おねえちゃんとアマビエがあいどるやってるところ、わたしも見てみたい」
「かわいいワラワとあいどるやるぞよ〜!」
「え?へ?本当にやるんですか?」
ミコトの質問にジャックフロストは拳を振り上げた。
「高級クラブのアイドルユニット、結成だホ〜!」
ヒイラギは普段どおりミコトのいるクラブに足を運んだ。通い慣れた高級クラブは今夜も変わらずシックかつ落ち着いた雰囲気で佇んでいる。扉を開けると、
「あ、白いおにいちゃん」
入り口に立っていたアリスと目が合った。店内を見渡すが、ミコトが見当たらない。一階にいないということはもうすでに接客中で、それもVIPルームにいるのだろうか。唇を噛んだ。
最近クラブに行ってもミコトがいないことが多かった。彼女の魅力が知れ渡ってしまい、VIPルームで彼女を独占する不埒な客が増えてきたのだろうかと疑念渦巻くヒイラギにアリスは淡々と告げた。
「ごめんね、おねえちゃんはちょっと色々れんしゅう中なの」
「練習?」
「うん」
クラブのキャストに何の「練習」が必要なのだろうか。ヒイラギが首を傾げていると、アリスはしまったとでも言いたげな顔になった。
「あ。言っちゃった。ごめん、おにいちゃん。さっきのは忘れて」
「……VIPルームにお客さんが来てる、とかじゃないんだ?」
「ちがうよ」
キャストのアリスがそう言うのだから事実だろう。……たぶん。アリスを信用していいかは微妙なところだが、ヒイラギはひとまず安心した。が、ミコトがいないのならクラブに用はない。踵を返しつつどこかでミコトに会えないだろうかとヒイラギは恋慕していた。
「ビホー!ミコトー!」
ミコトが妖精の集落でアマビエとひっそりライブの練習をしていたところ、衣装を持ったナホビホが駆け寄ってきた。アマビエはぐりんと不思議そうに首を傾げている。
「あ、ナホビホ!衣装、できたの?」
「ビホ!注文どおりのフッリフリのフッワフワビホ!」
そう言ってナホビホがばさりと広げたのは、ピンクを基調とした可愛らしい衣装だった。ふわりと広がる可愛らしいスカートはフリルでボリュームたっぷり、ところどころにリボンやレースがあしらわれ可愛らしい雰囲気だった。アマビエの体にもフィットした似たような衣装を作っているあたり、ナホビホの裁縫の腕は確かである。
「かわいらしい服ぞえ〜!これでワラワとミコトはあいどるじゃな〜!」
「ほんと!アマビエ、着替えよっか!」
これまで二人はジャアクフロストのプロデュースのもとで歌と踊りを練習していたが、やはりそれらしい衣装がないとアイドルらしくないということで、ジャアクフロストがナホビホに衣装作成を依頼していた。二人が早速着替えてみるとそれはそれは可愛らしい出立ちで、ミコトはスカートのふわふわ感を味わうためやたらと体を動かしていた。
「わ、すごい!めちゃくちゃ可愛い!アマビエもリボン似合ってて可愛い〜!」
「ミコトも似合っておるぞよ〜!」
アマビエは白い顔の両脇にピンクのリボンを結び、ピンク色の衣装を纏っている。普段緑っぽい色合いだからこそギャップがあり可愛らしい。ミコトもクラブではオフホワイトの落ち着いたドレスを着ており、ピンクのふわふわとしたアイドル衣装を纏うと雰囲気が変わる。それらしい衣装を身につけるだけでこうも気分が変わるのかとミコトはそわそわしていた。
「よーし!本番だと思って練習しよう!」
そう言ってミコトが拳を振り上げた瞬間、
「ミコトさん、楽しそうだね」
にこやかな声が聞こえた。聞き覚えのある涼やかな声、ミコトは完全に硬直してしまった。振り返ると予想どおりヒイラギがいた。短い白銀の髪を揺らし、小首を傾げてミコトを見つめている。マスクで顔の下半分が覆われていても、柔和に細められた瞳で笑っていることがわかる。
「あ、ヒイラギさんっ!?」
慌てるミコトにアマビエは不思議そうにしていた。アマビエはヒイラギと初対面、その反応はなんら不思議ではないのだがミコトは焦った。ライブ前に練習しているところを見られるなど恥ずかしさの極み。それと同時アマビエを邪魔だと思ってしまう自分もおり、ミコトは入り乱れる感情を処理するのに手一杯だった。
「アマビエ、私はヒイラギさんとちょっと話したいことがあるから!休憩してて!」
「わかったぞよ〜」
ミコトの言葉にあっさり納得してくれたアマビエに感謝しつつミコトはヒイラギの手を引き、妖精の集落の隅へ移動した。穏やかな流れの川辺に二人で座る。
「ミコトさん、珍しい服着てるね。すごく可愛いよ」
腰掛けたヒイラギの第一声は褒め言葉で、ミコトはこそばゆくなった。彼の穏やかな声で褒められるとほわりと心があたたかくなる。
「あ、ありがとうございます……じゃなくって!ヒイラギさんって妖精の集落にもいらっしゃるんですね?」
「ん?まあ滅多に立ち寄らないけど、今日はたまたまね。そうしたらミコトさんがいてびっくりしたんだよ」
「そ、そうですか……」
もしも彼が頻繁に来るようなら練習場所を変えなければと思っていたが、そこまではしなくてよさそうだ。ミコトはほっと胸を撫で下ろしつつ、己の不運を呪った。よりによって一番途中経過を見られたくない人物に見られてしまった。褒められるのは嬉しいが。
「ふふ、ミコトさんと完全なプライベートで会えるなんて嬉しいよ」
そう言うとヒイラギはミコトの顎に優しく指を這わせ、ついとヒイラギの方を向かせた。隣り合って座る距離、互いの顔は近い。金色の瞳と麗しい相貌があまりにも近く、ミコトの頬に熱が灯った。
「クラブの外でミコトさんと二人きり。ふふ……ミコトさん」
「ヒイラギさん……?きゃっ」
とす、と軽い音とともにミコトは押し倒されていた。微笑む彼が覆い被さってくる。地面に背中がついてしまいせっかくの衣装が汚れるとか川のせせらぎが遠く聞こえるとか、そういった客観的な事実が全部吹き飛んでしまい、ミコトはたった今ヒイラギしか感じられなくなった。彼はマスクを顎まで下げた。隠れていた口元が露わになり、神秘的な赤い唇がミコトにだけ晒されている。
「クラブだとできないこともたくさんあるけど、今ここでならたくさんできちゃうよね」
ヒイラギは穏やかな声で呟くと、ミコトの首筋に顔を埋めた。べろりと舌で首を舐められ、ミコトの体は反射的に強張った。
「ひゃっ!?」
初めての感触に悲鳴を上げると、ヒイラギがくすくすと笑う声が聞こえた。彼はかぷ、とミコトの耳たぶに噛みついた。甘く舐めるような柔い感触にミコトの背筋が震えた。クラブのVIPルームでは到底できない艶やかな触れ合いにミコトの心臓はどくどくとうるさかった。彼の赤い唇、美しい容貌がミコトの脳を甘くとろけさせる。ミコトはヒイラギの腕を弱く握った。抵抗しているとも懇願しているともとれる絶妙な力加減だった。
「ミコトさんがいけないんだよ?最近クラブに行ってもいないからさ。こんなところで会えたら嬉しくなっちゃうじゃない」
見下ろす彼の瞳は甘い蜂蜜のように揺れていた。とろける言葉はミコトの脳髄を痺れさせ、体を徐々に火照らせる。ミコトは顔を赤くし目を逸らした。
「ごめんなさい、ヒイラギさん。今度クラブでイベントをやるので色々時間を取られてて……」
「へえ、イベントがあるんだ。そっか、楽しみだな」
ヒイラギは無邪気に笑うとミコトの耳元で囁いた。
「僕が嫌いになったから避けてたとか、そういうことじゃないよね?」
「ち、違います!」
首筋に走る甘い痺れを堪えながら何とか返答した。ヒイラギは答えに満足したのか、にこりと人懐っこく笑った。
「そう、よかったよ。しばらくクラブにはいないのかな?」
「ええ、まあ……」
「そっか、わかった。じゃあ、たまにここに来てこっそりミコトさんに会っちゃおうか」
彼があまりにも自然に言うものだから、ミコトは焦った。あわあわと両手を振りながら、
「ダメです!イベントで何をするかわかっちゃうじゃないですか!」
精一杯否定した。
月日は流れ、クラブでのライブ開催当日。ミコトは緊張した面持ちで衣装に着替えた。
「ほよほよ〜、たのしみじゃの〜」
対するアマビエはいつもどおり気楽な態度で緑色の髪を揺らしている。これまで練習をしてきた自信すら感じさせる余裕にミコトは苦笑いした。
「アマビエはいつもどおりだね……羨ましいな」
「『あいどる』は笑顔が大切ときいたからの〜、ミコトもすまいるっ!じゃぞ〜」
「あはは……そうだね」
体をくねらせながらのんびりと話すアマビエはピンクのリボンと衣装が揺れ、可愛らしかった。少し肩の力が抜けたミコトは大きく息を吐いた。アマビエのおかげで練習の成果を発揮できる気がする。相方に恵まれたなあ、とミコトは笑みを零した。
「クラブにお越しのミナサマ〜!注目だホ〜!」
クラブの一階でジャアクフロストが声を張り上げた。接客中だったサキュバスやアリス、ソファーに座っていた客たちが一斉にジャアクフロストに目を向けた。
「今日はミナサマに以前よりお伝えしていた、ライブを開催するホ!ライブ後の感想、また聞かせてくれホ〜!」
ジャアクフロストの声が響き渡った瞬間、店内の奥にあるスペースにスポットライトが当たった。明るいアイドルソングのイントロが流れ始める。
軽やかな足取りでミコトとアマビエは簡易のステージに踊り出た。ライトの明るさ、伴奏の大きさに負けない存在感と歌声でライブを決行する。ミコトもアマビエも歌と踊りは素人だったが、ここまで練習してきた成果を遺憾無く発揮し、明るくも可愛らしいライブに仕上がっていた。酒を注ぐ音と歓談に満ちる高級クラブが、明るく元気なアイドルが歌い踊る非日常の空間に塗り替えられる。こんな経験は初めてで、ミコトの気分は高揚していた。サキュバスとアリスはニコニコと笑って手拍子をしながらこちらを見てくれる。こっそりキスを投げるファンサービスまでしてしまった。
そうして約十分の短い、しかし濃密なライブが終了した。最初は戸惑った様子の客も大きな拍手で応えてくれた。ミコトはアマビエの頭を撫で一礼をし、舞台を後にした。
初めての大舞台を無事に終えることに必死で、ミコトは気が付かなかった。眩い白銀の髪を揺らしながら、ヒイラギがハート型のうちわを振っていたことに。
「ミコト!昨日のライブ、大好評だったヒホ!」
初めての試みを終えた翌日。クラブには、何やら大量のグッズを抱えたジャアクフロストがいた。テーブルに置かれたそれは、ジャアクフロストの顔が描かれたペンライトやミコト、アマビエの名前や顔が描かれた派手なうちわ等々、これまでの高級クラブ路線からは考えられない品々だった。サキュバスとアリスも興味津々といった様子で眺めている。
「店長、これはなんですか」
じっとりとジャアクフロストを見つめミコトが尋ねると、
「何って、ライブグッズヒホ!またライブを観たいってヨーボーが結構入ってきたから、これはチャンスホ!」
「こんなのいつの間に……」
商魂逞しい店長に呆れていると、ディオニュソスが自慢げにふふ、と笑っていた。てっきり彼は酒の仕入れが専門だと思っていたが、彼も彼でよくわからない仕入れルートを持っているようだ。ミコトはげんなりした。
「これは新しい曲も作らないといけないホ。オイラの才能が怖いホね」
「そうですね……」
シャンデリアのもと自分に酔いつつヒホヒホ笑うジャアクフロストにミコトはため息をついた。昨日限りのライブかと思っていたが、これからも継続になりそうだ。またアマビエに声をかけないとなあ……と考えていると、クラブの扉が開いた。開店時間だ。
「ミコトさん」
開店後の来客第一号は、白い髪が眩しいヒイラギだった。ミコトは気を取り直し、オフホワイトのドレスの裾を靡かせながら彼に話しかけた。
「こんばんは、ヒイラギさん」
「またVIPルームによろしくね」
「はい、わかりました」
いつもどおり二階のVIPルームに向かう。ソファーに腰掛けた瞬間、彼は愉快そうに笑った。
「ミコトさん、アマビエとのライブ見たよ」
「あ、本当ですか!?ごめんなさい、私全然気付かなくて」
そう言うと、彼はハート型のうちわを取り出した。キラキラとした蛍光色の飾り付けがされており、うちわにはミコトの顔が描かれている。一瞬ジャアクフロストが用意したライブグッズかと思ったが、どうやら違うようだった。手作りらしいちょっとした歪みや綻びが伺える。
「これ、せっかく持っていったんだけどなぁ。ファンサとかあるかなって期待してたんだけど」
「それ、どうしたんですか!?」
「仲魔と一緒に作ったんだよ。アイドルのライブにはこういうグッズが必須なんでしょ?」
「はぇ……」
麗しい彼がこっそりこんなうちわを仕込むところなど、想像しようとしても思い浮かばない。ミコトは思わず変な声を漏らしてしまった。呆然とするミコトにヒイラギは微笑む。
「やっぱりペンライトとかの方が目立ったかな……次回からはもっと目立つグッズにするよ」
「は、はぁ……」
「そういえば、一階のテーブルにライブグッズ置いてたね。後で買っていくから寄らせてね」
「へ、あ、はい」
さすがはヒイラギ、抜け目がない。そしてさすがは店長である。商売の芽を逃さない慧眼、感服するより他ない。ミコトは今夜、様々な意味でため息をついていた。ヒイラギは常連客と言って差し支えない回数来店しているが、今日また新たな一面を見た気がする。
「それにしてもライブかぁ……まさか魔界でそんなものが見られるとは思わなかったな。ミコトさん、歌も踊りも上手だったよ。妖精の集落で練習してたのはライブの関係だったんだね」
「あ、そうです。大変だったんですよ。歌はともかく踊りなんて初めてでしたから」
「そっか、大変だったね。お疲れ様」
彼に労われるとこれまでの苦労が吹き飛ぶ気がする。ミコトはようやく微笑んだ。ヒイラギと平和に笑い合っていたと思った瞬間、彼はにっこりと怪しい笑みを浮かべ、身を乗り出した。
「ねえ、ミコトさん。これは提案なんだけど」
「なんですか?」
ヒイラギはマッカの入った袋を取り出した。ずっしりと重く、結構な金額を感じさせる。
「追加で料金を払ったらアイドルの衣装に着替えてくれるとかそんなサービス、あったりしない?」
「えぇっ!?」
完全に予想外のことを言われ、ミコトの声がひっくり返った。そんなミコトを彼は穏やかに見守っている。
「ね、ジャアクフロストと交渉してみていいかな?」
「あ、はぁ……わかりました」
怪しい上目遣いで見つめられれば、ミコトに拒否権はない。ジャアクフロストを連れ事情を説明すると、
「常連さんだしマッカも払ってくれるならトクベツ待遇だホ!ほらミコト、さっさと着替えるホ!」
「えぇえ……わかりました……」
即承諾からの即説得であった。ジャアクフロストに手を引かれ、ヒホ!とアイドル衣装を手渡される。更衣室で着替えVIPルームに戻ると、ヒイラギの期待の視線がふんわりと刺さった。ソファーに座った瞬間、そっと彼が寄り添うように近付いてきた。
「ピンクが可愛くてふわふわで、ミコトさんによく似合ってるよ。ライブのときは遠目でよく見えなかったから、間近で見られて嬉しいよ」
「あ、あまり見ないでください……その、恥ずかしい」
ライブ直前やライブ中は「そういうもの」と認識しているからともかく、素の状態で場にそぐわない衣装を着ていると恥ずかしい。ヒイラギの視線は柔らかいが一瞬も逸れてくれず、ミコトの姿を刻み込むようにじっと眺めている。
「可愛い。ミコトさん、可愛いよ」
耳元に近寄った彼はマスクをずらし、甘い吐息とともに囁いた。背筋にぞくりと淡い電流が走り、ミコトは体を震わせた。膝の上に置いた手が反射的にスカートを握りしめる。
「ふふ、今夜は時間いっぱいアイドルの君を堪能させてもらおうか。ふわふわで可愛い、僕のアイドルをね」
嬉しそうな彼の声が二人きりのVIPルームで歌うように響いた。
