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魔界のホストクラブ
「ホストクラブをお試しでやってみるホー!」
ギンザのきらめく夜にジャアクフロストが拳を振り上げて叫んだ。サキュバス、アリス、ミコトは一瞬揃って動きを止めた。すぐ我に返ったキャスト三人は、円陣を組み互いに見つめ合った。
「えっ?ホストクラブ……?」
ミコトの困惑に、
「ほすとくらぶってなに?」
アリスがごく素朴な疑問をぶつけ、
「男の人が女の人の接待をするお店よ。私たちのクラブのキャストとお客さんの性別が反対になったお店ね」
サキュバスが解説する。アリスはじっとりとした目でふーん、と答えた。三人は妙にやる気満々のジャアクフロストをじとっと眺めた。ジャアクフロストは冷え切った空気をものともせずに人差し指を天に突き立て、高らかに宣言した。
「高級クラブも軌道に乗ってきたし、ジギョウカクダイってヤツホー!お酒はディオニュソスがいるから、後はキャストだけホ!それで、そのミチのプロのキミタチに意見を聞きたいホ!」
「……」
ジャアクフロストにビシリと指をさされ、女子三人は再び硬直した。三人とも「ホストクラブ」という言葉に沸き立つような人間及び悪魔ではなく、盛り上がるジャアクフロストとは裏腹にどんどん冷静になっていく。
「と、いうワケで!一日こっちのクラブはお休みして、お試しホストクラブに三人を招待するホ!ブッチャケなホンネを聞かせてほしいホね!」
「えぇ……」
「あまり気が乗らないわね」
「なにするの?」
戸惑うミコトにやる気のないサキュバス、純粋にわかっていないアリスと、どう考えてもお試しには向いていない三人組だった。
そんなこんなで迎えたホストクラブお試しの日。ギンザのすぐ近くに、ミコトが勤めるクラブと同じような建物があった。
「はぁー……店長、いつの間にこんなの作ってたんだろ……」
きらびやかな入り口を見つめ、ミコトは呆けた声を上げた。アリスとサキュバスは興味と本職ゆえの観察眼が半々の顔で眺めている。
「見た目はわたしたちのクラブと変わらないね」
「キャストの性別が入れ替わっただけだから、見た目はそうね。この感じ、割と高級なホストクラブのようね」
アリスとサキュバスの声は冷静で、これからホストクラブに行く客のものとは到底思えなかった。呆然としていたミコトも冷静になってみれば、ホストクラブといってもどうせキャストは悪魔だしな……と冷め切った感想を抱くばかりだった。
「じゃあ、行ってみましょうか。せっかくだから、お高いシャンパンでも頼んじゃっていいんじゃないかしら」
サキュバスの華麗なウインクとともに、ミコトは扉を開いた。
「いらっしゃいませ」
涼やかな聞き覚えのある声にミコトが唖然としていると、扉の先には三人の悪魔がいた。幼い外見の可愛らしいセタンタ、スーツと金髪が派手なロキ、そして、
「今宵はようこそ、プリンセス。お好きな悪魔をご指名ください」
言いながら優雅な一礼を見せたのはヒイラギだった。長く流麗な青い髪、濃紺の艶のある生地に白い百合の描かれたスーツを着ており、胸元には青い薔薇を挿している。あまりにも美しすぎて彫刻でも見ている気分になる。いつものボディスーツ姿とは異なる色気溢れる外見にミコトの目は釘付けになった。
「ほら、ミコトちゃん。彼がいるわよ、行ってきなさい」
「おねえちゃん、早く早く」
「え?えっ?ええぇ?」
満点の笑顔のサキュバスとアリスに背を押され、ミコトはヒイラギの目の前によろめいた。ヒイラギは紳士の微笑みを浮かべ、ミコトの手を取る。
「大丈夫ですか、お客様」
「え、あ、はい……」
眼前にいる彼の金色の瞳は甘い蜂蜜、長く見つめていると吸い込まれ時間が止まる。
「ご指名はどうされますか?」
「あ、あなたでお願いします」
「ふふ、ありがとうございます」
ヒイラギは魅惑のウインクをミコトに寄越し、必殺の笑顔を浮かべた。美しい青い薔薇が咲いたような、女性の心臓を射止める微笑み。思わず固まったミコトはぎこちなく助けを求めて後ろを振り返った。サキュバスとアリスは満面の笑顔でひらひらと手を振っていて、残念ながら助けはない模様である。
「今夜は仮開店のサービスとして、お客様をVIPルームにご案内することになっております。どうぞ、こちらへ」
ヒイラギに手を引かれ、ミコトは二階へと歩いていった。一階が通常の接客スペース、二階が二人きりのVIPルームだった。そこは自分たちのクラブと同じなんだ、と呆けた頭でミコトは考えた。
シャンデリアが輝く階段を上っていく最中、ヒイラギの後ろ姿は眩いまでに輝いていた。シャンデリアが生み出す光の粒が、揺れる青い髪をキラキラと輝かせる。その後ろ姿を見ているだけでも言葉を失い、シャンパンをいくつか開けたい気分になった。ミコトは飲めないが。
「どうぞ、お掛けになってください」
VIPルームは二人きりの空間にしては広く、しっとり落ち着いたきらめきが支配する大人の空間だった。赤や白の薔薇があしらわれた部屋は耽美で非現実的な空気も漂わせている。ミコトはソファーに腰掛けた。ふんわりと心地よい座り心地は、クラブのVIPルームのソファーを思い出させる。接客する側でなく接客される側で座るのは初めてだ。ミコトは気もそぞろにヒイラギの仕草を眺めていた。青い髪を揺らし足を組んで座る彼は、まさしく夜の帝王。心寂しい夜に咲き誇る青い薔薇、ミコトでなくとも目と心を奪われる美しさだった。
「ご指名ありがとうございます。僕はヒイラギ、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて見た彼は穏やかな微笑みを浮かべていた。普段VIPルームで見る笑顔と変わらないはずなのに、いつも以上に輝いて見えた。眩しい。ありとあらゆる意味で。ミコトは必要以上に恐縮していた。
「ふふ、ミコトさんが指名してくれて嬉しいな」
立てた人差し指を自らの唇に当てる彼の仕草は、艶やかな夜の雰囲気を演出する。人差し指の奥にある赤い唇に目が止まり、その艶やかさをミコトはじっと凝視してしまった。
「なんでヒイラギさんがここにいるんですか」
「ジャアクフロストからお誘いがあったからだよ」
「店長から……?」
ミコトの脳裏に黒い雪だるまが浮かんだ。身振り手振りを交えてヒホヒホ言いながらヒイラギと交渉したのだろうか。ちょっと可愛らしい、その現場は見てみたかったかもしれない。
「ミコトさんがお試しで来るって聞いたからね。こんな機会、逃すわけないじゃない?」
言いながら彼は身を乗り出し、ミコトの手を取りじっと視線を寄越してくる。とろけるシャンパンゴールドの瞳がミコトを甘く見つめている。じっと見つめていると吸い込まれて戻れなくなりそうで、ミコトは目を逸らした。
「あ、ええと……もし私が指名しなかったらどうするつもりだったんですか」
「ん?そんなことないって思ってたよ」
何となしに尋ねたミコトに、自信たっぷりの笑みが返ってきた。そしてんー、と彼は声を上げた。
「ああでも、もしミコトさんの指名がなかったら僕の方が指名してたよ、ミコトさんを」
「そんな制度ありませんよ……」
キャストゆえの正論を言いつつ、彼なら本当にやりかねないなと思いミコトは苦笑した。セタンタやロキを指名しなくてよかった。
「ふふ、さて、プリンセス。お飲み物はどうしましょう?」
ヒイラギは悪戯っぽく笑いながら、ドリンクメニューを取り出す。酒が飲めないミコトでも聞き覚えのある名前がずらりと並び、下部の目立たない箇所にノンアルコールドリンクが書いてあるあたり、ジャアクフロストの商売魂を感じる。彼ならホストクラブもそれなりに繁盛させてしまうのではないか、とミコトは感心した。
「えっと……飲めないのでノンアルコールで……」
「知ってた。じゃあぶどうジュースでいいかな?」
「スパークリングでお願いします!」
「はいはい」
楽しそうに笑う彼が、見覚えのあるボトルを持ってきた。しゅわしゅわと泡が出る、見た目はシャンパンに似たぶどうジュースだ。シャンパングラスに注ぐと高い酒にしか見えない。
「乾杯」
流れ星のような爽やかなヒイラギのウインクとともに、グラス同士が軽やかな音を立てた。本当にお酒だったらな、とミコトは少し残念になった。ヒイラギがシャンパングラスを傾け口に含む一連の仕草は優美で、見ているだけでも飽きない。視線を感じたヒイラギはん?と首を傾げた。
「どうしたの、ミコトさん」
「なんというか……その、よく似合ってますね」
「そう?嬉しいな。ああ、そうだ。指名されたらやってみたかったことがあったんだ」
ヒイラギはグラスを置くと胸元に挿した青い薔薇を手にとり、茶目っ気たっぷりの笑顔でミコトに差し出した。
「今宵も可愛らしい君の瞳に、乾杯」
「〜〜〜〜!!」
歯が浮くような台詞だが、ミコトの背中は無事に砕けそうになった。弾ける笑顔に美しい指先、掌に咲く青い薔薇。あまりにも完璧すぎる。一応は本職で「そういう演出」だとわかっているミコトでさえこれなのだから、何も知らないウブな悪魔にこんなことをしたら骨抜きにしかねない。……それだけは絶対に嫌だ、とミコトは無意識に苛立っていた。
「も、もう、ヒイラギさんってば」
「受け取ってください、僕のプリンセス」
ソファーに座っていたヒイラギが、ミコトの足元に跪いた。その所作、瞳の輝きは麗しの姫を迎えに来た白馬の王子様だった。ミコトは顔の火照りを止められぬまま、ヒイラギの差し出した薔薇を受け取った。丁寧に棘を取り去った美しい薔薇は、ふわりと優しい香りがした。
「薔薇がよくお似合いです、プリンセス」
跪いたヒイラギは甘い笑顔で告げた。ミコトの手から薔薇を奪うと、髪飾りとばかりに彼女の耳元に挿した。
「うん、やっぱり持ってるのもいいけど、髪によく似合ってるね。可愛い。すごく綺麗だよ」
「あ、え、ありがとうございます……」
ミコトの声はこの場の空気に溶けそうなほど小さかった。二人きりの部屋ではそれでもしっかり聞こえてしまうのだが。
「あの、ヒイラギさん」
「どうしたの?」
「これからもホストクラブで働くんですか?」
ソファーに座りシャンパングラスを揺らす彼に尋ねる。彼は瞳を優しく細め、ミコトの手を取った。
「ううん、今夜限定だよ。今夜、ミコトさん限定」
「えっ?絶対店長から働いてくれって言われますよ?」
こんな見目麗しい彼をジャアクフロストが手放すとは思えない。脳裏にヒホヒホと身を乗り出すジャアクフロストが浮かんだ。
「ミコトさんと会えなくなっちゃうじゃない。それとも」
ヒイラギはミコトの手の甲に口付け、甘美な笑みを浮かべた。
「会いにきてくれますか、プリンセス?」
……それは結構、反則ではないだろうか。先ほどからミコトの顔……顔どころじゃない、全身熱く火照りっぱなしだ。熱い。ミコトは手で顔を扇いだ。焼け石に水だがないよりはマシだ。
「し、仕事がありますから行けません」
「ふふ、でしょ?」
そっと手が離れた。ヒイラギは片目を閉じ、子供っぽく笑った。
「僕はミコトさん以外相手するつもりはないし、ミコトさんに会いたいし。だから、僕の方から会いにいくよ。今夜は特別」
……ヒイラギさんって、絶対ホスト適正高いと思うんだけどな。
ミコトの脳裏にはいかにも本職らしい感想が浮かんだが、今夜限りと聞き安心もしていた。
「ヒッホ〜!お疲れ様ヒホー!」
お試しホストクラブ閉店後。クラブに戻ったミコト、サキュバス、アリスのもとにジャアクフロストが駆けてきた。黒いもちもちの腕をブンブンと振り回している。
「さあさあ!感想だホ!どうだったホ?」
ジャアクフロストの視線がミコトに刺さる。ミコトはぐぐっと近づくジャアクフロストの顔をのけ反ってかわしながら、
「ヒイラギさんは今夜限りにしてください!」
と遠慮なく叫んでいた。きょとんと固まるジャアクフロストとにやにや笑うサキュバス、アリスに見つめられていた。ジャアクフロストの追及が来る前に、女子二人に両腕をがっしと掴まれる。
「ミコトちゃん、わかってるわね?」
「おねえちゃん、今日あったことぜーんぶ聞かせてね」
意外と力が強い二人に更衣室まで引きずられ、ミコトは苦笑いしながらこう答えることしかできなかった。
「あ、あはは……二人とも、お手柔らかに……」
「ホストクラブをお試しでやってみるホー!」
ギンザのきらめく夜にジャアクフロストが拳を振り上げて叫んだ。サキュバス、アリス、ミコトは一瞬揃って動きを止めた。すぐ我に返ったキャスト三人は、円陣を組み互いに見つめ合った。
「えっ?ホストクラブ……?」
ミコトの困惑に、
「ほすとくらぶってなに?」
アリスがごく素朴な疑問をぶつけ、
「男の人が女の人の接待をするお店よ。私たちのクラブのキャストとお客さんの性別が反対になったお店ね」
サキュバスが解説する。アリスはじっとりとした目でふーん、と答えた。三人は妙にやる気満々のジャアクフロストをじとっと眺めた。ジャアクフロストは冷え切った空気をものともせずに人差し指を天に突き立て、高らかに宣言した。
「高級クラブも軌道に乗ってきたし、ジギョウカクダイってヤツホー!お酒はディオニュソスがいるから、後はキャストだけホ!それで、そのミチのプロのキミタチに意見を聞きたいホ!」
「……」
ジャアクフロストにビシリと指をさされ、女子三人は再び硬直した。三人とも「ホストクラブ」という言葉に沸き立つような人間及び悪魔ではなく、盛り上がるジャアクフロストとは裏腹にどんどん冷静になっていく。
「と、いうワケで!一日こっちのクラブはお休みして、お試しホストクラブに三人を招待するホ!ブッチャケなホンネを聞かせてほしいホね!」
「えぇ……」
「あまり気が乗らないわね」
「なにするの?」
戸惑うミコトにやる気のないサキュバス、純粋にわかっていないアリスと、どう考えてもお試しには向いていない三人組だった。
そんなこんなで迎えたホストクラブお試しの日。ギンザのすぐ近くに、ミコトが勤めるクラブと同じような建物があった。
「はぁー……店長、いつの間にこんなの作ってたんだろ……」
きらびやかな入り口を見つめ、ミコトは呆けた声を上げた。アリスとサキュバスは興味と本職ゆえの観察眼が半々の顔で眺めている。
「見た目はわたしたちのクラブと変わらないね」
「キャストの性別が入れ替わっただけだから、見た目はそうね。この感じ、割と高級なホストクラブのようね」
アリスとサキュバスの声は冷静で、これからホストクラブに行く客のものとは到底思えなかった。呆然としていたミコトも冷静になってみれば、ホストクラブといってもどうせキャストは悪魔だしな……と冷め切った感想を抱くばかりだった。
「じゃあ、行ってみましょうか。せっかくだから、お高いシャンパンでも頼んじゃっていいんじゃないかしら」
サキュバスの華麗なウインクとともに、ミコトは扉を開いた。
「いらっしゃいませ」
涼やかな聞き覚えのある声にミコトが唖然としていると、扉の先には三人の悪魔がいた。幼い外見の可愛らしいセタンタ、スーツと金髪が派手なロキ、そして、
「今宵はようこそ、プリンセス。お好きな悪魔をご指名ください」
言いながら優雅な一礼を見せたのはヒイラギだった。長く流麗な青い髪、濃紺の艶のある生地に白い百合の描かれたスーツを着ており、胸元には青い薔薇を挿している。あまりにも美しすぎて彫刻でも見ている気分になる。いつものボディスーツ姿とは異なる色気溢れる外見にミコトの目は釘付けになった。
「ほら、ミコトちゃん。彼がいるわよ、行ってきなさい」
「おねえちゃん、早く早く」
「え?えっ?ええぇ?」
満点の笑顔のサキュバスとアリスに背を押され、ミコトはヒイラギの目の前によろめいた。ヒイラギは紳士の微笑みを浮かべ、ミコトの手を取る。
「大丈夫ですか、お客様」
「え、あ、はい……」
眼前にいる彼の金色の瞳は甘い蜂蜜、長く見つめていると吸い込まれ時間が止まる。
「ご指名はどうされますか?」
「あ、あなたでお願いします」
「ふふ、ありがとうございます」
ヒイラギは魅惑のウインクをミコトに寄越し、必殺の笑顔を浮かべた。美しい青い薔薇が咲いたような、女性の心臓を射止める微笑み。思わず固まったミコトはぎこちなく助けを求めて後ろを振り返った。サキュバスとアリスは満面の笑顔でひらひらと手を振っていて、残念ながら助けはない模様である。
「今夜は仮開店のサービスとして、お客様をVIPルームにご案内することになっております。どうぞ、こちらへ」
ヒイラギに手を引かれ、ミコトは二階へと歩いていった。一階が通常の接客スペース、二階が二人きりのVIPルームだった。そこは自分たちのクラブと同じなんだ、と呆けた頭でミコトは考えた。
シャンデリアが輝く階段を上っていく最中、ヒイラギの後ろ姿は眩いまでに輝いていた。シャンデリアが生み出す光の粒が、揺れる青い髪をキラキラと輝かせる。その後ろ姿を見ているだけでも言葉を失い、シャンパンをいくつか開けたい気分になった。ミコトは飲めないが。
「どうぞ、お掛けになってください」
VIPルームは二人きりの空間にしては広く、しっとり落ち着いたきらめきが支配する大人の空間だった。赤や白の薔薇があしらわれた部屋は耽美で非現実的な空気も漂わせている。ミコトはソファーに腰掛けた。ふんわりと心地よい座り心地は、クラブのVIPルームのソファーを思い出させる。接客する側でなく接客される側で座るのは初めてだ。ミコトは気もそぞろにヒイラギの仕草を眺めていた。青い髪を揺らし足を組んで座る彼は、まさしく夜の帝王。心寂しい夜に咲き誇る青い薔薇、ミコトでなくとも目と心を奪われる美しさだった。
「ご指名ありがとうございます。僕はヒイラギ、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて見た彼は穏やかな微笑みを浮かべていた。普段VIPルームで見る笑顔と変わらないはずなのに、いつも以上に輝いて見えた。眩しい。ありとあらゆる意味で。ミコトは必要以上に恐縮していた。
「ふふ、ミコトさんが指名してくれて嬉しいな」
立てた人差し指を自らの唇に当てる彼の仕草は、艶やかな夜の雰囲気を演出する。人差し指の奥にある赤い唇に目が止まり、その艶やかさをミコトはじっと凝視してしまった。
「なんでヒイラギさんがここにいるんですか」
「ジャアクフロストからお誘いがあったからだよ」
「店長から……?」
ミコトの脳裏に黒い雪だるまが浮かんだ。身振り手振りを交えてヒホヒホ言いながらヒイラギと交渉したのだろうか。ちょっと可愛らしい、その現場は見てみたかったかもしれない。
「ミコトさんがお試しで来るって聞いたからね。こんな機会、逃すわけないじゃない?」
言いながら彼は身を乗り出し、ミコトの手を取りじっと視線を寄越してくる。とろけるシャンパンゴールドの瞳がミコトを甘く見つめている。じっと見つめていると吸い込まれて戻れなくなりそうで、ミコトは目を逸らした。
「あ、ええと……もし私が指名しなかったらどうするつもりだったんですか」
「ん?そんなことないって思ってたよ」
何となしに尋ねたミコトに、自信たっぷりの笑みが返ってきた。そしてんー、と彼は声を上げた。
「ああでも、もしミコトさんの指名がなかったら僕の方が指名してたよ、ミコトさんを」
「そんな制度ありませんよ……」
キャストゆえの正論を言いつつ、彼なら本当にやりかねないなと思いミコトは苦笑した。セタンタやロキを指名しなくてよかった。
「ふふ、さて、プリンセス。お飲み物はどうしましょう?」
ヒイラギは悪戯っぽく笑いながら、ドリンクメニューを取り出す。酒が飲めないミコトでも聞き覚えのある名前がずらりと並び、下部の目立たない箇所にノンアルコールドリンクが書いてあるあたり、ジャアクフロストの商売魂を感じる。彼ならホストクラブもそれなりに繁盛させてしまうのではないか、とミコトは感心した。
「えっと……飲めないのでノンアルコールで……」
「知ってた。じゃあぶどうジュースでいいかな?」
「スパークリングでお願いします!」
「はいはい」
楽しそうに笑う彼が、見覚えのあるボトルを持ってきた。しゅわしゅわと泡が出る、見た目はシャンパンに似たぶどうジュースだ。シャンパングラスに注ぐと高い酒にしか見えない。
「乾杯」
流れ星のような爽やかなヒイラギのウインクとともに、グラス同士が軽やかな音を立てた。本当にお酒だったらな、とミコトは少し残念になった。ヒイラギがシャンパングラスを傾け口に含む一連の仕草は優美で、見ているだけでも飽きない。視線を感じたヒイラギはん?と首を傾げた。
「どうしたの、ミコトさん」
「なんというか……その、よく似合ってますね」
「そう?嬉しいな。ああ、そうだ。指名されたらやってみたかったことがあったんだ」
ヒイラギはグラスを置くと胸元に挿した青い薔薇を手にとり、茶目っ気たっぷりの笑顔でミコトに差し出した。
「今宵も可愛らしい君の瞳に、乾杯」
「〜〜〜〜!!」
歯が浮くような台詞だが、ミコトの背中は無事に砕けそうになった。弾ける笑顔に美しい指先、掌に咲く青い薔薇。あまりにも完璧すぎる。一応は本職で「そういう演出」だとわかっているミコトでさえこれなのだから、何も知らないウブな悪魔にこんなことをしたら骨抜きにしかねない。……それだけは絶対に嫌だ、とミコトは無意識に苛立っていた。
「も、もう、ヒイラギさんってば」
「受け取ってください、僕のプリンセス」
ソファーに座っていたヒイラギが、ミコトの足元に跪いた。その所作、瞳の輝きは麗しの姫を迎えに来た白馬の王子様だった。ミコトは顔の火照りを止められぬまま、ヒイラギの差し出した薔薇を受け取った。丁寧に棘を取り去った美しい薔薇は、ふわりと優しい香りがした。
「薔薇がよくお似合いです、プリンセス」
跪いたヒイラギは甘い笑顔で告げた。ミコトの手から薔薇を奪うと、髪飾りとばかりに彼女の耳元に挿した。
「うん、やっぱり持ってるのもいいけど、髪によく似合ってるね。可愛い。すごく綺麗だよ」
「あ、え、ありがとうございます……」
ミコトの声はこの場の空気に溶けそうなほど小さかった。二人きりの部屋ではそれでもしっかり聞こえてしまうのだが。
「あの、ヒイラギさん」
「どうしたの?」
「これからもホストクラブで働くんですか?」
ソファーに座りシャンパングラスを揺らす彼に尋ねる。彼は瞳を優しく細め、ミコトの手を取った。
「ううん、今夜限定だよ。今夜、ミコトさん限定」
「えっ?絶対店長から働いてくれって言われますよ?」
こんな見目麗しい彼をジャアクフロストが手放すとは思えない。脳裏にヒホヒホと身を乗り出すジャアクフロストが浮かんだ。
「ミコトさんと会えなくなっちゃうじゃない。それとも」
ヒイラギはミコトの手の甲に口付け、甘美な笑みを浮かべた。
「会いにきてくれますか、プリンセス?」
……それは結構、反則ではないだろうか。先ほどからミコトの顔……顔どころじゃない、全身熱く火照りっぱなしだ。熱い。ミコトは手で顔を扇いだ。焼け石に水だがないよりはマシだ。
「し、仕事がありますから行けません」
「ふふ、でしょ?」
そっと手が離れた。ヒイラギは片目を閉じ、子供っぽく笑った。
「僕はミコトさん以外相手するつもりはないし、ミコトさんに会いたいし。だから、僕の方から会いにいくよ。今夜は特別」
……ヒイラギさんって、絶対ホスト適正高いと思うんだけどな。
ミコトの脳裏にはいかにも本職らしい感想が浮かんだが、今夜限りと聞き安心もしていた。
「ヒッホ〜!お疲れ様ヒホー!」
お試しホストクラブ閉店後。クラブに戻ったミコト、サキュバス、アリスのもとにジャアクフロストが駆けてきた。黒いもちもちの腕をブンブンと振り回している。
「さあさあ!感想だホ!どうだったホ?」
ジャアクフロストの視線がミコトに刺さる。ミコトはぐぐっと近づくジャアクフロストの顔をのけ反ってかわしながら、
「ヒイラギさんは今夜限りにしてください!」
と遠慮なく叫んでいた。きょとんと固まるジャアクフロストとにやにや笑うサキュバス、アリスに見つめられていた。ジャアクフロストの追及が来る前に、女子二人に両腕をがっしと掴まれる。
「ミコトちゃん、わかってるわね?」
「おねえちゃん、今日あったことぜーんぶ聞かせてね」
意外と力が強い二人に更衣室まで引きずられ、ミコトは苦笑いしながらこう答えることしかできなかった。
「あ、あはは……二人とも、お手柔らかに……」
