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青い神の鳥籠
「助けてぇぇ!!」
ヒイラギが砂まみれの魔界を歩いていたとき、場違いな少女の悲鳴が聞こえた。反射的に右手に刃を構えて周囲を警戒すると、前方から黒い外套に縄印学園の制服を着た少女が走ってきた。彼女は前を見ずに走ってくる、思いきりヒイラギと衝突した。
「きゃ!」
「大丈夫?」
思わず抱き止めると、腕の中に華奢な少女がいた。その後ろから奇声を発しながら追いかけてくるガキとスライムが見えた。
「ねえ、あれに追われてるの?」
「そうなの!」
「じゃあ、倒すから後ろにいて」
ヒイラギは少女を後ろ手にかばい、砂を蹴り殺気だったガキとスライムの懐に飛び込んだ。天色の刃の一閃で魑魅魍魎たちを黙らせ、危機を脱する。少女は泣きそうな顔で思いきり頭を下げた。
「た、助けてくれてありがとう!」
「どういたしまして。さっきの奴ら、なんだったの?」
「あ……ええと……」
少女は頬をかきながら気まずそうに目を逸らした。
「仲魔にしようとして話しかけたんだけど、怒らせちゃったみたいで、それで……」
「仲魔に?」
ヒイラギは眉を顰めた。目の前にいる少女はどう見ても人間、「仲魔」という言葉とは到底無縁に思える。
「君は一体何者なの?」
「あ、私は月森ミコト。悪魔を使役できる、デビルサマナーなの」
そう言って少女――ミコトは管を取り出した。そこから青い妖精、ピクシーが飛び出す。管から出てきたピクシーに敵意は感じない、ミコトの仲魔だろう。ヒイラギ以外に悪魔を従える者がいるとは驚きだ。
「なんかトンネルの崩落に巻き込まれちゃって……悪魔がいっぱいいるから仲魔を増やしたいんだけど、なかなかうまくいかなくって」
ミコトは見た目も中身もごく普通の少女にしか見えない。正直なところ、このまま放り出しておくのは忍びないほどだ。ヒイラギは胸に手を当て、宣言した。
「僕は百合川ヒイラギ。君と同じで、高輪トンネルの崩落に巻き込まれてここに来たんだ。僕は戦えるし、仲魔もいる。もし君がよければ、僕も君の仲魔になろうか?」
「え?あなたが仲魔に?」
「うん」
ヒイラギは悪魔を仲魔にすることはあっても、誰かの仲魔になったことはない。たまには立場を逆転させてもいいだろうと思った。この頼りなげな少女を守るなど、造作もないことだ。
「ちょうどよかった!」
ミコトはキラキラした瞳でヒイラギを見上げ、手を取った。彼女の可憐な手がヒイラギの手を握っている。柔らかなぬくもりと鼻を掠めるいい匂いに酔いそうになった。
「私、まだ仲魔がピクシーしかいないの!あなた強そうだし、仲魔になってくれたら嬉しい!何か知ってそうだし、私に色々教えて?」
ミコトの眼差しは疑うことを知らぬ無垢な輝きに満ち、ヒイラギの乾いた心を射抜いた。
「え?ヒイラギにも仲魔がいるの?私も会ってみたい!見せて見せて!」
ある日、ヒイラギは悪魔の裏庭で自身の仲魔とミコトを引き合わせた。まだ魔界探索を始めたばかり、スライムやオンモラキといった低位の悪魔たちしかいないが、それでもミコトはほえー、と間抜けな声を上げていた。ミコトの仲魔はヒイラギを除けばピクシーのみ、ミコトは羨望の眼差しを向けていた。
「ヒイラギ、三体も仲魔がいるんだね!みんな交渉して仲魔にしたの?」
「そうだよ」
「わあ!すごい!」
ヒイラギの端的な回答に、ミコトは胸の前で手を合わせてはしゃいだ。その様子はとても悪魔を従え戦う者には見えなかった。
「ねえねえ、ヒイラギの交渉の様子、見せてくれない?私もうまくお話できるようになりたいの!」
との熱烈な要望により、グレムリンを相手に交渉を行うことにした。水色の幽霊のような彼女はヒイラギが話しかけた瞬間、
「うわ……!なんかすごい圧を感じる!もしかしてアンタ、会話のカミサマ?」
とひれ伏し、一も二もなく仲魔になった。一部始終を見届けたミコトはキラキラと目を輝かせた。
「え、今のなに!?ヒイラギ、もう一回やってみせて!」
「いや、僕もよくわからないんだよ。たまにああやって声をかけただけで仲魔になってくれるときがあるんだ」
「えー!?ヒイラギってばずるい!でもなんとなくわかるかも。だってヒイラギ、カリスマっていうの?なんかオーラがあるから」
ミコトはふんふん、と頷きながら腕を組んだ。難しい顔をして考え込んでいる。
「私はオーラがないからダメなのかなー……ヒイラギみたいに綺麗でもかっこよくもないし……やっぱりもっと強くなきゃダメなのかな?」
「ミコトはそのままでいいんだよ?」
ヒイラギの口から零れた言葉は紛れもない本音だったのだが、ミコトは唇を尖らせていた。
「よくない!このままじゃ、デビルサマナーとしてかっこ悪すぎる!ヒイラギ、色々教えてよ!」
子供っぽい駄々をこねる彼女にヒイラギは半分呆れたため息をついたが、表情をコロコロ変える彼女の様子は微笑ましかった。
「ねえミコト」
戦闘を終え悪魔の裏庭で一息ついていたとき、ピクシーがミコトのそばにやって来た。
「ん?なに?」
「ちょっとちょっと」
ピクシーは少し離れたところにいるヒイラギを睨みながら、ミコトの服の袖をくいくいと引っ張った。
「え?なに?」
「いいから、こっち来て」
ピクシーに引っ張られるまま裏庭の隅に移動した。ヒイラギとその仲魔たちと物理的な距離が生まれる。これから話すことはピクシーとミコトだけの秘密だ。
「ミコト、ヒイラギのことどう思ってるの」
「ヒイラギのこと?」
ピクシーはミコトのすぐ近くに寄り、声を絞り問いかけてくる。その表情は鬼気迫るもので、愛嬌のあるピクシーには珍しい真剣な顔だった。
「すごく頼りになる仲魔だよ?」
「はぁ……そんなことだろうと思った。ミコト、ちょっと危機感が足りないんじゃない?」
「危機感?」
「そうそう。だって、変だと思わない?ミコトの仲魔よりヒイラギの仲魔の方が多いんだよ?」
言われて初めて、ミコトは裏庭を見渡した。気付けばこの裏庭には、ヒイラギが仲魔にした悪魔で溢れている。ミコトもヒイラギの監修のもと交渉を続けているが、未だに仲魔はピクシーだけだった。
「最初は私もミコトが頼りにしてるからいいかって思ってたけど……なんか、へんだよ?ミコト、ヒイラギとは早いうちに離れた方がいいんじゃない?」
「ええ……そうかなぁ……」
ミコトは腕を組み、宙に視線を漂わせた。直近のヒイラギの動向を思い出す。ミコトの指示に従って戦ってくれるし、悪魔との交渉がうまくいかないとき、いつも収めてくれたのは彼だった。何らおかしなところはない。
「ピクシーの考えすぎだよ。頼りになる仲魔は多いに越したことないじゃない」
「そうだけどさぁ……」
ピクシーは言葉を濁らせた瞬間、ふとヒイラギの方に視線をやり、びくんと体を竦ませた。ピクシーはミコトの背中にサッと隠れ、小さく震えていた。
「え、ピクシー、どうしたの?」
「さっきアイツ、私のこと睨んでた。すごい目だったよ」
「アイツって?ヒイラギのこと?」
ミコトがピクシーと向かい合うと、彼女は血の気が引いた真っ青な顔をしていた。悪魔がここまで恐れを抱くのは珍しい。特にピクシーは呑気で楽観的、ミコトは彼女のこんな顔を初めて見た。
「ねえ、二人ともどうしたの。そんな隅っこで」
ふと気付くと、ヒイラギがすぐそばにいた。柔和な笑顔を浮かべ、ひらひらと手を振っている。ピクシーはひ、と引き攣った声を上げてミコトの持つ管の中に帰っていった。
「あ、ヒイラギ……」
「あれ、さっきピクシーがいたよね?どこに行ったの?」
「あ、えっと……ちょっと疲れちゃったみたいで、管に帰っちゃった」
「ふうん。そう」
ヒイラギはこともなげに言うと、ミコトの手を引いた。その手は大きく、男性らしい力強さを感じさせる。
「ほら、ミコトもおいでよ。仲魔が増えたんだから、もっと色々話しておかないと損だよ」
「うん、そうだね」
彼に手を引かれ、仲魔たちの輪に引き込まれていく。ミコトの頭からピクシーの忠告は消え失せていた。
「あれが塔の悪魔……!」
ひとまずの目的地、東京タワーの朱い色が見えてきた頃、複数の頭を持つ巨大な蛇の悪魔が見えた。見るからに強大な力を持つもの。できたら仲魔に、などと思っていたミコトは固唾を呑んだ。近くの龍穴で様子を伺っているだけでも、その巨体が醸し出す威圧感が伝わってくる。隣にいたヒイラギも、鋭い眼差しで塔の悪魔を睨んでいた。
「ミコト、君はここにいた方がいいよ。生身の人間が敵う相手じゃない」
「私だって戦えるの、ヒイラギも知ってるでしょ?」
「それはそうだけど……」
デビルサマナーであるミコトは悪魔を召喚する管だけでなく、刀も持ち歩いている。事実ヒイラギとともにこれまで彼女自身も戦ってきた。あんなに巨大な悪魔と戦うのは初めてだが。
「仲魔だけに戦わせて自分は安全なところにいるなんて、そんなのできないよ。私も戦わなきゃ」
「そっか……わかった。じゃあ、行こう」
頷き合った二人は、塔の悪魔の前に躍り出た。
「う……ううん……」
月森ミコトは、悪魔の裏庭と思しき場所で目を覚ました。禍々しい悪魔の気配のない、心安らぐ場所。普段ならヒイラギや他の仲魔たちもいるのだが、今ここにはミコトしかいなかった。
「あれ……わたし……」
頭がくらくらする。ミコトは立ち上がり、何があったのか思い出すことにした。
ヒイラギたちと東京タワーの近くに到達し、塔の悪魔を発見した。戦うことにして、それで……。そうだ、塔の悪魔の攻撃を受けて吹き飛ばされた。それからこの裏庭で目覚めるまでの記憶がない。気を失った自分が目を覚ますまで安全な裏庭に避難させた、といったところだろうか。ミコトは制服や外套についた砂埃を手で叩き落とし、辺りを見回した。
「ヒイラギ?みんな?どこにいるの?」
悪魔の和やかなざわめきで満ちているはずの場所はしんと静けさに沈み、何の音もしなかった。歩き回ってみたものの、やはり誰もいない。
「ピクシー。……ピクシー?」
管の中にいるはずの仲魔に呼びかけるが、何の反応もない。おかしい、彼女は呼びかけるだけで管から出てきてくれるのに。外套のポケットに手を入れるが、管がない。そして今気が付いたが刀もない。
「え!?あれ、なんで!?」
どれだけポケットに手を突っ込んでも、管も刀もなかった。周囲には誰もいない。心を許せる仲魔も身を守るための刀も取り上げられてしまえば、ミコトはただの少女だ。もしや塔の悪魔に奪われてしまい、どこかに閉じ込められている状況なのだろうか。このままではまずい。ミコトは龍穴に似た光が溢れている地面に近付いた。もしもここが悪魔の裏庭ならこの光に触れれば龍穴に戻れるはずだが、光に触れても何も起こらなかった。
「なんで、出られない……!」
もしやどこかに出口があるのでは、とあちこち見て回るが、東京砂漠と似た狭い空間にベンチが置いてあるだけで、どこにも抜け道や出口はない。
「誰か、ここから出して!なに、ここ……!」
岩壁を思いきり手で叩き大声を上げるが、周囲の空気を震わせただけで何の解決にもならなかった。
――ミコト、起きた?
「ヒイラギ!?」
ミコトの脳内にヒイラギの声が響いた。慌てて辺りを見回すがやはりヒイラギはいない。もしや幻聴だったのだろうか?そう思っていると、
「やあ、ミコト。よかった、目を覚ましたんだね」
いつの間にかヒイラギが至近距離にいた。あまりに唐突な出現に、ミコトは大袈裟なまでに身を竦めた。
「ヒイラギ!よかった、無事だったんだ!」
「うん、僕は無事だよ。ミコトは……大きな怪我はなさそうだね。よかった」
すぐそばに現れた彼は、金色の瞳を細めて優しく笑っていた。体の動きに合わせて、青い髪が流麗になびいた。
「ねえ、ここどこかわかる?私、塔の悪魔と戦ってたよね?」
「うん。君は塔の悪魔に攻撃されて気を失っちゃってね。危ないから裏庭に隔離してたんだ」
「そうだったんだ……ごめんね、ヒイラギ。心配かけて、面倒なことさせて」
「ううん、それはいいんだよ」
ヒイラギの手がミコトの頬に触れ、さらりと撫でた。穏やかな触れ方、純粋に心配してくれたのだろうと嬉しくなった。
「戻らなきゃ」
ミコトが歩き始めた瞬間、ぐっと手首を掴まれた。反射的に振り返ると、ヒイラギが手首を掴んだまま微笑んでいた。
「どうしたの、ヒイラギ」
「戻る必要なんてないんだよ」
そう言って彼は、もう片方の手で刀と管を取り出した。ミコトが肌身離さず持ち歩いていた大切なもの。ミコトは大きく目を見開いた。
「あ、管と刀、ヒイラギが持っててくれたんだ。返してくれる?」
「君にこんな物騒はものは必要ないよ」
穏やかな口調で話す彼は、管と刀を思いきり地面に叩きつけた。地面に落ちたそれらを容赦なく踏みつける。管は粉々に割れ、刀は鞘ごと真っ二つに折れた。
「何するの!?ヒイラギっ……!」
抗議の言葉は、ヒイラギに腕を引かれ抱擁されることで封じられた。武器も仲魔も失った彼女に、ヒイラギの逞しい腕に対抗する手段はない。
「僕は君の仲魔。仲魔は、契約を結んだ相手のことを第一に考える。君が傷付くところなんて、これ以上見たくないな」
ヒイラギの両腕に全身を抱かれ、頭や背中を撫でられる。彼の体温は心安らぐぬくもりを有し撫でてくる手も心地いいが、ミコトの背筋は凍りついていた。ヒイラギを何とか引き剥がそうと力を込めるが、ナホビノの力に抗えるはずもなかった。
「ねえ、ミコト。君はこれからここで一生過ごすんだよ。大丈夫、僕が会いにきてあげる。僕は、君の『仲魔』だから」
その声はどこまでも蠱惑的で、ミコトは本能的に悟った。
――私は一生、出られないんだ。
「助けてぇぇ!!」
ヒイラギが砂まみれの魔界を歩いていたとき、場違いな少女の悲鳴が聞こえた。反射的に右手に刃を構えて周囲を警戒すると、前方から黒い外套に縄印学園の制服を着た少女が走ってきた。彼女は前を見ずに走ってくる、思いきりヒイラギと衝突した。
「きゃ!」
「大丈夫?」
思わず抱き止めると、腕の中に華奢な少女がいた。その後ろから奇声を発しながら追いかけてくるガキとスライムが見えた。
「ねえ、あれに追われてるの?」
「そうなの!」
「じゃあ、倒すから後ろにいて」
ヒイラギは少女を後ろ手にかばい、砂を蹴り殺気だったガキとスライムの懐に飛び込んだ。天色の刃の一閃で魑魅魍魎たちを黙らせ、危機を脱する。少女は泣きそうな顔で思いきり頭を下げた。
「た、助けてくれてありがとう!」
「どういたしまして。さっきの奴ら、なんだったの?」
「あ……ええと……」
少女は頬をかきながら気まずそうに目を逸らした。
「仲魔にしようとして話しかけたんだけど、怒らせちゃったみたいで、それで……」
「仲魔に?」
ヒイラギは眉を顰めた。目の前にいる少女はどう見ても人間、「仲魔」という言葉とは到底無縁に思える。
「君は一体何者なの?」
「あ、私は月森ミコト。悪魔を使役できる、デビルサマナーなの」
そう言って少女――ミコトは管を取り出した。そこから青い妖精、ピクシーが飛び出す。管から出てきたピクシーに敵意は感じない、ミコトの仲魔だろう。ヒイラギ以外に悪魔を従える者がいるとは驚きだ。
「なんかトンネルの崩落に巻き込まれちゃって……悪魔がいっぱいいるから仲魔を増やしたいんだけど、なかなかうまくいかなくって」
ミコトは見た目も中身もごく普通の少女にしか見えない。正直なところ、このまま放り出しておくのは忍びないほどだ。ヒイラギは胸に手を当て、宣言した。
「僕は百合川ヒイラギ。君と同じで、高輪トンネルの崩落に巻き込まれてここに来たんだ。僕は戦えるし、仲魔もいる。もし君がよければ、僕も君の仲魔になろうか?」
「え?あなたが仲魔に?」
「うん」
ヒイラギは悪魔を仲魔にすることはあっても、誰かの仲魔になったことはない。たまには立場を逆転させてもいいだろうと思った。この頼りなげな少女を守るなど、造作もないことだ。
「ちょうどよかった!」
ミコトはキラキラした瞳でヒイラギを見上げ、手を取った。彼女の可憐な手がヒイラギの手を握っている。柔らかなぬくもりと鼻を掠めるいい匂いに酔いそうになった。
「私、まだ仲魔がピクシーしかいないの!あなた強そうだし、仲魔になってくれたら嬉しい!何か知ってそうだし、私に色々教えて?」
ミコトの眼差しは疑うことを知らぬ無垢な輝きに満ち、ヒイラギの乾いた心を射抜いた。
「え?ヒイラギにも仲魔がいるの?私も会ってみたい!見せて見せて!」
ある日、ヒイラギは悪魔の裏庭で自身の仲魔とミコトを引き合わせた。まだ魔界探索を始めたばかり、スライムやオンモラキといった低位の悪魔たちしかいないが、それでもミコトはほえー、と間抜けな声を上げていた。ミコトの仲魔はヒイラギを除けばピクシーのみ、ミコトは羨望の眼差しを向けていた。
「ヒイラギ、三体も仲魔がいるんだね!みんな交渉して仲魔にしたの?」
「そうだよ」
「わあ!すごい!」
ヒイラギの端的な回答に、ミコトは胸の前で手を合わせてはしゃいだ。その様子はとても悪魔を従え戦う者には見えなかった。
「ねえねえ、ヒイラギの交渉の様子、見せてくれない?私もうまくお話できるようになりたいの!」
との熱烈な要望により、グレムリンを相手に交渉を行うことにした。水色の幽霊のような彼女はヒイラギが話しかけた瞬間、
「うわ……!なんかすごい圧を感じる!もしかしてアンタ、会話のカミサマ?」
とひれ伏し、一も二もなく仲魔になった。一部始終を見届けたミコトはキラキラと目を輝かせた。
「え、今のなに!?ヒイラギ、もう一回やってみせて!」
「いや、僕もよくわからないんだよ。たまにああやって声をかけただけで仲魔になってくれるときがあるんだ」
「えー!?ヒイラギってばずるい!でもなんとなくわかるかも。だってヒイラギ、カリスマっていうの?なんかオーラがあるから」
ミコトはふんふん、と頷きながら腕を組んだ。難しい顔をして考え込んでいる。
「私はオーラがないからダメなのかなー……ヒイラギみたいに綺麗でもかっこよくもないし……やっぱりもっと強くなきゃダメなのかな?」
「ミコトはそのままでいいんだよ?」
ヒイラギの口から零れた言葉は紛れもない本音だったのだが、ミコトは唇を尖らせていた。
「よくない!このままじゃ、デビルサマナーとしてかっこ悪すぎる!ヒイラギ、色々教えてよ!」
子供っぽい駄々をこねる彼女にヒイラギは半分呆れたため息をついたが、表情をコロコロ変える彼女の様子は微笑ましかった。
「ねえミコト」
戦闘を終え悪魔の裏庭で一息ついていたとき、ピクシーがミコトのそばにやって来た。
「ん?なに?」
「ちょっとちょっと」
ピクシーは少し離れたところにいるヒイラギを睨みながら、ミコトの服の袖をくいくいと引っ張った。
「え?なに?」
「いいから、こっち来て」
ピクシーに引っ張られるまま裏庭の隅に移動した。ヒイラギとその仲魔たちと物理的な距離が生まれる。これから話すことはピクシーとミコトだけの秘密だ。
「ミコト、ヒイラギのことどう思ってるの」
「ヒイラギのこと?」
ピクシーはミコトのすぐ近くに寄り、声を絞り問いかけてくる。その表情は鬼気迫るもので、愛嬌のあるピクシーには珍しい真剣な顔だった。
「すごく頼りになる仲魔だよ?」
「はぁ……そんなことだろうと思った。ミコト、ちょっと危機感が足りないんじゃない?」
「危機感?」
「そうそう。だって、変だと思わない?ミコトの仲魔よりヒイラギの仲魔の方が多いんだよ?」
言われて初めて、ミコトは裏庭を見渡した。気付けばこの裏庭には、ヒイラギが仲魔にした悪魔で溢れている。ミコトもヒイラギの監修のもと交渉を続けているが、未だに仲魔はピクシーだけだった。
「最初は私もミコトが頼りにしてるからいいかって思ってたけど……なんか、へんだよ?ミコト、ヒイラギとは早いうちに離れた方がいいんじゃない?」
「ええ……そうかなぁ……」
ミコトは腕を組み、宙に視線を漂わせた。直近のヒイラギの動向を思い出す。ミコトの指示に従って戦ってくれるし、悪魔との交渉がうまくいかないとき、いつも収めてくれたのは彼だった。何らおかしなところはない。
「ピクシーの考えすぎだよ。頼りになる仲魔は多いに越したことないじゃない」
「そうだけどさぁ……」
ピクシーは言葉を濁らせた瞬間、ふとヒイラギの方に視線をやり、びくんと体を竦ませた。ピクシーはミコトの背中にサッと隠れ、小さく震えていた。
「え、ピクシー、どうしたの?」
「さっきアイツ、私のこと睨んでた。すごい目だったよ」
「アイツって?ヒイラギのこと?」
ミコトがピクシーと向かい合うと、彼女は血の気が引いた真っ青な顔をしていた。悪魔がここまで恐れを抱くのは珍しい。特にピクシーは呑気で楽観的、ミコトは彼女のこんな顔を初めて見た。
「ねえ、二人ともどうしたの。そんな隅っこで」
ふと気付くと、ヒイラギがすぐそばにいた。柔和な笑顔を浮かべ、ひらひらと手を振っている。ピクシーはひ、と引き攣った声を上げてミコトの持つ管の中に帰っていった。
「あ、ヒイラギ……」
「あれ、さっきピクシーがいたよね?どこに行ったの?」
「あ、えっと……ちょっと疲れちゃったみたいで、管に帰っちゃった」
「ふうん。そう」
ヒイラギはこともなげに言うと、ミコトの手を引いた。その手は大きく、男性らしい力強さを感じさせる。
「ほら、ミコトもおいでよ。仲魔が増えたんだから、もっと色々話しておかないと損だよ」
「うん、そうだね」
彼に手を引かれ、仲魔たちの輪に引き込まれていく。ミコトの頭からピクシーの忠告は消え失せていた。
「あれが塔の悪魔……!」
ひとまずの目的地、東京タワーの朱い色が見えてきた頃、複数の頭を持つ巨大な蛇の悪魔が見えた。見るからに強大な力を持つもの。できたら仲魔に、などと思っていたミコトは固唾を呑んだ。近くの龍穴で様子を伺っているだけでも、その巨体が醸し出す威圧感が伝わってくる。隣にいたヒイラギも、鋭い眼差しで塔の悪魔を睨んでいた。
「ミコト、君はここにいた方がいいよ。生身の人間が敵う相手じゃない」
「私だって戦えるの、ヒイラギも知ってるでしょ?」
「それはそうだけど……」
デビルサマナーであるミコトは悪魔を召喚する管だけでなく、刀も持ち歩いている。事実ヒイラギとともにこれまで彼女自身も戦ってきた。あんなに巨大な悪魔と戦うのは初めてだが。
「仲魔だけに戦わせて自分は安全なところにいるなんて、そんなのできないよ。私も戦わなきゃ」
「そっか……わかった。じゃあ、行こう」
頷き合った二人は、塔の悪魔の前に躍り出た。
「う……ううん……」
月森ミコトは、悪魔の裏庭と思しき場所で目を覚ました。禍々しい悪魔の気配のない、心安らぐ場所。普段ならヒイラギや他の仲魔たちもいるのだが、今ここにはミコトしかいなかった。
「あれ……わたし……」
頭がくらくらする。ミコトは立ち上がり、何があったのか思い出すことにした。
ヒイラギたちと東京タワーの近くに到達し、塔の悪魔を発見した。戦うことにして、それで……。そうだ、塔の悪魔の攻撃を受けて吹き飛ばされた。それからこの裏庭で目覚めるまでの記憶がない。気を失った自分が目を覚ますまで安全な裏庭に避難させた、といったところだろうか。ミコトは制服や外套についた砂埃を手で叩き落とし、辺りを見回した。
「ヒイラギ?みんな?どこにいるの?」
悪魔の和やかなざわめきで満ちているはずの場所はしんと静けさに沈み、何の音もしなかった。歩き回ってみたものの、やはり誰もいない。
「ピクシー。……ピクシー?」
管の中にいるはずの仲魔に呼びかけるが、何の反応もない。おかしい、彼女は呼びかけるだけで管から出てきてくれるのに。外套のポケットに手を入れるが、管がない。そして今気が付いたが刀もない。
「え!?あれ、なんで!?」
どれだけポケットに手を突っ込んでも、管も刀もなかった。周囲には誰もいない。心を許せる仲魔も身を守るための刀も取り上げられてしまえば、ミコトはただの少女だ。もしや塔の悪魔に奪われてしまい、どこかに閉じ込められている状況なのだろうか。このままではまずい。ミコトは龍穴に似た光が溢れている地面に近付いた。もしもここが悪魔の裏庭ならこの光に触れれば龍穴に戻れるはずだが、光に触れても何も起こらなかった。
「なんで、出られない……!」
もしやどこかに出口があるのでは、とあちこち見て回るが、東京砂漠と似た狭い空間にベンチが置いてあるだけで、どこにも抜け道や出口はない。
「誰か、ここから出して!なに、ここ……!」
岩壁を思いきり手で叩き大声を上げるが、周囲の空気を震わせただけで何の解決にもならなかった。
――ミコト、起きた?
「ヒイラギ!?」
ミコトの脳内にヒイラギの声が響いた。慌てて辺りを見回すがやはりヒイラギはいない。もしや幻聴だったのだろうか?そう思っていると、
「やあ、ミコト。よかった、目を覚ましたんだね」
いつの間にかヒイラギが至近距離にいた。あまりに唐突な出現に、ミコトは大袈裟なまでに身を竦めた。
「ヒイラギ!よかった、無事だったんだ!」
「うん、僕は無事だよ。ミコトは……大きな怪我はなさそうだね。よかった」
すぐそばに現れた彼は、金色の瞳を細めて優しく笑っていた。体の動きに合わせて、青い髪が流麗になびいた。
「ねえ、ここどこかわかる?私、塔の悪魔と戦ってたよね?」
「うん。君は塔の悪魔に攻撃されて気を失っちゃってね。危ないから裏庭に隔離してたんだ」
「そうだったんだ……ごめんね、ヒイラギ。心配かけて、面倒なことさせて」
「ううん、それはいいんだよ」
ヒイラギの手がミコトの頬に触れ、さらりと撫でた。穏やかな触れ方、純粋に心配してくれたのだろうと嬉しくなった。
「戻らなきゃ」
ミコトが歩き始めた瞬間、ぐっと手首を掴まれた。反射的に振り返ると、ヒイラギが手首を掴んだまま微笑んでいた。
「どうしたの、ヒイラギ」
「戻る必要なんてないんだよ」
そう言って彼は、もう片方の手で刀と管を取り出した。ミコトが肌身離さず持ち歩いていた大切なもの。ミコトは大きく目を見開いた。
「あ、管と刀、ヒイラギが持っててくれたんだ。返してくれる?」
「君にこんな物騒はものは必要ないよ」
穏やかな口調で話す彼は、管と刀を思いきり地面に叩きつけた。地面に落ちたそれらを容赦なく踏みつける。管は粉々に割れ、刀は鞘ごと真っ二つに折れた。
「何するの!?ヒイラギっ……!」
抗議の言葉は、ヒイラギに腕を引かれ抱擁されることで封じられた。武器も仲魔も失った彼女に、ヒイラギの逞しい腕に対抗する手段はない。
「僕は君の仲魔。仲魔は、契約を結んだ相手のことを第一に考える。君が傷付くところなんて、これ以上見たくないな」
ヒイラギの両腕に全身を抱かれ、頭や背中を撫でられる。彼の体温は心安らぐぬくもりを有し撫でてくる手も心地いいが、ミコトの背筋は凍りついていた。ヒイラギを何とか引き剥がそうと力を込めるが、ナホビノの力に抗えるはずもなかった。
「ねえ、ミコト。君はこれからここで一生過ごすんだよ。大丈夫、僕が会いにきてあげる。僕は、君の『仲魔』だから」
その声はどこまでも蠱惑的で、ミコトは本能的に悟った。
――私は一生、出られないんだ。
