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魔界のホワイトクリスマス
魔界にも雪が降る。ジャアクフロストが経営するクラブの周辺も薄く雪が積もり、白く化粧が施されていた。奇しくも今日は年に一度のクリスマス、ミコトは店外のツリーの飾り付けを行うところだった。はらはらと舞い落ちる雪は白く、吐いた息も白く浮かび上がり消えていった。
「ホワイトクリスマスなんて、ロマンチックだね」
「ホワイトクリスマス?」
ミコトが思わず言った言葉に、そばにいたアリスが小首を傾げた。サンタを模した赤いワンピースと帽子を着た彼女が電飾を持って不思議そうにする姿は愛らしく、見ているだけで癒される。
「クリスマスの日に雪が降って積もったら、ホワイトクリスマスって言うの。ほら、雪は白いから」
「そうなんだ。おねえちゃん、なんか楽しそうだね」
「魔界で雪を見るの、初めてだから。アリスは雪を見たことある?」
「何回かあるよ。でも積もるのは珍しいかな」
店外に鎮座した巨大なクリスマスツリー、まだ飾りはなく裸の状態だ。深い緑色の葉に白い雪が積もっている。適度に雪を払いながら、二人で飾り付けをしていく。電飾がキラキラと輝くようになると、非日常らしい空気が強くなる。辺りは白い雪と濃紺の夜、クリスマスツリーの輝きは目を見張るものがある。
「あとはこれを……」
ミコトは爪先立ちをしてツリーの天辺に星を刺した。やはりこれがないとクリスマスツリーとはいえない。暗い夜を明るく演出する金色の星、これでこそだ。ミコトはアリスと並んで出来上がったツリーを眺めた。きらびやかなクリスマスツリーだが、薄く積もった白い雪のおかげでしっとりとした大人の趣も感じられる。高級クラブを飾るにふさわしい出来だ。
「アリスは先に戻っててくれる?入り口の雪を掃いておくから」
「うん、わかった」
アリスがクラブに入っていくのを見届け、ミコトはクラブに続く道を箒で履き始めた。箒が地面と擦れるたび、白い煙状に雪が舞い上がる。魔界に来る前は東京暮らしだったミコトにとって、雪は貴重だ。東京で雪が降ると心躍ったものだが、魔界でも同じ心境とは思いもしなかった。
「やあ、ミコトさん。こんばんは」
聖夜を彩る心地よい声が聞こえ、ミコトは顔を上げた。青い髪に金色の瞳、ヒイラギが穏やかに笑っていた。ミコトは彼に駆け寄り、手を振った。
「こんばんは、ヒイラギさん」
「あ、今日はクリスマスか。サンタ姿、可愛いね」
ヒイラギの何気ない一言がミコトの顔を赤く染める。ジャアクフロストやディオニュソスには散々な言われようの赤いワンピースと赤い帽子、彼は真っ先に褒めてくれた。サキュバスとアリスに褒められるのも無論嬉しいが、彼に褒められるのは格別だ。
「ありがとうございます。今日も私をご指名ですか?」
「もちろん」
そう言って彼が笑ったとき、くしゅ、とミコトはくしゃみをした。ヒイラギが心配そうな顔をする。
「大丈夫?ミコトさん。雪降ってるから寒いよね」
「いえ、大丈夫ですよ」
そう返しながらも、正直なところ少し寒かった。サンタのワンピースは長袖かつ分厚い生地ではあるものの、スカート部分は膝丈で薄いタイツのみの足が一部露出している、冷えて当然だった。早く店に入りたいが、常連がいるのに自分だけ店に引っ込んでしまうのも愛想がない。もう少し我慢すれば……と思っていたところ、ヒイラギに手を引かれ、抱きしめられていた。
「――!?」
「急にごめんね。ほら、僕上着とか持ってないから。こうすればあたたかいよね?」
「そ、それはそうですけど」
逞しい彼の腕に抱かれている。密着した胸板は見た目よりも厚く、ミコトをどっしりと受け入れてくれる。ワンピース越しに彼の体温がじわりと滲み、ミコト全体をあたためてくれる。クラブの外で客と抱き合うなど御法度だが、雪がちらつく寒さの中彼の体温は心地よく、離れがたかった。彼の背中に手を添えようとしたとき、
「ミコトー、開店時間だホー!」
風情も何もないバァン!という音とともにクラブの扉が開き、ジャアクフロストが飛び出してきた。ジャアクフロストは抱擁している二人を見て一瞬硬直した。飛び出してきたままの不自然な体勢で。
「……ミコト、さっさと店に入るホー!」
「あ、え、と、はい」
ミコトのぎこちない応対もどこ吹く風、ジャアクフロストは意外にも特に言及なくクラブに戻っていった。何か小言を言われると覚悟していたのに。ミコトの心臓はどくどくと激しく鳴動していた。
「ミコトさん、ドキドキしてる。大丈夫?」
至近距離でヒイラギに尋ねられた。もう瞳よりも唇が近い距離で、艶めかしく動く彼の赤い唇から目が離せなかった。
「だ、大丈夫です!それよりヒイラギさん、開店時間ですよ!?寄って行かれますか!?」
「うん。またVIPルームに連れていって」
にこ、と微笑む彼を伴いクラブに入りジャアクフロストに報告すると、
「ミコト〜……店外ではほどほどにホ〜。わかってると思うけど、VIPルームに入ったからって何でもアリじゃないヒホ!高級クラブなんだからホ!」
「わかってますよ……行ってきますね」
さらりと釘を刺された。ミコトはヒイラギには笑顔を振りまき二階のVIPルームに向かった。彼と幾度となく過ごした二人きりの空間、そこはクリスマスに合わせ赤と緑の飾り付けがされている。壁に飾られたリースやノーム人形は可愛らしく、落ち着いた大人の空間ながらもどこか楽しげな印象の部屋に仕上がっている。
「ごめんね、ミコトさん」
「え?」
ソファーに座って早々、彼は謝ってきた。神妙な顔だ、つられてミコトも真面目な顔になる。
「さっき店長さんに何か言われてたでしょ。僕が外で抱きしめちゃったからだよね」
「あ、まあそうなんですけど……ちゃんとけじめをつけなかった私がいけないんです」
ジャアクフロストのいうとおりここは健全かつ高級なクラブ、客との不必要な接触は厳禁だ。二人きりのVIPルームであればともかく、店外で不用意に抱擁など交わすべきではなかった。ミコトは静かに反省を噛み締めた。そんなミコトを、ヒイラギは眉根を寄せて見つめていた。
「ごめんね、ミコトさん」
「あっ、こちらこそごめんなさい!暗くなっちゃいましたね!」
ミコトは慌てて取り繕いながら、視線を窓に向けた。窓の向こうは深い宵闇、そこに白い雪が降り積もっていく。
「今日は雪ですよ!ちょっと見てみませんか?」
「うん」
ヒイラギの手を取り、窓際に二人で立つ。窓ガラスからは冷えた温度が伝わってくるが、極楽の室内なら可愛いものだった。窓の外の魔界が白く染まっていく。世知辛い悪魔の世界が幻想的に見える夜だった。
「綺麗だね、ミコトさん」
「そうですね。魔界で雪が積もるのは結構珍しいみたいですよ」
「そうなんだ。ミコトさんと見られて嬉しいよ」
ふふ、と笑い合うと、彼の手がミコトの肩に回っていた。肩を抱かれ、彼に寄りかかる形になる。
「あ、あの」
「外だとまずいだろうけど、VIPルームでもダメかな?」
「多少、なら……」
「ふうん」
――多少、ね。
ヒイラギの意味深な声が聞こえ思わず彼を見上げると、真白のクリスマスにふさわしい天使のような微笑みを浮かべていた。彼が雪を降らせる神の使いだ、と言われたら信じてしまいそうな神々しい笑みだった。
「ミコトさん」
肩を抱いていた手が腰に回り、気がつくと抱きしめられていた。彼の体に体重を預ける形になり、頭や背中を優しく撫でられる。窓ガラスから伝わってくる冷気すらあっさりとあたため溶かすような、彼の優しい体温に包まれる。
「ミコトさん、ダメなときはダメって言って」
耳元で囁かれ、顎に手が添えられ上向かされた。彼の金色の眼差しはあくまで優しく、ミコトが拒否すればあっさりと引いてくれるだろう。このまま何も言わなければ、きっと唇を奪われる。けれど、それでも……ミコトは何も言わなかった。
「キス、するよ」
「はい」
ヒイラギの声がミコトの頭に降り積り、唇が重なった。唇の感触を味わう、たっぷりと時間をかけた口付け。ここはお触り禁止の高級クラブという建前は、彼の前では淡雪となり溶けてしまう。VIPルームで起こったすべてのことは、ミコトとヒイラギだけの秘密。
「ん……」
唇が離れるのが惜しい。口付けを終えたミコトは、不満げな声を漏らしていた。ヒイラギはぎゅっと抱きしめてくれた。でも、それだけでは物足りない。ミコトは彼の胸板にそっと手を添え、踵を浮かせた。
ちゅ。
ミコトの唇がヒイラギのそれに触れた。本当はもう少し触れていたかったが、これ以上は踵が限界だった。ヒイラギの目を見開いた顔がもの珍しくて、ミコトはくすくすと笑った。
「どうしたんですか、ヒイラギさん。びっくりしてますね」
「ミコトさんの方からされるなんて思わなかったよ」
「ちょっとだけお返しですよ」
客とキャストの域を越えている自覚はあるが、互いに越えていいと思っているのなら、それでいいじゃないか。ミコトは彼の胸に縋りつき、キャストらしく言った。
「ところでヒイラギさん。飲み物、どうします?」
「いつものぶどうジュースで」
「はい、わかりました」
彼は飲めないらしい。ミコトも飲めないからちょうどいい、二人でノンアルコールで乾杯と洒落込もう。二人は美しい赤紫色の液体が入ったグラスを持ち、窓際に立った。
「メリークリスマス、ヒイラギさん。乾杯」
「メリークリスマス。乾杯」
カン、と軽やかな挨拶を交わし、ぶどうジュースを一口。単に甘く濃い果汁なのだが、今夜はほろ苦いような気がした。夜の闇にたゆたう六花がアルコールを飲んでいる気分にさせたのかもしれない。
「今年も料理はあるの?」
「ありますよ。ケーキもたくさん。ついでです、飲み物もたくさん飲んでいってくださいね」
「ミコトさんは相変わらず商売上手だね」
去年初めて彼が訪れたのもクリスマスの夜だった。今年もワゴンにたくさんの料理が並んでいる。豪勢なローストチキンから純白に苺が映えるホールケーキ等々、クリスマスを彩るにふさわしい料理ばかりだ。
「じゃあケーキ、一口食べさせてもらおうかな?」
「好きですね。苺が乗ったところがいいですか?」
「うん」
赤い苺と白いクリーム、黄色いスポンジ。綺麗な断面を彼に見せつつ口に差し込んだ。彼はゆっくり咀嚼し、大事そうに飲み込む。ぱっと咲く笑顔は白い花のようで美しい。
「美味しいね、ありがとう。そうだ、ミコトさんも食べる?」
「え?私はキャストですから料理は……」
「いいでしょ、ダメ?」
ヒイラギは自らの人差し指をミコトの唇に当て、不機嫌そうにぷくりと頬を膨らませた。
「僕の他にも食べさせてくれるお客さんがいるとか?」
「いえ、そうじゃなくて。料理はお客さん用ですから」
嘘偽りなく答えたところ、ヒイラギは安堵の笑みを浮かべた。
「ふふ、じゃあ僕はミコトさんにも食べさせてあげようか。ね、食べてみてよ。こんなに美味しいの、僕だけが食べるなんて勿体無いから」
「……わかりました。ちょっと甘えちゃいます」
ヒイラギの長い指がフォークを取り、優雅にケーキを刺す。にこにこと笑う彼はミコトにケーキを差し出した。
「はい、あーん」
何がそんなに楽しいのだろうか。疑問に思いながらミコトが口を開けると、甘く柔らかなケーキが口の中へやって来た。スポンジの間に挟まれた苺が弾け、甘酸っぱさもあり美味しい。クリスマスの料理といっても客のために用意されたもの、ミコトが口にしたのは初めてだ。二人で何も考えずに食べられたらいいのに、なんて店長が聞いたら怒り出しそうなことを考えてしまった。
「去年は君に甘えさせてもらったね。ほら、おいで」
ヒイラギは腕を広げ、甘やかに微笑んでいる。彼の腕の中、ミコトには魅惑の提案だった。きっと彼はミコトの甘えを受け入れてくれる。今夜は雪が降っているから少し寒い、理由付けは十分だ。ミコトはそっと彼の体に寄り添い上目遣いで見つめた。彼は弾けるようなキラキラとした笑顔でミコトを抱きしめた。優しく包み込んでくれる抱擁だった。
「あったかいですね、ヒイラギさん」
「うん、寒くないでしょ」
雪降る窓辺、ガラスは冷たい空気を二人に纏わせてくる。そんな温度をものともしない彼のぬくもりに、ミコトは体を預けた。この優しい体温にいつまでも浸っていられたら、と夢を見てしまいそうだった。
ミコトと聖夜を過ごしたクラブ、もう時間が来てしまった。ヒイラギはため息をつきながら、二階から一階に降りていく。店を出ていく瞬間には、いつも寂しさが募る。彼女との時間を金で買っていることを、嫌でも認識させられる。
支払いを済ませると、いつもどおり笑顔のミコトが扉を開けてくれた。扉を開けた瞬間飛び込んできたのは、鉄紺色の夜空にしんしんと降り積もる真白の雪だった。止まぬ雪は世界を白く染め上げていく、白い花が天から降り注いでいるかのような光景だった。
「あ、まだ雪降ってたんですね。ヒイラギさん、ちょっと待ってください」
クラブに戻ったミコトが手にしていたのは傘だった。紺色の地味な傘、魔界にも傘があったのかと驚くヒイラギに、ミコトが手渡してくる。
「こんな中帰ったら濡れちゃいます。今度返してください」
人間らしい――実に人間らしい発想だった。ヒイラギには濡れずに移動する術などいくらもあるし、濡れたとて人間ほど脆弱な体をしていない。それでもヒイラギは笑みを漏らし、ミコトから傘を受け取った。
「ふふ、ありがとう」
礼を告げながら傘を開いた。紺色の無愛想な花が夜に開き、次々に降る雪で白く染まっていく。
ヒイラギはミコトを手招いた。意図を察したミコトが、傘の中に入ってくる。二人で見上げたのは大きなクリスマスツリー。頂点に輝く星はこの夜の中でも明るくきらめき、電飾が楽しげな囁きを聞かせてくれる。
「立派なクリスマスツリーだね。去年も置いてたよね」
「ええ。今年も私が飾り付けをしたんですよ」
「あ、そうなんだ?どおりで何だか可愛い感じだと思った」
「……もう。私が絡むと何でも可愛いって言いますね」
悪戯っぽく笑った彼女の耳元に唇を寄せた。
「だって本当のことだからね」
照れるミコトの顔は電飾に照らされ、夜空の下でも鮮明に浮かび上がった。どうしてここを離れないといけないのだろう。ヒイラギの胸に燻る嘆きが大きくなる。
「ミコトさん、帰りたくないよ」
「ダメですよ。また店長に怒られちゃいます」
茶化した口調だったが、全くもってそのとおりだ。ヒイラギは重いため息をついた。彼女を困らせるのは本意ではない。
「ミコトさん、また来るよ。傘、返さなきゃいけないからね」
またこのクラブを訪れる口実ができた。仮に口実なんかなくとも「次」はあるだろうけれど。
「ええ、またいらしたときに返してください」
口元に白い息を吐きながら、ヒイラギはミコトに手を振り歩き始めた。背中にミコトの視線を感じる、それだけで体がじんわりとあたたかくなる心地だ。くるりと傘を回すと、紺色を染める白い雪が飛沫となって散り、きらめいた。
魔界にも雪が降る。ジャアクフロストが経営するクラブの周辺も薄く雪が積もり、白く化粧が施されていた。奇しくも今日は年に一度のクリスマス、ミコトは店外のツリーの飾り付けを行うところだった。はらはらと舞い落ちる雪は白く、吐いた息も白く浮かび上がり消えていった。
「ホワイトクリスマスなんて、ロマンチックだね」
「ホワイトクリスマス?」
ミコトが思わず言った言葉に、そばにいたアリスが小首を傾げた。サンタを模した赤いワンピースと帽子を着た彼女が電飾を持って不思議そうにする姿は愛らしく、見ているだけで癒される。
「クリスマスの日に雪が降って積もったら、ホワイトクリスマスって言うの。ほら、雪は白いから」
「そうなんだ。おねえちゃん、なんか楽しそうだね」
「魔界で雪を見るの、初めてだから。アリスは雪を見たことある?」
「何回かあるよ。でも積もるのは珍しいかな」
店外に鎮座した巨大なクリスマスツリー、まだ飾りはなく裸の状態だ。深い緑色の葉に白い雪が積もっている。適度に雪を払いながら、二人で飾り付けをしていく。電飾がキラキラと輝くようになると、非日常らしい空気が強くなる。辺りは白い雪と濃紺の夜、クリスマスツリーの輝きは目を見張るものがある。
「あとはこれを……」
ミコトは爪先立ちをしてツリーの天辺に星を刺した。やはりこれがないとクリスマスツリーとはいえない。暗い夜を明るく演出する金色の星、これでこそだ。ミコトはアリスと並んで出来上がったツリーを眺めた。きらびやかなクリスマスツリーだが、薄く積もった白い雪のおかげでしっとりとした大人の趣も感じられる。高級クラブを飾るにふさわしい出来だ。
「アリスは先に戻っててくれる?入り口の雪を掃いておくから」
「うん、わかった」
アリスがクラブに入っていくのを見届け、ミコトはクラブに続く道を箒で履き始めた。箒が地面と擦れるたび、白い煙状に雪が舞い上がる。魔界に来る前は東京暮らしだったミコトにとって、雪は貴重だ。東京で雪が降ると心躍ったものだが、魔界でも同じ心境とは思いもしなかった。
「やあ、ミコトさん。こんばんは」
聖夜を彩る心地よい声が聞こえ、ミコトは顔を上げた。青い髪に金色の瞳、ヒイラギが穏やかに笑っていた。ミコトは彼に駆け寄り、手を振った。
「こんばんは、ヒイラギさん」
「あ、今日はクリスマスか。サンタ姿、可愛いね」
ヒイラギの何気ない一言がミコトの顔を赤く染める。ジャアクフロストやディオニュソスには散々な言われようの赤いワンピースと赤い帽子、彼は真っ先に褒めてくれた。サキュバスとアリスに褒められるのも無論嬉しいが、彼に褒められるのは格別だ。
「ありがとうございます。今日も私をご指名ですか?」
「もちろん」
そう言って彼が笑ったとき、くしゅ、とミコトはくしゃみをした。ヒイラギが心配そうな顔をする。
「大丈夫?ミコトさん。雪降ってるから寒いよね」
「いえ、大丈夫ですよ」
そう返しながらも、正直なところ少し寒かった。サンタのワンピースは長袖かつ分厚い生地ではあるものの、スカート部分は膝丈で薄いタイツのみの足が一部露出している、冷えて当然だった。早く店に入りたいが、常連がいるのに自分だけ店に引っ込んでしまうのも愛想がない。もう少し我慢すれば……と思っていたところ、ヒイラギに手を引かれ、抱きしめられていた。
「――!?」
「急にごめんね。ほら、僕上着とか持ってないから。こうすればあたたかいよね?」
「そ、それはそうですけど」
逞しい彼の腕に抱かれている。密着した胸板は見た目よりも厚く、ミコトをどっしりと受け入れてくれる。ワンピース越しに彼の体温がじわりと滲み、ミコト全体をあたためてくれる。クラブの外で客と抱き合うなど御法度だが、雪がちらつく寒さの中彼の体温は心地よく、離れがたかった。彼の背中に手を添えようとしたとき、
「ミコトー、開店時間だホー!」
風情も何もないバァン!という音とともにクラブの扉が開き、ジャアクフロストが飛び出してきた。ジャアクフロストは抱擁している二人を見て一瞬硬直した。飛び出してきたままの不自然な体勢で。
「……ミコト、さっさと店に入るホー!」
「あ、え、と、はい」
ミコトのぎこちない応対もどこ吹く風、ジャアクフロストは意外にも特に言及なくクラブに戻っていった。何か小言を言われると覚悟していたのに。ミコトの心臓はどくどくと激しく鳴動していた。
「ミコトさん、ドキドキしてる。大丈夫?」
至近距離でヒイラギに尋ねられた。もう瞳よりも唇が近い距離で、艶めかしく動く彼の赤い唇から目が離せなかった。
「だ、大丈夫です!それよりヒイラギさん、開店時間ですよ!?寄って行かれますか!?」
「うん。またVIPルームに連れていって」
にこ、と微笑む彼を伴いクラブに入りジャアクフロストに報告すると、
「ミコト〜……店外ではほどほどにホ〜。わかってると思うけど、VIPルームに入ったからって何でもアリじゃないヒホ!高級クラブなんだからホ!」
「わかってますよ……行ってきますね」
さらりと釘を刺された。ミコトはヒイラギには笑顔を振りまき二階のVIPルームに向かった。彼と幾度となく過ごした二人きりの空間、そこはクリスマスに合わせ赤と緑の飾り付けがされている。壁に飾られたリースやノーム人形は可愛らしく、落ち着いた大人の空間ながらもどこか楽しげな印象の部屋に仕上がっている。
「ごめんね、ミコトさん」
「え?」
ソファーに座って早々、彼は謝ってきた。神妙な顔だ、つられてミコトも真面目な顔になる。
「さっき店長さんに何か言われてたでしょ。僕が外で抱きしめちゃったからだよね」
「あ、まあそうなんですけど……ちゃんとけじめをつけなかった私がいけないんです」
ジャアクフロストのいうとおりここは健全かつ高級なクラブ、客との不必要な接触は厳禁だ。二人きりのVIPルームであればともかく、店外で不用意に抱擁など交わすべきではなかった。ミコトは静かに反省を噛み締めた。そんなミコトを、ヒイラギは眉根を寄せて見つめていた。
「ごめんね、ミコトさん」
「あっ、こちらこそごめんなさい!暗くなっちゃいましたね!」
ミコトは慌てて取り繕いながら、視線を窓に向けた。窓の向こうは深い宵闇、そこに白い雪が降り積もっていく。
「今日は雪ですよ!ちょっと見てみませんか?」
「うん」
ヒイラギの手を取り、窓際に二人で立つ。窓ガラスからは冷えた温度が伝わってくるが、極楽の室内なら可愛いものだった。窓の外の魔界が白く染まっていく。世知辛い悪魔の世界が幻想的に見える夜だった。
「綺麗だね、ミコトさん」
「そうですね。魔界で雪が積もるのは結構珍しいみたいですよ」
「そうなんだ。ミコトさんと見られて嬉しいよ」
ふふ、と笑い合うと、彼の手がミコトの肩に回っていた。肩を抱かれ、彼に寄りかかる形になる。
「あ、あの」
「外だとまずいだろうけど、VIPルームでもダメかな?」
「多少、なら……」
「ふうん」
――多少、ね。
ヒイラギの意味深な声が聞こえ思わず彼を見上げると、真白のクリスマスにふさわしい天使のような微笑みを浮かべていた。彼が雪を降らせる神の使いだ、と言われたら信じてしまいそうな神々しい笑みだった。
「ミコトさん」
肩を抱いていた手が腰に回り、気がつくと抱きしめられていた。彼の体に体重を預ける形になり、頭や背中を優しく撫でられる。窓ガラスから伝わってくる冷気すらあっさりとあたため溶かすような、彼の優しい体温に包まれる。
「ミコトさん、ダメなときはダメって言って」
耳元で囁かれ、顎に手が添えられ上向かされた。彼の金色の眼差しはあくまで優しく、ミコトが拒否すればあっさりと引いてくれるだろう。このまま何も言わなければ、きっと唇を奪われる。けれど、それでも……ミコトは何も言わなかった。
「キス、するよ」
「はい」
ヒイラギの声がミコトの頭に降り積り、唇が重なった。唇の感触を味わう、たっぷりと時間をかけた口付け。ここはお触り禁止の高級クラブという建前は、彼の前では淡雪となり溶けてしまう。VIPルームで起こったすべてのことは、ミコトとヒイラギだけの秘密。
「ん……」
唇が離れるのが惜しい。口付けを終えたミコトは、不満げな声を漏らしていた。ヒイラギはぎゅっと抱きしめてくれた。でも、それだけでは物足りない。ミコトは彼の胸板にそっと手を添え、踵を浮かせた。
ちゅ。
ミコトの唇がヒイラギのそれに触れた。本当はもう少し触れていたかったが、これ以上は踵が限界だった。ヒイラギの目を見開いた顔がもの珍しくて、ミコトはくすくすと笑った。
「どうしたんですか、ヒイラギさん。びっくりしてますね」
「ミコトさんの方からされるなんて思わなかったよ」
「ちょっとだけお返しですよ」
客とキャストの域を越えている自覚はあるが、互いに越えていいと思っているのなら、それでいいじゃないか。ミコトは彼の胸に縋りつき、キャストらしく言った。
「ところでヒイラギさん。飲み物、どうします?」
「いつものぶどうジュースで」
「はい、わかりました」
彼は飲めないらしい。ミコトも飲めないからちょうどいい、二人でノンアルコールで乾杯と洒落込もう。二人は美しい赤紫色の液体が入ったグラスを持ち、窓際に立った。
「メリークリスマス、ヒイラギさん。乾杯」
「メリークリスマス。乾杯」
カン、と軽やかな挨拶を交わし、ぶどうジュースを一口。単に甘く濃い果汁なのだが、今夜はほろ苦いような気がした。夜の闇にたゆたう六花がアルコールを飲んでいる気分にさせたのかもしれない。
「今年も料理はあるの?」
「ありますよ。ケーキもたくさん。ついでです、飲み物もたくさん飲んでいってくださいね」
「ミコトさんは相変わらず商売上手だね」
去年初めて彼が訪れたのもクリスマスの夜だった。今年もワゴンにたくさんの料理が並んでいる。豪勢なローストチキンから純白に苺が映えるホールケーキ等々、クリスマスを彩るにふさわしい料理ばかりだ。
「じゃあケーキ、一口食べさせてもらおうかな?」
「好きですね。苺が乗ったところがいいですか?」
「うん」
赤い苺と白いクリーム、黄色いスポンジ。綺麗な断面を彼に見せつつ口に差し込んだ。彼はゆっくり咀嚼し、大事そうに飲み込む。ぱっと咲く笑顔は白い花のようで美しい。
「美味しいね、ありがとう。そうだ、ミコトさんも食べる?」
「え?私はキャストですから料理は……」
「いいでしょ、ダメ?」
ヒイラギは自らの人差し指をミコトの唇に当て、不機嫌そうにぷくりと頬を膨らませた。
「僕の他にも食べさせてくれるお客さんがいるとか?」
「いえ、そうじゃなくて。料理はお客さん用ですから」
嘘偽りなく答えたところ、ヒイラギは安堵の笑みを浮かべた。
「ふふ、じゃあ僕はミコトさんにも食べさせてあげようか。ね、食べてみてよ。こんなに美味しいの、僕だけが食べるなんて勿体無いから」
「……わかりました。ちょっと甘えちゃいます」
ヒイラギの長い指がフォークを取り、優雅にケーキを刺す。にこにこと笑う彼はミコトにケーキを差し出した。
「はい、あーん」
何がそんなに楽しいのだろうか。疑問に思いながらミコトが口を開けると、甘く柔らかなケーキが口の中へやって来た。スポンジの間に挟まれた苺が弾け、甘酸っぱさもあり美味しい。クリスマスの料理といっても客のために用意されたもの、ミコトが口にしたのは初めてだ。二人で何も考えずに食べられたらいいのに、なんて店長が聞いたら怒り出しそうなことを考えてしまった。
「去年は君に甘えさせてもらったね。ほら、おいで」
ヒイラギは腕を広げ、甘やかに微笑んでいる。彼の腕の中、ミコトには魅惑の提案だった。きっと彼はミコトの甘えを受け入れてくれる。今夜は雪が降っているから少し寒い、理由付けは十分だ。ミコトはそっと彼の体に寄り添い上目遣いで見つめた。彼は弾けるようなキラキラとした笑顔でミコトを抱きしめた。優しく包み込んでくれる抱擁だった。
「あったかいですね、ヒイラギさん」
「うん、寒くないでしょ」
雪降る窓辺、ガラスは冷たい空気を二人に纏わせてくる。そんな温度をものともしない彼のぬくもりに、ミコトは体を預けた。この優しい体温にいつまでも浸っていられたら、と夢を見てしまいそうだった。
ミコトと聖夜を過ごしたクラブ、もう時間が来てしまった。ヒイラギはため息をつきながら、二階から一階に降りていく。店を出ていく瞬間には、いつも寂しさが募る。彼女との時間を金で買っていることを、嫌でも認識させられる。
支払いを済ませると、いつもどおり笑顔のミコトが扉を開けてくれた。扉を開けた瞬間飛び込んできたのは、鉄紺色の夜空にしんしんと降り積もる真白の雪だった。止まぬ雪は世界を白く染め上げていく、白い花が天から降り注いでいるかのような光景だった。
「あ、まだ雪降ってたんですね。ヒイラギさん、ちょっと待ってください」
クラブに戻ったミコトが手にしていたのは傘だった。紺色の地味な傘、魔界にも傘があったのかと驚くヒイラギに、ミコトが手渡してくる。
「こんな中帰ったら濡れちゃいます。今度返してください」
人間らしい――実に人間らしい発想だった。ヒイラギには濡れずに移動する術などいくらもあるし、濡れたとて人間ほど脆弱な体をしていない。それでもヒイラギは笑みを漏らし、ミコトから傘を受け取った。
「ふふ、ありがとう」
礼を告げながら傘を開いた。紺色の無愛想な花が夜に開き、次々に降る雪で白く染まっていく。
ヒイラギはミコトを手招いた。意図を察したミコトが、傘の中に入ってくる。二人で見上げたのは大きなクリスマスツリー。頂点に輝く星はこの夜の中でも明るくきらめき、電飾が楽しげな囁きを聞かせてくれる。
「立派なクリスマスツリーだね。去年も置いてたよね」
「ええ。今年も私が飾り付けをしたんですよ」
「あ、そうなんだ?どおりで何だか可愛い感じだと思った」
「……もう。私が絡むと何でも可愛いって言いますね」
悪戯っぽく笑った彼女の耳元に唇を寄せた。
「だって本当のことだからね」
照れるミコトの顔は電飾に照らされ、夜空の下でも鮮明に浮かび上がった。どうしてここを離れないといけないのだろう。ヒイラギの胸に燻る嘆きが大きくなる。
「ミコトさん、帰りたくないよ」
「ダメですよ。また店長に怒られちゃいます」
茶化した口調だったが、全くもってそのとおりだ。ヒイラギは重いため息をついた。彼女を困らせるのは本意ではない。
「ミコトさん、また来るよ。傘、返さなきゃいけないからね」
またこのクラブを訪れる口実ができた。仮に口実なんかなくとも「次」はあるだろうけれど。
「ええ、またいらしたときに返してください」
口元に白い息を吐きながら、ヒイラギはミコトに手を振り歩き始めた。背中にミコトの視線を感じる、それだけで体がじんわりとあたたかくなる心地だ。くるりと傘を回すと、紺色を染める白い雪が飛沫となって散り、きらめいた。
