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サボテンは君に似ている
初めて人を部屋に呼ぶのが、こんなに緊張することだとは思わなかった。ちゃんと掃除したし、引かれるような趣味の部屋じゃないとは思うけど不安だ。
「お邪魔しまーす……」
いつもどおりの放課後。今日はミコトと一緒に部屋に帰る。靴を脱いだ彼女は興味津々といった顔で部屋を見回している。先週初めてミコトの部屋に行った僕も、たぶん同じ反応をしてたんだろうな……。
「ようこそ、ミコト。ベッドにでも座ってくれるかな」
「はーい」
ちょこんと座るミコトはどこからどう見ても「お客さん」だった。まあ確かにそうなんだけど、もう少し気楽にしてほしい。いつもなら僕は机の方に座るが、今日はミコトの隣にお邪魔する。ベッドに座ってるときに一人じゃないって新鮮だ。ミコトはまだ落ち着きなくあちこち見回している。絵とかポスターを飾ってるわけじゃなし、そんなに見るものはないと思うけどな。
「どう、僕の部屋」
「ヒイラギくんらしい部屋だね。本が置いてたりとか、綺麗にしてる感じとか」
「ありがとう」
他人に部屋の感想を聞くなんて初めてだ。誉めてくれてる。そう思っておこう。
「先週ミコトが恥ずかしがってたの、よーくわかったよ。自分の部屋を見られるって、なんか落ち着かないね」
「あ、ごめん……まじまじと見ちゃって」
「ううん、いいよ。何回も来てくれたらお互い慣れるだろうから、これからも来てよ」
「いいの?」
「うん」
嬉しそうに笑ったミコトは、あ、と声を上げた。何だろう。
「そうだ、ヒイラギくん。もうすぐ誕生日だよね。何かほしいもの、ない?」
「ほしいもの……?」
そういえば、来週誕生日だった。早いな、もう一年経ったんだな。去年はリクエストどおり、本としおりをプレゼントしてもらった。視線を斜め上に泳がせて考えてみた。やっぱり思い浮かぶのは本。そういえば新作出てたな、あれも読みたいなと色々思い浮かぶが、全部本。でも、去年と似たようなものをリクエストするのはどうなのかなあ。
「うーん……全然思い浮かばないな。それよりミコトと一緒にどこかに行きたいな」
「そうなの?」
ミコトは一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに笑った。
「本がいいって言われると思ってたから、意外。じゃあお出かけプラン、考えてみよっか」
「うん」
二人でスマホを取り出して、あれこれ調べながらああでもないこうでもないと話し合った。ミコトは僕には思いつかない場所を提案してくれる。祭り本番より準備が楽しいっていうのは、こういうことを言うんだろうなって納得した。
迎えた誕生日。僕ら二人で練り上げたプランをもとに、一日ミコトと楽しんだ。みんな家に帰り始める夕暮れ時、僕らは学生寮に戻った。もう少し……いや、日付が変わったって一緒にいたいから、僕の部屋に来てもらった。
「ヒイラギくん」
部屋に入った瞬間呼び止められた。振り返ると、ミコトは両手を後ろに隠して恥ずかしそうにしていた。
「誕生日おめでとう。はい、プレゼント」
ミコトが差し出したのは、掌に収まるくらいの小さな箱だった。綺麗にラッピングされている、どう見てもプレゼントの装い。思わず二度見した。ほしいものを伝えた覚えはないし、今年は今日のデートがプレゼントだと思ってた。
「ほしいものが思い浮かばないって言ってたから、私の趣味になっちゃったけど」
「ありがとう」
受け取らないはずがない。はにかむミコトは可愛いし、思わぬサプライズだ。箱は見た目より重たい感じがした。
「開けていい?」
「うん、開けて開けて!」
ミコトの期待の眼差しを受けながらリボンをほどき、包装紙を丁寧に剥がす。箱を開けると、サボテンの鉢植えだった。茶色いシンプルな植木鉢と緑色にトゲトゲのサボテン、「サボテン」と言われたら真っ先に思い浮かぶテンプレートな見た目だった。
「サボテンだ」
見ればわかる。見ればわかることをそのまま口走ってしまって、ちょっと恥ずかしくなった。ミコトはそんな僕を見てもじもじと言う。
「ヒイラギくんの部屋、とても綺麗なんだけどちょっと寂しいかなって思って……サボテンだったらお世話しやすいって聞いたから……」
「色々考えてくれたんだね。ありがとう」
僕一人だと間違いなくサボテンを飾ろうなんて思わないし、邪魔にならない大きさや僕の性格まで考えてくれたプレゼントだ。正直、去年のプレゼントよりずっと嬉しい。
「どこに置こうかな……やっぱり机の上かな」
机の隅、ノートパソコンの横にサボテンを置いてみた。夕日が差し込み、サボテンの影が机に伸びる。ノートパソコン、本、筆記用具くらいしか机には置いてない。新しく置いたサボテンは思ったよりも存在感があり、夕日が当たった穏やかな緑色が目に優しい。
「ありがとう、ヒイラギくん。どうかな、邪魔にならないかな」
「うん、これくらいなら全然邪魔じゃないよ。ありがとう、ミコト。大切にするね」
僕の部屋に、ミコトがくれたものが増えた。胸にこみ上げる喜びを噛みしめながら、僕はミコトを抱きしめていた。
誕生日が終わったらいつも憂鬱だ。とにかく時期が悪い。ご多分に漏れず今年も誕生日の後、テストだった。あーあ、せっかくミコトに誕生日をお祝いしてもらって嬉しかったのになあ……。来週からテストだ。勉強しないと……。
「ヒイラギくん、テスト頑張ろうね!終わったら遊びに行こう!」
とミコトが言ってくれなかったら不貞腐れて泣きそうだった。……しょうがない、今日も勉強しよう。
放課後真っ直ぐ部屋に帰って、無理矢理勉強する。本当ならミコトに会いたいけど、どちらも一緒に勉強して捗るタイプじゃないし仕方なかった。でも、たまにやり取りするメッセージだけで満足しろというのもなかなか酷だ。せめて声くらい聞きたいけど、うっかり電話すると二時間くらい平気で喋ってしまうから今は我慢だ。
ずっと座って勉強しているのも疲れた。大きく伸びをすると、隅に置いていたサボテンが目に入った。そういえば、最近水やりしてないな……大丈夫かな。土を指でつついてみる。あ、カチカチだ。いくらサボテンでもそろそろ水やりしないとまずい。たっぷり水を与えてじっと様子を見る。少しトゲに触れてみた。意外とトゲは柔く、少し触れたくらいなら刺さらないし痛くもない。
「ミコト、元気かな」
サボテンをつつきながら、ふと漏らした。サボテンは当然何も喋らないけど、返事なんて期待してない。僕は喋り続ける。
「君がミコトだったらなあ。ずっと僕のそばにいて、僕を見てくれてる。健気で可愛い」
ちょっとサボテンがミコトに見えてきた……僕って意外と重症かも。サボテンは黙って僕の話を聞いてくれる。張り合いがないと言ってしまえばそうだけど、今はありがたかった。でも……キスしたい。抱きしめたい。
「ミコトに見られてたらサボれないなあ。もうちょっと頑張るか……」
休憩は終わり。お風呂に入るまでもう少し勉強しよう。もう一度大きな伸びをして、問題集を開いた。今日はいつもより頑張れそうな気がした。
「ヒイラギくん、テストお疲れ様!」
テストは無事終わった。本当に「無事」だったかはともかく、終わった。放課後久しぶりに会ったミコトは、ひらひらと手を振って笑っていた。
「うん、ミコトもお疲れ様。手応えありって感じだね」
「そうなの!ヤマが当たっちゃった」
「そっか」
普段よりテンションが高いミコトと学生寮に向かう。学園から離れて生徒が少なくなってきたあたりでミコトの手を握った。ミコトも嬉しそうに握り返してくれた。テストが終わった直後の学生寮は静かだ。みんな浮かれて遊びに行ってるから、手を繋いだまま部屋まで行ける。ミコトが来るのも三回目、僕の部屋。扉を開けた。
「お邪魔しまーす。あ」
靴を脱いで部屋に入ったミコトの視線が机に向かった。サボテンに駆け寄ったミコトが振り返り、楽しそうに笑った。
「サボテン、置いてくれてるんだね!嬉しいな」
「うん、ずっとそこに置いてる。ありがとう」
ミコトはサボテンをしげしげと眺めていた。
「ちょっと大きくなった?」
「うーん……どうかな?毎日見てると逆にわからないな」
ミコトは本当に嬉しそうで、僕までつられて笑ってしまう。そんなに喜んでくれるなんて、プレゼントをもらった側の僕まで胸があたたかくなる。
「このサボテン、ミコトに似てる感じがあって好きなんだ」
「私に似てる?」
「うん。いつもそばにいてくれて、話を聞いてくれるところ」
ミコトは照れ笑いを見せ、あはは、と頬をかいた。そしてん?と首を傾げた。
「話を聞いてくれるところ?サボテンに話しかけてるの?」
「…………あっ」
聞き返されて、自分がサラッとまずいことを言ったことに気付いて目を逸らした。ミコトはんん〜?なんて言いながら、僕の顔を覗き込んでくる。
「ねえねえ、『話を聞いてくれるところ』ってなに?私に会えないから話を聞いてもらってたの〜?」
「…………うう」
目を逸らしてもミコトが視界に入る。顔を背けてもやっぱり彼女はひょこっと覗き込んでくる。急に暑くなってきた。手で扇いでみたけど全然涼しくならない。
「ねぇヒイラギくん、教えてよ〜」
「ああもう!そうだよ、サボテンに話しかけてたよ!」
腹をくくり、にやにやと意地悪に笑うミコトに思わず声を上げた。
「テスト期間中会えないし電話するのは悪いし、だから……」
「どんなことを話してたの?」
「ミコトは元気かな、とか可愛いな、とか寂しいな、とか」
喋り始めたらもう止まらなくなり、気がついたらぺらぺらと話していた。今度はミコトが顔を真っ赤にしていた。思わず抱きしめたミコトの体はいつもより熱かった。
「自分から聞いたのに照れちゃうんだ、可愛い」
「そんなこと言われるとは思わなかったから!」
「ミコト、キスしていい?」
「う、うん」
キスはちゃんと言ってから。一瞬だけのキスでも感じる、唇まで熱くてびっくりした。そんなに照れるようなこと言ったかな。
「ヒイラギくん、寂しかったんだ」
「当たり前だよ。ミコトは寂しくなかったの?」
「私も寂しかったよ。でもヒイラギくんって、あんまりそんな風に見えないから」
「そっか。じゃあもっとちゃんと言わなきゃいけないなぁ。会えなかったら寂しいよって」
あんまり素直に言いすぎると格好がつかないと思ってたけど、はっきり言った方がいいみたいだ。ミコトを強く抱きしめて久しぶりの体温を感じていた。心地いい。やっと会えた、たくさん抱きしめておかないと損だ。
「そうだ、ヒイラギくん」
「なに?」
「サボテンにお話してるんだったら、名前とかつけたらどう?」
「名前?」
その発想はなかった。ミコトの頭や背中を撫でながら、うーん、と考えてみた。今までペットを飼ったことがないし、持ち物に名前をつけたこともない。観葉植物を飾ったのも初めてだから、そういう考えは浮かばなかった。やっぱりミコトって僕には思いつかないことを言うなぁ。
「そうそう。たとえば……サボテリーナとか?」
ものすごく真面目な声だった。サボテリーナ。サボテンにリボンとかついてそうな名前だ。
「名前か……うん、ちょっと考えてみるよ。それよりミコト」
僕はミコトから離れベッドに座り、隣をぽんぽんと叩いた。
「おいでよ」
ミコトは頷き、僕の隣に座った。可愛い顔をすぐそばで見つめてもう一回抱きしめて、そのままベッドに倒れ込んだ。髪や耳に触れてみる。髪はさらさら、耳はもっちりして触り心地がいい。ちょっとくすぐったそうにしているミコトも可愛い。
「明日休みでしょ、今日は離さないよ。ずっとそばにいて」
驚いた顔のミコトに笑いかける。僕に抱きつき胸に顔を埋めたミコトは、ちょっと恥ずかしそうに頷いた。
ミコトと過ごす休日が終わり、いつもどおり月曜日の朝がやって来る。今日も学園に行かないといけない。淡々と身支度をしてベッドに座り本を読む。しばらく読書に耽りふとスマホを見ると、もう出る時間だ。はあ、もうちょっと本を読んでいたかったけど……仕方ない。立ち上がった僕の視界の片隅に、サボテンがいる。そういえば名前をつけたら?って言われたな。結局なんとなくそんな気になれなくて、サボテンは名無しのままだ。ミコトはサボテリーナと言っていたけど……なんだかピンとこない。ミコトだけどミコトじゃないサボテンに、名前なんてつけられないかも。僕はサボテンのトゲにそっと触れ、呟いた。
「行ってきます」
行ってらっしゃい、とミコトが言ってくれた気がした。
初めて人を部屋に呼ぶのが、こんなに緊張することだとは思わなかった。ちゃんと掃除したし、引かれるような趣味の部屋じゃないとは思うけど不安だ。
「お邪魔しまーす……」
いつもどおりの放課後。今日はミコトと一緒に部屋に帰る。靴を脱いだ彼女は興味津々といった顔で部屋を見回している。先週初めてミコトの部屋に行った僕も、たぶん同じ反応をしてたんだろうな……。
「ようこそ、ミコト。ベッドにでも座ってくれるかな」
「はーい」
ちょこんと座るミコトはどこからどう見ても「お客さん」だった。まあ確かにそうなんだけど、もう少し気楽にしてほしい。いつもなら僕は机の方に座るが、今日はミコトの隣にお邪魔する。ベッドに座ってるときに一人じゃないって新鮮だ。ミコトはまだ落ち着きなくあちこち見回している。絵とかポスターを飾ってるわけじゃなし、そんなに見るものはないと思うけどな。
「どう、僕の部屋」
「ヒイラギくんらしい部屋だね。本が置いてたりとか、綺麗にしてる感じとか」
「ありがとう」
他人に部屋の感想を聞くなんて初めてだ。誉めてくれてる。そう思っておこう。
「先週ミコトが恥ずかしがってたの、よーくわかったよ。自分の部屋を見られるって、なんか落ち着かないね」
「あ、ごめん……まじまじと見ちゃって」
「ううん、いいよ。何回も来てくれたらお互い慣れるだろうから、これからも来てよ」
「いいの?」
「うん」
嬉しそうに笑ったミコトは、あ、と声を上げた。何だろう。
「そうだ、ヒイラギくん。もうすぐ誕生日だよね。何かほしいもの、ない?」
「ほしいもの……?」
そういえば、来週誕生日だった。早いな、もう一年経ったんだな。去年はリクエストどおり、本としおりをプレゼントしてもらった。視線を斜め上に泳がせて考えてみた。やっぱり思い浮かぶのは本。そういえば新作出てたな、あれも読みたいなと色々思い浮かぶが、全部本。でも、去年と似たようなものをリクエストするのはどうなのかなあ。
「うーん……全然思い浮かばないな。それよりミコトと一緒にどこかに行きたいな」
「そうなの?」
ミコトは一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに笑った。
「本がいいって言われると思ってたから、意外。じゃあお出かけプラン、考えてみよっか」
「うん」
二人でスマホを取り出して、あれこれ調べながらああでもないこうでもないと話し合った。ミコトは僕には思いつかない場所を提案してくれる。祭り本番より準備が楽しいっていうのは、こういうことを言うんだろうなって納得した。
迎えた誕生日。僕ら二人で練り上げたプランをもとに、一日ミコトと楽しんだ。みんな家に帰り始める夕暮れ時、僕らは学生寮に戻った。もう少し……いや、日付が変わったって一緒にいたいから、僕の部屋に来てもらった。
「ヒイラギくん」
部屋に入った瞬間呼び止められた。振り返ると、ミコトは両手を後ろに隠して恥ずかしそうにしていた。
「誕生日おめでとう。はい、プレゼント」
ミコトが差し出したのは、掌に収まるくらいの小さな箱だった。綺麗にラッピングされている、どう見てもプレゼントの装い。思わず二度見した。ほしいものを伝えた覚えはないし、今年は今日のデートがプレゼントだと思ってた。
「ほしいものが思い浮かばないって言ってたから、私の趣味になっちゃったけど」
「ありがとう」
受け取らないはずがない。はにかむミコトは可愛いし、思わぬサプライズだ。箱は見た目より重たい感じがした。
「開けていい?」
「うん、開けて開けて!」
ミコトの期待の眼差しを受けながらリボンをほどき、包装紙を丁寧に剥がす。箱を開けると、サボテンの鉢植えだった。茶色いシンプルな植木鉢と緑色にトゲトゲのサボテン、「サボテン」と言われたら真っ先に思い浮かぶテンプレートな見た目だった。
「サボテンだ」
見ればわかる。見ればわかることをそのまま口走ってしまって、ちょっと恥ずかしくなった。ミコトはそんな僕を見てもじもじと言う。
「ヒイラギくんの部屋、とても綺麗なんだけどちょっと寂しいかなって思って……サボテンだったらお世話しやすいって聞いたから……」
「色々考えてくれたんだね。ありがとう」
僕一人だと間違いなくサボテンを飾ろうなんて思わないし、邪魔にならない大きさや僕の性格まで考えてくれたプレゼントだ。正直、去年のプレゼントよりずっと嬉しい。
「どこに置こうかな……やっぱり机の上かな」
机の隅、ノートパソコンの横にサボテンを置いてみた。夕日が差し込み、サボテンの影が机に伸びる。ノートパソコン、本、筆記用具くらいしか机には置いてない。新しく置いたサボテンは思ったよりも存在感があり、夕日が当たった穏やかな緑色が目に優しい。
「ありがとう、ヒイラギくん。どうかな、邪魔にならないかな」
「うん、これくらいなら全然邪魔じゃないよ。ありがとう、ミコト。大切にするね」
僕の部屋に、ミコトがくれたものが増えた。胸にこみ上げる喜びを噛みしめながら、僕はミコトを抱きしめていた。
誕生日が終わったらいつも憂鬱だ。とにかく時期が悪い。ご多分に漏れず今年も誕生日の後、テストだった。あーあ、せっかくミコトに誕生日をお祝いしてもらって嬉しかったのになあ……。来週からテストだ。勉強しないと……。
「ヒイラギくん、テスト頑張ろうね!終わったら遊びに行こう!」
とミコトが言ってくれなかったら不貞腐れて泣きそうだった。……しょうがない、今日も勉強しよう。
放課後真っ直ぐ部屋に帰って、無理矢理勉強する。本当ならミコトに会いたいけど、どちらも一緒に勉強して捗るタイプじゃないし仕方なかった。でも、たまにやり取りするメッセージだけで満足しろというのもなかなか酷だ。せめて声くらい聞きたいけど、うっかり電話すると二時間くらい平気で喋ってしまうから今は我慢だ。
ずっと座って勉強しているのも疲れた。大きく伸びをすると、隅に置いていたサボテンが目に入った。そういえば、最近水やりしてないな……大丈夫かな。土を指でつついてみる。あ、カチカチだ。いくらサボテンでもそろそろ水やりしないとまずい。たっぷり水を与えてじっと様子を見る。少しトゲに触れてみた。意外とトゲは柔く、少し触れたくらいなら刺さらないし痛くもない。
「ミコト、元気かな」
サボテンをつつきながら、ふと漏らした。サボテンは当然何も喋らないけど、返事なんて期待してない。僕は喋り続ける。
「君がミコトだったらなあ。ずっと僕のそばにいて、僕を見てくれてる。健気で可愛い」
ちょっとサボテンがミコトに見えてきた……僕って意外と重症かも。サボテンは黙って僕の話を聞いてくれる。張り合いがないと言ってしまえばそうだけど、今はありがたかった。でも……キスしたい。抱きしめたい。
「ミコトに見られてたらサボれないなあ。もうちょっと頑張るか……」
休憩は終わり。お風呂に入るまでもう少し勉強しよう。もう一度大きな伸びをして、問題集を開いた。今日はいつもより頑張れそうな気がした。
「ヒイラギくん、テストお疲れ様!」
テストは無事終わった。本当に「無事」だったかはともかく、終わった。放課後久しぶりに会ったミコトは、ひらひらと手を振って笑っていた。
「うん、ミコトもお疲れ様。手応えありって感じだね」
「そうなの!ヤマが当たっちゃった」
「そっか」
普段よりテンションが高いミコトと学生寮に向かう。学園から離れて生徒が少なくなってきたあたりでミコトの手を握った。ミコトも嬉しそうに握り返してくれた。テストが終わった直後の学生寮は静かだ。みんな浮かれて遊びに行ってるから、手を繋いだまま部屋まで行ける。ミコトが来るのも三回目、僕の部屋。扉を開けた。
「お邪魔しまーす。あ」
靴を脱いで部屋に入ったミコトの視線が机に向かった。サボテンに駆け寄ったミコトが振り返り、楽しそうに笑った。
「サボテン、置いてくれてるんだね!嬉しいな」
「うん、ずっとそこに置いてる。ありがとう」
ミコトはサボテンをしげしげと眺めていた。
「ちょっと大きくなった?」
「うーん……どうかな?毎日見てると逆にわからないな」
ミコトは本当に嬉しそうで、僕までつられて笑ってしまう。そんなに喜んでくれるなんて、プレゼントをもらった側の僕まで胸があたたかくなる。
「このサボテン、ミコトに似てる感じがあって好きなんだ」
「私に似てる?」
「うん。いつもそばにいてくれて、話を聞いてくれるところ」
ミコトは照れ笑いを見せ、あはは、と頬をかいた。そしてん?と首を傾げた。
「話を聞いてくれるところ?サボテンに話しかけてるの?」
「…………あっ」
聞き返されて、自分がサラッとまずいことを言ったことに気付いて目を逸らした。ミコトはんん〜?なんて言いながら、僕の顔を覗き込んでくる。
「ねえねえ、『話を聞いてくれるところ』ってなに?私に会えないから話を聞いてもらってたの〜?」
「…………うう」
目を逸らしてもミコトが視界に入る。顔を背けてもやっぱり彼女はひょこっと覗き込んでくる。急に暑くなってきた。手で扇いでみたけど全然涼しくならない。
「ねぇヒイラギくん、教えてよ〜」
「ああもう!そうだよ、サボテンに話しかけてたよ!」
腹をくくり、にやにやと意地悪に笑うミコトに思わず声を上げた。
「テスト期間中会えないし電話するのは悪いし、だから……」
「どんなことを話してたの?」
「ミコトは元気かな、とか可愛いな、とか寂しいな、とか」
喋り始めたらもう止まらなくなり、気がついたらぺらぺらと話していた。今度はミコトが顔を真っ赤にしていた。思わず抱きしめたミコトの体はいつもより熱かった。
「自分から聞いたのに照れちゃうんだ、可愛い」
「そんなこと言われるとは思わなかったから!」
「ミコト、キスしていい?」
「う、うん」
キスはちゃんと言ってから。一瞬だけのキスでも感じる、唇まで熱くてびっくりした。そんなに照れるようなこと言ったかな。
「ヒイラギくん、寂しかったんだ」
「当たり前だよ。ミコトは寂しくなかったの?」
「私も寂しかったよ。でもヒイラギくんって、あんまりそんな風に見えないから」
「そっか。じゃあもっとちゃんと言わなきゃいけないなぁ。会えなかったら寂しいよって」
あんまり素直に言いすぎると格好がつかないと思ってたけど、はっきり言った方がいいみたいだ。ミコトを強く抱きしめて久しぶりの体温を感じていた。心地いい。やっと会えた、たくさん抱きしめておかないと損だ。
「そうだ、ヒイラギくん」
「なに?」
「サボテンにお話してるんだったら、名前とかつけたらどう?」
「名前?」
その発想はなかった。ミコトの頭や背中を撫でながら、うーん、と考えてみた。今までペットを飼ったことがないし、持ち物に名前をつけたこともない。観葉植物を飾ったのも初めてだから、そういう考えは浮かばなかった。やっぱりミコトって僕には思いつかないことを言うなぁ。
「そうそう。たとえば……サボテリーナとか?」
ものすごく真面目な声だった。サボテリーナ。サボテンにリボンとかついてそうな名前だ。
「名前か……うん、ちょっと考えてみるよ。それよりミコト」
僕はミコトから離れベッドに座り、隣をぽんぽんと叩いた。
「おいでよ」
ミコトは頷き、僕の隣に座った。可愛い顔をすぐそばで見つめてもう一回抱きしめて、そのままベッドに倒れ込んだ。髪や耳に触れてみる。髪はさらさら、耳はもっちりして触り心地がいい。ちょっとくすぐったそうにしているミコトも可愛い。
「明日休みでしょ、今日は離さないよ。ずっとそばにいて」
驚いた顔のミコトに笑いかける。僕に抱きつき胸に顔を埋めたミコトは、ちょっと恥ずかしそうに頷いた。
ミコトと過ごす休日が終わり、いつもどおり月曜日の朝がやって来る。今日も学園に行かないといけない。淡々と身支度をしてベッドに座り本を読む。しばらく読書に耽りふとスマホを見ると、もう出る時間だ。はあ、もうちょっと本を読んでいたかったけど……仕方ない。立ち上がった僕の視界の片隅に、サボテンがいる。そういえば名前をつけたら?って言われたな。結局なんとなくそんな気になれなくて、サボテンは名無しのままだ。ミコトはサボテリーナと言っていたけど……なんだかピンとこない。ミコトだけどミコトじゃないサボテンに、名前なんてつけられないかも。僕はサボテンのトゲにそっと触れ、呟いた。
「行ってきます」
行ってらっしゃい、とミコトが言ってくれた気がした。