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super crazy,daaarling?
「百合川くん、好きです。私と付き合ってください」
下駄箱に手紙とかいう、古典的すぎて笑っちゃうやり方にびっくりして、放課後の屋上に行ってみたら月森さんがいて、告白された。月森さん。同級生だから顔と名前は知ってる、それくらいの関係だけど、こうやってまじまじと月森さんを見ると、可愛いな。伏し目がちの目に夕陽の影が落ちて、さらさらの髪がオレンジ色に染まりながら輝いている。顔立ち自体は整っているのにどこかおどおどした雰囲気、目を合わそうとしない斜め下を向いた視線のせいで、陰気で近寄りがたい空気を纏っている。僕は月森さんと話した記憶がないから、彼女が僕のどこを好きになったのか全然わからない。
僕が月森さんをじっと見つめている間、月森さんはちらちらと上目遣いに僕を見つめ返してくる。それでも視線を僕に固定することはできないみたいで、ときどき目を逸らしながら、でも僕を見つめることはやめない。僕に何かを察してほしそうな、鬱陶しい視線だ。でも大きな瞳、睫毛も長くて綺麗で、顔が綺麗ならそこまで不愉快にはならないらしい。顔がいいって得だね。特に女の子は。
乾いた風が吹き抜けて、ささやかに空気を鳴らす。僕たちの間に流れる静寂をかき乱すようだ。僕は小さくため息をついてみた。びく、と面白いほど露骨に、月森さんは肩を振るわせた。僕、何もしてないけどね。一応、聞いておきたいことがある。
「僕のどこを好きになったの?」
自分で言うのもなんだけど、僕もそこそこ綺麗な顔立ちをしている。一部の人には「刺さる」顔をしているようで、ときどきこうやって告白されることがあった。何も月森さんが初めてではない。告白されたら、僕は絶対にこう聞くことに決めていた。その返事で告白してきた相手がどういう人間なのか、その一端を知ることができる。じっと彼女の返事を待った。月森さんは僕をか弱い上目遣いで見上げて、
「……顔。とても、綺麗な顔、してるから」
直球も直球、飾らない返答が返ってきた。僕はこの質問の返しとして、初めて感心した。大体の子は優しそうだから、とか、物静かなところに惹かれた、とか、それは別に僕じゃなくてもよくないかな?と聞き返したくなるような、綺麗事めいたことしか返してこなかった。でも月森さんは違う。顔が好きだと言われたのは初めてだ。おどおどした自信のなさそうな態度からは考えられない、俗物的な考えをそのままぶつけてくる言葉に、僕は月森さんに対する考えを改めた。この子、今まで見てきた子と違うかもしれない。何だか面白そうだ。
「……幻滅した……?」
消え入りそうな、でも見捨ててほしくないと訴える上目遣いが僕に突き刺さってくる。月森さんの弱々しい可愛らしさを増幅させる、「守ってあげたくなる」ような所作。僕以外にも何人かこれで射抜いてきただろうと感心してしまう。
「ううん」
僕は首を振って彼女に微笑みかけた。
「いいよ。お付き合いしようか」
そう答えたときの、闇が晴れつつも奥底から滲み出た暗い翳りを帯びた月森さんの笑顔を、僕は一生忘れないと思う。
「ヒイラギくん。……写真、撮ってもいい?」
「写真?いいよ」
ああ、また始まったな。ちょっと足を伸ばしてお洒落なカフェに行きたいと言われたときから、もう予想はできていたことだった。僕は頬杖をついてテーブルの向かいに座るミコトを見つめた。彼女は可愛らしくデコったピンク色のスマホを取り出して、僕に色々と指示をする。
「そう。もう少し、手が映るようにして……うん、ありがとう」
彼女なりに画角を調整して、何枚か写真を撮る。僕の手と二人分の飲み物、ミコトの姿が映った写真をどうするかなんて、もうわかりきっていた。ミコトはSNSのアカウントを何個か持っていて、僕は全部フォローしている。今の写真は、僕との惚気を発信し続けるアカウントに投稿するんだろう。一応、顔を出したくないという僕の意見はちゃんと聞いてくれて、僕は手とか体の一部しか映らないようにはしてくれている。
「ミコト、最近SNSはどうなの?」
「うん、ヒイラギくんが出てくるようになってから、フォロワー数がすごく増えたの」
スマホを握りしめて笑っているミコトを見ると、僕もつられて笑って、
「そう。よかったね」
と返した。ミコトは弾んだ手つきでスマホを操作している。投稿した写真の様子を見ているのだろう。彼女と付き合い始めて1ヶ月、最初は写真を撮りたいと言われて困惑したが、ミコトははっきり、
「かっこいい彼氏がいることを自慢したい」
と言い切るため、ああなるほど、僕は体よく利用されているわけか、とすぐに納得したが、隠す様子のないミコトに感服してしまって、ミコトのSNSに付き合っている格好だ。ここまで自分の欲望に正直に生きて、それに付き合わせてしまう魔性の容姿の持ち主。少しでも足を踏み外すと奈落に落ちていきそうな人生だが、手を引いてやるつもりは一切ない。ミコトが自ら望んでそういう生き方をしていて、その生き様を少し離れて見つめているのが楽しいのだから、それでいいじゃないか。
「ああああ!!前の彼氏よりフォロワー数は伸びてるのに、こんなアカウントに負けちゃってる!」
ミコトは情緒不安定だ。いきなり本当に小さなきっかけでブチ切れ始めるのも慣れてしまった。今日は他の恋人を自慢するアカウントを見て、フォロワー数で負けてることにご立腹のようだ。一度スイッチが入ったら僕が何を言おうとどうにもならないから、ミコトがこちらに話を振ってくるまで沈黙を貫くに限る。よくわからないことでブチ切れてるミコト、正直なところ見ていて飽きない。少しばかり極端かもしれないが、これが人間の本来の姿なのかも?なんて考えてしまう。
「ヒイラギくん!ヒイラギくんの口元とか目元だけでも出せたら、このアカウントの彼氏よりかっこいいってわかると思うんだけど!ダメ?」
「さすがにそれはダメ」
ミコトの飾りになることは構わないが、顔を出すことだけは断固拒否だ。ミコトがリスクの高い生き方をするのは勝手だが、僕はそういうのはごめんだった。ミコトはギリギリと爪を噛みながらも、僕の意思に反して盗み撮りすることはなかった。そういうところは律儀だ。一応僕に対して最低限の礼儀は弁えているらしい。すべてが狂っているように見えて、人間らしい礼節も持ち合わせているところが何だか可笑しい。僕が少し顔を出せば、正直フォロワー数は跳ね上がるだろう。言ってしまえば美男美女のカップルなのだから、そりゃあみんな見たがる。でも、そうやって望みが叶わなくて這いつくばってるミコトを見守っていると心が躍った。
付き合い始めて2ヶ月が過ぎた頃、ミコトが体を求めてきた。僕は今まで何度か他の子と付き合ったことはあったけれど高校生ということもあって、そういうことに踏み込んだことはなかった。興味はあったけれど、まだ少し怖いと思っていた。でもミコトはずかずかと踏み込んできて、抱いてほしい、安心したいと言ってきたから、初めてがこんな可愛い子になるなら本望だと楽しんだ。幸い学生寮といううってつけの場所もあるし、ゴムを買うだけで危険も回避できるから、娯楽としては安上がりだ。ミコトは一度体を許すと中毒になったかのように頻度高く求めてきた。ほぼ毎日。僕から搾り取ることを目的にしてるんじゃないかってくらい。一度さすがに疲れて断ったことがあるが、そのときは、
「そうなんだ……」
ミコトはこの世の終わりのような絶望しきった顔をして、濁った目をして爪を噛みながら、
「ヒイラギくん、私にもう飽きちゃったんだ……私、可愛くないし上手じゃないから……」
と壊れたぬいぐるみみたいにぶつぶつ呟いたから、なだめて体を重ねた。事後の彼女は地上に舞い降りた天使のように微笑みながら、
「ありがとう、ヒイラギくん」
なんて言うから、始める前の面倒なやり取りをしばらく忘れていたが、冷静に考えるとやっぱりミコト、おかしいね?
僕と体を重ねながら幸せな日々を切り取って写真をSNSに投稿して、いいねの数と素敵な彼氏だねと称賛を得ることに心血を注ぐ彼女。ミコトは常に情緒不安定で、時折僕の前で何か薬を飲んでいるときもある。別に怪しい薬とかじゃなくて、薬局の名前が書いた袋に入っていたから、ちゃんと医療用の薬のようだが、彼女いわく、
「私が私であるための薬なの。眠れなくなったり、辛くなったりするから」
とのことらしい。薄々感じていた。きっと彼女は何か精神的な病に侵されているのだろう。可愛い顔立ちに影が落ち、笑顔がどうにも健康的に見えないのも、彼女が何か心に闇を抱えている証左。でも、僕は特に何かするつもりはない。彼女の病んだ美しさを見たいから。
「ねえヒイラギくん、見て」
ある日、ミコトが左腕を見せてきた。白く雪のような肌に、真一文字に傷痕が何本か走っている。それを見ても驚きはしなかった。むしろ、見せてくるまでずいぶん時間がかかったねと言いたくなるくらいだった。
「ヒイラギくんと一緒にいて幸せでも、何だか不安になって、こんな風になっちゃうの。痛いけど、痛いから、生きてるの」
「うん」
「ヒイラギくんに見てほしかったの。こういうのも含めて、私だから。……嫌いに、ならないで?」
「ならないよ。ありがとう、教えてくれて」
ミコトを抱き寄せて頭を撫でると、ミコトは珍しく明るい雰囲気の笑顔を浮かべていた。その笑顔を恐ろしく冷たい感情で見ていることに、僕自身が驚いた。普通なら、病んでいた彼女の健康的な笑顔を見れたら、喜ぶところだろうに。全然喜べなかった。
僕は気がつくと、ミコトの複数のSNSをいつも見るようになっていた。僕のことに一切触れない日常のアカウント、僕との幸せな日々を綴るアカウント、僕しかフォロワーがいない鍵をかけた裏のアカウント。3つの仮面を被ったり外したりしているミコトは滑稽だ。日常のアカウントで楽しそうなポエムを垂れ流したと思ったら、裏のアカウントでは不安に泣いている。そして僕という彼氏を自慢するアカウントでいいねが伸び悩むとその度に不安定になって、僕を求めたり薬に手を伸ばしたりする。彼女の細い体の中にいくつも人格があって、せめぎ合って主導権を争っているかのような、情緒がぐらつく彼女。そのすべてを僕だけが知っていることに、愉悦を覚える。その揺れ動く病んだ情緒こそ、ミコトの魅力だろう。彼女には健康になってもらっては困る。死なない程度に、ゆらゆらといつまでも揺らめいていてほしい。笑っても闇の割合が多くあってほしい。
「ヒイラギくん、最近どうしたの……?何だか楽しそう」
「うん?そうかな?」
いつもスマホでミコトのSNSを見ているから、不安を覚えたのだろうか。いつもどおり僕の部屋で二人でのんびりしていると、ミコトが怯えた顔でこちらを見ていた。ああ、いい顔だ。もっと崩れて乱れて、堕ちたところを見せてほしい。
「最近面白いアカウントを見つけちゃって。それでかな?」
唇の端を意図して歪めながら言うと、ミコトは眉を吊り上げた。
「面白いアカウント……?もしかして、女の子とか?」
「うん、そうだよ。ちょっと不安定で可愛い子なんだ」
「やめて…やめてよ!」
ミコトはベッドに置いていた枕を掴んで僕に投げてきた。ひらりとかわすと壁にぶつかって落ちる。この枕、買ったばかりなんだけどなぁ。いくらか寿命が縮んだかなと思いながらミコトを見ると、泣きながら床にへたり込んでいた。
「ヒイラギくん、お願いだから私だけを見て、おねがい……」
涙を零して僕を見上げる彼女は、さながら見捨てられた子供。元より自分の欲望に忠実なミコトだから、彼氏が他の女に目移りしてるなんて状況で感情を抑えられるはずもない。ちょっと引いてしまうくらいに泣いているミコトをぎゅっと抱きしめた。
「うん、ごめんね。大丈夫。僕は君だけが好きだからね」
歯が浮くようなセリフだって、さらりと言えてしまう。そんなこと1ミリも考えていなくても、考えるより先に言葉が出てくる。ミコトをあまり突き放し過ぎない、飴のように甘い言葉。本当は君のアカウントから目が離せなかったなんて、一生言わない。そんな特大の飴を与えたらどうなるか、火を見るよりも明らかだから。
「ヒイラギくん、大好き!」
いつまでこの茶番を飽きずに続けられるか、とても興味深い。いつか僕が君に飽きたとき、君の人生も終わっちゃうかもね。僕に抱きついてくるミコトの背中を撫でた。優しく、でも心の芯までは撫でないように。
「百合川くん、好きです。私と付き合ってください」
下駄箱に手紙とかいう、古典的すぎて笑っちゃうやり方にびっくりして、放課後の屋上に行ってみたら月森さんがいて、告白された。月森さん。同級生だから顔と名前は知ってる、それくらいの関係だけど、こうやってまじまじと月森さんを見ると、可愛いな。伏し目がちの目に夕陽の影が落ちて、さらさらの髪がオレンジ色に染まりながら輝いている。顔立ち自体は整っているのにどこかおどおどした雰囲気、目を合わそうとしない斜め下を向いた視線のせいで、陰気で近寄りがたい空気を纏っている。僕は月森さんと話した記憶がないから、彼女が僕のどこを好きになったのか全然わからない。
僕が月森さんをじっと見つめている間、月森さんはちらちらと上目遣いに僕を見つめ返してくる。それでも視線を僕に固定することはできないみたいで、ときどき目を逸らしながら、でも僕を見つめることはやめない。僕に何かを察してほしそうな、鬱陶しい視線だ。でも大きな瞳、睫毛も長くて綺麗で、顔が綺麗ならそこまで不愉快にはならないらしい。顔がいいって得だね。特に女の子は。
乾いた風が吹き抜けて、ささやかに空気を鳴らす。僕たちの間に流れる静寂をかき乱すようだ。僕は小さくため息をついてみた。びく、と面白いほど露骨に、月森さんは肩を振るわせた。僕、何もしてないけどね。一応、聞いておきたいことがある。
「僕のどこを好きになったの?」
自分で言うのもなんだけど、僕もそこそこ綺麗な顔立ちをしている。一部の人には「刺さる」顔をしているようで、ときどきこうやって告白されることがあった。何も月森さんが初めてではない。告白されたら、僕は絶対にこう聞くことに決めていた。その返事で告白してきた相手がどういう人間なのか、その一端を知ることができる。じっと彼女の返事を待った。月森さんは僕をか弱い上目遣いで見上げて、
「……顔。とても、綺麗な顔、してるから」
直球も直球、飾らない返答が返ってきた。僕はこの質問の返しとして、初めて感心した。大体の子は優しそうだから、とか、物静かなところに惹かれた、とか、それは別に僕じゃなくてもよくないかな?と聞き返したくなるような、綺麗事めいたことしか返してこなかった。でも月森さんは違う。顔が好きだと言われたのは初めてだ。おどおどした自信のなさそうな態度からは考えられない、俗物的な考えをそのままぶつけてくる言葉に、僕は月森さんに対する考えを改めた。この子、今まで見てきた子と違うかもしれない。何だか面白そうだ。
「……幻滅した……?」
消え入りそうな、でも見捨ててほしくないと訴える上目遣いが僕に突き刺さってくる。月森さんの弱々しい可愛らしさを増幅させる、「守ってあげたくなる」ような所作。僕以外にも何人かこれで射抜いてきただろうと感心してしまう。
「ううん」
僕は首を振って彼女に微笑みかけた。
「いいよ。お付き合いしようか」
そう答えたときの、闇が晴れつつも奥底から滲み出た暗い翳りを帯びた月森さんの笑顔を、僕は一生忘れないと思う。
「ヒイラギくん。……写真、撮ってもいい?」
「写真?いいよ」
ああ、また始まったな。ちょっと足を伸ばしてお洒落なカフェに行きたいと言われたときから、もう予想はできていたことだった。僕は頬杖をついてテーブルの向かいに座るミコトを見つめた。彼女は可愛らしくデコったピンク色のスマホを取り出して、僕に色々と指示をする。
「そう。もう少し、手が映るようにして……うん、ありがとう」
彼女なりに画角を調整して、何枚か写真を撮る。僕の手と二人分の飲み物、ミコトの姿が映った写真をどうするかなんて、もうわかりきっていた。ミコトはSNSのアカウントを何個か持っていて、僕は全部フォローしている。今の写真は、僕との惚気を発信し続けるアカウントに投稿するんだろう。一応、顔を出したくないという僕の意見はちゃんと聞いてくれて、僕は手とか体の一部しか映らないようにはしてくれている。
「ミコト、最近SNSはどうなの?」
「うん、ヒイラギくんが出てくるようになってから、フォロワー数がすごく増えたの」
スマホを握りしめて笑っているミコトを見ると、僕もつられて笑って、
「そう。よかったね」
と返した。ミコトは弾んだ手つきでスマホを操作している。投稿した写真の様子を見ているのだろう。彼女と付き合い始めて1ヶ月、最初は写真を撮りたいと言われて困惑したが、ミコトははっきり、
「かっこいい彼氏がいることを自慢したい」
と言い切るため、ああなるほど、僕は体よく利用されているわけか、とすぐに納得したが、隠す様子のないミコトに感服してしまって、ミコトのSNSに付き合っている格好だ。ここまで自分の欲望に正直に生きて、それに付き合わせてしまう魔性の容姿の持ち主。少しでも足を踏み外すと奈落に落ちていきそうな人生だが、手を引いてやるつもりは一切ない。ミコトが自ら望んでそういう生き方をしていて、その生き様を少し離れて見つめているのが楽しいのだから、それでいいじゃないか。
「ああああ!!前の彼氏よりフォロワー数は伸びてるのに、こんなアカウントに負けちゃってる!」
ミコトは情緒不安定だ。いきなり本当に小さなきっかけでブチ切れ始めるのも慣れてしまった。今日は他の恋人を自慢するアカウントを見て、フォロワー数で負けてることにご立腹のようだ。一度スイッチが入ったら僕が何を言おうとどうにもならないから、ミコトがこちらに話を振ってくるまで沈黙を貫くに限る。よくわからないことでブチ切れてるミコト、正直なところ見ていて飽きない。少しばかり極端かもしれないが、これが人間の本来の姿なのかも?なんて考えてしまう。
「ヒイラギくん!ヒイラギくんの口元とか目元だけでも出せたら、このアカウントの彼氏よりかっこいいってわかると思うんだけど!ダメ?」
「さすがにそれはダメ」
ミコトの飾りになることは構わないが、顔を出すことだけは断固拒否だ。ミコトがリスクの高い生き方をするのは勝手だが、僕はそういうのはごめんだった。ミコトはギリギリと爪を噛みながらも、僕の意思に反して盗み撮りすることはなかった。そういうところは律儀だ。一応僕に対して最低限の礼儀は弁えているらしい。すべてが狂っているように見えて、人間らしい礼節も持ち合わせているところが何だか可笑しい。僕が少し顔を出せば、正直フォロワー数は跳ね上がるだろう。言ってしまえば美男美女のカップルなのだから、そりゃあみんな見たがる。でも、そうやって望みが叶わなくて這いつくばってるミコトを見守っていると心が躍った。
付き合い始めて2ヶ月が過ぎた頃、ミコトが体を求めてきた。僕は今まで何度か他の子と付き合ったことはあったけれど高校生ということもあって、そういうことに踏み込んだことはなかった。興味はあったけれど、まだ少し怖いと思っていた。でもミコトはずかずかと踏み込んできて、抱いてほしい、安心したいと言ってきたから、初めてがこんな可愛い子になるなら本望だと楽しんだ。幸い学生寮といううってつけの場所もあるし、ゴムを買うだけで危険も回避できるから、娯楽としては安上がりだ。ミコトは一度体を許すと中毒になったかのように頻度高く求めてきた。ほぼ毎日。僕から搾り取ることを目的にしてるんじゃないかってくらい。一度さすがに疲れて断ったことがあるが、そのときは、
「そうなんだ……」
ミコトはこの世の終わりのような絶望しきった顔をして、濁った目をして爪を噛みながら、
「ヒイラギくん、私にもう飽きちゃったんだ……私、可愛くないし上手じゃないから……」
と壊れたぬいぐるみみたいにぶつぶつ呟いたから、なだめて体を重ねた。事後の彼女は地上に舞い降りた天使のように微笑みながら、
「ありがとう、ヒイラギくん」
なんて言うから、始める前の面倒なやり取りをしばらく忘れていたが、冷静に考えるとやっぱりミコト、おかしいね?
僕と体を重ねながら幸せな日々を切り取って写真をSNSに投稿して、いいねの数と素敵な彼氏だねと称賛を得ることに心血を注ぐ彼女。ミコトは常に情緒不安定で、時折僕の前で何か薬を飲んでいるときもある。別に怪しい薬とかじゃなくて、薬局の名前が書いた袋に入っていたから、ちゃんと医療用の薬のようだが、彼女いわく、
「私が私であるための薬なの。眠れなくなったり、辛くなったりするから」
とのことらしい。薄々感じていた。きっと彼女は何か精神的な病に侵されているのだろう。可愛い顔立ちに影が落ち、笑顔がどうにも健康的に見えないのも、彼女が何か心に闇を抱えている証左。でも、僕は特に何かするつもりはない。彼女の病んだ美しさを見たいから。
「ねえヒイラギくん、見て」
ある日、ミコトが左腕を見せてきた。白く雪のような肌に、真一文字に傷痕が何本か走っている。それを見ても驚きはしなかった。むしろ、見せてくるまでずいぶん時間がかかったねと言いたくなるくらいだった。
「ヒイラギくんと一緒にいて幸せでも、何だか不安になって、こんな風になっちゃうの。痛いけど、痛いから、生きてるの」
「うん」
「ヒイラギくんに見てほしかったの。こういうのも含めて、私だから。……嫌いに、ならないで?」
「ならないよ。ありがとう、教えてくれて」
ミコトを抱き寄せて頭を撫でると、ミコトは珍しく明るい雰囲気の笑顔を浮かべていた。その笑顔を恐ろしく冷たい感情で見ていることに、僕自身が驚いた。普通なら、病んでいた彼女の健康的な笑顔を見れたら、喜ぶところだろうに。全然喜べなかった。
僕は気がつくと、ミコトの複数のSNSをいつも見るようになっていた。僕のことに一切触れない日常のアカウント、僕との幸せな日々を綴るアカウント、僕しかフォロワーがいない鍵をかけた裏のアカウント。3つの仮面を被ったり外したりしているミコトは滑稽だ。日常のアカウントで楽しそうなポエムを垂れ流したと思ったら、裏のアカウントでは不安に泣いている。そして僕という彼氏を自慢するアカウントでいいねが伸び悩むとその度に不安定になって、僕を求めたり薬に手を伸ばしたりする。彼女の細い体の中にいくつも人格があって、せめぎ合って主導権を争っているかのような、情緒がぐらつく彼女。そのすべてを僕だけが知っていることに、愉悦を覚える。その揺れ動く病んだ情緒こそ、ミコトの魅力だろう。彼女には健康になってもらっては困る。死なない程度に、ゆらゆらといつまでも揺らめいていてほしい。笑っても闇の割合が多くあってほしい。
「ヒイラギくん、最近どうしたの……?何だか楽しそう」
「うん?そうかな?」
いつもスマホでミコトのSNSを見ているから、不安を覚えたのだろうか。いつもどおり僕の部屋で二人でのんびりしていると、ミコトが怯えた顔でこちらを見ていた。ああ、いい顔だ。もっと崩れて乱れて、堕ちたところを見せてほしい。
「最近面白いアカウントを見つけちゃって。それでかな?」
唇の端を意図して歪めながら言うと、ミコトは眉を吊り上げた。
「面白いアカウント……?もしかして、女の子とか?」
「うん、そうだよ。ちょっと不安定で可愛い子なんだ」
「やめて…やめてよ!」
ミコトはベッドに置いていた枕を掴んで僕に投げてきた。ひらりとかわすと壁にぶつかって落ちる。この枕、買ったばかりなんだけどなぁ。いくらか寿命が縮んだかなと思いながらミコトを見ると、泣きながら床にへたり込んでいた。
「ヒイラギくん、お願いだから私だけを見て、おねがい……」
涙を零して僕を見上げる彼女は、さながら見捨てられた子供。元より自分の欲望に忠実なミコトだから、彼氏が他の女に目移りしてるなんて状況で感情を抑えられるはずもない。ちょっと引いてしまうくらいに泣いているミコトをぎゅっと抱きしめた。
「うん、ごめんね。大丈夫。僕は君だけが好きだからね」
歯が浮くようなセリフだって、さらりと言えてしまう。そんなこと1ミリも考えていなくても、考えるより先に言葉が出てくる。ミコトをあまり突き放し過ぎない、飴のように甘い言葉。本当は君のアカウントから目が離せなかったなんて、一生言わない。そんな特大の飴を与えたらどうなるか、火を見るよりも明らかだから。
「ヒイラギくん、大好き!」
いつまでこの茶番を飽きずに続けられるか、とても興味深い。いつか僕が君に飽きたとき、君の人生も終わっちゃうかもね。僕に抱きついてくるミコトの背中を撫でた。優しく、でも心の芯までは撫でないように。