全年齢向け
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
トキメキ*リベリエ
「私、『ゆめかわ』というものに興味がございます」
ポロニアンモールの誰もやってこない路地の行き止まり、ベルベットルームの入り口に立つエリザベスが突然そんなことを言ってきた。はあ、と理がポケットに手を突っ込んだまま聞いていると、彼女は立板に水と言わんばかりに言葉を続ける。
「何やら最近、特に少女や女性の間で『ゆめかわ』という概念が流行しているようでございます。この近辺に『ゆめかわカフェ』なるものがオープンしたらしく、『甘くとろけるようなふわふわの時間』を堪能できるのだとか」
薄く笑みを浮かべていたエリザベスはふむ、と顎に手を当てた。
「時間とは常に均等に流れるもの、とろけもふわふわもしなければまして味などしないはずですが……『ゆめかわ』という概念に触れれば、その言葉の意味するところを知ることができると思いまして、私興味が泉のように湧き出て止まりません」
「それで?その『ゆめかわカフェ』に行ってこいって?」
少しばかりうんざりしつつも尋ねると、エリザベスは満足そうに頷いた。
「はい、そのとおりでございます。『ゆめかわカフェ』には、写真撮影に適した『映え』スポットなるものがあるのだとか。是非写真を撮影していただきたく存じます」
「そう……わかった」
また面倒なことを依頼されたな、と思いつつ理が踵を返すと、その背中にエリザベスの期待の眼差しが刺さった。彼女は達成するのにそれなりに勇気が必要なことを言ってくるが、それだけに報酬はなかなかのもの。理はため息をつきながらも、なんだかんだで依頼を達成するつもりでいた。しかし「ゆめかわカフェ」……全く聞いたことのない単語だった。そもそも「ゆめかわ」が何なのかもよくわからないし、カフェがオープンしたとのことだが一体どこに存在するのかもわからない。エリザベスによると少女や女性の間で人気とのことだから、学生寮の女子たちに尋ねてみるとしよう。
「ゆめかわカフェ?」
まずは一番知っていそうな岳羽ゆかりに尋ねてみた。が、聞いて早々怪訝そうな顔をされ、何のことやらわからないとの回答だった。ダメ元で美鶴と風花にも聞いてみたが、どちらも同じ回答。美鶴に至っては、
「どうしたんだ結城。体調でも悪いのか」
と心配してくる始末だった。男子高校生が「ゆめかわ」について調べるのがそんなにおかしいことなのか、と理は眉を顰めるばかりである。
となると、最後の砦は月森ミコト。案外彼女が知っているかもしれない。ある休日、学生寮のラウンジのソファーでくつろぐ彼女に声をかけてみた。
「月森、『ゆめかわカフェ』って知ってる?」
「え?ゆめかわ?」
本を読んでいたミコトが顔を上げた。理は見逃さなかった。「ゆめかわカフェ」の単語を聞いた瞬間、ミコトの肩がびくりと震えたのを。これは何か知っているなと期待しながら理はミコトの隣に腰掛けた。ミコトは理の視線を絶妙にかわすように目を泳がせつつ、尋ねた。
「どうしたの急に」
「最近ゆめかわカフェっていうのがオープンしたらしくて、行ってみたくてさ」
「あ、あー、えーと……」
ミコトは本を閉じ、人差し指を立ててくるくると虚空をかき混ぜていた。目線もふらふらと彷徨い安定しない。理が不思議に思っていると、彼女は声を張り上げた。
「そのカフェって、お客さんも店員さんも女の子ばっかりって聞くよ!?結城くんが一人で行ったら浮いちゃうよ」
「へー、そう。じゃあ岳羽とか山岸とか誘っていけば変にはならないかな」
ぽつりと呟いた理に、ミコトはあわあわと両手を振った。
「男女はカップルばっかりだって!だから友達同士とか余計浮いちゃうよ!」
「はたから見たらカップルか友達かどうかなんてわからないと思うけど。というか、妙に詳しいな。ゆめかわカフェに行ったことあるの」
じっとりと彼女を見つめると、ミコトは下手な口笛を拭きながら目を逸らした。もう何かを隠していますと白状しているようなもので、ますます理は気になった。ミコトは口笛を吹くのをやめたと思うとバン!とテーブルを叩き、
「と、とにかく!ゆめかわカフェなんて男子が行くところじゃないよ!絶対行かない方がいいって!」
とまくし立て去っていった。彼女の後ろ姿を呆然と眺めた理は、共用パソコンの前に座った。何故思いつかなかったのだろう、ネットで調べれば一発ではないか。「ゆめかわカフェ」と入力し検索した瞬間、画面がパステルブルーやパステルピンクの画像で埋め尽くされ理は思わずのけ反った。そもそもゆめかわという概念すら知らなかった理にとっては目に甘いミルクティーを流し込まれたような衝撃だった。
「ゆめかわカフェ……ああ、あったあった」
検索結果の上位にあるあたり、そこそこ話題になっているようだ。ついぞ知らなかったなと頬杖をつき公式サイトを見てみると、溢れんばかりのパステルカラーとハートや星が散りばめられたページに、丸っこい文字で「トキメキ*リベリエへようこそ♪」と書かれている。どうやらトキメキ*リベリエというのが店名らしい。一生分のパステルカラーを摂取できそうなページにフード、ドリンクメニュー、フリルやレースがたっぷりあしらわれた可愛らしい衣装を纏った店員の写真が載っている。見ているだけで口の中が甘くなった気がして、理は一度離席し自販機でシンプルなお茶を購入した。さっぱりしたお茶の苦味に癒される。
気を取り直してページをスクロールしていくと、「映えスポットもたくさん!」と写真が載っていることに気付いた。別途料金が必要だが店員と写真を撮ることができるらしく、手でハートマークを作った店員とのツーショットや大きなテディベアが置いてあるソファーなど、まさに「ゆめかわ」な写真がたっぷり。店員と写真を撮ればエリザベスも満足してくれるだろうか?と思いながら理はページを消した。
さて、ゆめかわカフェの場所や名前も判明したところで、あとは実際に行ってみるに限る。できれば誰かと一緒に行きたいが、そもそもゆめかわに興味がなさそうな美鶴、ゆかり、風花は選外とすべきだろう。男子連中もゆめかわが似合うような人物は皆無、これも論外。となれば、残っているのは彼女だけ。
「あ」
ある休日の学生寮、静かなラウンジで月森ミコトと鉢合わせた。
「月森、今日暇?もしよかったら、俺とゆめかわカフェに行ってほしいんだけど」
と正直に伝えると、ミコトの顔色が変わった。休日にウキウキしている様子だったのに、真っ青になっていた。
「え、わ、私は用事があるから無理!」
「あ、そう。じゃあ一人で行く」
「わー!」
さらりと答えると、途端にミコトはばたばたと両手足を動かし始めた。同級生の奇行に理が目を丸くしていると、彼女は裏返りそうな声でまくし立てる。
「だからゆめかわカフェは女の子ばっかりだから、結城くんは行かない方がいいって!特に今日はダメなの!」
「なんで今日ダメなわけ?」
「うー、うううー……!」
あまりにも支離滅裂な言い分に冷静に返すと、ミコトは言葉に詰まり頭を抱えていた。何が何だかよくわからないが、ゆめかわカフェに行かせないという強い意志だけは感じる。
「ダメなものはダメなの!絶対行っちゃダメだからね!」
びしっと理を指差し、ミコトは大声で言い捨てると学生寮を飛び出していった。暴風が吹き荒れた後には沈黙。理はポケットに手を突っ込みしばし棒立ちになってしまった。ハッと我に返った理は、先ほどのミコトの叫びを思い出していた。「絶対行っちゃダメ」とあれだけの剣幕で言われれば、逆に気になるのが人間の性というもの。理はゆめかわカフェに向かうことにした。
「あー……ここか……」
ゆめかわカフェことトキメキ*リベリエは、遠くから見てもすぐにそれとわかる外観をしていた。花のように咲き誇るパステルカラーに「トキメキ*リベリエ」の可愛らしい看板、店先に出ているメニューを書いた立て看板もふわふわと可愛らしい色合いで、見ただけでチョコレートとクッキーと甘い紅茶を一気に摂取したような気分になった。周囲はごく普通の街並みだけに切り取られたかのように目立つ。立ち尽くす理の前を、
「わ、見て見て!すっごいゆめかわ〜!行こうよ!」
と二人組の少女がはしゃぎながら店内に入っていく。ゆめかわ、意外と浸透している概念かもしれない。理はぽりぽりと頭をかいたが、こうして立ち尽くしていたところで連れ合いができるわけもなし、理は一人頷き店内に入っていった。
「いらっしゃいませ〜!」
女性店員の高い声に出迎えられた空間は、外よりもレベルの高い「ゆめかわ」な空間だった。床や壁すらパステルカラーで彩られ、チョコチップや粉砂糖を振り掛けたようなキラキラとした装飾が目立つ。調度品も淡い色合いで統一され、どこを見てもふわふわとした綿菓子のようだ。テーブルはそれなりに数があるがほぼ埋まっており、そのほとんどが女性客。テーブルの上にはこれまた可愛らしい食器の食事が置かれ、ところどころ「映え」スポットと思われるぬいぐるみが置かれたソファーやブランコのような椅子がある。
「はぁ……」
目に優しい配色もここまで敷き詰められると逆に圧倒される。理は三百六十度ぼんやりと見渡し感嘆の声を上げた。茫然自失とはこのことか。ごく普通の私服姿の自分が完全に浮いていることを理解したものの、
「お一人様ですね!こちらのお席にどうぞ!」
これまたゆめかわいい配色のロリータな女性店員に促されるままに席に座る。さすがにお冷は透明な水で安心した。「ゆめかわ」な水が出てきたらどうしようかと思った。
手渡されたメニューを広げると、オムライスやカレーライスといった定番メニューが猫や兎を模した可愛らしい雰囲気にデコられていて面食らった。が、いわゆる「ゆめかわいい」色合いの食事はパフェやクリームソーダといったものばかりで安心した。ここが夢ではなく現実であると実感させられる。
通りがかった店員に料理を注文し、メニューを隅々まで確認すると、「お写真」と書かれた欄があった。
「店員とお写真を撮る際はお声がけください。写真料をいただきます……」
ぼそっと読み上げつつ顔を上げると、店員と客が撮影しているところが見えた。ふりふりふわふわな店員とニコニコの笑顔で「映え」写真を撮ってもらった少女たちは、
「ヤバイ!これめっちゃいいのが撮れた!後でメールしなきゃ!」
とウキウキの様子だった。あそこに混ざるのはなかなか勇気が必要だが、エリザベスの依頼達成には不可欠かと考えていたところ、
「お待たせしました。お料理お持ちしました〜」
と店員がやってきた。ふと店員の顔を見て理は硬直した。
「月森?」
「あ、あー!!」
お盆に料理を乗せてやってきたのは、月森ミコトだった。普段と決定的に異なるのは服装。ふわりと嫌味なく広がるワンピースはパステルピンクを基調とし、あちらこちらにリボンやフリルがあしらわれている。頭を覆うのは白とピンクのボンネット、髪も丁寧に巻いておりおとぎ話のお姫様のよう。ゆめかわな店内にぴったりのゆめかわな月森ミコトを初めて見た理は言葉を失うと同時、何故強硬に彼女がここに来るなと言ったのか理解した。
「ここで働いてたのか、知らなかった」
「そりゃ言ってないもの!というかなんで来たの、あれだけ言ったのに!」
ぶつくさ言いつつも料理をテーブルに置き、ミコトはご立腹の様子だった。理は冷静に携帯電話を取り出すと、ケチャップで可愛い猫の絵が描かれたオムライスの写真を撮った。あまりに冷静な理にミコトはぷるぷると拳を握り震えていた。
「何冷静に写真なんか撮っちゃってるの!」
「え、そりゃこんな珍しいものを見たら写真くらい撮るでしょ」
携帯電話をしまい、理は再びミコトと目を合わせた。ゆめかわな世界の住人にしては生々しい感情を露わにするミコトは逆に可愛らしいまであった。理はふふっと笑い、メニューを広げ「お写真」の欄を指差した。
「ところで月森、後で月森と写真撮りたいんだけど」
「え!?」
ミコトはのけ反らんばかりに驚き、素っ頓狂な声を上げた。理は珍しいミコトの様子ににやりと笑ってみせる。
「お金払ったら写真撮れるって書いてる。俺と写真くらい撮れるよね」
「う〜……私じゃないとダメなの?」
「月森じゃないとダメ」
そう言うと、ミコトは軽く地団駄を踏みつつも渋々といった様子で頷いた。理はミコトが去っていくのを眺め、のんびりと料理を楽しんだ。とろりととろける卵とケチャップを纏わせたオムライスを一口。口の中で柔らかくほどける、まさに「ゆめかわ」なオムライスだった。
忙しなく接客をしているミコトに見せつけるように食事を楽しみ、ついに写真撮影の時間がやってきた。引きつった顔のミコトにどちらで写真を撮りますかと尋ねられ、
「じゃあここで」
と理が指定したのは、大きなテディベアが存在感を示すソファーの上だった。ふわふわの座り心地のソファーはミントの色で可愛らしく、ミコトのピンク色のロリータドレスとよく似合っていた。
ミコトと二人、寄り添うように座り、テディベアを二人の膝の上に置いた。携帯電話を他の店員に渡しつつ、理はこっそりミコトに耳打ちした。
「月森、表情が硬い。もっと笑いなよ」
「笑えるわけないじゃん……」
見るからに不機嫌そうな彼女に理は笑いながらも告げる。
「せっかく可愛い服着てるんだから、可愛い顔した方がいい。二人でハートも作ろうとか思ってるんだから」
「え!?ポーズ指定まであるの!?」
「もちろん」
明らかに女性向けな空間に一人で訪れるという勇気を振り絞った末の行動なのだ、恥はかき捨てである。理は片手でハートの片割れを作った。ミコトが合わせてくれなければハートは儚く割れたままだ。
「うぅ……わかった、やればいいんでしょ」
ミコトもさすがのプロ根性を発揮し、理のハートにそっとミコトのハートが添えられた。女性店員の掛け声に合わせ、何枚か写真を撮影する。
理は携帯電話を受け取り、写真を確認した。少しばかりミコトの表情が硬いのが気になるが及第点といったところ。ソファーに座り込み恨めしい目で見つめてくるミコトに手を振り、理は店を後にした。
「エリザベス」
ポロニアンモールの片隅、ベルベットルームの入り口で理は青い彼女を呼んだ。ガチャリと扉が開き、エリザベスは優雅な笑みを浮かべる。理は携帯電話を取り出し、早速撮影したばかりのゆめかわ写真を彼女に見せた。
「ゆめかわカフェ、行ってきた。ほら、写真」
「あら、いつものことながら迅速な行動、ありがとうございます。確認させていただきますわ」
エリザベスは興味津々といった顔でじっと写真を眺めていた。
「なるほど、このパステルカラーの配色が『ゆめかわ』ということでしょうか?華美な洋服も『ゆめかわ』の一部なのでしょうか。料理もあるのですね。『ゆめかわ』……私が思っていた以上に深淵が広がっているのかもしれません」
「まあ、そんなところ」
正直なところ理もよく理解していないが、とりあえず相槌を打っておいた。ひとしきり写真を見たエリザベスは礼を言いながら携帯電話を理に返した。
「誠にありがとうございました、普段目にすることのない概念を具に見つめることができ、不肖エリザベス、勉強になった気がしますわ。こちらが報酬になります」
エリザベスが手渡してきたのは見るからに甘そうなマカロンだった。タルタロスの探索や勉強に疲れたときに食べるといいかもしれない。それにしても甘ったるい場所に行った報酬が甘いお菓子か、と理はため息をついた。
「そうそう。確認を忘れるところでした」
帰ろうとしたところを呼び止められる。振り返ると、エリザベスはにこりと笑い、小首を傾げた。
「『甘くとろけるようなふわふわの時間』を堪能できましたでしょうか?」
改めて尋ねられると疑問である。理はじっと考えた。頭に浮かぶのは、パステルカラーを背景に佇むふわふわピンクの月森ミコト。
「……まあ、堪能できた」
苦笑気味に答えると、エリザベスは満たされた笑みを浮かべていた。
「いらっしゃいませー!……あー!」
理は再びゆめかわカフェを訪れていた。店内に入った瞬間、パステルピンクのドレスがよく似合う月森ミコトが出迎えてくれた。営業用の笑顔が一瞬で露骨に歪んだが。
「結城くん、なんでまた来たの!?前写真撮ったから十分でしょ?」
こそこそと抗議してくるミコトに、理はにっこりと笑った。
「まだ『映えスポット』があるから」
「また写真撮るつもりなの!?」
「もちろん。ゆめかわな月森と写真撮れるのはここだけだから」
席に案内され、理は余裕のある微笑みでミコトを見送った。彼女は見るからにげんなりとしつつも、ギリギリゆめかわらしい笑顔を向けてくれていた。
エリザベスは一度写真を見せれば満足したが、理はまだこの場所の神秘を味わい尽くしていない。ミコトの可愛らしさを引き立たせるゆめかわ空間を、それこそ骨の髄までしゃぶり尽くしてやるくらいの気概だった。
「私、『ゆめかわ』というものに興味がございます」
ポロニアンモールの誰もやってこない路地の行き止まり、ベルベットルームの入り口に立つエリザベスが突然そんなことを言ってきた。はあ、と理がポケットに手を突っ込んだまま聞いていると、彼女は立板に水と言わんばかりに言葉を続ける。
「何やら最近、特に少女や女性の間で『ゆめかわ』という概念が流行しているようでございます。この近辺に『ゆめかわカフェ』なるものがオープンしたらしく、『甘くとろけるようなふわふわの時間』を堪能できるのだとか」
薄く笑みを浮かべていたエリザベスはふむ、と顎に手を当てた。
「時間とは常に均等に流れるもの、とろけもふわふわもしなければまして味などしないはずですが……『ゆめかわ』という概念に触れれば、その言葉の意味するところを知ることができると思いまして、私興味が泉のように湧き出て止まりません」
「それで?その『ゆめかわカフェ』に行ってこいって?」
少しばかりうんざりしつつも尋ねると、エリザベスは満足そうに頷いた。
「はい、そのとおりでございます。『ゆめかわカフェ』には、写真撮影に適した『映え』スポットなるものがあるのだとか。是非写真を撮影していただきたく存じます」
「そう……わかった」
また面倒なことを依頼されたな、と思いつつ理が踵を返すと、その背中にエリザベスの期待の眼差しが刺さった。彼女は達成するのにそれなりに勇気が必要なことを言ってくるが、それだけに報酬はなかなかのもの。理はため息をつきながらも、なんだかんだで依頼を達成するつもりでいた。しかし「ゆめかわカフェ」……全く聞いたことのない単語だった。そもそも「ゆめかわ」が何なのかもよくわからないし、カフェがオープンしたとのことだが一体どこに存在するのかもわからない。エリザベスによると少女や女性の間で人気とのことだから、学生寮の女子たちに尋ねてみるとしよう。
「ゆめかわカフェ?」
まずは一番知っていそうな岳羽ゆかりに尋ねてみた。が、聞いて早々怪訝そうな顔をされ、何のことやらわからないとの回答だった。ダメ元で美鶴と風花にも聞いてみたが、どちらも同じ回答。美鶴に至っては、
「どうしたんだ結城。体調でも悪いのか」
と心配してくる始末だった。男子高校生が「ゆめかわ」について調べるのがそんなにおかしいことなのか、と理は眉を顰めるばかりである。
となると、最後の砦は月森ミコト。案外彼女が知っているかもしれない。ある休日、学生寮のラウンジのソファーでくつろぐ彼女に声をかけてみた。
「月森、『ゆめかわカフェ』って知ってる?」
「え?ゆめかわ?」
本を読んでいたミコトが顔を上げた。理は見逃さなかった。「ゆめかわカフェ」の単語を聞いた瞬間、ミコトの肩がびくりと震えたのを。これは何か知っているなと期待しながら理はミコトの隣に腰掛けた。ミコトは理の視線を絶妙にかわすように目を泳がせつつ、尋ねた。
「どうしたの急に」
「最近ゆめかわカフェっていうのがオープンしたらしくて、行ってみたくてさ」
「あ、あー、えーと……」
ミコトは本を閉じ、人差し指を立ててくるくると虚空をかき混ぜていた。目線もふらふらと彷徨い安定しない。理が不思議に思っていると、彼女は声を張り上げた。
「そのカフェって、お客さんも店員さんも女の子ばっかりって聞くよ!?結城くんが一人で行ったら浮いちゃうよ」
「へー、そう。じゃあ岳羽とか山岸とか誘っていけば変にはならないかな」
ぽつりと呟いた理に、ミコトはあわあわと両手を振った。
「男女はカップルばっかりだって!だから友達同士とか余計浮いちゃうよ!」
「はたから見たらカップルか友達かどうかなんてわからないと思うけど。というか、妙に詳しいな。ゆめかわカフェに行ったことあるの」
じっとりと彼女を見つめると、ミコトは下手な口笛を拭きながら目を逸らした。もう何かを隠していますと白状しているようなもので、ますます理は気になった。ミコトは口笛を吹くのをやめたと思うとバン!とテーブルを叩き、
「と、とにかく!ゆめかわカフェなんて男子が行くところじゃないよ!絶対行かない方がいいって!」
とまくし立て去っていった。彼女の後ろ姿を呆然と眺めた理は、共用パソコンの前に座った。何故思いつかなかったのだろう、ネットで調べれば一発ではないか。「ゆめかわカフェ」と入力し検索した瞬間、画面がパステルブルーやパステルピンクの画像で埋め尽くされ理は思わずのけ反った。そもそもゆめかわという概念すら知らなかった理にとっては目に甘いミルクティーを流し込まれたような衝撃だった。
「ゆめかわカフェ……ああ、あったあった」
検索結果の上位にあるあたり、そこそこ話題になっているようだ。ついぞ知らなかったなと頬杖をつき公式サイトを見てみると、溢れんばかりのパステルカラーとハートや星が散りばめられたページに、丸っこい文字で「トキメキ*リベリエへようこそ♪」と書かれている。どうやらトキメキ*リベリエというのが店名らしい。一生分のパステルカラーを摂取できそうなページにフード、ドリンクメニュー、フリルやレースがたっぷりあしらわれた可愛らしい衣装を纏った店員の写真が載っている。見ているだけで口の中が甘くなった気がして、理は一度離席し自販機でシンプルなお茶を購入した。さっぱりしたお茶の苦味に癒される。
気を取り直してページをスクロールしていくと、「映えスポットもたくさん!」と写真が載っていることに気付いた。別途料金が必要だが店員と写真を撮ることができるらしく、手でハートマークを作った店員とのツーショットや大きなテディベアが置いてあるソファーなど、まさに「ゆめかわ」な写真がたっぷり。店員と写真を撮ればエリザベスも満足してくれるだろうか?と思いながら理はページを消した。
さて、ゆめかわカフェの場所や名前も判明したところで、あとは実際に行ってみるに限る。できれば誰かと一緒に行きたいが、そもそもゆめかわに興味がなさそうな美鶴、ゆかり、風花は選外とすべきだろう。男子連中もゆめかわが似合うような人物は皆無、これも論外。となれば、残っているのは彼女だけ。
「あ」
ある休日の学生寮、静かなラウンジで月森ミコトと鉢合わせた。
「月森、今日暇?もしよかったら、俺とゆめかわカフェに行ってほしいんだけど」
と正直に伝えると、ミコトの顔色が変わった。休日にウキウキしている様子だったのに、真っ青になっていた。
「え、わ、私は用事があるから無理!」
「あ、そう。じゃあ一人で行く」
「わー!」
さらりと答えると、途端にミコトはばたばたと両手足を動かし始めた。同級生の奇行に理が目を丸くしていると、彼女は裏返りそうな声でまくし立てる。
「だからゆめかわカフェは女の子ばっかりだから、結城くんは行かない方がいいって!特に今日はダメなの!」
「なんで今日ダメなわけ?」
「うー、うううー……!」
あまりにも支離滅裂な言い分に冷静に返すと、ミコトは言葉に詰まり頭を抱えていた。何が何だかよくわからないが、ゆめかわカフェに行かせないという強い意志だけは感じる。
「ダメなものはダメなの!絶対行っちゃダメだからね!」
びしっと理を指差し、ミコトは大声で言い捨てると学生寮を飛び出していった。暴風が吹き荒れた後には沈黙。理はポケットに手を突っ込みしばし棒立ちになってしまった。ハッと我に返った理は、先ほどのミコトの叫びを思い出していた。「絶対行っちゃダメ」とあれだけの剣幕で言われれば、逆に気になるのが人間の性というもの。理はゆめかわカフェに向かうことにした。
「あー……ここか……」
ゆめかわカフェことトキメキ*リベリエは、遠くから見てもすぐにそれとわかる外観をしていた。花のように咲き誇るパステルカラーに「トキメキ*リベリエ」の可愛らしい看板、店先に出ているメニューを書いた立て看板もふわふわと可愛らしい色合いで、見ただけでチョコレートとクッキーと甘い紅茶を一気に摂取したような気分になった。周囲はごく普通の街並みだけに切り取られたかのように目立つ。立ち尽くす理の前を、
「わ、見て見て!すっごいゆめかわ〜!行こうよ!」
と二人組の少女がはしゃぎながら店内に入っていく。ゆめかわ、意外と浸透している概念かもしれない。理はぽりぽりと頭をかいたが、こうして立ち尽くしていたところで連れ合いができるわけもなし、理は一人頷き店内に入っていった。
「いらっしゃいませ〜!」
女性店員の高い声に出迎えられた空間は、外よりもレベルの高い「ゆめかわ」な空間だった。床や壁すらパステルカラーで彩られ、チョコチップや粉砂糖を振り掛けたようなキラキラとした装飾が目立つ。調度品も淡い色合いで統一され、どこを見てもふわふわとした綿菓子のようだ。テーブルはそれなりに数があるがほぼ埋まっており、そのほとんどが女性客。テーブルの上にはこれまた可愛らしい食器の食事が置かれ、ところどころ「映え」スポットと思われるぬいぐるみが置かれたソファーやブランコのような椅子がある。
「はぁ……」
目に優しい配色もここまで敷き詰められると逆に圧倒される。理は三百六十度ぼんやりと見渡し感嘆の声を上げた。茫然自失とはこのことか。ごく普通の私服姿の自分が完全に浮いていることを理解したものの、
「お一人様ですね!こちらのお席にどうぞ!」
これまたゆめかわいい配色のロリータな女性店員に促されるままに席に座る。さすがにお冷は透明な水で安心した。「ゆめかわ」な水が出てきたらどうしようかと思った。
手渡されたメニューを広げると、オムライスやカレーライスといった定番メニューが猫や兎を模した可愛らしい雰囲気にデコられていて面食らった。が、いわゆる「ゆめかわいい」色合いの食事はパフェやクリームソーダといったものばかりで安心した。ここが夢ではなく現実であると実感させられる。
通りがかった店員に料理を注文し、メニューを隅々まで確認すると、「お写真」と書かれた欄があった。
「店員とお写真を撮る際はお声がけください。写真料をいただきます……」
ぼそっと読み上げつつ顔を上げると、店員と客が撮影しているところが見えた。ふりふりふわふわな店員とニコニコの笑顔で「映え」写真を撮ってもらった少女たちは、
「ヤバイ!これめっちゃいいのが撮れた!後でメールしなきゃ!」
とウキウキの様子だった。あそこに混ざるのはなかなか勇気が必要だが、エリザベスの依頼達成には不可欠かと考えていたところ、
「お待たせしました。お料理お持ちしました〜」
と店員がやってきた。ふと店員の顔を見て理は硬直した。
「月森?」
「あ、あー!!」
お盆に料理を乗せてやってきたのは、月森ミコトだった。普段と決定的に異なるのは服装。ふわりと嫌味なく広がるワンピースはパステルピンクを基調とし、あちらこちらにリボンやフリルがあしらわれている。頭を覆うのは白とピンクのボンネット、髪も丁寧に巻いておりおとぎ話のお姫様のよう。ゆめかわな店内にぴったりのゆめかわな月森ミコトを初めて見た理は言葉を失うと同時、何故強硬に彼女がここに来るなと言ったのか理解した。
「ここで働いてたのか、知らなかった」
「そりゃ言ってないもの!というかなんで来たの、あれだけ言ったのに!」
ぶつくさ言いつつも料理をテーブルに置き、ミコトはご立腹の様子だった。理は冷静に携帯電話を取り出すと、ケチャップで可愛い猫の絵が描かれたオムライスの写真を撮った。あまりに冷静な理にミコトはぷるぷると拳を握り震えていた。
「何冷静に写真なんか撮っちゃってるの!」
「え、そりゃこんな珍しいものを見たら写真くらい撮るでしょ」
携帯電話をしまい、理は再びミコトと目を合わせた。ゆめかわな世界の住人にしては生々しい感情を露わにするミコトは逆に可愛らしいまであった。理はふふっと笑い、メニューを広げ「お写真」の欄を指差した。
「ところで月森、後で月森と写真撮りたいんだけど」
「え!?」
ミコトはのけ反らんばかりに驚き、素っ頓狂な声を上げた。理は珍しいミコトの様子ににやりと笑ってみせる。
「お金払ったら写真撮れるって書いてる。俺と写真くらい撮れるよね」
「う〜……私じゃないとダメなの?」
「月森じゃないとダメ」
そう言うと、ミコトは軽く地団駄を踏みつつも渋々といった様子で頷いた。理はミコトが去っていくのを眺め、のんびりと料理を楽しんだ。とろりととろける卵とケチャップを纏わせたオムライスを一口。口の中で柔らかくほどける、まさに「ゆめかわ」なオムライスだった。
忙しなく接客をしているミコトに見せつけるように食事を楽しみ、ついに写真撮影の時間がやってきた。引きつった顔のミコトにどちらで写真を撮りますかと尋ねられ、
「じゃあここで」
と理が指定したのは、大きなテディベアが存在感を示すソファーの上だった。ふわふわの座り心地のソファーはミントの色で可愛らしく、ミコトのピンク色のロリータドレスとよく似合っていた。
ミコトと二人、寄り添うように座り、テディベアを二人の膝の上に置いた。携帯電話を他の店員に渡しつつ、理はこっそりミコトに耳打ちした。
「月森、表情が硬い。もっと笑いなよ」
「笑えるわけないじゃん……」
見るからに不機嫌そうな彼女に理は笑いながらも告げる。
「せっかく可愛い服着てるんだから、可愛い顔した方がいい。二人でハートも作ろうとか思ってるんだから」
「え!?ポーズ指定まであるの!?」
「もちろん」
明らかに女性向けな空間に一人で訪れるという勇気を振り絞った末の行動なのだ、恥はかき捨てである。理は片手でハートの片割れを作った。ミコトが合わせてくれなければハートは儚く割れたままだ。
「うぅ……わかった、やればいいんでしょ」
ミコトもさすがのプロ根性を発揮し、理のハートにそっとミコトのハートが添えられた。女性店員の掛け声に合わせ、何枚か写真を撮影する。
理は携帯電話を受け取り、写真を確認した。少しばかりミコトの表情が硬いのが気になるが及第点といったところ。ソファーに座り込み恨めしい目で見つめてくるミコトに手を振り、理は店を後にした。
「エリザベス」
ポロニアンモールの片隅、ベルベットルームの入り口で理は青い彼女を呼んだ。ガチャリと扉が開き、エリザベスは優雅な笑みを浮かべる。理は携帯電話を取り出し、早速撮影したばかりのゆめかわ写真を彼女に見せた。
「ゆめかわカフェ、行ってきた。ほら、写真」
「あら、いつものことながら迅速な行動、ありがとうございます。確認させていただきますわ」
エリザベスは興味津々といった顔でじっと写真を眺めていた。
「なるほど、このパステルカラーの配色が『ゆめかわ』ということでしょうか?華美な洋服も『ゆめかわ』の一部なのでしょうか。料理もあるのですね。『ゆめかわ』……私が思っていた以上に深淵が広がっているのかもしれません」
「まあ、そんなところ」
正直なところ理もよく理解していないが、とりあえず相槌を打っておいた。ひとしきり写真を見たエリザベスは礼を言いながら携帯電話を理に返した。
「誠にありがとうございました、普段目にすることのない概念を具に見つめることができ、不肖エリザベス、勉強になった気がしますわ。こちらが報酬になります」
エリザベスが手渡してきたのは見るからに甘そうなマカロンだった。タルタロスの探索や勉強に疲れたときに食べるといいかもしれない。それにしても甘ったるい場所に行った報酬が甘いお菓子か、と理はため息をついた。
「そうそう。確認を忘れるところでした」
帰ろうとしたところを呼び止められる。振り返ると、エリザベスはにこりと笑い、小首を傾げた。
「『甘くとろけるようなふわふわの時間』を堪能できましたでしょうか?」
改めて尋ねられると疑問である。理はじっと考えた。頭に浮かぶのは、パステルカラーを背景に佇むふわふわピンクの月森ミコト。
「……まあ、堪能できた」
苦笑気味に答えると、エリザベスは満たされた笑みを浮かべていた。
「いらっしゃいませー!……あー!」
理は再びゆめかわカフェを訪れていた。店内に入った瞬間、パステルピンクのドレスがよく似合う月森ミコトが出迎えてくれた。営業用の笑顔が一瞬で露骨に歪んだが。
「結城くん、なんでまた来たの!?前写真撮ったから十分でしょ?」
こそこそと抗議してくるミコトに、理はにっこりと笑った。
「まだ『映えスポット』があるから」
「また写真撮るつもりなの!?」
「もちろん。ゆめかわな月森と写真撮れるのはここだけだから」
席に案内され、理は余裕のある微笑みでミコトを見送った。彼女は見るからにげんなりとしつつも、ギリギリゆめかわらしい笑顔を向けてくれていた。
エリザベスは一度写真を見せれば満足したが、理はまだこの場所の神秘を味わい尽くしていない。ミコトの可愛らしさを引き立たせるゆめかわ空間を、それこそ骨の髄までしゃぶり尽くしてやるくらいの気概だった。