幼なじみと王子様が私を離してくれない
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#8 王子様は強権的
ヒイラギがマナの作業を手伝うようになり約一週間が経過した。おっかなびっくり作業をしていたヒイラギだったがようやく慣れてきたのか、そこそこスムーズに作業をこなすようになっていた。
「ヒイラギ様、毎日本当にありがとうございます!助かります」
晴天の村は気温が高く、マナとヒイラギは額にうっすら汗をかいていた。ヒイラギは汗を拭いながら爽やかに笑う。
「ううん、僕はここに置いてもらってる立場だから。むしろお礼を言うのは僕の方だよ」
「そんなことありませんよ。ありがとうございます、ヒイラギ様」
ふふ、と二人は笑い合い、畑作業の手を止めた。そろそろ腹が減ってくる頃合いだ。食事休憩を取り午後からの英気を養おう。そう思い、二人はマナの家に向かっていた。
「?あれは……」
家から少し離れた場所に誰かが倒れているのが見えた。考えるより先に体が動き、マナは駆け寄った。遅れてヒイラギもついてくる。
「大丈夫ですか?」
うつ伏せになって倒れていた人物を抱き起こすと、見慣れない男性だった。明らかにこの村の住人ではない。全体的に薄汚れた服を着ており、頬もこけている。見るからに冒険者といった風情の身なりだった。男性はマナの呼びかけに答えることはないが、うう、と時折呻き声が聞こえる。生きてはいるし呼吸もしているようだ。
マナが躊躇いなく男性を家に入れようとしているのを見た途端、ヒイラギは眉を顰めた。
「マナ、知らない人を家に入れて大丈夫なの?何か悪いことを企んでいる人かもしれないよ」
「大丈夫です。たまに冒険者の人が倒れてることがあるんです、多分この人もそうなんだと思います」
にっこりと優しい笑顔で言われれば、ヒイラギは何も言えなくなってしまう。せめてマナの代わりに男性を運び入れ、リビングのソファーに寝かせた。
マナが男性を自宅のベッドに寝かせ、あれこれと世話を焼くのをヒイラギも手伝ったが、夕方になりマナの父親が帰宅したと同時にヒイラギもシンの家に戻ることになった。行き倒れていたとはいえ、ヒイラギとシン以外の男性を招き入れるマナには心配が尽きなかった。彼女は父親と二人暮らし、か弱い女性の一人暮らしというわけではないのだからそこまで心配する必要はないのかもしれないが……ヒイラギはシンの隣に立ち、心ここに在らずといった危うい手つきでリンゴを剥いていた。
「おいヒイラギ、集中しろ。ぼーっとしていると手を切るぞ」
てきぱきと料理をするシンに鋭く指摘され、ヒイラギは曖昧な笑みを浮かべた。
「あ、うん……そうだね、気をつけるよ」
シンに不思議そうな顔をされるものの二人分の夕食が出来上がり、男二人は席に着いた。パンをちぎりながらシンが口を開く。
「どうした、ヒイラギ。変な顔してる」
「マナが倒れていた男の人を見つけて家に連れていってたんだ。マナは慣れた感じだったけど、よくあることなの?」
「ああ、たまにある。冒険者が村に流れ着いてきたり、シバを目指す奴が迷ったり色々だ」
「そう……」
シンもそう言うのならばそうなのだろう。それでもヒイラギの食事のペースは遅かった。シンは淡々と言葉を紡ぐ。
「村に一つ空き家があるって言ったろ。そういう奴はとりあえずそこに放り込むことになってる。明日にはマナもそいつを空き家に連れてくだろうな。手伝った方がいいな」
「……知らない人を村に置いておくのは怖くないの?本当に問題ない?」
「今までこの村に流れ着いた奴らは、一週間もすれば身支度をして出ていった。今回もそうだろう、あまり心配することはないと思うぞ。だが危険なのは間違いない、男連中がたまに様子を見にいくことにしてる。オレが見に行こう」
シンは単なる雑談と変わらない口調で話しているが、金色の瞳は鋭かった。彼は優秀なモンクと聞くが、戦闘能力の高さを覗かせる眼力だった。ヒイラギは彼の胆力に感心しつつ、テーブルの上で拳を握った。
「僕も行くよ。人手は多いに越したことないよね」
「ああ、そうだな。……でもお前、戦えるのか?」
シンのじっとりとした試すような目つきが刺さる。確かに一目見た限りでは、ヒイラギはシンよりも線が細く頼りなく映るかもしれない。ヒイラギはゆるゆると首を振った。
「失礼な。シバで剣術を磨いてきたから、一般人に負けることはないと思うよ。……実戦経験がないのはまあ、そのとおりだけど」
「そうか。ならオレとお前で見にいくことに決まりだな。頼りにしてるぞ、王子様」
淡々とした口調のシンの言葉に、ヒイラギは不服そうに口を尖らせていた。
「こんにちは。お加減はどうですか?」
男性を保護した二日後。マナ、シン、ヒイラギは男性の仮住まいである空き家を訪れていた。マナが尋ねると、ベッドの上の男性はにこやかに笑む。
「はい、おかげさまで何とか。本当にありがとうございます」
「お前、どうして倒れていた?大きな怪我はしていないようだが」
腕を組んだシンの声が響いた。男性は目を伏せる。
「南の海から海上都市シバを訪ねてきたのですが、食糧が尽きてしまって。それで動けなくなってしまったんです」
「そうだったんですか。大変でしたね」
ヒイラギが頷くと、男性は驚いた顔を見せた。
「青い髪、金色の瞳……もしやあなたは海上都市シバの王子、ヒイラギ様ではございませんか?」
「はい、そうですが……どうして僕を知ってるのです?」
「どうしても何も……!シバの女王様と王子様といえばどちらも麗しいことで有名でございます!特に王子のヒイラギ様は長く青い髪と黄金の瞳で芸術品のように美しい、と南の大陸にも伝わっております」
「……参ったな」
ヒイラギは気まずそうに頬をかいていた。マナとシンは顔を見合わせる。小さな村に暮らし、他の地に出たことのない二人は知らぬ情報だった。しかし改めてヒイラギを見ると、豊かな青い髪に美しい金色の双眸、整った唇、この世のものとは思えぬ美しさである。海を渡った先で噂になっていてもおかしくないほどだった。
「どうしてヒイラギ様がシバではなくこの村においでなのですか?」
男性の当然の疑問に、ヒイラギは堂々と答えた。
「いずれ為政者となる身、市井の者たちの暮らしを体験しておかねばなりませんから」
彼の声はマナやシンに接するときとは違う、凛とした力のあるものだった。男性は数秒呆れたような顔を見せたが、ヒイラギに恭しく頭を下げた。
「そうですか、それはご立派ですね。しばらくここにいらっしゃるのですか?」
「ええ」
ヒイラギの話題が途切れたのを察し、シンが口を挟んだ。
「ところで、お前はどのくらいここにいるつもりだ?この村まで来たなら、シバまではもう一息だが」
「少し休んで食糧を調達してからと思っています。数日ここに置いていただけますか」
「ええ、わかりました。私たちが様子を見に来ますから、何かあったら言ってくださいね!」
純粋に笑ったマナに男性は笑みを返した。
保護した男性はヒイラギの懸念とは裏腹に空き家で静かに暮らし、時折村の小さな店に立ち寄り必要なものを購入していた。マナだけで訪れるのは心配ということでシンとヒイラギが付き添っているが、特に目立ったトラブルもない。シンの言うとおりそこまで特別視するようなことではなかったのだろうか、とヒイラギは安心していた。
男性がそろそろシバへ旅立つ頃合いだろうかというとき、ヒイラギは相変わらずシン、マナとともに空き家を訪れた。男性はテーブルに座り茶を楽しんでいるようだった。
「こんにちは」
「こんにちは、みなさん」
マナが声をかけると男性は立ち上がり、にこやかに笑った。保護した当初は衰弱した様子だったが、現在は顔色がよく体調もよくなったように見えた。
「みなさんのおかげですっかり元気になりました。必要な食糧も揃いましたし、本当に感謝しています」
男性が深々と頭を下げるのを見たマナは慌てて手を振った。
「いえ、そんな!でも、よかったです。元気になって」
「ええ……」
顔を上げた男性は、すぐ近くにいたマナの腕を引き素早く羽交い締めにした。マナの細い首筋にナイフを当てる。皮膚に微かに食い込み赤い血が滲んだ。
「動くな!」
男性の鋭い声が響いた。ヒイラギとシンは身構えたものの、マナを人質に取られては下手に動けない。和やかな空気が急速に萎み、空き家に緊迫感が満ちた。
突然羽交い締めにされたマナは完全に硬直してしまい、顔から血の気が引いていた。男性はマナとともに後ずさり、ヒイラギとシンを悪鬼のような目で睨んでいる。先ほどまでの礼儀正しい彼はどこに行ってしまったのかと疑問に思うほどの変貌ぶりだった。
「お前らはこの女が大事らしいな。こいつが怪我をするところを見たくなかったら、俺の言うとおりにしろ」
「何が目的だ?」
シンの問いに男性は意地の悪い笑みを見せた。顎でヒイラギを指す。
「シバの王族がいるなんて願ってもみねえチャンスだよなぁ?この女を解放する代わりにたっぷりのカネを寄越せ。エンだよエン、いくら世間知らずな王子様でもカネくらいわかるだろ?」
「最初から強請るつもりだったんだ。ろくでもないね」
「はっ!ぬくぬく育ってこんな村に社会見学に来るほど平和ボケした王子様に言われたかねえな!」
ヒイラギはじり、と微かに男性との距離を縮めながらどうしたものか思案していた。ヒイラギは剣術を学んだ身、ごろつきの一人くらい倒せる自信があるがマナを盾にされたこの状況、どう打破すべきか。じりじりと切迫した空気が満ちる中、シンがポケットからエン硬貨を取り出し、親指で硬貨を弾いた。キン、と金属的な音が響き硬貨が男性の額に直撃した。
「つっ!?」
男性が顔を顰めた瞬間、シンが勢いよく床を蹴った。瞬きの刹那に男性に接近し、男性の右手首をねじりながら掴んだ。思わず男性はナイフを落とし、床に突き刺さる。シンは男性の右腕を引っ張りマナから引き剥がすと、空いた手で容赦なく掌底を叩き込んだ。
「うぐっ!?」
呻き声とともに男性が膝をつく。
「ヒイラギ、マナを!」
シンの声に我に返り、ヒイラギは解放されたマナの肩を抱いた。彼女の体が細かく震えているのが見て取れ、ヒイラギは思わずぎゅっと彼女を抱きしめていた。その間にシンが男性をロープで縛り上げ、床に転がしていた。男性はぐったりと倒れ込んでおり、意識を失っているようだった。
「とりあえずこれで大丈夫だ。しばらく目を覚まさないだろう」
シンはぱしぱしと両手を叩き、抱き合うヒイラギとマナを見て眉を顰めた。
「マナ、怪我してるな」
シンの手がマナの首筋に伸びる。薄皮一枚切られた軽傷ではあるが、血がうっすらと広がっている。シンが傷口に触れ目を閉じると、気が集まり首筋の傷があっという間に塞がっていく。
「とにかくこいつをシバの憲兵に突き出そう。このまま放ってはおけない」
シンの提案を拒否する者は誰もいなかった。
シバに向かう馬車の中は重苦しい沈黙で満ちていた。ヒイラギは震えるマナの隣に座り、向かい側にはシン。シンの隣には荷物同然の扱いで乗せられた男性がおり、相変わらず意識を失ったままだ。
「シン、ヒイラギ様、ごめんなさい……私のせいで……」
マナが震えながら謝罪するのを、ヒイラギとシンは首を振って否定する。
「マナは困ってる人を助けようとしただけだ。何も悪いことをしていないよ」
「お前のせいじゃない。いつもの行き倒れだと思って油断したオレが悪い」
「……はい……」
マナは俯き、膝の上でぎゅっと両手を握りしめていた。ヒイラギは彼女の華奢な肩をそっと抱きしめてやる。対面に座るシンが鋭い目で睨んできたが気にしている場合ではない。恐ろしい思いをした彼女を慰める方が優先だ。
シバに辿り着いた一行は、王城に赴き憲兵に男性を引き渡した。遠からず彼には適正な罰が下るだろう。王城を出たマナはようやくほっとした様子だった。顔色がほんの少し明るく見える。
「帰るか」
シンがそう言いマナも歩き出そうとしたが、ヒイラギはマナの手を握り引き留めた。歩き出していたシンが立ち止まり、怪訝そうに振り返る。
「駄目だよ。マナは帰さない」
「えっ?」
ヒイラギの鋭い声にマナは目を丸くしていた。ヒイラギは手を離すどころかさらに強く握り、彼女を離さぬ意思を明瞭に示す。
「あの村は確かに居心地がいいけれど、危険な場所だ。マナを帰すわけにはいかない」
「え、あの、ヒイラギ様?」
「お前、何言ってる?」
マナとシンに訝しがられようとも、ヒイラギの意思は変わらなかった。マナの身に迫る危険の芽は芽のうちに摘んでおかねばならない。たとえ王族という強権を使ったとしてもだ。ヒイラギは手を挙げ指を鳴らした。ヒイラギの周囲に兵士たちが集まり、一触即発の危うい緊張感が走る。
「お前、マナをどうするつもりだ」
ヒイラギの本気を感じ取ったのか、シンは金の瞳を細めた。ヒイラギはマナを抱き寄せ、一歩後ろに下がる。それと同時兵士たちが一歩前進し、シンを威圧した。
「王城に保護する。ここならあんな下賎な輩は入ってこないし僕や兵士たちもいる、安全な場所だ」
「お前……!マナを無理矢理連れていく気か!」
シンの鋭い咆哮にマナの顔が曇った。思わずヒイラギを見上げた瞳は不安そうに揺れている。ヒイラギはふふ、と優しく笑った。
「大丈夫、安全な場所にいてもらうだけだよ。君のお父上にも事後報告にはなってしまうけど、ちゃんと説明する。安心して」
「で、でもヒイラギ様……!」
「マナは嫌がってるようだが?お前、いくら王族だからといってこんなことをしていいのか!」
シンの主張もどこ吹く風、ヒイラギは優雅に笑っていた。ひょいとマナを姫のように抱き上げる。
「ヒイラギ様……!?」
「僕もあんまり『王族だから』って言いたくないし、そんなことしたくないんだ。シン、君ならわかるよね」
シンの前に兵士たちが立ちはだかる。彼らは武器を手にしていない、ただ壁のように並びシンを睨んでいるだけだ。いくらシンとてこの数を一度に相手にするのは骨が折れるし、人目もある王城の入り口で揉め事を起こすのは得策ではない。また仮にマナを奪い返したとて、今度はマナの父との取引に支障が生じひいては村全体が不利益を被るかもしれない。シンは平民、ヒイラギは王族。その差は圧倒的で、多少の力で覆せるものではなかった。シンは折れるほど強く奥歯を噛み締めた。
「……今は引き下がる。ただ、マナの父親も放ってはおかないだろう。マナ自身がどう思うかもある。……必ずまた来る」
「ふふ、よかった。理解してくれて」
シンが構えを解いたのを見、ヒイラギは笑った。完全に竦んで動けなくなっている彼女に微笑みかける。
「怖い思いをしたね。大丈夫、僕ら二人でゆっくり過ごそう」
ヒイラギがマナの作業を手伝うようになり約一週間が経過した。おっかなびっくり作業をしていたヒイラギだったがようやく慣れてきたのか、そこそこスムーズに作業をこなすようになっていた。
「ヒイラギ様、毎日本当にありがとうございます!助かります」
晴天の村は気温が高く、マナとヒイラギは額にうっすら汗をかいていた。ヒイラギは汗を拭いながら爽やかに笑う。
「ううん、僕はここに置いてもらってる立場だから。むしろお礼を言うのは僕の方だよ」
「そんなことありませんよ。ありがとうございます、ヒイラギ様」
ふふ、と二人は笑い合い、畑作業の手を止めた。そろそろ腹が減ってくる頃合いだ。食事休憩を取り午後からの英気を養おう。そう思い、二人はマナの家に向かっていた。
「?あれは……」
家から少し離れた場所に誰かが倒れているのが見えた。考えるより先に体が動き、マナは駆け寄った。遅れてヒイラギもついてくる。
「大丈夫ですか?」
うつ伏せになって倒れていた人物を抱き起こすと、見慣れない男性だった。明らかにこの村の住人ではない。全体的に薄汚れた服を着ており、頬もこけている。見るからに冒険者といった風情の身なりだった。男性はマナの呼びかけに答えることはないが、うう、と時折呻き声が聞こえる。生きてはいるし呼吸もしているようだ。
マナが躊躇いなく男性を家に入れようとしているのを見た途端、ヒイラギは眉を顰めた。
「マナ、知らない人を家に入れて大丈夫なの?何か悪いことを企んでいる人かもしれないよ」
「大丈夫です。たまに冒険者の人が倒れてることがあるんです、多分この人もそうなんだと思います」
にっこりと優しい笑顔で言われれば、ヒイラギは何も言えなくなってしまう。せめてマナの代わりに男性を運び入れ、リビングのソファーに寝かせた。
マナが男性を自宅のベッドに寝かせ、あれこれと世話を焼くのをヒイラギも手伝ったが、夕方になりマナの父親が帰宅したと同時にヒイラギもシンの家に戻ることになった。行き倒れていたとはいえ、ヒイラギとシン以外の男性を招き入れるマナには心配が尽きなかった。彼女は父親と二人暮らし、か弱い女性の一人暮らしというわけではないのだからそこまで心配する必要はないのかもしれないが……ヒイラギはシンの隣に立ち、心ここに在らずといった危うい手つきでリンゴを剥いていた。
「おいヒイラギ、集中しろ。ぼーっとしていると手を切るぞ」
てきぱきと料理をするシンに鋭く指摘され、ヒイラギは曖昧な笑みを浮かべた。
「あ、うん……そうだね、気をつけるよ」
シンに不思議そうな顔をされるものの二人分の夕食が出来上がり、男二人は席に着いた。パンをちぎりながらシンが口を開く。
「どうした、ヒイラギ。変な顔してる」
「マナが倒れていた男の人を見つけて家に連れていってたんだ。マナは慣れた感じだったけど、よくあることなの?」
「ああ、たまにある。冒険者が村に流れ着いてきたり、シバを目指す奴が迷ったり色々だ」
「そう……」
シンもそう言うのならばそうなのだろう。それでもヒイラギの食事のペースは遅かった。シンは淡々と言葉を紡ぐ。
「村に一つ空き家があるって言ったろ。そういう奴はとりあえずそこに放り込むことになってる。明日にはマナもそいつを空き家に連れてくだろうな。手伝った方がいいな」
「……知らない人を村に置いておくのは怖くないの?本当に問題ない?」
「今までこの村に流れ着いた奴らは、一週間もすれば身支度をして出ていった。今回もそうだろう、あまり心配することはないと思うぞ。だが危険なのは間違いない、男連中がたまに様子を見にいくことにしてる。オレが見に行こう」
シンは単なる雑談と変わらない口調で話しているが、金色の瞳は鋭かった。彼は優秀なモンクと聞くが、戦闘能力の高さを覗かせる眼力だった。ヒイラギは彼の胆力に感心しつつ、テーブルの上で拳を握った。
「僕も行くよ。人手は多いに越したことないよね」
「ああ、そうだな。……でもお前、戦えるのか?」
シンのじっとりとした試すような目つきが刺さる。確かに一目見た限りでは、ヒイラギはシンよりも線が細く頼りなく映るかもしれない。ヒイラギはゆるゆると首を振った。
「失礼な。シバで剣術を磨いてきたから、一般人に負けることはないと思うよ。……実戦経験がないのはまあ、そのとおりだけど」
「そうか。ならオレとお前で見にいくことに決まりだな。頼りにしてるぞ、王子様」
淡々とした口調のシンの言葉に、ヒイラギは不服そうに口を尖らせていた。
「こんにちは。お加減はどうですか?」
男性を保護した二日後。マナ、シン、ヒイラギは男性の仮住まいである空き家を訪れていた。マナが尋ねると、ベッドの上の男性はにこやかに笑む。
「はい、おかげさまで何とか。本当にありがとうございます」
「お前、どうして倒れていた?大きな怪我はしていないようだが」
腕を組んだシンの声が響いた。男性は目を伏せる。
「南の海から海上都市シバを訪ねてきたのですが、食糧が尽きてしまって。それで動けなくなってしまったんです」
「そうだったんですか。大変でしたね」
ヒイラギが頷くと、男性は驚いた顔を見せた。
「青い髪、金色の瞳……もしやあなたは海上都市シバの王子、ヒイラギ様ではございませんか?」
「はい、そうですが……どうして僕を知ってるのです?」
「どうしても何も……!シバの女王様と王子様といえばどちらも麗しいことで有名でございます!特に王子のヒイラギ様は長く青い髪と黄金の瞳で芸術品のように美しい、と南の大陸にも伝わっております」
「……参ったな」
ヒイラギは気まずそうに頬をかいていた。マナとシンは顔を見合わせる。小さな村に暮らし、他の地に出たことのない二人は知らぬ情報だった。しかし改めてヒイラギを見ると、豊かな青い髪に美しい金色の双眸、整った唇、この世のものとは思えぬ美しさである。海を渡った先で噂になっていてもおかしくないほどだった。
「どうしてヒイラギ様がシバではなくこの村においでなのですか?」
男性の当然の疑問に、ヒイラギは堂々と答えた。
「いずれ為政者となる身、市井の者たちの暮らしを体験しておかねばなりませんから」
彼の声はマナやシンに接するときとは違う、凛とした力のあるものだった。男性は数秒呆れたような顔を見せたが、ヒイラギに恭しく頭を下げた。
「そうですか、それはご立派ですね。しばらくここにいらっしゃるのですか?」
「ええ」
ヒイラギの話題が途切れたのを察し、シンが口を挟んだ。
「ところで、お前はどのくらいここにいるつもりだ?この村まで来たなら、シバまではもう一息だが」
「少し休んで食糧を調達してからと思っています。数日ここに置いていただけますか」
「ええ、わかりました。私たちが様子を見に来ますから、何かあったら言ってくださいね!」
純粋に笑ったマナに男性は笑みを返した。
保護した男性はヒイラギの懸念とは裏腹に空き家で静かに暮らし、時折村の小さな店に立ち寄り必要なものを購入していた。マナだけで訪れるのは心配ということでシンとヒイラギが付き添っているが、特に目立ったトラブルもない。シンの言うとおりそこまで特別視するようなことではなかったのだろうか、とヒイラギは安心していた。
男性がそろそろシバへ旅立つ頃合いだろうかというとき、ヒイラギは相変わらずシン、マナとともに空き家を訪れた。男性はテーブルに座り茶を楽しんでいるようだった。
「こんにちは」
「こんにちは、みなさん」
マナが声をかけると男性は立ち上がり、にこやかに笑った。保護した当初は衰弱した様子だったが、現在は顔色がよく体調もよくなったように見えた。
「みなさんのおかげですっかり元気になりました。必要な食糧も揃いましたし、本当に感謝しています」
男性が深々と頭を下げるのを見たマナは慌てて手を振った。
「いえ、そんな!でも、よかったです。元気になって」
「ええ……」
顔を上げた男性は、すぐ近くにいたマナの腕を引き素早く羽交い締めにした。マナの細い首筋にナイフを当てる。皮膚に微かに食い込み赤い血が滲んだ。
「動くな!」
男性の鋭い声が響いた。ヒイラギとシンは身構えたものの、マナを人質に取られては下手に動けない。和やかな空気が急速に萎み、空き家に緊迫感が満ちた。
突然羽交い締めにされたマナは完全に硬直してしまい、顔から血の気が引いていた。男性はマナとともに後ずさり、ヒイラギとシンを悪鬼のような目で睨んでいる。先ほどまでの礼儀正しい彼はどこに行ってしまったのかと疑問に思うほどの変貌ぶりだった。
「お前らはこの女が大事らしいな。こいつが怪我をするところを見たくなかったら、俺の言うとおりにしろ」
「何が目的だ?」
シンの問いに男性は意地の悪い笑みを見せた。顎でヒイラギを指す。
「シバの王族がいるなんて願ってもみねえチャンスだよなぁ?この女を解放する代わりにたっぷりのカネを寄越せ。エンだよエン、いくら世間知らずな王子様でもカネくらいわかるだろ?」
「最初から強請るつもりだったんだ。ろくでもないね」
「はっ!ぬくぬく育ってこんな村に社会見学に来るほど平和ボケした王子様に言われたかねえな!」
ヒイラギはじり、と微かに男性との距離を縮めながらどうしたものか思案していた。ヒイラギは剣術を学んだ身、ごろつきの一人くらい倒せる自信があるがマナを盾にされたこの状況、どう打破すべきか。じりじりと切迫した空気が満ちる中、シンがポケットからエン硬貨を取り出し、親指で硬貨を弾いた。キン、と金属的な音が響き硬貨が男性の額に直撃した。
「つっ!?」
男性が顔を顰めた瞬間、シンが勢いよく床を蹴った。瞬きの刹那に男性に接近し、男性の右手首をねじりながら掴んだ。思わず男性はナイフを落とし、床に突き刺さる。シンは男性の右腕を引っ張りマナから引き剥がすと、空いた手で容赦なく掌底を叩き込んだ。
「うぐっ!?」
呻き声とともに男性が膝をつく。
「ヒイラギ、マナを!」
シンの声に我に返り、ヒイラギは解放されたマナの肩を抱いた。彼女の体が細かく震えているのが見て取れ、ヒイラギは思わずぎゅっと彼女を抱きしめていた。その間にシンが男性をロープで縛り上げ、床に転がしていた。男性はぐったりと倒れ込んでおり、意識を失っているようだった。
「とりあえずこれで大丈夫だ。しばらく目を覚まさないだろう」
シンはぱしぱしと両手を叩き、抱き合うヒイラギとマナを見て眉を顰めた。
「マナ、怪我してるな」
シンの手がマナの首筋に伸びる。薄皮一枚切られた軽傷ではあるが、血がうっすらと広がっている。シンが傷口に触れ目を閉じると、気が集まり首筋の傷があっという間に塞がっていく。
「とにかくこいつをシバの憲兵に突き出そう。このまま放ってはおけない」
シンの提案を拒否する者は誰もいなかった。
シバに向かう馬車の中は重苦しい沈黙で満ちていた。ヒイラギは震えるマナの隣に座り、向かい側にはシン。シンの隣には荷物同然の扱いで乗せられた男性がおり、相変わらず意識を失ったままだ。
「シン、ヒイラギ様、ごめんなさい……私のせいで……」
マナが震えながら謝罪するのを、ヒイラギとシンは首を振って否定する。
「マナは困ってる人を助けようとしただけだ。何も悪いことをしていないよ」
「お前のせいじゃない。いつもの行き倒れだと思って油断したオレが悪い」
「……はい……」
マナは俯き、膝の上でぎゅっと両手を握りしめていた。ヒイラギは彼女の華奢な肩をそっと抱きしめてやる。対面に座るシンが鋭い目で睨んできたが気にしている場合ではない。恐ろしい思いをした彼女を慰める方が優先だ。
シバに辿り着いた一行は、王城に赴き憲兵に男性を引き渡した。遠からず彼には適正な罰が下るだろう。王城を出たマナはようやくほっとした様子だった。顔色がほんの少し明るく見える。
「帰るか」
シンがそう言いマナも歩き出そうとしたが、ヒイラギはマナの手を握り引き留めた。歩き出していたシンが立ち止まり、怪訝そうに振り返る。
「駄目だよ。マナは帰さない」
「えっ?」
ヒイラギの鋭い声にマナは目を丸くしていた。ヒイラギは手を離すどころかさらに強く握り、彼女を離さぬ意思を明瞭に示す。
「あの村は確かに居心地がいいけれど、危険な場所だ。マナを帰すわけにはいかない」
「え、あの、ヒイラギ様?」
「お前、何言ってる?」
マナとシンに訝しがられようとも、ヒイラギの意思は変わらなかった。マナの身に迫る危険の芽は芽のうちに摘んでおかねばならない。たとえ王族という強権を使ったとしてもだ。ヒイラギは手を挙げ指を鳴らした。ヒイラギの周囲に兵士たちが集まり、一触即発の危うい緊張感が走る。
「お前、マナをどうするつもりだ」
ヒイラギの本気を感じ取ったのか、シンは金の瞳を細めた。ヒイラギはマナを抱き寄せ、一歩後ろに下がる。それと同時兵士たちが一歩前進し、シンを威圧した。
「王城に保護する。ここならあんな下賎な輩は入ってこないし僕や兵士たちもいる、安全な場所だ」
「お前……!マナを無理矢理連れていく気か!」
シンの鋭い咆哮にマナの顔が曇った。思わずヒイラギを見上げた瞳は不安そうに揺れている。ヒイラギはふふ、と優しく笑った。
「大丈夫、安全な場所にいてもらうだけだよ。君のお父上にも事後報告にはなってしまうけど、ちゃんと説明する。安心して」
「で、でもヒイラギ様……!」
「マナは嫌がってるようだが?お前、いくら王族だからといってこんなことをしていいのか!」
シンの主張もどこ吹く風、ヒイラギは優雅に笑っていた。ひょいとマナを姫のように抱き上げる。
「ヒイラギ様……!?」
「僕もあんまり『王族だから』って言いたくないし、そんなことしたくないんだ。シン、君ならわかるよね」
シンの前に兵士たちが立ちはだかる。彼らは武器を手にしていない、ただ壁のように並びシンを睨んでいるだけだ。いくらシンとてこの数を一度に相手にするのは骨が折れるし、人目もある王城の入り口で揉め事を起こすのは得策ではない。また仮にマナを奪い返したとて、今度はマナの父との取引に支障が生じひいては村全体が不利益を被るかもしれない。シンは平民、ヒイラギは王族。その差は圧倒的で、多少の力で覆せるものではなかった。シンは折れるほど強く奥歯を噛み締めた。
「……今は引き下がる。ただ、マナの父親も放ってはおかないだろう。マナ自身がどう思うかもある。……必ずまた来る」
「ふふ、よかった。理解してくれて」
シンが構えを解いたのを見、ヒイラギは笑った。完全に竦んで動けなくなっている彼女に微笑みかける。
「怖い思いをしたね。大丈夫、僕ら二人でゆっくり過ごそう」
