幼なじみと王子様が私を離してくれない
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#7 王子様は積極的
マナがいつもどおり採れたての野菜を持ってシンの家を訪れると、シンのみならずヒイラギもいて少し面食らった。
「おはよう、マナ」
「おはようございます、ヒイラギ様」
輝くようなヒイラギの笑顔にマナは恐縮することしかできなかった。シンが淡々と朝食を作ってくれる中、ヒイラギはちょこちょこと所在なさげにキッチンを徘徊していた。シンの流れるような食事作りを興味深そうに眺めている。
「どうしたのですか、ヒイラギ様」
テーブルに座ったマナが声をかけると、ヒイラギは苦笑いをした。
「手伝いたいって言ったんだけど、手伝わせてもらえないんだ。でも、料理したいからさ」
「いかにも料理できなさそうなヤツを台所に立たせたらどうなるかわかるだろ」
シンは呆れた様子で三人分の朝食をテーブルに並べた。目玉焼きにパン、採れたての野菜のサラダ。シンプルだが美味しそうな上に手早く作ると来ている、明らかに不慣れなヒイラギの出る幕はないだろうなとマナは納得した。
三人はテーブルに座り、各々食事を始めた。ヒイラギの食事ぶりは本当に優雅で、王城で立派なブレックファストを食べている気分になる。マナが見惚れているとシンが声を上げた。
「ヒイラギ、お前昼間はどうするんだ。手持ち無沙汰だろう」
「うん、それなんだけど、マナのお手伝いをさせてもらいたいなって思ってるんだ」
「え、私の手伝いですか!?」
マナは目を見開いた。シンも意外だったのか、珍しく口を尖らせている。
「うん。あんな立派な野菜を作ってくれるんだもの、僕も手伝いたいなって思って」
「……やるならオレの手伝いはどうだ」
「え、シンの?」
シンの提案に、ヒイラギは見るからにしゅんとした。もしも彼の頭に猫か犬の耳が生えていたらぺたんと萎れてしまっているような、そんな露骨な変化だった。それを見たシンは頭をかいた。
「まぁ、確かにオレの手伝いといっても手伝ってもらうことなんかないんだけど」
「じゃあやっぱりマナのお手伝いをするよ!母上も食べ物を作る大変さを味わってこいって言ってたからね」
「……そうか……」
キラキラと目を輝かせるヒイラギの様子に、さすがのシンもそれ以上反対意見を口にすることはなかった。
マナの父は王城に野菜等を献上しに行き、マナは野菜や家畜の世話をする。普段どおりの行動だが、そこにヒイラギが加わるのは新たな体験だった。野菜の収穫や乳搾りといった作業は手や腰に負担をかける、本当に王族であるヒイラギにさせてよいのだろうか?とマナは遠慮していたが、
「大丈夫だよマナ!僕、体力に自信はあるから!任せて!」
と意気揚々としている彼のやる気を折るわけにもいかず、まずは簡単な作業からお願いすることにした。マナが乳搾りをしている中、牛舎の牛たちに牧草を運んでもらう。これも乾燥した牧草が手にチクチクと刺さったり意外と運びづらかったりするが、ヒイラギは嫌な顔一つせずに手伝ってくれた。
「ヒイラギ様、本当にありがとうございます!手、大丈夫ですか?」
「たまに牧草が刺さるくらいで全然問題ないよ」
「え!」
マナはヒイラギの手を取った。掌や手の甲にぽつぽつと切り傷や擦り傷ができている。後でシンに診てもらおうと一息つき、マナはヒイラギとともに絞った乳を容器に入れ、運んだ。重量がそれなりにあるものを運んでもらい大変ありがたいと思っている間にあっという間に時間が過ぎ、マナは腹を押さえた。ごく普通にお腹が空いた。
「ヒイラギ様、お腹空きませんか」
ヒイラギに声をかけると、彼の腹の虫がぐうぅ、と控えめながら主張した。くすりとマナが笑うと、ヒイラギは苦笑いを零した。
「……お腹、空いちゃったね」
「じゃあご飯作りますよ!ヒイラギ様、ほら!」
マナはヒイラギの手を引き、マナの家へと入っていく。リビングのテーブルに彼を座らせ、さて料理をとキッチンに向かうと、ヒイラギがそっと立ち上がりマナの隣に立った。
「ヒイラギ様?」
「もしもマナがよければ、料理を教えてほしいんだ。君と一緒にご飯を作りたい」
そう言って微笑む彼に、マナは慌てて手を振った。
「で、ですがヒイラギ様にお料理させるなんて」
「ううん、気にしないで。料理ができないよりできた方が便利でしょ?」
「まぁ……それは確かにそうですけど……」
マナの脳裏にシンが浮かんだ。彼は一人暮らしが長く、料理を含め家事全般が得意だ。彼のもとで学んだ方がと思ったが、キラキラした瞳でヒイラギに見つめられては無下にもできない。マナはサンドイッチを作ることにし、彼に具材を挟む等の簡単な作業をしてもらうことにした。
「火を使わなくても料理ってできるんだね。すごいな」
「そうなんですよ。村では色々と作業することが多いですから、簡単に済ませることが多くて」
「そうなんだ。面白いね、マナといると色んなことを教えてもらえるね」
マナの用意した具材を挟んでいる彼は、やたらと楽しそうだった。口笛でも吹き出しそうな彼の様子を見ているとマナまで楽しくなる。マナは普段の料理では感じられない楽しみを感じながら、彼と並んでサンドイッチを作っていた。
そうしてサンドイッチが出来上がり、茶を淹れて二人は昼食を摂ることにした。テーブルの対面に座る彼はホクホクと嬉しそうな顔をしていた。少し形の崩れたサンドイッチはヒイラギ作。何でもできそうな外見ながら慣れていない様子が微笑ましかった。
「いただきます。ありがとう、マナ」
サンドイッチにかぶりついたヒイラギは機嫌よさそうに笑っていた。今日は慣れない作業ばかりをしているはずだが疲れていたり辛そうな様子は微塵もない。意外とヒイラギは農作業に向いているのだろうか、と思っていると彼が口を開いた。
「そうだ、マナ」
「何ですか?」
「舞踏会に興味はない?」
「舞踏会……ですか?」
村では縁のない単語だが、少し前に王城のメイドたちから話を聞いたばかりだ。他の王族や貴族たちとの交流の場。王族であるヒイラギにとっては重要だろうが、何故平民であるマナに尋ねるのだろうか。マナは首を傾げた。
「興味があるない以前に、平民の私には関係のないことだと思いますが……」
「そんなことないよ。友達や結婚相手をお披露目する場所でもあるから、平民であっても招待することがあるんだ」
「そうなんですか」
「マナ」
何ともなしに返事をすると、ヒイラギの真剣な声が聞こえた。これまでとは明らかに空気の違う凛とした声にマナの背筋が伸びた。ヒイラギは食事の手を止め、マナを真っ直ぐ見つめている。
「僕はね、ゆくゆくはマナとシンを舞踏会に招待したいんだ」
「私とシンを?」
マナは以前王城で着せたもらったドレスを思い出した。もしも自分が舞踏会に行くのなら、あのとき着たようなドレスを着ることになるのだろうか。シンもきっとそれに準じた格好をするのだろう。舞踏会というのだから踊ることもあろうが何もかも想像の域を出ず、マナはうまく思い描くことができなかった。
「そう。シンは僕の友達として。そしてマナは」
ヒイラギは身を乗り出し、マナの手を取った。
「僕の婚約者として紹介したい」
「……えっ?」
マナは優雅に手を取られたまま呆気に取られていた。まさに唖然。婚約者、一瞬脳内を素通りした言葉がぐるぐると頭の中を巡っている。
「婚約者!?私が、ヒイラギ様の!?」
思わず大きな声を上げたマナをヒイラギは微笑んで見つめていた。
「そうだよ。もちろん本当に婚約者として紹介するなら母上と君の承諾も必要だけれど」
「え、え、え!?ど、どういうことですか?」
「そのままの意味だよ」
ヒイラギはマナの手の甲にそっと口付け、紳士の笑みを浮かべた。金色の瞳がマナを誠実に見つめている。
「僕は君をお嫁さんにしたいんだ。いずれは僕と王城で暮らしてほしい」
「え……えぇ……?」
マナの顔に火がつき、茹で上がらんばかりに赤く熱くなった。マナは自身の両手で頬に触れた。掌が冷たい。手の甲は先ほど彼に口付けされたことを覚えており、まだほんのり熱い気がする。
「ふふ、あまりにも急だったかな。でも、マナには知っておいてほしかったんだ、僕の気持ち。冗談なんかじゃない」
ヒイラギの声は伸びやかに響き、マナの体の芯にまで染み渡る心地だった。彼の眼差しはどこまでも真摯で、たちの悪い冗談を言っているようには見えなかった。
――僕は君をお嫁さんにしたいんだ。いずれは僕と王城で暮らしてほしい。
昼食後、マナはヒイラギとともに農作業を再開することとしたが、昼食の際言われた言葉が頭から離れなかった。無心で行う作業中にふと蘇り、顔が赤くなり手が止まる。ヒイラギはそんなマナを時折不思議そうな顔で見つめていた。
――私がヒイラギ様のお嫁さんに?
すぐ隣で収穫作業をしているヒイラギを見ていると邪念が渦巻く。確かにヒイラギは魅力的な男性でマナ自身も結婚適齢期ではあるのだが、結婚なんて遠い先の話だと思っていたし、お相手は自身と同じ平民だと思っていた。まさか自分が王族から求愛されるなんて、御伽話の主人公にでもなった気分だ。
「マナ、これは収穫しても大丈夫かな?」
ヒイラギが赤く熟れたトマトを指差し尋ねた。マナは数秒その声が耳に入らなかったが、じっとヒイラギに見つめられて我に返り、
「は、はい!もう大丈夫です!」
とやけに大きな声で返してしまった。ヒイラギはトマトをもぎ取りつつ、マナに微笑みかけた。
「マナ、どうしたの。心ここにあらずって感じだけど」
「あ、えと、そんなことは……!」
ヒイラギの麗しい顔を間近で見ていると求婚の言葉を思い出してしまい赤面する。しかし目を逸らすのは失礼に値する、控えめに目を合わせマナは言い訳がましく声を上げた。ヒイラギは収穫されたばかりのトマトが入ったカゴを地面に置くと、そっとマナの手を握った。
「――!?」
突然の事態に息が止まりそうになった。マナの真っ赤に染まった顔をヒイラギが覗き込んでくる。
「ねえ、どうしたの?本当に変だよ。体調でも悪いの?」
「違うんです!その……」
マナは心配そうな顔をするヒイラギと何とか目を合わせた。金色の瞳にマナが映り込んでいるのが見える。
「ヒイラギ様のお嫁さんに、っていうのが頭から離れなくて、その!少し集中できなかっただけです……」
情けないが正直な感情を吐露する。ヒイラギは一瞬きょとんとしていたが、やがてふふ、と笑っていた。
「そうなんだ。僕のお嫁さんになってって言われて、僕を意識しちゃったってことかな。嬉しいよ。君とはただのお友達で終わりたくないから」
「あ、は、はい……」
マナはふとヒイラギの手に目を落とし、今更ながら気がついた。彼のしなやかな指先や関節に切り傷が見えた。硬い葉や茎に触れることで傷になってしまう、農作業中ではよくあるものだった。しかし彼は王族、綺麗な手指に傷がつくなどあってはならない。
「ヒイラギ様、お怪我をされています」
「ん……ああ、そういえばさっき葉っぱでちょっと切っちゃったな」
「シンに治してもらいましょう。シンは腕がいいですから、こんな傷すぐに治しちゃいます」
「……」
ヒイラギはマナの提案に黙って首を横に振った。
「大丈夫だよ。マナだってこういう怪我をいちいち治してもらったりしてないでしょう。僕だけそんな特別扱いされるのは嫌だな」
「でも……」
「じゃあマナ、こうしよう」
ヒイラギは立てた人差し指をマナの唇に当て、片目を閉じると茶目っけたっぷりに笑った。
「もしも僕がこの前渡したハンドクリームを持ってたら、塗ってほしいな」
「あ、はい、それでよいのですか?」
「いいんだよ」
ヒイラギがくれたハンドクリームは常に持ち歩いていた。薔薇の芳しい香りがするクリームで、特に手が痛んでなくとも香りを楽しんでいた。マナがハンドクリームを取り出すと、ヒイラギはパッと顔を輝かせた。マナは心臓の拍動を感じながらハンドクリームをヒイラギの手に塗り広げた。畑の中では嗅ぐことのない薔薇の香りが鼻をくすぐる。
「大丈夫ですか?しみたりしませんか?」
「大丈夫だよ。ありがとう、マナ。君に塗ってもらったら手荒れなんかすぐに治っちゃうね」
そう言って笑う彼は陽光のもとに輝いて見えた。
マナがいつもどおり採れたての野菜を持ってシンの家を訪れると、シンのみならずヒイラギもいて少し面食らった。
「おはよう、マナ」
「おはようございます、ヒイラギ様」
輝くようなヒイラギの笑顔にマナは恐縮することしかできなかった。シンが淡々と朝食を作ってくれる中、ヒイラギはちょこちょこと所在なさげにキッチンを徘徊していた。シンの流れるような食事作りを興味深そうに眺めている。
「どうしたのですか、ヒイラギ様」
テーブルに座ったマナが声をかけると、ヒイラギは苦笑いをした。
「手伝いたいって言ったんだけど、手伝わせてもらえないんだ。でも、料理したいからさ」
「いかにも料理できなさそうなヤツを台所に立たせたらどうなるかわかるだろ」
シンは呆れた様子で三人分の朝食をテーブルに並べた。目玉焼きにパン、採れたての野菜のサラダ。シンプルだが美味しそうな上に手早く作ると来ている、明らかに不慣れなヒイラギの出る幕はないだろうなとマナは納得した。
三人はテーブルに座り、各々食事を始めた。ヒイラギの食事ぶりは本当に優雅で、王城で立派なブレックファストを食べている気分になる。マナが見惚れているとシンが声を上げた。
「ヒイラギ、お前昼間はどうするんだ。手持ち無沙汰だろう」
「うん、それなんだけど、マナのお手伝いをさせてもらいたいなって思ってるんだ」
「え、私の手伝いですか!?」
マナは目を見開いた。シンも意外だったのか、珍しく口を尖らせている。
「うん。あんな立派な野菜を作ってくれるんだもの、僕も手伝いたいなって思って」
「……やるならオレの手伝いはどうだ」
「え、シンの?」
シンの提案に、ヒイラギは見るからにしゅんとした。もしも彼の頭に猫か犬の耳が生えていたらぺたんと萎れてしまっているような、そんな露骨な変化だった。それを見たシンは頭をかいた。
「まぁ、確かにオレの手伝いといっても手伝ってもらうことなんかないんだけど」
「じゃあやっぱりマナのお手伝いをするよ!母上も食べ物を作る大変さを味わってこいって言ってたからね」
「……そうか……」
キラキラと目を輝かせるヒイラギの様子に、さすがのシンもそれ以上反対意見を口にすることはなかった。
マナの父は王城に野菜等を献上しに行き、マナは野菜や家畜の世話をする。普段どおりの行動だが、そこにヒイラギが加わるのは新たな体験だった。野菜の収穫や乳搾りといった作業は手や腰に負担をかける、本当に王族であるヒイラギにさせてよいのだろうか?とマナは遠慮していたが、
「大丈夫だよマナ!僕、体力に自信はあるから!任せて!」
と意気揚々としている彼のやる気を折るわけにもいかず、まずは簡単な作業からお願いすることにした。マナが乳搾りをしている中、牛舎の牛たちに牧草を運んでもらう。これも乾燥した牧草が手にチクチクと刺さったり意外と運びづらかったりするが、ヒイラギは嫌な顔一つせずに手伝ってくれた。
「ヒイラギ様、本当にありがとうございます!手、大丈夫ですか?」
「たまに牧草が刺さるくらいで全然問題ないよ」
「え!」
マナはヒイラギの手を取った。掌や手の甲にぽつぽつと切り傷や擦り傷ができている。後でシンに診てもらおうと一息つき、マナはヒイラギとともに絞った乳を容器に入れ、運んだ。重量がそれなりにあるものを運んでもらい大変ありがたいと思っている間にあっという間に時間が過ぎ、マナは腹を押さえた。ごく普通にお腹が空いた。
「ヒイラギ様、お腹空きませんか」
ヒイラギに声をかけると、彼の腹の虫がぐうぅ、と控えめながら主張した。くすりとマナが笑うと、ヒイラギは苦笑いを零した。
「……お腹、空いちゃったね」
「じゃあご飯作りますよ!ヒイラギ様、ほら!」
マナはヒイラギの手を引き、マナの家へと入っていく。リビングのテーブルに彼を座らせ、さて料理をとキッチンに向かうと、ヒイラギがそっと立ち上がりマナの隣に立った。
「ヒイラギ様?」
「もしもマナがよければ、料理を教えてほしいんだ。君と一緒にご飯を作りたい」
そう言って微笑む彼に、マナは慌てて手を振った。
「で、ですがヒイラギ様にお料理させるなんて」
「ううん、気にしないで。料理ができないよりできた方が便利でしょ?」
「まぁ……それは確かにそうですけど……」
マナの脳裏にシンが浮かんだ。彼は一人暮らしが長く、料理を含め家事全般が得意だ。彼のもとで学んだ方がと思ったが、キラキラした瞳でヒイラギに見つめられては無下にもできない。マナはサンドイッチを作ることにし、彼に具材を挟む等の簡単な作業をしてもらうことにした。
「火を使わなくても料理ってできるんだね。すごいな」
「そうなんですよ。村では色々と作業することが多いですから、簡単に済ませることが多くて」
「そうなんだ。面白いね、マナといると色んなことを教えてもらえるね」
マナの用意した具材を挟んでいる彼は、やたらと楽しそうだった。口笛でも吹き出しそうな彼の様子を見ているとマナまで楽しくなる。マナは普段の料理では感じられない楽しみを感じながら、彼と並んでサンドイッチを作っていた。
そうしてサンドイッチが出来上がり、茶を淹れて二人は昼食を摂ることにした。テーブルの対面に座る彼はホクホクと嬉しそうな顔をしていた。少し形の崩れたサンドイッチはヒイラギ作。何でもできそうな外見ながら慣れていない様子が微笑ましかった。
「いただきます。ありがとう、マナ」
サンドイッチにかぶりついたヒイラギは機嫌よさそうに笑っていた。今日は慣れない作業ばかりをしているはずだが疲れていたり辛そうな様子は微塵もない。意外とヒイラギは農作業に向いているのだろうか、と思っていると彼が口を開いた。
「そうだ、マナ」
「何ですか?」
「舞踏会に興味はない?」
「舞踏会……ですか?」
村では縁のない単語だが、少し前に王城のメイドたちから話を聞いたばかりだ。他の王族や貴族たちとの交流の場。王族であるヒイラギにとっては重要だろうが、何故平民であるマナに尋ねるのだろうか。マナは首を傾げた。
「興味があるない以前に、平民の私には関係のないことだと思いますが……」
「そんなことないよ。友達や結婚相手をお披露目する場所でもあるから、平民であっても招待することがあるんだ」
「そうなんですか」
「マナ」
何ともなしに返事をすると、ヒイラギの真剣な声が聞こえた。これまでとは明らかに空気の違う凛とした声にマナの背筋が伸びた。ヒイラギは食事の手を止め、マナを真っ直ぐ見つめている。
「僕はね、ゆくゆくはマナとシンを舞踏会に招待したいんだ」
「私とシンを?」
マナは以前王城で着せたもらったドレスを思い出した。もしも自分が舞踏会に行くのなら、あのとき着たようなドレスを着ることになるのだろうか。シンもきっとそれに準じた格好をするのだろう。舞踏会というのだから踊ることもあろうが何もかも想像の域を出ず、マナはうまく思い描くことができなかった。
「そう。シンは僕の友達として。そしてマナは」
ヒイラギは身を乗り出し、マナの手を取った。
「僕の婚約者として紹介したい」
「……えっ?」
マナは優雅に手を取られたまま呆気に取られていた。まさに唖然。婚約者、一瞬脳内を素通りした言葉がぐるぐると頭の中を巡っている。
「婚約者!?私が、ヒイラギ様の!?」
思わず大きな声を上げたマナをヒイラギは微笑んで見つめていた。
「そうだよ。もちろん本当に婚約者として紹介するなら母上と君の承諾も必要だけれど」
「え、え、え!?ど、どういうことですか?」
「そのままの意味だよ」
ヒイラギはマナの手の甲にそっと口付け、紳士の笑みを浮かべた。金色の瞳がマナを誠実に見つめている。
「僕は君をお嫁さんにしたいんだ。いずれは僕と王城で暮らしてほしい」
「え……えぇ……?」
マナの顔に火がつき、茹で上がらんばかりに赤く熱くなった。マナは自身の両手で頬に触れた。掌が冷たい。手の甲は先ほど彼に口付けされたことを覚えており、まだほんのり熱い気がする。
「ふふ、あまりにも急だったかな。でも、マナには知っておいてほしかったんだ、僕の気持ち。冗談なんかじゃない」
ヒイラギの声は伸びやかに響き、マナの体の芯にまで染み渡る心地だった。彼の眼差しはどこまでも真摯で、たちの悪い冗談を言っているようには見えなかった。
――僕は君をお嫁さんにしたいんだ。いずれは僕と王城で暮らしてほしい。
昼食後、マナはヒイラギとともに農作業を再開することとしたが、昼食の際言われた言葉が頭から離れなかった。無心で行う作業中にふと蘇り、顔が赤くなり手が止まる。ヒイラギはそんなマナを時折不思議そうな顔で見つめていた。
――私がヒイラギ様のお嫁さんに?
すぐ隣で収穫作業をしているヒイラギを見ていると邪念が渦巻く。確かにヒイラギは魅力的な男性でマナ自身も結婚適齢期ではあるのだが、結婚なんて遠い先の話だと思っていたし、お相手は自身と同じ平民だと思っていた。まさか自分が王族から求愛されるなんて、御伽話の主人公にでもなった気分だ。
「マナ、これは収穫しても大丈夫かな?」
ヒイラギが赤く熟れたトマトを指差し尋ねた。マナは数秒その声が耳に入らなかったが、じっとヒイラギに見つめられて我に返り、
「は、はい!もう大丈夫です!」
とやけに大きな声で返してしまった。ヒイラギはトマトをもぎ取りつつ、マナに微笑みかけた。
「マナ、どうしたの。心ここにあらずって感じだけど」
「あ、えと、そんなことは……!」
ヒイラギの麗しい顔を間近で見ていると求婚の言葉を思い出してしまい赤面する。しかし目を逸らすのは失礼に値する、控えめに目を合わせマナは言い訳がましく声を上げた。ヒイラギは収穫されたばかりのトマトが入ったカゴを地面に置くと、そっとマナの手を握った。
「――!?」
突然の事態に息が止まりそうになった。マナの真っ赤に染まった顔をヒイラギが覗き込んでくる。
「ねえ、どうしたの?本当に変だよ。体調でも悪いの?」
「違うんです!その……」
マナは心配そうな顔をするヒイラギと何とか目を合わせた。金色の瞳にマナが映り込んでいるのが見える。
「ヒイラギ様のお嫁さんに、っていうのが頭から離れなくて、その!少し集中できなかっただけです……」
情けないが正直な感情を吐露する。ヒイラギは一瞬きょとんとしていたが、やがてふふ、と笑っていた。
「そうなんだ。僕のお嫁さんになってって言われて、僕を意識しちゃったってことかな。嬉しいよ。君とはただのお友達で終わりたくないから」
「あ、は、はい……」
マナはふとヒイラギの手に目を落とし、今更ながら気がついた。彼のしなやかな指先や関節に切り傷が見えた。硬い葉や茎に触れることで傷になってしまう、農作業中ではよくあるものだった。しかし彼は王族、綺麗な手指に傷がつくなどあってはならない。
「ヒイラギ様、お怪我をされています」
「ん……ああ、そういえばさっき葉っぱでちょっと切っちゃったな」
「シンに治してもらいましょう。シンは腕がいいですから、こんな傷すぐに治しちゃいます」
「……」
ヒイラギはマナの提案に黙って首を横に振った。
「大丈夫だよ。マナだってこういう怪我をいちいち治してもらったりしてないでしょう。僕だけそんな特別扱いされるのは嫌だな」
「でも……」
「じゃあマナ、こうしよう」
ヒイラギは立てた人差し指をマナの唇に当て、片目を閉じると茶目っけたっぷりに笑った。
「もしも僕がこの前渡したハンドクリームを持ってたら、塗ってほしいな」
「あ、はい、それでよいのですか?」
「いいんだよ」
ヒイラギがくれたハンドクリームは常に持ち歩いていた。薔薇の芳しい香りがするクリームで、特に手が痛んでなくとも香りを楽しんでいた。マナがハンドクリームを取り出すと、ヒイラギはパッと顔を輝かせた。マナは心臓の拍動を感じながらハンドクリームをヒイラギの手に塗り広げた。畑の中では嗅ぐことのない薔薇の香りが鼻をくすぐる。
「大丈夫ですか?しみたりしませんか?」
「大丈夫だよ。ありがとう、マナ。君に塗ってもらったら手荒れなんかすぐに治っちゃうね」
そう言って笑う彼は陽光のもとに輝いて見えた。
