幼なじみと王子様が私を離してくれない
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#6 王子様の挑戦状
マナが目を覚ますと豪奢な天蓋が視界に入り、一瞬体が強張った。寝返りを打つと家のベッドとは違う極上の肌触りでなんだか恐縮してしまった。
朝の爽やかな光を浴びながらベッドから出たマナは、昨日何があったのかを思い出していた。乗馬中に落馬してしまい、そのまま眠り王城で夜を過ごしたのだった。父親は先に帰ったと聞いている、きっと心配しているだろう。早く帰らなきゃ。そう思い、着心地のいい寝巻きを惜しみながらも脱ごうとしたとき、
「おはようございます、マナ様。お目覚めでいらっしゃいますか?」
優雅なノックの音とともにメイドの声が聞こえた。
「はい、起きてます」
「入ってもよろしいでしょうか?」
「あ、どうぞ」
「失礼いたします」
静かに扉が開き、白と黒のツートンカラーの服を着たメイドが入ってきた。彼女はメイド服の裾をつまみ一礼をすると、マナのもとへやってきた。
「おはようございます、マナ様。よく眠れましたでしょうか」
「はい、おかげさまで。泊めていただいてありがとうございます」
「いえいえ。お礼はヒイラギ様になさってください」
慇懃なメイドをよく見ると、何か両手に抱えていた。服と化粧品のようだ。
「マナ様、ヒイラギ様より言伝を預かっております。もしマナ様がよろしければ、お化粧や我が城にあるドレスを着ていただいては、とのことでして」
「お化粧……ドレス……?」
メイドが部屋のクローゼットを開けると、そこにはずらりと色鮮やかなドレスが収納されていた。比較的動きやすそうなものから舞踏会で着るような正装まで種々様々、見ているだけでも飽きないくらいだ。メイドが鏡台に置いたのは化粧道具。鮮烈なアイシャドウやふわりとしたチーク等、存在は知っていても使ったことのない代物がたくさん並んでいた。マナはふわぁ、と間抜けな声を上げてしまった。
「えっと……興味はあるんですけど……でも、昨日からお世話になりっぱなしで……これ以上は」
「いいえ、気になさる必要はございません。他ならないヒイラギ様からのご要望です。お嫌でなければ、可愛らしく着飾ったマナ様にお会いになりたいと」
「ヒイラギ様が……」
マナの脳裏に純粋無垢に喜ぶヒイラギが浮かんだ。マナはこくりと頷いた。
それからメイドの手によるマナ大改造の時間が始まった。髪を梳かした後化粧を施し服を着せる。鏡台の前に座っているだけで少しずつ自分が変わっていく様を見るのは楽しかった。メイドも鼻歌混じりで楽しそうに見えた。
「私たちも嬉しいですわ。ヒイラギ様に同じ年頃のお友達ができるなんて」
作業中、メイドが歌うように話し始めた。マナは彼女の鮮やかな手なみを見守りつつも口を開いた。
「王城にはヒイラギ様と同じ年頃の方はいらっしゃらないのですか?」
「私たちメイドが一番年が近いのですよ。ですがメイドとヒイラギ様の間には埋められない身分差がございます。とても友達にはなれません」
「え、でも私も平民ですし、ヒイラギ様と身分の差があると思うのですが……」
そう言うと、メイドはいいえ、と否定した。
「マナ様は王城の外の方ですもの。ヒイラギ様に支える立場の私どもとは違いますわ」
「そうなんですかね……」
マナは不思議に思いつつ言葉を返した。そうです、とメイドは笑う。
「いずれヒイラギ様には舞踏会に出ていただかねばなりませんわ。それまでに同年代の方と仲良くなる練習が必要だと女王陛下も仰っておりました。マナ様がいてくださって本当によかったですわ」
「舞踏会?」
またも名前しか知らない単語が飛び出す。男女が正装を纏い優雅に踊る場というイメージしかないが、他にも何か意味があるのだろうか。
「ええ。舞踏会で知り合った王族や貴族の方とご結婚なさることもありますし、ご結婚が決まればそのお相手を披露する場でもありますわ。とても大事な場なんですよ。ぜひマナ様にもお越しいただきたいとヒイラギ様は仰ってましたわ」
「え?どうして私が?」
尋ねるとメイドはふふ、と笑った。にんまりと何か意味ありげな笑みを零すばかりで、マナの質問には答えてくれない。
「さあ、マナ様。準備ができましたわ。朝食も整えてあります、ぜひヒイラギ様とご一緒くださいませ」
「え、あ、はい。ありがとうございます」
鏡台に座っている自分は、普段村で農作業をする自分とはまるで別人のようだった。艶のある髪、化粧により華やかになった顔、明るい色の華美すぎないドレス。ただの村娘には到底不釣り合いなものを身につけている、ヒイラギに幻滅されないだろうか。不安に思いながら食卓に案内された。
「おはよう、マナ」
すでに食卓についていたヒイラギは、朝から眩い笑顔だった。彼は相変わらずどんなときでも美しい。青い髪が朝日に輝き目が眩むほどだった。彼と同じ食卓を囲むのも初めてではないのだが緊張する。特に今日は仕立てのいい服を着ている、万一汚したりしたらと思うと震える。
「ドレスもお化粧も可愛いね。よく似合ってるよ」
さらりと必殺の一言を言われ、マナの顔は火を吹かんばかりに赤くなった。王城に泊まることになってから驚くことばかりだ。
正直、朝食の味はよくわからなかった。村では食べられない豪勢な食事で味わいたかったが、喉を通り過ぎていくばかりで味を感じなかった。化粧をしたまま食事など初めてだったし、ドレスを汚してはならないと緊張しっ放しだった。
「マナ」
食事を終えると、ヒイラギに手を取られた。風雅な所作、舞踏会に招待されたかのような艶やかさにマナは息を呑んだ。
「じゃあ村に帰ろうか。送っていくよ」
「え?私一人で大丈夫ですが……」
「ううん、君のお父上にはきちんと謝らないと。マナが帰れなかったのは僕が原因だから」
恐縮したものの押し切られ、二人で馬車に乗り込み村へ帰ることになった。ドレスを返そうとしたが、
「気にしないで。メイドたちも母上もぜひ君に着てほしいって言っていたから」
と言われ、化粧に可愛らしいドレスを着たまま帰ることになった。ヒイラギと馬車で二人きり。マナは縮こまり膝の上で軽く拳を握っていた。
「マナ、そんなに緊張しなくていいよ」
「え、あ、緊張などしてません……」
なんとかそう返したところ、向かい側に座る彼の手が伸びた。マナの握り拳にそっとヒイラギの手が添えられる。
「やっぱり僕が王子だから緊張しちゃうのかな。僕はマナの友達だよ。シンに接するのと同じようにしてほしい」
「は、はい。善処します」
四角四面な回答にくすくすとヒイラギは笑った。その笑みは美しいを通り越して神々しく、マナは見惚れてしまった。
「ありがとう。マナは優しいね」
しばらく無言の時間が続いた。ヒイラギは頬杖をついて馬車の外の景色を眺めている。たったそれだけの仕草があまりにも絵になり、彼を眺めているだけで時間が溶けていくようだった。ヒイラギがふとマナに目を向けた。金色の瞳がマナを優しく見据えている。
「マナ、メイドたちから舞踏会の話は聞いたかな」
「舞踏会……ああ、お話がありました。貴族や王族の方たちと知り合う機会だと伺いましたが」
「そうなんだ。僕もいい年になってきたから、そろそろそういうのに呼ばれるようになるんだよね」
はあ、とヒイラギはため息をついた。彼にしては珍しく、露骨に嫌そうな顔をしていた。彼なら涼しい顔をして難なくこなしそうなだけに意外だ。
「知り合いのいない場所にいきなり放り込まれるのはね……もしよければ、マナとシンにも来てほしいよ」
「え、私とシンが、ですか?」
マナはシンを思い浮かべた。前回王城に行ったときのシャツとスラックスの姿はなかなか似合っていた。もう少し身なりを整えダンスの練習をすれば様になるだろう。彼は精悍で美麗な青年だ、すぐに舞踏会に馴染んでしまう気がする。本人からは「何を言ってるんだ」とでも言われそうだが。
「そうだよ。マナ、今の君はとても綺麗だ。舞踏会ではもっと綺麗なドレスを着るだろうから、もっと素敵な君が見られるね」
そっと手を取られ、口説き文句に近い台詞をさらりと言われた。マナの全身があっという間に火照り、
「も、もう!そんなおだてても何も出ませんよ!」
と誤魔化すので精一杯だった。
「おだててなんかないけどなぁ。本当に綺麗だし可愛いよ」
そうこう言う間に馬車はマナの村に辿り着いた。ヒイラギがため息をついたことにマナは気が付かなかった。
「……あれは」
日が高く昇るよき日和、シンは遠くからやってくる馬車に気が付いた。海上都市シバの国旗が掲げられた馬車には見覚えがある。ヒイラギだ。直感的に悟ったシンは馬車に駆け寄った。馬車はマナの家の前に停まり、中から二人出てきた。一人はヒイラギ。相変わらず青い髪と眩いほどの美貌が美しい。もう一人はマナだった。見慣れないふわりとしたシルエットの可憐な服を身に纏い、頬や目元に化粧を施しているのがすぐにわかった。シンはう、と息を呑んだ。
「シン!迎えに来てくれたの!?」
「ああ。お前、大丈夫か。……怪我したって聞いたけど」
ちらりとヒイラギに視線を向けながらマナに声をかけると、ヒイラギは申し訳なさそうに頭を下げた。
「マナに怪我をさせてしまったから、お詫びに送ることにしたんだ。シンにも心配をかけたね」
「……お前……」
シンはヒイラギを睨みつけた。マナの父親から聞いたことは事実だったらしい。先ほどまで忘れていたこめかみを焼くような感情が込み上げてくる。マナが二人の間に割って入った。
「ヒイラギ様もシンも!ねえ、お茶していきませんか。ヒイラギ様には送ってもらいましたし、シンも心配してくれたみたいだから」
「……マナがいいって言ってくれるなら、少しだけお邪魔しようかな?」
困り眉をしながらも否定はしないヒイラギを睨み、シンもこくりと頷いた。そうして三人はマナの家に入り、ヒイラギとシンはリビングのテーブルに座った。マナが茶を淹れる様子をちらりと見た後、シンは口を開いた。
「マナの父親から聞いた。マナ、王城で怪我をしたらしいな」
シンのいつになく真剣な口調に、ヒイラギは目を伏せた。それまで纏っていた明るい雰囲気が引っ込み、重苦しい空気が漂う。
「……うん。僕のせいだ。軽く考えて馬に乗ってみたら、なんて言ったから」
「そうか」
シンは腕を組み、ヒイラギを真っ直ぐ睨んだ。ヒイラギは鋭い視線を真っ向から受け止めている。マナが二人分の茶をテーブルに置いたときには、二人の間に並々ならぬ緊張感が漂っていた。
「覚えておけ。もし今度マナに何かあったらオレが許さない。やっぱりマナにはオレがついていないといけないな」
「うん、ぜひそうしてほしい。シンとももっと話したいからね。それにしても」
ヒイラギはマナが置いたカップを手に取り、苦笑いながらも微笑んだ。
「シンはマナを大切にしているんだね。……少し羨ましいよ」
「当たり前だ。マナは大切な幼なじみだ。マナに危害を加えるヤツは、たとえ王族であっても許さない」
二人の会話を聞き、マナはシンの隣に座ると慌てて手を振った。
「シン、そんな大袈裟なことじゃないんだよ!ヒイラギ様の馬に乗せてもらったら振り落とされちゃっただけで……ヒイラギ様は何も悪くないんだから」
「……」
押し黙るシンに、マナはなおも言葉を続ける。
「私を心配してくれるのは嬉しいけど、ヒイラギ様に何かされたわけじゃないの。だからシンも抑えて、ね?」
「……お前がそこまで言うなら」
それでもシンの心は落ち着かず、思わずムスッと黙り込んでしまった。そんな様子のシンを見ていたヒイラギはくすりと笑う。
「マナ、僕は羨ましいよ。こんなに心配してくれる人がいて。シン、君ともっと話してみたくなったな。今度から二人で王城においでよ。歓迎するよ」
「馬にはもう乗せるなよ」
「当たり前だよ」
ぼそりと、しかし低く釘を刺したシンの一言にヒイラギは苦笑しつつ頷いた。
「実は母上からしばらく村にいてはどうかと言われていてね」
ヒイラギから衝撃的な言葉が漏れたのは、ティータイムが終わりに差し掛かった頃だった。シンもマナも目を見開いてしまった。
「この村には空き家が一つあるらしいね。そちらに住んでみてはと言われて」
「……お前、家事とかできるのか?一人暮らしの経験は?」
シンが尋ねるとヒイラギは顎に手を当てうーん、と思案した。
「王城の外で暮らしたことはないけれど、家事はメイドたちから教えてもらったよ。だからきっと大丈夫」
あっけらかんと答えるヒイラギの周囲には妙な花が咲いているようだった。シンはマナと顔を見合わせた。流石のマナも困った顔をしていた。
「その様子じゃ、一人暮らしは難しそうだな。ヒイラギ、オレのところにいるといい。オレが少しずつ教えてやる」
ということで、ヒイラギは急遽シンと一つ屋根の下で暮らすことになった。マナの家を後にする際、マナから近所の子供を心配するような目で見つめられた。
「シン、本当に大丈夫?なんならうちにいてもらってもいいんだよ?」
「いや、それは駄目だ」
マナは父親と二人暮らし、一人暮らしのシンの家と大差ない広さの家にさらにもう一人追加するのは無謀だろう。恋人や夫婦でもない異性同士が同じ空間にいるのもあまりよろしくないとも説き伏せ、結局ヒイラギはシンの家に居候することになった。
「ありがとう、シン。村の家ってこんな感じなんだね」
シンの家に一歩足を踏み入れたヒイラギは、興味津々といった様子で内部を見回していた。一階はキッチンが近くにあるリビングダイニング、テーブルにソファー。二階にはシンの寝室がある。ヒイラギには寝室を譲ることにして、自分はソファーで寝ればいいだろう。
ぐうぅ。
ヒイラギの腹の虫が鳴った。王族であっても同じ人間なのだなとシンは納得しつつ、苦笑いをするヒイラギに声をかけた。
「そろそろ飯時だな。何か作る」
「僕もお手伝いできないかな」
「とりあえず見てるだけでいい。いきなり何かするのは大変だ」
そうしてシンはヒイラギの視線を感じながら料理を始めた。野菜の皮を剥いたり切ったり煮たり……やることは普段の食事作りとなんら代わりないが、誰かに見られていると変に力が入る。マナの場合は大人しく待っていてくれた、料理中の様子を誰かに見られるのは地味に初めての経験だ。シンは妙な居心地の悪さを感じながらスープを作りベーコンを焼き、パンを切り分けた。二人分の食事を食卓に並べると、ヒイラギはすごいね、と零していた。
「王城の食事と比べると質素だろうけど。とりあえず食え」
「ありがとうシン。いただきます」
男二人、テーブルに向かい合って食事をする。これは一体どういう状況なんだ、とシンは不思議と冷静だった。ヒイラギは流石王族、質素な食事でも麗しい仕草で食べており、同じものを食べているようには見えなかった。
「ところで、何で村にいることになったんだ。しばらくってどれくらいだ」
料理中に頭から消えなかった疑問を早速口にする。食事の手を止めたヒイラギは、口元を綻ばせつつも真剣な顔だった。
「僕から母上に進言したんだよ。僕の社会勉強にもなるからってね」
「社会勉強……?」
「うん。僕はいずれ国王になるけれど、その前に治めている村や街のことを知っておいた方がいいからね」
なるほどとシンが納得していると、ヒイラギは茶目っ気たっぷりに笑った。
「……っていうのが表向きの理由。本当は二人ともっと仲良くなりたいっていうのが大きな理由。それと、お嫁さん探しといったところかな」
「嫁?王族が平民と結婚することがあるのか?」
シンの脳裏には綺麗なドレスを着込んだいかにもな令嬢が思い浮かんだ。あくまでもイメージだが、王族が村娘と結婚するところが想像できなかった。
「あるよ。現に僕の祖父は村のお嬢さんと結婚したんだよ。村に視察に行ったときに仲良くなったんだって」
「……」
村娘と王族の結婚。まさに隣家には結婚適齢期の村娘がいるではないか。シンは落ち着きなくスプーンをスープ皿に浮き沈みさせていた。
「僕はマナを王城に迎え入れたいんだ。もちろんマナの意思を尊重するけどね。優しくて気立てがよくて可愛い、素敵な子だ。僕のお嫁さんになってほしい」
「……マナと結婚するなら、父親の許しがいるな。オレだって放ってはおけない」
シンは金色の瞳を鋭く細め、ヒイラギを睨んだ。彼も不敵な笑みを浮かべシンを迎えうつ。
「ふふ、やっぱりシンはマナのこと好きなんだね」
「……!」
好き。これまで頭の片隅にはあっても口にしてこなかった言葉。改めて聞かされるとこそばゆい。シンは一瞬目を逸らしたが、改めてヒイラギを真っ直ぐ見つめた。
「……ああ、そうだ。オレはあいつの幼なじみだ。お前よりあいつのことを知ってる。お前の嫁になんかさせない」
「これは強敵だな。確かに僕よりも積み重ねたものがありそうだ」
ヒイラギはほんの少しおどけた様子を見せつつも、パンをちぎり口に運んだ。彼は行儀よく食事を済ませた直後テーブルに両肘をつき身を乗り出し、シンを上目遣いで睨んだ。柔らかい口元も眼光の鋭さで怪しい笑みを浮かべているように見えてしまう。
「でも、僕だって負けないよ。君のことは友達だと思ってるけど、マナに関してはライバルだ。譲るつもりなんてないからね」
男二人の同居生活。気楽なものかと考えていたが、思いのほか火花散る日々になりそうだ。シンはヒイラギの挑戦者の瞳を真っ直ぐ受け止めていた。
