幼なじみと王子様が私を離してくれない
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#5 王子様の懐の中
体調を崩していたマナだったが、一日幼なじみに甘えて休んだおかげですっかり元気になった。取引のため父親と王城に参じたところ、笑顔のヒイラギに出迎えられた。
「よかった、元気になったんだね!」
ヒイラギの部屋に招かれたマナは、真っ先に彼に手を取られた。ヒイラギは子供のような笑顔を浮かべていた。
「心配してたんだ、手紙を書こうかと思ってたんだよ。体調が元に戻ってよかったよ」
「ご心配いただきありがとうございます」
ヒイラギの満面の笑みにつられ、マナも笑った。たった一度体調不良で取引に同行できなかっただけだが、ここまで心配されるとは。シバの王族に心配される立場になるとは恐れ入る。
ヒイラギは傷一つないマナの手を見るとしみじみと呟いた。
「手も綺麗になったね」
「あ、これはシンが気功で治してくれたんです」
「そうなんだ。彼は本当に腕のいいモンクなんだね。うちの王城にいてほしいくらいだ」
「ええ。シンがいてくれて大助かりです。看病もしてくれたんですよ」
そう言うと、ヒイラギは苦笑いを見せた。
「そうか……シンが羨ましいよ。僕も王子じゃなければ、マナのお見舞いや看病だってできたのに」
「そんな!ヒイラギ様のお手を煩わせるなんてできませんよ!」
二人は顔を見合わせともに笑った。ヒイラギはマナの手を取り、優雅に声をかけた。
「ねえ、マナ。少し時間あるかな?もしよかったら、少し乗馬でもどう?」
「乗馬……ですか?」
マナの脳裏には馬車を引く馬が浮かんだ。マナの村では馬は荷物を引くもので、馬に乗る光景が思い浮かばない。
「そう。いつもどおりお茶でもいいんだけれど、今日は趣向を変えて……どうかな?」
ヒイラギの微笑みには嫌味がなく、マナを自然に誘っている。マナは首を傾げた。
「でも……ご迷惑では」
「そんなことないよ。母上も好きに過ごしなさいと言ってくれているし。マナさえよければ」
ヒイラギのキラキラとした金色の眼差しと未経験の事象に対する興味。マナはこくりと頷いていた。
「こっちだよ、マナ」
ヒイラギとともにやってきたのは、美しい芝生が目に優しい庭だった。庭といってもその広さはかなりのもので、乗馬をする場所と手入れされた花々が咲き誇る庭園が同居している。あまりの広さにマナははぁー、と間抜けな声を上げてしまった。
ヒイラギの後ろをついて歩くと一頭の馬が芝生を歩いているのが見えた。芝生を切り取るような白い毛並みが美しく、一目見て村の馬とは違うと悟った。すらりとした体躯と優しい目つきがヒイラギに似ているなと感じた。
「この子はエリンっていうんだ。エリン、今日はこちらのお嬢さんを乗せてあげてね」
白い馬の背中を撫でるヒイラギは絵画のようで、まさに「白馬の王子様」といったところ。彼がこの馬に乗って誰かの元に駆けつければお伽話が始まりそうだ。
エリンと呼ばれた白い馬はじっとマナを見つめた。好奇の眼差し、見慣れないマナを品定めしている空気を感じた。マナの背筋は自然と伸びていた。
「じゃあマナ、やってみようか。大丈夫。エリンは優しい子だから」
「は、はい!」
村で馬車を引く馬は見慣れているが、馬に直接乗るのは初めてだ。マナは緊張しながらヒイラギの言うとおりに手綱を手に取り、恐々とエリンの背に乗った。
「わ、高い……!」
エリンの背に乗り見下ろす目線が思ったよりも高く、マナは思わず声を上げた。男性の中でも長身だろうヒイラギを見下ろしている。ヒイラギは穏やかな目でマナを見つめていた。
「初めてだと少し怖いかな?少しずつ慣れていけば大丈夫だから」
そうヒイラギが声をかけた瞬間、エリンがマナを乗せたまま駆け出した。突然のことにマナは驚き、反射的にエリンの首にしがみついてしまった。
「エリン!」
ヒイラギの鋭い呼びかけにも応じず、エリンはマナを振り落とさん勢いで駆けていく。マナは懸命にエリンに縋り付いたが馬の力には敵わず落馬してしまった。天地がひっくり返る感覚とともに背中から落ち、痛みを覚えているとヒイラギが駆け寄ってきた。
「マナ!マナ、大丈夫!?」
「いたた……」
痛みに呻いていると血相を変えたヒイラギに姫の如く抱き抱えられていた。痛みが一瞬で引き、マナは顔を赤らめた。
「え、えっ!?ヒイラギ様!?」
「ちょっと我慢しててね、一度部屋に!」
今度はヒイラギの首に縋りつきながら、マナは息が止まる心地だった。
「今のところ背中を打った打撲程度で済んでいます。もし今後痛みが増すようなら、またご相談ください」
ヒイラギの部屋で、マナは王城お抱えのモンクに治療してもらった。シンに負けない腕前で、彼の気功で背中の痛みはあっさり消え去った。
「よかった……ありがとうございました」
ヒイラギが頭を下げるとモンクも深々と礼をし、
「いえいえ、ヒイラギ様の客人に何かあってはいけませんから。少しでも異常があればまたお知らせくださいね」
マナにちらりと目配せした。マナも礼をすると、モンクはそっと部屋を後にした。ふぅ、とヒイラギが息をつく音が響いた。
「マナ、ごめんね」
普段ヒイラギが寝ているだろう豪奢なベッドにすとんと座らされ、マナは恐縮しきっていた。ふるふると首を振る。
「あ、いえ、そんな気になさらないでください。気功で痛みは消えましたし……」
「いいや、ダメだよ」
ヒイラギはとん、とマナをベッドに押し倒した。彼の青い髪が優しくマナに垂れ下がる。天蓋を覆い尽くしヒイラギに見下ろされている状態に、マナは息を呑んだ。
「少し休んでいって。大丈夫、僕がそばにいてあげるから」
ヒイラギはそっとベッドを下り、近くにある椅子に座った。彼の優しい笑みとともに手を取られる。穏やかな体温がじわりと沁み、マナは顔を赤らめた。
「ごめんね、マナ。エリンも女の子だから、ちょっと焼きもちを焼いちゃったみたいだ。他の人にはこんなことなかったから油断してたよ。本当にごめん」
「いえ、ヒイラギ様のせいでは……確かにエリンちゃん、警戒してる感じでしたね」
くすりとマナは笑った。こんなに美しいヒイラギだ、恋する乙女も多数いることだろう。そのたびにエリンは内心穏やかでなかったに違いない。その心情を想像すると微笑ましい。……背中をしたたかに打つ羽目になるのは予想外だったが。
「……ヒイラギ様……」
「どうしたの?」
「なんだか……少し眠たくなってきまして……私、一度帰ります……」
「ううん」
ヒイラギはマナの手をぎゅっと握ると、ゆるゆると首を横に振った。
「ゆっくり休んで。慣れないことをして疲れたんだよ」
それでも起き上がろうとするマナの額に触れ、ヒイラギは優しく微笑む。彼の穏やかな眼差しに見つめられていると、眠くなってくる。マナは重くなる瞼を開くことができず、柔らかなベッドの中で意識を失っていった。
心地いい。穏やかなぬくもりに抱きしめられている感覚がある。まるで子供を寝かしつける親のような……。
マナは眠りから目を覚まし、何度か瞬きをした。美しい天蓋が目に入り、ふと横を見ると、
「おはよう、マナ。起きた?」
微笑みを浮かべるヒイラギがいた。彼に腕枕をされて眠っていたと気付き、マナは息が止まるのを感じた。
「!?」
体が強張り目が見開く。ヒイラギはマナの率直な反応を見てくすくすと笑った。
「昔体調を崩したとき、母上が一緒に寝てくれたのを思い出してさ。そばにいたらよく眠れるかなって思ったんだけど」
「は、はい!よく眠れました!目もパッチリ覚めました!」
「ふふ、それはよかったよ」
可笑しそうに笑うヒイラギの表情は素朴で、王子らしくはないが魅力的だった。肝心のマナはその魅力を感じる余裕はなかったのだが。
「もしかして父を待たせてます!?私、帰ります!」
勢いよく起き上がると、寝転んだままのヒイラギに手首を掴まれた。その力は優しく、マナを諭すような触れ方だった。
「お父上は先に帰られたよ。それに、見てごらん。もう暗くなってきてる」
ヒイラギに言われ窓に目を遣ると、夕日が物悲しい光を湛えていた。今から帰ると夜間に外を出歩くことになる。
「今日はここに泊まっていって。母上も来客用の部屋を使っていいって言ってたよ。疲れて寝ちゃったのも僕のせいなんだし」
「え、えええ!?で、でも私などがお邪魔するなんて……!」
「いいんだよ。母上も心配してたよ。暗い中女の子を一人帰らせるわけにはいかないって。何かあったらいけないし、服もご飯もこっちで用意するから心配しないで」
「え、う……」
ヒイラギの言っていることは正論で、どこにも反論の余地はなかった。正直、薄暮の中村まで帰るのは心許ない。マナは重苦しく感じながらも、
「わかりました。今日はこちらに泊まらせていただきます……」
と頭を下げることしかできなかった。
王城に泊まることになったマナは、王族の生活の一端を目の当たりにすることとなった。村ではお目にかかれない豪華な食事、通された来客用の部屋も広くゆとりのある空間で再度驚くこととなった。メイドから手渡された寝巻きは肌触りのいい絹のワンピースで、自分などが着てもいいのだろうかと緊張してしまう。
すっかり夜も更け静寂が部屋に落ちる頃、コンコンとノックされた。誰だろうと思いながらマナは返事をした。
「はい」
「ヒイラギだよ。入っていいかな?」
「あ、はい。大丈夫です」
意外に思いながらも口にすると、ヒイラギが入ってきた。彼はにこりと笑うと失礼するね、と言いベッドに腰掛けるマナに近付く。
「隣、座ってもいいかな?」
「はい、どうぞ」
隣に腰掛けたヒイラギは、マナの瞳を真っ直ぐ見据えた。金色の瞳がしっとりと輝き、落ち着いた雰囲気を放つ。
「今日はお疲れ様、マナ。どうかな、何か困ったことはない?」
「あ、いいえ……むしろ、お食事から服までご用意いただいて大変ありがたいです」
「いやいや、これくらい当然だよ。いつもご飯は母上と食べてたから、マナがいてくれて楽しかった」
「そう、ですか?」
「そうだよ」
確かに思い返してみれば、食事の際ヒイラギはあれやこれやとマナに話しかけてくれた。機嫌よく話していたように見え、女王も微笑ましく眺めているようだった。よく食事をともにするシンは口数が少なく、対照的だなと微笑ましくなった。
「寝巻きもどうかな。メイドに選んでもらったんだけど、大きさとか着心地とか問題ない?」
「はい、ちょうどいいです。こんな手触りのいい服を着たのは初めてです」
「そうか、よかった。メイドたちも女の子に服を選ぶ機会なんかほとんどないから楽しそうでね。マナがよければ色んなドレスを着てほしい、お化粧とかもしたいって言ってたよ」
「お化粧、ですか」
マナは村の生まれ、泥臭い農作業をすることもあり化粧とは無縁の生活を送ってきた。メイドたちや女王からは嫌味のないいい匂いがしていたが、化粧の匂いだろうか。ヒイラギのいる王城は村とは全く違う環境だと改めて実感する。
「マナが取引に来てくれてよかった。同じ年頃の友達ができて嬉しいよ。今後とも僕と仲良くしてくれると嬉しいな」
身を乗り出して尋ねる彼は神秘的ながらも可愛らしく、マナは素直にこくりと頷いた。
夕日が美しい村にマナの父親が一人で帰ってきた。不審に思ったシンが尋ねると、マナは王城に泊まったとのことだった。
「どうしてマナ一人で泊まることに?」
「馬に乗っていたら怪我をしてしまって、その治療をしていたら疲れて眠ってしまったようなんだ。連れて帰ろうと思ったんだが、寝かせてやりたいし先に帰ってくれと言われて帰ってきたんだ」
「マナが怪我を!?」
シンは反射的に大きな声を上げてしまった。彼女は農作業や薪割りといった肉体労働をよくしている、細かな切り傷や擦り傷は日常茶飯事だが、「王城にいるときに怪我をした」というのは聞き流すことができなかった。シンは歯噛みした。自分がいればすぐに治療にあたったのに。王城には腕のいいモンクがいるだろうが心配だった。シンの様子を見、父親は慌てて手を振った。
「怪我の心配はしなくていいよ。帰る前に様子を見たが、見えるところに怪我はなかったし痛みもないようだったから」
「それならいいんですけど」
そう言いながら、シンは拳を握りしめていた。あの麗しい王子に煮えたぎる感情を抱いた瞬間だった。
体調を崩していたマナだったが、一日幼なじみに甘えて休んだおかげですっかり元気になった。取引のため父親と王城に参じたところ、笑顔のヒイラギに出迎えられた。
「よかった、元気になったんだね!」
ヒイラギの部屋に招かれたマナは、真っ先に彼に手を取られた。ヒイラギは子供のような笑顔を浮かべていた。
「心配してたんだ、手紙を書こうかと思ってたんだよ。体調が元に戻ってよかったよ」
「ご心配いただきありがとうございます」
ヒイラギの満面の笑みにつられ、マナも笑った。たった一度体調不良で取引に同行できなかっただけだが、ここまで心配されるとは。シバの王族に心配される立場になるとは恐れ入る。
ヒイラギは傷一つないマナの手を見るとしみじみと呟いた。
「手も綺麗になったね」
「あ、これはシンが気功で治してくれたんです」
「そうなんだ。彼は本当に腕のいいモンクなんだね。うちの王城にいてほしいくらいだ」
「ええ。シンがいてくれて大助かりです。看病もしてくれたんですよ」
そう言うと、ヒイラギは苦笑いを見せた。
「そうか……シンが羨ましいよ。僕も王子じゃなければ、マナのお見舞いや看病だってできたのに」
「そんな!ヒイラギ様のお手を煩わせるなんてできませんよ!」
二人は顔を見合わせともに笑った。ヒイラギはマナの手を取り、優雅に声をかけた。
「ねえ、マナ。少し時間あるかな?もしよかったら、少し乗馬でもどう?」
「乗馬……ですか?」
マナの脳裏には馬車を引く馬が浮かんだ。マナの村では馬は荷物を引くもので、馬に乗る光景が思い浮かばない。
「そう。いつもどおりお茶でもいいんだけれど、今日は趣向を変えて……どうかな?」
ヒイラギの微笑みには嫌味がなく、マナを自然に誘っている。マナは首を傾げた。
「でも……ご迷惑では」
「そんなことないよ。母上も好きに過ごしなさいと言ってくれているし。マナさえよければ」
ヒイラギのキラキラとした金色の眼差しと未経験の事象に対する興味。マナはこくりと頷いていた。
「こっちだよ、マナ」
ヒイラギとともにやってきたのは、美しい芝生が目に優しい庭だった。庭といってもその広さはかなりのもので、乗馬をする場所と手入れされた花々が咲き誇る庭園が同居している。あまりの広さにマナははぁー、と間抜けな声を上げてしまった。
ヒイラギの後ろをついて歩くと一頭の馬が芝生を歩いているのが見えた。芝生を切り取るような白い毛並みが美しく、一目見て村の馬とは違うと悟った。すらりとした体躯と優しい目つきがヒイラギに似ているなと感じた。
「この子はエリンっていうんだ。エリン、今日はこちらのお嬢さんを乗せてあげてね」
白い馬の背中を撫でるヒイラギは絵画のようで、まさに「白馬の王子様」といったところ。彼がこの馬に乗って誰かの元に駆けつければお伽話が始まりそうだ。
エリンと呼ばれた白い馬はじっとマナを見つめた。好奇の眼差し、見慣れないマナを品定めしている空気を感じた。マナの背筋は自然と伸びていた。
「じゃあマナ、やってみようか。大丈夫。エリンは優しい子だから」
「は、はい!」
村で馬車を引く馬は見慣れているが、馬に直接乗るのは初めてだ。マナは緊張しながらヒイラギの言うとおりに手綱を手に取り、恐々とエリンの背に乗った。
「わ、高い……!」
エリンの背に乗り見下ろす目線が思ったよりも高く、マナは思わず声を上げた。男性の中でも長身だろうヒイラギを見下ろしている。ヒイラギは穏やかな目でマナを見つめていた。
「初めてだと少し怖いかな?少しずつ慣れていけば大丈夫だから」
そうヒイラギが声をかけた瞬間、エリンがマナを乗せたまま駆け出した。突然のことにマナは驚き、反射的にエリンの首にしがみついてしまった。
「エリン!」
ヒイラギの鋭い呼びかけにも応じず、エリンはマナを振り落とさん勢いで駆けていく。マナは懸命にエリンに縋り付いたが馬の力には敵わず落馬してしまった。天地がひっくり返る感覚とともに背中から落ち、痛みを覚えているとヒイラギが駆け寄ってきた。
「マナ!マナ、大丈夫!?」
「いたた……」
痛みに呻いていると血相を変えたヒイラギに姫の如く抱き抱えられていた。痛みが一瞬で引き、マナは顔を赤らめた。
「え、えっ!?ヒイラギ様!?」
「ちょっと我慢しててね、一度部屋に!」
今度はヒイラギの首に縋りつきながら、マナは息が止まる心地だった。
「今のところ背中を打った打撲程度で済んでいます。もし今後痛みが増すようなら、またご相談ください」
ヒイラギの部屋で、マナは王城お抱えのモンクに治療してもらった。シンに負けない腕前で、彼の気功で背中の痛みはあっさり消え去った。
「よかった……ありがとうございました」
ヒイラギが頭を下げるとモンクも深々と礼をし、
「いえいえ、ヒイラギ様の客人に何かあってはいけませんから。少しでも異常があればまたお知らせくださいね」
マナにちらりと目配せした。マナも礼をすると、モンクはそっと部屋を後にした。ふぅ、とヒイラギが息をつく音が響いた。
「マナ、ごめんね」
普段ヒイラギが寝ているだろう豪奢なベッドにすとんと座らされ、マナは恐縮しきっていた。ふるふると首を振る。
「あ、いえ、そんな気になさらないでください。気功で痛みは消えましたし……」
「いいや、ダメだよ」
ヒイラギはとん、とマナをベッドに押し倒した。彼の青い髪が優しくマナに垂れ下がる。天蓋を覆い尽くしヒイラギに見下ろされている状態に、マナは息を呑んだ。
「少し休んでいって。大丈夫、僕がそばにいてあげるから」
ヒイラギはそっとベッドを下り、近くにある椅子に座った。彼の優しい笑みとともに手を取られる。穏やかな体温がじわりと沁み、マナは顔を赤らめた。
「ごめんね、マナ。エリンも女の子だから、ちょっと焼きもちを焼いちゃったみたいだ。他の人にはこんなことなかったから油断してたよ。本当にごめん」
「いえ、ヒイラギ様のせいでは……確かにエリンちゃん、警戒してる感じでしたね」
くすりとマナは笑った。こんなに美しいヒイラギだ、恋する乙女も多数いることだろう。そのたびにエリンは内心穏やかでなかったに違いない。その心情を想像すると微笑ましい。……背中をしたたかに打つ羽目になるのは予想外だったが。
「……ヒイラギ様……」
「どうしたの?」
「なんだか……少し眠たくなってきまして……私、一度帰ります……」
「ううん」
ヒイラギはマナの手をぎゅっと握ると、ゆるゆると首を横に振った。
「ゆっくり休んで。慣れないことをして疲れたんだよ」
それでも起き上がろうとするマナの額に触れ、ヒイラギは優しく微笑む。彼の穏やかな眼差しに見つめられていると、眠くなってくる。マナは重くなる瞼を開くことができず、柔らかなベッドの中で意識を失っていった。
心地いい。穏やかなぬくもりに抱きしめられている感覚がある。まるで子供を寝かしつける親のような……。
マナは眠りから目を覚まし、何度か瞬きをした。美しい天蓋が目に入り、ふと横を見ると、
「おはよう、マナ。起きた?」
微笑みを浮かべるヒイラギがいた。彼に腕枕をされて眠っていたと気付き、マナは息が止まるのを感じた。
「!?」
体が強張り目が見開く。ヒイラギはマナの率直な反応を見てくすくすと笑った。
「昔体調を崩したとき、母上が一緒に寝てくれたのを思い出してさ。そばにいたらよく眠れるかなって思ったんだけど」
「は、はい!よく眠れました!目もパッチリ覚めました!」
「ふふ、それはよかったよ」
可笑しそうに笑うヒイラギの表情は素朴で、王子らしくはないが魅力的だった。肝心のマナはその魅力を感じる余裕はなかったのだが。
「もしかして父を待たせてます!?私、帰ります!」
勢いよく起き上がると、寝転んだままのヒイラギに手首を掴まれた。その力は優しく、マナを諭すような触れ方だった。
「お父上は先に帰られたよ。それに、見てごらん。もう暗くなってきてる」
ヒイラギに言われ窓に目を遣ると、夕日が物悲しい光を湛えていた。今から帰ると夜間に外を出歩くことになる。
「今日はここに泊まっていって。母上も来客用の部屋を使っていいって言ってたよ。疲れて寝ちゃったのも僕のせいなんだし」
「え、えええ!?で、でも私などがお邪魔するなんて……!」
「いいんだよ。母上も心配してたよ。暗い中女の子を一人帰らせるわけにはいかないって。何かあったらいけないし、服もご飯もこっちで用意するから心配しないで」
「え、う……」
ヒイラギの言っていることは正論で、どこにも反論の余地はなかった。正直、薄暮の中村まで帰るのは心許ない。マナは重苦しく感じながらも、
「わかりました。今日はこちらに泊まらせていただきます……」
と頭を下げることしかできなかった。
王城に泊まることになったマナは、王族の生活の一端を目の当たりにすることとなった。村ではお目にかかれない豪華な食事、通された来客用の部屋も広くゆとりのある空間で再度驚くこととなった。メイドから手渡された寝巻きは肌触りのいい絹のワンピースで、自分などが着てもいいのだろうかと緊張してしまう。
すっかり夜も更け静寂が部屋に落ちる頃、コンコンとノックされた。誰だろうと思いながらマナは返事をした。
「はい」
「ヒイラギだよ。入っていいかな?」
「あ、はい。大丈夫です」
意外に思いながらも口にすると、ヒイラギが入ってきた。彼はにこりと笑うと失礼するね、と言いベッドに腰掛けるマナに近付く。
「隣、座ってもいいかな?」
「はい、どうぞ」
隣に腰掛けたヒイラギは、マナの瞳を真っ直ぐ見据えた。金色の瞳がしっとりと輝き、落ち着いた雰囲気を放つ。
「今日はお疲れ様、マナ。どうかな、何か困ったことはない?」
「あ、いいえ……むしろ、お食事から服までご用意いただいて大変ありがたいです」
「いやいや、これくらい当然だよ。いつもご飯は母上と食べてたから、マナがいてくれて楽しかった」
「そう、ですか?」
「そうだよ」
確かに思い返してみれば、食事の際ヒイラギはあれやこれやとマナに話しかけてくれた。機嫌よく話していたように見え、女王も微笑ましく眺めているようだった。よく食事をともにするシンは口数が少なく、対照的だなと微笑ましくなった。
「寝巻きもどうかな。メイドに選んでもらったんだけど、大きさとか着心地とか問題ない?」
「はい、ちょうどいいです。こんな手触りのいい服を着たのは初めてです」
「そうか、よかった。メイドたちも女の子に服を選ぶ機会なんかほとんどないから楽しそうでね。マナがよければ色んなドレスを着てほしい、お化粧とかもしたいって言ってたよ」
「お化粧、ですか」
マナは村の生まれ、泥臭い農作業をすることもあり化粧とは無縁の生活を送ってきた。メイドたちや女王からは嫌味のないいい匂いがしていたが、化粧の匂いだろうか。ヒイラギのいる王城は村とは全く違う環境だと改めて実感する。
「マナが取引に来てくれてよかった。同じ年頃の友達ができて嬉しいよ。今後とも僕と仲良くしてくれると嬉しいな」
身を乗り出して尋ねる彼は神秘的ながらも可愛らしく、マナは素直にこくりと頷いた。
夕日が美しい村にマナの父親が一人で帰ってきた。不審に思ったシンが尋ねると、マナは王城に泊まったとのことだった。
「どうしてマナ一人で泊まることに?」
「馬に乗っていたら怪我をしてしまって、その治療をしていたら疲れて眠ってしまったようなんだ。連れて帰ろうと思ったんだが、寝かせてやりたいし先に帰ってくれと言われて帰ってきたんだ」
「マナが怪我を!?」
シンは反射的に大きな声を上げてしまった。彼女は農作業や薪割りといった肉体労働をよくしている、細かな切り傷や擦り傷は日常茶飯事だが、「王城にいるときに怪我をした」というのは聞き流すことができなかった。シンは歯噛みした。自分がいればすぐに治療にあたったのに。王城には腕のいいモンクがいるだろうが心配だった。シンの様子を見、父親は慌てて手を振った。
「怪我の心配はしなくていいよ。帰る前に様子を見たが、見えるところに怪我はなかったし痛みもないようだったから」
「それならいいんですけど」
そう言いながら、シンは拳を握りしめていた。あの麗しい王子に煮えたぎる感情を抱いた瞬間だった。
