幼なじみと王子様が私を離してくれない
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#4 幼なじみは意識する
「うーん……」
いつもどおり朝を迎えたマナは、どうにもすっきりしない心地で目覚めた。ふらつきながら寝室を出て一階に下りると、出かける直前の父親と目が合った。父親はマナを見た途端露骨に顔を曇らせた。
「大丈夫か、マナ。具合が悪そうだぞ」
「そうかも……なんか体がだるくて……」
目を擦りながら答えると、父親にぽんと肩を叩かれた。
「今日は私一人でシバに行ってこよう。マナは休んでなさい」
「え、でも……」
思わず反論しそうになったマナを父親は手で制した。
「駄目だ。そんな調子で無理をしたら悪化する。今日はゆっくり休んでいなさい。大丈夫、取引は私一人で大丈夫だ。女王陛下や王子殿下には私から話しておくから」
「うん……わかった。ありがとう、お父さん」
父の厚意に甘え、マナは二階の寝室に戻っていく。父親はマナに手を振り、笑顔で家を出て行った。静かな寝室、ベッドに潜り込むとマナはすぐに眠りについた。
「マナの体調が悪い?」
シンは思わず聞き返した。隣の家から出てきたマナの父親は神妙な顔で頷いた。
「そうなんだ。最近はシバに頻繁に行き来していたし、何か悪い病気でももらったかもしれない。私は今日取引の日でシバに行かなければならないから、よかったらマナを気にかけてくれないか」
「わかりました。マナのことは任せてください」
シンが頷くとマナの父は安心したように笑い、馬車に乗って出かけていった。王城との取引は死活問題、マナの体調不良程度で行かないわけにもいかぬだろう。マナの父の気持ちは理解できる。単純にシンも心配だ、シンは一も二もなく引き受けた。
朝はマナも寝ているかもしれないし、シンもやるべきことがある。昼過ぎ、シンはマナの家の扉を叩いた。
「マナ、大丈夫か?」
何度かノックし声をかけると、力なく扉が開いた。
「はーい……って、シン!?びっくりした!」
脱力した様子のマナが現れ、シンはほっと一息ついた。招かれるままに家に入り、シンは果物や野菜が入ったカゴをテーブルに置いた。
「体調が悪い中すまないな。お前の親父さんから気にかけてくれって言われて」
「え、お父さんが?そっか……ありがとう、シン」
テーブルに座ったマナは、少し顔色が悪いように見えた。シンは彼女の背中を撫でてやる。
「リンゴとか持ってきた。食べられそうか」
「うん……朝から何も食べてないからお腹空いちゃった」
「わかった、用意する。まだ顔色が悪いぞ、二階で寝てろ」
「ありがとう、そうする……」
もそもそと二階に戻っていく彼女を見送り、シンはリンゴの皮を剥き始めた。一人暮らしがすっかり板についたシンにはリンゴの皮剥きなどお手のもの。綺麗に剥いたリンゴを食べやすくカットし、キッチンを借りて簡単にリゾットを作った。食べられるといいが、と心配しつつシンは二階に上がった。
「わあ、いい匂い……」
寝室に入ると、ベッドに半身を起こしたマナと目が合った。マナはリゾットとリンゴを見て目を輝かせると大袈裟なほど頭を下げ、感激した様子だった。
「ほら、リゾットとリンゴだ。自分で食べられるか」
「うん、大丈夫。ありがとう、シン」
出来立てのリゾットはほかほかと湯気が立つ。マナはスプーンでリゾットをすくい、ふうふうと息を吹きかけていた。一口食べた彼女はんん〜!と喜びの声を上げた。
「すっごく美味しい!シンって本当に料理が上手だね」
「一人暮らしが長いからな」
「身に染みる感じ……本当に美味しい、ありがとう」
リゾットを味わい笑うマナは頬がほっこりと健康的な色に染まり、シンも口元が綻んだ。彼女が喜んでくれるなら作った甲斐があるというもの。シンはふう、と心から安堵の息をつき、ベッドそばの椅子に腰掛けた。
「ねえシン、リンゴ食べさせて?」
マナは悪戯っぽく笑うと、あーん、と口を開けた。シンは一瞬呆気に取られたが、彼女が甘えてくれていると思うと嬉しい。リンゴを刺したフォークを口元に持っていくと、彼女は素直に食べてくれる。リンゴが口の中で砕けるシャリシャリとした音が響く。
「美味しい。ありがとね、シン」
彼女が惜しみなくかけてくれる感謝の言葉がシンの五臓六腑に沁みていく。優しい、飾り気のない言葉だ。彼女のこういうところが見ていて心地いい。シンは自然と微笑んでいた。
「それにしても、お前が体調を崩すとか久しぶりだな」
少し顔色がよくなったマナに問いかけると、マナはそうだね、と頷いた。
「確かに。最近シバに行ったり王城に行ったり忙しくしてたから、そのせいかな」
王城と聞くとヒイラギを思い出す。青い髪の美しい王子、あのきらびやかな彼は今日も王城で過ごしているのだろう。弱った彼女のそばにいるのがシンでよかった、と無意識に思ってしまった。
「王城に行くと緊張するからな。心労もあったんじゃないか」
「ヒイラギ様、すごく優しい人だけど王子様だもんね。確かに緊張しちゃってたかな」
ほぅ、とマナが息をつく。幼い頃から隣に暮らし助け合ってきた仲だが、緊張した様子のマナは初めて見た。シンはマナをじっと見つめた。
「無理するな、マナ。オレの気功でも病気は治せないんだ。体調が悪かったらゆっくり休め」
「そういえば、気功って病気には効かないんだっけ」
「正確には症状を緩和することしかできない。だから今のマナは休むのが一番だ。よく食べてよく寝て、また元気なマナを見せてくれ」
「うん、ありがとう、シン」
マナはふわぁ、とあくびをした。何回かした瞬きは重く、いかにも眠そうな顔つきだった。
「お腹いっぱいになったら眠くなってきちゃった。……うーん……」
「じゃあもう寝ろ。オレはこのへんで帰るから」
そう言ってシンが立ち上がろうとしたとき、くっと手首を掴まれた。振り返ると、マナは上目遣いでシンを見つめていた。
「あのね、シン。笑わないで聞いてほしいんだけど」
「なんだ?」
「昔みたいにちょっとだけ添い寝してくれない?なんか心細いの」
「……え?」
シンは見事に硬直した。添い寝。確かに幼い頃、遊び疲れて一緒に寝たことが何度かある。二人が成長してからはとんとなかったことだ。シンの心臓がどくん、と音を立てた。
「ちょっとだけ、私が寝るまででいいから……ダメ?」
魅惑の上目遣い、甘えるような口振り。完璧にシンを誘惑する仕草だった。そんな風に見つめられて固辞できる男が一体どこにいるだろうか。シンはこくりと頷いた。マナは嬉しそうに笑う。
「ほら、来て」
ベッドの端に寄ったマナが布団をめくる。シンのために用意された空間、シンはうるさい心臓を何とかなだめてベッドに入った。彼女と向かい合うと、マナはシンの胸に顔を擦り付け体を丸めた。
「シン、ありがとう。すごく落ち着く……すぐ眠れそう」
「そ、そうか。それならいいけど」
シンは恐る恐る彼女の背中に腕を回し、そっと華奢な背を撫でた。ふふ、とマナが笑う声が聞こえ、すぐにすうすうと心地よさそうな寝息が聞こえてきた。
「……もう寝たのか?」
腕の中の彼女を見下ろすと、シンに体を預け穏やかに寝入っていた。
――参った。このままだと動けない。
シンはそう思いながら、やわやわと彼女を抱きしめた。幼なじみの安眠を邪魔せぬように振る舞うので精一杯だった。
「え、マナの体調が悪いのですか」
海上都市シバの王城、ヒイラギは目を丸くした。マナの父は申し訳なさそうに頭を下げていた。
「ええ、娘は体調を崩しておりまして、今日の取引は私一人で参りました。申し訳ございません」
「いいえ、何も謝る必要などありません。お大事にとマナに伝えてください」
顔を上げたマナの父は、はい、ぜひ伝えますと言い部屋を去っていった。ヒイラギの部屋には気もそぞろのヒイラギが残されるばかりだった。
「マナ……」
こうしてはいられない。ヒイラギはいてもたってもいられなくなり、出かける準備を始めた。執事を呼び付けると、彼は不思議そうな顔をしていた。
「ヒイラギ様、突然お出かけの準備など、どうなさったのですか」
「マナの体調が悪いらしいんだ。お見舞いに行こうと思って」
「お待ちください、ヒイラギ様」
慌てるヒイラギを執事は静かに制止した。不服そうにヒイラギは眉を顰める。執事は極めて冷静な口調で告げた。
「ヒイラギ様、マナ様のところへ今から出かけても到着は夜になります。マナ様はお休みでしょう」
「それは……そうだけど」
「それに、やつれた姿を見られたくないという方も一定数おられます。具合が悪いのであれば、きっと身なりに気を遣う余裕などないでしょう。ヒイラギ様の来訪は気を遣わせてしまいます。どうかお控えください」
「……でも……」
ヒイラギは拳を握った。平常ではないと聞かされ黙って座すなどできるものか。そう言いたげなヒイラギに、執事は諭した。
「ヒイラギ様のお気持ちは痛いほどわかります。ですがヒイラギ様はマナ様とご身分が違うのです。あなた様が軽はずみにお会いになることは、きっとマナ様の負担になります。マナ様にお会いになるのは、マナ様がお元気になってからがよろしいかと」
「……そうだね……」
ヒイラギは諦めたように息をつき、珍しく苛立った様子で椅子に座り足を組んだ。執事はその様子を苦笑いで見つめていた。
「ヒイラギ様、お茶を淹れましょう。マナ様の回復を待つ間、お見舞いの文章でも考えなさいませ」
「そうするよ」
執事が気遣って淹れてくれた紅茶はいつもどおりの素晴らしいものだったが、今のヒイラギにはあまり味を感じられなかった。ヒイラギは珍しく紅茶に砂糖を溶かし、一口嗜んだ。強い甘味がヒイラギを宥めるように口の中に広がっていった。
「ん……んん……」
マナはむにゃむにゃと声を上げ目を覚ました。何か硬くあたたかいものに身を委ねて眠っていた。目を擦りながら目覚めた直後、すぐ目の前にシンの寝顔があり息が止まるかと思った。マナは飛び出そうな心臓を落ち着かせながら大きく深呼吸をした。
どうしてシンと一緒に眠って、と思った瞬間思い出した。寝る前看病してくれたシンに添い寝をねだり、素直な彼はそのまま一緒に寝てくれたのだった。ぎゅっと彼に抱きついて眠っていた、シンは抜け出すタイミングを失ってしまったというところか。申し訳ないなと頬をかきながら、マナはシンをまじまじと見つめた。
ところどころ跳ねた短い黒い髪、黒と緑のタトゥー、整った顔立ち。ヒイラギの眩い美貌とは異なり、堅実で精悍な美しさを持つシン。改めて間近で見ると意識していなかった彼の男性らしさが目につく。マナはかぶりを振りながらむくりと起き上がった。このまま幼なじみに甘えているわけにもいかない。幸い体はずいぶんと回復したようで、簡単な家事ならできそうだった。シンには食事を作ってもらった恩がある、少しでも彼にお返しがしたい。
「マナ……」
手首を柔く掴まれた。見ると、薄目を開けたシンがマナを引き留めていた。彼の大きな逞しい手は寝起きでも力が強い。
「な、なに?どうしたの、シン」
「行くな……まだ体調悪いだろ、無理するな」
「も、もう大丈夫だよ?シン、気を遣ってくれてありが……きゃ!?」
くいと手を引っ張られ、ベッドに引きずり込まれた。そのまま彼の腕の中に収まってしまい、マナの全身が熱を持つ。
「ちょ、ちょっとシン!?」
「もうちょっと寝てろ……お前、病人なんだから……」
そう言った彼は目を閉じてしまい、マナを抱きしめたまま規則的な呼吸を始めた。え、まさか寝た?マナが驚いて見上げると、シンはマナを腕に抱き安堵の寝顔を見せていた。
「シン、シンってば……!」
マナも農作業でそれなりに体力があるものの、シンの鍛え抜かれた肉体には勝てない。ぎゅうと抱きしめられれば抜け出す術などなかった。マナはしばらく身じろぎしていたが、彼の腕の中に閉じ込められてしまった。マナはため息をつくと彼に身を委ねることにした。
「シン、シーン!そろそろ起きてくださーい!」
すっかり暗くなった寝室にマナの声が響いた。シンの意識が徐々にお目覚めモードに変わっていく。うっすら目を開けると、口付けも辞さない異様なほど近い距離にマナがいた。飛び起きたシンは慌てて辺りを見回した。マナの家、二階の寝室。ベッドにはマナとシンの二人。一階には誰もいないのか物音がしない、異常なまでに静かな空間だった。
「マナ!?」
「あ、ようやく起きてくれた。おはよー、シン」
ベッドに寝転がっていたマナが軽口を叩く。シンは頭を抱えつつ事態を把握するのに必死だった。確かマナが体調を崩したと聞いて見舞いに行き……食事を作り……それから……それから?
「オレ、まさかと思うけど、お前に何かしてないよな?」
青ざめて尋ねると、マナは唇を尖らせた。
「私を抱き枕代わりにして爆睡してましたー。シンせんせーったらひどいのー」
「……ごめん。悪かった」
シンが項垂れながら謝罪すると、マナはけらけらと笑った。
「ありがとね、シン。シンがご飯作って寝かせてくれたから元気になったんだよ」
急に真面目な口調で言った彼女はぴょこんとベッドを下り、シンを手招きした。
「今晩はうちで食べていって!私、ご飯作るから!看病のお礼ってことで!」
「あ、ああ。そうする」
昼間とは一転、明るい足取りの彼女を見てシンは笑った。よかった、彼女が元気になったのならそれでいい。シンは掌に彼女の体温の残り香を感じ、ぶんぶんと首を振った。また顔が火照ってしまう。せめて見た目だけでも平静で。努めて平常心でいようとしたシンの口元はだらしなく脱力していた。
「うーん……」
いつもどおり朝を迎えたマナは、どうにもすっきりしない心地で目覚めた。ふらつきながら寝室を出て一階に下りると、出かける直前の父親と目が合った。父親はマナを見た途端露骨に顔を曇らせた。
「大丈夫か、マナ。具合が悪そうだぞ」
「そうかも……なんか体がだるくて……」
目を擦りながら答えると、父親にぽんと肩を叩かれた。
「今日は私一人でシバに行ってこよう。マナは休んでなさい」
「え、でも……」
思わず反論しそうになったマナを父親は手で制した。
「駄目だ。そんな調子で無理をしたら悪化する。今日はゆっくり休んでいなさい。大丈夫、取引は私一人で大丈夫だ。女王陛下や王子殿下には私から話しておくから」
「うん……わかった。ありがとう、お父さん」
父の厚意に甘え、マナは二階の寝室に戻っていく。父親はマナに手を振り、笑顔で家を出て行った。静かな寝室、ベッドに潜り込むとマナはすぐに眠りについた。
「マナの体調が悪い?」
シンは思わず聞き返した。隣の家から出てきたマナの父親は神妙な顔で頷いた。
「そうなんだ。最近はシバに頻繁に行き来していたし、何か悪い病気でももらったかもしれない。私は今日取引の日でシバに行かなければならないから、よかったらマナを気にかけてくれないか」
「わかりました。マナのことは任せてください」
シンが頷くとマナの父は安心したように笑い、馬車に乗って出かけていった。王城との取引は死活問題、マナの体調不良程度で行かないわけにもいかぬだろう。マナの父の気持ちは理解できる。単純にシンも心配だ、シンは一も二もなく引き受けた。
朝はマナも寝ているかもしれないし、シンもやるべきことがある。昼過ぎ、シンはマナの家の扉を叩いた。
「マナ、大丈夫か?」
何度かノックし声をかけると、力なく扉が開いた。
「はーい……って、シン!?びっくりした!」
脱力した様子のマナが現れ、シンはほっと一息ついた。招かれるままに家に入り、シンは果物や野菜が入ったカゴをテーブルに置いた。
「体調が悪い中すまないな。お前の親父さんから気にかけてくれって言われて」
「え、お父さんが?そっか……ありがとう、シン」
テーブルに座ったマナは、少し顔色が悪いように見えた。シンは彼女の背中を撫でてやる。
「リンゴとか持ってきた。食べられそうか」
「うん……朝から何も食べてないからお腹空いちゃった」
「わかった、用意する。まだ顔色が悪いぞ、二階で寝てろ」
「ありがとう、そうする……」
もそもそと二階に戻っていく彼女を見送り、シンはリンゴの皮を剥き始めた。一人暮らしがすっかり板についたシンにはリンゴの皮剥きなどお手のもの。綺麗に剥いたリンゴを食べやすくカットし、キッチンを借りて簡単にリゾットを作った。食べられるといいが、と心配しつつシンは二階に上がった。
「わあ、いい匂い……」
寝室に入ると、ベッドに半身を起こしたマナと目が合った。マナはリゾットとリンゴを見て目を輝かせると大袈裟なほど頭を下げ、感激した様子だった。
「ほら、リゾットとリンゴだ。自分で食べられるか」
「うん、大丈夫。ありがとう、シン」
出来立てのリゾットはほかほかと湯気が立つ。マナはスプーンでリゾットをすくい、ふうふうと息を吹きかけていた。一口食べた彼女はんん〜!と喜びの声を上げた。
「すっごく美味しい!シンって本当に料理が上手だね」
「一人暮らしが長いからな」
「身に染みる感じ……本当に美味しい、ありがとう」
リゾットを味わい笑うマナは頬がほっこりと健康的な色に染まり、シンも口元が綻んだ。彼女が喜んでくれるなら作った甲斐があるというもの。シンはふう、と心から安堵の息をつき、ベッドそばの椅子に腰掛けた。
「ねえシン、リンゴ食べさせて?」
マナは悪戯っぽく笑うと、あーん、と口を開けた。シンは一瞬呆気に取られたが、彼女が甘えてくれていると思うと嬉しい。リンゴを刺したフォークを口元に持っていくと、彼女は素直に食べてくれる。リンゴが口の中で砕けるシャリシャリとした音が響く。
「美味しい。ありがとね、シン」
彼女が惜しみなくかけてくれる感謝の言葉がシンの五臓六腑に沁みていく。優しい、飾り気のない言葉だ。彼女のこういうところが見ていて心地いい。シンは自然と微笑んでいた。
「それにしても、お前が体調を崩すとか久しぶりだな」
少し顔色がよくなったマナに問いかけると、マナはそうだね、と頷いた。
「確かに。最近シバに行ったり王城に行ったり忙しくしてたから、そのせいかな」
王城と聞くとヒイラギを思い出す。青い髪の美しい王子、あのきらびやかな彼は今日も王城で過ごしているのだろう。弱った彼女のそばにいるのがシンでよかった、と無意識に思ってしまった。
「王城に行くと緊張するからな。心労もあったんじゃないか」
「ヒイラギ様、すごく優しい人だけど王子様だもんね。確かに緊張しちゃってたかな」
ほぅ、とマナが息をつく。幼い頃から隣に暮らし助け合ってきた仲だが、緊張した様子のマナは初めて見た。シンはマナをじっと見つめた。
「無理するな、マナ。オレの気功でも病気は治せないんだ。体調が悪かったらゆっくり休め」
「そういえば、気功って病気には効かないんだっけ」
「正確には症状を緩和することしかできない。だから今のマナは休むのが一番だ。よく食べてよく寝て、また元気なマナを見せてくれ」
「うん、ありがとう、シン」
マナはふわぁ、とあくびをした。何回かした瞬きは重く、いかにも眠そうな顔つきだった。
「お腹いっぱいになったら眠くなってきちゃった。……うーん……」
「じゃあもう寝ろ。オレはこのへんで帰るから」
そう言ってシンが立ち上がろうとしたとき、くっと手首を掴まれた。振り返ると、マナは上目遣いでシンを見つめていた。
「あのね、シン。笑わないで聞いてほしいんだけど」
「なんだ?」
「昔みたいにちょっとだけ添い寝してくれない?なんか心細いの」
「……え?」
シンは見事に硬直した。添い寝。確かに幼い頃、遊び疲れて一緒に寝たことが何度かある。二人が成長してからはとんとなかったことだ。シンの心臓がどくん、と音を立てた。
「ちょっとだけ、私が寝るまででいいから……ダメ?」
魅惑の上目遣い、甘えるような口振り。完璧にシンを誘惑する仕草だった。そんな風に見つめられて固辞できる男が一体どこにいるだろうか。シンはこくりと頷いた。マナは嬉しそうに笑う。
「ほら、来て」
ベッドの端に寄ったマナが布団をめくる。シンのために用意された空間、シンはうるさい心臓を何とかなだめてベッドに入った。彼女と向かい合うと、マナはシンの胸に顔を擦り付け体を丸めた。
「シン、ありがとう。すごく落ち着く……すぐ眠れそう」
「そ、そうか。それならいいけど」
シンは恐る恐る彼女の背中に腕を回し、そっと華奢な背を撫でた。ふふ、とマナが笑う声が聞こえ、すぐにすうすうと心地よさそうな寝息が聞こえてきた。
「……もう寝たのか?」
腕の中の彼女を見下ろすと、シンに体を預け穏やかに寝入っていた。
――参った。このままだと動けない。
シンはそう思いながら、やわやわと彼女を抱きしめた。幼なじみの安眠を邪魔せぬように振る舞うので精一杯だった。
「え、マナの体調が悪いのですか」
海上都市シバの王城、ヒイラギは目を丸くした。マナの父は申し訳なさそうに頭を下げていた。
「ええ、娘は体調を崩しておりまして、今日の取引は私一人で参りました。申し訳ございません」
「いいえ、何も謝る必要などありません。お大事にとマナに伝えてください」
顔を上げたマナの父は、はい、ぜひ伝えますと言い部屋を去っていった。ヒイラギの部屋には気もそぞろのヒイラギが残されるばかりだった。
「マナ……」
こうしてはいられない。ヒイラギはいてもたってもいられなくなり、出かける準備を始めた。執事を呼び付けると、彼は不思議そうな顔をしていた。
「ヒイラギ様、突然お出かけの準備など、どうなさったのですか」
「マナの体調が悪いらしいんだ。お見舞いに行こうと思って」
「お待ちください、ヒイラギ様」
慌てるヒイラギを執事は静かに制止した。不服そうにヒイラギは眉を顰める。執事は極めて冷静な口調で告げた。
「ヒイラギ様、マナ様のところへ今から出かけても到着は夜になります。マナ様はお休みでしょう」
「それは……そうだけど」
「それに、やつれた姿を見られたくないという方も一定数おられます。具合が悪いのであれば、きっと身なりに気を遣う余裕などないでしょう。ヒイラギ様の来訪は気を遣わせてしまいます。どうかお控えください」
「……でも……」
ヒイラギは拳を握った。平常ではないと聞かされ黙って座すなどできるものか。そう言いたげなヒイラギに、執事は諭した。
「ヒイラギ様のお気持ちは痛いほどわかります。ですがヒイラギ様はマナ様とご身分が違うのです。あなた様が軽はずみにお会いになることは、きっとマナ様の負担になります。マナ様にお会いになるのは、マナ様がお元気になってからがよろしいかと」
「……そうだね……」
ヒイラギは諦めたように息をつき、珍しく苛立った様子で椅子に座り足を組んだ。執事はその様子を苦笑いで見つめていた。
「ヒイラギ様、お茶を淹れましょう。マナ様の回復を待つ間、お見舞いの文章でも考えなさいませ」
「そうするよ」
執事が気遣って淹れてくれた紅茶はいつもどおりの素晴らしいものだったが、今のヒイラギにはあまり味を感じられなかった。ヒイラギは珍しく紅茶に砂糖を溶かし、一口嗜んだ。強い甘味がヒイラギを宥めるように口の中に広がっていった。
「ん……んん……」
マナはむにゃむにゃと声を上げ目を覚ました。何か硬くあたたかいものに身を委ねて眠っていた。目を擦りながら目覚めた直後、すぐ目の前にシンの寝顔があり息が止まるかと思った。マナは飛び出そうな心臓を落ち着かせながら大きく深呼吸をした。
どうしてシンと一緒に眠って、と思った瞬間思い出した。寝る前看病してくれたシンに添い寝をねだり、素直な彼はそのまま一緒に寝てくれたのだった。ぎゅっと彼に抱きついて眠っていた、シンは抜け出すタイミングを失ってしまったというところか。申し訳ないなと頬をかきながら、マナはシンをまじまじと見つめた。
ところどころ跳ねた短い黒い髪、黒と緑のタトゥー、整った顔立ち。ヒイラギの眩い美貌とは異なり、堅実で精悍な美しさを持つシン。改めて間近で見ると意識していなかった彼の男性らしさが目につく。マナはかぶりを振りながらむくりと起き上がった。このまま幼なじみに甘えているわけにもいかない。幸い体はずいぶんと回復したようで、簡単な家事ならできそうだった。シンには食事を作ってもらった恩がある、少しでも彼にお返しがしたい。
「マナ……」
手首を柔く掴まれた。見ると、薄目を開けたシンがマナを引き留めていた。彼の大きな逞しい手は寝起きでも力が強い。
「な、なに?どうしたの、シン」
「行くな……まだ体調悪いだろ、無理するな」
「も、もう大丈夫だよ?シン、気を遣ってくれてありが……きゃ!?」
くいと手を引っ張られ、ベッドに引きずり込まれた。そのまま彼の腕の中に収まってしまい、マナの全身が熱を持つ。
「ちょ、ちょっとシン!?」
「もうちょっと寝てろ……お前、病人なんだから……」
そう言った彼は目を閉じてしまい、マナを抱きしめたまま規則的な呼吸を始めた。え、まさか寝た?マナが驚いて見上げると、シンはマナを腕に抱き安堵の寝顔を見せていた。
「シン、シンってば……!」
マナも農作業でそれなりに体力があるものの、シンの鍛え抜かれた肉体には勝てない。ぎゅうと抱きしめられれば抜け出す術などなかった。マナはしばらく身じろぎしていたが、彼の腕の中に閉じ込められてしまった。マナはため息をつくと彼に身を委ねることにした。
「シン、シーン!そろそろ起きてくださーい!」
すっかり暗くなった寝室にマナの声が響いた。シンの意識が徐々にお目覚めモードに変わっていく。うっすら目を開けると、口付けも辞さない異様なほど近い距離にマナがいた。飛び起きたシンは慌てて辺りを見回した。マナの家、二階の寝室。ベッドにはマナとシンの二人。一階には誰もいないのか物音がしない、異常なまでに静かな空間だった。
「マナ!?」
「あ、ようやく起きてくれた。おはよー、シン」
ベッドに寝転がっていたマナが軽口を叩く。シンは頭を抱えつつ事態を把握するのに必死だった。確かマナが体調を崩したと聞いて見舞いに行き……食事を作り……それから……それから?
「オレ、まさかと思うけど、お前に何かしてないよな?」
青ざめて尋ねると、マナは唇を尖らせた。
「私を抱き枕代わりにして爆睡してましたー。シンせんせーったらひどいのー」
「……ごめん。悪かった」
シンが項垂れながら謝罪すると、マナはけらけらと笑った。
「ありがとね、シン。シンがご飯作って寝かせてくれたから元気になったんだよ」
急に真面目な口調で言った彼女はぴょこんとベッドを下り、シンを手招きした。
「今晩はうちで食べていって!私、ご飯作るから!看病のお礼ってことで!」
「あ、ああ。そうする」
昼間とは一転、明るい足取りの彼女を見てシンは笑った。よかった、彼女が元気になったのならそれでいい。シンは掌に彼女の体温の残り香を感じ、ぶんぶんと首を振った。また顔が火照ってしまう。せめて見た目だけでも平静で。努めて平常心でいようとしたシンの口元はだらしなく脱力していた。
