幼なじみと王子様が私を離してくれない
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#3 幼なじみはざわつく
シンはマナとともに海上都市シバに向かう馬車に揺られていた。普段上半身裸のシンもさすがに服を着ないわけにはいかず、白いシャツに黒のスラックスとフォーマルな服装に落ち着いている。向かい側に座ったマナも以前シバで買い求めたよそ行きのワンピースを着ており、少し緊張した様子だった。
「王城に行くのは初めてじゃないけど、やっぱりドキドキするな……」
「オレもだ。王子か……どんなヤツなんだろうな」
シンは頬杖をつき、馬車の外を眺めた。見慣れた田園風景が離れ、シバへと続く簡素な道をひたすら馬車は進む。シンは頬杖をついた手に妙に力がこもるのを感じていた。これから会うのはシバの王族、何か失礼があればシンのみならずマナや村にも悪影響を及ぼす。しかしシンの心に渦巻くのは緊張とは違った感情だった。
二人とも言葉少なに時間は過ぎ、やがて海上都市シバに辿り着いた。活気のある街を通り過ぎ、王城に通される。王城は外から見るよりもはるかに大きく、シンはその威圧感のある佇まいにため息をついた。馬車から降りた二人は、青い髪の人物に出迎えられた。
「ようこそ、マナとそのお友達。僕が海上都市シバの王子、ヒイラギだよ。お茶を用意してあるんだ、こちらへどうぞ」
丁寧な礼をした青い髪の青年――ヒイラギは恐ろしいほど美しい存在だった。光り輝くような青い髪に金色の瞳、品のある所作。村でちらりと会ったときも美しいと思っていたが、改めて眺めると同性のシンですら感嘆してしまうほどの美貌の持ち主だった。ましてや異性のマナなど、一目惚れしてもなんらおかしくない。……まさかとは思うが、もう二人の間に特別な感情が芽生えていたら……?シンは二人の様子を注意深く観察しながら、頭によぎる嫌な妄想を振り払うのに必死だった。
「ここが僕の部屋だよ。ほら、テーブルに座って」
ヒイラギの少し後ろを歩くと、ゆとりのある広さに高級感のある調度品が置かれた部屋に通された。王族の住まう部屋は村の小さな家くらいの広さがある。シンは少しの落ち着かなさを覚えていた。
優雅な仕草でテーブルに案内したヒイラギは、シンの前で立ち止まった。
「改めて初めまして。僕は海上都市シバの王子、ヒイラギ。君がマナのお友達だね?名前を教えてくれないかな」
そう言って小首を傾げたヒイラギは親しみやすい笑顔を浮かべていた。シンは強張っていた顔の力をなんとかほどいた。
「オレはシン。マナの幼なじみです」
「そっか、よろしくね、シン」
ヒイラギが差し出した手を取り、二人は固い握手を交わした。終始ヒイラギは人懐っこい笑顔を浮かべていて、神秘的な美しさとはギャップのある表情がまた魅力的だった。
「さあ、二人とも座って。ゆっくりお茶でもしよう」
テーブルの上にはティーセットと多種多様なお菓子。鼻をくすぐる甘い香りにシンは酔いそうになった。三人それぞれ席に座ると、ヒイラギが茶を淹れてくれた。
「シン、今日は君と会えてよかったよ。マナのお友達にも会ってみたいって思ってたからね」
「そう、ですか」
シンはヒイラギを観察しながら茶に手を伸ばした。村で飲む茶とはまた違う、甘い風雅な香りがする。口に含むと果物に似た香りが漂い、喉の奥に爽やかな渋みが残る。
「シンは腕のいいモンクと聞いているよ。マナはお父上と野菜や卵を作って生計を立てていて、シンはモンクの技術をみなに提供している。二人とも立派だね」
茶を飲みながらしみじみと語るヒイラギに、マナとシンは首を横に振った。
「いえ、そんな!村で暮らす者としては当然です!」
「助け合いですから」
そう口々に言う二人にヒイラギは微笑む。
「ふふ、そっか。またよければ、二人の村に行かせてほしいな。母上が言っていたんだ。王城以外の世界を見て見聞を広げるのはいいことだって」
シンはヒイラギの優雅な語り口を聞きながら、ヒイラギとの間には越えられぬ身分差があることを改めて悟った。ヒイラギの年齢なら村では立派な大人、労働力として数えられる年だ。しかしヒイラギは女王が健在ゆえ王政には関わっていないだろう。彼の浮世離れした雰囲気も納得であった。
「もちろんです!ヒイラギ様が来てくださるなんて、村のみんなも喜びます!ね、シン!」
「……ああ、そうだな」
手を合わせてきらきらした瞳で見つめるマナに、シンは気のない返事を返すことしかできなかった。少しばかり苛立ちが募る。どうぞ、とヒイラギが勧めてくれたお菓子をシンは手に取った。クッキーを口に放り込むとさくりと口の中で溶け、甘く穏やかな味がする。シンの熱がこもった脳を落ち着かせていく気がした。
「あ、そうだ。マナに渡したいものがあったんだ」
唐突に切り出したヒイラギの言葉に、マナはきょとんとした。
「え、私にですか?」
「うん」
ヒイラギが取り出したのは小さな缶だった。密閉されているが、ふわりといい香りがする。
「ハンドクリームだよ。母上もよく使ってるんだ。マナの手、ちょっと荒れてるように見えたから。もしよかったら受け取って」
「え、ええ……!?そんな、何度もヒイラギ様から何かいただくなんて畏れ多いです!」
「いいんだよ」
ヒイラギはマナの手を取り、掌に缶を置いた。そして柔らかく笑う。
「この前茶葉をくれたでしょ?そのお返しだと思ってくれたらいいんだ。ね」
ヒイラギに手を取られ穏やかな笑顔で言われては、マナも断れなかったようだ。ぎゅっと缶を大事そうに抱え、マナは笑った。
「ありがとうございます、ヒイラギ様!」
シンとマナはヒイラギの部屋でしばし歓談した後、王城を去った。去り際にヒイラギはにこにこと笑いながら、シンに小さなカゴを手渡した。カゴの中にはクッキーやマドレーヌといった魅惑のお菓子が詰まっていた。
「これ、お近付きの印に。マナも君もお菓子が好きなようだから。帰ってから二人で食べてほしい」
「……わかりました。ありがとうございます」
シンが小さく頭を下げた瞬間、ヒイラギがぐっとシンに近寄り、シンにしか聞こえない声で囁いた。
「僕に対して敬語を使わなくていいよ。君の自然な態度で接してほしい」
「……いい、のか?」
「うん」
ヒイラギはそっと離れ、にこやかに手を振った。
「同年代の男性と話すことがないからね。君ともぜひ友達になりたいから」
「……そうか。わかった」
「今日はありがとう、シン。気をつけて帰ってね」
ヒイラギに見送られ、シンはマナと馬車に乗った。高く昇っていた日は少しずつ西に傾き、気怠い雰囲気を醸し出していた。
「シン、ヒイラギ様と最後何を話してたの?」
馬車が動き始め、マナが素朴な疑問をぶつけてきた。シンは膝にカゴを置き、息をついた。
「敬語を使わなくていいって言われた」
「そうなの?それで、シンは敬語を使わないの?」
「ああ。あいつ、使ってほしくなさそうだったから」
「そっか。なんだかいいなあ、友達って感じだよね」
マナは妙にうきうきとした様子だった。シンは不思議そうに首を傾げた。
「なにがだ?」
「だって、村に私たちと同じ年頃の子がいないからさ。シンにも男の人の友達ができてよかったなって」
「……そういえばそうか」
シンは村の面々を思い浮かべた。シンよりもはるかに年下の面倒を見るべき子供か、はるかに年上の子供を持つ親以上の年代しかいない。ヒイラギも似たような状況なのだろうか。だとすれば、彼の最後の言葉も納得がいく。
「私も敬語じゃなくていいよってヒイラギ様から言われたけど、どうしてもできなくて」
「マナは無理しなくていいだろ。同性と異性じゃ距離感も違うしな」
そう、マナとヒイラギは異性だ。だからこそ気になる。ヒイラギは彼女を気遣いハンドクリームを手渡した。シンには逆立ちしても出てこない発想で、シンはお菓子の入ったカゴをぎゅっと握りしめた。
村に帰り着いた頃には美しい夕日が二人を出迎えた。緑豊かな村がもの寂しい橙に染まっていく。馬車を降りるとマナが夕日の中輝くように笑っていた。
「シン、うちでお茶していかない?お菓子もらったんでしょ?一緒に食べようよ」
「あ、ああ……そうだな」
入り慣れたマナの家、勝手知ったるなんとやらでテーブルにつくと、彼女は鼻歌を歌いながら茶の用意をしていた。彼女が楽しそうなのはいいが、何がそんなに楽しいのかは気になるところだ。
「シン、お茶入ったよ。どうぞ」
二人分の茶を淹れたマナが微笑んでくれた。シンは口元を柔らかく崩しながらティーカップを持った。王城で飲んだ茶とは違い、素朴な香りがする。一口飲むと優しい苦味と渋味が広がる。幼い頃から親しんだ村の味、王城で飲む茶のような華やかさや目新しさはないがほっとする味だ。
「やっぱりお前といると落ち着くな」
ふとシンが零すと、
「あはは、そうだね。私もシンといるときが一番気楽かも」
とマナは笑顔を返してくれる。長年隣に住み助け合ってきた幼なじみだからこそ漂う緩んだ雰囲気にシンは微笑んだ。王城では硬かった唇の周辺の筋肉が柔らかくほどけていく。カゴのお菓子に手をつけようとしないマナに、カゴをずいっと差し出す。
「……菓子も美味いな。ほら、マナも食べろ。せっかくだ」
「え、いいの?これ、ヒイラギ様がシンにって渡したんじゃないの?」
「『帰ってから二人で食べてほしい』って言ってたぞ。オレもお前と食べたい」
「そっか、ありがとう!」
シンの言葉に頷き、マナはひょいとマドレーヌを手に取った。実に美味しそうに頬張っている、その様子を見るとシンの心も優しいぬくもりに満たされる。
「マナ。手、見せてみろ」
マナが菓子を食べ終わった頃に声をかけると、彼女はきょとんとしていた。
「え?どうしたの?」
「いいから」
彼女の手を取り、まじまじと見つめた。ヒイラギの言うとおり、指の関節部分にいくつか切り傷があったり皮が剥けている部分があったり、荒れた手だった。だがシンは知っている。これは彼女が手入れを怠った結果ではなく、積極的に農作業を行っているからだと。客観的には「荒れている」の一言で済む手かもしれない。しかしシンにとっては、これ以上ないほど尊い手だった。シンはマナの両手をじっくり観察しながら尋ねた。
「ところどころ切り傷があるな。痛むか?」
「うーん?たまに水がしみるくらいかな?」
「そうか。……」
周囲に流れる気を集め、癒しの気功を発動する。マナの手に刻まれた傷がみるみるうちに治り、本来の綺麗な手指になった。マナは目を丸くしていた。
「え、えっ!?治してくれたの!?お金払わなきゃ」
「いや、いい」
立ち上がろうとするマナを引き止め、シンはじっと見つめた。その目には切実な訴えが宿り、マナはシンに申し訳なさそうにしながらも立ち上がるのをやめた。
「会ってそんなに経ってないヒイラギが気付くくらいなんだ。毎日見てたオレがもっと気遣わなきゃいけなかったんだよ」
「ありがとう、シン……でも、本当にいいの?お仕事でしょ、本当なら」
「いい」
シンは断固として首を横に振った。マナの手を握り、明瞭に告げる。
「幼なじみの仲なんだ、これくらいさせてくれ」
シンはマナとともに海上都市シバに向かう馬車に揺られていた。普段上半身裸のシンもさすがに服を着ないわけにはいかず、白いシャツに黒のスラックスとフォーマルな服装に落ち着いている。向かい側に座ったマナも以前シバで買い求めたよそ行きのワンピースを着ており、少し緊張した様子だった。
「王城に行くのは初めてじゃないけど、やっぱりドキドキするな……」
「オレもだ。王子か……どんなヤツなんだろうな」
シンは頬杖をつき、馬車の外を眺めた。見慣れた田園風景が離れ、シバへと続く簡素な道をひたすら馬車は進む。シンは頬杖をついた手に妙に力がこもるのを感じていた。これから会うのはシバの王族、何か失礼があればシンのみならずマナや村にも悪影響を及ぼす。しかしシンの心に渦巻くのは緊張とは違った感情だった。
二人とも言葉少なに時間は過ぎ、やがて海上都市シバに辿り着いた。活気のある街を通り過ぎ、王城に通される。王城は外から見るよりもはるかに大きく、シンはその威圧感のある佇まいにため息をついた。馬車から降りた二人は、青い髪の人物に出迎えられた。
「ようこそ、マナとそのお友達。僕が海上都市シバの王子、ヒイラギだよ。お茶を用意してあるんだ、こちらへどうぞ」
丁寧な礼をした青い髪の青年――ヒイラギは恐ろしいほど美しい存在だった。光り輝くような青い髪に金色の瞳、品のある所作。村でちらりと会ったときも美しいと思っていたが、改めて眺めると同性のシンですら感嘆してしまうほどの美貌の持ち主だった。ましてや異性のマナなど、一目惚れしてもなんらおかしくない。……まさかとは思うが、もう二人の間に特別な感情が芽生えていたら……?シンは二人の様子を注意深く観察しながら、頭によぎる嫌な妄想を振り払うのに必死だった。
「ここが僕の部屋だよ。ほら、テーブルに座って」
ヒイラギの少し後ろを歩くと、ゆとりのある広さに高級感のある調度品が置かれた部屋に通された。王族の住まう部屋は村の小さな家くらいの広さがある。シンは少しの落ち着かなさを覚えていた。
優雅な仕草でテーブルに案内したヒイラギは、シンの前で立ち止まった。
「改めて初めまして。僕は海上都市シバの王子、ヒイラギ。君がマナのお友達だね?名前を教えてくれないかな」
そう言って小首を傾げたヒイラギは親しみやすい笑顔を浮かべていた。シンは強張っていた顔の力をなんとかほどいた。
「オレはシン。マナの幼なじみです」
「そっか、よろしくね、シン」
ヒイラギが差し出した手を取り、二人は固い握手を交わした。終始ヒイラギは人懐っこい笑顔を浮かべていて、神秘的な美しさとはギャップのある表情がまた魅力的だった。
「さあ、二人とも座って。ゆっくりお茶でもしよう」
テーブルの上にはティーセットと多種多様なお菓子。鼻をくすぐる甘い香りにシンは酔いそうになった。三人それぞれ席に座ると、ヒイラギが茶を淹れてくれた。
「シン、今日は君と会えてよかったよ。マナのお友達にも会ってみたいって思ってたからね」
「そう、ですか」
シンはヒイラギを観察しながら茶に手を伸ばした。村で飲む茶とはまた違う、甘い風雅な香りがする。口に含むと果物に似た香りが漂い、喉の奥に爽やかな渋みが残る。
「シンは腕のいいモンクと聞いているよ。マナはお父上と野菜や卵を作って生計を立てていて、シンはモンクの技術をみなに提供している。二人とも立派だね」
茶を飲みながらしみじみと語るヒイラギに、マナとシンは首を横に振った。
「いえ、そんな!村で暮らす者としては当然です!」
「助け合いですから」
そう口々に言う二人にヒイラギは微笑む。
「ふふ、そっか。またよければ、二人の村に行かせてほしいな。母上が言っていたんだ。王城以外の世界を見て見聞を広げるのはいいことだって」
シンはヒイラギの優雅な語り口を聞きながら、ヒイラギとの間には越えられぬ身分差があることを改めて悟った。ヒイラギの年齢なら村では立派な大人、労働力として数えられる年だ。しかしヒイラギは女王が健在ゆえ王政には関わっていないだろう。彼の浮世離れした雰囲気も納得であった。
「もちろんです!ヒイラギ様が来てくださるなんて、村のみんなも喜びます!ね、シン!」
「……ああ、そうだな」
手を合わせてきらきらした瞳で見つめるマナに、シンは気のない返事を返すことしかできなかった。少しばかり苛立ちが募る。どうぞ、とヒイラギが勧めてくれたお菓子をシンは手に取った。クッキーを口に放り込むとさくりと口の中で溶け、甘く穏やかな味がする。シンの熱がこもった脳を落ち着かせていく気がした。
「あ、そうだ。マナに渡したいものがあったんだ」
唐突に切り出したヒイラギの言葉に、マナはきょとんとした。
「え、私にですか?」
「うん」
ヒイラギが取り出したのは小さな缶だった。密閉されているが、ふわりといい香りがする。
「ハンドクリームだよ。母上もよく使ってるんだ。マナの手、ちょっと荒れてるように見えたから。もしよかったら受け取って」
「え、ええ……!?そんな、何度もヒイラギ様から何かいただくなんて畏れ多いです!」
「いいんだよ」
ヒイラギはマナの手を取り、掌に缶を置いた。そして柔らかく笑う。
「この前茶葉をくれたでしょ?そのお返しだと思ってくれたらいいんだ。ね」
ヒイラギに手を取られ穏やかな笑顔で言われては、マナも断れなかったようだ。ぎゅっと缶を大事そうに抱え、マナは笑った。
「ありがとうございます、ヒイラギ様!」
シンとマナはヒイラギの部屋でしばし歓談した後、王城を去った。去り際にヒイラギはにこにこと笑いながら、シンに小さなカゴを手渡した。カゴの中にはクッキーやマドレーヌといった魅惑のお菓子が詰まっていた。
「これ、お近付きの印に。マナも君もお菓子が好きなようだから。帰ってから二人で食べてほしい」
「……わかりました。ありがとうございます」
シンが小さく頭を下げた瞬間、ヒイラギがぐっとシンに近寄り、シンにしか聞こえない声で囁いた。
「僕に対して敬語を使わなくていいよ。君の自然な態度で接してほしい」
「……いい、のか?」
「うん」
ヒイラギはそっと離れ、にこやかに手を振った。
「同年代の男性と話すことがないからね。君ともぜひ友達になりたいから」
「……そうか。わかった」
「今日はありがとう、シン。気をつけて帰ってね」
ヒイラギに見送られ、シンはマナと馬車に乗った。高く昇っていた日は少しずつ西に傾き、気怠い雰囲気を醸し出していた。
「シン、ヒイラギ様と最後何を話してたの?」
馬車が動き始め、マナが素朴な疑問をぶつけてきた。シンは膝にカゴを置き、息をついた。
「敬語を使わなくていいって言われた」
「そうなの?それで、シンは敬語を使わないの?」
「ああ。あいつ、使ってほしくなさそうだったから」
「そっか。なんだかいいなあ、友達って感じだよね」
マナは妙にうきうきとした様子だった。シンは不思議そうに首を傾げた。
「なにがだ?」
「だって、村に私たちと同じ年頃の子がいないからさ。シンにも男の人の友達ができてよかったなって」
「……そういえばそうか」
シンは村の面々を思い浮かべた。シンよりもはるかに年下の面倒を見るべき子供か、はるかに年上の子供を持つ親以上の年代しかいない。ヒイラギも似たような状況なのだろうか。だとすれば、彼の最後の言葉も納得がいく。
「私も敬語じゃなくていいよってヒイラギ様から言われたけど、どうしてもできなくて」
「マナは無理しなくていいだろ。同性と異性じゃ距離感も違うしな」
そう、マナとヒイラギは異性だ。だからこそ気になる。ヒイラギは彼女を気遣いハンドクリームを手渡した。シンには逆立ちしても出てこない発想で、シンはお菓子の入ったカゴをぎゅっと握りしめた。
村に帰り着いた頃には美しい夕日が二人を出迎えた。緑豊かな村がもの寂しい橙に染まっていく。馬車を降りるとマナが夕日の中輝くように笑っていた。
「シン、うちでお茶していかない?お菓子もらったんでしょ?一緒に食べようよ」
「あ、ああ……そうだな」
入り慣れたマナの家、勝手知ったるなんとやらでテーブルにつくと、彼女は鼻歌を歌いながら茶の用意をしていた。彼女が楽しそうなのはいいが、何がそんなに楽しいのかは気になるところだ。
「シン、お茶入ったよ。どうぞ」
二人分の茶を淹れたマナが微笑んでくれた。シンは口元を柔らかく崩しながらティーカップを持った。王城で飲んだ茶とは違い、素朴な香りがする。一口飲むと優しい苦味と渋味が広がる。幼い頃から親しんだ村の味、王城で飲む茶のような華やかさや目新しさはないがほっとする味だ。
「やっぱりお前といると落ち着くな」
ふとシンが零すと、
「あはは、そうだね。私もシンといるときが一番気楽かも」
とマナは笑顔を返してくれる。長年隣に住み助け合ってきた幼なじみだからこそ漂う緩んだ雰囲気にシンは微笑んだ。王城では硬かった唇の周辺の筋肉が柔らかくほどけていく。カゴのお菓子に手をつけようとしないマナに、カゴをずいっと差し出す。
「……菓子も美味いな。ほら、マナも食べろ。せっかくだ」
「え、いいの?これ、ヒイラギ様がシンにって渡したんじゃないの?」
「『帰ってから二人で食べてほしい』って言ってたぞ。オレもお前と食べたい」
「そっか、ありがとう!」
シンの言葉に頷き、マナはひょいとマドレーヌを手に取った。実に美味しそうに頬張っている、その様子を見るとシンの心も優しいぬくもりに満たされる。
「マナ。手、見せてみろ」
マナが菓子を食べ終わった頃に声をかけると、彼女はきょとんとしていた。
「え?どうしたの?」
「いいから」
彼女の手を取り、まじまじと見つめた。ヒイラギの言うとおり、指の関節部分にいくつか切り傷があったり皮が剥けている部分があったり、荒れた手だった。だがシンは知っている。これは彼女が手入れを怠った結果ではなく、積極的に農作業を行っているからだと。客観的には「荒れている」の一言で済む手かもしれない。しかしシンにとっては、これ以上ないほど尊い手だった。シンはマナの両手をじっくり観察しながら尋ねた。
「ところどころ切り傷があるな。痛むか?」
「うーん?たまに水がしみるくらいかな?」
「そうか。……」
周囲に流れる気を集め、癒しの気功を発動する。マナの手に刻まれた傷がみるみるうちに治り、本来の綺麗な手指になった。マナは目を丸くしていた。
「え、えっ!?治してくれたの!?お金払わなきゃ」
「いや、いい」
立ち上がろうとするマナを引き止め、シンはじっと見つめた。その目には切実な訴えが宿り、マナはシンに申し訳なさそうにしながらも立ち上がるのをやめた。
「会ってそんなに経ってないヒイラギが気付くくらいなんだ。毎日見てたオレがもっと気遣わなきゃいけなかったんだよ」
「ありがとう、シン……でも、本当にいいの?お仕事でしょ、本当なら」
「いい」
シンは断固として首を横に振った。マナの手を握り、明瞭に告げる。
「幼なじみの仲なんだ、これくらいさせてくれ」
