幼なじみと王子様が私を離してくれない
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王子様と愛を囁く
マナは招待状を見つめたとき、真っ先にヒイラギの顔が浮かんだ。マナを切実に求める金色の眼差しが忘れられない。彼とともに歩むとは王族になるということであり、これからの人生に大きな変化をもたらすことは間違いないが、あの繊細で優美な王子の支えになりたかった。
マナは舞踏会に出席の返事をし、シンにもその旨を伝え彼からの求愛には応えられないことをはっきりと告げた。するとシンは、
「……そうか。わかった。オレも舞踏会に招待されてる、オレも一緒に行くからな」
と返した。
舞踏会当日、二人は王城を訪れた。二人を出迎えたメイドに案内され、二人はそれぞれ舞踏会に適した服装や髪型に整えることになった。
衣装部屋に通されたマナは深い臙脂色のイブニングドレスを身に纏い、メイドに髪型を整えられ化粧を施されていた。メイドは見るからに嬉しそうな様子で、マナを恭しく迎えた。
「嬉しいですわ、マナ様。ヒイラギ様とご結婚すると決められたのですね。我々メイドとしては感無量でございます」
「そうなんですか?」
「ええ。マナ様が帰られてから、ヒイラギ様ったらずっと寂しそうにされていて。もう見ていられないと思っていたところでしたの」
鏡の中のマナは、社交界にいてもおかしくない明るい輝きを放つ女性に変わっていた。自身でもわかるほどの変化に誰よりもマナが驚いた。服や髪型を変え、化粧をするとこんなにも変わるのかと呆然としていると、メイドはくすくすと笑う。
「ふふ、とても可愛らしいです、マナ様。ヒイラギ様にお見せしましょう、きっと喜びますわ」
「は、はい」
ドレスの裾が長く歩き慣れないが、亀の歩みでヒイラギの部屋に辿り着く。メイドが扉を開けると、そこには濃紺の燕尾服を着たヒイラギがいた。長い髪を後ろで一つに結び優雅に垂らしている。振り向いた拍子に青い髪が緩やかに揺れ、あまりの美しさにマナは魅入ってしまった。
「マナ!待ってたよ。とても綺麗だ」
ヒイラギは流れるようにマナの手を取った。金色の瞳は満月に似た蠱惑的な輝きを放ち、マナを真っ直ぐ見据えている。
「マナ、舞踏会に来てくれてありがとう。僕の愛を受け取ってくれるんだね」
「はい。私、決めました。ヒイラギ様と結婚します」
その一言にヒイラギは感極まりマナを抱きしめた。彼の瞳から月の雫が流れ落ち、マナの髪を濡らす。
「ありがとう。本当にありがとう。マナ、これからはずっと一緒だ。舞踏会、緊張すると思うけど、僕も一緒にいるから心配しなくていいからね」
せっかく綺麗に纏めた髪が乱れそうになるほど抱きしめられ、マナはくすぐったくなった。彼の孤独をこれから二人の時間に塗り替えていくのだと思うと、マナの心に柔いぬくもりが広がっていった。
シンが舞踏会に向け黒の燕尾服を身に纏うと、ヒイラギの部屋に呼ばれた。マナはおらず、ヒイラギだけだった。濃紺の燕尾服を着て髪を後ろで纏めている彼は堂々と自信に満ち、燃えるような金色の双眸でシンを迎え入れた。王族らしい風格に満ちた態度に、シンですら感心しそうになった。
「やあ、シン。舞踏会に来てくれてありがとう。君は僕の大切な友達だから、ちゃんと紹介したかったんだ」
「……そうか。光栄だ」
シンはつい先日恋破れたばかりの身、ここに立っているのも辛いものがあるが、それでもマナとヒイラギの門出を見守りたかった。マナは今夜からヒイラギの婚約者となる。となれば、シンが彼女と会える機会は激減するはずなのだから。
「今夜からマナは王城で暮らすことになるから簡単に村には帰れなくなるけど、シンやマナのお父上が来てくださる分には問題ない。きっとマナも会いたいと思っているよ。また三人でお茶をしようね」
「ああ、そうだな」
小さな村の隣に住む幼なじみが、ずいぶんと遠い存在になってしまった。しかし彼女がいなくなったわけでも、会えなくなるのでもない。シンは一度目を閉じ、再度ヒイラギを見据えた。ヒイラギは王族らしく泰然とシンに微笑む。
「ヒイラギ、マナを頼む。マナがお前を選んだんだ、アイツを幸せにするのはお前の役目だ。……もしアイツが少しでも不幸せになったらどうなるか、わかってるな」
「うん、一生をかけて幸せにするよ。必ず」
凛としたヒイラギの声にようやくシンは力が抜けた。脱力したシンを見てヒイラギはくすくすと笑った。
「万が一マナに何かあったら、シンはきっとマナを連れていくんだろうね」
「当たり前だ。たとえ犯罪者になってでもオレはマナを救い出す」
「僕も大切な友達にそんな風になってほしくないから、頑張るよ。住み慣れた故郷を離れてまでここに来てくれたんだ。絶対に幸せにする」
シンがふと窓の外を見ると、満月が昇り星空が広がっていた。そろそろ舞踏会が始まる頃か。ヒイラギも気付き、シンに笑いかける。
「シン、そろそろ僕は行くよ。シンもホールで待っていてくれないかな。もうすぐ舞踏会が始まるから」
「ああ、わかった」
海上都市シバの王城で開催された舞踏会にはヒイラギと年が近い近隣の都市の王族や貴族が招かれ、麗しいワルツの旋律が流れる非日常の場だった。
「マナ、大丈夫。僕がついてるから。僕のそばにいて」
事前にヒイラギにそう言われ、マナは手を取られた。微笑む彼は神々しく、頼もしい王子様だった。彼はマナを婚約者、シンを友人であると紹介し、これからも近隣の都市と親交を深めたいと宣言した。複数の王族や貴族を前にしても臆さず笑顔を絶やさない彼は、眩いほどだった。
そうして彼と寄り添い他の参加者と歓談した後、ついにマナはヒイラギと踊ることになった。優雅な社交界の踊りなど全く知らないマナを、ヒイラギは優しい笑顔で包んでくれた。
「踊るといっても大したことないよ。こうしてゆっくりリズムに合わせて。僕に委ねて……そうそう、上手だよ」
彼の手がマナの手を取り、腰を支えてくれる。慣れないドレスに困惑しながらも何とか踊っている体裁を保つマナをヒイラギは称賛する勢いで褒めてくれ、何とか舞踏会を乗り切ることができた。小さな村で過ごし、ダンスや社交場とは縁のなかったマナには一苦労だった。
「マナ、おいで。僕の部屋で少し休もう。お疲れ様」
舞踏会が終わり緊張の糸が切れた瞬間、彼に優しく部屋に誘われた。疲れ切ったマナには「僕の部屋」という単語に疑問を抱く余地がなかった。当然のようにヒイラギの部屋に入り、ベッドに座るよう促される。ヒイラギは部屋に入った瞬間後ろで束ねていた髪をほどき、マナをベッドに押し倒した。体がベッドに沈み込んだ瞬間、ふわりとベッドから彼の匂いが漂い酔いそうになる。ぼんやりした数秒の間に、彼に唇を奪われていた。
「んっ……」
優しい触れるだけのキスを何度も重ねていく。最初は唇が触れ合うだけだったが彼の舌に舌を絡め取られ、夜の意味深な空気に怪しい音が響き渡る。
「んん……」
体を蝕んでいた疲労が甘くとろけた何かに変わっていく。マナは惚けた目でヒイラギを見つめ返していた。彼は穏やかに微笑み、月のような金色の瞳でマナを見据えて離さなかった。
「ヒイラギ様……どうなさったのですか……?」
「これから君がずっとそばにいてくれるって思ったら、止まらなくなったんだ。まだ結婚していないから『そういうこと』をするには早いのにね」
ヒイラギの言葉にマナの顔が発熱した。もしもすでに結婚していたなら今夜は……?そんなことを考えてしまい、全身が熱くなった。
「大丈夫、いきなり『そういうこと』はしないよ。でも、キスはいっぱいしたい。ねえ、いいよね?」
首を傾げたヒイラギは子猫のようで、艶めかしい色気を放ちつつも可愛らしかった。そんな顔で見つめられたら、マナも了承せざるを得ない。
「はい。たくさんしてください」
「ありがとう。嬉しい」
ちゅ、ちゅ、と額や頬に何度も口付けられ、くすぐったいだけではない淡い電流が駆け抜けていく。マナもヒイラギの首に両腕を回し、ぎゅっと抱きついた。彼が見た目とは裏腹に寂しがり屋なのは知っていたが、甘えたがりも発症しているのかもしれない。
「マナ、今夜は一緒に寝ようよ。君と離れたくない。愛してる」
可愛らしい表情を見せつつも耳元で囁かれ、マナは全身痺れながらこくりと頷いた。彼はマナの隣に寝転ぶと体を丸め、マナを抱きしめ目を閉じた。その寝顔は心から嬉しそうなもので、見つめているマナにも幸福を伝播させた。
舞踏会を無事終えたマナは、正式にヒイラギの婚約者となり王城に住まう身となった。マナは村娘として長く暮らした身、正式な婚姻を結び王族となるまでに身につけねばならぬ礼儀作法等は山ほどある。マナには専属の家庭教師がつき、王族として必要な知識やマナー等を徹底的に叩き込まれることとなった。慣れない授業や服装、マナーに四苦八苦しながらも、農作業で鍛えた体力で何とか毎日を乗り越えていた。
「はい、では今日はこの辺りにしておきましょう」
家庭教師の凛とした声が響き、マナはぐったりと机に倒れ伏した。その背中をぱしんと家庭教師に叩かれる。
「いけませんよ、マナ様。あなたはヒイラギ様の奥様、ひいては王妃になられるお方なのです。民の模範になるべき方なのですから、しゃっきりしていただかなくては」
「は、はい!」
居住まいを正し元気よく答えると、家庭教師はよろしいと満足そうに頷き、明日もよろしくお願いしますと言いつつ一礼をして去っていった。家庭教師がいなくなったのを見計らい、マナは椅子に座ったまま大きく伸びをした。今日は一日座学の日、座りっぱなしで体の節々が痛む。思いきり伸びをしてすとんと脱力したとき、部屋の扉がノックされた。
「マナ、入ってもいいかな?」
ヒイラギの声だった。マナは飛び跳ねるように立ち上がり、自ら駆け寄り扉を開いた。
「お疲れ様、マナ。今日の授業が終わったようだね」
「はい!ようやく!」
ヒイラギはマナの腕を引き抱きしめると、よしよしと頭を撫でてくれた。間近で見つめる彼の微笑みは甘く、優しいお菓子を味わっている気分になる。マナの心がふんわりとあたたかくなった。
「マナ、毎日大変だけどありがとう。家庭教師も言ってたよ、マナは根性があるって」
「村ではずっと農作業とか薪割りとかしてましたからね!体力なら自信があります!」
胸を張るとヒイラギはふふ、とおかしそうに笑った。ヒイラギはマナの座る机に小さな皿とフォークを置いた。皿には少し不恰好な皮が剥かれたリンゴが並んでいた。マナはフォークを手に取り、
「これ、いただいていいんですか?」
尋ねると、ヒイラギは柔く微笑んだ。
「いいよ。マナのために用意したんだから」
「ありがとうございます!」
フォークを刺し、リンゴを口に運ぶ。少しばかり歪でもリンゴはリンゴ、甘酸っぱい爽やかな味が駆け抜けていく。授業を聞いて疲れた頭に沁みる。マナはフォークにリンゴを刺すと、ヒイラギの方へ差し出した。
「私ばかり食べたんじゃもったいないです。どうぞ、ヒイラギ様」
そう言うと、彼は一瞬目を丸くしたがすぐに笑った。
「僕にもくれるんだ。じゃあ甘えちゃおうかな」
彼もリンゴに齧り付いてくれた。シャクシャクと心地いい咀嚼音が響く。
「ありがとう、マナ。美味しいね」
「こちらこそありがとうございます。ヒイラギ様が切ってくださったんですよね」
「そうだよ。やっぱりすぐにわかっちゃうんだね。うーん、結構練習はしたんだけどなあ」
困惑するヒイラギは可愛らしく、マナは思わず彼の頭を撫でた。さらさらの青い髪が心地よく指の間を流れていく。ヒイラギは嬉しそうに破顔した。
「ふふ、ありがとう。そうだ、今日の授業でわからないところとかない?僕も同じ授業を受けたから、きっと解説できると思うよ」
「あ、ではここをもう少し詳しく教えてください」
分厚い教科書の一点を指差すと、ヒイラギは得意げに笑ってわかりやすく説明してくれる。二人の距離は近く、彼の青い髪がマナの髪に触れそうなほどだった。
花嫁修行をしなければならないと聞いたときは大変そうだと思ったが、彼はマナに寄り添っていてくれる。眩く優雅な彼に相応しくなれるよう頑張らないと。マナは決意を新たにしつつ、麗しい婚約者の美貌に見惚れていた。
王子様と愛を囁く
マナは招待状を見つめたとき、真っ先にヒイラギの顔が浮かんだ。マナを切実に求める金色の眼差しが忘れられない。彼とともに歩むとは王族になるということであり、これからの人生に大きな変化をもたらすことは間違いないが、あの繊細で優美な王子の支えになりたかった。
マナは舞踏会に出席の返事をし、シンにもその旨を伝え彼からの求愛には応えられないことをはっきりと告げた。するとシンは、
「……そうか。わかった。オレも舞踏会に招待されてる、オレも一緒に行くからな」
と返した。
舞踏会当日、二人は王城を訪れた。二人を出迎えたメイドに案内され、二人はそれぞれ舞踏会に適した服装や髪型に整えることになった。
衣装部屋に通されたマナは深い臙脂色のイブニングドレスを身に纏い、メイドに髪型を整えられ化粧を施されていた。メイドは見るからに嬉しそうな様子で、マナを恭しく迎えた。
「嬉しいですわ、マナ様。ヒイラギ様とご結婚すると決められたのですね。我々メイドとしては感無量でございます」
「そうなんですか?」
「ええ。マナ様が帰られてから、ヒイラギ様ったらずっと寂しそうにされていて。もう見ていられないと思っていたところでしたの」
鏡の中のマナは、社交界にいてもおかしくない明るい輝きを放つ女性に変わっていた。自身でもわかるほどの変化に誰よりもマナが驚いた。服や髪型を変え、化粧をするとこんなにも変わるのかと呆然としていると、メイドはくすくすと笑う。
「ふふ、とても可愛らしいです、マナ様。ヒイラギ様にお見せしましょう、きっと喜びますわ」
「は、はい」
ドレスの裾が長く歩き慣れないが、亀の歩みでヒイラギの部屋に辿り着く。メイドが扉を開けると、そこには濃紺の燕尾服を着たヒイラギがいた。長い髪を後ろで一つに結び優雅に垂らしている。振り向いた拍子に青い髪が緩やかに揺れ、あまりの美しさにマナは魅入ってしまった。
「マナ!待ってたよ。とても綺麗だ」
ヒイラギは流れるようにマナの手を取った。金色の瞳は満月に似た蠱惑的な輝きを放ち、マナを真っ直ぐ見据えている。
「マナ、舞踏会に来てくれてありがとう。僕の愛を受け取ってくれるんだね」
「はい。私、決めました。ヒイラギ様と結婚します」
その一言にヒイラギは感極まりマナを抱きしめた。彼の瞳から月の雫が流れ落ち、マナの髪を濡らす。
「ありがとう。本当にありがとう。マナ、これからはずっと一緒だ。舞踏会、緊張すると思うけど、僕も一緒にいるから心配しなくていいからね」
せっかく綺麗に纏めた髪が乱れそうになるほど抱きしめられ、マナはくすぐったくなった。彼の孤独をこれから二人の時間に塗り替えていくのだと思うと、マナの心に柔いぬくもりが広がっていった。
シンが舞踏会に向け黒の燕尾服を身に纏うと、ヒイラギの部屋に呼ばれた。マナはおらず、ヒイラギだけだった。濃紺の燕尾服を着て髪を後ろで纏めている彼は堂々と自信に満ち、燃えるような金色の双眸でシンを迎え入れた。王族らしい風格に満ちた態度に、シンですら感心しそうになった。
「やあ、シン。舞踏会に来てくれてありがとう。君は僕の大切な友達だから、ちゃんと紹介したかったんだ」
「……そうか。光栄だ」
シンはつい先日恋破れたばかりの身、ここに立っているのも辛いものがあるが、それでもマナとヒイラギの門出を見守りたかった。マナは今夜からヒイラギの婚約者となる。となれば、シンが彼女と会える機会は激減するはずなのだから。
「今夜からマナは王城で暮らすことになるから簡単に村には帰れなくなるけど、シンやマナのお父上が来てくださる分には問題ない。きっとマナも会いたいと思っているよ。また三人でお茶をしようね」
「ああ、そうだな」
小さな村の隣に住む幼なじみが、ずいぶんと遠い存在になってしまった。しかし彼女がいなくなったわけでも、会えなくなるのでもない。シンは一度目を閉じ、再度ヒイラギを見据えた。ヒイラギは王族らしく泰然とシンに微笑む。
「ヒイラギ、マナを頼む。マナがお前を選んだんだ、アイツを幸せにするのはお前の役目だ。……もしアイツが少しでも不幸せになったらどうなるか、わかってるな」
「うん、一生をかけて幸せにするよ。必ず」
凛としたヒイラギの声にようやくシンは力が抜けた。脱力したシンを見てヒイラギはくすくすと笑った。
「万が一マナに何かあったら、シンはきっとマナを連れていくんだろうね」
「当たり前だ。たとえ犯罪者になってでもオレはマナを救い出す」
「僕も大切な友達にそんな風になってほしくないから、頑張るよ。住み慣れた故郷を離れてまでここに来てくれたんだ。絶対に幸せにする」
シンがふと窓の外を見ると、満月が昇り星空が広がっていた。そろそろ舞踏会が始まる頃か。ヒイラギも気付き、シンに笑いかける。
「シン、そろそろ僕は行くよ。シンもホールで待っていてくれないかな。もうすぐ舞踏会が始まるから」
「ああ、わかった」
海上都市シバの王城で開催された舞踏会にはヒイラギと年が近い近隣の都市の王族や貴族が招かれ、麗しいワルツの旋律が流れる非日常の場だった。
「マナ、大丈夫。僕がついてるから。僕のそばにいて」
事前にヒイラギにそう言われ、マナは手を取られた。微笑む彼は神々しく、頼もしい王子様だった。彼はマナを婚約者、シンを友人であると紹介し、これからも近隣の都市と親交を深めたいと宣言した。複数の王族や貴族を前にしても臆さず笑顔を絶やさない彼は、眩いほどだった。
そうして彼と寄り添い他の参加者と歓談した後、ついにマナはヒイラギと踊ることになった。優雅な社交界の踊りなど全く知らないマナを、ヒイラギは優しい笑顔で包んでくれた。
「踊るといっても大したことないよ。こうしてゆっくりリズムに合わせて。僕に委ねて……そうそう、上手だよ」
彼の手がマナの手を取り、腰を支えてくれる。慣れないドレスに困惑しながらも何とか踊っている体裁を保つマナをヒイラギは称賛する勢いで褒めてくれ、何とか舞踏会を乗り切ることができた。小さな村で過ごし、ダンスや社交場とは縁のなかったマナには一苦労だった。
「マナ、おいで。僕の部屋で少し休もう。お疲れ様」
舞踏会が終わり緊張の糸が切れた瞬間、彼に優しく部屋に誘われた。疲れ切ったマナには「僕の部屋」という単語に疑問を抱く余地がなかった。当然のようにヒイラギの部屋に入り、ベッドに座るよう促される。ヒイラギは部屋に入った瞬間後ろで束ねていた髪をほどき、マナをベッドに押し倒した。体がベッドに沈み込んだ瞬間、ふわりとベッドから彼の匂いが漂い酔いそうになる。ぼんやりした数秒の間に、彼に唇を奪われていた。
「んっ……」
優しい触れるだけのキスを何度も重ねていく。最初は唇が触れ合うだけだったが彼の舌に舌を絡め取られ、夜の意味深な空気に怪しい音が響き渡る。
「んん……」
体を蝕んでいた疲労が甘くとろけた何かに変わっていく。マナは惚けた目でヒイラギを見つめ返していた。彼は穏やかに微笑み、月のような金色の瞳でマナを見据えて離さなかった。
「ヒイラギ様……どうなさったのですか……?」
「これから君がずっとそばにいてくれるって思ったら、止まらなくなったんだ。まだ結婚していないから『そういうこと』をするには早いのにね」
ヒイラギの言葉にマナの顔が発熱した。もしもすでに結婚していたなら今夜は……?そんなことを考えてしまい、全身が熱くなった。
「大丈夫、いきなり『そういうこと』はしないよ。でも、キスはいっぱいしたい。ねえ、いいよね?」
首を傾げたヒイラギは子猫のようで、艶めかしい色気を放ちつつも可愛らしかった。そんな顔で見つめられたら、マナも了承せざるを得ない。
「はい。たくさんしてください」
「ありがとう。嬉しい」
ちゅ、ちゅ、と額や頬に何度も口付けられ、くすぐったいだけではない淡い電流が駆け抜けていく。マナもヒイラギの首に両腕を回し、ぎゅっと抱きついた。彼が見た目とは裏腹に寂しがり屋なのは知っていたが、甘えたがりも発症しているのかもしれない。
「マナ、今夜は一緒に寝ようよ。君と離れたくない。愛してる」
可愛らしい表情を見せつつも耳元で囁かれ、マナは全身痺れながらこくりと頷いた。彼はマナの隣に寝転ぶと体を丸め、マナを抱きしめ目を閉じた。その寝顔は心から嬉しそうなもので、見つめているマナにも幸福を伝播させた。
舞踏会を無事終えたマナは、正式にヒイラギの婚約者となり王城に住まう身となった。マナは村娘として長く暮らした身、正式な婚姻を結び王族となるまでに身につけねばならぬ礼儀作法等は山ほどある。マナには専属の家庭教師がつき、王族として必要な知識やマナー等を徹底的に叩き込まれることとなった。慣れない授業や服装、マナーに四苦八苦しながらも、農作業で鍛えた体力で何とか毎日を乗り越えていた。
「はい、では今日はこの辺りにしておきましょう」
家庭教師の凛とした声が響き、マナはぐったりと机に倒れ伏した。その背中をぱしんと家庭教師に叩かれる。
「いけませんよ、マナ様。あなたはヒイラギ様の奥様、ひいては王妃になられるお方なのです。民の模範になるべき方なのですから、しゃっきりしていただかなくては」
「は、はい!」
居住まいを正し元気よく答えると、家庭教師はよろしいと満足そうに頷き、明日もよろしくお願いしますと言いつつ一礼をして去っていった。家庭教師がいなくなったのを見計らい、マナは椅子に座ったまま大きく伸びをした。今日は一日座学の日、座りっぱなしで体の節々が痛む。思いきり伸びをしてすとんと脱力したとき、部屋の扉がノックされた。
「マナ、入ってもいいかな?」
ヒイラギの声だった。マナは飛び跳ねるように立ち上がり、自ら駆け寄り扉を開いた。
「お疲れ様、マナ。今日の授業が終わったようだね」
「はい!ようやく!」
ヒイラギはマナの腕を引き抱きしめると、よしよしと頭を撫でてくれた。間近で見つめる彼の微笑みは甘く、優しいお菓子を味わっている気分になる。マナの心がふんわりとあたたかくなった。
「マナ、毎日大変だけどありがとう。家庭教師も言ってたよ、マナは根性があるって」
「村ではずっと農作業とか薪割りとかしてましたからね!体力なら自信があります!」
胸を張るとヒイラギはふふ、とおかしそうに笑った。ヒイラギはマナの座る机に小さな皿とフォークを置いた。皿には少し不恰好な皮が剥かれたリンゴが並んでいた。マナはフォークを手に取り、
「これ、いただいていいんですか?」
尋ねると、ヒイラギは柔く微笑んだ。
「いいよ。マナのために用意したんだから」
「ありがとうございます!」
フォークを刺し、リンゴを口に運ぶ。少しばかり歪でもリンゴはリンゴ、甘酸っぱい爽やかな味が駆け抜けていく。授業を聞いて疲れた頭に沁みる。マナはフォークにリンゴを刺すと、ヒイラギの方へ差し出した。
「私ばかり食べたんじゃもったいないです。どうぞ、ヒイラギ様」
そう言うと、彼は一瞬目を丸くしたがすぐに笑った。
「僕にもくれるんだ。じゃあ甘えちゃおうかな」
彼もリンゴに齧り付いてくれた。シャクシャクと心地いい咀嚼音が響く。
「ありがとう、マナ。美味しいね」
「こちらこそありがとうございます。ヒイラギ様が切ってくださったんですよね」
「そうだよ。やっぱりすぐにわかっちゃうんだね。うーん、結構練習はしたんだけどなあ」
困惑するヒイラギは可愛らしく、マナは思わず彼の頭を撫でた。さらさらの青い髪が心地よく指の間を流れていく。ヒイラギは嬉しそうに破顔した。
「ふふ、ありがとう。そうだ、今日の授業でわからないところとかない?僕も同じ授業を受けたから、きっと解説できると思うよ」
「あ、ではここをもう少し詳しく教えてください」
分厚い教科書の一点を指差すと、ヒイラギは得意げに笑ってわかりやすく説明してくれる。二人の距離は近く、彼の青い髪がマナの髪に触れそうなほどだった。
花嫁修行をしなければならないと聞いたときは大変そうだと思ったが、彼はマナに寄り添っていてくれる。眩く優雅な彼に相応しくなれるよう頑張らないと。マナは決意を新たにしつつ、麗しい婚約者の美貌に見惚れていた。