幼なじみと王子様が私を離してくれない
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#11 幼なじみと王子様が変わっていく
どんなときでも日が昇り、朝がやって来る。マナはいつもどおり起き上がると、枕元に置いていた手紙を撫でた。赤い蝋封が鮮やかな、父から手渡されたヒイラギの手紙。何度も読み返してしまった。彼は今日もマナがいない王城で過ごしているのだろうと思うと少しばかり切なくなる。
一階に下りると支度を済ませた父親がいた。彼は今にも家を出ていくところだったが、玄関で立ち止まり振り返った。
「おはよう、マナ。すまないが、今日はシンと一緒に薪を調達に行ってくれないか」
「え、シンと?」
マナはぴたりと不自然に動きを止めた。質素な生活をしている村では薪は必需品、定期的に手に入れる必要がある。シンとともに薪割りに行くのは何ら珍しいことではなかったが、今日は妙に意識してしまった。何しろ昨日、彼から熱い求愛を受けたばかりなのだから。
「ああ。王城に行ってくるから、よろしく頼むぞ」
「あ……」
父親はさらりと告げ、あっさりと家を出ていった。外では馬車に荷物を積む音が聞こえる、取引に行くのだろう。マナはしばし立ち尽くしていたが、必要なことならやらねばならない。ぺちぺちと自身の頬を叩き、マナはシンの家に向かった。コンコンと扉をノックすると、
「おはよう、マナ」
黒髪と金色の瞳が凛々しいシンに出迎えられた。彼は普段どおりに見え、何かを意識しているのはマナだけのようだった。マナはシンと目を合わせづらく、ふわふわと目を泳がせていた。
「おはよう、シン。あの、薪がなくなってきたから森に行こうと思ってて」
「ああ、もうなくなってきたのか。じゃあ弁当を用意して一緒に行くか」
シンはマナを自宅に招き入れキッチンに向かおうとしたが、何かを思い出したように足を止めた。マナの方を向く。
「マナ、悪いが手伝ってくれないか。一緒に作りたい」
「うん、もちろん」
マナは素直にシンの求めに応じ、二人でキッチンに並ぶ。シンの料理の腕はなかなかのもので、マナに的確に指示を出しつつ作業を進めていく。よく彼に食事を作ってもらっていたが、彼の手際のよさに改めて感心する。
「いつ見ても思うけど、シンってすごいなあ。料理本当に上手だよね」
「そうか?まぁ、一人暮らしが長いから」
シンは何気なく言いつつちらりとマナに目を向けた。何やら意味深な視線にマナが不思議に思っていると、
「お前と結婚したらお前のためだけに料理を作るんだろうな。きっと幸せだと思う」
「!?」
照れくさそうに話すシンの言葉が聞こえ、マナは全身が沸騰するような気がした。思わず手が止まってしまう。リンゴの皮を剥く中途半端な格好で固まってしまった。隣にいたシンは苦笑いを漏らし、マナからリンゴと果物ナイフを取り上げる。
「オレがやる。あとはこれだけだから、マナは座ってていいぞ。ありがとう」
「え、あ、うん……」
リンゴを剥く彼の横顔はうっすら赤く、自分で言っておきながら恥じらいを滲ませるのが可愛らしい。隣に住む彼とはそれなりの時間を過ごした自負があるが、初めて見る表情だった。
二人分の弁当を作り終えたマナとシンは、村に近い森へ足を踏み入れた。森から少し歩いたところに薪割り台があり、周辺には緑鮮やかな木々が生い茂っている。風が吹くたびに木々が揺れ、葉擦れが心地よい音を響かせる。
二人はそれぞれ斧を手に取り、黙々と薪を割っていた。金属の塊が木材を割る気持ちのいい音が響き、次々と手頃な大きさの薪に変わっていく。体力を使うが単調な作業の繰り返し、マナの頭から余計な思考が抜けていくのを感じた。汗を流し斧を振るうのは危険を伴うものの、村の住民なら誰もがやること。それはマナも例外ではなかった。
「あ、あれ?」
だが男女の力の差は歴然で、時折マナの力ではうまく薪を割れないことがあった。木材の途中で刃が食い込んでしまい、斧を抜くこともできなくなる。そんなときすぐそばで薪割りに没頭しているシンがすぐに気付いてくれ、
「どうした、マナ」
「斧が食い込んじゃって抜けないの」
「これなら抜くより割った方がいいな」
的確に判断し食い込む斧を握り締め、勢いよく薪を割った。汗を拭う彼にマナは何度も頭を下げた。
「ありがとう、シン!やっぱり頼りになるなぁ」
「そうか?頼ってくれるのは嬉しい」
普段なら「そうか?」の一言で淡々と済ませるだろう彼は、素直に喜びを口にした。彼の飾らない感情を聞くことはあまりなかったかもしれない。マナの心臓はドキドキとうるさかった。マナがふと息をついた瞬間、ぐうぅと腹の虫が鳴った。シンは斧を置き、呆れたように笑った。
「腹減ったな。そろそろ休憩するか」
「うん」
顔を赤らめるマナの肩をシンがぽんと叩いた。軽い慰め程度の接触だったが、突然のことに驚いてしまった。木陰に座り弁当を広げるシンは力仕事を終えて汗ばみ血色がよく、力強い美しさを纏っていた。これまでは「男性」としてほとんど意識してこなかったシンだが、一度異性であることを感じさせる告白を受ければ見方も変わる。マナは遠慮がちにシンの隣に座り、バスケットの蓋を開けた。シンと二人で作ったサンドイッチは見るからに美味しそうで喉が鳴る。迷わず手に取り口にした。美味しい。
「力仕事の後のご飯は美味しいね」
「ああ。マナと一緒に作ったからひとしおだな」
「……なんかシン、変わったね」
「ん?」
もぐもぐと口を動かすシンを見つめぽつりと呟くと、彼は不思議そうな顔をしていた。少し間の抜けた雰囲気の表情は可愛らしく、子供っぽく感じられる。マナはくすりと笑った。
「うん。なんか……シンってこんなにいっぱい喋るっけって思った」
「無口なヤツだと思ってたってことか?まあ否定はしないけどな」
シンは自嘲するように笑い、サンドイッチを豪快に口にした。その食べっぷりは見ていて気持ちいいほどで、さりげない男性らしさを醸し出していた。
「ずっと言えなかった気持ちをやっと言えたんだ。その影響じゃないか」
「そ、そっか……」
「それとも、前のオレの方がよかったか?」
シンの金色の瞳がマナを捉えた。返答次第では悲しむだろう純粋な眼差しに嘘はつけなかった。
「どっちのシンもいいと思うよ」
「そうか」
マナの答えにシンは目を逸らしながらも笑っていた。二人だけの木陰にそよ風が吹き、熱い体を冷ましていく。
「薪の量はあれくらいで十分だな。……マナ」
「ん?」
弁当を食べ終えたシンは、まだゆったりと味わっているマナを真っ直ぐ見つめた。その瞳は何かを乞い願う切実なものに見えた。
「もう少し休んでから帰らないか。親父さんもまだ帰ってないだろうし、休憩してからでもいいだろ?」
本心を剥き出しにした言葉が静かな森に満ち、マナはこくりと頷いた。サンドイッチを味わいながら小鳥のさえずりやそよ風の生む微かな音を楽しんでいると、曲げた片膝に頭を乗せシンがマナを見つめていた。苦笑いと茶目っ気が混ざった、シンにしては意外な可愛らしい顔だった。
「マナ、少しお前に寄りかかってもいいか」
「え、体調悪いの?大丈夫?」
無意識に尋ねるとシンは深いため息をついた。頭を抱えつつも、彼は言う。
「ああ、悪い。そういうことじゃなくて……せっかくお前と二人きりなんだ、もっと近くにいたいだけだ」
「……!シン、なんか本当……こんなこと今まで言わなかったじゃない」
「今だから言えるようになったんだよ。それで、どうなんだ?嫌なら無理にとは言わないけど」
最後の方は目を逸らしつつの言葉で、明らかに残念そうな口ぶりだった。マナは最後のサンドイッチを頬張り、
「いいよ。で、でもあんまりべったりくっつくのは無しだからね!」
「わかった」
言った瞬間、マナの肩にシンが寄りかかってきた。触れているのはシンの顔と肩くらい、マナの意向を汲む思慮を感じるもたれ方だった。
食事を終えた二人の間に少しの沈黙が流れる。大きな樹の木陰は心地よく、少し冷たい空気すら感じられ薪割りで疲れた体にはちょうどよかった。枝の間を小さな鳥が飛び交い、愛を歌うように楽しげな声を響かせている。マナにもたれるシンは寝てしまうのではないかと思うほど居心地よさそうにしていた。いつもきゅっと唇を結んだ精悍な幼なじみのこんなくつろいだ姿を見るのは初めてかもしれない。マナの口元が自然と緩んだ。
「そういえば、マナ」
しばし沈黙を楽しんでいたところ、シンが口を開いた。何だろうと彼を見ると、シンはやや鋭い目つきだった。
「ヒイラギから手紙が届いたんだ。近いうちに舞踏会をするからオレを招待したいって書いてあった」
「え!?シンにも手紙が来てたんだ。私にもあったよ、ヒイラギ様からの手紙。舞踏会の招待状を近いうちに送るって」
「ああ……やっぱりそうだったか」
シンの言葉に赤い蝋封の手紙を思い出した。丁寧に綴られたヒイラギの切実な願いを思い出すと胸がじんわりと熱くなる。
「舞踏会でお前を婚約者として紹介したいらしいな。……お前、ヒイラギと結婚するのか?」
マナに寄りかかるのをやめたシンは、彼女の瞳を真正面から射抜くように見つめた。金色の瞳はヒイラギと似ているようで、少しの鋭さを纏いマナに柔く刺さる。
「まだ迷ってるの。ヒイラギ様と結婚するなら舞踏会に来てって言われてて……」
「なるほど」
「あのね、シン」
真摯な態度のシンにはきちんと伝えねばならないだろう。マナはシンの眼差しを受け止めつつ口を開いた。
「舞踏会の招待状が来るまでに、ヒイラギ様とシンにどう返事するかちゃんと決めようと思ってるの。二人とも待たせるわけにはいかないし。だから……シン、もう少しだけ待っててくれる?」
伝えた瞬間、シンは笑みを漏らした。どこか満足そうな笑みにマナが首を傾げると、
「ああ、わかった。お前もオレとのこと、ちゃんと考えてくれてるんだな。ありがとう。オレは待ってるから」
シンに頭を優しく撫でられた。マナは少しだけ乱れた髪を手櫛で整え、
「もう!子供扱いしないでよね!」
軽い口調で抗議した。楽しそうに笑ったシンは、純朴な少年に見えた。
シンと薪割りをした数日後、朝目覚めたマナは父親に呼び止められた。
「マナ、今日の取引は一緒に来てほしい。ヒイラギ様がお前に直接会って話したいと言っておられた」
「あ、そうなんだ。わかった。じゃあ今日は一緒に行くね」
シバに向かう馬車に乗るのは久しぶりだ。ごとごとと揺られながら、マナはヒイラギに思いを馳せた。王城を去る日寂しそうにしていた彼はマナがいなくとも息災だろうか、と少しばかり不躾なことを考えていた。
考え事をしているとシバに辿り着き、王城に案内される。父は女王に謁見し、マナはヒイラギの部屋に通された。メイドに連れられ王城内を歩いたが、少し前にいたときよりも何やら騒がしい雰囲気だった。執事やメイドが慌ただしく廊下を駆けていくのが見えた。
メイドがヒイラギの部屋の扉を開ける。何度か通されたヒイラギの部屋は、相変わらず豪奢な調度品に囲まれた高級感の漂う場所だった。久方ぶりに見たヒイラギはマナと目が合うとにっこりと笑い、
「マナ!来てくれたんだね!」
駆け寄るとマナの手を取った。甘くとろけるような金色の瞳に見つめられ、マナは安堵した。彼の眩いまでの美貌と優雅な手は王族らしい余裕を感じさせるもので、落ち込んでいるようには見えなかった。
「ご無沙汰しておりました、ヒイラギ様。お元気そうで何よりです」
「元気そうに見える?ならよかったよ」
ヒイラギは意味深に笑い、マナの手の甲に口付けた。しっとりと瑞々しい唇の感触に、マナは全身熱くなるのを感じた。
「本当はね、君がいなくて胸が張り裂けそうだった。来てくれて嬉しい。少しお茶でもしよう」
ヒイラギに促され、お茶とお菓子で彩られたテーブルにつく。対面に座った彼は柔らかく笑み、そっと封筒を差し出した。白い封筒に赤い蝋封、以前受け取った手紙とほぼ同じ装丁だが手に持ってみると少し硬く、立派な便箋が中に入っているだろうことが窺えた。
「早速だけど、舞踏会の招待状だよ。シンにも同じものを今日出すんだ」
「招待状……」
ついに、とマナは唾を呑んだ。二人の男性に愛を伝えられている、曖昧にしていた関係に決着を付けるときがやって来た。緊張するマナにヒイラギは甘く微笑んだ。
「以前手紙でも書いたけど、君を僕の妻として迎え入れたい。ひいてはちょうど舞踏会があるから、きちんと紹介したいんだ。君にその気がないのなら、この招待状は忘れてもらって構わない。ただ欠席の返事をしてくれたらいい」
「……はい」
「どうしたの、マナ。……すごく悩んでいるみたいだね」
「ヒイラギ様から結婚してほしいなんて言われたら悩みますよ!私は平民ですし……」
俯いたマナを見たヒイラギは立ち上がり、マナのもとに跪いた。青い髪が優美に垂れ下がり、金色の双眸が花のような優しさをもってマナを見つめている。
「ふふ、そうだよね。結婚はとても大きな問題だから、悩んで当然だ。君のそばにはシンもいることだし」
「シン?」
「うん。きっとシンからも結婚を申し込まれているんじゃないかな?シンも君が好きだと言っていたから」
「……!ご存知だったのですか」
驚いて尋ねると、ヒイラギはウインクをしてみせた。
「あくまでも推測だったけど、本当だったんだね。じゃあ君が悩むのも当然だ。シンは素敵な男性だから」
「はい……」
戸惑うマナとは裏腹に、ヒイラギは至極冷静に返した。しかしその数秒後には、ヒイラギの瞳が少し潤んで揺れながらマナを見つめていた。
「マナ、何度だって言う。僕と結婚してほしい。マナが村に帰ってからとても寂しくて……君がいない日々にはもう戻れないんだ。君と一分一秒でも長く一緒にいたい。ずっと君のそばにいたい。あんな失態は二度と見せないから」
優雅で泰然とした王族の仮面が外れたヒイラギは、今にも泣きそうな顔をしていた。王子ではなく繊細な一人の青年としてマナを見つめるヒイラギに、マナの心臓は高鳴るばかりだった。彼の手を取り、そっと立たせると背の高い彼に見下ろされる。それでも寂しげなヒイラギの前に立ち、マナはヒイラギの手を柔く握った。ヒイラギの手は大きく、感情の昂りに伴う熱を纏っていた。
「ヒイラギ様、舞踏会の招待状をありがとうございます。必ず返事をいたしますので、少しだけお待ちください」
そう伝えると、マナは腕を引かれ抱きしめられた。彼の腕の中は熱く、ぽろぽろと雨の雫が零れマナの髪をかすかに濡らした。
どんなときでも日が昇り、朝がやって来る。マナはいつもどおり起き上がると、枕元に置いていた手紙を撫でた。赤い蝋封が鮮やかな、父から手渡されたヒイラギの手紙。何度も読み返してしまった。彼は今日もマナがいない王城で過ごしているのだろうと思うと少しばかり切なくなる。
一階に下りると支度を済ませた父親がいた。彼は今にも家を出ていくところだったが、玄関で立ち止まり振り返った。
「おはよう、マナ。すまないが、今日はシンと一緒に薪を調達に行ってくれないか」
「え、シンと?」
マナはぴたりと不自然に動きを止めた。質素な生活をしている村では薪は必需品、定期的に手に入れる必要がある。シンとともに薪割りに行くのは何ら珍しいことではなかったが、今日は妙に意識してしまった。何しろ昨日、彼から熱い求愛を受けたばかりなのだから。
「ああ。王城に行ってくるから、よろしく頼むぞ」
「あ……」
父親はさらりと告げ、あっさりと家を出ていった。外では馬車に荷物を積む音が聞こえる、取引に行くのだろう。マナはしばし立ち尽くしていたが、必要なことならやらねばならない。ぺちぺちと自身の頬を叩き、マナはシンの家に向かった。コンコンと扉をノックすると、
「おはよう、マナ」
黒髪と金色の瞳が凛々しいシンに出迎えられた。彼は普段どおりに見え、何かを意識しているのはマナだけのようだった。マナはシンと目を合わせづらく、ふわふわと目を泳がせていた。
「おはよう、シン。あの、薪がなくなってきたから森に行こうと思ってて」
「ああ、もうなくなってきたのか。じゃあ弁当を用意して一緒に行くか」
シンはマナを自宅に招き入れキッチンに向かおうとしたが、何かを思い出したように足を止めた。マナの方を向く。
「マナ、悪いが手伝ってくれないか。一緒に作りたい」
「うん、もちろん」
マナは素直にシンの求めに応じ、二人でキッチンに並ぶ。シンの料理の腕はなかなかのもので、マナに的確に指示を出しつつ作業を進めていく。よく彼に食事を作ってもらっていたが、彼の手際のよさに改めて感心する。
「いつ見ても思うけど、シンってすごいなあ。料理本当に上手だよね」
「そうか?まぁ、一人暮らしが長いから」
シンは何気なく言いつつちらりとマナに目を向けた。何やら意味深な視線にマナが不思議に思っていると、
「お前と結婚したらお前のためだけに料理を作るんだろうな。きっと幸せだと思う」
「!?」
照れくさそうに話すシンの言葉が聞こえ、マナは全身が沸騰するような気がした。思わず手が止まってしまう。リンゴの皮を剥く中途半端な格好で固まってしまった。隣にいたシンは苦笑いを漏らし、マナからリンゴと果物ナイフを取り上げる。
「オレがやる。あとはこれだけだから、マナは座ってていいぞ。ありがとう」
「え、あ、うん……」
リンゴを剥く彼の横顔はうっすら赤く、自分で言っておきながら恥じらいを滲ませるのが可愛らしい。隣に住む彼とはそれなりの時間を過ごした自負があるが、初めて見る表情だった。
二人分の弁当を作り終えたマナとシンは、村に近い森へ足を踏み入れた。森から少し歩いたところに薪割り台があり、周辺には緑鮮やかな木々が生い茂っている。風が吹くたびに木々が揺れ、葉擦れが心地よい音を響かせる。
二人はそれぞれ斧を手に取り、黙々と薪を割っていた。金属の塊が木材を割る気持ちのいい音が響き、次々と手頃な大きさの薪に変わっていく。体力を使うが単調な作業の繰り返し、マナの頭から余計な思考が抜けていくのを感じた。汗を流し斧を振るうのは危険を伴うものの、村の住民なら誰もがやること。それはマナも例外ではなかった。
「あ、あれ?」
だが男女の力の差は歴然で、時折マナの力ではうまく薪を割れないことがあった。木材の途中で刃が食い込んでしまい、斧を抜くこともできなくなる。そんなときすぐそばで薪割りに没頭しているシンがすぐに気付いてくれ、
「どうした、マナ」
「斧が食い込んじゃって抜けないの」
「これなら抜くより割った方がいいな」
的確に判断し食い込む斧を握り締め、勢いよく薪を割った。汗を拭う彼にマナは何度も頭を下げた。
「ありがとう、シン!やっぱり頼りになるなぁ」
「そうか?頼ってくれるのは嬉しい」
普段なら「そうか?」の一言で淡々と済ませるだろう彼は、素直に喜びを口にした。彼の飾らない感情を聞くことはあまりなかったかもしれない。マナの心臓はドキドキとうるさかった。マナがふと息をついた瞬間、ぐうぅと腹の虫が鳴った。シンは斧を置き、呆れたように笑った。
「腹減ったな。そろそろ休憩するか」
「うん」
顔を赤らめるマナの肩をシンがぽんと叩いた。軽い慰め程度の接触だったが、突然のことに驚いてしまった。木陰に座り弁当を広げるシンは力仕事を終えて汗ばみ血色がよく、力強い美しさを纏っていた。これまでは「男性」としてほとんど意識してこなかったシンだが、一度異性であることを感じさせる告白を受ければ見方も変わる。マナは遠慮がちにシンの隣に座り、バスケットの蓋を開けた。シンと二人で作ったサンドイッチは見るからに美味しそうで喉が鳴る。迷わず手に取り口にした。美味しい。
「力仕事の後のご飯は美味しいね」
「ああ。マナと一緒に作ったからひとしおだな」
「……なんかシン、変わったね」
「ん?」
もぐもぐと口を動かすシンを見つめぽつりと呟くと、彼は不思議そうな顔をしていた。少し間の抜けた雰囲気の表情は可愛らしく、子供っぽく感じられる。マナはくすりと笑った。
「うん。なんか……シンってこんなにいっぱい喋るっけって思った」
「無口なヤツだと思ってたってことか?まあ否定はしないけどな」
シンは自嘲するように笑い、サンドイッチを豪快に口にした。その食べっぷりは見ていて気持ちいいほどで、さりげない男性らしさを醸し出していた。
「ずっと言えなかった気持ちをやっと言えたんだ。その影響じゃないか」
「そ、そっか……」
「それとも、前のオレの方がよかったか?」
シンの金色の瞳がマナを捉えた。返答次第では悲しむだろう純粋な眼差しに嘘はつけなかった。
「どっちのシンもいいと思うよ」
「そうか」
マナの答えにシンは目を逸らしながらも笑っていた。二人だけの木陰にそよ風が吹き、熱い体を冷ましていく。
「薪の量はあれくらいで十分だな。……マナ」
「ん?」
弁当を食べ終えたシンは、まだゆったりと味わっているマナを真っ直ぐ見つめた。その瞳は何かを乞い願う切実なものに見えた。
「もう少し休んでから帰らないか。親父さんもまだ帰ってないだろうし、休憩してからでもいいだろ?」
本心を剥き出しにした言葉が静かな森に満ち、マナはこくりと頷いた。サンドイッチを味わいながら小鳥のさえずりやそよ風の生む微かな音を楽しんでいると、曲げた片膝に頭を乗せシンがマナを見つめていた。苦笑いと茶目っ気が混ざった、シンにしては意外な可愛らしい顔だった。
「マナ、少しお前に寄りかかってもいいか」
「え、体調悪いの?大丈夫?」
無意識に尋ねるとシンは深いため息をついた。頭を抱えつつも、彼は言う。
「ああ、悪い。そういうことじゃなくて……せっかくお前と二人きりなんだ、もっと近くにいたいだけだ」
「……!シン、なんか本当……こんなこと今まで言わなかったじゃない」
「今だから言えるようになったんだよ。それで、どうなんだ?嫌なら無理にとは言わないけど」
最後の方は目を逸らしつつの言葉で、明らかに残念そうな口ぶりだった。マナは最後のサンドイッチを頬張り、
「いいよ。で、でもあんまりべったりくっつくのは無しだからね!」
「わかった」
言った瞬間、マナの肩にシンが寄りかかってきた。触れているのはシンの顔と肩くらい、マナの意向を汲む思慮を感じるもたれ方だった。
食事を終えた二人の間に少しの沈黙が流れる。大きな樹の木陰は心地よく、少し冷たい空気すら感じられ薪割りで疲れた体にはちょうどよかった。枝の間を小さな鳥が飛び交い、愛を歌うように楽しげな声を響かせている。マナにもたれるシンは寝てしまうのではないかと思うほど居心地よさそうにしていた。いつもきゅっと唇を結んだ精悍な幼なじみのこんなくつろいだ姿を見るのは初めてかもしれない。マナの口元が自然と緩んだ。
「そういえば、マナ」
しばし沈黙を楽しんでいたところ、シンが口を開いた。何だろうと彼を見ると、シンはやや鋭い目つきだった。
「ヒイラギから手紙が届いたんだ。近いうちに舞踏会をするからオレを招待したいって書いてあった」
「え!?シンにも手紙が来てたんだ。私にもあったよ、ヒイラギ様からの手紙。舞踏会の招待状を近いうちに送るって」
「ああ……やっぱりそうだったか」
シンの言葉に赤い蝋封の手紙を思い出した。丁寧に綴られたヒイラギの切実な願いを思い出すと胸がじんわりと熱くなる。
「舞踏会でお前を婚約者として紹介したいらしいな。……お前、ヒイラギと結婚するのか?」
マナに寄りかかるのをやめたシンは、彼女の瞳を真正面から射抜くように見つめた。金色の瞳はヒイラギと似ているようで、少しの鋭さを纏いマナに柔く刺さる。
「まだ迷ってるの。ヒイラギ様と結婚するなら舞踏会に来てって言われてて……」
「なるほど」
「あのね、シン」
真摯な態度のシンにはきちんと伝えねばならないだろう。マナはシンの眼差しを受け止めつつ口を開いた。
「舞踏会の招待状が来るまでに、ヒイラギ様とシンにどう返事するかちゃんと決めようと思ってるの。二人とも待たせるわけにはいかないし。だから……シン、もう少しだけ待っててくれる?」
伝えた瞬間、シンは笑みを漏らした。どこか満足そうな笑みにマナが首を傾げると、
「ああ、わかった。お前もオレとのこと、ちゃんと考えてくれてるんだな。ありがとう。オレは待ってるから」
シンに頭を優しく撫でられた。マナは少しだけ乱れた髪を手櫛で整え、
「もう!子供扱いしないでよね!」
軽い口調で抗議した。楽しそうに笑ったシンは、純朴な少年に見えた。
シンと薪割りをした数日後、朝目覚めたマナは父親に呼び止められた。
「マナ、今日の取引は一緒に来てほしい。ヒイラギ様がお前に直接会って話したいと言っておられた」
「あ、そうなんだ。わかった。じゃあ今日は一緒に行くね」
シバに向かう馬車に乗るのは久しぶりだ。ごとごとと揺られながら、マナはヒイラギに思いを馳せた。王城を去る日寂しそうにしていた彼はマナがいなくとも息災だろうか、と少しばかり不躾なことを考えていた。
考え事をしているとシバに辿り着き、王城に案内される。父は女王に謁見し、マナはヒイラギの部屋に通された。メイドに連れられ王城内を歩いたが、少し前にいたときよりも何やら騒がしい雰囲気だった。執事やメイドが慌ただしく廊下を駆けていくのが見えた。
メイドがヒイラギの部屋の扉を開ける。何度か通されたヒイラギの部屋は、相変わらず豪奢な調度品に囲まれた高級感の漂う場所だった。久方ぶりに見たヒイラギはマナと目が合うとにっこりと笑い、
「マナ!来てくれたんだね!」
駆け寄るとマナの手を取った。甘くとろけるような金色の瞳に見つめられ、マナは安堵した。彼の眩いまでの美貌と優雅な手は王族らしい余裕を感じさせるもので、落ち込んでいるようには見えなかった。
「ご無沙汰しておりました、ヒイラギ様。お元気そうで何よりです」
「元気そうに見える?ならよかったよ」
ヒイラギは意味深に笑い、マナの手の甲に口付けた。しっとりと瑞々しい唇の感触に、マナは全身熱くなるのを感じた。
「本当はね、君がいなくて胸が張り裂けそうだった。来てくれて嬉しい。少しお茶でもしよう」
ヒイラギに促され、お茶とお菓子で彩られたテーブルにつく。対面に座った彼は柔らかく笑み、そっと封筒を差し出した。白い封筒に赤い蝋封、以前受け取った手紙とほぼ同じ装丁だが手に持ってみると少し硬く、立派な便箋が中に入っているだろうことが窺えた。
「早速だけど、舞踏会の招待状だよ。シンにも同じものを今日出すんだ」
「招待状……」
ついに、とマナは唾を呑んだ。二人の男性に愛を伝えられている、曖昧にしていた関係に決着を付けるときがやって来た。緊張するマナにヒイラギは甘く微笑んだ。
「以前手紙でも書いたけど、君を僕の妻として迎え入れたい。ひいてはちょうど舞踏会があるから、きちんと紹介したいんだ。君にその気がないのなら、この招待状は忘れてもらって構わない。ただ欠席の返事をしてくれたらいい」
「……はい」
「どうしたの、マナ。……すごく悩んでいるみたいだね」
「ヒイラギ様から結婚してほしいなんて言われたら悩みますよ!私は平民ですし……」
俯いたマナを見たヒイラギは立ち上がり、マナのもとに跪いた。青い髪が優美に垂れ下がり、金色の双眸が花のような優しさをもってマナを見つめている。
「ふふ、そうだよね。結婚はとても大きな問題だから、悩んで当然だ。君のそばにはシンもいることだし」
「シン?」
「うん。きっとシンからも結婚を申し込まれているんじゃないかな?シンも君が好きだと言っていたから」
「……!ご存知だったのですか」
驚いて尋ねると、ヒイラギはウインクをしてみせた。
「あくまでも推測だったけど、本当だったんだね。じゃあ君が悩むのも当然だ。シンは素敵な男性だから」
「はい……」
戸惑うマナとは裏腹に、ヒイラギは至極冷静に返した。しかしその数秒後には、ヒイラギの瞳が少し潤んで揺れながらマナを見つめていた。
「マナ、何度だって言う。僕と結婚してほしい。マナが村に帰ってからとても寂しくて……君がいない日々にはもう戻れないんだ。君と一分一秒でも長く一緒にいたい。ずっと君のそばにいたい。あんな失態は二度と見せないから」
優雅で泰然とした王族の仮面が外れたヒイラギは、今にも泣きそうな顔をしていた。王子ではなく繊細な一人の青年としてマナを見つめるヒイラギに、マナの心臓は高鳴るばかりだった。彼の手を取り、そっと立たせると背の高い彼に見下ろされる。それでも寂しげなヒイラギの前に立ち、マナはヒイラギの手を柔く握った。ヒイラギの手は大きく、感情の昂りに伴う熱を纏っていた。
「ヒイラギ様、舞踏会の招待状をありがとうございます。必ず返事をいたしますので、少しだけお待ちください」
そう伝えると、マナは腕を引かれ抱きしめられた。彼の腕の中は熱く、ぽろぽろと雨の雫が零れマナの髪をかすかに濡らした。