幼なじみと王子様が私を離してくれない
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#1 黒髪の幼なじみと青髪の王子様
海上都市シバに程近い小さな村、いつもどおりの朝が訪れる。シンはベッドから身を起こし、カーテンから差し込む眩しい朝日に目を細めた。そろそろ彼女が来る頃だろうか。顔を洗い身支度を整えたところで、
「おはよー、シン!」
元気な声とともに玄関のドアがノックされた。マナだ。シンは笑みを零しドアを開けた。
「おはよ、シン!あー、今起きたばっかりでしょ!」
すぐ隣に住んでいる少女、マナはすでに額にうっすらと汗をかいていた。手には収穫したばかりの野菜や卵。シンはぼりぼりと頭をかきながら苦笑いをした。
「ああ、そろそろお前が来るだろうと思って」
「食べ物にはちゃんと敏感なんだからー」
そう言いながらマナはシンの家に入り、キッチンにカゴを置いた。カゴには瑞々しい葉物や根菜、新鮮な卵等々、大変ありがたい品々が入っている。シンはカゴの食材を使い朝食の準備を始めた。
「毎回ありがとな。助かってる」
シンが礼を言うと、マナは悪戯っぽく笑いながらリビングのテーブルに座った。シンの背中にマナのうきうきとした視線が柔らかく纏わりつく。
「こっちこそ、料理してもらって助かっちゃう」
「まあ、持ちつ持たれつだからな」
男の作る料理は単純明快。採れたての野菜で作った簡単なサラダと目玉焼きにパン。二人分の朝食をテーブルに並べると、マナは嬉しそうに笑った。
「シンの作るご飯大好きだよ、ありがとう!いただきまーす」
二人でテーブルに座り、朝食の時間だ。シンはふ、と笑みを漏らした。彼女は竹馬の友、こうして食事をともにするのも何度目だろうか。何度経験してもよいものだ、食事が倍美味しくなるというもの。
「そういえば、王城から取引を持ちかけられたらしいな?」
「そうなの」
マナは父親と野菜や卵等を作り海上都市シバの市場に卸していたが、いつしかその品質がシバ王家に伝わり、今回の話と相成ったそうだ。マナは嬉しそうに笑って続けた。
「来週王城に第一弾を持っていくの。お父さん、張り切っちゃってさ。私もすごくドキドキしてる」
村人で王城に招かれたのはマナと彼女の父親が初めてだった。世帯数が数十の小さな村、あっという間に話は広まり、シンのみならず全員知っている。
「あ、そうだ。それでさ、シンに相談しようと思ってたの」
「ん?何だ?」
「王城なんて行くの初めてでさ……失礼のない格好をしなきゃいけないんだけど、よくわからなくて。今日シバに服を買いに行こうと思ってるの。シン、ついてきてくれない?」
「オレでいいのか?」
素朴な疑問が湧いた。当然ながらシンも王城に行ったことがない上に、女性用の服などよくわからない。
「私一人だと心配なの。お父さんは準備で忙しいし……お願い、幼なじみを助けると思って!」
顔の前で両手を合わせたマナは、拝むような必死さでシンに頼み込んだ。シンはふう、と息をついた。
「わかった、そこまで言うなら。でもオレ、女物の服はよくわからないぞ」
「それでもいいの!ありがとう、シン!」
ぱっと輝く笑顔で見つめられれば、シンはもう何も言えない。シバで彼女とお買い物。心躍る響きだ。シンはやれやれと思いながらも、うきうきと心弾んでいた。
真昼の太陽が頭上で輝きを見せる頃、シンとマナは海上都市シバを訪れた。王城が擁する城下町は活気に満ちている。市場の人通りの激しさに目を白黒させつつも、二人は露店を見て回った。
「うーん……どっちがいいかな?」
マナはワンピースを二着持ち、うんうんと悩んでいた。どちらも長袖、丈の長いワンピース。そこまで値段は高くないが華美すぎず落ち着いた印象で、王城にいても問題はなさそうな見た目だ。明るい色のワンピースとやや渋い色のワンピース、どちらかで悩んでいるらしい。シンにはどちらがより王城に適しているかなどわからない。単純に、
「こっちの明るい色の方が似合うんじゃないか」
マナの魅力を引き出す方を指差した。マナは体に合わせてみる。明るい彼女の笑顔によく似合う、可憐な色。マナもうん、と頷いた。
「よーし、シンのお墨付きもいただいたしこっちにしちゃう!」
えへへ、と笑うマナを微笑ましく眺めつつも、シンは複雑な心境だった。そのワンピース、自分だけのために着てくれたらいいのに。
「ありがとうシン!私一人だったら悩んで決められなかったかも」
「もし何か言われたら、オレのせいにしていいからな」
「ううん、しないしない!決めたのは私だから。それに、シンが似合うって言ってくれたから多分大丈夫だよ」
嬉しそうなマナを見ていると、シンも自然と笑みが零れる。シンの視線は、ふとテラス席のあるレストランに縫い付けられた。もう用事は終わったが、それだけで終わらせたくなかった。
「マナ、ついでだから飯でも食っていかないか。オレが払うから」
「え、いいの!?私、お言葉に甘えちゃうよ?」
「いいぞ」
やったー!と子供っぽく喜ぶ彼女を連れてレストランに入った。心地よいざわめきに満ちたレストランで、雰囲気がよかった。二人きりで食事をする機会はそれなりにあるが、村の外での食事は貴重だ。
「シバでご飯食べるのいつぶりかなあ。ありがとね、シン」
快晴のテラス席はそれなりに埋まっており、恋人同士と思われる男女もちらほら見かけた。自分たちは周囲から見ればどのように映るだろうか、とシンはメニューを見ながらぼんやり思った。
「あれが王城かあ」
マナの視線が聳え立つ王城に向いた。王族の権威を示す王城は威圧感をもたらすほどに大きく、中がどうなっているのか庶民のシンには想像もつかなかった。
「来週、あそこに行くんだろ」
「そうなんだよね。なんか今からドキドキしてきちゃった」
この城下町と周辺の小さな村を統治する王族の住まう城。王族には女王と王子がいることは把握しているが、シンは彼らの顔を知らない。マナもそうだろう。これまで王城や王族と接する機会などなかった、マナが緊張するのも当然だった。
「女王様とか王子様と会ったりするのかな。それともお付きの人止まりなのかな」
「さあな。もし王族に会ったら、どんなヤツだったか教えてくれ」
「うん!似顔絵でも描いちゃおうかな!」
二人で笑い合っているうちに注文した料理が届く。村では食べられない、手の込んだ料理だ。シンは淡々と口に運びながら、マナと一緒に食べた朝食の方が美味いかも、とぼんやり思った。
「あ、そうだ。来週王城に行ったら、街でお土産買ってくるよ。何がいい?あんまり高いものはなしね!」
「遊びに行くんじゃないだろ、気にするな。気を遣わなくていい」
「え?でもせっかくだよ?今日ご飯奢ってもらうし、お返しだよ」
「そうだな……じゃあ、土産話をたくさん聞かせてくれ」
シンは拍子抜けするマナに優しく微笑んだ。
マナはシンとともに買ったワンピースに身を包み、馬車に野菜や卵を積み込んでいた。今日は王城に自らの作物を届ける日。マナの父親も緊張した面持ちで黙々と準備をしていた。
本当にこの格好で大丈夫だろうか。マナはその場でくるりくるりと裾をひらめかせて思案した。髪も綺麗に整えた、問題はないはずだが最後の最後まで気になって仕方がなかった。
「マナ、そろそろ行くぞ」
出発の時間。父親に呼ばれ、マナは慌てて馬車に乗り込んだ。シバに向かう馬車に乗るのは初めてでもないのに、その日は緊張してたまらなかった。
馬車に揺られること数十分。海上都市シバ、その奥に鎮座する王城に辿り着く。王城は門からして大きく、門前には兵士が二人立っている。父親が許可証を見せると門が開く。ぎぎぎ、と重苦しい音とともに開く門に、マナはごくりと唾を呑んだ。門の先は全くの別世界、女王や王子とは会えるのだろうか。父親と馬車を下りた瞬間、メイドと思しき女性たちに案内された。お行儀が悪いとわかってはいるものの、マナの視線はきょろきょろと忙しなく泳いだ。
「こちらに我らが女王陛下と王子殿下がいらっしゃいます。失礼のないようお願いいたします」
豪奢な扉の前で立ち止まったメイドが恭しく礼をした。この先に、シバを統治する王族がいる。父親が扉を開いた。
「そなたらが此度の品物を作った者か」
赤い絨毯が敷かれた先には、玉座に座る女王がいた。目が覚めるような美人と聞いていたが、噂のとおりだった。ただ美しいだけでなく、王族にふさわしい気品を持ち合わせている。女王の声は涼やかに部屋に広がり、心地よく耳に届いた。
「はい、女王陛下。王族の皆様のお眼鏡にかない、大変光栄でございます」
跪いた父親は、村では考えられないほど慇懃な口調で告げた。マナも半歩後ろで跪いた。
「顔を上げよ」
女王の声に応え、マナは父親とともに顔を上げた。緊張のあまり初めて気付いたが、玉座の近くにもう一人誰か立っていた。青く美しい髪を持つ青年だった、彼は優しい笑顔を浮かべ、マナと父親を見つめている。女王に負けず劣らず美麗な相貌、彼が王子だろう。
「ふむ、そちらは」
「こちらは我が娘、マナです。私とマナの二人で品物を作っております」
「そうか。マナ、といったな」
「は、はい」
突然女王から名を呼ばれ、マナはびくんと体を震わせた。
「妾はそなたの父親と話がある。その間、我が息子と席を外してくれぬか」
「は……はい、わかりました」
玉座の近くにいた青年は女王に礼をすると、跪いたマナの手を取った。
「お嬢さん、僕と少しお話しようか。母上はあなたのお父上とお話があるようだから」
「わ、わかりました」
戸惑い続けるミコトに、青年は眩いまでの優雅な笑顔を向けていた。
マナは青い髪の青年に手を引かれ、彼の部屋に通された。見るからに上質な調度品が置かれた、優美な部屋。そのテーブルに座ると、彼と向かい合う形になった。
「初めまして、挨拶が遅れたね。僕はヒイラギ。一応シバの王子だよ」
そう言って青年――ヒイラギはにこ、と笑った。恐縮しきっていたマナは、何とか口を開いた。
「わ、私はマナといいます。初めまして、ヒイラギ様」
ぺこりと頭を下げ、改めて彼を眺めた。それにしても、綺麗な人だ。漣のような青く流麗な髪、丸く輝く金色の瞳、薄く整った唇。仮に彼が王族でなくとも、「王子様」と呼びたくなるような美貌の持ち主だった。
「そんなに緊張しないで……といっても、難しいよね。突然ごめんね」
「あ、いえ……お気になさらないでください」
「ねえ、紅茶は好き?ティータイムにしようか」
彼がメイドを呼ぶと、テーブルの上にティーセット、菓子類が置かれ、あっという間に優雅なティータイムが始まった。メイドが淹れてくれた紅茶はふわりと優しい香りが漂い、マナの強張った体をほんの少し和らげてくれた。ヒイラギは茶を嗜む姿さえ美しく、あんな風にはできないなあ、と思いながらマナも紅茶を口に含んだ。正直、味はよくわからなかった。
「あ、あの……女王様と父は、どんなお話を……」
「ああ、きっとこれからの取引の話だと思うよ。お金のこととか、来てもらう頻度とか、そんな話をしてるんだと思う」
「で、では、私たち、何か無礼を働いたわけでは……」
マナがそう口にした途端、一瞬きょとんとしたヒイラギがぷっと吹き出すように笑った。また自分は何か変なことを言ってしまっただろうか。俯いたマナに、ヒイラギは穏やかに声をかける。
「ごめんね、急に笑って。さっきから妙に緊張してるなって思ったけど、お父上の心配をしていたんだね。大丈夫、悪い話をしているのではないよ。心配しないで」
「はあ……よ、よかったです」
マナはほっと胸を撫で下ろした。万が一王族の不興を買ってしまえば、シバに品物を卸すことすらできなくなってしまう。深い呼吸をするマナを、ヒイラギは興味深そうに眺めていた。
「家族思いのいい人だね、君は」
「ありがとう、ございます……」
ヒイラギの落ち着いた声音に、マナの緊張がようやくほどけてきた気がする。彼の美しい尊顔を真っ直ぐ見つめられるようになってきた。彼と目が合うと妙に気恥ずかしくなってしまうが。
マナはふとテーブルの上に目をやった。そこには、村では貴重な菓子類が置かれている。クッキー、プチタルト、小さなケーキ……いずれも甘いいい匂いがする。
「あの、ヒイラギ様。こちらのお菓子なのですが、一つ持って帰ってもよろしいでしょうか」
「うん?一つと言わず、いくらでも持っていっていいよ」
「い、いえ!一つで結構です!ありがとうございます!」
クッキーを一枚取り、ハンカチに包む。シンの顔が浮かんだ。彼ははっきり言わないが、甘いものが好きだったはずだ。土産話とともに食べられたら、と思うと顔が綻んだ。
「それ、君が食べるの?」
「いえ、違います。村の友人にと思いまして」
「友人、か……」
ヒイラギは深いため息をついた。呆れているようにも聞こえる。ああ、やはりお行儀が悪かったか。マナが後悔しかけていたとき、彼は唇を動かした。
「ねえ、マナ。僕と友達になってくれないかな?」
「えっ?」
予想外の言葉にマナは硬直した。ヒイラギはテーブルに両肘をつき、少し身を乗り出した。その拍子に青い髪が揺らめき、嗅いだことのない魅惑の香りが鼻をくすぐった。
「王城には僕と同じくらいの年の人がいないんだ。王城の外に出たこともないし……君さえよければ、僕と友達になってほしい。村のことも色々聞かせてほしいな」
「え……わ、私などでよろしいのですか?」
マナはごく普通の庶民、ヒイラギは王族。身分違いも甚だしい、本来ならば話すこともない間柄の二人だ。マナはあまりの畏れ多さに間抜けな言葉しか出てこなかった。戸惑うマナに、ヒイラギは柔和に笑う。
「マナ『で』いいんじゃないよ。マナ『が』いいな、僕は」
そう言って微笑む彼は柔らかな陽光を浴びて麗しく、マナは言葉を失った。代わりに何とか首肯し、意思を伝えた。嬉しそうに笑ったヒイラギは子供のようで、王子様もこんな風に笑うんだ、と少し意外だった。
海上都市シバに程近い小さな村、いつもどおりの朝が訪れる。シンはベッドから身を起こし、カーテンから差し込む眩しい朝日に目を細めた。そろそろ彼女が来る頃だろうか。顔を洗い身支度を整えたところで、
「おはよー、シン!」
元気な声とともに玄関のドアがノックされた。マナだ。シンは笑みを零しドアを開けた。
「おはよ、シン!あー、今起きたばっかりでしょ!」
すぐ隣に住んでいる少女、マナはすでに額にうっすらと汗をかいていた。手には収穫したばかりの野菜や卵。シンはぼりぼりと頭をかきながら苦笑いをした。
「ああ、そろそろお前が来るだろうと思って」
「食べ物にはちゃんと敏感なんだからー」
そう言いながらマナはシンの家に入り、キッチンにカゴを置いた。カゴには瑞々しい葉物や根菜、新鮮な卵等々、大変ありがたい品々が入っている。シンはカゴの食材を使い朝食の準備を始めた。
「毎回ありがとな。助かってる」
シンが礼を言うと、マナは悪戯っぽく笑いながらリビングのテーブルに座った。シンの背中にマナのうきうきとした視線が柔らかく纏わりつく。
「こっちこそ、料理してもらって助かっちゃう」
「まあ、持ちつ持たれつだからな」
男の作る料理は単純明快。採れたての野菜で作った簡単なサラダと目玉焼きにパン。二人分の朝食をテーブルに並べると、マナは嬉しそうに笑った。
「シンの作るご飯大好きだよ、ありがとう!いただきまーす」
二人でテーブルに座り、朝食の時間だ。シンはふ、と笑みを漏らした。彼女は竹馬の友、こうして食事をともにするのも何度目だろうか。何度経験してもよいものだ、食事が倍美味しくなるというもの。
「そういえば、王城から取引を持ちかけられたらしいな?」
「そうなの」
マナは父親と野菜や卵等を作り海上都市シバの市場に卸していたが、いつしかその品質がシバ王家に伝わり、今回の話と相成ったそうだ。マナは嬉しそうに笑って続けた。
「来週王城に第一弾を持っていくの。お父さん、張り切っちゃってさ。私もすごくドキドキしてる」
村人で王城に招かれたのはマナと彼女の父親が初めてだった。世帯数が数十の小さな村、あっという間に話は広まり、シンのみならず全員知っている。
「あ、そうだ。それでさ、シンに相談しようと思ってたの」
「ん?何だ?」
「王城なんて行くの初めてでさ……失礼のない格好をしなきゃいけないんだけど、よくわからなくて。今日シバに服を買いに行こうと思ってるの。シン、ついてきてくれない?」
「オレでいいのか?」
素朴な疑問が湧いた。当然ながらシンも王城に行ったことがない上に、女性用の服などよくわからない。
「私一人だと心配なの。お父さんは準備で忙しいし……お願い、幼なじみを助けると思って!」
顔の前で両手を合わせたマナは、拝むような必死さでシンに頼み込んだ。シンはふう、と息をついた。
「わかった、そこまで言うなら。でもオレ、女物の服はよくわからないぞ」
「それでもいいの!ありがとう、シン!」
ぱっと輝く笑顔で見つめられれば、シンはもう何も言えない。シバで彼女とお買い物。心躍る響きだ。シンはやれやれと思いながらも、うきうきと心弾んでいた。
真昼の太陽が頭上で輝きを見せる頃、シンとマナは海上都市シバを訪れた。王城が擁する城下町は活気に満ちている。市場の人通りの激しさに目を白黒させつつも、二人は露店を見て回った。
「うーん……どっちがいいかな?」
マナはワンピースを二着持ち、うんうんと悩んでいた。どちらも長袖、丈の長いワンピース。そこまで値段は高くないが華美すぎず落ち着いた印象で、王城にいても問題はなさそうな見た目だ。明るい色のワンピースとやや渋い色のワンピース、どちらかで悩んでいるらしい。シンにはどちらがより王城に適しているかなどわからない。単純に、
「こっちの明るい色の方が似合うんじゃないか」
マナの魅力を引き出す方を指差した。マナは体に合わせてみる。明るい彼女の笑顔によく似合う、可憐な色。マナもうん、と頷いた。
「よーし、シンのお墨付きもいただいたしこっちにしちゃう!」
えへへ、と笑うマナを微笑ましく眺めつつも、シンは複雑な心境だった。そのワンピース、自分だけのために着てくれたらいいのに。
「ありがとうシン!私一人だったら悩んで決められなかったかも」
「もし何か言われたら、オレのせいにしていいからな」
「ううん、しないしない!決めたのは私だから。それに、シンが似合うって言ってくれたから多分大丈夫だよ」
嬉しそうなマナを見ていると、シンも自然と笑みが零れる。シンの視線は、ふとテラス席のあるレストランに縫い付けられた。もう用事は終わったが、それだけで終わらせたくなかった。
「マナ、ついでだから飯でも食っていかないか。オレが払うから」
「え、いいの!?私、お言葉に甘えちゃうよ?」
「いいぞ」
やったー!と子供っぽく喜ぶ彼女を連れてレストランに入った。心地よいざわめきに満ちたレストランで、雰囲気がよかった。二人きりで食事をする機会はそれなりにあるが、村の外での食事は貴重だ。
「シバでご飯食べるのいつぶりかなあ。ありがとね、シン」
快晴のテラス席はそれなりに埋まっており、恋人同士と思われる男女もちらほら見かけた。自分たちは周囲から見ればどのように映るだろうか、とシンはメニューを見ながらぼんやり思った。
「あれが王城かあ」
マナの視線が聳え立つ王城に向いた。王族の権威を示す王城は威圧感をもたらすほどに大きく、中がどうなっているのか庶民のシンには想像もつかなかった。
「来週、あそこに行くんだろ」
「そうなんだよね。なんか今からドキドキしてきちゃった」
この城下町と周辺の小さな村を統治する王族の住まう城。王族には女王と王子がいることは把握しているが、シンは彼らの顔を知らない。マナもそうだろう。これまで王城や王族と接する機会などなかった、マナが緊張するのも当然だった。
「女王様とか王子様と会ったりするのかな。それともお付きの人止まりなのかな」
「さあな。もし王族に会ったら、どんなヤツだったか教えてくれ」
「うん!似顔絵でも描いちゃおうかな!」
二人で笑い合っているうちに注文した料理が届く。村では食べられない、手の込んだ料理だ。シンは淡々と口に運びながら、マナと一緒に食べた朝食の方が美味いかも、とぼんやり思った。
「あ、そうだ。来週王城に行ったら、街でお土産買ってくるよ。何がいい?あんまり高いものはなしね!」
「遊びに行くんじゃないだろ、気にするな。気を遣わなくていい」
「え?でもせっかくだよ?今日ご飯奢ってもらうし、お返しだよ」
「そうだな……じゃあ、土産話をたくさん聞かせてくれ」
シンは拍子抜けするマナに優しく微笑んだ。
マナはシンとともに買ったワンピースに身を包み、馬車に野菜や卵を積み込んでいた。今日は王城に自らの作物を届ける日。マナの父親も緊張した面持ちで黙々と準備をしていた。
本当にこの格好で大丈夫だろうか。マナはその場でくるりくるりと裾をひらめかせて思案した。髪も綺麗に整えた、問題はないはずだが最後の最後まで気になって仕方がなかった。
「マナ、そろそろ行くぞ」
出発の時間。父親に呼ばれ、マナは慌てて馬車に乗り込んだ。シバに向かう馬車に乗るのは初めてでもないのに、その日は緊張してたまらなかった。
馬車に揺られること数十分。海上都市シバ、その奥に鎮座する王城に辿り着く。王城は門からして大きく、門前には兵士が二人立っている。父親が許可証を見せると門が開く。ぎぎぎ、と重苦しい音とともに開く門に、マナはごくりと唾を呑んだ。門の先は全くの別世界、女王や王子とは会えるのだろうか。父親と馬車を下りた瞬間、メイドと思しき女性たちに案内された。お行儀が悪いとわかってはいるものの、マナの視線はきょろきょろと忙しなく泳いだ。
「こちらに我らが女王陛下と王子殿下がいらっしゃいます。失礼のないようお願いいたします」
豪奢な扉の前で立ち止まったメイドが恭しく礼をした。この先に、シバを統治する王族がいる。父親が扉を開いた。
「そなたらが此度の品物を作った者か」
赤い絨毯が敷かれた先には、玉座に座る女王がいた。目が覚めるような美人と聞いていたが、噂のとおりだった。ただ美しいだけでなく、王族にふさわしい気品を持ち合わせている。女王の声は涼やかに部屋に広がり、心地よく耳に届いた。
「はい、女王陛下。王族の皆様のお眼鏡にかない、大変光栄でございます」
跪いた父親は、村では考えられないほど慇懃な口調で告げた。マナも半歩後ろで跪いた。
「顔を上げよ」
女王の声に応え、マナは父親とともに顔を上げた。緊張のあまり初めて気付いたが、玉座の近くにもう一人誰か立っていた。青く美しい髪を持つ青年だった、彼は優しい笑顔を浮かべ、マナと父親を見つめている。女王に負けず劣らず美麗な相貌、彼が王子だろう。
「ふむ、そちらは」
「こちらは我が娘、マナです。私とマナの二人で品物を作っております」
「そうか。マナ、といったな」
「は、はい」
突然女王から名を呼ばれ、マナはびくんと体を震わせた。
「妾はそなたの父親と話がある。その間、我が息子と席を外してくれぬか」
「は……はい、わかりました」
玉座の近くにいた青年は女王に礼をすると、跪いたマナの手を取った。
「お嬢さん、僕と少しお話しようか。母上はあなたのお父上とお話があるようだから」
「わ、わかりました」
戸惑い続けるミコトに、青年は眩いまでの優雅な笑顔を向けていた。
マナは青い髪の青年に手を引かれ、彼の部屋に通された。見るからに上質な調度品が置かれた、優美な部屋。そのテーブルに座ると、彼と向かい合う形になった。
「初めまして、挨拶が遅れたね。僕はヒイラギ。一応シバの王子だよ」
そう言って青年――ヒイラギはにこ、と笑った。恐縮しきっていたマナは、何とか口を開いた。
「わ、私はマナといいます。初めまして、ヒイラギ様」
ぺこりと頭を下げ、改めて彼を眺めた。それにしても、綺麗な人だ。漣のような青く流麗な髪、丸く輝く金色の瞳、薄く整った唇。仮に彼が王族でなくとも、「王子様」と呼びたくなるような美貌の持ち主だった。
「そんなに緊張しないで……といっても、難しいよね。突然ごめんね」
「あ、いえ……お気になさらないでください」
「ねえ、紅茶は好き?ティータイムにしようか」
彼がメイドを呼ぶと、テーブルの上にティーセット、菓子類が置かれ、あっという間に優雅なティータイムが始まった。メイドが淹れてくれた紅茶はふわりと優しい香りが漂い、マナの強張った体をほんの少し和らげてくれた。ヒイラギは茶を嗜む姿さえ美しく、あんな風にはできないなあ、と思いながらマナも紅茶を口に含んだ。正直、味はよくわからなかった。
「あ、あの……女王様と父は、どんなお話を……」
「ああ、きっとこれからの取引の話だと思うよ。お金のこととか、来てもらう頻度とか、そんな話をしてるんだと思う」
「で、では、私たち、何か無礼を働いたわけでは……」
マナがそう口にした途端、一瞬きょとんとしたヒイラギがぷっと吹き出すように笑った。また自分は何か変なことを言ってしまっただろうか。俯いたマナに、ヒイラギは穏やかに声をかける。
「ごめんね、急に笑って。さっきから妙に緊張してるなって思ったけど、お父上の心配をしていたんだね。大丈夫、悪い話をしているのではないよ。心配しないで」
「はあ……よ、よかったです」
マナはほっと胸を撫で下ろした。万が一王族の不興を買ってしまえば、シバに品物を卸すことすらできなくなってしまう。深い呼吸をするマナを、ヒイラギは興味深そうに眺めていた。
「家族思いのいい人だね、君は」
「ありがとう、ございます……」
ヒイラギの落ち着いた声音に、マナの緊張がようやくほどけてきた気がする。彼の美しい尊顔を真っ直ぐ見つめられるようになってきた。彼と目が合うと妙に気恥ずかしくなってしまうが。
マナはふとテーブルの上に目をやった。そこには、村では貴重な菓子類が置かれている。クッキー、プチタルト、小さなケーキ……いずれも甘いいい匂いがする。
「あの、ヒイラギ様。こちらのお菓子なのですが、一つ持って帰ってもよろしいでしょうか」
「うん?一つと言わず、いくらでも持っていっていいよ」
「い、いえ!一つで結構です!ありがとうございます!」
クッキーを一枚取り、ハンカチに包む。シンの顔が浮かんだ。彼ははっきり言わないが、甘いものが好きだったはずだ。土産話とともに食べられたら、と思うと顔が綻んだ。
「それ、君が食べるの?」
「いえ、違います。村の友人にと思いまして」
「友人、か……」
ヒイラギは深いため息をついた。呆れているようにも聞こえる。ああ、やはりお行儀が悪かったか。マナが後悔しかけていたとき、彼は唇を動かした。
「ねえ、マナ。僕と友達になってくれないかな?」
「えっ?」
予想外の言葉にマナは硬直した。ヒイラギはテーブルに両肘をつき、少し身を乗り出した。その拍子に青い髪が揺らめき、嗅いだことのない魅惑の香りが鼻をくすぐった。
「王城には僕と同じくらいの年の人がいないんだ。王城の外に出たこともないし……君さえよければ、僕と友達になってほしい。村のことも色々聞かせてほしいな」
「え……わ、私などでよろしいのですか?」
マナはごく普通の庶民、ヒイラギは王族。身分違いも甚だしい、本来ならば話すこともない間柄の二人だ。マナはあまりの畏れ多さに間抜けな言葉しか出てこなかった。戸惑うマナに、ヒイラギは柔和に笑う。
「マナ『で』いいんじゃないよ。マナ『が』いいな、僕は」
そう言って微笑む彼は柔らかな陽光を浴びて麗しく、マナは言葉を失った。代わりに何とか首肯し、意思を伝えた。嬉しそうに笑ったヒイラギは子供のようで、王子様もこんな風に笑うんだ、と少し意外だった。
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