サイト1周年記念短編
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#3 越水の場合
越水ハヤオはおそらく日本で五本の指に入るほど多忙な人間だ。彼の恋人兼秘書である月森ミコトは、公務をこなす彼に付き従いながらも気にかかることがあった。
二人が恋人同士になり、もうすぐ一年を迎える。
初めての記念日が近いこともありミコトは多忙な中でも気になっていたのだが、肝心の恋人に告げることができなかった。何しろ彼は現在最も神経を擦り減らす国会会期中、とてもではないが公務に関係のないことは言えない。
「月森君、次の予定は」
「はい、報道各社のインタビューになります。国会答弁について聞かれるものかと」
「了解した。では向かうとしよう」
「はい」
国会会期中の越水のスケジュールは分刻み、一秒たりとも無駄にできない。足早に歩く越水の少し後ろを随行する。彼の歩く速さにも慣れ、ようやく物理的にもついていけるようになった。秘書ですら息つく暇もない。
そうして心を擦り減らす日々を送っていたが、何事にもいずれ終わりが訪れる。国会が閉会し、越水のスケジュールに少し余裕が生まれた頃、ミコトはようやく一息ついた。それは越水も同じだったらしく、ある夜の執務室で越水はコーヒーを一口飲むと深いため息をついた。
「お疲れ様です、長官」
「ああ、ミコトもご苦労だった」
――ミコト。
彼は二人きりの空間では恋人らしい呼び方をしてくれる。そう呼んでくれる時間は本当に特別で、ミコトは涙が出そうになった。国会会期中は二人きりになれる瞬間すらなく、そう呼ばれるのは久しぶりだった。
目頭を押さえていた越水はマグカップを机に置き、ミコトを抱き寄せた。上質な黒いスーツの向こう側に宿る越水の体温を感じ、ミコトの胸が高鳴った。そっと彼の背中に手を添えると、越水と目が合った。二人の瞳の輝きが見える距離、二人の顔は自然と近付いていく。そのまま二人は唇を重ねた。
「っん……」
口付けも久しぶりだった。疲れからか彼の唇は少しかさついている。ねっとりと這う彼の舌を受け入れると、執務室に甘い音が響く。唾液を共有する大人の口付けはたっぷり一分程度続き、唇が離れる頃には二人の唇は互いの唾液で潤っていた。
「ハヤオさん……」
熱に浮かされ彼の名を呼ぶ。彼は灰色の瞳を細め、恋人にしか見せない穏やかな笑みを浮かべていた。凛々しい眉がほんの少し柔らかな弧を描く。
「ミコト、ようやく公務が落ち着いたな。君に伝えたいことがある」
「伝えたいこと……?」
身構えたミコトの頭を越水の手が撫でる。彼はミコトの耳元に唇を寄せた。
「私達が特別な関係になってから、今日で一年が経過した。私とともにいてくれて感謝する」
「あ……!」
彼の言葉が甘く脳髄にとろけていく。遠慮し言い出せなかった記念日を、彼も覚えていてくれた。たったそれだけのことが嬉しくてたまらなかった。ミコトは越水に抱きつき、懐の深い胸に顔を擦り付けた。
「ありがとうございます。覚えていてくださったのですね」
「当然だ。私達二人の特別な日だろう」
越水の大きな掌がミコトの頬に触れた。熱く火照った頬を、少し冷たい掌が冷やしていく。ミコトもそっと手を重ねた。自分よりも大きく骨ばった手、安心感があり頼れる手だ。
「今日という日を記念して、取り寄せておいたものがある」
そう言って越水は執務室の隅に置いてある冷蔵庫を開けた。中から取り出したのはシックな雰囲気の酒瓶とシャンパングラスだった。
「わあ、これは……?」
「シャンパンだ。本来ならゆっくり食事にでも行きたいところだが、ひとまず祝いとして」
越水が注いだシャンパンは、高級感のある黄金色で均一な泡が美しい。思わず見惚れるような見た目だった。シャンパンを通して彼を見ると神秘的な金色に揺らめいていた。
「君と過ごした一年に、乾杯」
「乾杯」
二人でグラスを傾けると、カン、と涼しげな音が鳴った。二人でシャンパンを楽しむ。記念日を祝う喜びに満ちた喉を潤し、吐息に甘いアルコールの香りが漂う。ミコトは人並みのアルコール耐性を持つはずだが、たった一口で酔ってしまいそうだった。
「うぅ〜……ハヤオさ〜ん……」
執務室の片隅に置かれたベッドに腰掛けたミコトは、同じく隣に腰掛ける越水にしなだれかかった。シャンパングラスどころかボトルが空になっていた。彼も記念日を覚えていてくれた喜びに浮かれ、次から次へとシャンパンを嗜んだ結果、ミコトは見事に泥酔していた。越水の肩に顔を預け、すりすりと甘える子猫のように体を擦り付けている。
「ミコト、随分と酔っているようだが」
「はい〜……よっちゃいましたね〜……」
「一人で帰れ……そうにないな」
「そうれすね〜……ここにとまっちゃいますか〜?」
呂律の回らない口で言いながら越水を見遣ると、彼は困ったように眉を落としていた。
「執務室にベッドはあるが、狭いし不便だろう。君の家に送っていく」
「う〜……」
ミコトは酒でふわふわした頭ながら、冷静に言葉を聞いていた。そして、酔っ払い特有の勢いでぎゅっと越水に縋り付く。
「ハヤオさ〜ん、お持ち帰りしてくださ〜い。ハヤオさんのおうち、行きたいです〜」
「……君は何を言っているのかわかっているか」
「わかってます〜」
ミコトはえへへ、と大人の女性にはふさわしくないだらしない笑顔を浮かべた。シャンパンを飲んで浮遊している頭には、狼の懐に飛び込みたい浅薄さが満ちていた。
「……」
越水がぐいとミコトの腕を引いて立たせようとした。が、足に力が入らず、ミコトはふらりと越水にもたれかかった。これは演技ではない、酒に身を浸した者特有の脱力具合だった。
「やはり帰れそうにないな」
「そうなんれす〜。だから、ハヤオさんのおうちでおいわいさせてください〜」
「……仕方ない」
潤んだ瞳で見上げた刹那聞こえた呆れ気味の言葉に、ミコトは心底喜んだ。
今宵、月が美しい晴天だった。越水ハヤオが自宅に誰かを招き入れるのは初めてのことである。越水はタクシーを降り、しなだれかかるミコトを支え自宅に入った。
「わ〜、ハヤオさんの匂いがします〜。ハヤオさんのおうちなんですね〜」
「……私の匂い?」
玄関に入った瞬間呟いたミコトの言葉に、越水は眉を顰めた。特に匂いのこもるような食事をしたり、芳香剤を置いているといったことはないのだが。
疑問に思いながらも寝室に連れていき、ベッドにミコトを寝かせた。彼女は赤らんだ頬で緩んだ笑顔を見せていて、すぐにでも眠りに就きそうな雰囲気だった。
「ハヤオさん」
ベッドから離れようとしたが彼女に思いきり抱きつかれ、二人でベッドに転がる羽目になった。越水の胸にミコトが強く抱きついてくる。主人に甘え続ける猫のようで、ミコトはうふふ、と楽しそうに笑っていた。
「ハヤオさん」
甘ったるい声で囁き、ミコトが越水にのしかかってくる。唇を吸うように何度もキスをし、その合間にハヤオさん、ハヤオさんと上擦った声で呼び続けている。
「ハヤオさん、うれしいんです。ハヤオさんと一年いっしょにいられて……」
彼女は越水の首に抱きつき、その太い首筋にちゅう、と吸いついた。誤魔化しようのない赤い痕が残り、ミコトはきゃっきゃと嬉しそうに笑う。
「ハヤオさん、これからもいっしょ、ですよね?」
ふと不安そうな顔をする彼女の頭を撫でた。
「無論だ。私は君を離すつもりなどない」
そう断言し、越水もミコトの首筋に吸いついた。ちゅ、と甘い音が響き彼女の素肌にも赤い所有の証が残る。彼女は機嫌よく微笑んでいた。
「へへ、うれしい……ハヤオさん、だいすき……」
後半になるにつれ彼女の声が小さくなり、こてん、と越水の体に覆い被さって動かなくなった。心地良さそうな寝息が聞こえ、彼女は満足そうに越水に縋り付いていた。
「まるで猫のようだな、君は」
やや呆れた声で言いながらも、越水の声は穏やかだった。彼女の頭を撫でる掌も包容力に満ちていた。
はっ、とミコトは目を覚ました。なんだか硬いけれど心地のいい感触がある。そう思って目を開けると、
「〜〜!!」
目の前には越水の顔。ベッドの上で彼に抱きしめられ寝転んでいる状態だった。思わず飛び退きそうになったが、それでは彼を起こしてしまう。大人しく彼の腕の中に収まった。
数秒混乱していたが、すぐに事態を飲み込むことができた。昨夜記念日だからとシャンパンを飲み、調子に乗って彼の家に押しかけ今に至る。酒の勢いでの醜態を全て記憶している己の脳みそが憎いが、覚えているものは仕方がない。ミコトは顔を発熱させつつ彼の首筋に目をやった。太く逞しい彼の首に、ぽつぽつとキスマークが残っている。タートルネックでも着ないと隠せない位置だと気付き青ざめたが、これもどうしようもない。せめて早く治るようにと彼の首筋を撫でた。
すでに日は高く昇り人々が活動を始めている時間帯だが、幸いにも今日は休日だった。ベテル日本支部長官が惰眠を貪る姿を見られるのは、世界広しといえどもミコトくらいのものだろう。
「ん……」
もぞもぞと越水が身じろぎ、艶やかな低音の声が聞こえた。珍しくぼんやりした顔の越水と目が合った。
「おはようございます、ハヤオさん」
「……おはよう、ミコト」
お目覚めのキスを彼の頬に送り、ミコトは至近距離でにっこりと笑った。当初無表情だった越水はミコトの後頭部に手を置き、やや強引に唇を奪った。
「んむっ……」
越水の舌がミコトのそれを乱暴に絡め取り、朝の挨拶にしては濃厚な口付けを交わした。言葉はなく、ちゅくちゅくと唾液が混じり合う音だけが耳を濡らす。
「っふ……」
唇が離れた。越水はいつもどおりの冷徹な表情に見えて、瞳の奥に少し野蛮な炎を燃やしているように見えた。挑戦的で野生的な眼差し。
「昨日随分と酔っていたが、体調に問題はないか」
「あ、はい。大丈夫です、ありがとうございます」
越水の声は落ち着いた低音で、耳のみならず全身に染み渡る心地がした。自らを抱きしめてくれる体温も心地よく、目覚めたばかりだというのに眠くなってしまう。
「昨夜は記念日だったが大したことができなかったな。何か希望はあるか」
彼の言葉にミコトは数秒考えたが、ぎゅーっと彼に抱きついた。
「久しぶりのお休みですから、ゆっくりお風呂に入って、ご飯食べてお茶飲んで……二人でゆっくり過ごしたいです」
「そうか。確かにそのような時間も重要だな」
そう言って彼は額に唇を寄せた。彼と体温や吐息を共有する距離感、幸せだ。この一年だけでなく、これからもこんな幸せが続く。そう思っただけでミコトの心にほわりとぬくもりが灯った。
越水ハヤオはおそらく日本で五本の指に入るほど多忙な人間だ。彼の恋人兼秘書である月森ミコトは、公務をこなす彼に付き従いながらも気にかかることがあった。
二人が恋人同士になり、もうすぐ一年を迎える。
初めての記念日が近いこともありミコトは多忙な中でも気になっていたのだが、肝心の恋人に告げることができなかった。何しろ彼は現在最も神経を擦り減らす国会会期中、とてもではないが公務に関係のないことは言えない。
「月森君、次の予定は」
「はい、報道各社のインタビューになります。国会答弁について聞かれるものかと」
「了解した。では向かうとしよう」
「はい」
国会会期中の越水のスケジュールは分刻み、一秒たりとも無駄にできない。足早に歩く越水の少し後ろを随行する。彼の歩く速さにも慣れ、ようやく物理的にもついていけるようになった。秘書ですら息つく暇もない。
そうして心を擦り減らす日々を送っていたが、何事にもいずれ終わりが訪れる。国会が閉会し、越水のスケジュールに少し余裕が生まれた頃、ミコトはようやく一息ついた。それは越水も同じだったらしく、ある夜の執務室で越水はコーヒーを一口飲むと深いため息をついた。
「お疲れ様です、長官」
「ああ、ミコトもご苦労だった」
――ミコト。
彼は二人きりの空間では恋人らしい呼び方をしてくれる。そう呼んでくれる時間は本当に特別で、ミコトは涙が出そうになった。国会会期中は二人きりになれる瞬間すらなく、そう呼ばれるのは久しぶりだった。
目頭を押さえていた越水はマグカップを机に置き、ミコトを抱き寄せた。上質な黒いスーツの向こう側に宿る越水の体温を感じ、ミコトの胸が高鳴った。そっと彼の背中に手を添えると、越水と目が合った。二人の瞳の輝きが見える距離、二人の顔は自然と近付いていく。そのまま二人は唇を重ねた。
「っん……」
口付けも久しぶりだった。疲れからか彼の唇は少しかさついている。ねっとりと這う彼の舌を受け入れると、執務室に甘い音が響く。唾液を共有する大人の口付けはたっぷり一分程度続き、唇が離れる頃には二人の唇は互いの唾液で潤っていた。
「ハヤオさん……」
熱に浮かされ彼の名を呼ぶ。彼は灰色の瞳を細め、恋人にしか見せない穏やかな笑みを浮かべていた。凛々しい眉がほんの少し柔らかな弧を描く。
「ミコト、ようやく公務が落ち着いたな。君に伝えたいことがある」
「伝えたいこと……?」
身構えたミコトの頭を越水の手が撫でる。彼はミコトの耳元に唇を寄せた。
「私達が特別な関係になってから、今日で一年が経過した。私とともにいてくれて感謝する」
「あ……!」
彼の言葉が甘く脳髄にとろけていく。遠慮し言い出せなかった記念日を、彼も覚えていてくれた。たったそれだけのことが嬉しくてたまらなかった。ミコトは越水に抱きつき、懐の深い胸に顔を擦り付けた。
「ありがとうございます。覚えていてくださったのですね」
「当然だ。私達二人の特別な日だろう」
越水の大きな掌がミコトの頬に触れた。熱く火照った頬を、少し冷たい掌が冷やしていく。ミコトもそっと手を重ねた。自分よりも大きく骨ばった手、安心感があり頼れる手だ。
「今日という日を記念して、取り寄せておいたものがある」
そう言って越水は執務室の隅に置いてある冷蔵庫を開けた。中から取り出したのはシックな雰囲気の酒瓶とシャンパングラスだった。
「わあ、これは……?」
「シャンパンだ。本来ならゆっくり食事にでも行きたいところだが、ひとまず祝いとして」
越水が注いだシャンパンは、高級感のある黄金色で均一な泡が美しい。思わず見惚れるような見た目だった。シャンパンを通して彼を見ると神秘的な金色に揺らめいていた。
「君と過ごした一年に、乾杯」
「乾杯」
二人でグラスを傾けると、カン、と涼しげな音が鳴った。二人でシャンパンを楽しむ。記念日を祝う喜びに満ちた喉を潤し、吐息に甘いアルコールの香りが漂う。ミコトは人並みのアルコール耐性を持つはずだが、たった一口で酔ってしまいそうだった。
「うぅ〜……ハヤオさ〜ん……」
執務室の片隅に置かれたベッドに腰掛けたミコトは、同じく隣に腰掛ける越水にしなだれかかった。シャンパングラスどころかボトルが空になっていた。彼も記念日を覚えていてくれた喜びに浮かれ、次から次へとシャンパンを嗜んだ結果、ミコトは見事に泥酔していた。越水の肩に顔を預け、すりすりと甘える子猫のように体を擦り付けている。
「ミコト、随分と酔っているようだが」
「はい〜……よっちゃいましたね〜……」
「一人で帰れ……そうにないな」
「そうれすね〜……ここにとまっちゃいますか〜?」
呂律の回らない口で言いながら越水を見遣ると、彼は困ったように眉を落としていた。
「執務室にベッドはあるが、狭いし不便だろう。君の家に送っていく」
「う〜……」
ミコトは酒でふわふわした頭ながら、冷静に言葉を聞いていた。そして、酔っ払い特有の勢いでぎゅっと越水に縋り付く。
「ハヤオさ〜ん、お持ち帰りしてくださ〜い。ハヤオさんのおうち、行きたいです〜」
「……君は何を言っているのかわかっているか」
「わかってます〜」
ミコトはえへへ、と大人の女性にはふさわしくないだらしない笑顔を浮かべた。シャンパンを飲んで浮遊している頭には、狼の懐に飛び込みたい浅薄さが満ちていた。
「……」
越水がぐいとミコトの腕を引いて立たせようとした。が、足に力が入らず、ミコトはふらりと越水にもたれかかった。これは演技ではない、酒に身を浸した者特有の脱力具合だった。
「やはり帰れそうにないな」
「そうなんれす〜。だから、ハヤオさんのおうちでおいわいさせてください〜」
「……仕方ない」
潤んだ瞳で見上げた刹那聞こえた呆れ気味の言葉に、ミコトは心底喜んだ。
今宵、月が美しい晴天だった。越水ハヤオが自宅に誰かを招き入れるのは初めてのことである。越水はタクシーを降り、しなだれかかるミコトを支え自宅に入った。
「わ〜、ハヤオさんの匂いがします〜。ハヤオさんのおうちなんですね〜」
「……私の匂い?」
玄関に入った瞬間呟いたミコトの言葉に、越水は眉を顰めた。特に匂いのこもるような食事をしたり、芳香剤を置いているといったことはないのだが。
疑問に思いながらも寝室に連れていき、ベッドにミコトを寝かせた。彼女は赤らんだ頬で緩んだ笑顔を見せていて、すぐにでも眠りに就きそうな雰囲気だった。
「ハヤオさん」
ベッドから離れようとしたが彼女に思いきり抱きつかれ、二人でベッドに転がる羽目になった。越水の胸にミコトが強く抱きついてくる。主人に甘え続ける猫のようで、ミコトはうふふ、と楽しそうに笑っていた。
「ハヤオさん」
甘ったるい声で囁き、ミコトが越水にのしかかってくる。唇を吸うように何度もキスをし、その合間にハヤオさん、ハヤオさんと上擦った声で呼び続けている。
「ハヤオさん、うれしいんです。ハヤオさんと一年いっしょにいられて……」
彼女は越水の首に抱きつき、その太い首筋にちゅう、と吸いついた。誤魔化しようのない赤い痕が残り、ミコトはきゃっきゃと嬉しそうに笑う。
「ハヤオさん、これからもいっしょ、ですよね?」
ふと不安そうな顔をする彼女の頭を撫でた。
「無論だ。私は君を離すつもりなどない」
そう断言し、越水もミコトの首筋に吸いついた。ちゅ、と甘い音が響き彼女の素肌にも赤い所有の証が残る。彼女は機嫌よく微笑んでいた。
「へへ、うれしい……ハヤオさん、だいすき……」
後半になるにつれ彼女の声が小さくなり、こてん、と越水の体に覆い被さって動かなくなった。心地良さそうな寝息が聞こえ、彼女は満足そうに越水に縋り付いていた。
「まるで猫のようだな、君は」
やや呆れた声で言いながらも、越水の声は穏やかだった。彼女の頭を撫でる掌も包容力に満ちていた。
はっ、とミコトは目を覚ました。なんだか硬いけれど心地のいい感触がある。そう思って目を開けると、
「〜〜!!」
目の前には越水の顔。ベッドの上で彼に抱きしめられ寝転んでいる状態だった。思わず飛び退きそうになったが、それでは彼を起こしてしまう。大人しく彼の腕の中に収まった。
数秒混乱していたが、すぐに事態を飲み込むことができた。昨夜記念日だからとシャンパンを飲み、調子に乗って彼の家に押しかけ今に至る。酒の勢いでの醜態を全て記憶している己の脳みそが憎いが、覚えているものは仕方がない。ミコトは顔を発熱させつつ彼の首筋に目をやった。太く逞しい彼の首に、ぽつぽつとキスマークが残っている。タートルネックでも着ないと隠せない位置だと気付き青ざめたが、これもどうしようもない。せめて早く治るようにと彼の首筋を撫でた。
すでに日は高く昇り人々が活動を始めている時間帯だが、幸いにも今日は休日だった。ベテル日本支部長官が惰眠を貪る姿を見られるのは、世界広しといえどもミコトくらいのものだろう。
「ん……」
もぞもぞと越水が身じろぎ、艶やかな低音の声が聞こえた。珍しくぼんやりした顔の越水と目が合った。
「おはようございます、ハヤオさん」
「……おはよう、ミコト」
お目覚めのキスを彼の頬に送り、ミコトは至近距離でにっこりと笑った。当初無表情だった越水はミコトの後頭部に手を置き、やや強引に唇を奪った。
「んむっ……」
越水の舌がミコトのそれを乱暴に絡め取り、朝の挨拶にしては濃厚な口付けを交わした。言葉はなく、ちゅくちゅくと唾液が混じり合う音だけが耳を濡らす。
「っふ……」
唇が離れた。越水はいつもどおりの冷徹な表情に見えて、瞳の奥に少し野蛮な炎を燃やしているように見えた。挑戦的で野生的な眼差し。
「昨日随分と酔っていたが、体調に問題はないか」
「あ、はい。大丈夫です、ありがとうございます」
越水の声は落ち着いた低音で、耳のみならず全身に染み渡る心地がした。自らを抱きしめてくれる体温も心地よく、目覚めたばかりだというのに眠くなってしまう。
「昨夜は記念日だったが大したことができなかったな。何か希望はあるか」
彼の言葉にミコトは数秒考えたが、ぎゅーっと彼に抱きついた。
「久しぶりのお休みですから、ゆっくりお風呂に入って、ご飯食べてお茶飲んで……二人でゆっくり過ごしたいです」
「そうか。確かにそのような時間も重要だな」
そう言って彼は額に唇を寄せた。彼と体温や吐息を共有する距離感、幸せだ。この一年だけでなく、これからもこんな幸せが続く。そう思っただけでミコトの心にほわりとぬくもりが灯った。
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