修羅と雪
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#7 修羅の結末
創世を目指す者が集まる運命の場所、カグツチ塔。間薙シンは月島ミユキの手を引き天高く聳える楼閣をひたすら上り続けていた。
道中で、三人の創世を試みる者を撃破した。静寂を望む氷川、孤独を好む勇、強者を讃える千晶。それぞれを倒したシンは、彼らが持っていた勾玉を手にしていた。高尾祐子から受け継いだヤヒロノヒモロギと三つの勾玉、創世の道具は整った。シンは頂上付近にあるターミナルの小部屋に入り、ミユキを見つめた。彼女は不思議そうな顔でシンを見つめ返していた。
「どうしたの、間薙くん」
「もうすぐ塔のてっぺんだ。創世が叶いそうだから……緊張してる」
胸の内に秘めた本音を零すと、ミユキは微笑みシンの手を取った。シンの右手がミユキの両手に包み込まれる。柔らかくあたたかい、人間らしい手だった。
「間薙くんも緊張するんだね。私も正直、ドキドキしてるの」
「月島も?」
「うん」
ターミナルの光に照らされる中二人は見つめ合い、笑みを浮かべた。
気付けば彼女とは長い時間を過ごした。イケブクロで彼女と初めて会ってから、幾度カグツチの周期が巡っただろう。もしもシンがミユキと出会っていなければどうなっていただろう、と思うこともある。人修羅の身に残っていた人間らしい感情の残滓すら消え失せ、完全な悪魔になっていたかもしれない。シンはぽつりと、しかし力強く告げた。
「オマエと新たな東京を創世する。……もうすぐだ」
「うん」
「オレはオマエと一緒にいられる東京を創世したい。それで構わないか」
「うん。間薙くんと一緒」
意思を確認し合う静寂に、
「ヒッホ〜!オイラを忘れてもらっちゃ困るホ!」
場違いなほど明るいジャアクフロストの声が響いた。彼は二人に目をやり右手を勢いよく上げる。……そういえばそうだった。シンはため息をついた。
「……そういえば、ジャアクフロストも一緒にいたいって言ってたな。月島、それでいいか」
「うん!新しい東京になっても、楽しそうだね!」
ミユキの笑顔は向日葵のように眩しく、見つめているシンも自然と笑んでいた。
カグツチ塔の天辺は何の気配もしない不気味な空間だった。ここまで悪魔の巣窟と化していたからこそ、誰もいない静寂は耳に痛い。シンはミユキの手を強く握り、手に入れた勾玉とヤヒロノヒモロギを然るべき場所へ奉納した。
その瞬間眩いまでの光が満ち、二人の前に白く輝く球体――カグツチが姿を現した。カグツチは荘厳な声で告げる。
「ついにここに辿り着いたか……人の心を持つ悪魔と、コトワリの芽を持つ人間が……」
「お前がカグツチか。ここまで辿り着いたんだ、オレたちの望む東京を創世できるはずだ」
人智の及ばぬ輝きを前にしてもシンは臆さず言葉を返す。非力なミユキは身を縮こめながらもカグツチから目を逸さなかった。二人と一つの間に緊張感が漂う。
「おまえたちの望む世界は自由の国……かつて大いなる意思がその可能性に賭けたが、脆弱に肥え太り衰えた国……おまえたち二人は元の破滅を再び望むか……」
「……何を言ってる?」
シンは眉を顰めた。カグツチの言葉は意味深で理解が及ばないが、暗に責められていることだけは理解した。……嫌な予感がする。
「月島、お前は下がってろ。こいつ、様子がおかしい」
「……うん」
ミユキと繋いでいた手をほどき、シンは彼女を後ろ手にかばうようにし一歩前に立った。カグツチは輝きを増し、鋭い声を上げる。
「我は新たなる世界を創るため興りし者。滅びを呼ぶ不完全なコトワリの世界を創世することは許さぬ。人間の弱き意思に溺れしシンよ、おまえはここで我に葬られるのだ!」
カグツチは太陽に似た球体から巨大な人間の頭部へと姿を変え、シンとミユキを威圧するように睨んだ。カグツチの変容を受け周囲も闇に覆われ、宇宙空間に似た不穏な暗闇が蠢いた。カグツチが放つ輝きは周囲を強烈に照らし、シンやミユキの後ろには濃く長い影を伸ばした。
「来るぞ!ジャアクフロスト、ピクシー!」
シンの呼びかけに応じ、頼れる仲魔が現れた。新宿衛生病院から長くともにいた妖精とミユキを守った黒い雪だるまがシンに付き従う。
「いっけー、ジャアクフロストー!マカカジャー!」
「ヒッホホ〜!食らえー!」
ピクシーの補助魔法を受けたジャアクフロストが駆け出し、巨大な輝きを放つカグツチに黒い拳を突き出した。雪だるまの拳から鮮烈な吹雪が舞い、細かな氷の棘がカグツチを襲う。
「ぐ……」
巨大ゆえに避けられないカグツチは甘んじて氷を受けたが、小さく呻くに留まっていた。ジャアクフロストとピクシーの追撃が迫る中、カグツチは口から光弾を次々と吐き出した。
「わ〜、あぶな〜い。ランダマイザ!」
ひらりひらりと光弾をかわしたピクシーの手から三色の魔法の光が放たれ、カグツチの動きが鈍った。ジャアクフロストは大きく腕を振り回し、カグツチの脳天目がけて拳を振り下ろした。黒い雪だるまは見た目こそ可愛らしいものの、サイキョーでサイコーなワルを目指すだけありその拳は硬質だった。
ガキン!!
強烈な音が響き渡り、カグツチの額にジャアクフロストの拳が突き刺さった。いかにも硬そうな金属質なカグツチの表面にひびが入る。ピシ、ピシ、と音が響き、乾カグツチの顔にいくつか割れ目が生まれた。
「はあぁぁ……」
シンは大きく息を吐き、深く腰を落とすと右手をカグツチに突き出した。右手にマガツヒのエネルギーが急速に集まっていく。人と悪魔の混じりものである彼だけが扱える至高の魔弾が掌に生成される。
「刺され!」
シンの声とともに、彼の掌に集まったエネルギーがカグツチに迫った。割れた額を的確に撃ち抜き、細かなひび割れが決定的な亀裂となる。
「が……あ……」
カグツチの断末魔が響いた。空間全体が揺れる。シンは痙攣するカグツチを睨みながら、固唾を飲んで見守っていたミユキのそばに立った。その肩を抱き、揺れる
カグツチの輝きを見つめた。
「おまえたちは……カグツチの力を解放した……ああ……何ということだ……また、混沌に満ちた自由の国が生まれる……破滅の……国が……」
カグツチの嘆きが宇宙に似た静けさを破り、シンの鼓膜を震わせた。シンはミユキの肩を抱く手に力を込めた。
「お前の気に入る世界じゃないかもしれないが、オレは月島といられる世界を選ぶ。千晶、勇、氷川……どのコトワリも選ばない」
シンの言葉に呼応してか、カグツチが激しく明滅を始めた。シンは肌で感じていた。新たな世界の芽吹きがもうすぐ始まろうとしている。そのとき、きっと隣にはミユキがいるのだろう、と。
かくしてカグツチの力が解き放たれ、創世のために生まれたボルテクス界は消滅した。新たに生まれた東京に眩しい陽の光が差し込む。
「ふふ、月島さん、シンくん。二人が来てくれて嬉しいわ」
新宿衛生病院の病室で高尾祐子は微笑み、教え子二人を招き入れた。
「橘さんと新田くんも来てくれたのよ。あなたたちはいつ来てくれるのかしらって思っていたわ」
間薙シンは月島ミユキと繋いでいた手をほどき、祐子と向かい合った。祐子はいまだベッドの上だが、ボルテクス界で見た不安定な様子は見受けられなかった。
「先生、よくなったそうでよかったです」
「ええ」
シンの言葉に、祐子は力強く頷いた。少し開いた病室の窓から風がそよぎ、白いカーテンをなびかせる。うららかで穏やかないい日和だった。祐子は口を開く。
「二人とも、本当にありがとう。今私たちがこうしていられるのも、あなたたちのおかげね」
第三者には理解しがたい言葉も、シンとミユキには理解できる。二人は見つめ合い、頷き合った。
「私と間薙くんも、先生に助けられました。先生がいなかったらきっと、創世なんて考えなかったと思います」
「ふふ、そうね……」
祐子は新緑が芽吹く窓の外から教え子たちに視線を移した。その眼差しは包容力に溢れ、マガツヒを集める道具として使われていた頃の面影はない。
「もうすぐ進路を決めなくちゃいけない時期ね。二人ともどうするの?」
祐子の言葉を皮切りに、三人はごく普通の高校生と教師の何気ない会話を交わした。穏やかな時間が流れる――ボルテクス界では考えられないほど平和な時間だった。三人とも笑っていた。祐子の笑顔を久しぶりに見た気がするな、とシンは感慨深かった。
話題も尽きてきた頃、シンは時計に目をやった。面会時間が終わろうとしている。
「先生、ありがとうございました。元気そうで安心しました」
シンの言葉を合図に、シンとミユキは礼をした。祐子は緩やかに頷くと、
「そうね、ありがとう。もう少しすれば学校に戻れると思うわ。ああ、そうそう」
何かを思い出したように声を上げた。まだ何か伝えたいことがあるのだろうか。
「代々木公園で二人を待っている子がいるみたい。会ってきてあげたら?」
祐子の言葉に、ミユキは何か思い当たる節があるようだった。
「ヒホー!ヒホホー!」
代々木公園の入り口に青い帽子を被った雪だるまが立っていた。雪だるまはシンとミユキを見た途端嬉しそうに飛び上がり、ぶんぶんと両手を振った。
「ミユキー!久しぶりだホー!」
「ジャックフロスト!」
ミユキは雪だるま――ジャックフロストに駆け寄り、熱い抱擁を交わした。もっちりとしたジャックフロストにミユキは頬擦りをした。
「ヒホホ、そんなにくっついたら溶けちゃうホー!」
「こっちでも会えるとは思わなかったよ!でも、ジャアクフロストじゃないんだ!」
「ヒホ〜……」
ミユキの言葉にジャックフロストはしゅんと俯いてみせた。表情が変わらないため深刻さは皆無だが。
「なんかコッチに来たら真っ白イノセントボディに戻っちゃったホ!スーパーウルトラグレイトなワルに近付いたと思ってたのに、残念だホ〜」
トホホ、とため息をつくジャックフロストの頭を撫で、シンは笑った。
「まだ伸びしろがあるってことじゃないのか」
「ムカムカ〜!なんかオマエに言われるとハラタツホ〜!」
ミユキに抱きしめられたままジャックフロストはじたばたと手足を動かした。その背丈は二人の半分程度、もっちりむっちりとした質感も相まって「カグツチを倒したかつての仲魔」には到底見えなかった。……案外、物語の勇者御一行なんてこんなものかもしれない。シンは笑った。
「あ〜!アイツ笑ったホ!オイラを見て笑ってるホ!ミユキ、離すホ!やっぱりオイラ、アイツとはケッチャクつけなきゃいけないヒホ!」
よほど気に障ったのか、ジャックフロストはヒホヒホ言いながらぶんぶんと腕を振り回していた。身長相応に手足も短い、ミユキに抱き止められるほどにジャックフロストは弱々しかった。シンはしゃがみ、ジャックフロストと目を合わせた。
「オレとお前が戦う理由なんてない。ミユキと三人で仲良くしたいと思ってる」
「う〜……ミユキはどう思うホ?」
ジャックフロストの疑問に、ミユキはぎゅっと抱きついて返した。
「間薙くんの言うとおりだよ。三人で仲良くしよう?また会いに来るから!」
「う〜……ミユキがそう言うなら……」
ジャックフロストはシンから顔を背けたまま、手を差し出した。
「カンチガイしてもらっちゃ困るホ!ミユキが言うから、しかたなく仲良くしてやるんだホ!」
「そうだな」
シンはジャックフロストと握手を交わした。もっちりとした手は手触りがよく、口元が綻んだ。ミユキは純粋無垢な雪だるまを抱きしめたりハイタッチをしたり、と微笑ましい時間を過ごしている。
いつまでも、こんな日が続きますように。間薙シンは心の中で願うばかりだった。
創世を目指す者が集まる運命の場所、カグツチ塔。間薙シンは月島ミユキの手を引き天高く聳える楼閣をひたすら上り続けていた。
道中で、三人の創世を試みる者を撃破した。静寂を望む氷川、孤独を好む勇、強者を讃える千晶。それぞれを倒したシンは、彼らが持っていた勾玉を手にしていた。高尾祐子から受け継いだヤヒロノヒモロギと三つの勾玉、創世の道具は整った。シンは頂上付近にあるターミナルの小部屋に入り、ミユキを見つめた。彼女は不思議そうな顔でシンを見つめ返していた。
「どうしたの、間薙くん」
「もうすぐ塔のてっぺんだ。創世が叶いそうだから……緊張してる」
胸の内に秘めた本音を零すと、ミユキは微笑みシンの手を取った。シンの右手がミユキの両手に包み込まれる。柔らかくあたたかい、人間らしい手だった。
「間薙くんも緊張するんだね。私も正直、ドキドキしてるの」
「月島も?」
「うん」
ターミナルの光に照らされる中二人は見つめ合い、笑みを浮かべた。
気付けば彼女とは長い時間を過ごした。イケブクロで彼女と初めて会ってから、幾度カグツチの周期が巡っただろう。もしもシンがミユキと出会っていなければどうなっていただろう、と思うこともある。人修羅の身に残っていた人間らしい感情の残滓すら消え失せ、完全な悪魔になっていたかもしれない。シンはぽつりと、しかし力強く告げた。
「オマエと新たな東京を創世する。……もうすぐだ」
「うん」
「オレはオマエと一緒にいられる東京を創世したい。それで構わないか」
「うん。間薙くんと一緒」
意思を確認し合う静寂に、
「ヒッホ〜!オイラを忘れてもらっちゃ困るホ!」
場違いなほど明るいジャアクフロストの声が響いた。彼は二人に目をやり右手を勢いよく上げる。……そういえばそうだった。シンはため息をついた。
「……そういえば、ジャアクフロストも一緒にいたいって言ってたな。月島、それでいいか」
「うん!新しい東京になっても、楽しそうだね!」
ミユキの笑顔は向日葵のように眩しく、見つめているシンも自然と笑んでいた。
カグツチ塔の天辺は何の気配もしない不気味な空間だった。ここまで悪魔の巣窟と化していたからこそ、誰もいない静寂は耳に痛い。シンはミユキの手を強く握り、手に入れた勾玉とヤヒロノヒモロギを然るべき場所へ奉納した。
その瞬間眩いまでの光が満ち、二人の前に白く輝く球体――カグツチが姿を現した。カグツチは荘厳な声で告げる。
「ついにここに辿り着いたか……人の心を持つ悪魔と、コトワリの芽を持つ人間が……」
「お前がカグツチか。ここまで辿り着いたんだ、オレたちの望む東京を創世できるはずだ」
人智の及ばぬ輝きを前にしてもシンは臆さず言葉を返す。非力なミユキは身を縮こめながらもカグツチから目を逸さなかった。二人と一つの間に緊張感が漂う。
「おまえたちの望む世界は自由の国……かつて大いなる意思がその可能性に賭けたが、脆弱に肥え太り衰えた国……おまえたち二人は元の破滅を再び望むか……」
「……何を言ってる?」
シンは眉を顰めた。カグツチの言葉は意味深で理解が及ばないが、暗に責められていることだけは理解した。……嫌な予感がする。
「月島、お前は下がってろ。こいつ、様子がおかしい」
「……うん」
ミユキと繋いでいた手をほどき、シンは彼女を後ろ手にかばうようにし一歩前に立った。カグツチは輝きを増し、鋭い声を上げる。
「我は新たなる世界を創るため興りし者。滅びを呼ぶ不完全なコトワリの世界を創世することは許さぬ。人間の弱き意思に溺れしシンよ、おまえはここで我に葬られるのだ!」
カグツチは太陽に似た球体から巨大な人間の頭部へと姿を変え、シンとミユキを威圧するように睨んだ。カグツチの変容を受け周囲も闇に覆われ、宇宙空間に似た不穏な暗闇が蠢いた。カグツチが放つ輝きは周囲を強烈に照らし、シンやミユキの後ろには濃く長い影を伸ばした。
「来るぞ!ジャアクフロスト、ピクシー!」
シンの呼びかけに応じ、頼れる仲魔が現れた。新宿衛生病院から長くともにいた妖精とミユキを守った黒い雪だるまがシンに付き従う。
「いっけー、ジャアクフロストー!マカカジャー!」
「ヒッホホ〜!食らえー!」
ピクシーの補助魔法を受けたジャアクフロストが駆け出し、巨大な輝きを放つカグツチに黒い拳を突き出した。雪だるまの拳から鮮烈な吹雪が舞い、細かな氷の棘がカグツチを襲う。
「ぐ……」
巨大ゆえに避けられないカグツチは甘んじて氷を受けたが、小さく呻くに留まっていた。ジャアクフロストとピクシーの追撃が迫る中、カグツチは口から光弾を次々と吐き出した。
「わ〜、あぶな〜い。ランダマイザ!」
ひらりひらりと光弾をかわしたピクシーの手から三色の魔法の光が放たれ、カグツチの動きが鈍った。ジャアクフロストは大きく腕を振り回し、カグツチの脳天目がけて拳を振り下ろした。黒い雪だるまは見た目こそ可愛らしいものの、サイキョーでサイコーなワルを目指すだけありその拳は硬質だった。
ガキン!!
強烈な音が響き渡り、カグツチの額にジャアクフロストの拳が突き刺さった。いかにも硬そうな金属質なカグツチの表面にひびが入る。ピシ、ピシ、と音が響き、乾カグツチの顔にいくつか割れ目が生まれた。
「はあぁぁ……」
シンは大きく息を吐き、深く腰を落とすと右手をカグツチに突き出した。右手にマガツヒのエネルギーが急速に集まっていく。人と悪魔の混じりものである彼だけが扱える至高の魔弾が掌に生成される。
「刺され!」
シンの声とともに、彼の掌に集まったエネルギーがカグツチに迫った。割れた額を的確に撃ち抜き、細かなひび割れが決定的な亀裂となる。
「が……あ……」
カグツチの断末魔が響いた。空間全体が揺れる。シンは痙攣するカグツチを睨みながら、固唾を飲んで見守っていたミユキのそばに立った。その肩を抱き、揺れる
カグツチの輝きを見つめた。
「おまえたちは……カグツチの力を解放した……ああ……何ということだ……また、混沌に満ちた自由の国が生まれる……破滅の……国が……」
カグツチの嘆きが宇宙に似た静けさを破り、シンの鼓膜を震わせた。シンはミユキの肩を抱く手に力を込めた。
「お前の気に入る世界じゃないかもしれないが、オレは月島といられる世界を選ぶ。千晶、勇、氷川……どのコトワリも選ばない」
シンの言葉に呼応してか、カグツチが激しく明滅を始めた。シンは肌で感じていた。新たな世界の芽吹きがもうすぐ始まろうとしている。そのとき、きっと隣にはミユキがいるのだろう、と。
かくしてカグツチの力が解き放たれ、創世のために生まれたボルテクス界は消滅した。新たに生まれた東京に眩しい陽の光が差し込む。
「ふふ、月島さん、シンくん。二人が来てくれて嬉しいわ」
新宿衛生病院の病室で高尾祐子は微笑み、教え子二人を招き入れた。
「橘さんと新田くんも来てくれたのよ。あなたたちはいつ来てくれるのかしらって思っていたわ」
間薙シンは月島ミユキと繋いでいた手をほどき、祐子と向かい合った。祐子はいまだベッドの上だが、ボルテクス界で見た不安定な様子は見受けられなかった。
「先生、よくなったそうでよかったです」
「ええ」
シンの言葉に、祐子は力強く頷いた。少し開いた病室の窓から風がそよぎ、白いカーテンをなびかせる。うららかで穏やかないい日和だった。祐子は口を開く。
「二人とも、本当にありがとう。今私たちがこうしていられるのも、あなたたちのおかげね」
第三者には理解しがたい言葉も、シンとミユキには理解できる。二人は見つめ合い、頷き合った。
「私と間薙くんも、先生に助けられました。先生がいなかったらきっと、創世なんて考えなかったと思います」
「ふふ、そうね……」
祐子は新緑が芽吹く窓の外から教え子たちに視線を移した。その眼差しは包容力に溢れ、マガツヒを集める道具として使われていた頃の面影はない。
「もうすぐ進路を決めなくちゃいけない時期ね。二人ともどうするの?」
祐子の言葉を皮切りに、三人はごく普通の高校生と教師の何気ない会話を交わした。穏やかな時間が流れる――ボルテクス界では考えられないほど平和な時間だった。三人とも笑っていた。祐子の笑顔を久しぶりに見た気がするな、とシンは感慨深かった。
話題も尽きてきた頃、シンは時計に目をやった。面会時間が終わろうとしている。
「先生、ありがとうございました。元気そうで安心しました」
シンの言葉を合図に、シンとミユキは礼をした。祐子は緩やかに頷くと、
「そうね、ありがとう。もう少しすれば学校に戻れると思うわ。ああ、そうそう」
何かを思い出したように声を上げた。まだ何か伝えたいことがあるのだろうか。
「代々木公園で二人を待っている子がいるみたい。会ってきてあげたら?」
祐子の言葉に、ミユキは何か思い当たる節があるようだった。
「ヒホー!ヒホホー!」
代々木公園の入り口に青い帽子を被った雪だるまが立っていた。雪だるまはシンとミユキを見た途端嬉しそうに飛び上がり、ぶんぶんと両手を振った。
「ミユキー!久しぶりだホー!」
「ジャックフロスト!」
ミユキは雪だるま――ジャックフロストに駆け寄り、熱い抱擁を交わした。もっちりとしたジャックフロストにミユキは頬擦りをした。
「ヒホホ、そんなにくっついたら溶けちゃうホー!」
「こっちでも会えるとは思わなかったよ!でも、ジャアクフロストじゃないんだ!」
「ヒホ〜……」
ミユキの言葉にジャックフロストはしゅんと俯いてみせた。表情が変わらないため深刻さは皆無だが。
「なんかコッチに来たら真っ白イノセントボディに戻っちゃったホ!スーパーウルトラグレイトなワルに近付いたと思ってたのに、残念だホ〜」
トホホ、とため息をつくジャックフロストの頭を撫で、シンは笑った。
「まだ伸びしろがあるってことじゃないのか」
「ムカムカ〜!なんかオマエに言われるとハラタツホ〜!」
ミユキに抱きしめられたままジャックフロストはじたばたと手足を動かした。その背丈は二人の半分程度、もっちりむっちりとした質感も相まって「カグツチを倒したかつての仲魔」には到底見えなかった。……案外、物語の勇者御一行なんてこんなものかもしれない。シンは笑った。
「あ〜!アイツ笑ったホ!オイラを見て笑ってるホ!ミユキ、離すホ!やっぱりオイラ、アイツとはケッチャクつけなきゃいけないヒホ!」
よほど気に障ったのか、ジャックフロストはヒホヒホ言いながらぶんぶんと腕を振り回していた。身長相応に手足も短い、ミユキに抱き止められるほどにジャックフロストは弱々しかった。シンはしゃがみ、ジャックフロストと目を合わせた。
「オレとお前が戦う理由なんてない。ミユキと三人で仲良くしたいと思ってる」
「う〜……ミユキはどう思うホ?」
ジャックフロストの疑問に、ミユキはぎゅっと抱きついて返した。
「間薙くんの言うとおりだよ。三人で仲良くしよう?また会いに来るから!」
「う〜……ミユキがそう言うなら……」
ジャックフロストはシンから顔を背けたまま、手を差し出した。
「カンチガイしてもらっちゃ困るホ!ミユキが言うから、しかたなく仲良くしてやるんだホ!」
「そうだな」
シンはジャックフロストと握手を交わした。もっちりとした手は手触りがよく、口元が綻んだ。ミユキは純粋無垢な雪だるまを抱きしめたりハイタッチをしたり、と微笑ましい時間を過ごしている。
いつまでも、こんな日が続きますように。間薙シンは心の中で願うばかりだった。
