修羅と雪
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#1 出会い
「いたた……あれ?」
気付けば月島ミユキは尻餅をついて座り込んでいた。ミユキは辺りを見回しながら、ゆっくり立ち上がった。
銀座の街を歩いていたら突然視界が真っ暗になり意識を失い、今に至る。ひとまず経緯を思い出したところで、現在地を確認する。上下左右無機質なコンクリートに囲まれた場所、ショーウインドウがあり服が飾られている。不思議な模様が描かれた扉がいくつか見えた。
――なんか変だな?
ミユキが真っ先に覚えたのは違和感だった。銀座の街は人で溢れているはずなのに、今この地下街にはミユキしかいない。静まり返った空間、ミユキの呼吸音がうるさく聞こえる。誰かいないだろうか。紫色の菱形の模様が光っている扉がすぐ近くにあった。ショーウインドウがあるのだから、店かもしれない。見たことのない模様がきらめく扉を押し、中に入った。
「いらっしゃいだホー!」
子供っぽい可愛らしい声が響いた。ミユキの前にいたのは、青い帽子を被った白く丸っこい何かだった。雪だるまに両手足が生えたような、もっちりとした可愛い見た目だ。
「……えっ?」
「どうしたホ?」
雪だるまは首を傾げてミユキを見つめている。つぶらな目やヒョコヒョコとした動き、可愛らしい着ぐるみが動いて喋っている。ミユキは完全に硬直した。
「え、え?中に人、入ってる?」
「ヒト?オイラはヒトじゃないホ!キミ、ヘンなこと言うホ!」
「……?」
人じゃない?とするとますます目の前の雪だるまが何なのかわからないが、とにかく意思疎通はできるらしい。ミユキは気を取り直して尋ねた。
「えっと、ここってどこ?」
「ギンザだホ!」
「銀座?……銀座?ここ、あなたと私以外には誰もいないの?」
「ヒトはキミが初めてだホ!」
「『ヒトは』?」
「悪魔ならいーっぱいいるホー」
噛み合っているような噛み合っていないような理解し難い会話が続き、ミユキは眉をひそめた。考え込むミユキに、雪だるまの明るい声が響いた。
「ところでキミ、買い物しに来たんじゃないのかホ?」
「買い物?特に欲しいものはないけど……」
「残念ヒホー」
かくん、と大袈裟な動きで俯いた雪だるまだったが、すぐに首を横に振りながら顔を上げた。
「お客さんも来ないし、キミが買い物しないならオイラそろそろ出かけるホ!」
「え?行っちゃうの?」
ミユキは慌てた。まだミユキの疑問は解決したとは言えないし、こんな得体の知れない場所で放置されるのも困る。
「オイラにはサイキョーでサイコーのキングになる目標があるホ!そろそろ修行の旅に出るヒホ!」
「それ、私もついていっていい?」
思わずミユキは声を上げた。会話ができそれなりに友好的で、色々と事情を知っていそうな雪だるまと離れるのは得策ではない。断られたらどうしようと思っていたが、
「いいヒホ!オイラがサイキョーでサイコーのキングになるところ、とくと見ておくホー!」
二つ返事で了承されミユキは安堵した。
ミユキはギンザで知り合った雪だるま――ジャックフロストに連れられ、ボルテクス界を彷徨っていた。時折悪魔に襲われることもあるが、ジャックフロストが撃退してくれるおかげで特に危険はない。道すがら彼から様々な話を聞き、ボルテクス界のことや悪魔のこと、そして元の東京には戻れそうもないことを理解した。
現在二人はマントラ軍本拠地のあるイケブクロを目指している。マントラ軍には強い悪魔がたくさんいるらしいから、きっとサイキョーになれるホ!とはジャックフロストの弁。ミユキはそうなんだ、しか返せないが羨ましかった。明確な目標を持ち具体的な行動に移しているのは素晴らしいことだ。
「ねえ、キングってどんな悪魔だったの?」
あまりにも彼が声高に言うものだから尋ねると、
「サイキョーでサイコーの悪魔ヒホ!愛らしくて強い、みんなから慕われる悪魔だホ!」
と返された。強い、は悪魔基準がわからないミユキには何とも言えないが、少なくとも愛らしさは合格点では?と思うのだが、彼は納得していないらしい。通りすがりのミユキを守りながら夢に向かう姿は微笑ましく、そんな彼が慕う「キング」にはミユキも興味が湧いた。いつかどこかで会ってみたい。
「着いたホ!あれがマントラ軍の本拠地だホ!」
と言いながらジャックフロストが指さす先には、威圧感のある門。駆け寄っていくジャックフロストの後を追ったが、彼は門前に掲げられた炎に立ち止まった。
「ヒホ〜……熱いホ……」
「あれ、入らないの?」
「ちょっと怖いホ……」
すっかり忘れていたが、彼は雪の精で熱さには滅法弱いらしい。こんな炎が中にもあるのなら、確かに彼には痛手だろう。どうしたものかとミユキが考えていると、大きな門が開いた。中から少年が現れる。
「……?お前、人間か?」
警戒心の滲む低い声で呼びかけられた。上半身裸の少年は全身に黒のタトゥーのような模様が入り、鋭い眼差しもありやや威圧感のある佇まいだった。一部が外側に跳ねた黒髪、ミユキには見覚えがあった。
「あれ?もしかして間薙くん?」
「お前、月島か?」
互いに名前を呼び合った。間薙シン、ミユキのクラスメイトだ。あまり話したことはないが、名前と顔は覚えていた。制服姿しか見たことがないが、意外と彼は大胆な服装を好むのだろうか。……とかそんなことはどうでもいい、ミユキは彼に何か違和感を覚えた。彼は人間というよりは悪魔に近い、異質な空気を纏っている。
「生きてる人間がいたんだな」
「私も、人を見るのは初めてだよ」
「そのジャックフロストは、お前の仲魔か?」
「シツレイヒホ!オイラがミユキを守ってたんだホ!」
ぶんぶんと腕を振りながらジャックフロストは抗議した。そんな怒るような言葉には聞こえなかったが、ミユキには悪魔の感性はよく理解できない。
「たまたまここまで一緒に来たの。マントラ軍に行きたいって……」
「マントラ軍?ちょうどさっきオレも行ってきたところだ」
「ヒホ!」
ぴょこ、とジャックフロストが小さく跳び上がった。こんな人間に先を越された、と言わんばかりの悔しそうな動きだった。しかし躊躇いは消えないようで、ぐずぐずとその場を動こうとしない。
「月島、もしお前がよければオレと行かないか。なんならジャックフロストも一緒でいい」
「ねえ、どうする?」
ジャックフロストに尋ねると、彼はぶんぶんと首を横に振った。やはり何とかしてマントラ軍の門を叩きたいらしい。
「ジャックフロストはマントラ軍に行きたいみたいだけど、間薙くんはもう用はないんだよね?これからどこに行くの?」
「ニヒロ機構に行く。高尾先生がいるらしい」
「高尾先生が!?」
高尾祐子。ミユキも聞き慣れた、担任の名前。まさかボルテクス界で聞くことになるとは思わなかった。
「間薙くん、私も連れて行って。私も高尾先生に会いたい。ジャックフロスト、あなたとはここでお別れだね」
「ヒホ?ミユキはそっちのおにーさんと行くホ?」
「うん。ここまで一緒に来てくれてありがとう。サイキョーでサイコーの悪魔、きっとなれるよ」
「ヒホ!」
ジャックフロストと軽いハイタッチを交わし、ミユキは親切な雪だるまに別れを告げた。きっと彼は一人でも問題ないだろう。
「月島、オレから離れるなよ」
「うん」
新たな同行者である間薙シンは、力強い眼差しで告げた。
人修羅。それは人間と悪魔の混ざりもの。恐れられ驚かれるだろうと思っていたが、意外にも月島ミユキはあっさりと受け入れたようだった。可愛らしいがれっきとした悪魔であるジャックフロストと行動をともにしていたからか、ボルテクス界の様々なことについても理解が早かった。
「オレが怖くないのか?」
一度彼女に尋ねてみたがきょとんとした顔で、
「え?なんで?」
と返されてしまい、シンの方こそ困惑した。
「だって、間薙くんは間薙くんでしょ?」
「それは……まあ、そうだな」
誰よりもシン自身がこの変化に戸惑っているのかもしれない。勇も千晶もシンを恐れる様子はなかった。掌を見ると黒と緑の模様が走り、純粋な人間ではなくなったことを悟るが、この力がなければボルテクス界を生き抜くことはできない。これまでは自らの命に気を配るだけでよかったが、これからはミユキを守る必要も生じる。シンは拳を握りしめた。
「あ、間薙くん。ちょっと待って」
「ん?」
ボルテクス界、ニヒロ機構近くの砂漠地帯。ミユキに腕を掴まれ、シンは立ち止まった。
「怪我してる」
「怪我?」
ミユキに掴まれた右腕に、やや深めの切り傷があった。赤い血の痕が滲み、痛々しく見える。先ほどの戦闘で負った傷だ。見た目は派手だが痛みはなく、出血も止まっている。人間であれば包帯でも巻くところだろうが、人修羅であるシンが気にするような傷ではなかった。
「これくらい……」
「ダメだよ、化膿しちゃうかも。待って、確かジャックフロストにもらった薬が……」
ミユキは傷薬を取り出した。冷たい塗り薬を傷口にたっぷり塗りこんでいく。むしろこの動作の方が痛むくらいだが、彼女の善意を無にするのもどうかと思い耐えた。彼女の白い指先が傷口を撫でると、あっさりと元の傷一つない肌に戻った。悪魔用の傷薬は相変わらずとんでもない効能である。
「よかった。これで大丈夫だね」
「ありがとう」
人の厚意は純粋に受け止めるべきだ。可憐に笑うミユキを見ていると、シンも自然と顔が綻んでいた。
「ほう……あのときの少年の他に、受胎を生き残った者がいたのか」
ニヒロ機構、中枢。青く無機質な光を放つ空間にニヒロ機構総司令、氷川はいた。口元には不敵な笑みを浮かべ、シンとミユキを見つめている。シンは無意識に彼女の半歩前に立った。
「あのときの少年が、少女を守るナイト気取りか。面白い」
氷川が数珠を擦り合わせると、二本の剣を持つ悪魔、オセが召喚された。すらりと背が高く獰猛な獣、尖った敵意をシンとミユキに向けている。
「ナイトメア・システムは順調に動き、先生は巫女として役に立っている。もう君たちと会うことはないだろう。君たちは生き残るべきではなかった。何も無い生を、ここで終わらせてやろう」
「月島!オレの後ろに!」
去っていった氷川の代わりにオセがシンに迫る。シンはミユキを後ろに庇いつつ刃をかわし、床を蹴った。剣撃を見舞った直後の隙だらけのオセの懐に潜り込む。そのがら空きの胴体に容赦なく拳を叩き込んだ。
「ぐう……!」
たまらず膝をついたオセにシンの拳が追撃する。その拳は炎を纏い、相手を灰燼にするという強い意志を感じさせる。無防備なオセの体に突き刺さったシンの拳は、オセの体に炎を移しあっという間に燃やし尽くす。半人半魔の彼だからこそできる、一片の情けもない攻撃だった。呼吸を乱したシンのもとに、そっとミユキが寄り添う。
「間薙くん、大丈夫?ありがとう、守ってくれて」
「お前が無事ならそれでいい。……先生、いなかったな」
「そういえばそうだね。先生……無事かな」
ミユキは心配そうに身を縮めていた。日常で間違いなく耳にすることのない、「巫女として役に立っている」という言葉。氷川はシンとミユキを殺すことに躊躇いのない人間だ、高尾祐子のこともどのように扱っているか容易に想像がつく。ミユキでなくとも不安になって当然だった。
「ねえ、間薙くん。一度イケブクロに戻ろう。さっきのナイトメア・システムって、マントラ軍のマガツヒを吸収してるんでしょ?マントラ軍には新田くんもいるんだし、心配だよ」
「そうだな。一度行ってみよう」
シンはミユキと頷き合った。そして今回のことで悟った。氷川は自分のみならず、ミユキすら排除しようとしている。自分が守らねば――ナイト気取りと氷川は言っていたが、気取っている場合ではなかった。
「いたた……あれ?」
気付けば月島ミユキは尻餅をついて座り込んでいた。ミユキは辺りを見回しながら、ゆっくり立ち上がった。
銀座の街を歩いていたら突然視界が真っ暗になり意識を失い、今に至る。ひとまず経緯を思い出したところで、現在地を確認する。上下左右無機質なコンクリートに囲まれた場所、ショーウインドウがあり服が飾られている。不思議な模様が描かれた扉がいくつか見えた。
――なんか変だな?
ミユキが真っ先に覚えたのは違和感だった。銀座の街は人で溢れているはずなのに、今この地下街にはミユキしかいない。静まり返った空間、ミユキの呼吸音がうるさく聞こえる。誰かいないだろうか。紫色の菱形の模様が光っている扉がすぐ近くにあった。ショーウインドウがあるのだから、店かもしれない。見たことのない模様がきらめく扉を押し、中に入った。
「いらっしゃいだホー!」
子供っぽい可愛らしい声が響いた。ミユキの前にいたのは、青い帽子を被った白く丸っこい何かだった。雪だるまに両手足が生えたような、もっちりとした可愛い見た目だ。
「……えっ?」
「どうしたホ?」
雪だるまは首を傾げてミユキを見つめている。つぶらな目やヒョコヒョコとした動き、可愛らしい着ぐるみが動いて喋っている。ミユキは完全に硬直した。
「え、え?中に人、入ってる?」
「ヒト?オイラはヒトじゃないホ!キミ、ヘンなこと言うホ!」
「……?」
人じゃない?とするとますます目の前の雪だるまが何なのかわからないが、とにかく意思疎通はできるらしい。ミユキは気を取り直して尋ねた。
「えっと、ここってどこ?」
「ギンザだホ!」
「銀座?……銀座?ここ、あなたと私以外には誰もいないの?」
「ヒトはキミが初めてだホ!」
「『ヒトは』?」
「悪魔ならいーっぱいいるホー」
噛み合っているような噛み合っていないような理解し難い会話が続き、ミユキは眉をひそめた。考え込むミユキに、雪だるまの明るい声が響いた。
「ところでキミ、買い物しに来たんじゃないのかホ?」
「買い物?特に欲しいものはないけど……」
「残念ヒホー」
かくん、と大袈裟な動きで俯いた雪だるまだったが、すぐに首を横に振りながら顔を上げた。
「お客さんも来ないし、キミが買い物しないならオイラそろそろ出かけるホ!」
「え?行っちゃうの?」
ミユキは慌てた。まだミユキの疑問は解決したとは言えないし、こんな得体の知れない場所で放置されるのも困る。
「オイラにはサイキョーでサイコーのキングになる目標があるホ!そろそろ修行の旅に出るヒホ!」
「それ、私もついていっていい?」
思わずミユキは声を上げた。会話ができそれなりに友好的で、色々と事情を知っていそうな雪だるまと離れるのは得策ではない。断られたらどうしようと思っていたが、
「いいヒホ!オイラがサイキョーでサイコーのキングになるところ、とくと見ておくホー!」
二つ返事で了承されミユキは安堵した。
ミユキはギンザで知り合った雪だるま――ジャックフロストに連れられ、ボルテクス界を彷徨っていた。時折悪魔に襲われることもあるが、ジャックフロストが撃退してくれるおかげで特に危険はない。道すがら彼から様々な話を聞き、ボルテクス界のことや悪魔のこと、そして元の東京には戻れそうもないことを理解した。
現在二人はマントラ軍本拠地のあるイケブクロを目指している。マントラ軍には強い悪魔がたくさんいるらしいから、きっとサイキョーになれるホ!とはジャックフロストの弁。ミユキはそうなんだ、しか返せないが羨ましかった。明確な目標を持ち具体的な行動に移しているのは素晴らしいことだ。
「ねえ、キングってどんな悪魔だったの?」
あまりにも彼が声高に言うものだから尋ねると、
「サイキョーでサイコーの悪魔ヒホ!愛らしくて強い、みんなから慕われる悪魔だホ!」
と返された。強い、は悪魔基準がわからないミユキには何とも言えないが、少なくとも愛らしさは合格点では?と思うのだが、彼は納得していないらしい。通りすがりのミユキを守りながら夢に向かう姿は微笑ましく、そんな彼が慕う「キング」にはミユキも興味が湧いた。いつかどこかで会ってみたい。
「着いたホ!あれがマントラ軍の本拠地だホ!」
と言いながらジャックフロストが指さす先には、威圧感のある門。駆け寄っていくジャックフロストの後を追ったが、彼は門前に掲げられた炎に立ち止まった。
「ヒホ〜……熱いホ……」
「あれ、入らないの?」
「ちょっと怖いホ……」
すっかり忘れていたが、彼は雪の精で熱さには滅法弱いらしい。こんな炎が中にもあるのなら、確かに彼には痛手だろう。どうしたものかとミユキが考えていると、大きな門が開いた。中から少年が現れる。
「……?お前、人間か?」
警戒心の滲む低い声で呼びかけられた。上半身裸の少年は全身に黒のタトゥーのような模様が入り、鋭い眼差しもありやや威圧感のある佇まいだった。一部が外側に跳ねた黒髪、ミユキには見覚えがあった。
「あれ?もしかして間薙くん?」
「お前、月島か?」
互いに名前を呼び合った。間薙シン、ミユキのクラスメイトだ。あまり話したことはないが、名前と顔は覚えていた。制服姿しか見たことがないが、意外と彼は大胆な服装を好むのだろうか。……とかそんなことはどうでもいい、ミユキは彼に何か違和感を覚えた。彼は人間というよりは悪魔に近い、異質な空気を纏っている。
「生きてる人間がいたんだな」
「私も、人を見るのは初めてだよ」
「そのジャックフロストは、お前の仲魔か?」
「シツレイヒホ!オイラがミユキを守ってたんだホ!」
ぶんぶんと腕を振りながらジャックフロストは抗議した。そんな怒るような言葉には聞こえなかったが、ミユキには悪魔の感性はよく理解できない。
「たまたまここまで一緒に来たの。マントラ軍に行きたいって……」
「マントラ軍?ちょうどさっきオレも行ってきたところだ」
「ヒホ!」
ぴょこ、とジャックフロストが小さく跳び上がった。こんな人間に先を越された、と言わんばかりの悔しそうな動きだった。しかし躊躇いは消えないようで、ぐずぐずとその場を動こうとしない。
「月島、もしお前がよければオレと行かないか。なんならジャックフロストも一緒でいい」
「ねえ、どうする?」
ジャックフロストに尋ねると、彼はぶんぶんと首を横に振った。やはり何とかしてマントラ軍の門を叩きたいらしい。
「ジャックフロストはマントラ軍に行きたいみたいだけど、間薙くんはもう用はないんだよね?これからどこに行くの?」
「ニヒロ機構に行く。高尾先生がいるらしい」
「高尾先生が!?」
高尾祐子。ミユキも聞き慣れた、担任の名前。まさかボルテクス界で聞くことになるとは思わなかった。
「間薙くん、私も連れて行って。私も高尾先生に会いたい。ジャックフロスト、あなたとはここでお別れだね」
「ヒホ?ミユキはそっちのおにーさんと行くホ?」
「うん。ここまで一緒に来てくれてありがとう。サイキョーでサイコーの悪魔、きっとなれるよ」
「ヒホ!」
ジャックフロストと軽いハイタッチを交わし、ミユキは親切な雪だるまに別れを告げた。きっと彼は一人でも問題ないだろう。
「月島、オレから離れるなよ」
「うん」
新たな同行者である間薙シンは、力強い眼差しで告げた。
人修羅。それは人間と悪魔の混ざりもの。恐れられ驚かれるだろうと思っていたが、意外にも月島ミユキはあっさりと受け入れたようだった。可愛らしいがれっきとした悪魔であるジャックフロストと行動をともにしていたからか、ボルテクス界の様々なことについても理解が早かった。
「オレが怖くないのか?」
一度彼女に尋ねてみたがきょとんとした顔で、
「え?なんで?」
と返されてしまい、シンの方こそ困惑した。
「だって、間薙くんは間薙くんでしょ?」
「それは……まあ、そうだな」
誰よりもシン自身がこの変化に戸惑っているのかもしれない。勇も千晶もシンを恐れる様子はなかった。掌を見ると黒と緑の模様が走り、純粋な人間ではなくなったことを悟るが、この力がなければボルテクス界を生き抜くことはできない。これまでは自らの命に気を配るだけでよかったが、これからはミユキを守る必要も生じる。シンは拳を握りしめた。
「あ、間薙くん。ちょっと待って」
「ん?」
ボルテクス界、ニヒロ機構近くの砂漠地帯。ミユキに腕を掴まれ、シンは立ち止まった。
「怪我してる」
「怪我?」
ミユキに掴まれた右腕に、やや深めの切り傷があった。赤い血の痕が滲み、痛々しく見える。先ほどの戦闘で負った傷だ。見た目は派手だが痛みはなく、出血も止まっている。人間であれば包帯でも巻くところだろうが、人修羅であるシンが気にするような傷ではなかった。
「これくらい……」
「ダメだよ、化膿しちゃうかも。待って、確かジャックフロストにもらった薬が……」
ミユキは傷薬を取り出した。冷たい塗り薬を傷口にたっぷり塗りこんでいく。むしろこの動作の方が痛むくらいだが、彼女の善意を無にするのもどうかと思い耐えた。彼女の白い指先が傷口を撫でると、あっさりと元の傷一つない肌に戻った。悪魔用の傷薬は相変わらずとんでもない効能である。
「よかった。これで大丈夫だね」
「ありがとう」
人の厚意は純粋に受け止めるべきだ。可憐に笑うミユキを見ていると、シンも自然と顔が綻んでいた。
「ほう……あのときの少年の他に、受胎を生き残った者がいたのか」
ニヒロ機構、中枢。青く無機質な光を放つ空間にニヒロ機構総司令、氷川はいた。口元には不敵な笑みを浮かべ、シンとミユキを見つめている。シンは無意識に彼女の半歩前に立った。
「あのときの少年が、少女を守るナイト気取りか。面白い」
氷川が数珠を擦り合わせると、二本の剣を持つ悪魔、オセが召喚された。すらりと背が高く獰猛な獣、尖った敵意をシンとミユキに向けている。
「ナイトメア・システムは順調に動き、先生は巫女として役に立っている。もう君たちと会うことはないだろう。君たちは生き残るべきではなかった。何も無い生を、ここで終わらせてやろう」
「月島!オレの後ろに!」
去っていった氷川の代わりにオセがシンに迫る。シンはミユキを後ろに庇いつつ刃をかわし、床を蹴った。剣撃を見舞った直後の隙だらけのオセの懐に潜り込む。そのがら空きの胴体に容赦なく拳を叩き込んだ。
「ぐう……!」
たまらず膝をついたオセにシンの拳が追撃する。その拳は炎を纏い、相手を灰燼にするという強い意志を感じさせる。無防備なオセの体に突き刺さったシンの拳は、オセの体に炎を移しあっという間に燃やし尽くす。半人半魔の彼だからこそできる、一片の情けもない攻撃だった。呼吸を乱したシンのもとに、そっとミユキが寄り添う。
「間薙くん、大丈夫?ありがとう、守ってくれて」
「お前が無事ならそれでいい。……先生、いなかったな」
「そういえばそうだね。先生……無事かな」
ミユキは心配そうに身を縮めていた。日常で間違いなく耳にすることのない、「巫女として役に立っている」という言葉。氷川はシンとミユキを殺すことに躊躇いのない人間だ、高尾祐子のこともどのように扱っているか容易に想像がつく。ミユキでなくとも不安になって当然だった。
「ねえ、間薙くん。一度イケブクロに戻ろう。さっきのナイトメア・システムって、マントラ軍のマガツヒを吸収してるんでしょ?マントラ軍には新田くんもいるんだし、心配だよ」
「そうだな。一度行ってみよう」
シンはミユキと頷き合った。そして今回のことで悟った。氷川は自分のみならず、ミユキすら排除しようとしている。自分が守らねば――ナイト気取りと氷川は言っていたが、気取っている場合ではなかった。
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