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甘えんぼさんはかわいいこ
健康優良児間薙シン、珍しく風邪をひいた。季節の変わり目は風邪に罹りやすいと聞いたことがあるが、そんなものは自分と無縁だと思っていた。朝から何となく具合が悪いと思っていたが、時間が経つにつれどんどん気怠さと熱っぽさが増し、昼休み前だというのに保健室のベッドの上である。
「はあ……」
保健室の白いベッドに横たわるなど初めてだ。だが体は正直で横になった瞬間意識が途切れ、たった今目覚めたところだ。寝起きだがどうにもすっきりせず、まだ体が重い。見事なまでの体調不良だ。保健室の先生の言いつけどおり、今日は休ませてもらおう。シンがため息をついた瞬間、チャイムが鳴った。壁の時計を確認すると昼休みが始まったところだった。普段なら空腹を感じ学食にでも行くところだが、生憎食欲がない。身体の回復のためには何か食べるべきなのだろうか、という理性に基づいたつまらない状況判断しかできなかった。
がらりと保健室の扉が開く音がした。つかつかと足音が近付いてくる。
「間薙シン!入っていい?」
病弱な空間に恐ろしいほど似つかわしくない伸びやかな声が響いた。ベッドを区切る白い衝立に女子生徒の影が浮かぶ。
「ああ、構わない」
「お邪魔しまーす」
衝立を動かして入ってきたのは、月森ミコトだった。手には学食で買い物をしたと思しき袋を持っている。彼女は溌剌とした笑顔を浮かべ、シンの眠るベッド近くの椅子に座った。
「おはよ、シンくん。具合はどう?」
「まだだるい」
「あらー、結構重ための風邪ひいちゃったねえ」
言いながら、ミコトはごそごそと袋からゼリーを取り出した。大きめのさくらんぼがごろりと入った、少しお高いものだ。シンの好物だった。
「お腹空いてる?食べられたらどうぞ」
「……だるいな」
ゼリーを食すには様々な動作を必要とする。フタをしているフィルムを剥がす。スプーンを持ち、差し込みすくい、口に運ぶ。普段であれば気にも留めないこれらの動作、病の最中のシンには負担が大きかった。そもそも体を起こすのも辛い。だが彼女が持つゼリーはとてつもなく魅力的だった。熱っぽい体に冷たく喉越しのいいゼリー、最高だろう。
「あらら、そんな気力もない?」
「……」
もぞもぞと蚯蚓のように動き、シンは何とか半身を起こした。ぐらりと頭が前に傾く。熱に侵された頭は重く、気付けば見るからに体調が悪そうな猫背になっていた。普段と明らかに様子が異なるシンを見、ミコトの顔から笑みが引いた。
「よく起きれたね、大丈夫?」
「あまり大丈夫じゃない、かもしれない」
「寝ててもいいよ?」
「いや、ゼリーは食べたい」
ゼリーのために身を起こしたようなものだが、ぐらぐらと頭が揺れる。やはり限界かもしれない。そう思っていると、ミコトがゼリーのフタを剥がしていた。紙スプーンでさくらんぼが入った贅沢な部分をすくい、シンの前に差し出す。
「はい!」
満面の笑みでミコトが言ったが、シンは頭が働かない。スプーンの上で震えるゼリーとミコトを交互に眺め、言葉を失っていた。
「自分で食べるのしんどいでしょ?食べさせてあげる」
「は?」
思いきりつっけんどんな返しをしてしまい、シンは心の中で舌打ちした。ミコトは気を悪くした風もなく、
「ほらほらー、甘えちゃいなよ。大丈夫、誰も見てないから」
ずい、とゼリーを近付けてくる。白い紙のスプーンの上で半透明の薄紅色のゼリーが揺れ、大粒のさくらんぼがぷるんと跳ねた。ベッドは窓際、誰か通りがかれば間違いなく見られてしまうが、気にする気力もなかった。それより何より、シンの目の前で艶々と美味しそうなゼリーがある。食べたい。シンが口を開いた瞬間、スプーンが優しく差し込まれた。つるりとゼリーが口の中に滑り落ち、噛むとさくらんぼの実の弾力と優しい甘さが口に広がる。熱い喉を冷ますゼリーの冷たさと滑らかさに、シンは身も心も癒された。
「美味しい?」
小首を傾げて尋ねるミコトは、体調さえよければ突然の抱擁をしたくなるほど可愛らしかった。
「……美味い」
シンは目を逸らしながら答えた。頬が熱いのは、きっと風邪のせいだけではない。
「よかった、まだ食べれる?」
「ああ」
「はい、じゃああーん」
もう一度差し出される薄紅色のゼリー、シンは躊躇いなく口にした。そうして繰り返しているうちに、ミコトの持っていたゼリーのカップは空になった。自分一人では食べるのも億劫だっただろうに、彼女の力は絶大だった。
「よかった、シンくん全部食べたね。ゼリーとか飲み物とか、色々買ってきたんだ。置いとくね。ねえシンくん」
「なんだ?」
「ちょっとお昼ごはん食べていい?」
「いいぞ」
ありがと、と言ったミコトはおにぎりを取り出し、黙々と食べ始めた。ゼリーを一つ食べて少し体力を取り戻したシンは、ベッドに置かれたビニール袋からゼリーを取り出した。みかんがたっぷり入った、これも美味しそうなものだ。もたつきながらもフィルムを剥がし、シンはゆっくりと口に運んだ。
「……」
何だか味気なかった。果汁溢れるみかんの味やゼリーの食感は先ほど食べたものと遜色ないが、何か物足りない。シンはミコトに視線を送った。シンが見ていることに気付いたミコトは、
「なに?どうしたの?」
ごく自然に笑いかけてくれる。シンは閃いた。今自分は病人。ではまだ世話をされる権利があるはずだ。
「ミコト。ゼリー、食べさせてくれ」
「ん?いいよー」
もしかしたら何で?言われるかと思っていたが特に何も言及はなく、ミコトはみかんゼリーを受け取ってくれた。ゼリーをすくい、
「口開けて」
シンの口元に持ってきてくれる。言葉どおり口を開けると、もう一度ゼリーが口の中にやって来た。美味だった。シンが自分で食べたものと同じはずなのに、何倍も美味しい、味が濃い気がする。シンは不思議に感じながらも、そのまま彼女の厚意に甘えることとした。体がだるく重いのは事実なのだから。
ふふ、とミコトが笑った気がした。シンは眉を顰めた。
「どうした?」
「ん?ううん」
空になったゼリーの容器を袋に入れ、ミコトは笑った。
「甘えんぼなシンくん、可愛いなって思って」
「っな……!!」
まだ口に残っていたゼリーを吹き出すところだった。無理に飲み込んだゼリーが妙なところに入り込み咳き込む。ミコトの手がシンの背を撫でた。
「大丈夫、シンくん」
「だ、大丈夫だ」
シンは口元を手で拭った。口の中にほんのりとみかんの甘みが残っている。腹いせに生意気を言う唇を奪ってやろうかと思ったが、何とか踏みとどまった。今自分は病人、ミコトに口付ければ病原菌をうつしてしまう。他人にうつせば早く治るなんて噂だが、さすがにそれはミコトが気の毒だ。
「あー、シンくん。今何か変なこと考えてたでしょ」
「考えてない」
「ほんとー?まあいいけどさ」
カラッと笑った彼女からそれ以上追及がなくてホッとした。これ以上問われれば、邪な考えをそのまま伝えるところだった。
「ゆっくり休んで、シンくん。元気になったら、一緒に帰ろ」
「ああ、そうだな」
昼休みがもうすぐ終わる。じゃあね、と笑顔を振りまき去っていくミコトを見送り、シンは再び寝転がった。もう一眠りすれば、きっと彼女と楽しい帰り道が待っているだろう。
健康優良児間薙シン、珍しく風邪をひいた。季節の変わり目は風邪に罹りやすいと聞いたことがあるが、そんなものは自分と無縁だと思っていた。朝から何となく具合が悪いと思っていたが、時間が経つにつれどんどん気怠さと熱っぽさが増し、昼休み前だというのに保健室のベッドの上である。
「はあ……」
保健室の白いベッドに横たわるなど初めてだ。だが体は正直で横になった瞬間意識が途切れ、たった今目覚めたところだ。寝起きだがどうにもすっきりせず、まだ体が重い。見事なまでの体調不良だ。保健室の先生の言いつけどおり、今日は休ませてもらおう。シンがため息をついた瞬間、チャイムが鳴った。壁の時計を確認すると昼休みが始まったところだった。普段なら空腹を感じ学食にでも行くところだが、生憎食欲がない。身体の回復のためには何か食べるべきなのだろうか、という理性に基づいたつまらない状況判断しかできなかった。
がらりと保健室の扉が開く音がした。つかつかと足音が近付いてくる。
「間薙シン!入っていい?」
病弱な空間に恐ろしいほど似つかわしくない伸びやかな声が響いた。ベッドを区切る白い衝立に女子生徒の影が浮かぶ。
「ああ、構わない」
「お邪魔しまーす」
衝立を動かして入ってきたのは、月森ミコトだった。手には学食で買い物をしたと思しき袋を持っている。彼女は溌剌とした笑顔を浮かべ、シンの眠るベッド近くの椅子に座った。
「おはよ、シンくん。具合はどう?」
「まだだるい」
「あらー、結構重ための風邪ひいちゃったねえ」
言いながら、ミコトはごそごそと袋からゼリーを取り出した。大きめのさくらんぼがごろりと入った、少しお高いものだ。シンの好物だった。
「お腹空いてる?食べられたらどうぞ」
「……だるいな」
ゼリーを食すには様々な動作を必要とする。フタをしているフィルムを剥がす。スプーンを持ち、差し込みすくい、口に運ぶ。普段であれば気にも留めないこれらの動作、病の最中のシンには負担が大きかった。そもそも体を起こすのも辛い。だが彼女が持つゼリーはとてつもなく魅力的だった。熱っぽい体に冷たく喉越しのいいゼリー、最高だろう。
「あらら、そんな気力もない?」
「……」
もぞもぞと蚯蚓のように動き、シンは何とか半身を起こした。ぐらりと頭が前に傾く。熱に侵された頭は重く、気付けば見るからに体調が悪そうな猫背になっていた。普段と明らかに様子が異なるシンを見、ミコトの顔から笑みが引いた。
「よく起きれたね、大丈夫?」
「あまり大丈夫じゃない、かもしれない」
「寝ててもいいよ?」
「いや、ゼリーは食べたい」
ゼリーのために身を起こしたようなものだが、ぐらぐらと頭が揺れる。やはり限界かもしれない。そう思っていると、ミコトがゼリーのフタを剥がしていた。紙スプーンでさくらんぼが入った贅沢な部分をすくい、シンの前に差し出す。
「はい!」
満面の笑みでミコトが言ったが、シンは頭が働かない。スプーンの上で震えるゼリーとミコトを交互に眺め、言葉を失っていた。
「自分で食べるのしんどいでしょ?食べさせてあげる」
「は?」
思いきりつっけんどんな返しをしてしまい、シンは心の中で舌打ちした。ミコトは気を悪くした風もなく、
「ほらほらー、甘えちゃいなよ。大丈夫、誰も見てないから」
ずい、とゼリーを近付けてくる。白い紙のスプーンの上で半透明の薄紅色のゼリーが揺れ、大粒のさくらんぼがぷるんと跳ねた。ベッドは窓際、誰か通りがかれば間違いなく見られてしまうが、気にする気力もなかった。それより何より、シンの目の前で艶々と美味しそうなゼリーがある。食べたい。シンが口を開いた瞬間、スプーンが優しく差し込まれた。つるりとゼリーが口の中に滑り落ち、噛むとさくらんぼの実の弾力と優しい甘さが口に広がる。熱い喉を冷ますゼリーの冷たさと滑らかさに、シンは身も心も癒された。
「美味しい?」
小首を傾げて尋ねるミコトは、体調さえよければ突然の抱擁をしたくなるほど可愛らしかった。
「……美味い」
シンは目を逸らしながら答えた。頬が熱いのは、きっと風邪のせいだけではない。
「よかった、まだ食べれる?」
「ああ」
「はい、じゃああーん」
もう一度差し出される薄紅色のゼリー、シンは躊躇いなく口にした。そうして繰り返しているうちに、ミコトの持っていたゼリーのカップは空になった。自分一人では食べるのも億劫だっただろうに、彼女の力は絶大だった。
「よかった、シンくん全部食べたね。ゼリーとか飲み物とか、色々買ってきたんだ。置いとくね。ねえシンくん」
「なんだ?」
「ちょっとお昼ごはん食べていい?」
「いいぞ」
ありがと、と言ったミコトはおにぎりを取り出し、黙々と食べ始めた。ゼリーを一つ食べて少し体力を取り戻したシンは、ベッドに置かれたビニール袋からゼリーを取り出した。みかんがたっぷり入った、これも美味しそうなものだ。もたつきながらもフィルムを剥がし、シンはゆっくりと口に運んだ。
「……」
何だか味気なかった。果汁溢れるみかんの味やゼリーの食感は先ほど食べたものと遜色ないが、何か物足りない。シンはミコトに視線を送った。シンが見ていることに気付いたミコトは、
「なに?どうしたの?」
ごく自然に笑いかけてくれる。シンは閃いた。今自分は病人。ではまだ世話をされる権利があるはずだ。
「ミコト。ゼリー、食べさせてくれ」
「ん?いいよー」
もしかしたら何で?言われるかと思っていたが特に何も言及はなく、ミコトはみかんゼリーを受け取ってくれた。ゼリーをすくい、
「口開けて」
シンの口元に持ってきてくれる。言葉どおり口を開けると、もう一度ゼリーが口の中にやって来た。美味だった。シンが自分で食べたものと同じはずなのに、何倍も美味しい、味が濃い気がする。シンは不思議に感じながらも、そのまま彼女の厚意に甘えることとした。体がだるく重いのは事実なのだから。
ふふ、とミコトが笑った気がした。シンは眉を顰めた。
「どうした?」
「ん?ううん」
空になったゼリーの容器を袋に入れ、ミコトは笑った。
「甘えんぼなシンくん、可愛いなって思って」
「っな……!!」
まだ口に残っていたゼリーを吹き出すところだった。無理に飲み込んだゼリーが妙なところに入り込み咳き込む。ミコトの手がシンの背を撫でた。
「大丈夫、シンくん」
「だ、大丈夫だ」
シンは口元を手で拭った。口の中にほんのりとみかんの甘みが残っている。腹いせに生意気を言う唇を奪ってやろうかと思ったが、何とか踏みとどまった。今自分は病人、ミコトに口付ければ病原菌をうつしてしまう。他人にうつせば早く治るなんて噂だが、さすがにそれはミコトが気の毒だ。
「あー、シンくん。今何か変なこと考えてたでしょ」
「考えてない」
「ほんとー?まあいいけどさ」
カラッと笑った彼女からそれ以上追及がなくてホッとした。これ以上問われれば、邪な考えをそのまま伝えるところだった。
「ゆっくり休んで、シンくん。元気になったら、一緒に帰ろ」
「ああ、そうだな」
昼休みがもうすぐ終わる。じゃあね、と笑顔を振りまき去っていくミコトを見送り、シンは再び寝転がった。もう一眠りすれば、きっと彼女と楽しい帰り道が待っているだろう。
