全年齢向け
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
テンタラフーと涙の砂
ターミナルがある場所は暗く狭い空間で、悪魔に襲われない安全な場所とはいえ不気味だった。ターミナルの青白い光がぼんやりと空間を照らす中、月森ミコトは膝を抱え座っていた。両膝に顔を埋め、目線は俯きがちだ。その隣で半人半魔の人修羅、間薙シンが眠っている。
――不思議だな、こうして見たら普通の男の子にしか見えないんだけどな。
ミコトは独りごち、シンの寝顔を眺めた。全身至るところに黒と緑の模様が走る彼は、悪魔と戦う力を持つ異形の存在だが、戦いに疲れ眠る様は無防備で、年頃の少年らしい幼さを醸し出している。
「ミコト、眠れないの?」
蝶に似た翅を羽ばたかせ、妖精ピクシーがミコトのそばにやってきた。彼女はつんとミコトの鼻に触れた。無邪気な妖精の笑顔に、ミコトは力無く笑った。
「うん、まあ……そんなところ」
「子守唄でも歌ってあげようか?」
言いながら、ピクシーは機嫌よく飛び回り鼻歌を聞かせる。とても上手とは言い難いが、聴いていると和むような気がした。
「ありがとうピクシー」
「でも、ほんとうに大丈夫?ミコトは人間なんだから、寝ないとツライんでしょ?」
「そうなんだけどね……」
ここ数日、シンが眠りにつくたびミコトは考えごとをしていた。戦う力のない、守られるだけの自分がシンとともにいていいのか。足手まといだ。本来なら千晶や勇のように自ら歩き生き延びねばならないのに、と。
「ふーん……」
ピクシーは意味ありげな声を漏らしつつ、ミコトの周囲を飛び回った。何度も様々な角度から凝視され、ミコトは気まずくなった。
「なに、どうしたの、ピクシー」
「ううん、なんでもなーい。でもさ、ミコト。気になることがあったら、人修羅にちゃんと言った方がいいよー?一緒にいるナカマに黙ったままはよくないからねー」
「うん……そうだね。ありがとう」
この胸の内を彼に聞かせることはないだろう。これは時間をかけてミコトの中で解消していくべき話。ミコトはそう思いながらも、無垢な妖精に謝意を述べた。
月森ミコトの態度がおかしい。
間薙シンは同行者の異変をうっすらとではあるが感じ取っていた。人間らしい情緒など戦闘の最中に置いてきたと思っていたが、そうではなかったらしい。
「月森……」
冷たい足音が響くイケブクロで、シンは声をかけようとした。茫漠とした砂が続く外よりは、幾分か話がしやすいだろうと思った末の行動だった。
「なに、間薙くん」
ワンテンポ遅れてミコトは顔を上げた。普段よりも反応が遅いうえミコトは伏し目がち、見るからに何か考えごとをしている風だった。やはり様子がおかしい。確信したシンが言葉を続けようとした瞬間、
「月森!悪魔だ!」
彼女の背後に悪魔が忍び寄っていた。悪魔は精神に混乱をもたらす霧を吐き出す。霧をまともに浴びてしまった彼女を後ろ手にかばいながら、シンは容赦なく悪魔を殴り飛ばした。迫り来る脅威を幾度となく封殺した拳に敵はない。悪魔はすぐに退けられたものの、ミコトが気掛かりだった。シンが振り返りミコトを見やると、
「う……ううぅ……?」
彼女は呻き声を上げふらふらと体を揺らしていた。酩酊しているような異常な様子だった。シンが彼女の肩に手を伸ばした瞬間、
「触らないでっ!!」
勢いよく手を振り払われた。ミコトの鋭い声がイケブクロの無機質な床に響く。
「月森!ピクシー、パトラを!」
「はーい」
目の焦点が合っていない彼女に妖精の癒しの光が降り注ぐ。通常ならそれで元通りになるはずが、ミコトは相変わらず不安定に揺れ動き、半開きの瞳と目が合わなかった。
「間薙くん、私、迷惑だよね。戦えないのに一緒にいて、橘さんや新田くんみたいに一人でどうにかすることもできなくて。私、私、わたし……」
「月森、何言って」
ミコトはすぐ近くにいるシンには目もくれず、何やら早口でぶつぶつと呟いている。その振る舞いは異様の一言で、普段のミコトとは明らかに違う。シンが再度声をかけようとした瞬間、ミコトは勢いよく顔を上げた。その瞳には溢れんばかりの涙。
「間薙くんなんか大っ嫌い!!」
ミコトは力の限り叫び、素早く身を翻してイケブクロの出口へ走っていった。
「月森!おい!」
シンは思わず手を伸ばしたが、小さな背中には届かなかった。代わりに大音量で聞こえた言葉が脳に突き刺さる。
――大っ嫌い!!
鋭い言葉はシンの全身に響き渡り、動きを止める。シンが完全に硬直している間にミコトの足音は遠ざかり、姿すら見えなくなってしまった。シンが奥歯を噛み締めていると、ピクシーが眼前に飛んできた。
「ちょっと、何やってるの人修羅!ミコト、追いかけなくていいの!?」
その言葉でようやく我に返り、シンは顔を上げた。その瞳は黄金に輝き、去っていった少女の痕跡を見つけようとしていた。
「はあ、はぁ……!」
ただひたすらに走り続けたミコトは、息が切れ足がもつれそうになり立ち止まった。膝に手をつき呼吸を整える。汗を拭い顔を上げると、どこまでも一面砂の景色が広がっている。
「ここどこ……?」
ミコトの胸に冷たい危機感が滲んだ。上空に光り輝くカグツチは何も答えてくれず、周囲には砂と道路、当たり前だが誰もいない。
膝から力が抜け、ミコトは砂の上に座り込んだ。砂はぼふりと柔らかい感触だったが、安心感など微塵もない。戦う力を持たないミコトは、ただ寂寞と緊張感だけを感じている。
「間薙くん……」
酷いことを言ってしまった。悪魔の吐き出した霧に包まれた瞬間、胸の奥底に仕舞い込んでいた不安や罪悪感が強烈にミコトを苛み、信じられないほどの錯乱状態に陥った。今は落ち着き理性的に物事を考えられるが、だからこそ違う涙が込み上げる。彼に会って一言だけでも謝りたい。それで近寄るなと言われてしまえば諦めもつく。
「戻らなきゃ……」
先ほどまでイケブクロの街にいたはずだ。彼もまだそこにいるだろうか。遠くにビルが密集している場所がある、ひとまずそこを目指すべきだろう。
ミコトは背中がひりつくような気配を感じながら歩き始めた。カグツチの光は独り歩く彼女の影を長く伸ばす。悪魔に見つかったらどうしよう。ミコトの心臓は暗い不安に唸りを上げていた。
「あー!いた!ミコトー!」
数分ひたすらに歩いていると前方から明るい声が聞こえ、青い服の妖精がやってきた。ピクシーだ。他のピクシーと見た目は同じだが、不思議とシンの仲魔だとわかる。ミコトは泣きそうになりながら駆け寄った。
「ピクシー!」
ミコトは両掌で椀の形を作り、純真な妖精を迎え入れた。妖精はくるりと宙返りし、キラキラと鱗粉を振りまいた。
「よかったー、見つかって!人修羅ももうすぐ来てくれるよ!」
「間薙くん……が?」
人修羅、と聞くと彼を思い描き胸が苦しくなった。いざ彼と会ったとき、自分は誠実に謝れるだろうか。気まずい顔のミコトの鼻にピクシーが触れた。
「ミコト、人修羅に言いたいコトあるんでしょ?わたしがついててあげるから、ちゃんと言いなさいよね!」
「う、うん」
無垢な妖精にこうもはっきり言われると、戸惑っている場合ではないと実感する。ミコトが歩き出そうとしたそのとき、青い体の巨人がこちらを見据えていることに気がついた。妖精トロール、妖精ではあるがピクシーとは全く雰囲気の異なる見た目だ。その巨躯はミコトよりもはるかに大きく、丸太のような腕をぶんぶん振り回す姿には恐怖しか湧かない。
「ひ……」
ミコトは戦慄しピクシーとともに震えていた。足が動かない。立っているのがやっとだ。逃げなきゃ、逃げないと。頭の中ではガンガンと叫んでいるのに。
ズシン、と音を立てトロールがミコトに近付く。大きな腕を振り下ろしてくる、ミコトはぎゅっと目を閉じた。
「……あれ……?」
覚悟していたのに、いつまで経っても痛くならない。ミコトが恐る恐る目を開くと、トロールの拳を腕一本で受け止める間薙シンの後ろ姿があった。
「間薙くん!?」
「月森、怪我はないか」
「う、うん、私は大丈夫……で、でも、間薙くんが」
「オレ?オレの心配なんかしなくていい」
シンは横目にミコトを見ながらトロールの拳を受け流し、砂を蹴った。シンが全身をひねり繰り出した強烈な蹴りがトロールに当たり、巨体の妖精は吹き飛ばされた。トロールは悔しそうにしながらも、素早くシンの前から逃げ去っていった。賢明な判断だ。
「あ、あの、間薙く……!」
ミコトが何かを言う前に、シンに強く抱きしめられていた。全身ぴったりと彼に密着する。彼の顔がミコトの首に埋まり、深い息を吐いた。
「よかった……よかった、お前が無事で」
シンが吐き出した言葉は深くミコトの心に刺さった。頭や腰をぎゅっと抱く彼の腕は少しだけ震えている。ミコトも彼の背中に手を添えた。自分より逞しい背中をそっと撫でてやる。
「ごめん、ごめんね、間薙くん。私……酷いこと言った」
「ああ……あれは効いた」
シンがふ、と呆れたように笑った。彼はミコトの両肩に手を置き、ミコトを真っ直ぐ見つめた。その黄金の瞳は真っ直ぐミコトを見つめながらも揺れている。
「……オレといるの、嫌か?」
「ううん!」
ミコトは大きく首を横に振った。拳を握りしめ、ミコトは呟く。
「間薙くんじゃなくて、私が嫌い。間薙くんに守られるだけなのが情けなくて……あのときは混乱して、間薙くんを傷つけた。本当にごめん」
砂漠にぽつぽつと雨が降る。ミコトの瞳から降った雨を、シンは優しく拭ってくれた。
「嫌いなんて言うな。オレが守りたくてお前と一緒にいる」
「間薙くん……ありがとう」
ミコトが涙を散らすように笑うと、シンは頬をかきながらミコトの手を握った。
「ほら、イケブクロに戻るぞ。ここは危ない」
「うん」
雨降って地固まる。ミコトは涙のシミが滲んだ砂を踏みしめ、シンとともに歩き始めた。
ターミナルがある場所は暗く狭い空間で、悪魔に襲われない安全な場所とはいえ不気味だった。ターミナルの青白い光がぼんやりと空間を照らす中、月森ミコトは膝を抱え座っていた。両膝に顔を埋め、目線は俯きがちだ。その隣で半人半魔の人修羅、間薙シンが眠っている。
――不思議だな、こうして見たら普通の男の子にしか見えないんだけどな。
ミコトは独りごち、シンの寝顔を眺めた。全身至るところに黒と緑の模様が走る彼は、悪魔と戦う力を持つ異形の存在だが、戦いに疲れ眠る様は無防備で、年頃の少年らしい幼さを醸し出している。
「ミコト、眠れないの?」
蝶に似た翅を羽ばたかせ、妖精ピクシーがミコトのそばにやってきた。彼女はつんとミコトの鼻に触れた。無邪気な妖精の笑顔に、ミコトは力無く笑った。
「うん、まあ……そんなところ」
「子守唄でも歌ってあげようか?」
言いながら、ピクシーは機嫌よく飛び回り鼻歌を聞かせる。とても上手とは言い難いが、聴いていると和むような気がした。
「ありがとうピクシー」
「でも、ほんとうに大丈夫?ミコトは人間なんだから、寝ないとツライんでしょ?」
「そうなんだけどね……」
ここ数日、シンが眠りにつくたびミコトは考えごとをしていた。戦う力のない、守られるだけの自分がシンとともにいていいのか。足手まといだ。本来なら千晶や勇のように自ら歩き生き延びねばならないのに、と。
「ふーん……」
ピクシーは意味ありげな声を漏らしつつ、ミコトの周囲を飛び回った。何度も様々な角度から凝視され、ミコトは気まずくなった。
「なに、どうしたの、ピクシー」
「ううん、なんでもなーい。でもさ、ミコト。気になることがあったら、人修羅にちゃんと言った方がいいよー?一緒にいるナカマに黙ったままはよくないからねー」
「うん……そうだね。ありがとう」
この胸の内を彼に聞かせることはないだろう。これは時間をかけてミコトの中で解消していくべき話。ミコトはそう思いながらも、無垢な妖精に謝意を述べた。
月森ミコトの態度がおかしい。
間薙シンは同行者の異変をうっすらとではあるが感じ取っていた。人間らしい情緒など戦闘の最中に置いてきたと思っていたが、そうではなかったらしい。
「月森……」
冷たい足音が響くイケブクロで、シンは声をかけようとした。茫漠とした砂が続く外よりは、幾分か話がしやすいだろうと思った末の行動だった。
「なに、間薙くん」
ワンテンポ遅れてミコトは顔を上げた。普段よりも反応が遅いうえミコトは伏し目がち、見るからに何か考えごとをしている風だった。やはり様子がおかしい。確信したシンが言葉を続けようとした瞬間、
「月森!悪魔だ!」
彼女の背後に悪魔が忍び寄っていた。悪魔は精神に混乱をもたらす霧を吐き出す。霧をまともに浴びてしまった彼女を後ろ手にかばいながら、シンは容赦なく悪魔を殴り飛ばした。迫り来る脅威を幾度となく封殺した拳に敵はない。悪魔はすぐに退けられたものの、ミコトが気掛かりだった。シンが振り返りミコトを見やると、
「う……ううぅ……?」
彼女は呻き声を上げふらふらと体を揺らしていた。酩酊しているような異常な様子だった。シンが彼女の肩に手を伸ばした瞬間、
「触らないでっ!!」
勢いよく手を振り払われた。ミコトの鋭い声がイケブクロの無機質な床に響く。
「月森!ピクシー、パトラを!」
「はーい」
目の焦点が合っていない彼女に妖精の癒しの光が降り注ぐ。通常ならそれで元通りになるはずが、ミコトは相変わらず不安定に揺れ動き、半開きの瞳と目が合わなかった。
「間薙くん、私、迷惑だよね。戦えないのに一緒にいて、橘さんや新田くんみたいに一人でどうにかすることもできなくて。私、私、わたし……」
「月森、何言って」
ミコトはすぐ近くにいるシンには目もくれず、何やら早口でぶつぶつと呟いている。その振る舞いは異様の一言で、普段のミコトとは明らかに違う。シンが再度声をかけようとした瞬間、ミコトは勢いよく顔を上げた。その瞳には溢れんばかりの涙。
「間薙くんなんか大っ嫌い!!」
ミコトは力の限り叫び、素早く身を翻してイケブクロの出口へ走っていった。
「月森!おい!」
シンは思わず手を伸ばしたが、小さな背中には届かなかった。代わりに大音量で聞こえた言葉が脳に突き刺さる。
――大っ嫌い!!
鋭い言葉はシンの全身に響き渡り、動きを止める。シンが完全に硬直している間にミコトの足音は遠ざかり、姿すら見えなくなってしまった。シンが奥歯を噛み締めていると、ピクシーが眼前に飛んできた。
「ちょっと、何やってるの人修羅!ミコト、追いかけなくていいの!?」
その言葉でようやく我に返り、シンは顔を上げた。その瞳は黄金に輝き、去っていった少女の痕跡を見つけようとしていた。
「はあ、はぁ……!」
ただひたすらに走り続けたミコトは、息が切れ足がもつれそうになり立ち止まった。膝に手をつき呼吸を整える。汗を拭い顔を上げると、どこまでも一面砂の景色が広がっている。
「ここどこ……?」
ミコトの胸に冷たい危機感が滲んだ。上空に光り輝くカグツチは何も答えてくれず、周囲には砂と道路、当たり前だが誰もいない。
膝から力が抜け、ミコトは砂の上に座り込んだ。砂はぼふりと柔らかい感触だったが、安心感など微塵もない。戦う力を持たないミコトは、ただ寂寞と緊張感だけを感じている。
「間薙くん……」
酷いことを言ってしまった。悪魔の吐き出した霧に包まれた瞬間、胸の奥底に仕舞い込んでいた不安や罪悪感が強烈にミコトを苛み、信じられないほどの錯乱状態に陥った。今は落ち着き理性的に物事を考えられるが、だからこそ違う涙が込み上げる。彼に会って一言だけでも謝りたい。それで近寄るなと言われてしまえば諦めもつく。
「戻らなきゃ……」
先ほどまでイケブクロの街にいたはずだ。彼もまだそこにいるだろうか。遠くにビルが密集している場所がある、ひとまずそこを目指すべきだろう。
ミコトは背中がひりつくような気配を感じながら歩き始めた。カグツチの光は独り歩く彼女の影を長く伸ばす。悪魔に見つかったらどうしよう。ミコトの心臓は暗い不安に唸りを上げていた。
「あー!いた!ミコトー!」
数分ひたすらに歩いていると前方から明るい声が聞こえ、青い服の妖精がやってきた。ピクシーだ。他のピクシーと見た目は同じだが、不思議とシンの仲魔だとわかる。ミコトは泣きそうになりながら駆け寄った。
「ピクシー!」
ミコトは両掌で椀の形を作り、純真な妖精を迎え入れた。妖精はくるりと宙返りし、キラキラと鱗粉を振りまいた。
「よかったー、見つかって!人修羅ももうすぐ来てくれるよ!」
「間薙くん……が?」
人修羅、と聞くと彼を思い描き胸が苦しくなった。いざ彼と会ったとき、自分は誠実に謝れるだろうか。気まずい顔のミコトの鼻にピクシーが触れた。
「ミコト、人修羅に言いたいコトあるんでしょ?わたしがついててあげるから、ちゃんと言いなさいよね!」
「う、うん」
無垢な妖精にこうもはっきり言われると、戸惑っている場合ではないと実感する。ミコトが歩き出そうとしたそのとき、青い体の巨人がこちらを見据えていることに気がついた。妖精トロール、妖精ではあるがピクシーとは全く雰囲気の異なる見た目だ。その巨躯はミコトよりもはるかに大きく、丸太のような腕をぶんぶん振り回す姿には恐怖しか湧かない。
「ひ……」
ミコトは戦慄しピクシーとともに震えていた。足が動かない。立っているのがやっとだ。逃げなきゃ、逃げないと。頭の中ではガンガンと叫んでいるのに。
ズシン、と音を立てトロールがミコトに近付く。大きな腕を振り下ろしてくる、ミコトはぎゅっと目を閉じた。
「……あれ……?」
覚悟していたのに、いつまで経っても痛くならない。ミコトが恐る恐る目を開くと、トロールの拳を腕一本で受け止める間薙シンの後ろ姿があった。
「間薙くん!?」
「月森、怪我はないか」
「う、うん、私は大丈夫……で、でも、間薙くんが」
「オレ?オレの心配なんかしなくていい」
シンは横目にミコトを見ながらトロールの拳を受け流し、砂を蹴った。シンが全身をひねり繰り出した強烈な蹴りがトロールに当たり、巨体の妖精は吹き飛ばされた。トロールは悔しそうにしながらも、素早くシンの前から逃げ去っていった。賢明な判断だ。
「あ、あの、間薙く……!」
ミコトが何かを言う前に、シンに強く抱きしめられていた。全身ぴったりと彼に密着する。彼の顔がミコトの首に埋まり、深い息を吐いた。
「よかった……よかった、お前が無事で」
シンが吐き出した言葉は深くミコトの心に刺さった。頭や腰をぎゅっと抱く彼の腕は少しだけ震えている。ミコトも彼の背中に手を添えた。自分より逞しい背中をそっと撫でてやる。
「ごめん、ごめんね、間薙くん。私……酷いこと言った」
「ああ……あれは効いた」
シンがふ、と呆れたように笑った。彼はミコトの両肩に手を置き、ミコトを真っ直ぐ見つめた。その黄金の瞳は真っ直ぐミコトを見つめながらも揺れている。
「……オレといるの、嫌か?」
「ううん!」
ミコトは大きく首を横に振った。拳を握りしめ、ミコトは呟く。
「間薙くんじゃなくて、私が嫌い。間薙くんに守られるだけなのが情けなくて……あのときは混乱して、間薙くんを傷つけた。本当にごめん」
砂漠にぽつぽつと雨が降る。ミコトの瞳から降った雨を、シンは優しく拭ってくれた。
「嫌いなんて言うな。オレが守りたくてお前と一緒にいる」
「間薙くん……ありがとう」
ミコトが涙を散らすように笑うと、シンは頬をかきながらミコトの手を握った。
「ほら、イケブクロに戻るぞ。ここは危ない」
「うん」
雨降って地固まる。ミコトは涙のシミが滲んだ砂を踏みしめ、シンとともに歩き始めた。
